魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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 5月半ば。黒羽蘭の校内評判は未だに上り調子だ。不運なことに自分と親戚だということも知れ渡ってしまっていて、二科生だというのにクラスメイトからも彼女について話を振られるようになった。

 

(どうしたものかな……)

 

 自分のレベルからすると退屈な魔法理論の映像授業をぼんやりと聞き流しながら、司波達也は思案する。

 

 奇妙なことに、黒羽蘭はその言動が軽薄で奇妙なこと以外は、非常に優等生だ。深雪やほのかと言った癖のない優等生に比べたらまだまだだが、十分に校内で噂になっている。

 

 苦しいことに、達也にそれを咎める権利はない。黒羽家はまだ自らの存在を公表するつもりはないので目立たないことを望んではいたが、入学後についてはむしろ長女である彼女が優等生として名を馳せているのは、願ってもいないことなのだ。入試成績が高すぎると、「家の環境が良すぎる」と大きな組織との関係を疑われるが、入学後に優秀なことについては、「魔法科高校が素晴らしいから」ということにしかならないため、出自に目を向けられることはないのである。

 

 そもそも。四葉内部での事情を知っているにせよ。

 

 不登校で、ひたすら非人道的なものも含めて訓練と実験に打ち込み、心を削るような裏のミッションを強制されてきた少女が、自分の意志で魔法科高校に進学したのをきっかけに、優等生として評判になる。

 

 このことを、ここまで悪く思う理由が、客観的に見当たらないのである。

 

 だがそれでも嫌な予感がするのは、あくまでも「勘」に過ぎない。達也自身はともかく、深雪も同じ予感を抱いているらしい。優秀な魔法師の「勘」はよく当たると言うが、だとしたら世界一優秀な妹の「勘」は信用に値しよう。

 

(よし)

 

 そうと決まれば、とりあえず動くしかない。

 

 ちょうど休み時間になったので、蘭へとメールを送る。あまり用件を詳しく丁寧に説明するのも癪なので、「今日の放課後時間あるか?」で済ませておいた。

 

 

 

 

 

 

 その直後に「いつでもおうちにおいで」と返信が来たところで、達也は自分の失策を悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下北沢にある、一見なんの変哲もない、周りより少し大きいだけの一軒家。そこに深雪とともに訪ねて、無駄に緊張しながらインターホンを押すと、この世の全てに恐怖するような悲鳴が地下の方から一瞬聞こえると同時に、中からバタバタと音がする。

 

「人が訪ねてくるっていうのに熱心に人体実験か……」

 

 四葉同士なので気にしないと言えば気にしないが、それでも来客を待つ側としてどうかとは思う。暇さえあれば訓練と実験にいそしんでいるのは本当であることは確からしい。

 

「はいって、どうぞ」

 

 そして十数秒して、ドアを開けて中から無表情の美少女が顔を出してきた。最近は制服しか見ていないが、私服は相変わらず、飾り気のない上下真っ黒である。亜夜子と文弥が「もう少しお洒落すればいいのに」と愚痴っていたが、それは同感だ。

 

 迎え入れられ、達也は敵地に入るような心持で入っていく。隣の深雪は、自分以上に緊張しているようだった。

 

「†くいあらためて†」

 

 確かに二人には蘭に対して悔い改めることはいくつかあるが、今この場でするつもりはない。理由は簡単、「いいよ上がって上がって」という意味だと、非常に悲しいことに知ってるからだ。

 

 洋風のダイニングに通されて、普段使った形跡のない明らかに新品の椅子をすすめられて大人しく待っていると、キッチンから蘭が戻ってきた。

 

「おまたせ、あいすてぃーしかなかったんだけど、いいかな?」

 

(落ち着け、落ち着け、落ち着け)

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 意味を知らない深雪は、優雅の仮面をかぶってお礼を言っている。だが達也は、怒りだとか疲労感だとか吐き気だとかをこらえるのに必死だった。

 

 

 さて、ここで四葉内の彼の立場を思い出してもらおう。はっきり言えば腫物で、奴隷に近い立場でもある。当然、殺しなどの面倒な雑用を任されることも多々あった。

 

 それらを粛々とこなしていた彼が、唯一、心底「押し付けられた」と苦しんだ仕事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 ホモビ鑑賞会である。

 

 

 

 

 

 

 

 勘違いしてはいけないが、四葉はそんな趣味の集団ではない。むしろ性に関しては保守的で、同性愛を許さない向きもある。

 

 ではなぜ、こんなことになったのか。

 

 その元凶は、目の前で生首饅頭のキャラクターのような間抜けな笑顔で心底嬉しそう――殴りたくなってきたがここは我慢――な、黒羽蘭だ。

 

 彼女の独特な言葉使いから、その特殊なパーソナリティを探ろうとする動きが、四葉の中で一時期あった。そしてその言葉たちが、今世紀上旬にインターネットで流行った、低品質なゲイビデオ由来のインターネットミームであることが分かったのだ。

 

 調べるとなったら細かいところまで本気で調べるのが四葉流。当然、今や入手困難のはずが未だネットの海を流れていた数々の「ほんへ」を収集することに成功した。だが、それらを見て調査するのは、当然、誰しもが嫌だ。

 

 そうして押し付けられたのが、司波達也であった。

 

 趣味でもないしネタに出来る状況でもなく、一人で、独りで、調査のため適当に流すだけでなく細かいところまで真剣に見て、しかも記録に残さなければならないので何度も見る。それを、「ほんへ」の数だけ。

 

 強い情動を司る部分を仮想魔法演算領域に置き換えてなかったら、今頃世界は怒り狂った彼によって滅んでいただろう。実際、何度この世界を破壊し尽くそうと思ったか分からなかった。

 

 そういうわけで、彼はその卓越した記憶力と知能も相まって、一流の語録知識人となってしまった。当然、蘭が今日ここで発していた数々の語録が、その中でも最メジャーなものであり、それを連打できる今の環境を蘭が楽しんでいるということも分かるのである。こっちの気も知らないで。

 

「それで、なんのおはなしですか?」

 

 アイスティーに何も入れられていないことは目ざとく確認済みだ。深雪と達也はそれを一口飲んで口を湿らせる。

 

「お前の入学してからの行動が奇妙だと思ってな。その考えを聞きに来た」

 

「んー、ぐたいてきに、なにのどこが、きみょうなんですか、あにちゃま?」

 

 隣の深雪の頭に血が上るのがわかるが、自分まで取り乱してはいよいよアウトなので、努めて冷静を維持しながら、その明らかにふざけた問い返しに答える。

 

「はっきり言って、お前の四葉内での行動は、自分勝手そのものだった。小学生の間は家族のことも無視して、指示には従わない。中学校に上がってからは多少ましになったが、四葉の意向に逆らい続けていたな?」

 

「しょうがくせいのころはべつとして、ちゅうがくせいいこうは、さほどさからったつもりはないですが」

 

「馬鹿を言うな。今この場にいることが何よりだ。第一高校に進学したんだからな」

 

「そのいっかいだけですよ、にいや」

 

 達也は言葉に詰まる。確かにその通りだ。むしろ四葉が指示した訓練や任務は、よくこなしていたほうではあるかもしれない。四葉の者たちが抱く「自分勝手」という印象は、小学生のころの印象と自分が嫌っているという色眼鏡が入りすぎている。

 

「お前がどう思ってるかはどうでもいい。それで、そんなお前が、高校に入学してからは豹変した。ずいぶんと優等生として過ごしているみたいだな? 生徒会でも話題だし、今や学校でちょっとした人気者だ」

 

「みゆきちゃんには、かないませんことよ」

 

 否定はしないらしい。自分の評価が高いことは認めている。それをはっきり自認するほどに意識しているということは――入学以来の優等生的なふるまいは、それが目的と言うことに他ならない。

 

「いったい、今更優等生に転身なんてどういうつもりなんだ? 校内で人気の地盤を固めて、何を目指している?」

 

 例えば、黒羽家の評判を高めるために、来たる生徒会選挙などで優位に立つため。あり得るだろう。会長職は次期当主の深雪が取る予定なので控えるよう四葉から厳命されるだろうが、それ以外の役員なら、むしろ推奨されるかもしれない。

 

「えー、ただの、こうこうでびゅーですよ」

 

「嘘をつけ」

 

「ほんとうです。よつばのうまれは、きゅうくつでした。せっかくすこしはなれたんだし、せいしゅんをたのしみたいんです」

 

 表情筋障害のせいで、達也ですら、その顔からどんな感情を持っているのかは読み取れない。目は口程に物を言うとことわざがあるが、その目もまた、精巧な人形に嵌められたガラス玉のように、感情を映し出さない。

 

「いままで、いろいろあって、ふとうこうでしたし。それに、わたしがみんなとなかよくなって、みゆきちゃんや、あにくんに、なにかわるいこと、あります?」

 

「……やっぱり、そうなるか」

 

 達也は演技半分、本音半分で、深いため息をつく。

 

 尋ねる前から、こうなるのは分かっていた。蘭はコミュニケーションを拒否してきてはいるが、一方でそこそこ弁は立つ。生まれつきの体質もあって、その本心は読み取れない。

 

 彼女の言っていることに矛盾はないし、彼女の行動を達也が気にする正当な理由もない。最初から、理は、全部蘭にあった。

 

(何も手掛かりはなし、か)

 

 深雪も分かっていたようで、思ったより感情的になっている気配はない。

 

「わかった、まあいい。確かに今のところ、デメリットはないもんな」

 

「ものわかりがよくてうれしいね、あにき」

 

 相変わらずこの御ふざけだけは腹立たしいが、我慢だ。

 

「急に訪問して悪かったな。お茶、ご馳走様」

 

「またいつでもきてねー」

 

 蘭は席から立たずに、見送ることもしない。なんとも無礼だが、それは今に始まったことではないのでもはや気にならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…………はあー」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 家を出てしばらく、二人は蘭から見えない曲がり角を曲がると、揃って、深い深いため息を、今度は本音十割で吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒羽蘭さんは優秀ねえ、生徒会に欲しいぐらいだわ」

 

 生徒会室の昼休み。真由美、摩利、鈴音、深雪、達也の、いつものメンバーでの昼食だ。

 

 時は7月中旬。前期試験の成績が全部出揃い、入学してから、進級してからの初めての成果が各生徒に返された所だ。

 

 それと同時に、生徒会には大仕事が待っている。生徒たちの代表としての、九校戦関連の運営だ。

 

 真由美が自分の端末で眺めているのは、一年生たちの試験成績ランキングと、その詳細スコアだ。当然、生徒個人のプライバシーにかかわる書類であり、生徒どころか教員でもそうそう表立ってみられるものではないが、もはや公然の秘密として、生徒会メンバーには代々許されている。

 

「そうですね。私も負けていられません」

 

「深雪さんにライバル視されては、彼女もなかなか大変でしょうね」

 

 親戚が褒められた社交辞令を深雪が発すると、即座に鈴音が中々鋭いコメントをくれる。和やかな昼食の時間だ。

 

 しかしながら、黒羽蘭の名前が挙がってしまうと、達也と深雪は色々と思うところがあるせいで、食欲が減退してしまう。5月以来その頻度が大幅に増えているせいで、若干深雪の健康に影響を及ぼしていた。達也は鉄人なのでこの程度は関係ないというのは余談である。

 

 そんなこんなで、こうして昼食時までも、生徒会は食事をしながら九校戦に関するあれこれの仕事をすることになっている。幸い、競技やルールの変更は去年から変更はない。ある程度面子が分かっている二・三年生たち本戦メンバーに関しては特にあらかじめ準備を進めていて、内々定メンバーで大体埋まっている。

 

 一方で、新顔である一年生たち新人戦メンバーに関しては、試験の結果と言う一番わかりやすい「実力」を測る資料が出ないことにはどうしようもなかったので、こうして今になって色々考えている、というわけだ。

 

「噂によると、黒羽は、ミラージ・バットとバトル・ボードに出たがっているんだっけか? 親戚から見て適性はどうだ?」

 

「ぴったりだと思いますよ。試験の結果を見ればわかる通り、移動・加速系が大得意ですからね」

 

 何せ規格外の深雪を越えるほどだからな、とは言葉にはしない。試験結果を見た時の深雪は大層悔しそうだったからだ。今刺激することも無かろう。

 

「ふむ、なら話は決まりか?」

 

「そうはいきません。女子成績三位の北山さんは氷柱倒しと早撃ち、光井さんは波乗りとミラージです」

 

「ああ、上位四人の競技が結構固まってるのね」

 

 女子競技は五つで、一人二つまで出場可能。当然最優秀成績者である深雪含むこれら四人は、ぜひとも掛け持ちで活躍してもらいたい。そうなれば多少かぶりが出るのは仕方ないが……埋まらない競技が一つでもあるというのは、非常にもったいない。

 

 特に光井ほのかと蘭は丸被りだし、ミラージ・バットに至っては、一位・二位・四位が被っているのである。これは非常にもったいないだろう。

 

「深雪さんは適性的に考えても、絶対ミラージと氷柱倒しの両方で一位を確保してほしいから、競技は動かせないわね」

 

「北山はSSボード・バイアスロン部で特に射撃が得意だから、遠距離攻撃主体の早撃ちと氷柱倒しは確定でいいだろう。被りも少ないしな」

 

「そうなると、やはり光井さんか黒羽さんを、ミラージからクラウド・ボールに動かしたいところですね」

 

 三年女子の間で結論が固まりつつある。これらの結論は非常に妥当で、達也と深雪にも基本的に異存はない。

 

「ほのかも蘭さんも、どちらの競技にも高い適性がありますね」

 

「ほのかはSSボード・バイアスロン部のボード捌きがすでに達人級で……あー、『光に敏感』だから、ミラージの光球が現れる瞬間をとらえるのも速い」

 

 ほのかはその名字からわかる通り「光」のエレメンツの出自である。それは生徒会全員が分かっていることだが、生まれについて吹聴するのもなんなので、達也は言葉を濁して伝えた。

 

「で、黒羽さんは……移動・加速系が深雪さんを越える圧倒的一位だから、とびぬけた適性がある、と」

 

 うーん、と全員がそれぞれらしい仕草で首をひねる。どちらも動かしがたい逸材だ。優秀すぎるがゆえに小回りが利かないという、贅沢な状態になっていた。

 

「それなら……体力的に勝る蘭を、クラウド・ボールにしてはどうでしょうか。あれは移動・加速系が強い競技だし、結構ハードでもあります。ほのかより適性があると言えるでしょう」

 

 打開案を示したのは達也だった。理屈の上でも言っていることは正しいし、また深雪と達也の心情的にも、蘭よりかはほのかの希望が叶ってほしかった。

 

「達也君が言うのならそうなんでしょうね。となると、あー、『説得』ってことになるんだけど……」

 

 そう言って真由美は、誤魔化すような、困ったような笑みを浮かべた。

 

 これも毎年の伝統行事である。出場枠や実力者が決まっている以上、本人の出場希望意志と作戦の都合が、どうしても合わないことがある。これは実力が足りないから競争に負けて、という話ならばなんら問題ないが、本人の実力が十分あって、完全にこちらの都合で希望をかなえられない、ということも毎年起こっている。

 

 そこで行われるのが、通称「説得」である。だが実際のところは、校内の有力者である生徒会役員が出向き、当該人物の友人などの外堀を固めたうえで、半ば強制的に折れさせる、という形になっている。ちなみに第一高校はまだ穏やかな方で、九校の中でも特に実戦的・軍事的側面が強い体育会系の第三高校は、もっとキツい「説得」があるとかないとか言われている。

 

「あいつはああ見えてかなり強情ですからね、骨が折れますよ」

 

 なんせ家の反対を押し切って第一高校に通ってるんだからな、というのも当然言葉には出さない。ただ、その言葉に込められた疲労感だとか哀愁だとかを敏感に察知した先輩たちは、「本当に骨が折れそうだ」と覚悟した。

 

「そう…………そうなると、私が出向くしかないかしら」

 

 入試成績はパッとしなかったこともあって、全く目をつけていなかった。そのせいで、生徒会室に集まるメンバーの「先輩方」に、蘭とかかわりがある者は一人もいない。部活動に所属していないから同じ部活の先輩もいない、生徒会には当然参加しておらず、風紀委員もいない。そうなると、親戚であり片方は同じクラスでもある司波兄妹をとっかかりとして、一番の「強者」である真由美が出陣するのが一番効率的だ。

 

((………………))

 

 仕方ないこととはいえ、達也と深雪は内心頭を抱えた。

 

 実はと言うと、こんな提案、達也はしたくなかった。絶対面倒なことになるからだ。だが責任感が強い達也には、腹芸が得意とは言えど、自分が面倒だからと言う理由で適当なことを言うことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、さっそく行きましょっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 席を立つ真由美を含め、ここにいる「先輩方」は、「いうてまあ説得は上手くいくだろう」という、軽い気持であったのは、達也と深雪にとって不幸であった。




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