友達と海に来て、ビーチで遊ぶ。
想像していた高校生の青春だ。
だが、期待していたわけではない。自分にこんな、クラスの人気者たちみたいな遊びをするような関係の友達は、できないと思っていた。
だがこうして、自分は少し大胆な水着にチャレンジして、校内で人気の女の子たちとスポーツで目立った活躍をした男の子たちと一緒に、しかもプライベートビーチでのびのびと遊んでいた。
「ん? 美月、どうしたの、ぼーっとして」
「え、ああ、ごめんね。遠くの景色見てたら、色々考え事しちゃって」
太陽がさんさんと降り注ぐ昼間だというのに、このどこまでも続くような水平線は、人を容易く思考の海へと沈め、上の空へと浮遊させる。なんとも罪作りなことだ。
そして、そう、罪作りと言えば。
こんなに素晴らしい青春の一ページを綴っているというのに、それを最高のものにしてくれなかった、高校生になってからの一番の親友のことを思い出す。
「また考え事してる」
「え、えへへ……」
こんなところに来たところで、人の本質は変わらない。幼いころから賢くて頭がよく回るがゆえに、時折こうして考え込む癖がついてしまっているのだ。
「何考えてるか、当ててあげよっか?」
「ええ!?」
そんな彼女の鼻先に、エリカが悪戯っぽい顔をして綺麗な指を突きつける。常に剣を振るって修行しているらしいが、幼いころから常にやり続けてきたゆえに、もはやタコすらできないとかなんとか言っていたのを思い出された。
「ずばり、蘭のこと考えてたでしょ」
「……ご名答」
まあそうなるだろう。美月はそう観念した。
「でもホント残念ねー」
「でも久しぶりの実家だもん、仕方ないよ」
そう、このお友達グループで、お金持ちの雫の家にお呼ばれして、プライベートビーチを楽しむという、誰しもがうらやむようなイベントに、一人だけ参加できなかった少女がいる。それこそが、美月の親友である、黒羽蘭だ。
彼女の実家は愛知にあり、高校へは一人暮らしで通っていて、この夏休みに実家に帰っている。一般人なら不思議ではないが、魔法師は大抵家族仲がうまくいっていないので、帰省しない生徒も多い。だが、九校戦に来て一緒に観戦した、あの可愛い弟と妹とは仲が良さそうなので、そういうことはないのだろう。きっと三人で遊んでいるに違いない。
「だったらさ、写真撮って、蘭に送ってあげたら?」
「うん、そうだね!」
名案だ。
早速美月は端末を取り出し、エリカと並んで、自撮りツーショットを撮影する。そしてやや離れた位置でビーチバレー――雫のかけ引きが上手すぎて深雪とほのかが押され気味だ――をしている三人を撮影し、最後に目いっぱいの望遠モードを使って、かなり沖の方で競泳している男子たちを撮る。
みんな楽しそうだ。きっと蘭も喜んでくれる。
そうして、少し元気になりながら、美月はこの写真を、蘭へと送信した。
数分後、「もっとお尻とかおっぱいをよく写して。せっかくの水着だし」と返信が届き、それを見たエリカが八つ当たり気味に美月の端末を海の藻屑にしようとしたのもまた、きっと青春の一ページだ。
☆
チャンスとピンチが同時に降り注いできたと思ったら、ピンチが裏ドラとしてついてきた。
今の幹比古の気分としては、おおむねそんな感じである。
論文コンペには、九校の生徒の希望者から選ばれたメンバーで編成する会場警備隊が設置される。いくら世界が変わっても、いくら魔法師であり軍事関係の進路に進むものが多かろうと、まだ未成年の集まりでしかないので、本格的な部分は国防軍や警察が担う。それでも、鍛え抜かれた屈強な見た目を持ちかつ特別と言える力を持つ若者が物々しい装備で複数人固まっていれば、生半可な意志の悪人は計画を取りやめるだろう。この組織には、そうした意図がある。
一方で、これは生徒・警察・国防軍・警備会社、全てにメリットのあることだ。そういった関係に進むことが多い魔法科高校生は、将来の練習やコネクションの形成が見込める。警察・国防軍・警備会社側も、将来有望な子供を見つけたり、それとコネクションを結んだりできる。また、九校合同で肩を並べて同じ仕事をするという協同をすることで、生徒の人格形成に良い影響が見込めるという面もあった。
そんな感じで、本格的な役割は求められていない。それでも、生徒たちは本気だ。それゆえに、運動系部活動を越えるような本格的な訓練も日常的に行う。
今日は、本番まであと一週間と一日ということで、その中でも特にハードな訓練の日であった。
それは、総隊長を務める克人一人と、警備隊十人の、人工森林を使った模擬戦だ。
そんな大きな訓練に、モノリス・コードで見込みありとされた幹比古が、特別に招待されたのである。
舞い込んできた大きなチャンスと、そしてあの克人と戦わされるというピンチが、同時に訪れた。
そして今は――別のピンチを抱えている。
「それで、なぜ黒羽がここにいる?」
克人は腕を組み、参加者全員を見回して問いかけた。実際の所、彼はただ疑問に思って質問しているだけなのだが、そのシチュエーションと雰囲気から、全員が、怒られていると感じていた。
「なにやら、はでなこと、するみたいじゃないですか。まぜてもらおうとおもいまして」
(こいつに話すんじゃなかったあああああ!!!)
冷静を装いながら、幹比古は頭を抱える。昼食をいつものお友達グループで一緒に食べている時に、ぽろっと漏らしてしまったのだ。別に秘密のことではないのだが、ここにきてそれを激しく後悔した。
「知っているだろうが、これは遊びではない。分かっていて参加しようとしているのか?」
「もろちん」
美少女から飛び出した突然の下ネタに、一部の純情男子が顔を赤らめ――なんてことはない。全員そんなことを気にしてる余裕はなく、顔は真っ青のままだ。
だが、克人は――下ネタだと気づかなっただけだが――それに動じず、元々の参加メンバーを見回す。
「黒羽の実力については分かっている。九校戦は見事だった。だが、これは戦闘だ。黒羽の戦闘能力が、この訓練に参加するに足ると説明できるやつはいるか?」
まずい。
幹比古は、まるで鬼の始祖に睨まれた下級幹部のような気持ちになる。
今回の参加メンバーには蘭のクラスメイトはいない。結果として、親しい友達である幹比古が、ここで説明する羽目になるのが、確定的だった。
「みきひこくんから、きいてください」
シラを切ることもできるかと思ったが、蘭から無慈悲に指名された。
泣きそうになりながら立ち上がり、克人に目線で促され、説明を始める。他参加メンバーの同情の目線が逆につらかった。
「えーっと、その……九校戦や試験の成績はご存知かと思いますが、魔法実技面においては、学年トップなのは間違いありません」
「知っている。実用面でも競技を見れば見事な腕なのは確かだ。だが、実戦となると話が別だ」
技術の発展著しく、魔法は、十分代替可能な技術が普及している。魔法が魔法以外の技術に対して代替不能な優位を持っているのは、いわば暴力の行使のみだ。そんな需要のため、優れた魔法師は戦闘が得意だし、戦闘ができる魔法師が優れた扱いをされるような評価基準が広まっている。
だが、そこから外れる優秀な者も、確かに存在する。例えば、二年生主席で現生徒会長の中条あずさ。彼女の魔法の腕は、得意部分においては、克人や真由美ですら及ばないほどだ。機転も効くので、いざという危機に頼りになることはあろう。だが、本人の体格やフィジカルや運動神経やメンタル、そして魔法の得意分野が、とにかく戦闘に向かない。
そのような者がいるのを知っているからこその、克人の質問だ。蘭は見た目上は身長も女子平均より小さく、細身であり華奢だ。整った容貌と体質により動かない表情のせいで、精巧なお人形と言う印象が強い。口を開けば軽薄かつ下品そのものだが。
「……それについても、保証します。むしろ蘭は、競技よりも、戦闘の方が得意です。女子モノリス・コードがあったら、一年生でも本戦代表になれるぐらいには」
幹比古は、勇気が萎えてしまわないうちに、一気にそう言い切った。
たとえ認められなくても、これだけは伝えておきたかった。
蘭は間違いなく、実戦的な戦闘魔法師だ。
彼女の本気を見たことはない。
だが――本気で戦ったことはある。
モノリス・コード新人戦に代理として出陣する前夜。少しでも連携を確かめようと、レオと二人がかりで軽い模擬戦をしてもらった。
今でも思い出すたびに悔しくなる。レオと幹比古は、全く本気を出した様子がない蘭に、完全に遊ばれたのだ。
攻撃はわざと紙一重で避けられて、向こうからの反撃は一番得意だという遠距離攻撃ではなく、頭にポンと軽く手を置かれるだけ。だというのに、一度も攻撃を当てられず、頭を触られた回数は数えきれないほどだった。本番前日に自信をへし折りに来る馬鹿がどこにいるのだという話だが、「明日の相手はこれより弱いから気が楽だろ」とあっけらかんと言い放った達也に言いくるめられたのも、いい思い出だ。
こちらは二人がかりでしかも本気、あちらは本気ではない。それで完敗した。
その模擬戦を通して、幹比古は理解した。
蘭は――間違いなく、実戦経験がある。
それも、達也や深雪と同じで、一度や二度ではない。あの親戚たちは、間違いなく、とんでもない血筋でつながっているのだろう。
だからこそ、幹比古は、克人の迫力に腰が引けようと、これだけは自信を持って言えたのだ。
「よかろう。黒羽の参加を認める」
とりあえずピンチを乗り切ったが、すぐ後に元々あったピンチが来るのを、この一瞬だけ、幹比古は忘れていた。
☆
厄介極まりない。
人口山林の中を堂々と闊歩しながら攻撃を退ける克人は、内心で後輩への評価を上げた。
蘭の提案により、克人一人が警備側で、十二人が山林に逃げたゲリラという想定での模擬戦となった。
選りすぐりなだけあって、アマチュアの寄せ集めだというのに練度はそこそこ。だが、実戦のプレッシャーには慣れていないようで、破れかぶれの突撃が連続するのは少しばかり残念だ。
そんな中でも、ゲスト参加であるはずの幹比古と飛び入り参加な蘭の仕事が、克人としては嬉しい誤算だった。
まず幹比古はプレッシャーに負けることなく、慎重かつ老獪に、それでいて攻めるべき時は大胆に攻めてきて、未だに克人からダメージを貰っていない。
そして蘭は、ひたすらにちょっかいをかけてきて、少しずつこちらを消耗させてくる。決して自分一人だけでは仕掛けず、破れかぶれだろうと誰かが仕掛けたと同時に、どこからともなく高速で枝や石や土塊を飛ばしてくるのだ。その一つ一つの速度は音速に近く、直撃すればかなり痛いし、当たり方によっては怪我は免れない。そちらに意識を割かざるを得なくて、そのせいで破れかぶれだろうと選りすぐりの生徒によるそれなりの質の攻撃が、何度も克人に直撃しかけた。
実践的な、ではなく、実戦的な魔法師である、という幹比古の評価は正しいらしい。顔には出さないが、立派な後輩がいてくれたことに、心の中で少し笑みを浮かべる。
だがそれはそれとして容赦はしない。残った幹比古をついに追い詰めて、最終決戦に近い状態だ。
幹比古は上手に逃げて、木々の密度が比較的高い場所に克人を誘い込み、そのあたりにあらかじめ集めていた精霊を同時に活性化させ、多種の攻撃を四方八方から仕掛けた。
(これは!)
克人は目を見張る。
そして、この訓練中に使うつもりがなかった、一番使い慣れた番号を汎用型CADに入力し、一瞬で魔法式を構築して行使する。
それと同時に、その多種の攻撃全てが、退けられた。
『ファランクス』。全系統と無系統の障壁魔法と、『情報強化』『領域干渉』を、絶え間なくランダムに次々紡ぎだす事で、全ての攻撃を防ぐ、究極の防御魔法だ。十文字家の基本技にして得意技にして必殺技である。
その性能はこの訓練で使ってしまってはあまりにも一方的になってしまうもので、自主的に封印していた。だが、克人は、幹比古に、これを「使わされた」のである。気持ち的には、自主的なものとはいえ反則みたいなものであり、負けに近い。
だが、幹比古はそれに満足していない。ついに現れた『ファランクス』に、警戒はしても、おびえたり絶望したりすることはない。
(面白いやつだ)
素晴らしい後輩に敬意を表して、少しばかりギアを上げて対処しよう。
そうして反撃に動こうとした克人は――即座に出鼻を挫かれ、足を止めざるを得なかった。
これまでと比較にならない、対魔法師用ハイパワーライフルもかくやというほどの速度で一気に何発ものパチンコ玉が飛来してくる。克人と言えど、ほんの少し本腰を入れなければ防げない。
その隙に幹比古が距離を取り、がむしゃらに攻撃を仕掛けてくる。
さすがにまずいと思い、克人はさらにギアを上げた。展開した障壁魔法は、防ぐだけではなく、反射に設定。
突然全ての攻撃が自分に返ってきた幹比古は、それを防ぎきれなかった。電気ショックを食らってしまい、即座にダウンする。
だが、あの高速のパチンコ玉は、手ごたえがない。その全てが木々に深くめり込んだだけ。
「後は黒羽だけだな」
模擬戦で、当たりどころが悪ければ死、悪くなくても重傷は免れない攻撃を、安全圏から一方的に仕掛けてくる。克人を学生だからと言って、過小評価していない。これは、相当「本気」だ。
「……骨が折れそうだな」
九校戦の様子を見る限り、開けた場所でも、この森林のような障害物が多い場所でも、単純な速度はすでに蘭に負けているだろう。追いつくには、どれだけ時間がかかるだろうか。
それでも克人は迷わず、それなりに距離を取って気配を消しているはずの蘭が潜んでいる方向へと、迷わず足を向けた。
☆
訓練終了。幹比古はその後も校内で色々お手伝いしていた。その途中トラブルで美月の豊満な胸を鷲掴みしてしまうトラブルがあったりもしたが、特にこれと言って大きな事件はなかった。今は、学校からの帰り道である。
「全く、蘭のやつはどこまでもマイペースなんだから」
飛び入り参加するならせめて事前に言ってくれれば覚悟も出来たのに。
普段は論文コンペの手伝いをせずさっさと帰宅し、かと思えば今日は訓練に飛び入り参加、そして終わったらまたさっさと帰る。自分勝手ここに極まれりだ。確かに、成績優秀とはいえ彼女にしかできない仕事はほぼないのだから、別に帰っても文句は言われないだろうが……。
『いつもすぐ帰りますけど、何か用でも?』
『げーむがしんはつばい』
数日前の美月と蘭の会話を思い出す。あの場にいた全員が呆れ果てていたが、達也と深雪は呆れ方が少し違って、気になったので後でこっそりと事情を聴いてみた。
『確かにあいつはゲームとかネットとかのネタをよく話すけど、そんな熱心に触ってないぞ。新発売のゲームも、買ってすらいないだろうな』
さすが親戚だからか、いろいろ事情を知っているらしい。達也だから、隠すことはあっても嘘はつかないだろう。少なくとも蘭のように、「しんせきだから、しってます。ここだけのはなし、たつやおにいさまと、みゆきちゃんは、まいにちいっしょに、おふろにはいってます」みたいな質の悪いジョークは言わないだろう。
『あいつは帰ったら、いつもやってるあの小規模魔法の練習を家でやっているか、近所の山で魔法訓練しているかだよ』
蘭の嘘に呆れていた彼が、この説明をするときも呆れていた様子だった。昔から変わらない、と言っているみたいである。
これが本当であろうことは、今日の訓練でよく分かった。あんな華奢な女の子が、人工とは言え森林の中を魔法を併用してあそこまで高速移動なんて、できるはずがない。あれは、度重なる訓練のたまものなのだろう。へらへらしているように見えて、蘭は、人に見えないところでも人一倍努力していたのだ。だからこそ、あの実績と実力なのである。
「蘭にも、負けていられないな」
いつの間にか呼び捨てするようになった少女を思い浮かべながら、幹比古はいつもやっている自主修行により気合を入れることを決めた。
ご感想、誤字報告など、お気軽にどうぞ