今話タイトルはTV版第20話より
UNの聴取を終えたその足でネルフ本部へと戻って来た赤木リツコは、第10使徒によって使い物にならなくなった第1発令所ではなく予備の第2発令所に顔を出した。
遠くで今も行われる復旧工事音に混じりピッピッと規則性のない電子音が連続する中、リツコが鳴らした靴の音に作業をしていた伊吹マヤが気づいて振り返った。
「赤木先輩!?」
リツコよりも早く聴取から解放されて仕事に戻っていたマヤは直属の上司の無事な姿を目にして、目元を潤ませて椅子から立ち上がって駆け寄ってくる。
勢いのまま抱き付いてきそうな雰囲気だったが、国連を経由して派遣された監視の目である黒服を着た男達が列を為している状況で感動の再会をする気にはなれなかったらしい。後一歩というところで立ち止まったマヤの肩にリツコは手を置いた。
「お互い無事で何よりね、マヤ」
「はい……っ!!」
言葉もないという様子のマヤの後ろには日向マコトや青葉シゲルもいて、階下には他のオペレーター達もいるのだろう。
「今はどういう状況? 司令代理の命令が出ていると聞いたけど」
「赤木博士はどこまで聞いていますか?」
「司令と副指令が行方不明な事、国連から司令代理が派遣されたことぐらいね」
青葉の確認に、リツコは恐らく初号機が凍結されているだろうことは予測していることは言わなかった。
「俺達も全て知っているとは言えませんが」
青葉はまず前置きをおいて、分かっている事実を並べていく。
その1、第10の使徒によって半壊した第1発令所は破棄して、MAGIシステムを移植して第2発令所をメインとして使用していること。
その2、使徒に捕食された零号機は破棄、登録を抹消されたこと。
その3、初号機は封印凍結中であること。
その4、2号機は修復作業が始まったところであること。
その5、移送された7号機と8号機の組み立て作業中であること。
その6、Mark06と呼称されるエヴァンゲリオンがケージの一つを占領して、タブハベースの職員が管理していて干渉不可が厳命されていること。
その7、本部職員は施設の復旧と2号機の修復、初号機のサルベージ等を行うようにとの命令が司令代理より出ていること。
「…………少しいない間に知らない家になったみたい」
本部付きではない職員がそこら中におり、外出から帰ってみれば慣れ親しんだ家が他人の家になったような違和感をリツコは覚えていた。
「どこに行くにも監視監視、家にも帰れず本部に缶詰め状態です」
「それに見慣れた第1発令所と造りは同じでもここの椅子はきついし、センサーは硬いし、やりづらいんですよね」
「拘留されているよりは良いでしょうし、今はなんでも使えるだけマシよ」
日向とマヤの愚痴にリツコはある種の諦観を滲ませる。
ニア・サードインパクトを図らずとも起こしてしまった組織の一員として、厳しい聴取が明けても束になる程の監視の目がある上に状況が変わり過ぎていて気持ちがついていかない。
「2号機の修復状況は?」
愚痴を零していても何も変わらない。
今は仕事に集中することで先の不安から目を逸らす。逃避と言ってしまえばそれまでだが大人の処世術とも言えた。
「損害状況はヘイフリックの限界を超えていましたが、物資だけは潤沢にあるので時間をかければ修復は出来ます」
「問題はパイロットの方ですね。司令代理より2号機パイロットの隔離解除が正式に発令されましたが」
国連を経由して一種過剰とも物資が今もネルフ本部へと運び込まれている。
金と物と時間をかければ、大概の物は修復可能であるが生き物に関してはどうしようも出来ない場合は多い。
「第9の使徒による精神汚染の可能性は否定できないはずよ、本気なの?」
使徒に浸食されたエヴァンゲリオン参号機に搭乗していた式波・アスカ・ラングレーは細胞組織の侵食跡は消えたものの疑いは消えず隔離措置が取られていた。他でもない赤木リツコがあらゆる方策を模索した上で下した結論を覆せる材料があるとは思えなかった。
「――――使徒封印呪詛柱を直接体に埋め込むことで対処するとのことらしいわ」
その答えはこの場に現れたもう一人の人物が語ってくれた。
「二週間ぶりかしら、リツコ」
「ミサト、少し痩せたわね。まだ暗くて狭い所は苦手なのかしら」
ミサトが一定の距離を詰めたところで足を止める。手を伸ばせば届くというところが互いのパーソナルスペースだった。リツコは左腕のギブスが取れて身軽になったミサトの頬がコケていることに気づいて僅かに眉を顰めた。
「親友との再会に第一声がそれ? まあ、嫌なことばかり思い出すから好きではないことは確かよ」
UNの聴取の場所は暗くて狭い部屋だった。そういう場所はミサトのトラウマを刺激する。食が喉を通らなくて痩せたかもしれない。
トラウマ自体は昔も今も消えてはいない。ただ、加持と恋に溺れていた頃だけは忘れていられた。あのままずっとあの幸せに浸っていたら良かったのにという思いを今は抑え込む。
「使徒封印呪詛柱を体に埋め込むって、どこからの情報?」
「加持からよ」
主席監察官でしかない加持が知り得て良い情報ではないと感じ取ったリツコは青葉を見る。
「司令代理とパイプがあるのは加持主席監察官だけです]
日向とマヤを見れば揃って首を横に振る。この場にいる全員が司令代理と会ったことは無いらしい。
「委員会が送り込んだ司令代理が第5の少年――――Mark06のパイロット。アンタは何か知らないの、リツコ」
「残念ながら何も。ミサトの方は加持君から何聞き出せて?」
「当たり障りのない内容だけなら」
精神汚染の恐れがあるアスカへの使徒封印呪詛柱の埋め込みは十分に機密に当たる内容である。
(どうやって聞き出したんだか)
改めてミサトを見れば、窶れてはいるもののリツコの偏見か肌は寧ろ潤っているように見える。
シンジに何度も探りを入れるほど加持がまだミサトに未練を残していることを良く知るリツコは下手にツッコミを入れるのも無粋と内心だけに留めた。
「アスカが元に戻るかどうかは神のみぞ知るというところでしょうね」
リツコの内心を知る由もないミサトは溜息を吐く。
「ミサトらしくないわね。神様と戦う道を選んだというのに」
「初号機の神様みたいな力を見れば、信心深くもなるわよ」
言葉通りに信心深くなったわけではない。この世界には人間の領域を超えた遥かに力があることを目にしたことで考え方の一つも変わるというもの。
「当の初号機は?」
ミサトの変心に納得できたリツコは神の如き力を発揮し、ニア・サードインパクトを引き起こしたエヴァンゲリオン初号機の詳しい状況をマヤに訊ねる。
「あの場所で今も凍結されています。サルベージの為にケージへの移動を申請したんですが許可が下りなくて、足場を組み立てて仮施設を作っているところです」
「L結界密度が高くて、防護服を着ての作業になりますから作業の進捗は予定よりも遅れています」
マヤが困ったように眉を下げ、青葉が手元のコンソールを操作すると、モニターの一つに防護服を纏った幾つもの人が槍に貫かれた初号機を囲うように足場を組み立てている映像が映し出される。
決して着心地は良くない防護服の動き難さを知るミサトも気の毒そうに映像を見つめる。
「L結界密度って、使徒を倒した後の血で汚染された大地で検出される数値のことよね。これも初号機の影響なの?」
「ない、とは言い切れないけれど、他の複合的な要素も排除できないわ。ただ、人が生身で過ごせる環境でないことだけは確かよ」
リツコの解説を聞いたミサトの目は続いて、足場が組まれている初号機からその身を貫いている槍に映る。
「そう言えば、リツコ。初号機を止めたあの槍はリリスを射止めているロンギヌスの槍と同じ物なの?」
「形状に類似点はあるけれど、あれは別物でしょうね。何かと言われても答えは持ってないわ」
「リツコですら知らないとなると、エヴァMark06といい、現場に情報が降りてこなさ過ぎる」
乱暴に髪を掻き上げるミサトに、リツコも知らないのだから腕を組んで沈黙する。
5号機以降の計画すら聞いたことがなかったのに、Mark06の頭の上に初号機と同じ天使の輪らしきものが浮かんでいたことといい、ここに来て7号機と8号機が本部に移送されて組み立てが行われていることといい、ミサト達には知らないことばかりだった。
「エヴァってそもそも何なの?」
ニア・サードインパクトを引き起こした初号機。あの力は明らかに人の域を超えていた。人知の及ばない領域を目撃したが故の疑問だった。
「人に近いカタチをした物体、としか言いようがないわね」
リツコらしくもなく自信の欠片もない返答だった。
「南極で拾ったものを、ただコピーしただけじゃないの?」
「分からないわ。私は既に作られていた物を実用に持って行っただけだから」
ミサトよりは答えの近くにいることは間違いないが、その核心に至る部分はリツコの目にも見えない。
「
事態はミサトやリツコの与り知らない領域で動いている。焦燥を抱いて足掻く手をどこに動かしたらいいかも分からない恐怖があった。
「…………他に知る人はいないの?」
「恐らく最も知っているだろう人は既にこの世にいないわ」
つまりは答えを知る術はないということ。
「まだ私がここに入る前の出来事よ。母さんが立ち会ったらしいけど、私はデータでしか知らないわ」
「先輩のお母さんて、あのMAGIシステムを開発した赤城ナオコ博士ですよね」
「ええ」
確認に頷きを返したリツコはマヤのコンソールを借りて操作して、MAGIを操作して初号機が映るモニターを別の映像に切り替える。
「今のようなエントリープラグを挿入する制御システムを構築する前、コアにダイレクトエントリーしてシンクロする実験が行われた。その被験者は、発案者である碇ユイ」
映し出された映像には、文字による記録。
「彼女はエヴァに取り込まれ、サルベージが行われたけど失敗。碇司令が変わってしまったのは多分その時からよ」
日付と実験の内容、様々な数値やデータが事細かく記録されており、被験者の名前の欄の最後に死亡と締めくくられていた。
「碇ユイというと、シンジ君の?」
「ええ、お母さんよ」
エヴァンゲリオンのコアに取り込まれた母親、その息子がパイロットになった状況に作為を感じないでもない。ただ、悲劇であることは違いなく、ミサトとしても突っ込んだ話しはしづらい。
「そう…………他にはいないの? 当時の技術者の一人ぐらいは残っていても良さそうだけど」
十年前ならば長く務めた者の一人や二人は今も残っていてもおかしくはない。一縷の望みを託したミサトだったがリツコは無情にも首を横に振る。
「探せば見つかるかもしれないけれど、私以上に事情を知っているかは疑問が残るわ」
「精通してればリツコの立場になってるか」
「最低でもミサトが知るレベルにはいるでしょうね」
精通していようと自分の立場を脅かされる可能性はないと自負するリツコのプライドの高さに苦笑するミサト。
「なんにしてにも当時の幹部級の一人でも残っていれば初号機のサルベージ計画にも助かるのに」
「失敗した計画をそのまま使う気? 今回はシンジ君だけじゃなくてレイもいるのよ」
使徒に食われたレイに関してはあまりにも不確定過ぎるがシンジと共にいると信じるしかない。
「十年前当時の幹部級の一人でもいれば今の技術と状況と比較してアップデートも出来るのだけれど、そう都合良くはいかないわね」
「探せば一人ぐらいは連絡して話ぐらいは出来るんじゃないの?」
十年前の事情を知らないミサトは簡単に言った。
「無理よ。当時の幹部は行方不明の司令と副指令、私の母さんや初号機の中に消えた碇ユイさん、そして残る最後の一人である真希波マリさんは既に亡くなっているわ」
連絡のつけようがないと言い切ったリツコは自分に注がれる異様な視線に気づいた。
変なことでも言っただろうかと自分の言葉を思い返しても何もおかしいことはない。にも拘らず、目を剥くミサトのみならず日向や青葉は互いに顔を見合わせ、マヤなどは顔を真っ青にして血の気が引いている。
「リツコ……」
「なに? 幽霊を見たような顔をして」
ミサトは何かを言いかけて言葉を飲み込んだ。代わりに意を決したようにマヤが震える口を開く。
「センパイ…………ユーロから来た8号機の、パイロットの名前が――――」
真希波・マリ・イラストリアスさんです、と今にも泣きだしそうな声で告げるマヤにリツコは驚きで目を見張った。
「偶然の一致、なわけないっすよね?」
「まさか、日本人だとしても真希波なんて苗字はそうあるものでもないのに」
薄ら寒さを誤魔化すように軽口を叩く青葉に日向が重苦しく言って眉間に皺を寄せる。
「リツコ、真希波マリさんの当時の写真かなにかは残ってないの?」
ミサトに問われたリツコは無言でマヤのコンソールを操作したものの表示されるのは『該当データなし』だけ。
「やっぱり駄目ね。職員の画像や映像データの類は残っていないわ」
「ゲヒルンは国連直轄の非公開組織でしたから、MAGIに様々な実験のデータ類は移されてますけど職員に関することは名簿の一覧ぐらいみたいです」
自身のコンソールを操作した日向がリツコの証言を追認する。
「8号機パイロットの顔が分かるデータや画像はない?」
「セキュリティカードを作る際に撮った顔写真データがMAGIにあるはずです」
「リツコ?」
「私は真希波さんと会ったことがあるから顔を見れば赤の他人か、親族かぐらいは分かると思う――」
日向がMAGIを操作して真希波・マリ・イラストリアスの顔写真データがモニターに表示され、拡大されたそれを見たリツコは厳しい面持ちで直ぐには言葉を発さない。
ミサト達はリツコの言葉を待つ。
「…………私が真希波さんと会った時、彼女は二十歳を超えた女性だったから一概に比較は出来ないけど」
「似てるって?」
「若くして、髪を縛って、眼鏡をかけたら多分」
リツコにしては不明瞭な言葉に終始したのは、同一名による先入観を否定できなかったからでもある。
「となると、娘か近親者の可能性が高いわね。流石に同一人物ってのは辻褄が合わないから」
「ですね。若返りなんてナンセンスですし」
人知を超えた力や存在を多数見ても人は常識から離れられない。伊吹やミサトにとっては若返りの方法があったらあやかりたいが。
「娘がいるとか、近親者がいるなんてことは聞いたことのないの?」
「さあ? 私がゲヒルンに入ったのは彼女が辞めた後のことだし、碌に話しをしたことはないもの。あの頃はまだ家族や身の回りの話をするのはタブーだったから」
「セカンドインパクトの後ですからね。どこで地雷を踏むか分からないからみんな気をつけてましたね」
しみじみと呟いた青葉に日向も同意とばかりに何度も頷く。
セカンドインパクト後の時代を身を持って体験した者にしか分からない空気が五人を包み込む。
「ただ、家庭の雰囲気は感じない人だったわね。ユイさんがコアに消えて直ぐにゲヒルンを辞め、暫くして亡くなったことだけは確かよ。仕事の忙しい母さんの代わりに私が弔電を出したから」
当人ではない。かといって娘とかでもなさそうだとすると、名前と容姿が一致する赤の他人という可能性が残る。
「本人に話を聞けば何かしら分かるでしょ」
「じゃあ、頼んだわねミサト。私達は初号機のサルベージ計画で忙しいから」
ここでアレコレと推測するよりもその方が早いとミサトの結論付けに、リツコはあっさりと手を離した。
「へ?」
「パイロットの管理は作戦課の管轄でしょう。日向君もこっちで使うからよろしくね。吉報を待ってるわ」
そう言って呆気に取られるミサトを残して、十年前の計画を素案にしてプラッシュアップを始めるリツコ達。
技術畑ではないミサトがいたところで何も出来ることは無い。とはいえ、蚊帳の外に置かれるのはそれはそれで寂しい。
「…………やってやろうじゃないっ!」
その後、再び加持に突撃していくミサトの姿がネルフ本部のあちこちで目撃されたという。2号機に残されたデータから真希波・マリ・イラストリアスが第10の使徒戦でエヴァンゲリオン2号機に乗り込んでいたことを知ったリツコも加持に詰め寄る30分前。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
初号機の裡にある碇シンジの意識は外界の喧騒とは裏腹に、まるで川の水の流れのように穏やかに流れていく。
『――――それにしても学部中の男は泣いてるわね。天下の碇ユイが選んだのが、あの六分儀ゲンドウだなんて』
蝉の鳴き声が残響を振りまき、夏の陽光が降り注ぐ。
シンジは誰かの視点で、自販機のスイッチを押して選び間違えたと嘆きながらオレンジのジュースを手に取る。
『かっこういいでしょ、ゲンドウ君』
『…………まあねぇ、あんたの目にはそう見えるんだ』
視点の主が動いたことで視界が動く。
しかし、太陽の光に遮られて声の主の姿はシンジには見えない。その横で足を組み気だるげにジュースを飲んでいる少女の姿は見えるのに。
『優秀っていうのは認めるけど、反対に物凄い変人てウワサだよ。暗いし、何考えてるか分からないし』
『みんなそう言うのよね。そんなことないのに』
言ったところで飲んだ冷やしぜんざいの味がシンジの口にも広がる。
正直に言って美味しくはない。
『初めて会ったのは学食なの。ゲンドウ君が私の前に並んでてB定を頼んだ直ぐ後に私も頼んだんだけど』
『六分儀ゲンドウので終わりで、頼んだら取り換えてくれたって話でしょ。前に聞いてるから』
その時の記憶がシンジの脳裏に広がる。
陰気な表情の男に提案にポカンとしている間にさっさと離れようとして背中に、一緒に食べないかと誘えば一人が好きだからと嫌そうに断られる姿が浮かぶ。
『マジで嫌そうだったな、あの時は。こっちもあの仏頂面を意地でも崩してやろうと思って…………色々話しかけてたらやっと笑ってくれて』
これは幸福感だろうか。シンジが知らない感情だった。
『そしたらかわいかったの、凄く』
『…………ゲンメツ』
隣に立つ少女が立ち上がりながら言った。
シンジにはその少女が見覚えがあるような気がしたが誰だか分からない。
『アタシ、ユイ先輩の口からそんなこと聞きたくなかったっす。もう行きますね。次、授業だから』
少女の背中を見送った直後、映像が切り替わる。
場面が切り替わり、まるで転倒したかのように視界がブレた。
視界が落ち着くと、目に映るには荒れたどこかの室内。チューチューと鼠の鳴くような声とカラカラと何かが回る音。
直後、部屋の扉が外から開かれた。
『なにやってんすか、ユイさん』
部屋に入ってくる白衣を着た先程の少女。年はシンジより二つか三つか上か。
『棚の上の資料を取ろうとして…………手が届かないから椅子に乗ったんだけど、コロがついてたから椅子がズレてバランス崩しておっこちたらラットのゲージの上で……』
『分かったから早く捕まえますよ!!』
そこから頭脳とは裏腹に運動神経が同年代以下のユイがどんくささを発揮したりしながらも、なんとか全てのラットをゲージの戻せた。
『いたたたもぅ――っ!? コンタクトズレた!!』
『ごめんね、髪の毛がメチャクチャ』
ユイが乱れた少女の髪の毛を直そうと手を伸ばす。
少女は伸ばされた手の気配を感じ取って、咄嗟に距離を取ろうとして肘が机に接触。彼女の鞄が机から落ちて中身が床に散らばってしまう。
『あれ、これ、私の……』
散らばった荷物の中にユイは自分が失くしたと思っていた眼鏡が見つけて拾い上げる。
『失くして困ってたのよ。どうしてあなたの鞄に』
純粋な疑問を糾弾されていると感じたのか、少女は罰が悪そうに目線を下げる。
『憎らしいんですよ、先輩』
その姿は悪いことを見つかった幼い子供のようで。
『綺麗で可愛い所も、頭脳明晰な所も、優しすぎる所も、ちょっと抜けてる所なんかも全てが憎らしい。あたしの気持ちに気づいても、そうやって態度が変わんない所も』
二人の距離を物語るように、間の空間を夕方の斜陽が照らす。
『分かっちゃったんでしょ。あたしがあなたを好きってこと』
告白を受ける者の心は凪いでいた。昂ることも、落ち込むこともなくて、シンジには何も見通せない。
『座って。髪の毛、直してあげる』
静かに言うことを聞いて背中を向ける少女。視点の主が乱れた髪をクシで整えていく。
髪にクシを通す小さな音だけが部屋に響く。
『ごめんなさい。憎らしいなんて言って』
髪を二束にして首の左右から肩に垂らすと少女が震える声で詫びた。
『眼鏡、欲しいんなら上げるわよ。あなたには度が合わないと思うけど』
視点の主は小さく震える少女に薄く笑みを浮かべて、机に置いていた眼鏡を手に取って少女の鼻にかけた。
『ふふ、出来た。可愛い。女子高生みたい』
手鏡を手に取って少女の今の姿を映し出す。
『止めて下さい。当たり前でしょ、16歳なんだから』
ロングの髪を自然に下ろした姿とはまた違う、髪型と眼鏡をかけたことで学生のようで。
『先輩、あたし、ゲンドウ君との幸せを願ってますよ』
『うん、ごめんね』
『なんで謝るんですか』
『そうだね、ありがとう――――真希波マリちゃん』
そこでシンジの意識は記憶から遠ざかるように映像が遠ざかっていくのだった。
真希波マリがゲンドウ達とエヴァンゲリオンの開発に携わっていたというのは本作設定ですのであしからず。