新劇場版 急・結   作:スターゲイザー

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本日四話目です。


今話のタイトルは『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』の英題より




第24話 THE END OF EVANGELION

 

 

 

 LCL化していた人々はその姿を取り戻し、隣にいる者と奇妙な表情を交わし合う。

 気が付けば、世界は変わっていた。正確には、セカンドインパクトが起こる前に戻っていると気づくまで、まだ暫くの時間を要することになる。

 直前まで全く違う様相の南極を知っているヴンダーの艦上にいるヴィレクルーこそ世界の変容を間近で実感していた。

 

「空が青い、海も……」 

 

 ヴンダーは赤い海ではなく、青い海に浮いていた。

 L結界密度が高過ぎて物理的な結界を形成していたとは信じられないほど見上げた空は青く、毒々しいまでの赤の痕跡は見渡す限りの青い海には存在しない。

 

「原罪に塗れた世界になったということは、恐らくシンジ君が何かをやったのでしょうね」

 

 ゼーレの人類補完計画が記された加持レポートを誰よりも読み込んでいた赤木リツコは、この時の為だけに残していた最後の煙草を取り出して火をつける。

 紫煙を吐き出し、やがて消えていく薄い白を見守る。

 

「シンジ君……」

 

 立ち会った人々は神話のような情景に恐怖し浮足立って、正常な判断が出来たとは言い難い。

 何しろ誰も彼もシンジを止めなかったのだ。

 時間が過ぎ、夢から醒めたように一人の少年に全てを背負わせた事実に気づいた関係者は互いに目を合わせづらかった。

 

「寒っ」

 

 急激に低下した気温に、青葉シゲルが露出している顔を手で擦り合わせて暖を取ろうとしていた。その近くで、前まで肥大化しているようにすら感じるほどに近づき過ぎていた月が遥か遠くになっていることに伊吹マヤは気づいた。

 

「月の位置まで戻っています。これから検証が大変ですね」

「そうね、でも見てごらんなさい。青空があんなに綺麗よ」

「はい、副長先輩」

 

 弾けるような笑みを浮かべるマヤに、自身も知らずに笑みを浮かべていたリツコは再度紫煙を吹かす。

 

「予備電力は残り僅か。やはり最後に頼るのは、昔からの反動推進型エンジンですね。なんとか人類圏まで行けそうです」

「ええ……」

 

 日向マコトの報告に頷きながら、葛城ミサトは気を抜くと初めて自分の住まいにシンジを迎えたあの時が記憶の底から押しあがってくる。もう脳がシンジが死んだと納得して良い思い出だったといっているようで、そんな自分に腹が立つ。

 

「ここで凍死ってことにならなくて良かった良かった」

「うざい、アンタ」

 

 海に浮かんでいたエントリープラグから、ようやくヴンダー艦上に上がれたアスカにマリが抱き付いてきた。

 顔を擦り寄せて来る、実は両刀使い(バイ)を告白したマリに真剣に身の危険を感じるアスカ。流石にここで騒動を起こしてどちらかが極寒の海にでも落ちたら洒落にならないので、顔を掴んで引き離すだけに留める。

 

「やっぱりいないのね、シンジ」

 

 艦上にシンジの姿はない。

 

「初号機のエントリープラグもアスカの近くにあったから回収作業が行われているけど、中には綾波レイしかいないって」

「そう……」

 

 シンジが命を使って世界を元に戻した。みんな、その辺りで手を打とうとしているようなのだ。彼らは大人で、キリをつけるために何かを諦めることを知っている。それは即ちシンジの死、もしくは消失。生きていることを証明する物理的手掛かりすらない事実。

 そのことに無性に腹が立っているのに、アスカも仕方ないと諦めている自分もいる。

 

「碇君!」

 

 綾波レイの声が聞こえた。

 そちらに目を向ければ、今まさに初号機のエントリープラグから引き出されている綾波レイの姿があった。

 

「碇君! 碇君!」

 

 アスカは一番想像しがたいレイの表情を見た。彼女は顔を崩して大泣きしていたのだ。

 ただ、シンジの名を呼び続け、自分で立つことすら出来ない様子で、エントリープラグから出すのにヴィレクルーは難儀していた。

 

「ご機嫌斜めだね、アスカ」

「放っといて」

 

 再度顔を寄せて来たマリの全てを見通すような目があの時のシンジを彷彿させて、胸に走った痛みを気づかないように顔をレイから逸らす。

 

「気持ちは、分かるよ」

「アンタに何が――」

 

 激昂して言いかけたアスカは、マリの悲しそうな目を見て勢いを無くす。

 

「ごめん」

「いいよ、大丈夫。貯め込まないで」

 

 大きく息を吐いて気持ちを切り替えようとしたアスカだったが、なんだか腹が立ってきた。何故シンジの所為で自分はこんなにも、はやっては落ち込み、躁鬱行き来しているのか。それを問わねばなるまい。自分に、そしてシンジに。

 

「マリ、シンジはどうなったの?」

 

 自分が知らないことを知っているマリに聞くしかアスカには出来ない。

 

「多分、だけど。世界にここまで変化が起きてるとなると、補完計画を完全に止めたという可能性が高い」

 

 その証拠にと、青い海と青い空、更にマリが指差した方向にはエヴァンゲリオン8号機の拘束具がヴンダー艦上にあるが、素体だけが綺麗さっぱり無くなっていて不思議な状態になっていた。

 

「初号機と共にシンジもいなくなった?」

 

 補完計画を止めたということが何を示すのか、アスカにもイマイチ理解の及ばないことではあるが8号機の有り様を見れば、エントリープラグだけが戻って来て機体(初号機)そのものは消失したと考えた。

 初号機のエントリープラグにシンジがいないとなると、機体と運命を共にしたと考えるのが自然だった。

 

「それはないと思う。ユイさん――――シンジ君のお母さんが守ってくれたと、思う」

「頼りないわね。はっきりしなさいよ」

「確証を示せないからね。全て推測になっちゃうもの」

 

 科学者としてはあるまじきだけどね、と口の中だけで呟いたマリは推論を組み立てる。

 

「仮にシンジ君が無事だとしても、マイナス宇宙から帰還する方法がない。そしてそれは迎えに行く方法がないということでもある」

「エヴァが、ないから」

 

 帰還する方法がないから、迎えに行くこともまた出来ない理屈だけで済む問題ではない。

 

「エヴァがあっても、マイナス宇宙のどこにいるかも分からないシンジ君を見つけるのは、砂漠から金の針を探すよりも遥かに難しい」

 

 よしんばガフの扉を開いてマイナス宇宙に入れたとしても、存在しているかどうかも確証がないシンジを探すことは膨大な時間があっても不可能でしかない。

 

「ないない尽くし。結局は諦めるしかないってことか」

「うん……」

 

 手がかりも手段も方法も、何もない。

 出来るならばマリもシンジを助けたいと思っていても、現状では何も打つ手がない。

 

――ズゥンッ……!

 

 マリですら諦めかけたその時、大きな単音が突如として周囲に鳴り響く。

 

「地震?」

「いや、それにしては感じが違うような……」

 

 海の底からというには違う感覚にマリが辺りを見渡す。

 

――ズゥンッ……!

 

 再び響いた単音に、皆が振り向く。振り仰ぐ。当たりのモノ全てをズンと揺さぶる音。周囲のモノがビリビリと揺れ、海に波紋が生まれる。

 

――ズゥンッ……!――ズゥンッ……!

 

 間近で見る打ち上げ花火のような衝撃は、地の底から響くものではない。

 

「これは、まさか!?」

 

 マリは知っていた。知っているのは真希波マリではない。過去世界のマリの記憶が知っていた。

 

――ズゥンッ……!――ズゥンッ……!――ズゥンッ……!

 

 それは原始的なリズム。生命に一番最初に生まれるリズム

 

「いや、でも」

 

 このリズムを発することが出来た、過去世界を見渡しても唯一無二の存在。

 既に存在するはずのない、前回の過去世界の地球で補完計画を阻んだ者の同一存在足る半身。新たな地球となったこの世界の道程が箱舟によって短縮されたとしても、何千年も前に()の死と共に失われたはずの機体(・・)だけが発することの出来た命の音。

 

――ズゥンッ……!――ズゥンッ……!――ズゥンッ……!――ズゥンッ……!

 

 さっきから響いているこの鼓動。共有、共感、同じリズムを刻む者。アスカの胸の鼓動も釣られるように大きくなったように感じる。

 

「――――エヴァンゲリオン最終号機!」

 

 マリによって言霊が発せられた。

 言葉に呼び寄せられてたかのように空間を貫いて顕現するのは、初号機に似た第13号機とはまた違う紫のエヴァンゲリオン。

 南極の海に着水して、発生した波に揺れるヴンダーの艦上に蹲りながらマリは悟る。

 

「そうか! エヴァンゲリオンが消滅したとしても、同一人物の別人であっても半身であるシンジ君が存在する限り最終号機はいなくならない!」

 

過去世界のシンジが槍だけではなく、最終号機もまた送り込んだかどうかはマリには分からない。証明する術もまたない。

 ただ、目の前に存在している機体だけが現実にある。

 

「行けるよ、アスカ! インパクトパワーを有する最終号機ならマイナス宇宙に行くことも、シンジ君を見つけることも出来る!」

 

 結び目を解いたヒトの姿。束縛されない溢れたヒトの本性。遠い無原罪の名無しの赤子。

 今はアスカ達を見下ろし、彼女達の行動を待つように身じろぎしない。

 

「なんだっていい。碇君にまた会えるなら」

「最終号機って、何そのネーミング?」

 

 逸早く希望に縋ったレイに続いたアスカの文句に、そんなに悪いネーミングかとミサトだけが内心で引っ掛かりを覚えながらも口にすることは無かった。

 

「まあ、いいわ――――待ってなさいよ、バカシンジ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かに呼ばれたような気がして、砂浜に座っていたシンジは閉じていた瞼を開く。

 耳に聞こえるのは、寄せては返す波の音。シンシンと雪が降り、シンジの体に積もっていくも現実に存在するものではないから冷たさはない。重さもなく、ただ白だけが世界を侵していく。

 ここはマイナス宇宙に広げられた、シンジの精神世界。

 白い砂浜と打ち付ける青い海。降る真っ白な雪が一色に、ゆっくりと染めていく。

 

(――――少し、疲れた)

 

 どれだけの時間が経ったのか。数秒かもしれないし、何日も経っているのかもしれない。時間の流れは曖昧で、思考を続けるだけの力も湧かない。

 砂浜に座ったままのシンジに雪が降り積もっていく。

 やがて全てが雪の白で染め上げられて完全に白一色になった時、シンジの精神世界はマイナス宇宙に溶けて無くなる。

 精神世界の消滅に伴って、シンジは世界からいなくなる。それでいいと思っていた。

 

「――――!」

 

 また声が聞こえたような気がした。

 自分を知る誰か、そもそも自分とは誰なのかすら分からなくなっていた。顔を上げる力も、もう無い。動けないシンジは漂白されていく。

 

「――――シンジ!」

 

 薄暗い風景の奥には柔らかい光が揺れて、光の波が打ち寄せて生温かな空気が溢れ出る。

 光と、風と、甘い香りの風がシンジに降り注ぐ。

 雪が吹き飛ばされ、ぼんやりと暗転していた世界が明るくなった。

 今度こそ、異変にシンジは顔を上げた。

 

「……シンジーーシンジ! バカシンジ!!」

 

 声に振り返ったシンジはそのまま胸倉を掴まれ、砂浜に引きずり倒された。

 

「え?」

 

 目の前には赤い少女。

 何故か怒っているような顔をしていて、シンジが自分のことを分からないようだと感じ取ると眦をキツく吊り上げる。

 

「シンジ! 私を忘れたの!?」

 

 目の前にあるのは自分らしきモノを呼んだ者の顔。彼女が良く浮かべる勝ち誇ったような表情で、シンジの胸倉を両手で掴み上げた。

 立ち上がる格好となったシンジは赤い少女の後ろに、真っ白な少女と桃色の少女が駆け寄ってくるのを見る。

 自分から視線を外された赤い少女は機嫌を害したようで、胸倉を掴む手に力が込められる。

 

「私を忘れるなんて何様のつもり?」

 

 シンジはまだその人物を思い出せないでいる。掴まれたまま哀れにたじろぐ。それでも赤い少女は自信があるのか、その凄味の笑みは崩れない。そして言い放った。

 

「なにが好きだったよ! 勝手に人を昔の女にしてんじゃないわよ!!

 

 呆気に取られていると、強引に引き寄せられて噛みつくようにキスをされ――――。

 

「この、バカシンジ!」

 

 そのまま突き飛ばされた。

 

「よっしゃー間に合った、ぎりぎりセーフね。お待たせ、シンジ君」

「碇君!」

 

 桃色の少女の豊満な胸に抱き留められ、白い少女が二人に対抗するようにシンジの顔を両手で掴んで唇を奪う。

 白い少女の唇が離れた時、シンジは体が自分のものではないような感覚に陥りながらも全てを取り戻した。

 

「マリさん、綾波、アスカ…………どうして?」

 

 バッと、シンジの自意識が回復したのと同時に、振っていた雪が曇天の雲ごと吹き飛ばされた。

 明るい太陽が四人を照らし出す。

 

「過去の積み重ねってやつ? まあ、なんでもいいから早く帰ろう。この世界もあんまり持ちそうにないから」

 

 マリが辺りを見渡すと、一人の精神で世界を維持することなど出来るはずもなく、雪が染み込んだ砂浜や海の色が抜けていく。

 輪郭が曖昧になり、やがて存在すら虚ろになっていく世界を見たアスカが大きく頷いた。

 

「そうね。こんなところでいなくなってちゃ、目的が果たせないわ」

「目的って?」

 

 問うレイにアスカは胸を張って答える。

 

「シンジを世界の誰よりも愛してあげるのよ!」

「ワオ、大きく出たにゃあ」

「碇君は渡さない」

「おお、こっちも大胆」

 

 目でバチバチとやり合うアスカとレイに、修羅場が見られるかとウキウキした様子のマリが一人目を輝かせるが、このままここでバトルをさせたいが流石に時間切れになる方が先と判断する。

 

「さあ、さっさと乗った乗った」

 

 未だ状況を飲み込めていないシンジを引っ張れば、言い合いをしていたアスカとレイも負けじと付いて来る。

 四人全員が掌に乗ると、最終号機が一人でに動いてエントリープラグを誘導してくれた。エントリープラグに全員が乗り込むと、最初に文句を漏らしたのはアスカだった。

 

「狭ぁい!」

「四人も乗ったらね」

「碇君、こっち」

「抜け駆けする気!」

「ははは、行くよ!」

 

 そこから先はあっという間の出来事だった。

 最終号機が飛んだと思った時には南極に到着して、あれよあれよという間にヴンダーの艦上に降りる。

 

「シンジ君!」

「ミサトさん……」

 

 駆け寄ったミサトは怪我一つないシンジの姿に万感の思いを口にする。

 

「よくぞ、無事で」

 

 そんな彼らを見下ろしていた最終号機がその姿を薄れさせていく。

 

「ご苦労様、最後のエヴァンゲリオン。バイバイ、あの世界のみんな。安らかに眠りな、もう一人の私。もう誰も邪魔しないから」

 

 ミサトから最終号機がいた場所をチラリと見たシンジは、流れで自分に視線を向けて来るその場にいる面々を見渡す。

 歓喜、困惑、恐怖――――そして確かな憎悪の目を確認したシンジは軽く息を吐いた。

 

「生きて償えってことか……」

「え?」

「ヴンダー艦長、葛城ミサト大佐」

 

 シンジの手によって、補完計画は完全に終わった。世界が繰り返されることは二度となく、ヒトは過去の呪縛より解き放たれた。

 だが、それはこの世界のシンジ自身が起こしてしまった悲劇を免責する理由になるはずもない。完全に失ってしまったモノはアディショナルインパクトで取り戻すことも出来ないのだから。生き残ってしまったのならば、犯してしまった罪を償わなければならない。

 

「僕、碇シンジがニアサーとサードインパクトを起こした犯人であり、全てを計画してフォースインパクトを起こした碇ゲンドウの息子です」

 

 今となっては全てを知る者として、しなければならないことがある。大人とは、自らの行動の責を負う者なのだから。

 

「僕は、僕自身を告発します。全ての責任は碇シンジに――――()にあります」

 

 揃えた手を笑顔で差し出すシンジにミサトは――。

 

 

 

 

 





最終話は本日22時30分です。

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