「…………で、助っ人って、その二人?」
「お久しぶりです」
「今後ともよろしくお願いいたします」
集合場所には幹比古とエリカが先についていた。
『蘭が連れてくる助っ人ってどんな人なんだろう』
『賭けない? ろくでもないほうにアタシは全財産賭けるわ』
『賭けにならないね』
待っている間にそんな会話をしていたが、現れた助っ人は想像の斜め上とも言えるし斜め下とも言えるような、ろくでもなさだった。
「そういうわけで、すけっとの、あやこちゃんとふみやくんでーす」
平然と、蘭は言ってのける。
蘭が連れてきた助っ人は、まだ中学生の、可愛い可愛い妹弟であった。この二人の人格は、九校戦で一緒に観戦した仲なので知っている。非常にマトモだ。「ろくでもない」のは、助っ人本人ではなく、この子たちを連れてきた蘭本人に当てはまる言葉になってしまった。
「正気?」
エリカはもはや怒る気持ちすら失せた。あるのは、ただただ失望である。
この報復は、危険だ。それも、仕事ですらなく、報酬もない、私的なもの。ましてや一応の予測はついてはいるが依然として正体が完全に判明しているわけではない相手である。それに対して、中学生を連れてくるのは、非常識を通り越して、クズのやることだ。それも、可愛がっている妹と弟だろうに。
幹比古も心の底から本気で蘭を咎めようとしたが、エリカの放つオーラに気おされて、口を閉じる。今のエリカは、蘭が少しでも気に入らないことをすれば、この場で切り捨てそうな迫力があった。
当然の話だ。魔法師は、高校に入学するまでは実践的・体系的な学びを中々得られない。故に中学生と高校一年生の間には大きな壁があるし、一年生と二年生の間にも大きな壁がある、というのが定説だ。逆に、二年生と三年生の間には言うほど大きな壁はない、というのも定説である。だからこその、九校戦のルールだ。
全く、やっぱり遊び気分だったか。
幹比古も失望を隠さず、深いため息を吐く。真冬の真夜中に吐き出されたそれは、彼の気分と呼応するように白けていた。
直後、声が、「真後ろから」聞こえる。
「まあ、そうなりますよね」
「お姉さまも人が悪いですわ」
「「――っ!?」」
幹比古とエリカは、全身が総毛立った。手足の先まで驚愕と恐怖に浸され、本能に任せて後ろを振り返り、臨戦態勢を取る。
そこに立っていたのは――可愛らしい恰好で可愛らしい笑顔を浮かべる、亜夜子と文弥だった。
「ね? なかなかやるでしょ?」
そして同じ場所に立ったままの蘭が、二人の背中に、いつも通りの声で問いかけてくる。
「中々なんてもんじゃないよ……」
「心臓が止まりかけたわね」
エリカの冗談は、冗談では済まされない。
もし亜夜子と文弥が、二人を殺すつもりだったら――今頃、心臓が止まっていたに違いないのだから。
☆
「それで、パラサイトに対する有効性はどれぐらいってわけ?」
気を取り直したエリカが問いかける。どんな事情があるのか分からないが、やはり司波兄妹の親戚で、黒羽蘭を輩出しただけあって、カタギではないらしい。だがそれはここでは気にしないことにする。そして、戦闘能力は十分だと身をもって知らされた。
だとすれば、あと二人に、いや、蘭含む三人に求められるのは、対パラサイトの有効性だ。
「まー、もうかくすのもげんかいですし、いっちゃいますね」
「僕たち三人は、精神干渉系魔法の使い手なんです」
「…………びっくり箱は達也だけで十分だよ?」
幹比古はなんとかジョークをひねり出すが、その内心は、荒れ狂っていた。
(せ、せせ、精神干渉系魔法!?)
魔法にもいくつか種類がある。
まず基本的なものが、系統魔法と呼ばれる四系統八種だ。この世の物理・化学的現象を改変する。知覚強化魔法や探知魔法も大体ここに当てはまる。
それと無系統魔法。サイオンを直接操作する魔法で、物理・化学的現象を直接改変するわけではない。サイオンの塊を飛ばしたり壁にしたりする、改変するわけではない『領域干渉』『情報強化』、などがここに当てはまる。
そしてそれらに当てはまらないのが、系統外魔法だ。幹比古の操る精霊魔法もその一種で、あくまでも改変をしているのは独立情報体である精霊が対象である。
その系統外魔法の最も代表的で、そして禁忌とされているのが――精神干渉系魔法だ。
その有効性と非人道性から、開発がある程度進んでくると、禁忌扱いを受けたのである。その魔法の使い手と言うだけで魔法師界からは排除された過去があるし、今もそれは続いている。また魔法師の魔法使用には明文・非明文様々な制約が存在する中で、精神干渉系は特に厳しく制限されている。もはやその存在すら忌み嫌われていると言っても過言ではない。それこそ、今まで盛んに開発していたくせに、協力していたはずの使い手が
(黒羽……九も六も八も当てはまるじゃないか!?)
途端に、今まで全く気にしなかった苗字の妙が、幹比古にのしかかる。それとともに、彼女たちと親戚である達也・深雪も、「司波」が「四」「八」どっちの音もあることに気づく。それにあの横浜の地獄の中で、幹比古は、深雪が世にも恐ろしい精神干渉系魔法で、人間を「ただ生きているだけの像」に変えてしまう様を見ている。
親戚同士だという親友。そこに、血族単位で精神干渉系魔法の使い手と言う「数字落ち」らしき要素が加わり、一気に複雑な社会的あれこれを考えさせられる羽目になった。
こんな精神コンディションで大丈夫だろうか。
「……そう」
幹比古があれこれ悩む中、エリカがすでにお疲れ気味の様子でなんとか声を絞り出す。
「蘭お姉さまが移動・加速系が得意なのはご存知かと思いますが、それは生まれつき得意だったわけではなく、それを重点的に磨いたからです。実際一番才能があるのは、精神干渉系なんですよ。ちなみに僕も、精神干渉系が一番得意な系統です」
「私は、蘭お姉さまと文弥ほど得意ではありませんが、使い物になる程度は嗜んでおりますわ」
精神干渉系魔法を「嗜む」ってなんだ? そう突っ込みたいところだが、これ以上藪を突いたら毒蛇がマシンガンのように出てきそうなので、エリカとアイコンタクトをして、ここでヤメにする。
ともかく、三人がとても頼りになるのは分かった。パラサイトは精霊と同じような存在だとすれば、その体は基本的にプシオンである。系統魔法は効かないし、精神干渉系魔法しか効かないということすらあり得る。世間が禁忌扱いしようが、貴重な戦力なのは確かだ。
「えー、そうなると、アタシが一番役立たず?」
そうして話しているうちにそろそろ捜索開始しようか、となり、幹比古の「棒占い」を先頭に、どこか牧歌的な雰囲気で雑談が始まる。だが、これはエリカなりに、みんなの緊張をほぐそうという目論見だ。
「そんなことはありませんわ。エリカさんは、この中で突出して近接戦闘に優れていらっしゃいます。吸血鬼に触れられると精気を吸われるそうですが、レオンハルトさんほどのお方ですら一瞬で倒れるほどですから、私たちではひとたまりもございません。それに対して、直接触れずに剣で戦えるエリカさんは、むしろ探索と知識の面で引っ張ってくださる幹比古さんと並んで、このメンバーの中軸ですわ」
「あら、口の上手い後輩は大好きよ?」
即座に亜夜子がエリカを否定し、褒めたたえる。しかもただのお世辞ではなく、理に適った言い方だ。分かれ道で二度目の棒占いをしながら、「外との交流で大変な目にあっているんだろうな」と、亜夜子の境遇に同情する。実際半分ぐらい間違ってはいないが、没落し差別される中で必死に生き抜く少女ではなく、圧倒的優位な立場で他者を出し抜く乙女の顔をした女傑なのだが。
「この占いって、どういう仕組みなんですか?」
「あー、えーっと、なんていえばいいかなあ……」
楽し気にエリカと亜夜子が話している一方で、文弥が一旦探索魔法を終えた幹比古に話しかける。これは古式魔法の中でもさほど秘密に類するものではないが、ある程度は隠しておいた方が、相手に遠慮させすぎない。
「棒に呪文が刻まれてるんだけど、これは現代魔法で言うところの刻印魔法で……パラサイトみたいな『妖怪』を探すのに使うんだ。普通の生物とは違うオーラとか波動……これは現代魔法で言うプシオンかサイオンか、はたまた未知のナニカかははっきりしてないんだけど……を読み取って、そっちがいる方向に倒れてくれるようになってる。まああいにくながら、正確性は今一つ…………と、言いたいところだけどね」
歩きながら解説をしているうちに、だんだんと空気が変質してくる。それに伴って、幹比古の声が、急に小さく、低くなった。
怪しい存在の気配。同じ気配を、エリカと亜夜子と文弥も感じ取った様子だ。蘭は分からないが、こちらの様子を見て察してくれれば幸いだ。
「ちょっとしつれい…………」
そんなことを考えていると、件の蘭が、一番最初に動き始めた。懐から取り出すのは銃弾。事前に説明を受けていたが、これを移動・加速系魔法で飛ばして、実際の銃器のように戦うつもりらしい。
「何してるの?」
「いました。えんきょりそげき、こころみます」
えげつない。
幹比古は、蘭の作戦に恐怖と感心を半々ずつ覚える。そういえば、九校戦のミラージ・バットでも、優勝のためにあまりにもえげつない戦法を選んでいた。御ふざけが多い一方で効率主義者、と以前達也だかがぼやいていた言葉が、今になって実感された。
そしてまた一つ驚きなのが、蘭の視力だ。真っすぐな道のかなり遠くの方に、レオの証言通りの姿かもしれない人影が、辛うじて見える。昼間でも人がいるとしか分からない距離だし、ましてや今は夜。恐らく、いつの間にか知覚強化魔法でも使ったのだろう。
「そげき、かいしします」
蘭の手から、弾丸が三つ、高速で離れる。その一秒後――
――蘭が急に、走り出した。
「ちょ!」
「何!?」
遠距離狙撃を見守るつもりだったところに、蘭が急に動き出した。これに混乱した幹比古とエリカは、うろたえることしかできない。そんな二人を置いて、文弥と亜夜子は姉を追いかけて走り出している。そしてそれにかなり遅れて、二人も動き始めた。
走っていく視線の先。蘭が単独で、体中に隠していた大量の弾丸をばら撒き、その全てを吸血鬼らしき人間に殺到させる。その速度は、音速の倍だ。
「一人で突っ走るって何事なのよ!?」
エリカの怒声が響く。幹比古も同感だった。なんだかパラサイトに関しては、蘭の態度が奇妙極まりない。
その直後、見たことない現象が起きた。
全身を超音速の弾丸で打ち抜かれた人間は生きているはずがない。実際、力なく倒れ伏すところだ。
だが、それは突然、莫大なサイオンの気配を放出して――
「自爆!?」
――幹比古が目を見開く。
パラサイトが憑りつく人間に固執しない以上、その可能性は蘭から言い含められていた。だが改めて目の前で見せられると、感情的に信じることができない。
ついに吸血鬼は、全身から魔法を迸らせた。射程圏内にいるのは、至近距離の蘭だけ。全てが、彼女に襲い掛かるだろう。
だが蘭は、自爆の可能性を示唆した本人なだけあって、事前に準備しておいたであろう、防御魔法と自己加速魔法で、防御と回避に成功する。それどころか、幹比古でも見えるほどにプシオンを活性化させ、五寸釘のような形にし――何もない空中へと放った。
そして腕に巻いた汎用型CADを即入力し、見たことない魔法を起動する。その魔法式は、何もない空中でなぜかとどまっているプシオンで作った五寸釘のあたりに投射された。
「お姉さま焦りすぎです!」
そしてようやく追いついた文弥が、プシオンを活性化させ、それを砲丸程度に固めて、勢いよくその魔法式のあたりへと放つ。
そして――そのプシオンの塊は、何かにぶつかったように弾け、また不可視の粒子となって散っていった。
☆
「このバカ!」
追いついたエリカは、独断専行した蘭に殴りかかろうとする。幹比古はそれを羽交い絞めにして止めるが、気持ちはエリカと同じだ。そして幹比古と同じような目線を、彼女を慕っている弟妹である亜夜子と文弥も、戸惑いが半分入りつつ、蘭に向けている。
「すみません、そげきしっぱいして、にげられるかとおもって」
「そんなん最悪逃がしときゃいいのよ! 安全優先でしょうが!」
結果的に、蘭は死ななかったし、パラサイトは仕留められたらしい。
だが、あくまでも、それは結果論だ。
仲間にすら予想外の、蘭の独断専行。亜夜子はああは言ったが、この中で純粋に魔法戦闘が一番強いのは蘭のはずだ。彼女を失うべきではないし、そもそも殺されかけたとはいえ殺されてはいない状態での私的な報復で、こちらが死んでは元も子もない。
「……きょうにがしたら、こいつらは、べつのばしょでかつどうします。ぎゃくに、ここでいっぴきでも、てきずをおわせれば、やつらはとどまるでしょう」
「…………どういうこと?」
蘭の言い回しは、どこか変だった。
こいつ「ら」。やつ「ら」。まるで、吸血鬼……パラサイトが、複数体いるかのような口ぶりだ。
そして、その習性を、確信をもって知っている。
「お姉さま。私たちも、ぜひ聞きたいですわ」
「ここはもう、隠すのはやめませんか?」
亜夜子と文弥も何か不審に思ったのか、蘭を問い詰める。その様子は、訳ありげな蘭ほどではないが、どこか気が急いているように見える。家族だからこそわかる、根の深い何かを、そこには感じた。もしかしたら蘭は、こんなことを、過去に繰り返していたのかもしれない。
「…………せいしんについて、ぶんせきするうちに、そのじょうほうにかんする、せいれいがいることも、なんとなくわかってました。かくしんは、なかったのですが」
衝撃の事実。
今日の昼休みと、お見舞いに行ったとき。蘭は、パラサイトについて、当初は知らなかった様子だった。
だが、実は、「確信はなかった」とは言うものの、その存在には最初から思い当っていたらしい。やたらと察しが良くて理論的に正体を掴むと思ったら、そういうことだったようだ。
「せいれいは、じぶんから、わるさをしません。みづきちゃんから、きいています。ものりす・こーどで、みきひこくんや、たつやおにいちゃんに、つかわれているせいれいが、うれしそうにみえた、ともいっていました」
「……その感覚は、よくわかるね」
現代魔法の理屈で説明された精霊――独立情報体は、当然、意思を持たないとされている。
だが、その核がプシオンでできていることが確認されているし、術者である幹比古自身、「龍神」などという大きな精霊を下ろした経験も含めて……そこに、純粋な幼子のような意識を、感じることはあった。
「でも、せいしんのせいれいは、ちがうんです。わたしたちを、えさとみています」
パラサイトの定義によれば、そういうことになるだろう。精霊と違い、精神情報の精霊と仮定しているパラサイトは、明確に人間を「捕食対象」としてきた。
「なんとなく、そういうののそんざいを、むかしから、わかっていました。なんとしても、たおさなければ、なりません。じゃないと……わたしたちが、いっぽうてきに、ぜんいんたべられます」
その蘭の説明に、幹比古たちは、並々ならぬ迫力と、強い意志を感じた。
「そんな、じゃあ今までのは……」
「あ、いえ。あれはしゅみはんぶんです。そのながれのなかで、たまたま、うすうすかんじたというか……」
「……じゃあ、半分は素で自分の意志であれを続けていたと?」
「はい」
「「さすがです、お姉さま!」」
三人の間にはやはり色々とあるらしい。その会話は、幹比古とエリカは蚊帳の外だった。
「そう……じゃあ蘭は、パラサイトを、なんとしても倒したいんだね?」
「はい」
この短い返事に、初めて、蘭の深い深い本音を感じた気がした。
普段から自分勝手にジョークを飛ばす彼女も、きっと素なのだろう。あれも本音だ。
だがそれは、彼女にとって隠す必要がない本音だった。
それでもたった今、彼女は、ようやく深い所の本音で語ってくれた。
「…………分かったわ。色々考えているのは」
エリカは、剣の柄にずっとかけていた手を下げる。一旦、矛を収めようということだ。
「でも、こんな焦って独断専行するような奴に、背中は任せられない。一匹倒したことだし、今日はもうお開きにしましょう。頭冷やして、今後のことは明日、改めて」
「そうしたほうが良さそうだね」
「もうしわけないですねー」
エリカの言うことはもっともだ。その言葉に従って、今日は解散する運びとなった。
☆
パラサイトに憑りつかれていた死体を回収して四葉の手先に渡し、分析をお願いした。
その後、家についてから、蘭がぽつりとつぶやく。
「ずっとかくしてて、ごめんなさい」
「…………何か、お考えがあっての事でしょう?」
蘭らしくもなく、明らかに憔悴した様子だ。弱音というか愚痴を隠さないタイプではあるが、今の彼女は、亜夜子と文弥ですら見たことない、本当に弱っているように見える。
「僕たちは、お姉さまのことが、大好きです」
「ですから……これ以上は、何も追及いたしません。お姉さまに、ついていきますわ」
ずっと隠されていた。あの異常な訓練と実験への執着は、いつごろからかは分からないが、彼女なりに「危険な存在」を感じ取ったのが、半分由来しているらしい。その大本はやはりストイックなまでの向上心だ。「生き急いでいる」、「焦っている」、そんな彼女の生きざまは、そのストイックさに、未知の存在への恐怖とそれを何とかしようとする正義感から来ていることが、実に10年越しに分かった。
そのことが、二人には、たまらなく嬉しい。そして、そんな大事なことを、自分たちに曝け出してくれて、しかも自分たちを頼ってくれた。
(今度は、私たちが――)
(今度は、僕たちが――)
二人の脳裏に浮かぶのは、屈辱と怖気と、そして温かさと愛の記憶。
『ひとのだいじな、おとうとと、いもうとに、なにしてくれとんじゃこらああああああああ!!!』
油断から自分たちが死にそうになった時。
仲が良くなかったはずの蘭がそう言って、その身を犠牲にして助けてくれた。
ならば、この命は、蘭のものも同然。
((――お姉さまを助ける番です!))
ベッドで川の字で寝ながら、二人は決意を新たにした。
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