「え? いやですよ」
「そうなるわよね。でも、少し話を……って達也君と深雪さんはなんでもう帰ろうとしているの!?」
「いやー残念でしたが仕方ありませんね。ご本人の意思ですし」
「すまなかったな蘭。ミラージ・バットとバトル・ボード、頑張ってくれ」
「ちょっとー!!!」
昼休み。美月たちと食堂で昼食を取っていた蘭へと声をかけて空き教室へと呼び出した、達也と深雪を連れた真由美は、蘭に競技の変更をお願いした。そして真正面から断られた。
ここまでは予想通り、そしてここからが生徒会長の腕の見せ所である。
心の中でそう腕まくりした直後に……とっかかり兼交渉サポーターとして頼りにしていた二人が、即座に諦めてこの場を去ろうとしていた。
真由美が必死こいて止めると、二人は心底面倒くさそうな――なんだか本性が垣間見えた気分である――表情で素直に戻ってくる。この二人は生徒会室で蘭の話が挙がると、少しだけ苦い顔をしていた。前々から思っていたが、親戚関係がうまくいっていないのだろうか。
「こんなすぐ諦めてどうするの!?」
「そうは言われましても……」
蘭を一旦放置して小声で二人を詰る。だが達也も深雪も、嫌そうな顔は変わらなかった。
こうなったら二人は頼りにならない。真由美はプンスカ怒りながらも、振り返って蘭の方を見るころには、頼りになる生徒会長の顔に戻っていた。
「ごめんなさい。でも、少し話を聞いてくれないかしら」
「まあ、きくだけならいいですよ。びじんさんと、ただでおはなしできるなら、おとくですし」
「あら嬉しいこと言ってくれるわね」
ほら見ろ。こんなすぐ諦めなくても、全然交渉の余地はありそうではないか。内心で、最近先輩としてプライドを傷つけられつつある優秀すぎる後輩二人にほくそ笑む。まだまだ甘いのだ、
「まず状況を説明するわね。ミラージ・バットには現在、深雪さんと光井ほのかさんと貴方、それに里美スバルさんが立候補していて、この四人から選ぼうと思っているの」
「だとうですなあ」
里美スバルは運動神経に優れた長身の中性的な少女だ。その女子としては恵まれた体格とそれ以上の運動神経と魔法力、そして生まれ持っての性質は、ミラージ・バットにおいて力を発揮するだろう。学年女子一位・二位・四位と並んでもなお候補として名前が残り続ける確かな実力がある。
「氷柱倒しは深雪さんと北山さんと明智さん。遠距離攻撃と破壊力に優れた三人よ。ここは確定でいいと思うわ」
「どうかんですなあ。はかいしんも、ひとりいますし」
「さて、破壊神って雫と明智さんどちらのことなのでしょう」
「言いたくはないが多分深雪だぞ」
蚊帳の外になりつつある兄妹が後ろで雑談しているが無視だ。
「早撃ちは北山さんと明智さん、それとあと一人はまだ本決まりじゃないけど、操弾射撃部の新入生が今年はすごく優秀だから、そこから選ぶことになると思うわ」
「しゃげきまほうしがえらばれるのも、めずらしいですねえ」
「詳しいわね……」
「お兄様、今のはどういう?」
「スピード・シューティングは一見クレー射撃みたいな的当てゲームだが、実際は魔法で破壊すればいいから、移動物に照準を合わせなければいけない射撃系魔法よりも、直接干渉して破壊する魔法の方がメジャーなんだ。ちょっとした皮肉だな」
ちなみにその競技で、射撃魔法師にも関わらず一年生のころから優勝を重ねているのが、ここにいる真由美である。今年も優勝するだろう。
「それで波乗りは、貴方と光井さん、残りはまだ決まっていないわね。どちらも適性があるし、この二人は確定よ。だからこっちについては安心して」
「でしょうなあ」
それにしても、ものすごい自信である。自分が候補筆頭として名前が挙がっても、それを当然と見なしていた。そして、そう見なしても文句が一切ないほどの実力と実績がある。
「あとはクラウド・ボールなんだけど……これは里美さんは確定しているんだけど、残りがイマイチなのよ」
「ほうほう」
「それでね、トップクラスの実力者が集まってしまってるミラージ・バットから、一人クラウド・ボールに移るのが、戦力分配的に一番効率がいいの。それはわかるわね?」
「ですな」
「それでね、里美さんはもう参加していて動けないから……光井さんか黒羽さんの、どちらかに、動いてほしいのよ。生徒会で相談したところ、貴方は移動・加速系がとても優れているし、運動神経も高いから、クラウド・ボールに適性があると判断しました。改めてお願いします、クラウド・ボールに出て頂けませんか?」
「すじのとおったはなしですなあ」
「じゃ、じゃあ!?」
真由美は喜びすぎて身を乗り出す。その顔には、嬉しそうな笑みが爛々と輝いていた。
「だがことわる!」
そしてその直後に、思い切りずっこけた。
背後で深雪が吹き出し、ツボにハマってプルプル震えながら笑いをこらえている気配が伝わってくる。
「…………理由を聞いても?」
だがここで真由美も引きさがるわけにはいかない。交渉は、こちらが一方的に理由を説明するのではなく、相手が持つ理由を切り崩していくことも大事だ。
「ひとつ、みらーじ・ばっとは、おんなのこのあこがれです。ずっとでたかったんですよ」
(どの口が言うんだ)
背後の達也が、平然と嘘を吐く蘭を内心で詰るが、そんなことは真由美にはわからない。ミラージ・バットが非常に華やかで女子競技の花形であるため、むしろこんな奴でも年頃の女の子であると認めている真由美は、それに納得せざるを得ない。なんなら真由美だって出たいのだ。
「もうひとつ、すでに、みづきちゃんと、やくそくしているので」
真由美はそれを聞いてピンとこなかったが、達也と深雪はすぐに気付いた。
「柴田美月と言う自分のクラスメイトがいます。美術部で、蘭と仲が良いんです」
「美術部……ああ、そういうことね」
達也の補足を聞いて、真由美はついに納得した。
美術部の女子と仲良くて、その子とミラージ・バットについて約束しているというなら、合点が行く。
「まー、そんなわけで、まげるわけにはいかないんで、ほのかちゃんにたのんでください」
蘭が並べたもので、真由美に通じる理由は十分すぎる。ここの切り崩しも、今は難しいだろう。
代わりにほのかに交渉しろ、という追い打ちも痛い。そもそも、蘭とほのかなら蘭の方が成績が良いのだ。それならば本人の意思が固い以上、ほのかに交渉するのが筋である。
「そう……わかった。お時間とってごめんなさい。その、まだ本決まりにはならないから……気が変わったら、いつでもお願いします」
「はーい。かわいいおんなのこと、おはなしできて、たのしかったですよ」
交渉は決裂した。
真由美はそれでも穏やかな笑みを浮かべて、蘭を見送る。そして蘭が教室を出ると同時に、しれっと私たちは真面目に交渉に参加しましたみたいな神妙なツラして立っている二人を睨んだ。
「次の交渉、行くわよ」
「ほのかのところですか?」
深雪が問いかける。この流れならば、それは当然だろう。
だが、真由美は首を振った。
「こうなったらこっちにだって意地があるわ! その柴田美月さんに交渉よ!」
ギャンブルで身を崩すタイプだな、と、生徒会長に対して後輩二人は冷ややかな目を向けた。
☆
とはいえ、真由美の方針は、客観的に見てもさほど無茶ではない。
特に仲が良い、いわば親友との約束。美しい理由だ。だがそこを切り崩して、さらにその親友からも説得に回ってもらえれば、俄然真由美たちに有利になる。
そして美月は達也のクラスメイトで、なんならそれなりに一緒に過ごすお友達グループだ。当然、深雪とも交流があろう。交渉のとっかかりとして、二人を使いまわせる。
さらにさらに、達也によると、美月は多少図太いところはあれど基本的に大人しくて控えめな優等生だ。真由美の美貌と権力と実績を引っ提げて、下手に出てお願いすれば、折れてくれる可能性は十分にある。
そういうわけで放課後――真由美は昼休みに直接行くつもり満々だったが残り時間が厳しかった――に、達也は美月を用があるからと呼び止めて、校内のカフェに呼び出した。これで高校生ならクラス内で告白だなんだと噂になりそうなものだが、あいにくながら、入学三か月で達也に「そういうもの」がないというのを、クラスメイトはすっかり分かり切っていた。
「え、ええええええ!?」
そうして校内のカフェに呼び出された美月が見たのは、案内された席にすでに座っていた、深雪と真由美であった。
静かなカフェの中で思わず素っ頓狂な声を上げる美月。当然目立った。だが彼女が声を上げたこと自体は目立つ理由ではなかった。周囲は彼女の大声ではなく、真由美がそこにいるということそのものに「まあ驚くよなあ」という同情を示し、それゆえに目立っていたのである。
「そ、その、か、会長さん?」
「はい。改めて初めまして、生徒会長の七草真由美です」
その腹の底に飼っている小悪魔を表に出すことなく、可憐かつ優雅に挨拶をする。なんら権力者・実力者の風格を前面に出すことないおしとやかな態度だが、逆にそれが彼女の風格を引き立てていた。当然、計算ずくである。
達也たちはそれとなく誘導して、事前に打ち合わせしておいた席に美月を座らせた。壁際に美月と真由美が正面で座る形になり、真由美側の隣に深雪が、美月側の隣に達也が座るセッティングだ。メイン交渉役の真由美、美月から恐れられてるフシがあるため視界に入る位置にいれておくことでイニシアチブを狙える深雪がその隣。美月の隣の達也は、資料等を即座に見せられるサポートとしての位置だ。ちなみに、達也に塞がれる形になっているため、美月が
「は、はじめまして……一年E組の柴田です……」
「今日はいきなり呼び出しちゃってごめんなさい、ここは私が奢るわ」
「い、いえ、そんな……」
「せっかくだから奢ってもらえ、美月。確か期間限定のなんか果物のクリームが一杯乗ったドリンクを気にしていただろ?」
達也の気安げなサポートにより、美月は幾分か緊張と遠慮が和らいだ様子で、それを頼んだ。今メニューにあるドリンクの中で断トツお値段が張るメニューではあるが、これぐらい真由美の財布には痛くない。それはそれとして達也にはムカつくが。
「そ、それで、何の御用でしょうか?」
全員分それぞれのドリンクが届き、それぞれが一口飲んだところで、美月が焦ったように用件を切り出す。控え目な性根だというのは本当のようだ。
「まず、全国魔法科高校親善魔法競技大会……いわゆる九校戦が、近々行われるのはご存知ですか?」
「それは、はい、存じています」
「親善競技大会とは言っても、各校、優勝を目指して、本気で準備に取り掛かっています。わが校もここずっと連続優勝しているので、今年も本気で狙いに行きます」
「はあ……」
美月には未だに話が見えてこない。二科生だし魔法力も低い自分には、縁のない話だ。
「そこで、代表選手の選定にも細心の注意を払っているのです。幸い今年の一年生は特に女子が優秀で、人が足りないということはほぼありません」
「深雪さんと蘭さん、雫さんとほのかさんで、十五ある枠の半分が埋まってますからね……」
さすが二科生ながら筆記試験の成績優秀者だ。こういうところの計算も速い。今年の一年生は本当に頼りになると内心で嬉しそうな笑みを浮かべながら、表では頼りになる生徒会長の穏やかな笑みを浮かべつつ、言葉を繰り出す。
「ですが、優秀すぎるというのもこれはこれで融通が利かないもので、編成上の不都合が発生してしまいました。こちらを見てもらえるかしら?」
真由美の言葉に達也が阿吽の呼吸で資料を渡す。これは昼休みから突貫で鈴音に作らせた、一年生女子の候補と競技分配の表だ。
「御覧の通り、ミラージ・バットには実力も適性も飛びぬけた希望者が揃う一方で、クラウド・ボールは少し候補者が足りていない状態です」
「確かにそうですね」
里美スバルの名前は知らないだろうが、深雪と蘭とほのかはお友達グループだから、その実力と適性をよく知っているだろう。控え目だが、自信なさげな様子ではなくスムーズに頷いた。
「それで、生徒会で相談した結果、黒羽蘭さんに、ミラージ・バットから、クラウド・ボールへ移ってもらえるよう、昼休みにお願いしました」
「あれってそういうことだったんですか!?」
あの昼食の席には美月もいた。蘭が戻ってからどんな用件だったか尋ねたところ、「いけめんにいちゃんと、びじんのおねーちゃんふたりと、おはなし、たのしんできた」と答えられ、反応に困ったのを覚えている。まるで夜の街で遊んできたかのような言い方だった。見た目は精巧な人形のようなのに、発言は主に性的な面でお下品なのが玉に瑕である。
「はい。それで、やはり参加の意志が固くて断られてしまったのですが……その理由の一つに、貴方の名前が挙がったんです」
「え、そんなそこまで……」
続く真由美の言葉への反応は、真由美たち三人からすれば、だいぶ予想外だった。
想定では、話のつながりが見えてきて、自分に交渉を向けてきていると察した彼女がさらに慌てると見ていた。
ところが今の彼女は、驚き半分嬉しさ半分の表情で、ほんの少し顔を赤らめて、少し裏返った声で小さく呟いただけだった。
なんだかアヤしい関係の雰囲気が漂うが、そこは今は関係ないことにする。大事なのは、交渉だ。
「柴田さんは、美術部だと伺っています。ミラージ・バットは、その競技の性質上、衣装にさほど制限がないので、毎年それぞれ趣向を凝らした格好で参加しますよね? 柴田さんは、黒羽さんと、衣装づくりの約束をしていたんじゃないかしら?」
「はい、そうです」
ビンゴだ。
真由美はほくそ笑む。
ミラージ・バットにあこがれていた表情筋と声帯に障害がある可愛い女の子が、親友に衣装を頼んで参加を決意する。こんな立場でなかったら、全力で応援するような関係だ。
「それで……しかし、先ほどの話もあって……」
「そ、そうなりますよねえ……」
ようやく察した美月が、困った様子になった。少し回り道があったが、ようやく想定の状態へとたどり着いた。
「その衣装の進捗はどうですか? もう制作に取り掛かっているようだと、こちらも無理は言わないつもりですが……」
「えっと、まだデザインだけです。昨日あたりに蘭さんとすり合わせが終わって、これから材料を揃えようと……」
(ギリギリでしたね)
(ああ、動くのがタッチの差で間に合った)
真由美の言う通り、すでに材料を買ってしまっていたら、こちらはもう何も言えなくなっていただろう。これで当落線上ギリギリの選手候補ならば「気が早すぎる」で一蹴できるが、実技学年二位かつ競技に関わり深い移動・加速系に関しては深雪を越えて一位の実力者であるため、代表になるのを信じて疑わないのは当然である。現に、まだ本決定ではないのに、深雪が今の二つの競技の代表になることを、達也は一片たりとも疑ってなかった。
「そう、ならよかったです。では、お願いがあります。こうした事情もあるので、貴方からも、黒羽蘭さんに、クラウド・ボールに移るように、お願いしてほしいんです」
さあ、どうなる。
ここが真由美たちにとっての正念場だ。達也の見立てでは、混乱して後日改めてお返事をするという形で保留すると考えている。その見立ては、深雪も同意だ。
「えっと、その……」
美月はあちこちに目線を逸らしながら、迷っている様子だった。じっと見つめてくる真由美から目をそらして達也と深雪に助けを求めるが、二人も同じく口を開かず彼女を見つめるだけ。
あわあわ、どうしよう……という心の声が聞こえてくるかのようだ。目元には涙が浮かび始めている。
(悪いことをしましたね……)
当然、それを見ている深雪は、罪悪感が湧いてきた。彼女がこういう性格だと知って、そこを突く形の交渉だからだ。
そうしてしばらく、気まずい沈黙が続いた。
美月は視線をあちこちに巡らせて、それが五周ほどほどしたところで――俯いてしまって、腿の上に置いていた拳をギュッと力強く握り、同じぐらい眼も強く閉じた。
真由美が、達也が、深雪が、そして話に聞き入ってしまっていた周囲ですらも、彼女を見つめる中――数回深呼吸をすると、意を決したように、顔を上げる。
分厚い眼鏡の向こうには、強い意志が宿る目があって、真正面の真由美を正面から見つめる。
それを見た真由美は、思わず、笑みをこぼしてしまった。
「申し訳ありませんが、それは出来ません」
美月は震えた声で、それでもはっきり、そう言った。
「確かに、事情は分かります。でも、蘭さんは大切なお友達なんです。前々からずっと、ミラージ・バットに出たいと言っていました。きっと、本当に、心の底からの夢だったと思うんです。それを、諦めてとは私には言えません」
美月はそう言い切るとスクッと立ち上がり、「ごめんなさい、それと、ドリンクごちそうさまでした」と言って、達也に目線で道を開けるよう促し、カフェを後にする。
「…………それで、どうするんですか?」
しばしの沈黙。
深雪がそれに困っていたのを見かねた達也が助け舟を出すように、真由美に問いかけた。
「んー、まあしょうがないわね。あそこまで言われちゃ、私たちには何も言う権利はないわ」
あーあ、どうしよっかなー。
そう続けながら、思い切り背もたれに身体を預けて、気の抜けた格好で天を仰ぐ。深いため息までセットになっている。だがしかし、その顔は、不思議と晴れやかだった。
「ほーんと残念。参ったわねえ」
そんなだらしない姿勢のまま、自分が注文しただいぶ冷めた紅茶を一気に飲み干す。その動作は決して品が良いとは言えないはずだが、不思議と、どこか貫禄があった。
「まあでも、あんなふうに思い合えるお友達が出来たってことだから、生徒会長としては、ちょっと嬉しいわね」
その言葉を聞いた達也と深雪、そして周囲は、真由美のことを改めて尊敬した。
☆
「ここが練習場?」
「うん、ここで蘭さんたちが練習してるの」
吉田幹比古が、最近話すようになったクラスメイトである美月に連れられて来たのは、校内に設けられたミラージ・バットの練習場だ。夏も盛りなので日の入りは遅く、そんななかでも光球ホログラムが見えやすいように、空に巨大天幕を張るなどの工夫が凝らされている。言ってしまえばたかだか親善競技会なのに、ずいぶん金と手間がかかっていることだ。
ミラージ・バットの新人戦代表については、校内でも噂されている。実力も見た目も、ともに過去最高の学年だと、あの渡辺摩利を三年生に擁する第一高校全体ですら言われているのだ。無根拠ではなく、実際に素晴らしいのだろう。
参加メンバーも知っている。
司波深雪。最近話すようになったきな臭い雰囲気を放つクラスメイト・司波達也の妹で、新入生代表で生徒会役員。その実力は当時のあの克人にも並ぶほどとされている。多くを語る必要がない実力者だ。
光井ほのか。達也たちのお友達グループの一人。どんな魔法が得意とかはよく分からないが、成績は学年トップクラスらしいので、きっと素晴らしい魔法師なのだろう。何やら競技ごとの戦力バランス云々でクラウド・ボールに変更になりかけたらしいが、達也が本人がメンタル面で弱いことを考慮して、バランスが悪いのを承知でこのままにした、みたいな話を聞いたことがある。
そして黒羽蘭。入試ではパッとしなかったが、最初の試験では学年二位。入学してからの成長著しいと評判らしいが、幹比古の見立てでは、入試では緊張かなんかで本調子でなかったに過ぎないと推察している。そんな都合よく魔法力が向上したら、今の幹比古はここまで苦労していない。主に美月を呼ぶためにしばしば二科生の教室にも顔を出す――しかも「おいっすー」とか「やっほー」とか見た目と表情に似合わない軽さでE組のちょっとした名物になりつつある――ので、幾度か幹比古も見たことある。
当然、三人だけでこの大規模な会場を使うのにはもったいないので、上級生たち本戦組も同時に練習している。これは後輩の指導も兼ねているのだろう。
二人がついたころには、ちょうど一区切りついたところらしく、感想戦をやっている。
「うわあ、深雪さんと蘭さん、先輩たちに負けてないよ」
校内の士気を高めるために練習は大々的に行われて、しかも野次馬も楽しめるようにスコアなどが大きく表示されている。表示されたスコアを見ると、一位はやはり渡辺摩利だが、なんと僅差で深雪と蘭がそれぞれ二位・三位になっている。そうなると四位・五位の上級生と、だいぶ離されて六位のほのかは、立つ瀬がないだろう。現に、微妙に落ち込んでるほのかを、担当エンジニアらしい達也が慰めている。
「すごいな……」
美月がそんな感想戦を眺めている横で、幹比古はスクリーンに映し出されたリプレイ映像を見ていた。六人の少女が広い空間を跳び回り、踊るようにホログラムの球をステッキで打ち抜いていく。全員がハイレベルなため、それだけでもかなり派手な映像だが、幹比古はもっと深いところまで一瞬で観察した。
深雪が狙いを定める、小さい上に高い所に出現した玉。深雪がそれを打ち抜く直前、摩利が横から絶好のタイミングでかっさらい、さらにあえて落下加速をして深雪の落下軌道に横入りして邪魔をする。かと思えば、ギリギリまで邪魔になる位置に居座った直後に空中で方向を変えて急加速して、二人が争っている隙にと空いた高ポイント球を狙った蘭に対しても邪魔を入れた。
練習と言う割には、摩利の顔は必死だ。大先輩として後輩に「こういうこともあるぞ」と体験させている感じでもなく、今ここで勝つために、「駆け引きをさせられてる」ように見えた。
摩利の実力なら、本来の一年生相手ならば、自分のやりたいことをやりきれば圧勝のはずだ。だが、あの二人相手にするとなると、彼女ですら、「駆け引きをせざるを得ない」というわけだ。
彼は気づかない。自分のその目線が、競技慣れしている一科生や上級生ですら、すぐには見当がつかないレベルであることを。魔法は未だスランプだが、その感性と知性は、「神童」と称された少年にふさわしいものだった。
「うぃーっすみづきちゃん、きょうもきてくれたんだ」
そうしてリプレイに見入っていた幹比古は、突然聞こえてきた機械音声によって現実に引き戻された。見るとそこには、身体のラインがぴっちり浮き出る練習着を着て、先ほどまでこの炎天下で運動していたの言うのに汗一つかいていない精巧な人形のような無表情の美少女が立っていた。
黒羽蘭。美月の親友ともいえる同級生で、あの摩利に本気を出させる実力者だ。全体的にほっそりとしていてその顔は深雪にも劣らない美少女だが、身体のラインがはっきり出る練習着だというのに、いまいち色気はない。スタイルは悪くないのだが、全体的に起伏が極端に少なく、また身長が小柄な美月よりも小さい。痩せ気味の小さな女の子みたいだ。
だがその存在感はすさまじい。基本的に堂々としているからか見た目以上に大きく見えるし、顔立ちは怜悧さを感じさせる。そのくせ口から出るのは、声も内容も変なもの。自然と気を惹かれよう。
「となりのぼーいは?」
「あ、クラスメイトなんです」
「吉田幹比古だよ、よろしく」
「おーよろしく、よしだくん」
名字で呼ばれるのは気に入らないから下の名前でよろしく、なんて初対面の美少女に言えるほどこなれていない幹比古は、そう言おうとして口ごもる。明らかに挙動不審だが、蘭はそれを特に気にしなかった。
「すごかったですね! 渡辺先輩や深雪さんと競ってましたよ!」
「もーすこしでかてそうなんだけどなー。いまのところ、ぜんぶ、さんいです。まあ、ほんばんは、いちい、とりますよ」
これはビッグマウスではないのだろう。あの深雪に勝つと言うのだから、この世の魔法師ほぼ全員にとってビッグマウスになるはずだが、彼女の戦いぶりを見ると、あり得そうに感じる。
「ほう、言ってくれるじゃないか」
そこに登場したのが、ほのかを慰め終えた、深雪を連れた達也だ。彼にしては珍しく、表情はライバル心と、そして自信に満ちている。幹比古は、達也がここまで感情をあらわにしているのを見るのは初めてだった。といっても、これはあくまで達也基準であって、今もなお周りと比べたら表情は薄いのだが。
「今のところ全敗だったな? 深雪はここからさらに成長する。こう言っては何だが、二位狙いを今から覚悟しておけ」
「ほー、いうじゃんか、にいちゃん。じゃあ、わたしがゆうしょうしたら、なにしてくれる?」
「何でもしてやるさ。どうせ無理だろうがな」
「ん? いま、なんでもするって、いったよね?」
「た、達也? 大丈夫かい?」
「…………安心しろ。こっちには秘策もあるしな」
「達也さんは蘭さんのエンジニアはやらないんですか? 同じ競技なら大体担当するものですけど」
「蘭についてはすでに完成されてるから、俺があれこれ弄りまわしてもしょうがないからな。一応担当だが、本当に微調整程度だよ。……当然、今の賭けがあるからといって、手を抜いたり贔屓したりするつもりはない」
傍で聞いていた幹比古と美月は、達也の安請け合いとそれを聞いた蘭の妙な威圧感から、心配になってしまう。達也も若干後悔した雰囲気はあるが、隣の深雪の表情を見るに、自信はあるらしい。
「それよりも、蘭。当然、こっちがお前に本番で勝ったら、なんかしてくれるんだろうな?」
そして獰猛な笑み――幹比古と美月が鳥肌が立つほどの迫力だ――を浮かべて、蘭に迫る。
これはチャンスだ。絶対負けない賭けなのだから、たとえ貰えるのが駄菓子だろうと、やり得である。
「えっちなことするつもりなんでしょ! えろどうじんみたいに! えろどうじんみたいに!!!」
「……………………お兄様?」
「待て、深雪、誤解だ。見ての通り、あいつがいつも通り変なことを言い出しただけで……ああ、周りに人がたくさんいる……これは終わったな」
前門の深雪、後門の周囲。
蘭の叫びによって生まれた地獄のような誤解を解けたのは、もう九校戦が始まる直前の事であった。
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