今話タイトルは新劇場版:Qでマリが劇中冒頭で口ずさんでいる曲より
かなりの重量のMark06がドグマの底に足音もなく降り立つ。
碇シンジが頭上を見上げれば、エントリープラグの天井モニターに今降りて来た円形の穴が映し出されていた。視線を下げれば雪原の世界が広がっていて、常夏の日本しか知らないシンジには異世界のようにも見える。
「僕は何をすればいいの?」
意識を現実に引き戻すように、足を踏み出して歩みを始めたMark06を操作する渚カヲルに訊ねた。
「シンジ君はただそこにいてくれるだけでいい」
所々に立つ氷柱を避けながら明確な目的地を見据えて歩を進めるMark06。
「皮肉を言っているわけじゃないよ? 槍二本を扱うには魂が二ついるんだ」
「魂が二つ? 要はパイロットが二人いればいいってわけか。でも、なんでそんな面倒な仕様に?」
「その答えを言ってもいいけど、かなり長くなるよ」
残念ながら語れる時間もないとカヲルが続けようとしたところで、Mark06が降りて来た縦穴から何かが落ちて来て爆発した。
「うわっ!?」
背後からMark06を揺らす突風にシンジはプラグインテリアを掴む手に力を入れることで耐える。
パイロットであるカヲルは巧みにMark06を操作して、爆風で生じた衝撃でよろめいてバランスを崩した機体をすかさず持ち直した。
「追っ手か?」
シンジと親し気に話していた時は一転して目付きを鋭くしたカヲルがMark06を振り返らせたところで、プラグ内画面に『BLOOD TYPE:BLUE』の表示が現れて警告音が鳴り始める。
「パターン青って…………使徒!?」
嫌な意味で慣れ親しんでしまっている表示と警告音にシンジが目を見張っている間に、縦穴から黒いコードの束を纏めたようなナニか――――第12の使徒が現れた。直後にバズーカを携えた2号機も続く。
Mark06のように疑似シン化覚醒形態の力を持たない2号機が何度か展開したATフィールドを破りながら減速して地面に着地した。ATフィールドで殆どの衝撃を受け止めても尚、大きな罅割れを生み出しながらMark06に通信を繋げる。
「2号機!? アスカ!」
「Mark06! なんでシンジが!?」
エヴァンゲリオン間で通信が繋がり、2号機側の式波・アスカ・ラングレーはMark06のパイロットである渚カヲル以外にシンジもいることに気づき、片目を驚きで見開く。そうしている間にも先端だけが赤く光る不気味な渦は、蜂の大群が一つのうねりとなって空に舞い上がるようにして地面から浮き上がる。
「バカシンジ! あんたまさかエヴァに乗ってんの!?」
2号機が顔を上げ、バズーカを放つも第12の使徒に目立った損傷は見られない。アスカも今はシンジのことを気にしている余裕はないと判断した。
「どうしてアンタ達がこんな所にいるかは聞いている暇がないから邪魔をしないで! コネメガネ!」
「あいよー」
コンテナを抱えた8号機がひょっこりと縦穴から顔を出し、得物を地上に向けて投げた。
重力も味方につけて落ちて来たガトリングガンを飛び上がって受け取った2号機はくるりと回って衝撃を殺すと、どこかへ向かおうとしていた第12の使徒に向かって乱射する。
「でやあああああああああ!!」
氷柱の上に片足で着地し、再度の跳躍を行ったアスカは第12の使徒に向かって間断なくガドリングを撃ち続ける。しかし、ガトリングの弾は霧に向かって石を投げるかの如く、効果は全くないように見える。
「カヲル君、僕らも!」
「駄目なんだ、シンジ君……」
使徒の出鱈目さは今に始まったことではないからMark06も2号機の援護、もしくは攻撃を行うべきと急かそうとしたシンジにカヲルは苦し気に拒絶することしか出来なかった。
「Mark06が使徒に近づき過ぎればインパクトを起こしかねない」
そんな、と言いかけたシンジはMark06が小刻みに振動していることに気づいた。
動き出そうとするのを無理やり抑えつけているかのようで、全身に力を入れているカヲルの額に浮かぶ汗が彼の労力の大きさを物語っていた。
「せめて援護くらいは」
言ったシンジはMark06の武装がカシウスの槍しかないことを思い出す。2号機がガトリングガンで攻撃を仕掛けているが全く効いているように見えない。
エヴァンゲリオンの武器は圧倒的な貫通力に主眼を置いたものばかりで、基本的に面で相手を制圧する種類のものがない。これは攻撃対象がもっぱら呆れるほど巨大な容積を伴い、かつ極めて侵徹の難しいシールドを有す使徒のような敵のみを相手に戦ってきた状況が生んだ結果といえる。
「コネメガネ、援護!」
「あいあいさー」
2号機を避けてMark06に向かおうとした第12の使徒は縦穴から走った閃光に押されて方向を変えた。
「援護射撃、2秒遅い!」
「めんごめんご」
スナイパーライフルを構えたマリは第12の使徒から距離を取るように移動するMark06を見下ろして目を細め、効かない攻撃を続ける2号機のアスカにも意識を裂く。
「姫、無駄玉は止めときなよ。あれ全部コアだから。あたしらじゃ、手の打ちようがにゃいよ」
「だからって何もしないわけにもいかないでしょうが!」
「そりゃあそうだけどさ」
低機能な自動銃座が簡単に出来ることがエヴァンゲリオンには難しい。
どれほど強力な力を常識で超えた反応速度で繰り出せるとしても、エヴァンゲリオンは一個人の思考への依存が大きすぎる。即ちシステムの自動処理と違って注意力を分散出来ないのだ。
今までの使徒戦ならば作戦指揮を行っていたミサトらが打開策を見つけ出していたが通信は遮断されたまま。武装も持って来たコンテナのみで、取れる選択肢はかなり限定されていた。
「最後の使徒を倒したところで、鬼が出るか蛇が出るか、気になるジャ」
セントラルドグマを縦横無尽に飛び回る第12の使徒とMark06と2号機を見下ろしたままマリの8号機は援護以外に動かない。
ジオフロントの地底湖から第12の使徒の迎撃に当たってから消極的だったマリは、この後に待ち受けるモノを楽しみにしているとも獣が獲物に飛び掛かる前に力を貯めているとも取れる状態にあった。
「フィフス! 対策は!」
マリが当てにならないのでジレたアスカはもう一機のエヴァンゲリオンパイロットに答えを求めた。
「近接戦は避けた方が良い。アルミサエル――――その名を失った第12の使徒の特性は浸食と融合だ。ATフィールドも過信しない方が良い」
「だ・か・ら! 倒す方法は!!」
「エヴァに融合させてからの自爆が有効な方法だよ」
「役立たず!」
「前例のある方法なのだがね」
「他には!」
2号機に取りつかせてからの自爆など今の状況で出来るはずがないことはカヲルにも分かっているから無理強いはしなかった。第一、倒す方法自体は別にある。
「リリスの下にあるロンギヌスの槍ならば仕留めることも可能だろう。だが……」
「却下。認められないよん」
カヲルの言葉を先取りした8号機のマリがMark06にロックオンする。
「あちしらに黙って
言葉尻だけはふざけていても、込められた真意にはありありとカヲル達を信用していないと鳴り響くロックオンアラートががなり立てていた。
「すまない、マリ。軽率だった」
「次は、ないよん」
「ああ」
二人の間で何かしらの約束でもあるのか、マリはカヲルに怒っているようであった。
「第12の使徒はMark06を狙っている。地上まで誘導してN2で殲滅、もしくは弱体化させる。都合良く、地上には戦自もいることだからね」
戦略自衛隊がネルフを抑えるに当たって、内部の手引きがあるとしても保険としてエヴァンゲリオン対策にN2を数発用意しているだろうことは想像に難くない。カヲルの実現可能な作戦にマリも否と言わなかった。
「じゃあ、囮よろ~」
直ぐ後にようやくロックオンアラートが収まったが、8号機がMark06を意識から外していないことはシンジにも分かる。
「どうやって隙を見てリリスの下へ行こうか」
「え?」
8号機との通信を切ったカヲルが先程のマリとの会話など無かったように振舞うものだからシンジも呆気に取られた。
「僕達のやることは何も変わっていないよ。寧ろ時計の針が進められた以上はのっぴきならない状態にある。僕達の望む通りにインパクトを起こすには今しかない」
第12の使徒がリリスがいる場所から一番遠くなったら仕掛けると告げるカヲル。
シンジは選択したはずなのに今更迷いが出ていた。
(本当にこれでいいの?)
アスカやマリ、多くの人の思いを裏切るのではないかと不安が頭をもたげる。
迷いに答えを出すほどの時間は何時だってシンジに与えられない。第12の使徒がリリスのいる場所に向かう通路から最も遠くなり、Mark06がその通路に飛び込みやすい位置取りになってしまった。
「行くよ、シンジ君――」
その時、シンジは止めようとしたのかどうなのかは自分自身でも分からない。シンジの口から言葉が出る前に、
「姫!」
真っ先に気づいたのは上方の縦穴にいた8号機のマリだった。
弾切れになったガトリングガンを捨てて無手になっていた2号機が右手を向けて展開したATフィールドに飛来した
「ロンギヌスの槍!?」
先端が二股に別れた螺旋状の槍に片目を見開いたアスカは、過去の経験則からATフィールドで抑えられると考えずに即座に全力で回避行動を取った。
2号機が身を投げ出してロンギヌスの槍の射線上から回避して空いたその空間に、まるで紙を貫いたようにATフィールドを突破した。そのままドグマの壁に突き刺さるかと思われたロンギヌスの槍は方向転換して再び2号機を狙う。
「アスカ!」
先程のが全力の回避行動だった2号機は体勢を整える暇も無い。シンジの見ている前でロンギヌスの槍が2号機の左目の複眼を貫き、力を失ったように仰向けに倒れ込んだ。
「大丈夫だよ、シンジ君。2号機パイロットは直前にシンクロを自分からカットしている」
問題は最大の障害であった2号機が動きを止めたことで第12の使徒が自由になったことだった。8号機は自身のスナイパーライフルでは足止めも出来ないと、まずは2号機の救助に向かったことで、第12の使徒は一目散にMark06に向かって来た。
「誰がロンギヌスの槍を――」
疑問を浮かべつつもMark0を動かそうとしたところで、ガクンと揺れて機体の制御がカヲルの手から離れる。
「なっ!?」
モニターに映る映像はそのままだがシンクロが突然カットされた状況を体感で認識したカヲルが信じられないと目を見開く。シンジはエントリープラグ後方から何かの機械が起き上がって来たことに気づいた。
「これってあの時と同じ!?」
第9の使徒戦時、戦おうとしなかったシンジにゲンドウが行ったシステムの起動。シンクロシステムの再起動をかけようとしていたカヲルはまだ気づいていない。
「カヲル君!」
シンジの声にコントロールレバーを自身の手ごと覆おうとしていた機械に気づいたカヲルは急いで手を離す。だが、その行為に意味はなかった。
「ダミーシステム! この機体に!?」
カヲルの眼前に下りて来た機械には『DMYSYS GOLGOTHA BASE BUILT』と表示されていた。
機体が作られた目的から最もそぐわないそのシステムにカヲルが色々な推測を立てる時間はなかった。ダミーシステムの起動によってカヲルの制御を離れたMark06は動きを止め、カシウスの槍を落とした。無防備なMark06の全身を第12の使徒が瞬く間に覆い隠す。
その一瞬前、リリスがいる通路から青い塗装の7号機が姿を見せたことでカヲルの中で全てが繋がった。
「そうか、そういう事か、リリン!」
カヲルの叫びに重なるように下顎部の拘束装甲を自分で外したMark06が咆哮が響き渡る。
咆哮に合わせるように、第12の使徒は自らMark06の開かれた顎の間に収束して赤い球体となった。
「うぐっ!?」
大きく開かれた口の間に収まった第12の使徒だった赤い球体がMark06によって噛み砕かれ、呑み込まれた。機体とシンクロしていないはずのカヲルが口に手を当てて抑える。
「Mark06が第12の使徒を取り込んだ? カヲルがアダムスの生き残りを今の段階で覚醒させるはずがない…………ゼーレがやることじゃない。ゲンドウくんの策略か!」
ロンギヌスの槍を引き抜いてアスカが2号機の再シンクロを終えるまで守りの姿勢にいた8号機のマリは、第12の使徒を取り込んで光を放って辺りを照らすMark06を見上げて一連の流れから首謀者に辿り着く。
「なんだよこれ!? カヲル君!」
光を放つ機体に辺りを見渡していたシンジは頭を抱えて蹲るカヲルに駆け寄る。
「…………まさか第1使徒の僕が13番目の使徒に落とされるとは」
「何言ってるの? カヲル君!」
Mark06の両肩の肩部装甲が弾け飛び、角のような物が生体部分から伸びていく。
「始まりと終わりは同じというわけか。流石、リリンの王。シンジ君の父上だ」
「父さんがなんだって?」
カヲルがその答えを口にすることはなかった。
「やってきたか、リリス」
シンジが知る姿とは違う、下半身の生えた白い巨体――――俯いたリリスが壁をすり抜けて現れ、顔を抑えていたカヲルは苦々し気にその姿を見る。
徐々に歩を進めて光を放つMark06を包むように両手を出したリリスが顔を上げていくのと同時に仮面が剥がれ落ちる。剥がれ落ちる時に仮面に伸びるように付いていた部分が髪を形作る。
上げた顔はシンジが良く知る者だった。
「綾波、レイ?」
何の光も宿さない虚ろな眼窩を除けばシンジの知る綾波レイそのままの容姿。
「違う。魂のない人形を取り込んで、その姿を投影しただけだ!」
シンジの言葉を否定したカヲルが異常な力でコントロールレバーを覆う機械を素手で破壊する。立ち上がり、ダミーシステムの本体も同じように壊すが既に機体のコントロールはカヲルの手を離れている。
だが、今のカヲルには機械の手助けは必要はない。
「ロンギヌスの槍よ!」
第13の使徒に墜とされたカヲルはアダムスの生き残りであるMark06と直接とシンクロして、8号機が投げ捨てたロンギヌスの槍を手元に呼び寄せる。
カヲルの声に応えたロンギヌスの槍がMark06の手に収まる。リリスはMark06に恐怖でも感じたのか、逃げるように背中を向けて遠ざかろうとしたがMark06の方が遥かに速い。
「はぁっ!」
飛び上がって気合一閃。振り抜かれたロンギヌスの槍はリリスの首を後ろから斬り飛ばした。
首を斬り落とされたリリスが膝を付き、手を地面に着く。リリスの血を浴びながら追撃をかけるようにMark06がその背中に乗って槍を突き立てようとしたところで動きを止めた。
「…………ここまでが、限界かあっ?!」
顔中に大量の脂汗を浮かべたカヲルが苦し気に呟ききれず、機体が完全に制御を離れて逆に呑み込まれる。Mark06の両肩に生えた角が伸び切り、背後に二重の光の輪が現れる。
「これは疑似シン化形態を超えている…………姫、動けるの?」
シンクロをカットして受けたとはいえ、左目の複眼をロンギヌスの槍で貫かれた2号機が再シンクロを行って体を起こす。衝撃波で縦穴を壊しながら上方に向かって急上昇したMark06を見上げる2号機の動きはどこかぎこちない。
「今動かなくちゃ意味がないでしょうが! どうすればいいの!」
「Mark06からエントリープラグを引き抜くしかない。じゃないとサードインパクトが起きるよ」
「じゃあ、さっさと動く!」
「了っ解!」
覚醒したMark06の力か、全ての物が上方へと引き寄せられている。浮遊するドグマの壁の瓦礫を足場にして登るのは二人にはそれほど難しいことではなかった。