魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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14ー7

 2096年1月19日、夜。

 

 住宅街から離れた、夜になると全く人気がなくなる、ご時世か遊具がほとんどなくて殺風景で開けた大きな公園に、それぞれが決死の覚悟を決めて、子供たちが集まっていた。

 

 黒羽蘭、吉田幹比古、柴田美月、千葉エリカ、司波達也、司波深雪、黒羽亜夜子、黒羽文弥。

 

 高校一年生6人、中学三年生2人。男女入り混じったその集まりは、夜の公園ということもあって、不健全な集まりにも見えよう。

 

 だが、違う。

 

 この集まりは、不健全ではなく――人類のために、親友のために、家族のために、二つの強大すぎる敵に立ち向かおうとする、幼い戦士たちだった。

 

 パラサイト。異界から迷い込んだ化け物。人間に憑りついた吸血鬼状態では、CADなしで魔法を使用し、肉体に未練がないゆえに躊躇がなく、触れられれば一瞬で精気を多量に奪われる。本体は見ることも感じることもほぼ不可能で、憑りつかれたら最後、吸血鬼に堕ちるほかない。

 

 USNA軍。世界最大の大国で、それを支える最強の軍隊だ。その中心的役割を担う、魔法師部隊・スターズ。その中には、世界最凶の魔法師・十三使徒の一角である、アンジー・シリウスもいる可能性が高い。

 

 それに対して立ち向かうは、8人の子供たち。その背負う役割は、あまりにも大きかった。

 

「作戦を再確認する」

 

 リーダー的立ち位置である達也が、引き締まった表情の7人に、事前に立てていた作戦を、あらためて説明する。

 

「ここにパラサイトが集まり、それを追うUSNA軍も集まり、両者はぶつかり合う。そこに俺たちが介入して、二正面作戦を行う」

 

 強大すぎる二つの勢力を相手に、二正面作戦。あまりにも無茶だが、それをできるだけの戦力が、彼女たちにはある。

 

「まずUSNA軍。こちらは、俺と深雪、それにエリカが担当する」

 

 達也と深雪は最高戦力だ。この二人だけでも、プロ魔法師数十人、いや、それ以上に匹敵する。さらに、すでに世界最高の白兵魔法師になりつつあるエリカも参戦する。数こそ少ないが、対人戦におけるこの三人は、「戦争」に等しい戦力となる。

 

「パラサイトは、奴らに有効打を持つ、蘭、幹比古、文弥、それに『視る』力でサポートできる美月が担当だ」

 

 黒羽家として精神干渉系魔法に強い適性と武器を持つ蘭と文弥、古式魔法師として化生を倒す技術を受け継ぎ磨いてきた幹比古、唯一パラサイトを明確に知覚でき、さらにそれらを引き寄せるようになってしまった美月。相手が相手だけに、手厚い布陣だ。深雪は『コキュートス』という対パラサイトの必殺技を持つが、蘭や幹比古と違って「なんとなく感じる」ことすらできず、またUSNA軍の相手をしてもらわないと厳しいため、こちらには参加しない。

 

「亜夜子は遊撃だ。両方を駆けまわって、厳しい方をサポートしてくれ」

 

 その両方の役割を担うのが亜夜子。『疑似瞬間移動』によって、蘭ほどではないにしろ、この中でもトップクラスのスピードを出せるため、両方の戦場を素早く移動できる。黒羽家の生まれのため、蘭と文弥ほどではないが精神干渉系魔法の攻撃手段は十分あるし、また『極致拡散』は夜闇の状況も手伝って、百戦錬磨のUSNA軍すら混乱させるだろう。また、戦闘だけではなく、両方の連絡役も彼女だ。片方の状況が悪くなったら即座に伝え、増援や撤退を促す。

 

(一応、揃えられるだけの「裏」も揃えた)

 

 そしてこれは秘密だが、四葉の即座に動かせる下っ端たちが、遠巻きに待機している。これは四葉関係者にしか伝えていない。急なことだったので下っ端しか集められなかったが、緊急時には救出・殿をやってもらえる算段だ。だが、これはあくまでも最終手段。「四葉」であると発覚するのは、今はその時ではない。

 

 達也が最後の説明を終えた。

 

 その直後――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――遠くの方で、サプレッサーで抑えた銃声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はじまりましたねえ」

 

 蘭がそちらを見て呟く。声はいつも通りの平坦な機械ボイス。だがその白磁のような無表情の顔には、こんな厳冬の真夜中だというのに、白露のような一筋の汗が流れていた。

 

 緊張からくる冷や汗。呼吸も少し速い。体温も上昇していて、心臓が早鐘を打っている。

 

 達也の『眼』に、それだけの情報が入ってくる。

 

 この土壇場で、達也は気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうか、こいつは、こんなに感情豊かだったんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゅうさんひきですか」

 

 吸血鬼とUSNA軍の戦闘に横やりを入れ、分断し、作戦通りに分かれることに成功した。

 

 蘭たちの前で対峙する、ロングコートと手袋と仮面で統一された「吸血鬼」は、13人。一体はすでに倒しているので、14に分かたれたということだろう。ただしそれは幹比古の勘違いで、一部はUSNAに留まっているのだが。

 

「まるで使徒ですわね」

 

「中途半端な数だなあ」

 

 亜夜子と文弥が、見た者の心がとろけるような可愛らしい、それでいて寒気を覚えるような冷酷な、笑みを浮かべる。昨夜までの余所行きモードと違って、今夜は本気。文弥はユニセックスな、亜夜子は闇に紛れるゴシックロリータで、「仕事」モードである。

 

「あいつだ!」

 

 その中の一人が、逸るように美月を指さす。昨夜美月とつながりを持ったパラサイトが、別の宿主を見つけたのだろう。昨夜は長身の男のように見えたが、今発した声は女性だ。身長もやや低く、近所の日本人女性魔法師に憑りついたのだろう。

 

 それを受けた美月はおびえたように身を退くも、一方で気丈に睨み返す。

 

「私が皆の『眼』になる! だから、どうか、頑張って!」

 

「僕が、僕たちが、柴田さんを守る。だから、僕たちが戦えるように……柴田さんは、生きてくれ」

 

 美月の前で両腕を誇示するように広げ、守るべく構えるのは幹比古。すでに、妖魔を退ける、何本も持ち込んだ特殊な文様を刻んだ縄による結界を美月の周辺に展開している。見えない相手とは戦えない。この戦いの軸は、美月である。

 

 数の上では完全に負けている。向こうは言葉を介さずともお互いにコミュニケーションが取れる。身体の犠牲を躊躇する必要もない。

 

 圧倒的に不利だ。

 

 それでも――ひっくり返せる自信があるからこそ、こうして立ち向かっているのである。

 

「いくぞー!」

 

 相変わらずの平坦な機械ボイスだというのに、気合が伝わってくる。

 

 蘭が全身から弾丸をばら撒き、そして音すらも置き去りにして射出する。その威力は拳銃を越え、ハイパワーライフルにも迫る勢いだ。それが同時に、何十発も放たれる。

 

 それに対して吸血鬼たちは反応できない。三人の吸血鬼が全身をハチの巣にされて倒れこむ。自爆すらできない、完全な即死だ。

 

「見えました! あっちです!」

 

「「ありがとうございます!」」

 

 そしてそこから遊離するパラサイトを、美月が捉えた。リアルタイムで、目線と指で追いかけていく。それに反応した蘭と文弥が、今度は勘ではなく、確かな信頼でそちらにCADを向け――固有魔法の『ダイレクト・ペイン』と、珍しい汎用的な精神干渉系の攻撃魔法である『毒蜂』を起動する。

 

「遊離してから乗っ取りを狙うな! 合流しろ!」

 

 魔法式やプシオンの針の動きから、三体のパラサイトが本体に大きなダメージを食らったのが分かった。思念波で伝わるというのに、必死さから、吸血鬼たちが動き出しながら叫ぶ。

 

 そう、彼らの目的はあくまでも、元の大きな一つに合体して戻る事。露出した本体で憑依して一撃必殺を狙おうとしても、その本体に直接攻撃されて殺されては無意味だ。

 

 美月の「眼」に、名残惜しそうに触手を揺らしながらも、苦しみながら仲間の体へと入っていくパラサイト達の姿が移る。ここの追い打ちは間に合わない。どうしても視覚から二人に伝えて魔法発動までのラグがあるからだ。だが、こちらに本体を明確に殺す手段があり、憑りついての一撃必殺は危険であると知らしめるだけで十分だ。

 

「お姉さまと弟だけを構うのは寂しいですわ? 異界からのお客様?」

 

 浮足立って戦闘を開始する吸血鬼たちの背後に、いつの間にか、夜闇の悪魔が回っていた。

 

 振り返りながら即座に反撃する洗練した対応を見せた吸血鬼二人が、そのねじった首をはねとばされる。運動直後に太い血管が通る首を切断され、激しく血を噴き出しながら、二つの首なしの体が倒れた。その返り血の雨を浴びながら、右手で振るった空気を薄く固めて作った刃を解除した亜夜子は、艶然と微笑む。

 

 そして右手から放つのは、まるで返す刀のように振るわれる、プシオンを固めた剣だ。それは美月の目線を正確に追いかけた亜夜子によって閃き、パラサイトの本体を「斬る」。肉体を傷つけずに「魂」とでもいうべきものを切り裂く不可視の刃は、黒羽家に伝わる暗殺術の基本だ。それは千葉家に伝わる似た魔法剣と違い、明確に「殺意」が乗せられた、魂を殺すための魔法である。

 

「僕だって!」

 

 美月に近寄って結界を破ろうとするパラサイトが、突如「炎上」した。

 

 物理的な発火ではない。古式魔法師たちが磨き上げた、情報体に「燃える」という情報を投射して攻撃する、退魔の炎『迦楼羅炎』だ。

 

 これで5人減って、5対8。未だ数の上では不利で、あちらの油断を突いた不意打ちももう効かないだろう。またダメージを与えたとはいえ、遊離したパラサイト達は仲間がいる身体へと入っていった。残る8人は、より強力であろう。

 

「たかが人間ごときが!」

 

「我が同胞の仇!」

 

 吸血鬼たちが咆えて、CADを介さない超能力を発動する。蘭が放った弾丸を利用した弾幕、雷撃魔法、接近してからの精気を奪うストレート、突風に空気の刃を混ぜた攻撃、隠し持っていたナイフがひとりでに舞い一斉に襲い掛かる魔法。そのどれもが、卓越している。

 

「どっこい」

 

 だが、結局のところ攻撃とは、現象の「移動」である。

 

 こちらには、こと移動・加速系に関しては、かの十文字克人すら追い詰めた達人がいるのだ。

 

 蘭がCADを操作すると同時、それらの攻撃が全て止められる。それどころかほぼ同時に蘭は超高速曲線移動で吸血鬼に接近し、その後ろから後頭部を通して脳幹に弾丸を一発撃ちこんだ。そして美月の指示に従い、プシオンの壁で遊離したパラサイトを牽制しつつ離れる。

 

「これはUSNA軍側(あちら)に行っている暇は、ありませんわね!」

 

 亜夜子もまた『疑似瞬間移動』で不規則移動をして惑わせつつ、その移動先全てに設置した魔法式を「同時」に起動し、四方八方からの空気の弾丸で吸血鬼を仕留めた。負けじと死に際の自爆を吸血鬼が敢行するも、亜夜子はとっくに離脱済み。隙のない動きだ。

 

「あっちは達也さんがいるし安心でしょ!」

 

 亜夜子の軽口に軽口で応じながら、文弥が魔法を放つ。それを見た美月と幹比古は、背筋に怖気が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「があああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法を向けられた吸血鬼が倒れて悶えて喉が引き裂けんばかりに叫び、そして急に全身の力が抜けて失神する。いや、もはや生気を感じない。ショック死したのだ。

 

 魔法師は、魔法式が投射されれば、ある程度どのような魔法かわかる。

 

 だからこそ、パラサイト本体ではなく、初めて「人体」に放たれるところを見た二人は、その魔法の恐ろしさを理解した。

 

 身体ではなく、精神に「痛み」という情報を直接送り込む。「痛みに耐える」だとか、アドレナリンだとか、そのような抵抗を一切許さない、残虐無比の魔法『ダイレクト・ペイン』。その本領が発揮された瞬間だ。

 

「よっこいしょ!」

 

 その傍で、軽薄な掛け声とともに行われた行為もまた、残虐極まりない。

 

 蘭は、吸血鬼の残骸となった、罪なき人間の死体を「武器」として振るう。人間分の質量が、弾丸と同じ速度で放たれ、逃げ切れなかった吸血鬼を「潰す」。

 

 ぶちゅ。

 

 生理的嫌悪を催す湿った音が、夜のとばりに、妙に大きく響いた。それは、人間二つ分が超高速でぶつかり、潰れた音に他ならない。

 

「…………っ!」

 

 隣の美月が歯を食いしばるのが分かる。顔面からは完全に血の気が引いて、白粉でも塗ったかのように真っ白だ。

 

「……大丈夫?」

 

「大丈夫!」

 

 幹比古が心配して声をかけるも、美月は即座に声を張って返事をして、幹比古が用意した布越しに戦場を睨み、大声で指示を飛ばしている。

 

 あまりにも残虐な戦いだ。目をそらして、嘔吐したいだろう。

 

 それでも彼女は、それをしない。

 

 みんなのために、自分のために、そして何よりも蘭のために。

 

 自分は、みんなの「眼」なのだから。

 

「なるべく早く終わらせるよ!」

 

 それを見た幹比古は奮起する。気弱な少女が、横浜での地獄と、友情と責任感によって、ここまで活躍しているのだ。自分もそれに報いなくてどうする。

 

 強力な結界を維持しつつ、文弥の背後から襲い掛かろうとしていた吸血鬼に雷撃を加えて足止め、それと同時にその足元のコンクリートが割れ、瓦礫が急上昇して、吸血鬼の顎をアッパーのようにかち上げる。

 

「ありがとうございます!」

 

 文弥が幹比古にとても可愛らしい笑顔でお礼を言いながら、吸血鬼に止めを刺しつつ距離を取った。きっと彼なら対処できたのだろう。それでも、幹比古の的確なサポートは、今戦場の天秤をさらにこちら側へと傾かせた。

 

 これで5対3。数の上で有利になった。

 

 だが 残った吸血鬼には複数のパラサイトが集まり、より本調子に近い状態になっている。しかもここまで生き残っただけあって、憑りつかれた人間の性能も高いのか、蘭たちが対応しきれなくなってきた。

 

 その三人が急速に距離を取り、お互いに目線を合わせて頷きあう。思念波を使って、何か相談したのだろう。

 

 はたして何をしてくるか。全員で、油断なく睨んでいた。

 

 そのはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、結界が割られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあ!」

 

「あぶない!」

 

 蘭が即座に美月を抱えて離脱し、さらに置き土産として銃弾の雨をプレゼントする。だが、蘭が逃げる先に、もう一体の吸血鬼が回り込んでいて、戦闘の中で割れた仮面の奥で口を吊り上げて嗤いながら、二人を殺そうとする。

 

「お姉さま!」

 

 だが亜夜子が辛うじて間に合い、両者の間に割って入って、自分が転ぶのを承知で強い旋風を起こして退ける。

 

 しかし、時間差で襲い掛かった三人目の吸血鬼が、蘭と美月に接近し――

 

「させるか!!」

 

 ――それを文弥と幹比古が、それぞれの得意魔法『ダイレクト・ペイン』と『雷童子』で止めた。もはや『ダイレクト・ペイン』もあまり効かなくなったが、同時に雷撃を食らえば抵抗力が負けると踏んだのか、口惜しそうな雰囲気を出してその場を退く。

 

「狙いは美月さんです!」

 

「やっぱりそうなりますか」

 

 亜夜子と蘭が美月をパスしながら不規則高速移動して、なんとか距離を取る。

 

 そう、吸血鬼は、本体への攻撃の要となる美月を潰そうとした。

 

 蘭にも負けないほどの目にも止まらぬ速さで接近し、その速度を活かして結界を破壊。そして三人の連携で、こちらが一気に瓦解しかねないほどまで、追い詰めてきた。

 

(まずい!)

 

 先ほどまでこちらが優勢だったのに、それがひっくり返った予感がした。結果的に損害はほぼゼロだが、今のは偶然によるところが大きい。移動・加速系の達人である蘭が最初に動かなかったら、後はずるずると負けていただろう。

 

 亜夜子から美月を受け取り、また結界を張る準備をする。ここが攻め時と吸血鬼三人が集中的に狙おうとしてくるが、黒羽家の三人が必死に防ぐ。亜夜子と文弥の顔からも、次第に笑みは消え失せていた。

 

「あやこちゃん!」

 

 蘭が叫ぶ。

 

 これは事前に決めていた合図、イチかバチかの博打に出るしかないパターンだ。

 

「いきますわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、世界が闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――!」

 

「――――」

 

 聞こえてくるのは、誰のものともいえない同じ声が、複数。しかしそれは、よほど耳を澄ましていないと聞こえない。

 

 亜夜子の特技『極致拡散』。超広範囲を覆って任意のエネルギーを平均化して区別がつかないようにした。今回は音と光を平均化したのだろう。だから、吸血鬼たちの声と蘭たちの声が混ざり合って聞こえるのだ。

 

 そしてその隙に、発動直前に居場所をしっかり定めておいた美月を抱き、高速で離脱し、領域の端で結界を張る。

 

 相手からすれば予想外だろう。パラサイトは吸血鬼となって「肉体」を持ったがゆえに、その知覚は物質世界のものに大きく頼ることになる。視覚と聴覚が急に頼りにならないそれは、大きな動揺になる。

 

 一方、蘭たちは事前にどのエネルギーを平均化するか決めていたため、熱感知魔法を頼りに、一方的に攻撃を仕掛けている。

 

 これは、美月を守る結界が破られて張り直しを迫られたときのための奇策だ。いくら熱感知があるとはいえ、視覚も聴覚も頼りにならない世界で、こちらもまともに戦えない。諸刃の剣である。

 

 だが、今回はそれが功を奏した。美月を守る結界の再展開に成功し、とても広い領域の端まで移動したことで距離も稼げた。

 

「いつつつ……」

 

 だが、こちらも無傷と言うわけにはいかない。

 

 蘭の左肩が焼け焦げて、肌が露出している。吸血鬼が一人減っていることから、視覚が頼りにならないために自爆に巻き込まれたのだろう。幸い大怪我ではないようだ。焼けたのは服だけで、その向こうの肌はわずかに火傷しているだけであった。

 

「あの女を! あの女を倒せばお終いだ!」

 

「何としても手に入れるぞ!」

 

 残った吸血鬼二人は、目を血走らせて、口角泡を飛ばして叫びながら、美月を睨む。

 

 吸血鬼たちが倒されるたびに、パラサイトは遊離した。そしてその姿を、美月はすべて「見た」のである。

 

 つまり――それらすべてのパラサイトが、美月に「惹かれた」。

 

 そんなパラサイト達が集まったあの二体は――その思念が集合し、美月に酷い執着をするようになっている。

 

(撤退は、しなさそうだな)

 

 希望半分、絶望半分。

 

 もし逃げられたら、次会ったらもう勝てないだろうという希望。

 

 この戦いが、決着までは決して終わることがないという絶望。

 

 その両方が幹比古にのしかかる。そしてその二つに同時に考えが及ぶほどに、彼は冷静沈着だった。

 

 

 

 

 

 だからこそ――「仕込み」を発動するタイミングを見逃さない。

 

 

 

 

 

 

 突如、片方の吸血鬼の近くのブロック塀が爆ぜて倒壊する。まるで大地震が起きたようなそれは、ちっぽけな人間の肉へと押し込められた吸血鬼を、簡単に潰した。

 

 設置していた精霊を喚起させたのだ。戦いの最初から各所に仕込んでいた精霊たち。今この戦場は、いつの間にか、幹比古の罠だらけなのである。

 

「ぐ、くそ!」

 

 パラサイトの全てが、一つの人間に収束する。

 

 その人間は、そんな悪態をつきつつも――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その顔は、歓喜の嗤いで歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後吸血鬼は全身を光らせ、誰一人巻き込める距離でもないのに、「自爆する」。

 

 おまけとばかりに数多の魔法が解き放たれるが、この距離なら余裕で防げる。

 

 目的は分かっている。

 

「ここからがほんばん、ですね」

 

 隣にいつの間にか立っていた蘭が、誰にともなく呟く。

 

 その目は、ある一点を捉えているようでいて、何も見ていないように見える。

 

 一方でそれ以外の全員の目線は――自爆した最後の吸血鬼の死体が転がる、その上空に向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マンションの屋上にある貯水タンクほどの大きさの光の球が、不定形に脈動し。

 

 そこから延びる13本の太い触手が、うねうねと蠢く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ヤマタノオロチ、九頭竜、ヒドラ、ケルベロス……多頭の怪物の正体って、ああいうことなのかな)

 

 こんな時でもそんなことが思い浮かぶほどに、幹比古は冷静だった。

 

 何せ、そう――その存在感が大きすぎて、自分でもしっかり、「それ」が見えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 13体のパラサイトがついに一つになり、本当の姿を取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(精神の情報体、か)

 

 蘭は単体のパラサイトを、「精神の情報はあんなに小さくない」と言った。

 

 あの巨大な姿と存在感を見ればわかる。本当の精神の情報は、あれほどに、莫大なのだ。

 

 それだけ、精神が、複雑なものであるということ。

 

 学説になっている、単なるニューロンの電気信号である、という話を、この瞬間、幹比古は全く信じなくなった。

 

「いくぞー!」

 

 蘭が叫ぶと同時、この展開を予想していた全員が動き出す。

 

 黒羽家の三人は触手をかいくぐりながらプシオンの釘を生成して突き刺し、パラサイト探索の初期から見ているが未だよくわからない魔法を一斉に行使する。巨大パラサイトは身もだえしており、ダメージにはなっている様子だが、すぐに魔法式を退け、逆に触手を暴れさせて反撃を始めた。

 

「くそ、くるな!」

 

 幹比古は今の間にひっそりと二重で結界を張り、さらに迎撃型の精霊魔法を設置し、美月に殺到する触手を退ける。その一本一本が、並の魔法師では一生かけても届きえない力を持っている。

 

 そんな触手に対して美月も必死に抵抗する。弱い魔法力で蚊の刺すような効果しかない、けなげな反撃だ。だがその顔からは闘志が全く消えていない。分厚い眼鏡をかけ、幹比古から借りた布を何重にもしつつも、パラサイトをしっかりと見据えている。

 

「逃がしません、逃がしませんっ……」

 

 完全体に近い状態となったパラサイトは、もはや美月に構う理由が全くない。その力を活かしてこの場から去り無抵抗な魔法師たちから精気を奪いまくればよい。それをしないのは、これまで蓄積した「見る」ことによる繋がりが集積しているのと、そして今なお、凝視を通り越して睨まれていることによって、その「繋がり」が強化されていて、美月に惹かれて離れる気が全くないからだ。

 

 いわば、化け物に魅入られたはずの、特殊な眼を持った姫が、逆にその視線で、強大な化け物を釘付けにしているのである。

 

そのおかげで、蘭たちへ向かう攻撃は減り、そしてこちらも戦い様がある。一番非力なはずの美月が、一番大きな役割を担っていて、そして一番危険な位置にいるのだ。

 

「「お姉さま、準備を!」」

 

 もはやはっきりと目視できるほどに活性化したプシオンで作られた触手による攻撃を高速移動で躱しながら攻撃を続けていた蘭に、少し後ろの方で回避に専念させられていた亜夜子と文弥が叫ぶ。

 

「りょうかいです」

 

 その声が出されたと同時に蘭は華麗に触手を避けながら後ろに下がり、二人と並び――三人で一斉に両掌を突き出した。

 

 直後、パラサイトから、濃密な悪意を持ったプシオンの波動が放たれる。非魔法師なら即死は免れず、魔法師でも生半可な抵抗力しか無ければ廃人状態は免れない。

 

 その波動を――三人は、力を合わせてプシオンの壁を作ることで防ぐ。一度放たれた波動はコントロールできないようで、背後からの攻撃はない。

 

 ただし、幹比古たちは三人から距離が離れていた故に、その壁で守られきれない。幹比古は慌てて自らが作成した結界の内部に入り、そのプシオンの波動から身を守る。美月は結界・眼鏡・重ねた布による何重もの防御にもかかわらず、プシオンに中てられたのか、苦しそうな表情だ。

 

「柴田さん、かなり引き寄せてくれたから、もう見なくても大丈夫だ。無理はしないで」

 

 三人が再び触手を避けながらの反撃に転じている間に、幹比古は迫りくる触手を結界内部から迎撃しつつ、美月を気遣う。

 

「ううん、大丈夫。それに、私がここで目を逸らしたら、私自身が守れなくなっちゃう」

 

「それもそうか」

 

 美月の言うことはもっともだ。目をそらしては本末転倒。美月は自らの身を守れないし、それはつまりここでの敗北を意味する。彼女を心配するあまりに、見当違いなことを言ってしまった。

 

「でも、せめて悪意をカットする結界は増やさせてもらうよ」

 

「………ありがとうございます……」

 

 そんな結界に力を割くぐらいなら、三人を助けて。そう言おうとしたが、幹比古はそう言う間もなく、まるでちょっとしたメモを書くかのような手つきで結界を完成させる。目のあたりを覆うだけで十分なのだから、これぐらいは朝飯前だ。

 

「全然効いている気がしないや!」

 

 文弥が『ダイレクト・ペイン』を放つ。

 

 精神に直接「痛み」を与えるその魔法は、物質的肉体を持たないパラサイトにも有効だろう。だが先ほどまでと違ってほぼ完全体となって抵抗力が増したのか、ほんの少し身じろぎめいたことをされただけですぐに魔法式が退けられる。

 

「すこしずつでもけずっていきましょう」

 

「でも火力が足りないですわ!」

 

 蘭が励ますように言うが、亜夜子と蘭の『毒蜂』も、おそらくジャブ程度のダメージしか入っていない。もうかなりの攻撃を与えているにもかかわらず、未だに触手の動きが衰えても激しくもなっていないのがその証拠だ。

 

「だったら僕も!」

 

 長期戦はこちらが不利である。幹比古はもう一つ防御結界を張って束の間の安全を確保したうえで、『迦楼羅炎』で攻撃に参加する。『ダイレクト・ペイン』らと違って退魔のために作られたその魔法は、パラサイトの全身を一瞬ながらも炎上させ、確かなダメージを与えていた。

 

「みきひこくん、ないす! じゅうもんじせんぱいになったきもちで、よろしく!」

 

「無茶言うな!」

 

 攻撃に転じたせいで防御がおろそかになり必死で迎撃する幹比古に、蘭がとんでもないことを言いだす。要は、美月を守る力も、パラサイトに与えるダメージも、どちらも一番である幹比古が、克人の攻防一体の魔法『ファランクス』のように頑張れと言うことだろう。

 

(あの人だったら、精神干渉系に対する障壁魔法もあっただろうし、もっと楽だったかな!)

 

 やはり十師族と協力するべきだったのではないか。

 

 激しい迎撃をさせられすぎて弱気になった心が、未練がましく過去の選択を疑ってくる。実際向こうはメンツがあって絶対協力しないどころか積極的に妨害までしてくるのがオチだろうが、こんな状況だと、そうした利害を乗り越える度量を持つであろうあの大先輩に頼りたくもなる。

 

「あやこちゃんも、うしろのさぽーとにいってください!」

 

「了解ですわ!」

 

 そして、いよいよ防御が決壊するかという時。パラサイトと相対して戦い続けているはずの蘭が、まるで背中に目でもついてるのではないかというぐらいギリギリのタイミングでその指示を出す。亜夜子は即座に『疑似瞬間移動』で幹比古のもとに駆け付け、先ほど使ったプシオンの剣で触手の迎撃を手伝ってくれた。

 

「ありがとう! 正直やばかった!」

 

「お互い様ですわ」

 

 亜夜子がこちらに回ってくれたおかげで、防衛に余裕ができる。それによって幹比古は、二度目の『迦楼羅炎』を食らわせることに成功した。

 

「いいこと考えた!」

 

 そこに、可愛らしいのに邪悪に見える笑みを浮かべた文弥が、魔法を重ねる。

 

 それは今この場でとっさに生み出した、『毒蜂』の利用方法だ。刺された恐怖でなく、自らが燃えている恐怖を、極限まで増幅させる。

 

「ないす!」

 

 それを見て、蘭も同じ魔法を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、炎を纏った触手の動きが、激しさを増した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ! これはまず!」

 

 相当のダメージだったのだろう。精神の情報体とは言え、それそのものは「本能」に近い原始的な精神・知能しか持っていないパラサイトは、それゆえに、ここにきてギアを上げてきた。明らかな外敵を排除しようとする、生存本能だ。

 

 触手が結界を殴りつける。それだけで、結界を作るのに使った、文様を刻んだ縄が黒ずんだ。あと一回殴られれば、一枚目の結界は壊されるだろう。

 

 縄のストックはまだある。だが、こんなペースで破壊されては、いつまで持つか分かったものではない。

 

 先ほど吸血鬼の加速をつけた一撃で結界が壊されたのは、あれが彼らにとっての最大火力だったからだろう。めったに起こることではない。だが今は、一撃で破られないとはいえ、激しく乱打してくる触手が二回触れればそれだけで破られる。ただのジャブのような攻撃で簡単に破られては、たまったものではなかった。

 

「もう一人防御に回せない!?」

 

「ふみやくん、おねがいします!」

 

「しょうがないか、頑張ってください、お姉さま!」

 

 相変わらず、触手が美月を中心に狙うのは変わらない。より攻撃が激しい方へ人員を割くのは仕方ないだろう。

 

「…………悔しいけど、僕、そろそろ限界だったんですよね」

 

「可愛い弟のことだから、よくわかってるみたいだ」

 

 三人で九本の触手を相手する幹比古たちに対して、一人最前線に残った蘭は、四本の触手に同時に襲われながらも、まるで舞い踊るような高速移動で回避している。先ほどは背中に目がついているかのようだ、といったが、その視野の広さは、もはや天から見下ろしているかのようだ。

 

 一方の文弥はと言うと、蘭ほどに移動・加速系が得意なわけではなく、最前線で避けて回りながらの戦いはもう限界だった。こうして、激しい攻撃ではあるものの、動き回らず迎撃する防衛側に回っていなかったら、いまごろどうなっていたか分からない。元気づけるための軽口はするが、その顔に浮かぶ疲労は濃い。

 

「みきひこくん、そろそろあれ、つかってもいいんじゃないですか?」

 

「役に立つとは思えないけど、出し惜しみはしてられないね!」

 

 あくまでも最終防衛ラインである幹比古は、まだ全力を出し切っていない。だが、そろそろ限界だ。

 

「頼むぞ!」

 

 幹比古は懐から、呪文を刻んだ半紙で作った折り紙をばら撒き、魔法を行使する。それらは自動で襲い掛かってくる触手に立ち向かってぶつかり、その瞬間にただの紙切れになるが、確かに一撃を防いだ。

 

「結構気合を入れた式神のはずなんだけど」

 

「でも、これだけ隙を作ってくだされば十分ですわ!」

 

 一つ用意するだけでも三日はかかる式神を、今まで暇なときに溜め込んでいた分全て吐き出したのに、稼げた時間は五秒あるかないか。だが、それだけあれば、文弥と亜夜子が攻撃に転じることができる。

 

「少々中座いたしますわ!」

 

 亜夜子が『疑似瞬間移動』で、触手の間を縫って飛び込み、本体である光の球の中心に、プシオンの剣を突きさす。

 

「きょうだいあいぱわー!」

 

 それに合わせて、蘭と文弥が『毒蜂』を重ねた。

 

「わ、つつ、危なかったです……」

 

 触手が不規則に暴れまわる。そのせいで軌道が予測できず、即時退避する亜夜子のすぐそばを掠めるが、なんとか戻ってきた。このパラサイトの動きは、かなり効いた証拠だ。

 

「ついげき、きます!」

 

 蘭が叫ぶ。彼女はいきなり戦闘の最前線から離れ、電柱を駆けあがって、高く飛びあがった。

 

「全員中へ!」

 

 幹比古はストックの縄をすべて吐き出して何重にも結界を展開する。

 

 直後、飛びあがった蘭の下ギリギリまでの範囲に、悍ましいプシオンの波動、否、津波が放たれた。

 

「「――――っ!」」

 

 亜夜子と文弥が歯を食いしばって声にならない声で唸りながら、結界の一番外側にプシオンの壁を展開した。

 

 だがそれは、濁流の前に障子紙を置いたかのように一瞬で破られ、それはそこからの何重にも展開した結界も同じだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津波の前で、ちっぽけなバリケードなど無意味。

 

 眼前に、確実に魂を破壊するであろう、悪意の濁流が迫ってくる。

 

 四人はその瞬間――完全に、諦めてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおお!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、上空を舞っていたはずの蘭がいつの間にか真上にいて、平坦な機械ボイスのせいでいまいち締まらない雄たけびを上げる。

 

 それと同時、四人は脳や内臓が浮き上がるかのような酷い浮遊感を感じた。

 

 いや、実際に、まるで逆バンジージャンプアトラクションのように、跳ね上がるように超高速で浮き上がらされていたのだ。

 

「あぶなかったー」

 

 平坦な声と動かない表情とは裏腹に、その顔には滝のように汗が流れているし、心なしか呼吸も荒い。激しい戦闘を継続して行ったから、だけではなく、彼女が相当に焦っていたのがわかる。

 

「なんという波動ですの……」

 

「これは……ちょっとまずいかも……」

 

「…………っ、っ!」

 

 幹比古は平気だったが、亜夜子と文弥と美月は顔面が真っ青で、かなりコンディションが悪い。急激に浮き上がらされた縦方向の衝撃による酔いだけではない。直撃こそ免れたものの、その余波でも酷い悪影響が出るほどに、強力な波動だったのだ。

 

「いける? いや、まだ、でもなあ……」

 

 四人を下ろしてまた単身巨大パラサイトに向かっていきながら、蘭が何やらブツブツ呟いている。いつも訳分からないことを言っているが、これは特に訳が分からない。

 

 だが、そんなことを気にしている暇はない。触手攻撃の勢いはかなり増し、また波動攻撃が有効と見たのか、今までの二発分の規模には到底及ばないが、触手の連撃に混ぜて、無視できない威力のものを放ってくるようになる。

 

「もう結界は品切れだ! 柴田さんは逃げて!」

 

 道具がもうないため、その場にあるもので急ごしらえの結界を用意しながら、幹比古は叫ぶ。ここまで引きつけたのだから、もう美月の役割は十分だ。

 

「でもそれだと!」

 

 だが、美月は逃げられない。

 

 一番狙われているのは自分だ。もし自分がこの場から離れた場合、例えば追いかけて来られたら被害範囲が広がるだろう。そして何よりも――最前線で戦う蘭への攻撃が、より苛烈になることを意味する。

 

 蘭自身だってプシオンに敏感だろうに、未だに一人だけコンディションを落とすことなく、まるで何本もの大縄跳びで踊るように、華麗に回避している。それどころか、わずかずつでも反撃までしている。だが、それでも、かなり限界に近いだろう。

 

「お姉さま! ちょっとこれは達也さんと深雪さんを呼ばないと無理じゃない!?」

 

「私が離脱したら戦線崩壊するでしょう!?」

 

 ついに全力で暴れ始めたパラサイトも確実にダメージは蓄積されているだろうが、まだまだ底は見えない。文弥の言うことは正しいだろう。その一方で、亜夜子が言うことも正しい。現状ですら、戦線はギリギリなのだ。

 

 つまり――もはや、打つ手がない、ということである。

 

 そう美月が、賢いがゆえに、結論にたどり着いてしまった、その直後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あああああああっ!!!」

 

「幹比古君!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 幹比古がついに防御しきれず、プシオンの波動の直撃を食らってしまった。即死には至っていないが、顔面から血の気が一気に引き、唇は青くなり、目は今にも白目をむきそうだ。それでもトドメとばかりに迫ってきた触手は倒れ込みながら転がって何とか回避するが、ついに攻守の要が戦闘不能となる。

 

 美月が幹比古を抱えて、あまりにも弱い、それでも魔法科高校で少しずつ練習してきた魔法で離脱しようとしたその時――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――まずい! これ、は!」

 

「……ここまでのようですわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――幹比古が倒されたことで戦線が決壊し、すでに限界が近い文弥と亜夜子を囲うように、大量の触手が殺到する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして何とか逃げようとする美月の眼前にも、自分の胴体程もある触手が伸びてきた。

 

(そん、な、ここ、まで?)

 

 自分の力のなさが、恨めしい。

 

 もし蘭なら、とっくに離脱して、幹比古だけでも生き残らせることができたかもしれない。

 

 だが、自分は、幹比古のように力はあってもスランプだっただけでもなければ、学校の評価にならないだけで誰にも負けない戦う力を持つ達也やエリカやレオでもない。ただプシオンが無駄に激しく見えるだけの、劣等生だ。

 

 分厚い眼鏡の奥の大きな眼に、涙があふれてくる。

 

 その時――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だいじなだいじな、ともだちと、いもうとと、おとうとに、なにしてくれとんじゃごらああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――蘭の、怒号が響いた。

 

 それと同時に蘭は、ポケットからカッターナイフを取り出すと――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――自分の頸を、深く斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい運動をしている途中にそんなことをすれば当然、切り裂かれた頸動脈から、噴水のように血液が噴き出す。

 

 そしてその直後、蘭が倒れ込みながらCADを操作し――魔法を行使する。

 

 その魔法式は、今までのどの魔法よりも強固に、存在感を持って、パラサイトへと投射された。

 

 それと同時に、パラサイト本体が放つオーラや光が一気に弱まり、眼前に迫っていた触手が、ひきつけを起こしたようにビグッと跳ねて止まると、ただのプシオンとなって霧散する。

 

 そんな信じられない光景の向こうで、蘭がプシオンを固めた光の弾を、かろうじて弱弱しく明滅する巨大パラサイトに連射する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それに耐えきれなくなった巨大パラサイトは――ついに、完全に霧散し、死滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「お姉さま!?」」

 

「蘭さん!」

 

「蘭!」

 

 何が起こったのかすぐに理解できたらしい亜夜子と文弥が、今もなお量を増す血の海に倒れ伏す蘭へと駆け寄る。それに少し遅れて、美月と、意識が戻った幹比古も、蘭に駆け寄った。

 

 蘭は自ら切り裂いた首に準備していたであろうタオルを強く押しあてている。文弥が高度な治癒魔法でなんとか傷を塞ごうとするもさほど効果がない。

 

「あや、こ、ちゃん、おにい、ちゃん、を」

 

「はい!」

 

 絞り出すような声で蘭が指示を出すと、亜夜子は戦闘中にすら見せたことない速度で、その場を去っていく。

 

「お姉さま! そんな、無茶をして!」

 

 文弥がアーモンドのような大きな瞳から、涙をぼろぼろこぼしながら、必死に蘭を治療する。

 

「なんなんだ! 一体!? 蘭、ここで死ぬなよ! 自分勝手に一人だけ満足して死ぬんじゃない!」

 

 なぜ蘭が自ら頸を切ったのか、なぜパラサイトが一瞬で死んだのか。幹比古には何も分からない。

 

 ただ、目の前で、蘭の命の灯が消えようとしている。それだけはわかった。

 

 だからこそ、もしものためにと用意していた生命力を維持する儀式を必死に執り行うが、それも焼け石に水。血の勢いはさほど収まらず、刻一刻と、死に近づいていく。

 

「そんな、蘭さん! 蘭さん!!!」

 

 美月は何もできない。ただ、蘭の代わりにタオルを強く押しあてることしかできない。真冬の真夜中の戦闘で冷え切った手に、熱い熱い血がとめどなく溢れてくる感触が、ありありと伝わる。それと同じくして、蘭の体が、徐々に冷たくなっていく。まるで、熱い命が流れ出していくかのようだ。

 

「蘭さん!」

 

「お姉さま!」

 

「蘭!」

 

 三人で必死に呼びかける。流れ出す涙が、血の海に波紋を次々と作り、直後に飲み込まれていく。三人の無力さを表わすかのようなその光景は、三人の目に入らない。ただ、目がうっすらと閉じていく蘭の顔を見つめて、どこかに行ってしまわないように呼び掛けるのが精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉さま、連れてきました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分たちの戦闘に集中していたとはいえ、それでもUSNA軍との戦闘音は聞こえなかった。それなりの距離だったはずである。だが、この数十秒の間に、亜夜子が、達也を連れて戻ってきた。

 

 驚きで固まりながら唖然と見下ろす達也に、蘭は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あに、き……なんで、も、いう、こ、ときくって、いった、よ、ね……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――いつもの、生首饅頭のキャラクターのように、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……馬鹿言え」

 

 達也はそれを聞き、少し気圧されたように身じろぎをして……深いため息をついてから、そう言って、CADを蘭に向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、まさしく「魔法」としか言いようがない現象が起こる。

 

 蘭がサイオンの光に包まれると同時、周囲に流れ出ていた、この小さく細い体のどこに流れていたんだろうと思うほどの大量の血液が、まるで映像の巻き戻しのように、首の傷口から蘭の体の中へと戻っていく。美月たちの服に沁み込んでいた血も、スーッと離れて、蘭の体へと戻っていく。それと同時に、蘭の体にどんどんと血色が戻っていって――最後に血でくっついたタオルが首からはがれると、そこには傷一つない、白磁のように美しい首筋が現れた。

 

『再成』

 

 司波達也が生まれ持った、神の御業のごとき魔法。

 

 対象のエイドス情報をさかのぼり、その対象の過去のエイドスを投射することで、その過去の状態へと戻す。それが蘭を、死の淵から救ったのだ。

 

「らんちゃん、ふっかーつ!!!」

 

 直後、あんなにはかなげに倒れていた蘭が急に起き上がり、間抜けな笑顔を浮かべてガッツポーズをする。そして、全員がポカンと見つめる中、わはははと笑いながら一通り小躍りすると――

 

 

 

 

 

「もうひとしごと、あるんだった!」

 

 

 

 

 

 ――いつも通りの超高速移動で、その場を去っていった。




タイマーストップまであと少し!

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