魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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「やりましたねお姉さま!」

 

「おめでとうございます!」

 

 第一高校一科の合格証書を持って帰ってきた長女と、それを心の底からの笑顔で讃える愛娘・愛息を見ながら、貢はため息をついた。

 

 別に何も問題はない。無事一科に合格し、順位としても一科の真ん中からやや下あたりと目立たない立ち位置にいる。注文通りだ。

 

 だが、そもそも第一高校を受験するということが、やはり意に反することである。もう一年以上前に仕方なく覚悟は決めたものの、こうして合格証書を見ると、色々と苦い思い出がよみがえってきた。

 

 最初は合わせる顔もないので、一高を受けさせることにしたという本家への報告は電話で済ませるつもりだった。だが当然呼び出され、当主の真夜ときな臭い執事の葉山どころか、他分家の当主たちまで集まってきて、宗教裁判めいたつるし上げを食らったのだ。

 

 可愛い娘と息子に説得されて、なんて理由にならないので口が裂けても言えない。

 

 結局、本人が強情に言い張って「四高受験をさぼる」とまで言い出したから、せめて魔法科高校に入ってくれるならまだ良しと折れた、と説明した。亜夜子と文弥に責任が向かうぐらいなら、蘭に四葉の敵意を向けさせる方が良い。多分二人が説得に来なかったら蘭はこれぐらいの我儘はぶつけてきただろうし、さほど罪悪感はない。

 

「他の高校ならまだいい」「第一高校にこだわる理由を聞いてこい」などの要求もあった。呑気なものだ。同じ立場だったら、それらを「妥協」とみなして絶対しないだろうに。とはいえ、結局のところ貢が折れたのは蘭のせいではなく亜夜子と文弥のせいなので、貢の説明によって「蘭のせい」と認識されたからこその発言だと思うと、気が楽だった。

 

 だが、当主の真夜はそうはいかない。いつもは余裕を讃えた艶然とした笑みだが、この時は椅子に片肘をつき無表情で見下ろすような目線だった。見透かされているし、事が事だけに、彼女もまた深刻に考えていたのだろう。

 

(これもまた、四葉の罪か……)

 

 こんな騒ぎになった本当の原因、第一高校に進学することが決まっていた、世界を滅ぼす力を持つ司波達也。

 

 

 

 

 貢は、達也のことを、「四葉の罪の結晶」と考えていた。

 

 

 

 

 四葉には四葉の正義があるが、その正義はあまりにも独善的で独占的、そして何よりも、利己的だった。人道に反するありとあらゆることをやってきている。その中心人物の一人であり、最前線で働いている彼には、そのことがよくわかっている。

 

 その末に生まれた、世界を滅ぼす力を持った少年。

 

 その魔法がわかるや否や、今すぐ殺すべきと言う話すらあったし、それが通りかけたこともあった。そのあげく、もしかしたら死んだほうがましかもしれないというほどの冒涜的な魔法を実の母親である深夜にかけさせる形で達也に「枷」をつけることに成功したが、四葉は、星をまるごと吹っ飛ばす爆弾を常に抱えることとなった。

 

 せめて、四葉の中だけに留めておかなければ。

 

 それだけが、貢が思いつく、精いっぱいの贖罪だ。

 

 殺せばさらなる罪が重なり、もしかしたら達也以上の者が現れるかもしれない。

 

 そして今度こそ、四葉に、日本に、人間に、世界に、そしてこの世の全てに、牙を剥くかもしれない。

 

 こんな貢が抱える恐怖を、四葉の全体が程度や中身に差があれど、持っている。

 

 だからこそ、初対面でその大爆弾を刺激してみせた蘭が同じ学校に行くことを、全員で拒絶しているのである。

 

 異常な子供だ。予想できないほどに歪んだ精神性と行動、そしてそれを可能にし、より大きな被害の発生を感じさせる四葉らしい能力。きっと蘭もまた、四葉の罪の末に生まれたのだ。

 

 そんな「罪の結晶」が相変わらず不気味な笑顔で可愛い妹弟を撫でているのを見ながら、貢は、深いため息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(きっと大きなナニカが、近いうちに起こる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この一年間と少しの間に少しずつ形になりつつある「予感」。

 

 良い予感とは言えないし、悪い予感と言えなくもないがはっきりとそうは言えない。

 

 ただ、分かることがある。

 

 世界を滅ぼす力を持った達也。その妹で強大な力を持つ深雪。

 

 そして、異常な行動をする黒羽蘭。

 

 この三人が事態の中心となって、周りや世界を大きく巻き込んで、今までのこの世の中がひっくり返るような何かが起こるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(イレギュラー、か)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本来存在するはずがなかった異物(イレギュラー)を見ながら、また一つ、大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その他称・四葉の罪の結晶である司波達也はと言うと、本家から深雪越しに入ってきた情報に頭を抱えていた。

 

「やっぱり受験していたのか……」

 

 原因は同じ、黒羽蘭である。

 

 初接触でとんでもないところをほじくられ、二回目はもろだしをされそうになり、それ以来避けたい相手だというのに、向こうはちょくちょく絡んでくるし、二回目の負い目があるせいで邪険にできない。

 

 せっかく少しは家から離れて妹とそれなりに気楽に過ごせると思いきや、四葉家よりも嫌な奴が同じ学校の同級生、という状態だ。

 

 いや、このこと自体はちゃんと一年半ほど前から覚悟はできている。第一高校を受験すると発覚したその日に、「要警戒」と真夜から深雪に直々の命令があったからだ。

 

「悪い夢であってほしかったがな……」

 

 妹に対する愛情以外の全ての感情を魔法演算領域と魔法式に置き換えられた達也は、精神干渉系魔法への耐性を持つが、一方で多くの感情が欠落している。ただ全く無感情のアンドロイドかと言うとそうではなく、人に比べたらだいぶ薄い、という程度に過ぎない。

 

 とはいえ、そんな彼がここまで心を乱すのは、大変珍しいことだ。

 

「お兄様、大丈夫ですか?」

 

「ああ、まあ覚悟はできていたことだしな」

 

 深雪も不安なのだ。自分がうろたえているところを見せるわけにはいかない。

 

 あの自分に対する呼び方をコロコロ変えてからかってくる生首饅頭みたいな笑い方をする女には負けていられないのだ。

 

 達也は気を持ち直す。

 

 大丈夫。すでに本家で台本は作ってくれた。部活動への参加は三人とも禁止、深雪は生徒会に入って将来に向けた影響力を確保し、蘭は風紀委員・部活・生徒会など目立つ活動は禁止。蘭と達也・深雪の関係は、赤の他人と言うわけにはいかないので、遠い親戚――実際さほど遠くはないが――ということにして、不自然にならない程度に交流。

 

 そう、これで問題ない。「アレ」から干渉される余地は、四葉がなるべく消してくれた。さすが有能である。こればかりは、達也ですら手放しで褒めたたえたいところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月1日、深雪と蘭のクラスが同じと知った時の司波兄妹の心中は、推して測るべしである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、この騒動の最後の一押しをしたといえる亜夜子と文弥はと言うと、合格自体は当たり前なのだが、それでも敬愛する姉が一流高校の一科に受かったのが嬉しかったので、姉妹弟の三人だけでささやかなお祝いパーティを開いていた。受験に反対していたし色々立場もあるし個人的な感情もあろう貢は、お互いにデメリットしかないので、参加していない。

 

 二人が一生懸命選んだ高級デリバリーの数々を、慣れれば愛らしいと言えなくもない笑顔を浮かべ、「うめ、うめ」と言いつつ、蘭が楽しんでいる。その喜んでいる様子を見るだけで、亜夜子と文弥は胸に温かいものを感じた。

 

 

 そしてそれと同時に、ほんの少しの安心感を。

 

 

 三人の不仲の原因でもあった蘭の自分勝手な態度は、中学生になってからは少しだけ改善した。特にあの初ミッション以来は、それなりに二人とも構ってもらえている。また、第一高校受験を許されたあの日からは、特に余裕が生まれたように見えていた。

 

 だがそれでも、完全に消えることはない。未だにほとんどの時間を訓練と研究と任務に費やし、プライベートの趣味は一切持たない。その「生き急いでいる」印象を受ける様子は、結局根本的に変わることはなかった。だからこそ、こうして、言ってしまえば無駄な時間ともいえるパーティを蘭が楽しんでいる様子は、二人にわずかながらでも安心感を与えているのだ。

 

 姉が自分で進学を希望して第一高校に合格した。

 

 今まで全く学校に関心を示さず、行くのは時間の無駄とばかりに不登校を貫いていた。

 

 きっと、何か理由がある。本人は「とかいにあこがれて」などと言っていたが、いつも通りの適当な誤魔化しだろう。

 

 第一高校に行く理由。それはきっと、蘭が生き急ぐように自己研鑽に打ち込んでいるのと、同じ理由だ。

 

 亜夜子も文也も優秀な魔法師だ。魔法師の勘は、実によく当たる。

 

 

 

 

 

 願わくば、その「理由」は、蘭にとって幸せなモノであってほしい。

 

 

 

 

 実の姉妹弟として、ぐっと距離が縮まった三年間。蘭も二人のことを可愛がってくれている。だが、その胸の内に秘めた「理由」を、ついぞ話してくれなかった。そこまで心を開いてくれなかった。

 

 それは悲しいことだが、別に良い。お互いに話せない秘密があるというのも、それはそれで「普通の家族」らしいではないか。

 

 黒羽家に生まれ、物心ついてアイデンティティーを確立したころから、二人はどこか、「普通の家族」を諦めていた。四葉分家と言うのもそうだし、母は物心つく前に死去してしまっている。今も諦めた気持ちは変わらないが、それでも、この三人の間だけでは、「普通の家族」らしいことをしてみたい欲求が、無意識のうちに湧き上がっていた。

 

 それに、理由を話してくれずとも、いつか協力できる時が来たら、必ず手を貸すつもりだ。それこそが、命の恩人であり敬愛する姉への、最大の恩返しになりそうだからだ。

 

 だが今は、そんな難しいことは、頭の隅に置いておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ささ、お姉さま。こちらもとても美味しいですよ」

 

「僕と亜夜子姉さまで一緒に作った料理もあるんです! もしよかったら召し上がってください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにかく今は、東京に移住してしまう前に、少しでも姉と一緒にいたかった。




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