新劇場版 急・結   作:スターゲイザー

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本日、四話目です。




最終話 新世紀

 

 

 

 チラチラと雪が舞い降りる。移動の多い所は降り積もった雪が溶け、人通りが少ない端にはコンモリとした雪がそのまま残っている。

 五年前からセカンドインパクト前に戻った四季。

 大きいとは決して言えそうにない駅から、ただ一人出て来た青年は体をブルリと震わせた。

 

「寒っ……」

 

 暖房の効いた電車内とは違い、雪が舞う中でいるには薄いコートの前を閉じる。一度辺りを見渡すと近づいて来る人物に気が付いた。

 

「よう、碇」

「ケンスケ、久しぶりで忘れたのか? 俺は」

「悪い悪い、つい昔の癖で。六分儀、だろ。忘れてないって」

 

 六分儀シンジは近づいてきた相田ケンスケとガシッと手を組みかわす。

 手を離して一歩下がったケンスケがしげしげとシンジの全身を見回す。

 

「変わんないな、シンジ。俺が戦自を除隊してからだから二年振りか」

「もうそんなになるのか」

 

 月日の流れは光陰矢の如し。

 アディショナルインパクトによって地球環境及び、LCL化などしていた人々は戻って来たが死んだ者が生き返ったわけではない。

 政府機関も十分に機能しているとはいえず、生きる為に親がおらず身寄りのない子供達の中には軍人になる者もいた。そういった所謂、少年兵達は隊に纏められて国土復興などの任務に従事することで、衣食住が与えられて教育の機会があることも大きな要因だったこともあるだろう。

 シンジも極秘裏に審理が行われ、インパクトとの当事者にして身内であり実行犯でもあるが、未だに各国間の諍いや日本の政情が落ち着いていないことから碇シンジはインパクトで死んだことにされて、父親の旧姓である六分儀シンジとして別人となって戦自に入隊。時期に差はあれどケンスケとは同期だった。

 アディショナルインパクトから三年が経ち、世界情勢等が落ち着いた段階でケンスケは除隊。趣味はあくまで趣味と割り切り、工学科大学に入学して現在に至る。

 

「…………悪いな、俺一人だけ抜けちまって」

「謝る必要はないって。ケンスケにはケンスケの人生があるってみんな分かってる。それに世の中もインパクトから大分復興してきたから、ケンスケの後にも何人か辞めてる」

「そう言ってくれると助かる。あっちに車を止めてるから行こうぜ」

 

 少し強張っていた表情を緩めたケンスケに促され、二人で並んで歩きだす。

 

「世の中は加速度的に代わっていってるのに、お前は本当に変わんないな。その恰好、寒いだろ」

 

 戻って来た四季で冬の寒さに未だ慣れておらず、一種過剰なほどに防寒をしているケンスケと違ってシンジの恰好は薄いコートを羽織っているだけ。

 

「訓練や実戦でもっと過酷な状況もあったから直に慣れるよ」

「日常と非日常を分けて考えろよ。見てる方が寒いわ」

 

 傍目に見ているだけでも寒そうな格好に友人(シンジ)が前と何も変わっていないことに気づき、ケンスケは目を細める。

 

「で、その服は誰のだ?」

「ムサシの。制服で行くって言ったら着てけって。いいって言ったんだけど」

 

 少年兵部隊の同期のムサシ・リ・ストラスバーグの顔を思い出したケンスケは重い息を吐く。

 

「はあ、ケイタに頼んどいて正解だった」

 

 呟かれた言葉にシンジが片眉をピクリと動かす。

 

「やっぱり、手を回したのはケンスケだったんだ」

「感謝しとけよ。じゃないと霧島にまた(・・)外堀を埋められるぞ」

 

 ケンスケが除隊する二年前の時点でシンジは服を戦自関連の物しか持っていなかったので、不安から同部隊で仲良くなった浅利ケイタに頼んでおいて正解だったようだった。

 

「ああ、うん。実際、助かったよ。ムサシが服を貸してくれたのが、軍服で行くって言ったらマナが服を買いに行こうって話が出たところだったから」

 

 同部隊で一緒だった霧島マナが当時からシンジに思いを寄せていたが、あの頃と何も変わっていないことに喜ぶべきなのか悲しむべきなのかと、ケンスケは表情の選択に困る。

 

「さっさと自分で余所行きの服を買っとけよ」

「別に必要ないから」

「もしかして、まだ給料全部寄付してないだろうな」

 

 否定してほしいというニュアンスを言葉に込めるも、シンジは苦笑するだけ。

 

「何も問題はないだろ。戦自にいれば衣食住には困らない。最も有意義な使い道じゃないか」

「はあ、この五年で変わったのは背だけか。この仕事中毒(ワーカーホリック)め」

「やることがあるっていうのは楽なんだよ。上官に命令されなきゃ、第三新東京市(ここ)にも来ることはなかったのに」

「成人式ぐらいは出ろよ。一生に一度だけなんだから」

「六分儀シンジの出身は第三新東京市じゃないよ」

「作為を感じると?」

「今、俺の横を歩いている奴とかが糸を引いてるんじゃないかと思ってる」

「邪推だよ。一介の大学生にそんな権力はない。あっ、あれが俺の車」

 

 六分儀になったシンジには第三新東京市での成人式は関係のない話だったはずなのに、上の方から事実上の命令を受けて参加することになった。こうして心配してくるケンスケの差し金かとシンジも一度は考えたが、除隊した人間にそこまで出来るとは流石に思えない。

 

「どうやって移動するのかと思ってたけど免許、取ったんだ」

「除隊して直ぐな。足(移動手段)を確保するなら車って考えて、中古屋を回ってた時に壊れていて破棄寸前のこいつ(H-SJ30FM)を見つけてな。一目ぼれってのを初めて実感したよ」

 

 ポンポンと車体を軽く叩いたケンスケがドアを開ける。

 

「ほら、乗れよ。修理する時に手も加えたから乗り心地は悪くないと思うぞ」

「戦車に比べれば、どんな車でも天使の乗り物だよ」

「はは、確かに」

 

 二人して戦車の乗り心地の悪さに思いを走らせながら乗り込み、発進する。

 ケンスケが豪語するだけあって乗り心地は悪くなく、舗装された道路を軽快に進む。

 

「そう言えばケイタから聞いたぞ。シンジが巨大ロボの部隊に配属になったって」

 

 車内には二人しかおらず、誰が聞くわけでもないがケンスケは声を潜めながら言った。

 

「ああ、まあそうだけど」

「『あかしま』って言ったっけ? 人型ロボットなんだろ。良いなぁ。俺も戦自に残っといたら良かった」

 

 元々、そういう人型ロボットに憧れがあったケンスケが頻りに羨ましがる。

 

「見た目はケンスケが好きそうなタイプじゃないと思うよ。ジェットアローンの半分くらいの背丈で戦車みたいにガッチリしてるし、スマートさはあんまりない」

「そういうのも良いんだよ。しかも、飛べるんだろ。ダブル役満じゃないか」

「飛ぶんじゃなくて、グランドエフェクトだけど」

「高速巡行出来るんなら結果は一緒だって」

 

 いまいちケンスケの羨望を理解できないシンジは曖昧な表情に終始するしかなかった。

 

「今、そんなものを出してくるなんて、上はまだエヴァとか使徒に備えてるってことなのか?」

「か、人相手か。あまりそうなってほしくはないけどね」

「エヴァは消えてなくなったし、使徒も全然現れないとなると、やっぱそうなるよな」

 

 世界中のエヴァンゲリオンはアディショナルインパクト後に廃棄された物も含めて素体が全て消失し、兵器としての価値はなくなったが諦めていない者もいる。使徒という化け物がまた現れないとも限らない。

 それらの脅威に備えるとしても、エヴァンゲリオンも使徒ももう現れることは無いとシンジは知っている。そのことを訴えても聞く者はいないので、もう諦めていた。『あかしま』が運用されるとしたら対人間相手になることの方がシンジには問題だった。

 

「俺(・)個人の意見としては、エヴァよりかは運用しやすいと思う。何よりエヴァよりお金がかからない」

「俗っぽい理由だな……」

 

 エヴァンゲリオンと違って操縦者の意図を無視して勝手に動くことは無く、問題があるとすれば人間的な問題(ヒューマンエラー)か、機械的な問題(マシンエラー)のどちらか。不思議なことが良く起こる上に、こちらの理解を超えることが多いエヴァンゲリオンと違って常識的な範囲に収まる兵器は扱う側からすれば断然、あかしまの方が使いやすい。

 

「なんでもそんなもんだよ。俺があかしまの運用部隊に異動になったのも、エヴァパイロットとして人型ロボットを操縦した経験を買われてだと思うし」

「ムサシとケイタもパイロット候補だったってぐらいだもんな」

「あっちはトライデントでちょっと違うけど、機体が配備されて行けば候補も取れるよ。リツコさんも、これからの軍事はこっち(・・・)が主流になっていくって言ってたぐらいだから」

「N2関連とマギの技術を握ってる日本がヤバい」

 

 N2リアクターを開発し、マギの運用に関してスペシャリストまで揃っている日本に安心すれば良いのか。日本に住んでいる分には安心できると自分を納得させたケンスケは話の転換を図ることにした。

 

「霧島さんとはどうだ? 少しは進展したのか?」

 

 霧島マナから慕情を向けられるシンジを揶揄う。

 

「進展って…………もしかしてマナに変な入れ知恵をしてるのはケンスケか? 毎回対応に困るから止めてほしい」

「俺は別に何もしてないぞ。っていうか、その様子じゃ進展はなしか」

「残念そうに言うのは止めてくれ」

「ケンスケの方からマナにムサシの方に行くように言ってくれ。逆でもいいから」

「おいおい、俺に馬に蹴られろってか?」

「頼むよ」

「言っても無駄だと思うけどな」

 

 一応考えておくとケンスケが返すと、窓の外を見ていたシンジが口を開く。

 

「トウジはどうしてる? 成人式には少し遅れるって話らしいけど」

 

 この場にいない親友の詳しい事情をシンジは知らなかった。

 

「どうしても外せない研修があるんだと。あのトウジが医者になりたいって猛勉強して、今や医大生だぜ。笑えるだろ」

「笑いやしないよ。夢に向かって頑張るっていいじゃないか」

「まあな。あ、洞木との交際は順調らしいぞ。この間、会った時にどこまで進んでるのか問い詰めたら一人前の医者になったらプロポーズするってゲロッた」

「そうか、良かった」

「俺としてはその前に結婚することになるんじゃね? 委員長がその辺、積極的だから案外、デキ婚を狙っている可能性もある」

「委員長が? まさか」

 

 シンジの知る中学生時代の規律に厳しかった洞木ヒカリと、ケンスケが言うヒカリとの人物像が繋がらず、容易には信じられなかった。

 分かる分かる、と二度ほど頷いたケンスケが忍び笑いを漏らしながら事情を説明する。

 

「インパクトで還って来なかった人もいて、人口が激減した今は生産能力の向上に伴って子孫繁栄、子沢山が望まれる時代だ。サードの後の戦争の所為で男が少ないから、医者になれるほどの奴を周りの女が目をギラつかせてるって話だ。既成事実を作らなきゃって危機感を覚えるレベルなんだと。あ~あ、俺も医者目指しときゃ良かった」

「今からでも遅くないかもよ」

「無理だって。大体、邪な欲望でなった医者にかかりたくないだろ」

「理由なんて言わなきゃ分からないって」

「俺が嫌なんだよ」

 

 そこまで言ったところでケンスケはトウジ関連でシンジに言わなければならないことを思い出した。

 

「あ、そうそう、トウジの妹のサクラちゃんだけど元気にやってるよ。兄貴に看過されて看護師の道を志してるって聞いてる」

「そっか」

 

 サードインパクト後の混乱期であったこと、サクラがまだ幼かったこと、状況が状況だけに特に罪には問われなかったことはシンジも知っていた。それは北上ミドリも同じで時代による心神耗弱と心理誘導、撃たれたトロワが公的に存在する人間ではないこと、死体が存在しない事、シンジが六分儀になることを受け入れる条件として彼女を擁護したこと、大きな罪にはならなかった。

 世界が元に戻った混乱期だったので、今はどうしているか分からない。

 

「目的地が見えて来たぞ」

 

 窓の外を眺めるシンジの視線の先では、嘗てほどのビル群はないが確かな都市が存在していた。

 

「まさか第三新東京市が再建されるなんて」

「インパクトを証明する物証(・・)が残る唯一の場所だからな。観光誘致目的とはいえ、俺達の母校がある場所なんだ。有難いことさ」

「そういうものなのかな……」

「まあ、嘗ての要塞都市も、今はただの観光地になったちまったのはなんだかなあとは思うけどな」

 

 一度は破棄された第3新東京市も復興が進んでおり、要塞都市としての面影はない。

 成人式の会場は、海が引いても地下であったことで水没したままのジオフロントが観光地になっており、その近く。

 

「車止めて来るから、先に会場に行っててくれ」

 

 会場前で車を止めたケンスケに促されて降りたところで、成人式に参加する為に同年代が数はそう多くはないが集まっており、華やかな空間に場違い感が大きい。

 空いたジオフロントの上部を強化ガラスで覆っているところを展望台から見下ろせる。

 今のシンジに他の世界の記憶はない。マイナス宇宙に単身いたことによる漂白によって失われている。残ったのは過去世界があったことぐらいなので、今のジオフロントの状態が正しいのかは分からない。

 

「過去の残滓、か」

 

 来るべきじゃなかった、と自分の罪を見たシンジが口の中で言ったところで後ろから目を塞がれた。

 背中に触れる柔らかい二つの感触。眼を塞ぐのは背後にいる者の手だろうとシンジは当たりをつける。

 

「だ~れだ?」

「胸の大きいイイ女(マリ)」

 

 声に覚えがあり、こういうことをしそうな人物に心当たりがあったので諧謔を織り交ぜて答える。

 

「ご名答。だけど」

 

 手が離れると同時にシンジが背後の人物を確認しようと振り返る。

 

「名前で答えなかったから不正解よ」

「アスカ……」

 

 手を離した姿勢でショートヘア(・・・・・・)の式波・アスカ・ラングレーが怖い笑顔で立っていた。彼女の後ろで真希波・マリ・イラストリアスが含み笑いを堪えており、シンジは引っ掛けられたようだ。

 

「ごめんねぇ。私もあの頃より大きくはなったんだけど、外国産には勝てなかった……」

「はん、アタシに勝とうなんざ百年早いのよ」

「グギギギギギ」

 

 勝ち誇るアスカにハンカチを噛んで悔しがるマリ。

 五年前と変わらないやり取りを交わす二人にシンジは目を細めた。

 一通りマリを悔しがらせたアスカは赤いドレスの裾をフワリと膨らませて、目を細めているシンジの方を見る。高いヒールを履いているが更に上の位置にあるシンジの顔を見上げる形で。

 

「なに見惚れてんのよ」

「いや、二人とも綺麗になったなって」

 

 特にアスカはマリに引き合いに出される胸の成長だけでなく、全身の全ての作りが五年前より艶やかに育っている。近くを通りかかった者達はアスカを見てどこのモデルだろうと言葉を交わすほど。きっと日常でも、髪を靡かせて腰を軸に颯爽と風を切って歩く彼女を誰もが振り返るだろう。

 

「当然よ。まあ、アンタも多少はイイ男になったんじゃない」

「そうかな」

「そうよ。まさか結構高いヒール履いてるのに負けるとは思わなかったわ」

 

 シンジの頭は、抜群のスタイルに比例して高身長のアスカがヒールを履いているのに更に上の位置に顔がある。

 

「伸びすぎて困ってるよ…………アスカ、髪の毛を随分と切ったんだね」

「周りがみんな伸ばしてたからよ。それにいい加減、過去に囚われるのも馬鹿らしいじゃない」

「みんな?」

「碇君」

 

 みんなとは誰のことだろうとシンジが考えたところで背後から再び声がかけられた。

 振り返ると、着物を着た綾波レイが少し息を弾ませて立っていた。

 

「久しぶり」

「綾波……」

 

 アスカとは逆にショートだった髪は肩にかかる程度のセミロングにまで伸びており、制服とプラグスーツ以外の服を着ているのを殆ど見たことが無かったのでシンジは目をパチクリとさせる。

 

「ビックリしたよ。一瞬、誰かと思った」

「どう?」

 

 履き慣れていない様子の下駄ながらも、クルリとその場で一回転するレイの表情は多彩で、確かな月日の年月と変化を驚きながらも微笑む。

 

「うん、似合ってる。可愛いよ」

「ありがとう」

 

 似合っていると言うシンジに顔を赤くするレイ。

 良い雰囲気の二人の内のシンジの背中をドツいたアスカは大きさと着いた筋肉に気づき、思ったより広くなってる背中に何故かムッとした。何気に筋肉まで付いてる。

 

「ナニ怒ってんのさ……?」

「うるさい!」

 

 アスカがプイと横を向く。素直になれないアスカの様子にニマニマとしたマリが首を突っ込む。

 

「レイはシンジ君に会えるまで切らないって願掛けしてたんだから、もっと褒めてあげたら?」

「アタシは鬱陶しいから切れって言ったのに、頑なに拒否してんの」

 

 結果的にそれがショートヘアだった母ユイとの違いを明確にすることになるとは本人も気付いていない。

 

「シンジにも会えたんだから、いい加減に切りなさいよ」

「いや。似合ってると言ってくれたもの。もっと伸ばす」

「誰が毎朝セットしてると思ってるわけ?」

「アスカ」

「アンタが自分でしないからでしょ!」

 

 話題の張本人を置き去りにして、喧嘩というには刺々しくはないやり取りをする二人を眺めていたシンジの肩にマリが顎を乗せる。

 アスカには及ばないながらも十分過ぎる膨らみをシンジの背に当てつつ、首筋に鼻を近づける。

 

「相変わらず良い匂い、大人の香りってやつ?」

「男臭いだけだよ。マリさんこそ良い香りがする。君にとても似合う匂いだ」

「いっぱしの口を聞くようになっちって」

 

 肩から顎を下ろしたマリがシンジの横に並んで言い合いを続けている二人を見つめる。

 

「私達、三人で一緒に暮らしててさ。所謂、ルームシェアってやつ。レイは自分のことに無頓着だからさ、アスカが毎回ああやって文句言ってる」

「へぇ、アスカが」

「あれで結構、面倒見が良いんだよ。大学でも下の子に慕われてるんだから」

 

 アスカの面倒見の良さはサードインパクト後の山小屋でのこともあって知っていたが、レイに対して妹のように相手していることには驚きを覚える。

 二人でそんな話をしているとアスカがこちらに気づいた。

 

「マリ! なに抜け駆けしてんのよ!」

「おっと、嫉妬猫に見つかっちまった。退散退散」

 

 横に避けたところで意味はなく、アスカだけでなくふくれっ面のレイにまで攻め寄られてタジタジになるマリという珍しい姿に、シンジはこの五年の間に確かに流れた月日と変化をむざむざと感じ取った。

 

「みんな、変わったな」

 

 シンジのありのままの心情を女性達は聞き逃さなかった。

 

「はあ? なに言ってんの?」

「一番変わった人が言うことじゃないと思う」

「新部隊のエースパイロットっていう、将来を嘱望された出世頭。背も伸びてイケメンになっちゃって。しかも女の扱いにも慣れてる」

 

 一杯泣かせてきたんじゃなかろうか、と最後にマリによって付け加えられた言葉に思い当たる節が幾つもあるシンジは否定しきれない。

 

「流されているだけだよ。本当の俺はあの時から蹲ったまま一歩も動けていない」

 

 腰に手を当てたマリが少し困ったような眼差しでシンジを見る。

 

「誰も罰してくれないから、自分を罰し続ける。難儀な性格だね、シンジ君」

 

 胸の下で腕を組んだアスカがマリの言い様に鼻を鳴らす。

 

「まどろっこしのよ、アンタは。はっきり馬鹿って言ってやった方が楽じゃない」

「碇君は馬鹿じゃない」

 

 まさかの方向からの反論にアスカは疲れた面持ちで不満そうなレイを見る。

 

「馬鹿はアンタよ。今はろ・く・ぶ・ん・ぎ、でしょ」

「碇君は碇君」

「はい、どうどう。堂々巡りになるよ、また」

「コイツが!」

「アスカが悪い」

 

 五年前には想像も出来ない三人の今の関係性に疎外感を感じたシンジは眉尻を下げる。

 

「…………やはり来るべきじゃなかった」

「いいえ、シンジ君。あなたはここに来なければならなかった」

 

 ビクンとシンジの右手の人差し指が聞こえて来た声に明確に反応した。

 視線を横にずらすと、落ち着いた感じの服を纏った葛城ミサトが歩み寄ってくるのが見えた。少し離れた後ろには駐車場に車を止めに行ったはずのケンスケもいた。

 

「ミサトさん」

 

 服装はミニスカートではなく、小さな子供が後ろでしがみついているロングスカート。雰囲気も五年前の戦時の硬さを感じず、ふわりとした柔らかさ。

 

「久しぶり。五年振りになるかしら」

 

 シンジから数歩程度の距離で足を止めたミサトが足の先から頭まで順番に見上げていく。

 

「大きくなったわね。時の流れを感じるわ。私より小さかった子がずっと大きくなって……」

「そんなことはないですよ。図体だけデカくなっただけで、昔のことを何時までも引き摺っている子供っぽさが治らない」

「自己分析が出来ているのならあの頃の私よりずっと大人よ」

 

 声が、雪が溶けて大地に水となって沁み込むように消えていく。

 

「ありがとうございます、ミサトさん。ご迷惑をおかけしました」

 

 数秒間の沈黙を破ったのはシンジ。

 

「礼を言うのは私の方よ。報いられるべきは真に人類と世界を救ったシンジ君の方なのに、名前を変えさせて別人として生きることを強要させた」

「納得してることです。俺がインパクトの罪に問われなかったのは、ミサトさんが立場を捨ててまで擁護してくれたと聞きました。擁護なんてしなければミサトさんには栄誉が約束されていたのに」

「私は別に名誉の為に戦ったわけじゃない。もっと個人的なことだった。だからってわけじゃないけど、結果には相応の報酬があって然るべきだと思ってる」

 

 アディショナルインパクトによって世界環境はセカンドインパクト以前にまで戻った。これ一つをとっても世界を救ったに等しい偉業にも関わらず、シンジに与えられた報酬は無いどころか負債ばかり。

 

「別に今の立場に不満はないです。ただ、俺がいることでみんなの思いを捻じ曲げていることが申し訳ない。ミサトさん、俺の安全と引き換えに政治の世界に出ないように約束してますよね」

「知っていたの?」

「色々と伝手があって。そういう立場(・・・・・・)の人達と話が出来たので、今ならミサトさんが望むならそちらの道を選ぶこともできます」

「普通、出来る? そんなこと」

「あの親(ゲンドウ)にしてこの子ありってことじゃない」

「ああ、なる」

「流石、碇君」

 

 むふー、と鼻息を出して何故か得意気なレイに呆れる二人(アスカとマリ)。

 

「ありがたい申し出だけど、私も今に不満はないの。だから、もうお金を送らないでいいのよ」

 

 シンジが何も言わないでいるとミサトがクスリと笑った。

 

「どうしてって顔をしてるわね。私にも伝手はあるんだから」

 

 心中が表情に出ていたようだった。

 

「ヴィレを辞める時にふんだくるだけふんだくっといたから、もう暫くはお金に困ることは無いわ」

「でも、あって困る物でもないでしょう」

「まあ、そうだけど。自分で稼いだ物なら自分のことに使いなさい」

「自分のことと言われても」

 

 シンジには五年前からこれといった趣味もなく、戦自にいれば衣食住が用意されている環境にある。

 

「戦自にいれば生きていく分には何も問題はないんですよ。使い道がないんで有意義な使い方をしていると思ってます」

 

 本気でシンジがそう思っていると感じたからこそアスカは苛立ちを覚える。

 

「だから――」

「待った、アスカ」

 

 何かを言おうとしたアスカを止めるマリ。今は自分達が口を挟むべきではないと。

 

「昔から思ってたけど結構頑固よね、シンジ君。ああ、ごめん。この子のこと、まだ紹介してなかったわね」

 

 そう言ってミサトは後ろでロングスカートにしがみついていた子供を前に出す。

 五歳前後の少年はまだ世界の殆どを知らない無垢な瞳で、戸惑うように背を押すミサトを振り仰ぐ。

 

「ほら、名前」

 

 トン、と軽く押された少年はその日本人らしい黒い瞳をシンジに向ける。

 

「葛城ショウジ、です」

 

 ミサトに促された少年が幼い声で自分の名前を告げる。

 無事に出来たことを誇るように母親(ミサト)の方を振り仰ぐ少年の容姿と、その苗字はシンジに今は亡き人の面影を想起させる。

 

「この子は、まさか」

「私と加持の子よ。名前はリョウジ(・・・)と、悪いけどシ(・)ンジ君からもらってショウジ」

 

 母親に頭を撫でられる少年ショウジのそのクリクリとした瞳が再びシンジに向けられる。

 何を思ったのか、ショウジが母親から離れてシンジに近づく。

 シンジを見上げたままショウジはその小さな手を差し出した。

 

「ん」

 

 シンジは少年に求められることが理解出来なかった。

 

「シンジ君と握手したいんじゃない」

「うん」

 

 察したミサトに頷いて答えるショウジ。

 頭の位置が自分のお腹ほどにもないショウジから伸ばされる手に、ふらりと吸い寄せられるシンジの腕。

 身長差の関係で膝を曲げて目線を合わせながら繋がれた手は全力で握れば簡単に手折れてしまいそうで、軍人となってゴツゴツとした自分の手と比べると不安を覚えるほどに小さく脆そうだった。

 求められた握手に応えたことで頭を過った考えを振り払う。

 

「これでいいの? でも、なんで」

 

 初対面の挨拶をするにしても、子供が自主的に求めるとは考え難い。そこに大人(ミサト)の意図を感じずにはいられない。

 

「これって仲良くなれるおまじないなんでしょ?」

 

 思考が途中で中断された。

 大人の思惑など知ったことではない無垢なる瞳がシンジから離れない。

 

「…………誰からそれを?」

「分かんない」

 

 横目で嘗てシンジにこの話をした張本人であるマリの仕込みかと、彼女を見たが当の本人は知らないと首と手を横に振って否定している。

 シンジがありえないと否定していた答えをショウジが口にする。

 

「シンジ君(・・・・)に会えたら、こうしなきゃって」

 

 ショウジの黒目が一瞬だけ赤く煌いた。

 

『さよなら、シンジ君。また会おう(・・・・・)』

 

 カヲルとの最後の会話を思い出すシンジ。

 

「ああ、そうか。君は――」

 

 舞い降りた雪がシンジの頬に張り付き、体温で溶けて一筋の雫となって流れ落ちていく。

 

「どうしたの? ポンポン痛いの?」

「違うよ。嬉しい時にも涙は出るんだ」

 

 顔に手を伸ばしてくるショウジに答えたシンジはまだ自分が名を名乗っていないことに気づいた。

 舞い散る粉雪がはたと止み、雲間が開いて太陽が二人のいる地上に降り注く。

 

「俺(・)は――――僕(・)は碇シンジ。葛城ショウジ君、君と仲良くしたい。友達に、なってくれるかな」

「うん!」

 

 随分と早い春の訪れを察したように温かい太陽の光が再度、繋がれた手を照らし出す。

 

 

 

 

 




一年前の今日がシン・エヴァンゲリオン劇場版 の公開日だと気づいたので、今日に纏めて投稿させてもらいました。

ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。

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