魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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 吸血鬼と赤髪の鬼との戦いを見てから、美月の様子がずっと変であった。

 

 心ここにあらずと言った感じで、話しかければ曖昧な反応するが、またすぐに中空をぼんやり見つめてしまう。

 

 あの二体の鬼の戦いは確かに高度だったし、相応にプシオンが飛び散っていて、それに中てられたのかもしれないということで、今晩はもう解散と言うことになった。吸血鬼と謎の強者の戦いを映像で録画できたのだから、収穫としては十分だった、というのもある。

 

「なるほどな……」

 

 真夜中に蘭からかなりの容量となる動画ファイルを送り付けられた達也は、それを魔法的・物理的、持ちうる限りあらゆる技術を以て解析した――わけではなく、はるかに設備が整っている四葉に転送して、その結果を朝に受け取っていた。別に一晩や二晩寝なくても大丈夫だが、だからといって寝不足は良くない。これは正しい判断だ。

 

 まず吸血鬼。CADを使っている様子は全くなくて、それでいて速度はCAD使用魔法師に劣らないどころか、上回っている。呪符の類も使っていないところを見るに、「超能力者」であると見て良いだろう。

 

 そして赤髪の鬼は、見た目に反して、かなり正統派の魔法師だ。速度・威力・隠密性のバランスが良い。ただ、どこか焦っているようにも見えるらしく、よく見ると、戦闘中であることを差し引いても表情が常に厳しい。

 

 そして四葉の情報網は日本国内に限定すればとんでもなく広くて深い。そんな四葉にすら、この赤髪の鬼はヒットしなかった。つまりは――USNA勢力で、もう間違いないだろう。

 

 また体の動かし方の癖、着地音から想定される体重、魔法やサイオンの性質から――その正体も、ある一人に断定された。

 

(レディーにこんなこと考えるのは無礼かもな?)

 

 達也は、妹と二人きりの登校中のキャビンの中で、資料を見返しながら苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 その正体は――USNAからの留学生、アンジェリーナ・クドウ・シールズだった。

 

 

 

 

 

 決定打は、魔法云々ではなく――着地音から想定される体重だ。

 

 どうやら姿を誤魔化す魔法を使っているらしいが、体重までは誤魔化せなかったらしい。

 

 そしてこの金髪の天使を赤髪の鬼へと変貌させている魔法は、四葉の資料によると、単なる幻影ではないらしい。

 

 

 

 

 

 

仮装行列(パレード)

 

 

 

 

 

 十師族の一角・九島家で開発され、九島烈の弟を通じて、その孫であるリーナにまで伝わったのだろう。元々は古式魔法で、「化け物」の類から自分を守るための魔法であった。座標情報を改変することで、直接改変する魔法にエラーを引き起こさせ無効化する。それに、姿を変える効果も付け加えたものが、『仮装行列』なのである。これも、古式魔法なら専門家にということで九重八雲に今朝確認とって、お墨付きをもらっている。

 

「かなりのカードが揃ってきたな」

 

「どうやら、クライマックスは近いようですね」

 

 キャビンで向き合いながら、二人は年頃の兄妹とは思えないほどに互いを近くで見つめ合い、そして深くうなずいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな二人にとってさらなる緊急情報がもたらされたのは、昼休みの事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その、昨日はごめんなさい。なんていうか、逃げていくパラサイトが、なんだか気になっちゃって……」

 

 昨日の夜に参加した蘭、美月、幹比古、エリカに加えて頼れる相談役として達也と深雪が参加する、恒例になりつつある昼食時の会議。今回は、食堂でこんな話をすると目立つので、人気のない実技棟の一角にこっそり集まっている。そこで美月が、蘭から様子が変だったことを尋ねられて、一晩立って落ち着いたのか、ようやく説明してくれた。

 

「あの赤髪の人が吸血鬼を倒した後、身体から、何だか形の定まらない光の球みたいなのがフラーっと飛び出て」

 

「ぱらさいとですねえ」

 

 精霊に近い存在という仮定が正しいとすれば、光の球に見えるのも不思議ではない。

 

「それでその、見えたと思ったら、その瞬間に……光の球から、細い触手がたくさん伸びてきて――」

 

 美月はここで言葉を切る。

 

 見ればその目の焦点は定まらず、顔面からは血の気が引き、体が震えていた。

 

「みづきちゃん!」

 

 蘭が珍しく声を強めて、美月を抱きしめる。

 

 それでわずかに顔色が良くなった美月は、まるで縋るように蘭に身体を預けながら、絞り出すように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――その触手を、私たちに向けたんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「な!?」」

 

 真っ先に立ち上がったのは、幹比古と達也だった。

 

 それに少し遅れて、エリカと深雪の顔がさらに険しくなる。

 

 パラサイトが触手を伸ばしてくるとは、どういうことか。

 

 ――間違いなく、こちらを害そうとしていたことに他ならない。

 

 そしてそのことに気づいたのは、見えてる美月だけだった。

 

 つまりは、あの中で、美月以外は――自分たちが攻撃されようとしているのに、全く気付かなかったということである。

 

 それをよくわかっているからこそ、エリカと深雪が反応したのだ。

 

 だが、幹比古と達也は、さらに深いところまで思考が踏み込んでいる。

 

「柴田さん、落ち着いて、ゆっくりでいいから……質問に答えてほしいんだ」

 

 自分が焦る心を必死に抑え、水を飲んで深呼吸をしてから、幹比古が務めてゆっくりな声で、質問をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その触手は――『誰』を狙っていた?」

 

「多分――私、です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也と幹比古が天を仰ぎ、額を覆う。

 

 それと同時に、美月を抱きしめ続ける蘭が、身じろぎをした。

 

 しかしそれに気づかない美月は、また訥々と語り始める。

 

「その、確信はないんだけど、伝わってくる『意志』みたいなのが、私に向いているような気がして……それがなんだか、私たちを餌と見なしているだけじゃなくて、寂しさとか、孤独とか、焦りとか、そういうのもたくさん伝わってきて…………」

 

 幹比古の布があってもなお、いや、それがあるからこそ、パラサイト自身の意志のような何かの波動も、美月は感じ取ってしまった。だからあの時は、それに中てられて、ぼんやりとしてしまったのだろう。

 

「……みづきちゃん、ごめんなさい。これは、わたしのせきにんです」

 

「全くだ。一体どうしてくれる?」

 

 心なしか、蘭の声に覇気がない。それに対して、達也も普段の御ふざけを咎めるのとは違う、明らかに本気で責めている声音で詰っている。一方幹比古は、自分自身に責任を感じているように、沈痛の面持ちだった。

 

「どういうことですか?」

 

 訳が分かっていない深雪が、兄に質問する。

 

「みづきちゃんは――」

 

 だが、代わりに口を開いたのは、蘭だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――みづきちゃんは、パラサイトに、みいられました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場の空気が冷え込む。

 

 人気がない場所とはいえ遠くから聞こえていた他の生徒たちの声が、もはや別世界の遠くに感じる。まるで、極限まで透明にした分厚いアクリル板で仕切られているかのようだった。

 

「ぱらさいとはいま、じょうほうじげんと、ぶっしつじげん、そのりょうほうに、どうじにそんざいしているじょうたいです」

 

 自分を抱く蘭の顔を、美月は不安げに見上げる。まだ何を言っているか、理解できなかった。蘭は、そんな彼女をより一層強く抱きしめながら、説明を続ける。

 

「わたしたちがみえないのは、そのそんざいに、あくせすできないからで、ひまほうしが、さいおんこうがみえないのと、おなじことが、おきてるんです」

 

「それは分かるわよ」

 

「ですが、みづきちゃんは、みえます。そして、みてしまいました。うかつです。まったくそうていしていませんでした」

 

 あれだけ頼りになって、あれだけどんな場面でもいつも通りで。

 

 そんな蘭が、自身を抱きしめる手を、震えさせている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――『みた』ことで、ぱらさいととみづきちゃんに、ゆいいつむにの、つながりができてしまったんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見る。

 

 それは古来から、魔術的に大きな意味があった。

 

 例えば、顔を見るというのは、古来より日本においては、名前を知ることと同じく、侵犯を意味する。それゆえに、位の高い女性や天皇は、人に顔を見られないようにした。今も古式ゆかしい形式を守る神道における儀式も、ご神体を見るのは、ごく限られた神職だけだ。

 

 例えば、ある古代の民族では、王との謁見の際、ひれ伏しつつ、尻を向けながら会話した。現代の感覚だと失礼だが、「見る」という行為に、大きな意味を見出していた証拠である。

 

 例えば、邪視。見つめることで呪いをかけるという古くからの風習だ。それは古式魔法として伝わってもいるし、現代魔法にも様々な形で受け継がれている。

 

 このように、「見る」という行為は、魔法的に大きな意味がある。

 

 今回のように、宿主を失ったパラサイトが、本来見えるはずのない自分を「見ている」人間を見つけたとしたら。より物質から離れた、情報生命体であるがゆえに魔法的意味の影響を受けやすいパラサイトならば――美月に酷く惹かれても、不思議ではない。

 

 美月とパラサイト。その両者の間に――物理的距離では意味がない、魔法的つながりができてしまったのだ。

 

「そんな……」

 

 ついに理解した美月と深雪とエリカの顔から、血の気が引く。

 

「…………みづきちゃんはこれから、ぱらさいとに、『ねらわれる』でしょう」

 

「っ! あんたね!」

 

 エリカが奥歯をかみ砕かんばかりに噛みしめながら立ち上がり、蘭に殴りかかろうとする。それを察知した達也が即座に制止するが、エリカの怒りは収まらない。

 

「あんたが! あんたが、美月を参加させようって言ったんじゃない!?」

 

「……ごめんなさい」

 

「謝ってすむと思ってんの!?」

 

「落ち着くんだ、エリカ」

 

「これが落ち着いていられるわけないでしょ! 独断専行して、その次にはこれよ!?」

 

「それを認めたのは僕たちだろうが!?」

 

 幹比古の激高。

 

 からかわれて声を荒げることはあっても、激高することは今までほぼなかった。

 

 そんな彼の怒声に、エリカは驚いて少し冷静になり――そして、頭に上っていた血が、また、さあっ、と一気に引いていく。

 

「そうじゃない。アタシたちだって、お願いしたじゃない……美月、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 立ち上がっていたエリカは、膝から崩れ落ち、座り込む。そして頭を下げ、懺悔した。

 

 蘭だけではない。幹比古もエリカも、この可能性に思い当らず、美月の参加を支持した。危険だからと止めていた達也と深雪も、この可能性には思い至っておらず、最終的には認めてしまった。

 

 全員が。

 

 全員が――美月を、危険な目に遭わせたのだ。

 

 美月はこれから、自分以外には見ることも感じることもほぼできない、そして逆らう手段がほぼ無い、未知の存在から、狙われ続ける。今まで見てきた吸血鬼となった人間を見るに……その末路は、どう考えても、凄惨なものだった。

 

 絶望が場を覆う。

 

 達也と深雪が、自分の立場や友情をすべてかなぐり捨て、四葉の全てを動かして、美月を守ろうとすることすら心に決めた、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――まだ、やりようはあります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その元凶とも言える蘭が、口を開いた。

 

 その声は、こんな時でもいつも通りの、平坦な機械ボイス。

 

 だがそこに籠った感情の密度を感じ取り、全員が、蘭を見た。

 

「ここに、ぱらさいとにねらわれるそんざいが、ふたりいます。みいられたみづきちゃん、それに、ぱらさいとのほんたいをころしたわたし」

 

 そうだ。

 

 蘭の作戦は、元々、なんとかパラサイトに手傷を負わせて、自分に注目を集めさせて東京に釘付けにするというものだった。つまり、我が身を釣り餌にして、危険な戦いを続けることを選んだ。美月もそうだが、その危険の中心に、蘭は自らなっている。

 

「ぱらさいとは、ぜんいん、れんらくをとりあって、ごうりゅうするでしょう。そして、そのぜんいんで、いそいでわたしとみづきちゃんを、ねらいます。そのめだったうごきにあわせて、USNAぐんも、あつまるでしょう」

 

 蘭が話すのは、地獄絵図の未来予想。

 

 まだまだ高校生である二人の女の子を中心として、異国からの来訪者である軍人たちと、異界からの来訪者であるパラサイトが集結し、この東京でぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここです。ここをねらうしかありません。そうりょくせんで……あつまったぱらさいとを、いっきに、たおしきりましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八方塞がりに近い幹比古たちは、蘭の作戦に乗らざるを得なくなった。




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