今話タイトルはTV版『第弐拾四話 最後のシ者』より
予備の第二発令所から修繕が完了した第一発令所に指揮機能が移されて早々に喧騒に包まれていた。
「第6ネット、音信不通。公安より――」
「左は青の非常回線に切り替えろ。衛星を開いても構わん! そうだ! 右の状況は?」
別のオペレーターの報告を上回る青葉シゲルの大きな声が指揮所に響き渡る。
白衣のポケットに手を入れた赤木リツコはメインモニターに映るデータを見上げて眉を顰めていた。
「外部端末からのデータの侵入を確認! MAGIへのハッキングを目指しています!」
「どこから?」
「――――――これは、松代のMAGI2号からです!」
手元のコンソールを操作してハッキング元を割り出した伊吹マヤからの報告に眉間の皺が深まるリツコ。
「松代から? どうして……」
「状況は?」
同じネルフ管轄のはずの松代からのハッキングに疑問を呈したリツコの声は発令所に現れた葛城ミサトによって遮られた。
「松代のMAGI2号よりハッキングを受けています。いえ、待って下さい…………第2東京からA-801。A-801が出ました!」
ミサトの直属の部下である日向マコトが振り返りながら叫ぶ。
『A-801』というリツコですら慌ててしまいそうなコードに、何故かミサトは訳知り顔で頷いている。その時点でリツコはこの一連の騒動にミサトが噛んでいると気づいた。直感で動くこの親友相手に培った勘と言い換えてもいい。
「ミサト、どういうこと?」
「どういうことって――」
何かを知っている様子のミサトに聞こうとしたリツコの眼前に突如として現れる銃口。
「こういうことよ」
目の前にある銃はミサトが愛用している『H&K USP』。分かりやすい敵意を示す凶器にリツコはポケットから両手を出して無抵抗をアピールする。
突然の凶行に何も知らない伊吹が口元に手を当てて悲鳴を押し殺している。その様子を横目で見たリツコは状況が読めたので改めてミサトに視線を移す。
動揺一つ見せないリツコ同様にミサトもまた表情一つ変えない。
「A-801――――特務機関NERVの特例による法的保護の破棄。及び、指揮権の日本国政府への委託。つまりは最後通告」
「松代のMAGI2号によるハッキングはその前哨戦とでも言いたいわけ?」
「正確には合図よ、始まりの」
「そう、今日なのね」
結局、何も教えれないまま始まってしまった事態についていけていない伊吹と違って、予めミサトから話を聞いていた日向と青葉は青いバンダナを首や腕に付けているのを見て実感する。
「残念ながら松代の2号機だけでは、私が何もしなくても本部のMAGIは落とせないわよ。せめて他支部の2つか3つのMAGIコピーがないと」
MAGIの占拠は、実質的にネルフ本部の占拠と同一と言えるほど。しかし、松代のMAGI2号は本部にあるオリジナルと比べると単体での性能で劣る。他支部にあるMAGIコピーの協力なくして、オリジナルMAGIを占拠することは不可能。仮に協力があったとしてもリツコさえいれば、如何様にも抗し得る手段があった。
「言ったでしょ、これは合図だって。私も、上の人達も、そこまで期待しているわけじゃない。リツコ、あなたはあなたの仕事をしなさい」
「そうさせてもらうわ」
苦笑と共にミサトは顔面に突きつけていた銃を下ろし、安全装置を付けて背中側のホルダーに直すのに合わせてリツコも手を下ろす。
ミサトに背を向けて未だ混乱の収まっていない伊吹の下へと向かう。
「先輩……」
「マヤ、Bダナン型防壁を展開して…………全部、終わったら話すから、今は作業に集中して」
伊吹はリツコの目を見て暫しの逡巡の後、頷いて指示通りの作業を行い始める。
二人が作業を始めたのを見届けたミサトは一度、主のいない司令席を見上げてから日向へと視線を移す。
「第一種警戒態勢を発令、戦自がここを攻めに来る。子供達に人同士の争いを見せるわけにはいかないわ。各エヴァはパイロット搭乗後、地底湖へ。司令代理の居場所は?」
日向に事前に決められていた指示を出したミサトは、青葉に向かって最大の懸案事項である者の所在を確認する。
「所在不明です。位置を確認できません」
「ちっ、捕捉急いで」
ミサトが舌打ちをした直後、『総員、第一種警戒態勢。繰り返す。総員、第一種警戒態勢。D級勤務者は可及的速やかに所定の配置に付いてください』とアナウンスがネルフ本部内全域に響き渡る。
「シンジ君は?」
「駄目です。7号機パイロットと同じく所在不明」
このタイミングでゼーレ組のパイロット達の位置を確認できていないというイレギュラーにミサトが沈思したところで、『フリーズ、フリーズ、フリーズ、フリーズ』と機械音声が発令所に鳴り響く。
「Bダナン型防壁を展開。MAGIへのハッキングが停止しました。以後62時間は外部進行不能です」
機械は予定通りだが生物はその限りではない。伊吹の報告に頷いたミサトはシナリオを一部修正することにした。
「仕方ないわ。7号機とMark06はパイロットの登場を待たずに射出させて」
「了解…………え、ちょっと待てこれって!?」
指示を遂行しようとした日向は手元のモニターに表示されたデータに目を瞠り、背後のミサトを慌てて見る。
「7号機がケージにいません!」
「なんですって!?」
第一発令所で自分を含めたロストしたパイロットの捜索が行われるとは露とも知らない碇シンジは、司令代理である渚カヲルに事前に言い含められた通りに自身のプラグスーツを着てエヴァンゲリオンMark06のケージを訪れた。
他のエヴァンゲリオンより離れた場所にあるケージには何故かシンジ以外の人影はない。カヲルに担がれたかと不安を覚えたところで、後ろから肩を軽く叩かれた。
「すまない、シンジ君。待たせてしまったかな」
シンジが振り返ると、同じく色違いのプラグスーツを着た渚カヲルが若干息を乱しながら立っていた。
「ううん、僕も今来たとこ」
「なら、良かった。シンジ君を待たせるなんて僕の沽券に関わる」
まただ、とアルカイックスマイルを浮かべるカヲルの不自然なまでの親愛にシンジは内心で首を傾げる。
後で思い返してみればカヲルの言動は常にシンジを労るもので、あの日の司令室で会うまで面識はないはずのにあまりにも好意的に過ぎた。
シンジはニア・サードインパクトを起こした自分を好きになる人間などいないと確信しているからこそ不気味だった。だが、自分から頼みごとをした手前、指定の日時にプラグスーツを着てMark06のケージに来て共にエヴァに乗ってほしいと言われれば従うしかない。
「人払いに時間がかかってしまってね。さあ、エヴァに乗り込もう」
「どこに行くの?」
先に立って歩きだしたカヲルに目的地を聞いたシンジに、カヲルは顔だけ振り返る。
「ドグマの最奥、リリスの下へさ。その理由も、道中で話そう」
そう言われればシンジも不安を覚えながらも同道しないわけにはいかない。
これだけは片時も手放せないSDATを握り、カヲルの後をついて共にエントリープラグに入る。
二人で乗り込んだにも関わらずエヴァンゲリオンMark06は普通に起動した。二人で乗ったらシンクロ率の問題などで起動は無理ではないかと思っていたシンジを驚かせたが訳知り顔のカヲルはその理由を語ろうとはしなかった。
エヴァンゲリオンMark06は機械の手を借りることなく頭上に天使のような輪を浮かべながらドグマを降下していく。
「エヴァが飛んでる……」
今の状況を正確に語るならば浮遊しているわけではないが、何の装備も支えもなくゆっくりとドグマを降下しているのだから意味は伝わる。
「Mark06は擬似シン化覚醒形態の力を一部発動させることが出来るんだ。浮遊はその最たるものさ」
「ぎ、擬似シン化……えっとなんだっけ」
「擬似シン化覚醒形態。まあ、言葉に意味はないさ。そういう力があると覚えておけばいい」
聞き慣れない単語だったので直ぐには覚えられなかったシンジを笑うでもなく、カヲルはMark06をドグマに降下させていく。
その時、シンジの視界の端にMark06が持つ武器がチラリと過った。
「カシウスの槍だよ。初号機が封印凍結されたから取り出されてね。今回のことで必要だったから持って来たんだ」
シンジが槍を持つ方を見ているのを察したカヲルが説明する。
(どうして槍が必要なの? リリスにもう一本刺すのかな……)
先程、リリスの所へ行くと言っていたのだからシンジが思いついた理由はそれぐらいしかなかった、司令代理がわざわざシンジを伴って行く理由がないとことを除けば。
「さて、シンジ君。君はセカンドインパクトについて、どこまで聞いているかな?」
思考に耽っていたシンジは唐突にカヲルに問われ、以前にミサトから聞いた話を思い出す。
「南極で発見された第1の使徒の調査中に大爆発をしたって」
「と、されているね。全て
含みを持たせたカヲルは常のアルカイックスマイルではなく、何と表現すべきかシンジには良く分からない表情。
「セカンドインパクトは人類がわざと起こしたってこと?」
信じられる話ではない。セカンドインパクトの被害は人類の半数が死滅して環境すら激変した。
海が真っ赤に染まり、そこに住まう生物は軒並み滅び、その影響は繋がる大地に今にも残る大きな影響を及ぼしている。人類史上で最大の災害と言っても良く、人為的に起こす意味があるとは思えなかった。
「この星での大量絶滅は珍しいことじゃない。むしろ進化を促す面もある」
被害に目を向けるシンジに対して、カヲルは淡々と別の側面があると告げる。
「生命とは本来、世界に合わせて自らを変えていく存在だ。しかし、リリンは自らではなく、世界の方を変えようとしたんだ。この儀式を
カヲルが何を言いたのか、既にシンジの理解を超えている。
「使徒との戦いも補完計画に組み込まれている。知っているかい、使徒と
「違いがない? でも、使徒はあんなに大きくて、姿形も違うのに」
「使徒は
シンジは第6の使徒との再戦前にミサトに連れられてリリスの下へ行った時に、『この星の生命の始まりでもあり、終息の要ともなる』と説明されたことを思い出す。容易に信じられることではないが、少なくとも今の段階でカヲルの話におかしなところはなく、ミサトの話と整合性が取れている。
「誰がそんな計画を」
「考えても意味はないよ。定められた円環の物語の中で演じることを永遠に繰り返す中で、計画の立案者は毎回代わるのだから」
その時、シンジと同い年に見えるカヲルがまるで年老いた老人のように見えた。錯覚かとLCLの中で目を擦ると、そこにいるのは変わらない姿のカヲルの姿がある。ただ、少し疲れているようにも見えた。
「当の補完計画を課した存在とは何者か。既にこの世界を見捨てて去ったのか、それともこの場にあって永劫の沈黙を守るのか、もしくは自身がそうだったことを忘却して久しいのか…………いずれにしても何も教えてくれはしない」
故に人は、何時の世も問いかける、『
「踊り続けるしかないんだ、この何時か終わるとしれない演目を」
「カヲル君が何を言っているのか、僕には分からないよ」
「…………すまない。独り善がりが過ぎたね」
気持ちを入れ替えるようにLCLを大きく吸い込み、再び吐き出したカヲルは再び元のアルカイックスマイルに戻った。
本題に戻るように話題を変える。
「計らずともニア・サードインパクトを起こしてしまった碇シンジ君。君はやり直しを望むかい?」
ネルフの地下深くにあるドグマの奥底を目指して、Mark06が巨大な縦穴の空洞をゆっくりと降下して行く。
「やり直し?」
「今の知識経験を持ったまま、あの時、あの瞬間に戻れたらと思うことはあるだろう。その機会がやってくるとしたら、だ」
思わないはずがなかった。ニア・サードインパクトを、加持と話をした時からは第9の使徒の時から違う選択を取っていればと考えなかったはずがない。
「リリスに刺さっているロンギヌスの槍と、このカシウスの槍。特にロンギヌスの槍は補完計画発動のキーとなっている。僕達で使ってしまえば誰もインパクトを起こせなくなるし、Mark06と二本の槍をセットで使えば望む時のやり直しを行うことも可能だ」
ある意味で悪魔の誘惑と言えるだろう。間違いを正すのではなく、間違いその物を失くしてしまうことに。
「ニア・サードインパクトでガフの扉が開いてしまったことで、この世界には時間が残されていない。一度開きかけた扉は完全に閉じるか、開くかの二択しかありえない」
「待って、専門用語の意味が良く分からない」
「端的に言えば、サードインパクトは終わっていないということだよ」
「…………なんだって?」
サードインパクトはまだ始まったばかりだと、この世界においては殆どの者が認識できていない現実を理解させるようにカヲルは同じことを繰り返した。
「インパクトはガフの扉を開くことで起こる。シンジ君がニアサーで開いたガフの扉はそのままの状態になっているんだ。ただ、誰にも認識できていないだけ。ガフの扉すらも開いていると認識していない。それがこのカシウスの槍の力なんだ」
人の認知で捉えられる領域にない話になってきた。人が作った初号機がサードインパクトを起こしかけた時点で既にシンジの頭で捉えられる情報量は超えているが。
シンジの諦めとも思考の放棄とも取れる表情を見ながらもカヲルは話を続ける。
「カシウスの槍の力は認識を操作すること。見えていないけどそこにある物を見えるようにして、見えている物を見えない様にするように、そこにあるものをないと思い込ませることが出来る。現象でしかないガフの扉にも作用してしまう力がある」
「凄い槍だね。誰が作ったの?」
他人事で問いかけるシンジにカヲルはまさかの相手から聞かれたとばかりに目を丸くした。
そんなへんなことを聞いたかとシンジが考えているとカヲルは得心が言ったように一人で頷き、「以前の円環でのインパクターだよ」と明確な名前は告げなかった。どうせ知らない名前が出て来るだろうかシンジも敢えて聞かなかった。
「逆にロンギヌスの槍に出来ることは因果を結ぶこと、そして断ち切ること。命を無分別に産み落とすリリスですら、ロンギヌスを打ち込まれれば停止する」
今は分からないことを分かるようになりたいと思える気持ちにならないシンジは、取りあえず二つの槍は違う力を持つのだと認識するに留めた。
「今の話だとロンギヌスを抜けばリリスが活性化して命を生み出すということにならない? そのガフの扉というのが開きかけている状態で新たな使徒みたいないのが生まれるのは良くないことだと思うのだけれど」
「リリスから生まれた使徒が即座にインパクトを起こすことは不可能だよ。そもそもそれでは生まれることすら出来ない」
大前提としてインパクトを起こすにはガフの扉を開くことが出来なければならないのだと、先程も告げた内容を繰り返す。
「今はカシウスの槍の力が上回っているがいずれは力関係が逆転して、一度は止まったサードインパクトが再開する。そして今度こそ止めることは出来ない」
かといって最後の使徒がリリスの下へ辿り着けなくともインパクトは必ず起こる、と続ける。
「ガフの扉が一度開きかけた以上、インパクトが起こるのは確定事項なんだ。違いは、早いか遅いかでしかない」
「どうしたらいいの?」
インパクトを起こしかけたシンジにとってその宣告は恐怖でしかなかった。開きかけただけで一都市を壊滅に追いやった災害が今度は比べ物にならない規模に拡大することは、セカンドインパクトという過去例を考えれば想像がついてしまう。
全ての始まりが自分であると聞かされていれば、やがて訪れる凶事をせめて回避したいと思うのは当然のこと。それすらも避け得ない状況では何をしたらいいのかすら分からない。
「傍観者となるか、当事者となるか。君に与えられた選択肢はそのどちらかでしかない。前者に関してはセカンドインパクトのことを考えればお勧めはしない」
「…………当事者になるってことは、二本の槍を使って意図的にインパクトを起こして僕の望むタイミングに時間を巻き戻すということでいいの?」
「その解釈で合っているよ」
厳密には違うとまではカヲルは口にしなかった。
シンジの幸せを第一とするカヲルは自らが主導する方法が必ずしも最高の結果に繋がるとは欠片も思っていなかったから、この選択だけが精々が取り得る選択肢の中でシンジにとってはまだマシ程度でしかないと知っている。それほどに今の状況は詰んでいる。
「事前に話して漏れたらこの機会はなかった。もう次のチャンスもない。進むも退くもシンジ君が決めてくれ」
事態はシンジの想像を遥かに超えているところで進行している。その中でカヲルは事前に準備を進めてくれたのは、ケージに人がいなかったことや勝手にエヴァンゲリオンを動かしているのに発令所が何も言ってことからも間違いない。
そして悠長に考えている時間もまた無かった。
以前にエレベーターでリリスの下まで行った時間と、このMark06での降下時間を単純比較は出来ないが、残された時間は多くないとシンジにも推察できる。
やり直したいという気持ち、カヲルが本当のことを言っているのかと疑う気持ち、自分の為に骨を折ってくれたカヲルに報いたい気持ち。仮に退いても司令代理であるカヲルにどんな問題が降りかかるのか。様々な思考が瞬く間に流れて行き――――――結論が出る前にドグマの底が見えてしまい、本人の意識しないところで易きに流れた。
「――――進むよ、僕は」
シンジ達がMark06に乗り込もうとしていた頃、ニア・サードインパクトによって露出しているジオフロントを見下ろせる箱根の外輪山に戦略自衛隊の指揮通信車両が配置されていた。
「第二新東京よりA-801が出ました」
指揮通信車両の車内で通信士より報告を受けた指揮官はブラックカラーで個人装備が統一された戦闘服に身を包み、何かを思案するように机を人差し指でトントンと叩く。
「ネルフの動きはどうだ?」
内部の内通によって施設内部の図面が手に入って行動方針を立てて制圧はやりやすくなっているが、裏切りを信用するには天秤の片方に乗せられているのが自分の部下達の命となれば慎重にもなる。
「ジオフロント地底湖に赤とピンクのエヴァンゲリオンを確認。情報にあった2号機と8号機と思われます」
「残りの2機は単純に遅れているのか、はたまた別の理由か。気になりますな」
内通者からの情報ではエヴァンゲリオンはパイロット込みで地底湖に送られることになっている。特に現在のネルフのトップである司令代理のMark06の行方が分からないことは現場を指揮する者として最大の懸念事項であった。
副官に頷きを返した指揮官の眉間の皺が濃くなる。
「作戦の遅滞は許されん。賽は既に投げられている」
「では」
「――――ネルフ制圧作戦を開始する」
「はっ! まずはレーザーサイトを無効化する。然る後に特科大隊を強羅方面より進行。:御殿場方面からも二個大隊を前へ」
命令が復唱されていき、今度こそ作戦を止めることは誰にも出来なくなる。
一度生まれた波を止めるには多大な労力を必要とするし、止めれば止めたで別の問題も孕んでしまう。第一、戦略自衛隊を指揮する最上層部が決めたことを一個師団の師団長の判断程度で止められるはずもない。
「青いバンダナを付けた者は敵ではない。だが、完全な味方とは思うな! 警戒を厳に!」
些細なことでも報告を密にするようにとの布告が副官より各大隊の隊長へ出される。
「ネルフ内部部隊α1の手引きにより南のハブステーションより侵入成功」
「西5番通路は抵抗に合い、火災が発生しています」
「侵入部隊は第1層に突入に成功」
次々上がる報告は、内部の手引きも考えれば順調そのもの。
「今のところは予定通りと言えるか」
「一個師団の投入、内部の手引きもある状況です。占拠は時間の問題かと」
「だと、いいのだがな」
副官と話している間にもネルフ内部部隊と呼応して第2層も制圧が完了している。
当初の目論見通り以上の速さで作戦は進行していて、人的被害も戦略自衛隊に限れば微々たるもの。このまま作戦が成功すれば記録的な成果として自分達の経歴にも箔が付く。
「何か懸案でも?」
当初の予定通りに本部施設内の一部にベークライトが注入された報告を耳にして、戦略自衛隊側の作戦進行が一段と早まった。
「まだ使徒が現れるという話なのに、人同士で争うことに業を感じずにはいられんのだよ」
戦略自衛隊は使徒戦にも何がしかの形で関わっている。
日本国民を守る為に存在する戦略自衛隊としては、同じ人を相手にするよりは明確な敵である使徒相手の方が気分がかなり楽なのだ。どれだけ精神を律しても、人殺しになるか怪物相手に戦うかは勝ち負けよりも後者の方が精神的に全然違う。
「最後の使徒が現れる前に、とのことです」
「分かっているのだがな」
二子山ではなく長尾峠に回れ、という指示を出しているのを聞きながら指揮官はどこかに落とし穴があるのではないかと思わずにはいられなかった。
「我々に楽な仕事はありませんよ」
何を思って上層部がネルフ制圧を決めたのか、現場には肝心なところは教えられていない。宮仕えとして否は認められないのだから、与えられた仕事を全うするしかない。
「ふっ、そうだな。エヴァンゲリオンに動きは?」
副官の物言いに苦笑を浮かべた指揮官は注目事項について確認する。
「2号機と8号機は動かず。残り2機はまだ現れていません」
「ネルフ内部部隊とのチャンネルを作っておかなかったのは失敗だったな。状況が読めん」
「通信が傍受される可能性があります。こちらの作戦行動を向こうに知られるのも裏切られた場合、得策ではないと判断されました」
「分かってはいるのだが」
少し考えた指揮官は、不明のエヴァンゲリオンパイロットの確保を行うと副官に伝えた。
「パイロットは発見次第、無条件発砲も許可する」
本当に良いのかと、エヴァンゲリオンのパイロットが須らく十代前半と知られているからこそ副官は指揮官に尋ね返した。
「エヴァンゲリオンに抵抗されば大きな被害が出る。上層部はジェットアローンに期待しているようだがメルトダウンのリスクを考えれば土木作業にしか使えん」
「一応、メルトダウンの心配のないジェットアローン改もありますが」
「N2リアクターは画期的な発明だと認めるが、冷却の為に豊富な水源がある活動近辺に限定されるのでは本作戦には使えまい?」
「ええ、まあ……」
通産省と防衛庁がゴリ押しして、半ば戦略自衛隊に押し付けられた形の2機の人型ロボットを思い起こした二人の表情は冴えない。
「後数年もすれば別の形になると信用するしかあるまいが……」
ネルフのエヴァンゲリオン以外に人型兵器が存在する意味は大きいと認めている指揮官は、そこで想定し得る中で最悪に近い報告を通信士から受けることになった。
「大涌谷方面に使徒が現れただと?!」