新劇場版 急・結   作:スターゲイザー

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今話のタイトルは新劇場版:破の劇中歌より




第19話 ふりむかないで

 

 

 

 

 

 ネルフのNHGシリーズ三艦との戦いは劣勢ながらもAAAヴンダーはまだ健在であった。

 あちこち被弾して追い込まれてはいるが艦を運用する人間達の戦意は衰えを知らない。先にカルヴァリーベースへと乗り込んだ2号機がネルフの補完計画遂行者である新型エヴァンジェリンを破壊するまでの辛抱であると理解しているから。

 

「パターン青! カルヴァリーベースに第9使徒の反応あり!」

 

 戦闘の最中、青葉シゲルの報告に葛城ミサトはアスカが何をしようとしているのかを察し、一人下唇を噛む。

 

「――――2号機の全ての信号ロスト、パイロットの状況不明。裏コードの起動を確認。マギは異常を認めず。アスカ自らの意志で封印柱を抜いたのは確実」

「人を捨てねば果たせない目的がある」

 

 冷静そのもののリツコに、強く噛み過ぎた唇から血を流しながら答えるミサト。

 直後、最大出力で移動していたヴンダーに進行方向の横から攻撃が加えられ、艦橋が衝撃に襲われた。

 

「やられました! N2機関に損傷、パワーが落ちます!!」

「どこから? ネルフ艦の攻撃じゃないわよ」

 

 NGHシリーズとは別方向からの攻撃に、衝撃に手近な場所に捕まって耐えたリツコは補機であるN2リアクターのパワー落ちていくのに対処しなければならなかった。

 

「データに該当なし! ネーメズィスシリーズ、エンジェルキャリヤーではありません!」

 

 日向マコトがコンソールを操作すると、マギが攻撃方向からデータ観測を行い、蓄積されたデータの中から近似の数値を持つ項目の洗い出しにかかる。

 

「マギがヴンダー内の該当データを算出………Mark09、Mark09と判定しました!」

「アダムスの器か!」

「エヴァオップファータイプ。ヴンダー本来の主、初号機から本艦の制御を奪い返すつもり? ミサト!」

「7号機! Mark09をヴンダーに近づけるな!!」

 

 NHGシリーズが稼働している現状で、寧ろ今まで出て来なかったのがおかしい機体の襲来にミサトは最大限の警鐘を鳴らす。

 ミサトの命令はすぐさま7号機へと伝達され、ヴンダー唯一の砲台がMark09を狙う。

 エヴァンゲリオンMark09の接近を拒む動きはヴンダーの行動を狭める。唯一の砲台がMark09に向けられたことで、攻撃を受けるリスクが大幅に減ったことでNHGシリーズの攻撃が苛烈さを増す。

 3対1という数的不利な上に、Mark09の登場がただでさえ劣勢だったヴンダーを追い込んでいく。

 そして遂にNHGシリーズが放った砲火がヴンダーの艦体に直撃し、その巨体を揺るがすほどの威力を見せつけた。

 

「中央部に被弾!損害不明!」

「舵が効きません!落下します!」

 

 悲鳴交じりの多摩ヒデキと操舵を行う長良スミレの叫びが重なり、ヴンダーが無軌道に急降下していく。奇しくも先程までと全く違うその動きがNHGシリーズの砲火が結果的に当たらなかったとはいえ、負ったダメージは大きい。

 落下速度を落とすだけで精一杯のヴンダーに対して、NHGシリーズとは違って遥かに小さく小回りが利く分だけ7号機の攻撃を掻い潜ったMark.09が艦体に急接近する。

 Mark09が意図したかは不明だが艦体を盾にするようにして7号機の射線から隠れながら向かって来る敵に、シンジはアンビリカブルケーブルを切り離し、弾かれたようにダッシュ。内臓電源のタイマーもゼロへ向かって走り出す。

 

「目標をセンターに入れて――――スイッチ!」

 

 射線が確保出来た瞬間に、ポジトロンスナイパーライフルの銃口をMark09に向けて発射。

 7号機の接近に気づくのが遅れたMark09は攻撃を真正面から顔面に食らい、後ろにのけぞって体を撓らせた。

 

「やっー―!?」

 

 勝利を確信するにはまだ早かった。頭部部分に穴が空きながらもMark.09はすぐに体勢を立て直して反撃に出る。

 両手を軟体生物にように物理的に引き延ばして、急には止まれない7号機が向けるポジトロンスナイパーライフルを掴み、ゴムのように引き戻して彼我の距離を縮めていく。

 

「ぐっ!?」

 

 シンジは即座に掴まれているポジトロンスナイパーライフルを手放し、向かって来たMark09に向かって肩パイロンから取り出したプログレッシブ・ナイフを向ける。

 飛んで来ていたMark09は避ける暇も無く、プログレッシブ・ナイフが胸に突き刺さる。

 狙う余裕などなかったが、7号機を通してシンジの手には2番目に倒したシャムシェルのコアを貫いた時と同じ感触を得た。プログレッシブ・ナイフの先端が背中側に抜けているMark09の体がビクンと震えた後に動かなくなる。

 流石にこれで倒しただろうと、シンジがプログレッシブ・ナイフをMark09から抜こうとした瞬間、目の前が一瞬赤く光る。

 

「えっ」

 

 完全に沈黙したかのように見えたMark09は体が一瞬赤く光った後、全ての損傷が元に戻った状態で一つ目の顔を上げる。

 

「こいつ!?」

 

 胸から引き抜こうとしたプログレッシブ・ナイフは固められたように抜けない。突如として胸を貫かれたままのMark09が全身をゲル状に変えて7号機に覆い被さってきた。

 

「7号機がMark09に取り付かれました! これは…………7号機が浸食されています!」

「エントリープラグを強制射出! 急いで!」

「了解!」

 

 神経接続を解除する間もなくエントリープラグが排出される。

 背後に倒れ込んで浸食してくるゲル状のMark09に藻掻いていた7号機が動きを止める。排出されたエントリープラグは一度ヴンダーの船体に衝突し、その勢いのまま火花を上げながら滑っていく。

 

「シンジ君――」

 

 幾らLCLが満ちていて衝撃がある程度緩和されているとはいえ、怪我をしていてもおかしくはない。

 

「彼を心配している暇はないよわ、ミサト!」

「分かってる」

 

 ミサトにシンジ一人の心配をしている暇はない。ヴンダーは唯一の砲台と貴重な戦力を失い、Mark09による浸食を受けて制御を奪われかけているのだから。

 

「Mark09が7号機の浸食を止め、艦内に物理的な侵食を開始!!」

「ヴンダーの奪取を優先か。排除急いで!」

「やっていますが、侵入速度が速すぎて、対処が追いつきません」

「主制御システムに未確認データが侵入! マギの防壁を突破!」

 

 エントリープラグを輩出した7号機には最早用はないと、ゲル状になって艦内に物理的な侵入を計るMark09。

 そう時間もかからず、ミサト達がいるメインブリッジの巨大モニターがブラックアウトして、艦橋が一瞬暗闇に包まれる。その後、直に光りが戻された時にモニターに写っていたのは、ゼーレの紋章だった。

 

「ダメです。艦のコントロールが乗っ取られていきます!」

「こいつは、やられたな」

 

 艦内データにはないはずのゼーレの紋章がモニターに映るのは、それだけMark09の浸食が進んでいるという証拠。マギ有りの状態でここまでコントロールを奪われてしまっては逆転の目は薄いと青葉シゲルは奥歯を噛むしかなかった。

 

「流石は冬月副指令、見事だわ。これほど見事に戦闘をコントロール出来るなら使徒戦でもやってくれればいいのに」

「人相手なら、ということなのでしょう。使徒相手に人の常識は通用しないわ」

 

 将棋で言えば王手、チェスで言うならチェックメイトをかけられた状態ではもうミサトに出来ることは何もない。

 リツコがマギを駆使して残った機能を保持しようとしているが浸食の速度の方が早い。

 

「変です、ネルフ戦艦が戦線を離脱、降下していきます」

 

 辛うじて無事だったモニターに、ヴンダーは既に奪取したものと判断したのか、NHGシリーズが離れて降下を始めた。

 

「時間停滞スフィアが上昇を開始…………NHG3艦が光の翼を!」

 

 カルヴァリーベースの直上に浮上してきた時間停滞スフィアを、ほぼ制御が奪われたヴンダーを含めた四艦が四方を囲うように広がり、突如として艦から光る二対の翼を生やした。

 それはヴンダーも例外ではなく、船体から生えた光る翼は鳥が羽ばたく直前のように広がっていく。

 

「2号機に新型エヴァを破壊される前に儀式を遂行しようというの? ガフの守人として建造された船ではインパクトのトリガーには出来ないはずなのに」

「向こうは焦っていると?」

「分からないわ。セカンドと同じ方術でフォースを起こすとは思えない。黒き月を取り巻く事象は加持君の資料にあった計画とは違う。これはゼーレのシナリオにない、私達の知らない儀式よ」

「まったくの予想外、アナザーインパクトというわけか」

「状況はどうあれ、私達はここまで。後はアスカに全てを託すしかない」

 

 2号機のシグナルは裏コード発動に伴い全てロストしている為、向こうの状況を知る術はない。こうやって盗み見る以外にヴンダーの制御を奪われたミサト達に出来るのは最早、見守ることだけ。

 

「艦首看板上に侵入者を確認」

 

 7号機が砲台となっていた場所に降り立つ人物をモニターが自動でズームする。

 

「――碇指令」

 

 生身でヴンダー艦首看板上に現れたのが見慣れたサングラスではなくバイザーを着けた人物、その姿を見たミサトが身を翻して艦橋を出て行く。

 

「NHGシリーズを本来の姿に、我ら人類に福音を齎す真の姿に。呪われたセカンドインパクトの爆心地で地獄の門が再び開く。人工的なリリスの再現、そして黒き月の槍への強制流用。舞台は整えた、後の大詰めをどう演じる碇」

 

 エアレーズング艦橋で儀式の進行を見守りながら冬月コウゾウは厳しい面持ちで呟く。

 

「ご無沙汰です、碇指令」

 

 艦首看板上に出たミサトは一瞬の躊躇いもなく、嘗ての上司へと拳銃の銃口を向ける。

 

「ご苦労だった、葛城一佐。いや、今は大佐だったか――――――君に預けていたモノ(・・)を返してもらう」

「この船…………ヴンダーのことですか? それとも初号機、まさかご子息だとでも?」

「問答をする気は」

 

 ダンッ、と銃の発射音が木霊し、ゲンドウの目前に展開された赤い壁が銃弾を防ぐ。

 

「君か、赤木リツコ君。問答無用とは、相変わらず目的遂行に関し躊躇が」

 

 ATフィールドに防がれたのを確認したリツコは躊躇いなく持っていた銃を捨て、背に背負った長大な銃を危なっかしくも構えてこれまた躊躇いもなく撃った。

 反動で踏鞴を踏んだリツコは張られていたATフィールドを突破して腹部を穿たれたゲンドウを見て眉間に皺を寄せる。

 

「あなたに教わったことです。その有り様、どうやら人間を止めてしまったようですね」

AA(アンチA.T.フィールド)弾をこんな短時間で実用化にこぎつけた君に言われたくはないな」

「エヴァサイズにまではいきませんでしたけどね。大体、そんな在り様のヒトと比べられたくはありません」

 

 脇腹の一部を失ったというのに血が一滴も流れず、痛痒も感じていないように立つゲンドウにリツコは遠慮の呵責もなく皮肉で返す。

 

「この世の理を超えた情報を、自分の体に書き加えただけに過ぎん」

「ネブカドネザルの鍵、神と魂を紡ぐ道標か…………人であることを捨ててまで、世界を終わらせたいって? 碇司令、私達は何のために今まで必死に戦って来たんですか」

「シナリオは遥か昔に出来ていたのだ。私はそれに少し手を加えたに過ぎんよ」

「あなたの思い通りにはさせません」

「そのちっぽけな拳銃でかね」

 

 ATフィールドを展開できるゲンドウにミサトが持つ拳銃では届かない。リツコが放ったAA弾も弾はあの一発しかなかったのか、既に銃を捨ててしまっている。それでもミサトが銃口を下げないのは武器を持っていないと安心できないからか。

 

「君の意志など関係ない。私は神を殺し、神と人類を紡ぎ、使徒の贄をもって、人類の進化と補完を完遂させる」

「この世を地獄に代えておいてのうのうと――」

「必要だった。それまでのことだ」

 

 ゲンドウが抉られたままの腹部に手を当てて患部をミサト達の目から隠すようにすると、手を離した時には服も一緒に何事も無かったように傷は無くなり元に戻っていた。

 

「セカンドインパクトによる海の浄化、サードインパクトによる大地の浄化、そしてフォースインパクトによる魂の浄化、エヴァインフィニティを形作るコアとは、魂の物質化、人類という種の器を捨て、その集合値を穢れなき楽園へと誘う最後の儀式だ」

「今、展開されている方術はゼーレが計画していたインパクトの方式ではない。セカンドインパクトと引き換えに私の父が提唱した人類補完計画とは違う結果を齎そうとしている。あなたの目的は何?」

「私の目的は君の父上、葛城博士の先にある」

 

 言った直後にミサトの銃が火を吹く。

 やはりATフィールドに防がれたがミサトの意志を伝えるのに言葉以上の効果はあったに違いない。 

 

「父の世迷言は、娘の私が必ず止めて見せます」

 

 白煙を上げる銃口をピクリとも動かさず言ってのけたミサトにゲンドウは薄らと笑った。

 

「もう遅い。ヴンダーを、いやヴ―セを失った君に何が出来る?」

「アスカがヒトを捨ててまでインパクトのトリガーとなるエヴァを破壊している。補完計画は終わりよ!」

「式波・アスカ・ラングレー、2号機のパイロットか」

 

 三人を影が覆う。

 ハッとミサトが頭上を見上げると、そこには初号機に良く似たエヴァンゲリオンが極間近にまで迫って三人を見下ろしていた。その手にはロンギヌスの槍と、反対の手にはズタボロになって動かない8号機が握られていた。

 

「これが最後のエヴァンジェリン、第13号機。真なるエヴァンゲリオン(Mark06)を素体とした最後の執行者、私のエヴァンジェリンだよ」

 

 8号機が投げ捨てられ、ヴンダーの船体が地震が起きたように揺れる。

 

「に、2号機は?」

 

 揺れる船体に立っていられず、手と膝を付いたミサトは起動を阻止する為に使徒化までしたアスカのことを想い、ゲンドウに付き従う騎士のように背後に跪いた第13号機を睨み付ける。

 

「君達には感謝している。第13号機はダブルエントリー式のエヴァンゲリオン。アヤナミタイプでは魂の場所が違う。パイロットが足りなかった」

 

 嗤いながら告げられた言葉に直ぐにリツコがゲンドウの企みに気づいた。

 

「まさかアスカを-――」

「アヤナミタイプとシキナミタイプは元より補完計画遂行の為に用意されていた物だ。何も問題はない」

 

 遅れて気づいたミサトは激昂し、弾倉に残っていた銃弾を全て吐き出す勢いで引き金を引き続ける。

 銃弾は全てATフィールドに防がれ、カチカチと引き金を引いても手応えが無くなってもミサトの怒りはますます燃え盛るだけ。

 

「アスカを使い捨てるか、碇ゲンドウ! どこまで外道に落ちれば気が済む!!」

 

 人らしく怒るミサトに、人を捨てたゲンドウが向かい合う。

 

「知恵の実を食した人類に、神が与えていた運命は2つ。生命の実を与えられた使徒に滅ぼされるか、使徒を殲滅してその地位を奪い、知恵を失って永遠に存在し続ける神の子と化すか。我々はどちらかを選ぶしかない……」

「私は神の力をも克服する人間の知恵と意志を信じます。神に屈した補完計画による、絶望のリセットではなく希望のコンティニューを選びます」

 

 リツコの言葉を取るに足らない子供の戯言を嘲笑うかのように聞いていたゲンドウは口の中で笑った。

 

「過去世界において今の君と同じように選んだ者もやがて絶望に落ちた。補完計画とは、ヒトに及びつく領域にはない。君達も見たはずだ、代行者達を」

「ネーメズィスシリーズ、エンジェルキャリヤー……」

「ゼーレを、ネルフを止めたところで補完計画の歯車でしかないアレらに抗うことは無意味だ。なにせ数に限りがない」

 

 ネルフの尖兵ではなく、停滞した補完計画を次のステージへと進める意思無き機構。

 

「人の思いでは、何も変わらん。だからこそ、アダムが重複したこの世界は二度とないチャンスなのだ」

「父さん!」

 

 排出されたエントリープラグ内で気絶していたシンジがなんとか脱出して父を呼ぶ。

 

「シンジ」

 

 フラつきながら向かって来るシンジにバイザーの中で目を細めるゲンドウ。

 その背後に控えていた第13号機が、ミサト達とゲンドウが向かい合う対角線上から歩いて来るシンジの姿を視界に捉えた瞬間に四眼を光らせて手を伸ばした。掌を広げて明らかにシンジを捕まえようとしている仕草に、真っ先に気づいたミサトが「シンジ君!」と叫びながら走り出そうとすると再度の衝撃で踏鞴を踏む。

 

「うわっ!?」

 

 外側からではなくヴンダー内部からの衝撃にフラついていたシンジが耐えられるはずもなく、倒れ込んだその体ごと掴むかのように伸びる第13号機の手は赤い壁によって堰き止められた。

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 轟音と共に破壊しながらヴンダー艦内から現れた初号機の姿が顔を上げたシンジの目に映り叫む。

 シンジを守るように現れた初号機が、展開したATフィールドで第13号機を跳ね飛ばす。

 

「動いたか、初号機――」

 

 跳ね飛ばされた第13号機は三歩ほど下がり、邪魔をする初号機を睨み付けて肉食獣が獲物に今にも飛び掛かるような低い姿勢を取る。

 

「直ぐにその人から離れなさい、シンジ君!」

 

 駆け寄るミサトを目にして、ゲンドウは尚もシンジしか見ていない第13号機の前へと物理法則を無視して空中に浮かび上がる。

 コア方向に手を翳して第13号機の制御権をもう一人のパイロットから完全に奪い取り、ようやく片膝をついたシンジを見下ろす。

 

「追って来るがいい、シンジ。全ての始まりと終わりの地へ」

 

 意思無き人形へと落とした第13号機の肩へと乗ったゲンドウが、チラリと時間停滞スフィアがある方向を見た。同じ方向を見たシンジは両足でしっかりと立ち上がり、父ゲンドウのバイザーの向こうにある目を見据える。

 

「父さんは僕に何をしろって言うの?」

「その人の言うことを聞いては駄目よ」

 

 言葉で惑わすかもしれないと、ミサトがシンジの前に立って制止しようとする。

 

「来れば、分かる」

「そんなんじゃ分からないよ」

 

 エントリープラグに入ることなく第13号機を操るゲンドウはそのまま機体ごと浮かび上がり、シンジの呼びかけに答えることなくリリスが眠る時間停滞スフィアの方向へと去っていく。

 

「父さん!」

 

 再度、シンジが呼びかけてもゲンドウは一度も振り返ることはなかった。

 ただ見送ることしか出来ない中で、沈黙していた8号機が動いた。

 

『あいちち…………あれ、なんでヴンダーにいんの?』

 

 外部スピーカーをONにしたのか、気絶から目覚めたマリが8号機を動かそうとして僅かに手足が動くだけでだった。まともに動く8個もある複眼でシンジ達の存在に気づいた。

 目先の脅威が去った判断したリツコが白衣に手を突っ込みながら8号機に近づく。

 

「大丈夫、マリ?」

『アッシはなんとか。でも、8号機は駄目っぽい。いやぁ、正に慚愧の極み。姫を助けられなかったよ』

 

 マリの言動は軽いが込められた感情は重い。

 

「8号機は動かない。2号機もない。動くのは」

 

 二人の会話を聞いて状況を冷静に受け止めたシンジが、動かないながらも確かな意思を感じさせる初号機の双眼を見上げる。

 

「ミサトさん」

 

 振り返り、決意を眼差しに込めてミサトを見るシンジ。

 シンジの目を見たミサトは一瞬、加持を幻視した。あの時、サードインパクトを止める為に対峙した加持を。

 

「僕が、初号機に乗ります。補完計画を止めます」

「碇ゲンドウと、お父さんと戦うことになるのよ」

 

 その決意の深さを問うように、シンジの行動の過程に必ず生じる障害を排除できるのかと問う。

 覚悟を問われたシンジは胸の前に上げた右手を強く握る。

 

「覚悟はもう出来ています。インパクトを起こした落とし前をつけさせてください」

 

 そこに帰結するのだと理解したミサトはシンジに言わなければならなかった。

 

「いいのよ、シンジ君。あの時、あなたが初号機に乗らなかったら、私達はあの時に滅んでいた。インパクトの責任をあなたが背負う必要はないのよ」

 

 止められなかった自分達にこそ責任があると語るミサトにシンジは首を横に振る。

 

「綾波を助けた時、世界がどうなっても構わないと思いました。その結果がこれなんですよ。責任がないはずがない」

「あなたはまだ子供。ニアサーが起こった責任は全て私にあります。あなたがそこまで気負う必要はないわ」

 

 どちらも自分が悪いと、責任は自分にあると考えているからこそ、責任論を論じてしまえば堂々巡りに入って答えは出ない。

 

「だとしても、今父さんを止められるのは僕だけだ」

 

 8号機は動けず、2号機を失い、ヴンダーの制御権を奪われた中で、残った手札は今もシンジを見据えたまま動こうとしない初号機のみ。

 シンクロ率は0と表示されていたが初号機は無人のままシンジを守る為に自律的に動いた。奇跡以上の期待は出来る。

 

「ミサトさんが背負ってるもの、半分引き受けるよ」

 

 前のシンジでは決して言わなかった、責任を背負う言葉。

 

「…………分かったわ」

 

 結局のところ補完計画を止める為の札はミサトの手にはなく、先の行動を見るにシンジの手にしかないのだから。人類残存勢力(ヴィレ)の代表であるミサトに選択肢などない。

 出来るのは二つだけ。大人としての責任を負うこと、最後の戦いに赴くシンジの背を押すことだけだ。

 

「現在も碇シンジは私、葛城ミサトの管理下にあり、これからの彼の行動の責任を私が負います。副長、私は今のシンジ君に全てを託してみたい」

「否はないわ。ヴィレは万策尽きた。我々に補完計画を止める術はなく、万事休すの中で他に方法はないもの」

 

 ミサトの思惑を理解した上でリツコも話に乗った。

 

「マリさん、みんなこと頼んでもいい?」

『了ぉ解。こんな状態でもATフィールドは張れるからね。なんとかやってみせるにゃ。姫を、アスカをお願い』

「やってみるよ」

 

 後事をマリに託したシンジの前に、跪いた初号機が掌を下に向けて手を伸ばす。エントリープラグもイジェクトされており、初号機の掌に乗れば後は運んでくれるのだろう。

 シンジが初号機の差し出された掌に乗ったところでミサトが口を開く。

 

「シンジ君、父親に息子が出来ることは肩を叩くか、殺してあげることだけよ。加持の受け売りだけど」

「うん、ミサトさん行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 ミサトが見送る中で、初号機の手が動いてエントリープラグまで移動したシンジが開いたハッチから中に乗り込んでいく。

 ハッチは直ぐに閉じて、既に満たされていたLCLに視界がぼやけるが慣れたものでシンジは直ぐに適応した。

 電気系統がまだ残っているのか、モニターの灯りで照らされたプラグインテリアには半透明だが少し髪の伸びた綾波レイが座っていた。

 

「綾波」

 

 名を呼ぶと、プラグインテリアに手をかけたシンジの方を振り返り、とびついてきた。

 

「わっ!?」

 

 予想外の行動に驚いたシンジは飛びつかれた勢いのままエントリープラグの内壁に背中をぶつけるも、LCLに満たされた中だったので痛みはそれほどでもなかった。それよりも耳元で呟くレイの震えた声の方に気を取られた。

 

「ごめんなさい」

 

 首元に縋りついたレイが震える声で耳元で呟く。

 息がかかりそうなほど距離は近いものの、シンジの目では位置的に表情は見えない。

 

「碇君、ごめんなさい。碇君をエヴァに乗らないで済むようにできなかった」

「謝らなくていいよ。いいんだ、ありがとう。綾波、後は僕がやる」

 

 ピクリと体を震わせたレイがシンジの首元から離れていく。

 

「うん、お願い」

 

 薄らと彼女らしい微笑みを浮かべて姿を薄れさせていき、プラグインテリアに一人座ったシンジは大きく深呼吸をして操縦桿を握り、一度閉じた瞼を開く。

 

「行こう」

 

 シンジが乗り込んで起動した初号機。

 ミサトとリツコは頭上に天使の輪のような光のリングを発生させて飛んで行く初号機を見送る。

 

「リツコ、艦の全員をここに集めて」

「マヤ、聞こえていて? Mark09の触手を避けて艦首上に全員を寄越して」

 

 マリは8号機のエントリープラグ内で通信をしているリツコの声を聴きながら、第13号機を追う初号機の姿をモニターで拡大する。

 

「行っておいで、シンジ君。君がどこにいても必ず迎えに行くから」

 

 ATフィールドを展開する以外の機能を停止しつつ、「シンジ君を守ってあげて、ユイさん」と誰にも聞こえないように呟くのだった。

 

 

 

 

 

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