新劇場版 急・結   作:スターゲイザー

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今話タイトルも旧劇場版『DEATH(TRUE)² / Air / まごころを、君に』より




第6話 まごころを君に

 

 

 

 

 

 真希波・マリ・イラストリアスによって碇シンジが連れ出されたのはジオフロント内のネルフ本部施設から結構離れた開けた場所だった。

 均された地面と一部まだ自然のままのその場所に、Yシャツの袖を捲って首にタオルを巻いた男がせっせと作業をしている。

 

「加持さん……」

「よう、シンジ君。暫くぶり」

 

 シンジの姿を見た加持リョウジは流れる汗をタオルで拭ってニヒルな笑顔を向ける。

 以前と何も変わらない加持の反応にシンジは数歩足を進めた。ただ、一定の距離を詰めることは出来ない。話は出来るが手を伸ばしても触れられる距離ではない、それが今のシンジの他者との心の距離でもあった。

 畑には入らないシンジに、加持は近くに置いてあった道具入れの中から軍手を取り出して投げた。

 

「前の畑はN2の余波で駄目になってしまってね。手伝いを探していたところなんだ。シンジ君が暇してると聞いて駄目元で頼んでみて正解だったようだ」

 

 自分に向かって飛んできた軍手を掴んだシンジがマリを見るとピーピーと口笛を吹いてそっぽを向いていて去っていく背中。彼女の目的はシンジを加持に預けることだったようだ。

 何かをする気が起きないシンジは所在無さげに佇みながら軍手を握る。

 

「またスイカを植えてるんですか」

「俺に出来るのはこうして種を植えて育てることだけだ」

 

 シンジの行動を見守ることなく背中を見せて作業に戻る加持。

 意識の端には捉えているが殊更に注目しているわけではない。そんな扱い方をしてくれた方が今のシンジには楽でいい。

 

「また使徒がやってきて全部吹き飛ぶかもしれないのに。意味ないですよ」

「無駄なことなんてないさ。物事には二面性があるんだぜ」

 

 見放されてるのか、信用されているのか――――手持ち無沙汰だったシンジは軍手を填めて屈み、畑の外縁に生えている雑草を引き抜くことにした。黙って立っているよりはナニかをしている方が気が楽だったから。

 

「悪いことだって見方を変えれば良いことになる時もある。セカンドインパクトだってそうさ」

 

 個人的な意見だがね、と加持も前置きをおいた。

 

「四季があった頃と違って今は一年中夏だからスイカは何時食っても美味い。どうせ苦労するなら美味い物を食いたいだろ。君にも食べてもらいたい。きっと美味いぞ」

「…………どうして僕なんかにそこまで」

 

 罵詈雑言をぶつけられてもおかしくないはずなのに、加持からの明確な好意にシンジは戸惑う。

 

「15年前、セカンドインパクトが起きたあの年、俺は君と同じ14歳だった。俺は君に少し感情移入し過ぎているのかもしれんな」

 

 屈めていた腰を伸ばしてトントンと叩きながら、加持は少し休憩しようと言った。

 木陰に移動して並んで座り、加持からコップに注がれた冷茶が手渡される。受け取ったシンジの隣でジオフロントから良く見える太陽を見上げる加持。

 

「さてと、前に葛城がネルフに入った理由を教えたが、俺がここにいる理由をまだ君に教えてなかったな」

「別に興味はないですけど」

「まあ、そう言うなよ。ミもフタもないだろう」

 

 空を見上げる加持と地を見下ろすシンジ。顔を上げる者と俯ける者。

 

「全てはセカンドインパクトがきっかけだった」

 

 見上げる太陽に目を細める加持は過去を郷愁する。

 

「葛城のように劇的なナニかがあったわけじゃない。当時、親が死んで今の君と同じ年頃だった俺と四つ下の弟だけが残された。その頃はそうした親を亡くした子供がゴロゴロしていた」

 

 そんな子供を放ってはおけないから国がそうした子を手当たり次第に集めて養護施設に送り込んだと続ける。

 

「だが考えてもみろ。国中に何十万と言う孤児がいるんだ。小さな施設は直ぐにパンク状態さ」

 

 食料も衣類も不足して寝る場所だって奪い合い。世話人の数も足りないから規律だけは異常に厳しいと語る加持。

 

「ネルフに入った理由の話じゃなかったんですか?」

「悪かったな。前フリが長くて…………とにかく我慢できなくなって、俺達は脱走した。俺と弟と他に仲間を五人連れてな。そんでもって後はお決まりのコースさ」

「お決まりって?」

「分かるだろう? 食う為には泥棒とかひったくりとか……」

「つまり、ネルフに入る前は泥棒だったと言いたいわけですか?」

 

 体を動かさないと陰気な思考が脳内を支配してくる。人との交流に厭世的になっているシンジは悪い方に捉えていた。

 

「話は最後まで聞こうな? そうでもしなきゃ生きていけなかったんだよ。真っ当なことをして生きられる人間の方が少なかった時代だ」

 

 セカンドインパクト当時の自身がそうだったからシンジの心情をある程度は織り込んでいた加持は辛抱強く話を続ける。

 

「世界中が飢えてる時にそうそう食う物が手に入るワケじゃない。そんな時、偶然見つけたのが軍の食料倉庫だった。今みたいに管理システムがしっかりしてたワケじゃないから忍び込むのは簡単だった。ハラが減る度に何度も足を運んだよ。全員で動くと目立つから当番を決めてな」

 

 セカンドインパクトの時代を生き抜いた者達は当時の話をしたがらない。社会的な情勢や物資不足などの誰もが知る話はシンジ達、インパクト後に生まれた世代にも伝えられているが各個人の話となると途端に口を噤む。

 シンジは初めて聞く話に興味を引かれて加持を見る。

 

「そして俺が当番の日、遂に見つかって軍人に拳銃を突きつけられて選択を迫られた。『仲間の居場所を教えたらオマエは助けてやる。だがそうでないなら今直ぐこの引き金を引く』とな」

 

 突きつけらた二択、まるでドラマの中でしか起きない展開を実際に体験した男の顔は殊更に無表情だった。

 

「俺はね、シンジ君。死ぬのが怖かった。今まで生きて来てあれほど怖かったことは他になかったよ」

「…………喋ったんですか?」

 

 聞いたことをシンジは即座に後悔した。

 

「俺がこうしてここにいるってことを考えれば…………分かるだろ?」

「それからどうなったんです……」

 

 加持の遠くを見る目が、もう後には引けないようでシンジは物悲しくなった。

 慰める言葉も、行動に移すことも出来ないシンジには話を聞くことしか出来ない。

 

「なんとか軍人から逃げて仲間の所に戻った時、みんな殺されていた。弟と仲間の命を犠牲にして俺は生き残ったんだよ。勿論、その後は激しい後悔の嵐だったよ。自ら死ぬことさえ考えた。が、こうも思った。セカンドインパクトさえなければ、弟は死なずにすんだんじゃないかってね」

 

 シンジと同じだった。

 綾波を取り返そうと思ったこと、初号機に乗ろうと思ったこと、父から逃げ出そうとしたこと、第9の使徒と戦わなかったこと…………後悔ばかりが連なり、やがて何も出来なくなった自分。

 後悔だけが積み重なり自縄自縛に陥って死に救いを求める。加持もそうだったのかとシンジは彼の顔を見るも、そこにあるのは達観したかのような穏やかな表情だけだった。

 

「幸い俺は遠い親戚に引き取られて色々と勉強した」

「ネルフに入る為に?」

「まあね」

 

 分からない。判らない。解らない。シンジには加持がどうして穏やかでいられるのか。

 

「そんな時だったよ、葛城と出会ったのは」

 

 その理由が分かるのだろうか。理由さえ理解出来ればシンジも顔を上げられるようになるのか。

 

「俺達は直ぐに恋に落ちた。幸せだったが、幸せに溺れすぎてある日、恐怖に襲われた。俺は弟を殺したのに、自分だけがこんなに幸せでいいんだろうかってね」

「そんな、それが別れた理由なんですか?」

「それ以上、恋にのめり込めなくなっただけさ」

「ミサトさんが可哀想です。ミサトさんは、今でも加持さんのこと好きなんだと思います。でも、好きでもどうしようもないことがあるって」

「同じなんだよ、葛城も」

「え?」

「前にも言っただろう。彼女はセカンドインパクトに遭遇した調査隊のただ一人の生き残りであるってことを」

 

 セカンドインパクトを間近で見たただ一人の人間という事実。ミサトの父親は彼女を庇って死に、唯一人だけ生き残った。勿論、そのことはミサトの心と体に大きな傷跡として残り、ネルフに入ったのもそのことと少なからず関係があるんだろうと、日本海洋生態系保存研究機構で加持の語った内容を思い出すシンジ。

 

「シンジ君、ニア・サードインパクトを起こしてしまった今の君なら俺達の気持ちが分かるはずだ」

 

 シンジの心境を示すようにコップの中の冷茶に波紋が生まれ、見下ろす顔が歪んで見えた。

 

「今の君には様々な選択肢が目の前にある。まず一つ目は何もしない事。ただ、これは正直お勧めしない。使徒に汚染された参号機の時の二の舞は避けた方が良い」

「…………ひょっとしてアスカのこと言ってるんですか?」

 

 あの日、司令室でアスカに殴られた左頬に幻痛が走る。

 

「あれは僕の所為じゃない。父さんがやったんだ。父さんの所為で!」

「そして君はただ見ていただけだった。闘おうと思えば闘えたのに」

 

 当時の気持ちを見透かされたシンジの怒りが一気に氷水をかけられたように冷めた。

 

「ダミーシステムに切り替わる前、君が戦っていれば或いは使徒を倒し、2号機パイロットを助けられたかもしれない。だが、君はそれをしなかった」

 

 人殺しなど出来ないと、アスカを殺すことが出来ないと、そんな言い訳をして何もしなかった。

 

「あの時、初号機が倒されれば後がない状態だった。2号機にはパイロットがいない。君は修理中の零号機が使徒に乗っ取られた参号機に勝てると言えるかい?」

 

 少なくとも十全に動けたのはシンジの乗る初号機だけだった。零号機が戦えず、2号機のパイロットがいない状況には不安を覚えていた。後がないとシンジ自身も考えていたことは事実。

 

「第二の少女が何を思い、何を考えているかは俺には分からない。だけど、君があの時、最善を尽くさず最善を尽くした碇司令を非難するのはあまりにも身勝手ではないかな?」

 

 加持の言うことは正しいとシンジも思ってしまったから何も言い返せない。

 

「第10の使徒との戦いもそうだ。直ぐに初号機に乗り込んで戦っていれば別の現在()があったかもしれない。勿論、必ずしも良い結果に結びつくとも限らない。最悪、第10の使徒によるサードインパクトもありえた。結果的にはあの結果が最善だったと言えるかもしれない」

 

 第10の使徒は最強の拒絶タイプの名に偽りなく、単体戦闘力では疑似シン化形態への覚醒を果たした初号機という例外を除けば、獣化第二形態の2号機すら一蹴するほどに強かった。

 エヴァンゲリオンMark06が対使徒戦には使えないとなると、第10の使徒を倒すには初号機の覚醒が必要だったと見ることも出来る――――これはシンジには言えないことではあるが。

 

「あんなことが最善だったって言うんですか?」

「結果論に過ぎないがね。シンジ君には認めがたいだろうが」

 

 犠牲も出ていて最善と言った加持にシンジは抗弁しようとしてその勢いを失くす。

 

「君を慰めようって意図があって言ってるわけじゃない。必要な犠牲だったと割り切ることもしない方が良い」

 

 顔を上げられないシンジに加持の言葉は続く。

 

「俺が弟や仲間の命を代償にして生き残ったように、葛城が父親の命を犠牲にして生き残ったように。君もニア・サードインパクトによって死んだ人達の命を血と肉として取り込んで生きていくしかない。それとも君は何もなかったように生きていけるかい?」

「僕は…………どうすればいいんですか?」

「自身で為した結果だ。受け入れるしかない。誰かに答えを求めてはいけない。強要もしない。自分で考え、自分で決めろ。自分が今、何をすべきなのか」

 

 十四歳のまだ子供と言える少年に求める領域ではないと加持は良く理解している。

 大人達によって仕組まれたシンジの運命は同じ年頃の加持ではきっと耐えられなかったであろうことも。それでも言わなければならないことがある。

 

「シンジ君、俺はここで種を撒き育てることしかできない。だが、君には君にしかできない、君にならできることがあるはずだ」

 

 立ち上がって畑へと向かって行く加持の背中をシンジは見ることが出来ない。コップの中を見下ろしたまま、波紋の収まった既に温くなった茶に映るシンジの顔は何かを決意したかのようだった。

 

「ま、後悔のないようにな」

 

 シンジは知らない、これが加持との最後の会話になることを。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意を決したシンジが加持の畑から移動を始めた頃、葛城ミサトは赤木リツコにとある提案を持ちかけていた。

 

「本気なの、ミサト?」

 

 話を聞いたリツコは吸っていた煙草の灰が机に落ちるほど呆然としていた。

 灰皿に残っていた煙草を置き、灰を振り払って改めてミサトを見れば彼女は実に決意に満ちた顔をしている。

 

「ええ、リツコ。本気も本気、あなたも加持君のレポートを見たのなら分かるでしょ。動くなら今しかないって」

「拙速は巧遅に勝るって? 賢い選択とはとても思わないわ」

「最後の使徒を斃した後だと、間に合わないかもしれない。もう手を拱いて見てるだけなんてゴメンよ」

 

 シンジのことを言っていると悟るリツコ。

 国連直轄のネルフ本部勤めの中でも幹部級であるミサト達は世間一般で見ればエリートである。そんな彼女らが自分達の城であるネルフ本部の中で振るえる力は極々一部に抑えられている。

 加持のレポートを見たリツコも、第10の使徒との戦いで見ていることしか出来なかった無力感と、想定される未来を前にしてもこのままでは何も出来ないとミサトが焦る気持ちは良く理解できる。

 

「人類補完計画、ゼーレ、碇司令…………理解は出来るけれども、加持君が戦自の協力を取り付けているのならあなたが危ない橋を渡ってすることではないんじゃなくて?」

 

 動く者は既に動いている。事態はリツコやミサトの計り知れない場所で蠢動しており、言い方は悪いが動くと決めている者達に任せてしまえばいい。今置かれているリスク以上の危ない物を負う必要はないのだから。

 

「これは私がやると決めたこと。他の誰にも譲る気はないわ」

「ミサトが頑固なのは昔から変わらないわね」

 

 そしてリツコがその意志を代えさせたことがないこともまた事実。

 

「残念だけど今は(・・)積極的に協力する気はないわ。私は私の職責を果たすだけ」

「それで十分よ」

 

 その時が来たのなら協力するのも吝かではない、と親友ならではのリツコの語られなかった真意を読み取ったミサトは笑顔で頷く。

 

「この話、他には?」

「アンタが最初よ。他にも何人か信頼出来そうな人にはする予定」

「マヤには止めておいた方が良いわ。あの子、潔癖症だから」

 

 リツコのことを先輩と慕う伊吹マヤの姿を脳裏に思い描いたミサトは、顎に手を当てて暫し考えた後に提案を却下することに決めた。技術部トップのリツコの副官であるマヤを避けることなど不可能なのだから。

 

「人の間で生きていく以上、そうも言っていられなく時が来るわ」

「少しでもその時が後になってほしいと願うことが間違っていると?」

「過保護なのよ、アンタは」

「厳しいのね」

「心の準備も出来ずに突きつけられるよりは優しいと思うけど?」

 

 リツコとミサト、どちらが正しいかはマヤしか決めることは出来ないだろう。

 大人になるということは世の中の汚いことを知るということであり、嫌でも向き合って生きていくことになる。これからのネルフはそれ以上の人の嫌な面を見ることになる。潔癖症であるというなら心の準備をする時間があった方が良いとミサトは考える。

 やがて根負けしたのはリツコの方だった。

 

「人の敵は所詮、人か。結局、業からは逃げられないのかもしれない」

「だからって、知ってしまった以上は黙って流れるままにさせない。シンジ君達だけを戦わせるわけにはいかないんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜半前の世間一般では遅いといえる時間に司令室を訪れたシンジを、渚カヲルは追い返したりせず喜んで出迎えた。

 

「やあ、シンジ君。夜遅くにどうしたんだい?」

「司令代理にお願いがあって来ました」

 

 マリの報告では塞ぎ込んでいると了解していたカヲルは、何がしかの決意を湛えたシンジの目が何かを探すように周りを見たのを見逃さない。

 

「レイ№トロワなら自室にいるよ。彼女に用があるというなら呼び出そうか?」

「いえ……」

 

 どうやら目的は違ったようで、どこかホッとしたような雰囲気を放つシンジ。

 レイ№トロワに会いたいと言ったのなら拒否することしか出来なかったカヲルが内心でホッとしている間に、シンジは司令室に来た目的を果たす為にキッと眦を吊り上げて口を開く。

 

「僕をエヴァに乗せて下さい」

 

 予想だにしない要求にカヲルも一時だけ固まった。

 直ぐに再起動したカヲルはシンジの思いを汲み取るようにその眼差しを見つめる。

 

「ふむ、どういう心境の変化だい?」

 

 どうにもこの部屋にいると前任者と同じポーズを取りたくなり、机に両肘を立てて寄りかかり両手を口元に持ってくる。

 気圧されたように足下が揺らいだシンジは歯をグッと噛んで、ゲンドウと同じポーズを取るカヲルを見据えた。

 

「自分になにが出来るかを考えて、人の役に立てるのがエヴァのパイロットであることだけだった。どんなことでもやります。僕をエヴァに乗せて下さい」

「最悪、死ぬことになったとしても?」

「覚悟の上です。使徒にやられたとしても――――このチョーカーで死ぬことになっても、誰かの役に立ちたい」

「贖罪のつもりかい?」

「かもしれません。でも、もう何もしないまま手遅れになるのは嫌なんです」

「ニア・サードインパクトのことは仕方なかったことだ。君がそこまで気負うことは無い」

 

 教訓に学んだと言えるのかもしれないが、誰かの役に立つ為に死んでもいいと思えてしまうのは危険な兆候だった。カヲルは僅かに眉間に力を入れて、チョーカーに触れているシンジの考え違いを正す。

 

「僕がしたことです。僕が償わなくちゃいけない」

「自己犠牲で得られるモノは何もないよ。償えない罪はない。希望は残っているよ、どんな時にもね」

「命を賭けてみんなを守る。それが僕の希望です」

 

 シンジは不退転の決意を固めてしまっている。元よりシンジは一度決めたことを覆さない頑固なところがある。

 カヲルはその意志を挫いてきた立場にいるだけに、シンジをどう変心させたものかと苦心する。

 

(前向きにはなったね。前に司令室に来た時に比べればずっと顔色も良い)

 

 前向きは前向きでも全力で後ろを向いてしまっているが。

 行動の指針を定めた時のシンジの爆発力を良く知るカヲルは下手に止めたところで意味はないとことを知っている。シンジはやると言ったら本当にやる男なのだから。

 

(僕はシンジ君を幸福にする為に生きると決めた)

 

 シンジに自身の命を勘定に入れないようにさせた原因(ニア・サードインパクト)を根本から排除する。自身が組み立てたシナリオを根本から崩す羽目になろうとも、ただシンジの幸せの為にカヲルは決めた。

 

「分かった。君の願いを叶えるよ」

「あ、ありがとうございます!!」

「但し、条件が一つだけある」

 

 どんな条件を出されるのだろうと戦々恐々としているシンジにポーズを崩したカヲルは笑顔を浮かべ、高級な椅子から立ち上がる。

 机を回り込んでシンジの前へと移動して、手を差し出した。

 

「――――――僕と友達になってほしい」

 

 差し出された手と提案にシンジは目を白黒させて次の行動に移せない。

 

「え、でも、司令代理は司令代理だから」

「友達になってくれないなら頼みは聞けないな」

 

 茶目っ気を覗かせるカヲルに頼みを申し込んだ立場のシンジの方が弱い。

 

「わ、分かりました」

 

 友達になることを了承したというのにカヲルはまだ不満顔だった。

 

「友達なら敬語禁止。後、名前で呼んでほしい」

「分かった。な、渚君」

「カヲルって呼んでほしいな。僕もシンジ君って呼ぶから」

 

 元より友達を作りやすい性格ではないシンジは不躾ではないレベルの押し付けに対して受け入れてしまいがちになる。

 

「か、カヲル君……」

「うん、シンジ君」

 

 またシンジに名前で呼んでもらったことに内心で喜びを爆発させているカヲルは自らの失敗に気づくことは無かった。

 

 

 

 

 

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