新劇場版 急・結   作:スターゲイザー

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今話のタイトルは『新劇場版:破』の挿入歌より




第16話 今日の日はさようなら

 

 

 

 

 

 セカンドインパクトの爆心地である南極の研究基地であるカルヴァリーベースで、元ネルフ副司令である冬月コウゾウは後ろ手に手を組みながら窓越しに外界を見る。

 

「これが嘗ての氷の大陸とは、見る影もない。如何なる生命の存在も許さない、死の世界。いや、地獄というべきかな」

 

 水平線の彼方にまでの見渡す限りの赤い海には生命の痕跡すらない。氷は全てセカンドインパクトの爆発によって消失し、赤く染まった海に生物は存在を許されず、生きとし生ける全てが死滅した。

 生身では生きていけない世界は地獄と呼ぶに相応しい有り様と言える。

 

「地獄の中ですら、ヒトは科学の力で生きていける」

「今のお前がヒトを語るか、碇」

 

 冬月は振り返ることすらせず、共犯者である碇ゲンドウに答える。

 

「語れなければ、ヒトを救済する人類補完計画を成し得ようはずがない」

 

 机に肘をつき口元を隠したゲンドウのバイザーで隠れた目もまた冬月を見ていない。

 

「補完計画を推し進めた結果がこのありさま、まさに死海そのものだ」

「だが、原罪のない汚れ無き浄化された世界でもある」

 

 既に語り尽くされた命題。ヒトを捨ててそれ以上に成った者と、ヒトであることに拘る者。同じ方向を向いていようと、根本の考えが違うから道が交わることは無い。そして討論は何時も冬月が折れる形で次の表題へと移る。

 

「フォースインパクトの要とされる黒き月とリリスも移動を開始している。エヴァンゲリオンMark06を母体とした最後の執行者の完成も、もはや時間の問題だ」

 

 月の接近によって潮位を増した海水が流入したことで水没してヒトが立ち入れなくなったジオフロントに鎮座する、Mark06が振るったロンギヌスの槍に首を落とされたリリスのいるセントラルドグマに広がる時間停滞スフィア。

 世界との関わりを断ち切って周囲空間を巻き込んで時間を停止し、その真っ黒な卵形に呑み込んで全てが止まっていはずだった。

 動かない時間のはずのその黒い空間に今も未来も関係ないはずで、だからこそこれからもずっとある、何時の間にか誰もがそう思っていた時間停滞スフィアがジオフロントから忽然と姿を消して、この南極に姿を移し始めていた。

 

「MHGシリーズ、アドバンスド綾波シリーズは既に完成している。後は初号機と加持リョウジによって奪われたブーセを奪還しなければならない」

「葛城一佐、いや今は大佐か。彼女がブーセをこの地へと持って来てくれるだろう」

 

 ゼーレのシナリオでは、最初の使徒の魂を有する渚カヲルと最初の使徒の肉体を素体としたMark06で人類補完計画を進めるはずだった。 

 ニア・サードインパクト後にカルヴァリーベースを抑えたゲンドウがゼーレに突きつけた条件は渚カヲルが裏切るか否か。ゲンドウはカヲルが裏切ると賭けた。結果として、ゼーレは舞台を降りて次の円環の始まりを待ち、人類補完計画の進行はゲンドウの手に委ねられることとなった。

 敢えて想定外を挙げるならば、加持の手の者によって奪われたNHGシリーズの一番艦であるブーセだが、その行方については既に知悉しており、何も心配はしていない。ブーセのことも、そして初号機のことも。

 

「綾波レイ№トロワ…………旧綾波シリーズはヒトでもシトでもない歪な生命体故に、一定期間調整を行わなければ個体を保てなくなる。自分と同じ喪失を経験させるのも息子の為か、碇」

 

 実験中にコアに取り込まれた碇ユイをサルベージしようとして、得られた肉体を基として生み出されたのが旧綾波シリーズ。

 旧綾波シリーズのデータを基に、アダムスの器の贄となる雌雄もなく純粋な魂だけで作られた穢れ無き生命体であるアドバンスド綾波シリーズ。

 旧綾波シリーズの肉体と、アドバンスド綾波シリーズの魂で構成された綾波レイ№トロワの運命をゲンドウが仕組んだ。

 

「これで必要な道具は全て揃う。フォースの先、アディショナルインパクトを以って、最後の契約の時が来る」

 

 ヒトであることすら止めて、己の願望の為にあらゆる犠牲を払って計画の最終段階にまで辿り着いたゲンドウ。その顔には計画成就を目前に控えた安堵などありはしない。

 渚カヲルに知恵の実を有するリリンの王と呼ばれたゲンドウが最後の最後まで油断することなどありえない。

 

「傲慢の行きつく先、か」

 

 ゲンドウのたった一つの目的を知る冬月は赤い海を見ながらポツリと呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦外行動を終えてシャワーを浴び、自室に帰って来た式波・アスカ・ラングレーは変わった部屋の様子に眉を顰めた。

 部屋の上隅を見上げれば稼働している監視カメラ、一台は前からあったが四隅全てに増設されて死角を消している。これは別にプライバシーの問題にさえ目を瞑ればどうでもいいのだが、壁の所々にこれ見よがしに信管に繋がれて設置された爆薬が目に見えて増えているのは気に食わない。

 

「爆薬が増えてる、信用減ってるのね私達」

 

 独り言のように呟かれたアスカの言葉に答えるのは先に部屋に戻り、二段ベッドの下段に寝そべって情報端末を眺めていた真希波・マリ・イラストリアス。

 

「というより、危険因子が増えたからじゃない? 今日からでしょ、()がこっちに来るのは」

「そういえば拡張されてるわね。爆薬が増えてる所為で広くなった気がしないから気づかなかった」

 

 元は重力ブロックによる何かの実験室だったので周辺空間にはかなりの余裕が有り、部屋の拡張は可能ではあった。

 壁一面の爆薬と新住人用の簡易ベッドが運び込まれているので、物が増えた分だけ狭くなったような錯覚を覚える。

 

「男女七歳にして席を同じうせずって守る気はないってこと?」

 

 サードインパクト前の同居生活を思い出して、自分で言っていて説得力がないとアスカ自身も認めざるをえない。

 

「危機管理の観点としては別個にするよりは纏めておいた方が楽だからでしょ…………にしても、この棒はなんかにゃあ?」

「アタシが知るわけないじゃない」

 

 増築された部分にだけその手摺はあって、アスカ達が寝る二段ベッドの方にはない。爆薬の隙間にまるで手摺のように横方向に走る細長い棒にマリが首を捻る。

 先に部屋に戻っていたマリが知らないことを今さっき戻って来たばかりのアスカが知る由もない。 

 

「部屋が一緒なのは余分な部屋がないってのが一番の理由かもしれないけどにゃー」

「すれ違うのにも大変なくらい狭いもんね、この艦。山小屋の時と違って唯一の救いは邪魔な本がないことね」

「むぅ、取りに行かせてくれないし、電子書籍じゃ雰囲気でないのに。本のあの香りが恋しいよぉ」

 

 不平不満を漏らしたマリに渡されたのが電子書籍が入れられた情報端末だった。山小屋時代の埋もれそうな本の山に押し潰されることがないだけマシだと、自身はしっかりと携帯ゲーム機を持ち込んでいたアスカは文句を垂れるマリほどには現状に不満を持っていなかった。

 アスカ相手に一通りの愚痴を吐いてすっきりしたマリがこの部屋に唯一通じる廊下の向こうに人影を見つけた。

 

「おっ、王子様のご登場だよ」

 

 マリの視線を追ったアスカは鼻で笑った。

 

「王子さまっていうより完全に危険物扱いでしょ、あれは。もしくは死刑執行を行う前の死刑囚か」

 

 廊下の奥から部屋に向かって来るのは五人。

 マリが王子様と称した()は三重の手錠で両手を拘束され、巻かれた腰鎖は前後の人間の手に凭れている。足にもジャラジャラと鎖が巻かれて歩き難そう。流石に目隠しはされていないが、どこぞの死刑囚の護送だと言われた方が納得できる碇シンジの有様だった。

 

「下がれ」

「はいはい」

 

 先頭で先導していた戦自装備の男は威嚇気に銃口を向けて来るのでアスカも大人しく部屋の隅に下がる。アスカは慣れて気にした風もない様子で、マリは元よりベッドに座っていたから完全に無視する有り様。

 ヴンダーでのエヴァンゲリオンパイロットの扱いは碌な物ではないと、分かりやすく証明するかのように特殊部隊の男達は二人が監視しつつシンジの拘束を一部解いていく。

 一人がシンジの拘束を外し、一人がシンジの動向を監視、二人がそれぞれマリ・アスカから視線を外さない念の入り用。 

 

「お」

 

 思わずマリが声を出してしまったのは、増築された部分にあった手摺のような棒にシンジの腰鎖の先がガチャリガチャリと付けられたからだった。

 奥の壁とご丁寧に外した三重の手錠を連結して横の壁の手摺の二か所に繋げる念の入れ様。交代で手摺にかけた鎖が外れないかを確認して、特殊部隊の男達は最後までエヴァパイロットに警戒を解かずに去っていた。

 

「やっ、久しぶり、アスカ、マリさん」

 

 戦自の男達が完全に姿が見えなくなってから、簡易ベッドに座ったシンジが腰鎖と手錠を横と奥の壁の手摺に繋がれながら何事もなかったように先住の二人に挨拶する。

 

「…………アンタ、少し変わったわね」

「そう?」

 

 異常な状況下で普通の対応することが余計に異常さを際立たせることの自覚のないシンジは首を傾げる。

 

「前ならこれだけの御大層な対応にそんな平気な顔はしていられなかったはず……」

 

 アスカが知るシンジは多少の差異があれど根本的なところでは変わらないはずだった。

 

「慣れただけだよ。最初の目隠しヘッドフォンの上で完全拘束に比べれば大分マシになったからね。いきなり殴られたり、撃たれたりすることはないから寧ろ有難いぐらいだし」

「御大層な対応にも理由があるってわけか。アンタも苦労したようね」

「大したことじゃないよ。疎まれることには慣れてる」

 

 平然と言ってのけるシンジに、不快気にアスカの眉間に皺が寄った。

 言葉にならない思いを吐き出せないアスカの横を通ったマリがシンジの下に歩み寄る。

 鎖によって行動範囲が極端に狭いシンジに逃げることは出来ない。近づいたマリが首元に寄せて来てスンスンと鼻を鳴らすのには流石に困惑した様子で頬を赤く染める。

 

「ふーん、ちと変わったねぇ、大人の香りってやつ?」

 

 首元から顔を上げたマリが浮かべる笑みは、シンジにはどのような感情を含んでいるのか読めない。

 マリの背後にいるアスカには、笑みを浮かべていることすら見えていないから言葉を素直に受け止めてしまう。

 

「大人になったっての、バカシンジが?」

「男子三日会わざれば刮目して見よって言うじゃない。別れていた一ヶ月と少し、男の子が成長するには十分な時間だよ」

 

 何があったかは知らないけどね、と続けたマリは認め難い顔ををしているアスカの方を振り返ってニンマリと笑う。

 

「ガキ呼ばわりを止めた姫こそ認めているんじゃないの?」

「はっ、ガキがバカになっただけよ。そう簡単に変わらないわよ、このバカは」

「バカバカって、酷いなアスカは。そんなに連呼しなくても良いじゃないか」

 

 穏やかに微笑むシンジ。その笑みが式波ではないアスカ・ラングレーの記憶にある誰かに重なる。

 

「ねえ、シンジ」

 

 だから、だろうか。

 

「あの時、なんで司令室でアタシがアンタを殴った理由、分かる?」

 

 聞く気はなかったこと。アスカ・ラングレーにとって碇シンジは同年代の異性に過ぎず、その内向的な性格に苛立ちを覚えることの方が多かった。

 

「3号機が使徒に乗っ取られた時、僕は何も決めなかった、何もしなかった。アスカを助けることも殺すことも、自分の責任負いたくなかったから。だから、逃げた。アスカから、みんなから。全部、父さんが悪いんだって」

 

 アスカは第9の使徒との戦闘記録を後になって見た。

 シンジらしい言動と行動で、戦闘後のことについても多少の差異があったとしても、第10の使徒とのことはアスカの想像を超えていた。

 

「せめて綾波だけはって思って行動したけど、あんなことになっちゃって。カヲル君のことも……」

「後悔してるってええの?」

「どうだろう…………反省はしてるよ。でも、あの時の僕なら同じ選択しか出来ないと思う」

「今の自分なら違う選択が出来ると。ちっとは成長したってわけね」

 

 アスカ・ラングレーが知らない碇シンジの変化。成長と言うには歪なのかもしれないが、今ここにあるものは否定しようがない。

 

「あの綾波レイ…………トロワの消失が碇司令――――面倒だから言い方は変えないけど――――碇司令の目論見通りだとしたらアンタはどうする?」

 

 シンジの表情が明確に変化した。

 明らかな動揺の後に発せられるシンジの次の言葉で成長の方向性が分かる。

 

「…………父さんと、話をするよ」

 

 一拍を置いた後、一度瞼を伏せたシンジが再びこちらを見る目に宿るナニかはやはりアスカ・ラングレーの知らないモノだった。

 

「何を望み、考え、行動しているのか…………ただ、知りたいんだ」

 

 相手を知りたいと強く望むのは散々、反発した反動でもいうのか。

 

この船(ヴンダー)は碇司令のネルフと戦いに行くのよ。話がしたいからってその作戦を邪魔する気?」

「そんな気は更々ないよ。父さんが人類補完計画を進めていることは聞いている。加担してしまった僕が言えることじゃないけれど、全身全霊をかけて戦うことを約束する」

 

 揺らぐことなく惑うこともなく裡に籠ることもまたなく。

 

「まさかアンタの方が先に大人になっちゃうなんてねぇ」

 

 はっきりと言い切ったシンジの変化を良くも悪くも成長と認めたアスカは喜んでいるのか悲しんでいるのか、自分自身のことでありながら判然としない。

 感情の高ぶりは感じても、正か否かその名前すらも分からない状態。

 

「一度だけ言っておく」

 

 左目の中にいる存在がアスカの感情に同期して眼帯が青く光るのを見られたくなくて手で隠す。その反動だろうか、死んでも言葉にすることはないと考えていたことが勢いに押されて口から零れ落ちていく。

 

「何時もおいしい料理を作ってくれてありがとう。シンジとミサトの三人で暮らした生活は幸せだった。あの頃はシンジのこと――」

 

 言葉が風のように口から出ていたアスカの視界の端に、唇をニマニマとさせたマリがいることに気づいて冷水を浴びせかけられたように感情が堰き止められた。

 勢い良く吹いていた風が止まり、感情が状況瞬間湯沸かし器のように再び上限を振り切って頬が真っ赤に染まる。

 

「『あの頃はシンジのこと――』の続きは?」

「知らない」

 

 これ以上ない楽しみを見つけたかのように、それこそ鬼の首を取ったようなマリが続きを促そうとも、着ているプラグスーツよりも耳まで顔が真っ赤に染まったアスカが見上げて来るシンジから全力で顔を逸らす。

 一度拒絶されたからといって、これほどの話題を終わらせるなど天が許してもマリは認めない。逃げるように反対側にある二段ベッドの上段に上がろうとしているアスカの背中に声をかける。

 

「続きは?」

「知らない!!」

 

 登り切ったアスカは壁側を向いて寝てしまった。その背中は意地でも話しかけるなと雰囲気が物語っている。

 

「あらら、面白くなりそうだから気配を消してたのに。残念無念、お姫様は拗ねてしまいましたとさ」

 

 下手に突けば空気を限界まで注入した風船のように、アスカの堪忍袋の緒が切れて惨事が引き起こされることだろう。マリは引き際を弁えているので虎の尾を踏む前に矛先を収めて横に置く。

 

「拗ね姫もすっきりしたみたいだし、君はよくやってる。偉いよ」

 

 誰が拗ね姫だ、と背中を向けたままのアスカの茶々も受け流したマリがシンジの隣に座る。

 

「成長っていうには何か違う気がするけど、もうワンコ君って呼べないかも」

 

 マリはシンジを『ワンコ君』と呼んでいた。何を以って、何を基準としているのか他人には分からない。独自の基準の中でシンジの変化は呼び方を代えるに値するものであったのか。

 

「約束は守らなきゃね」

「えっ、約束なんてしましたっけ?」

 

 マリは表情だけは悲し気で、真に受けたシンジが必死になって思い出そうとするも、記憶を想起しようとすると脳裏に浮かぶのは赤い罪ばかり。

 振り払うことは許されない。眼を逸らすことは赦されない。

 外からは忘れてしまった約束を思い出そうと眉間に皺を寄せているようにしか見えないとしても、マリはコロコロと変わる表情と違ってその眼だけは偽りに騙されず、シンジの裡側を埋め尽くしている『赤』を見抜いていた。

 

「忘れちゃったのかニャ」

 

 せめて今この時だけは、幸せな時間であってほしいと思うから。

 

「『辛い目にあったら慰めてあげる』――――――エッチしちゃおうって約束、本当に忘れちゃった?」

 

 ボン、と言われて約束を思い出したシンジの顔が真っ赤に染まる。

 知らんぷりを決め込んでいたアスカは、そんな約束が交わされているなど露とも知らなかったが流石に看過できずにパッと起き上がりながら振り返る。

 

「アンタは何を言ってんの!?」

 

 一足飛びにベッドから飛び降りてマリに詰め寄るアスカ。

 

「何って、ナニしようって話」

「だから――」

 

 受け流すマリと迫るアスカ。

 話の当人を外様にしてやり合う二人を、シンジはとても良いモノを見たかのように目を細めて眺める。

 

『シンジ君、君は自分が望むままに進むといい。君がどんな有様でいても僕は君の味方だ」

「ありがとう、カヲル君」

 

 自分にだけ聞こえる声で語り掛けて来る脳内の友人の言葉にシンジは偽りではない笑みを浮かべた。

 

「戦うよ、僕は。守るよ、みんなを。僕がどうなっても――――この命を最後の最期まで使い切ってみせる」

 

 SDATを握り一人決意を固めるシンジは、のらりくらりとアスカの追及を躱し続けるマリが見ていたことには気づかなかった。

 

 

 

 

 

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