魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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本日連続投稿しているうちの2話目です。まずは前のお話をお読みください


14ー8

 あれだけの激戦で一番働いたというのに、蘭は今一つ落ち着かない様子で、ベッドに入っても眠れなかった様子だった。その両隣で寝ていた亜夜子と文弥も、当初心配で眠れなかったが、それでも肉体的・身体的疲労感から、すぐに眠りについてしまった。

 

 眠り始めが遅く、そして非常に疲れていた。当然、朝が来ても眠りから目覚めるわけがないのだが…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「うほ、うおほほほほ! うほほほほ!」

 

「「…………」」

 

 

 

 

 

 

 早朝5時過ぎ。間で眠っていた蘭が、突然跳ね起きで、奇声を発しながら、部屋の中で踊り狂い始めた。

 

 そのせいで亜夜子も文弥も即座に叩き起こされる。

 

 大好きな姉。敬愛する姉。心から尊敬する姉。

 

 昨日、自らの首を切り裂いた時などは、ボロボロと涙を流してしまった。

 

 

 

 

 

 だがそんな姉を、二人は、黒羽家の出身らしい「殺し屋」の眼光で、睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少しさかのぼり、激闘冷めやらぬ真夜中。

 

 USNA軍は、アンジー・シリウスたる自分を筆頭として、衛星級やスターダスト複数人のみならず、二等星級も二人引っ提げて、この戦いに挑んだ。

 

 だが、吸血鬼と交戦した直後に、日本人の学生魔法師たちに乱入され、分断されてしまう。

 

 リーナ達の前に立ちふさがったのは、達也、深雪、エリカだった。

 

 自分一人だけなら負けていただろう。深雪はおそらく魔法力だけなら敵わないし、達也とエリカもその立ち居振る舞いから一筋縄でいかないのは分かっていた。

 

 だがそれでも、世界最強のUSNAが誇る軍人魔法師を何人も連れ、さらにはエリートである二等星級も二人連れている。学生魔法師に、負けるはずがなかった。

 

 

 

 

「くそ、くそ……!」

 

 

 

 

 全身の痛みにあえぎ、冷たいコンクリートから立ち上がることができない。

 

 リーナは悔しさと苦痛と驚きと悲しみに包まれ、涙を流しながら、赤髪の鬼の仮装も剥がされ、無様に転がる。

 

 結果は惨敗。達也たち三人は明らかに余力を残していた。パラサイト達と交戦しているであろう蘭たちを常に気遣いながらだったし、特に達也が異様な魔法でこちらのやることなす事全てを破壊したうえで攻撃してきたが、明らかに三人とも、まだ奥の手をいくつも隠している。

 

 自分もブリオネイクという奥の手を隠し持ってはいるが、状況は全然違う。自分は使用許可がまだ下りなかったから使えなかっただけ。最前線にいる自分の働きがふがいないせいで、急速に変化した状況に追いつけなかったのである。

 

 一方三人とも、使えないのではなく、明らかに「使わなかった」。彼我の力の差、格の違いは、明らかだ。リーナ達は全員、殺されるどころか、後遺症すら残らない形で、完全に手心を加えられて無力化させられたのである。

 

「リーナ、貴方も、きっと苦しい立場なのでしょう」

 

 達也はゴシック・ロリータの焦った様子の少女に連れていかれた。もはや自分たちの相手すらする必要がないのだろう。監視として残った深雪が、冷徹な表情ながらも、その瞳に確かな哀しみをたたえながら、見下ろす(みくだす)形で、声をかけてくる。

 

 こちらは軍人が外国に無許可で潜り込んで、深雪たちを「敵」として調査する立場だった。深雪たちもそれを早い段階で察して、警戒していた。

 

 だがそれでも、お互いの間には、確かな友情が結ばれていた。

 

 若くして「アンジー・シリウス」であることを強いられたともいえるリーナは、時折それを忘れ、同級生と競い合う高校生の青春を楽しめたのだ。

 

「同情なんかいらないわよ!!!」

 

 かすれた涙声は裏返って、ヒステリーじみた金切り声になる。

 

 あまりにも情けない。我ながら負け犬の遠吠えとしか思えなかった。

 

 

 

 

 自分たちのあずかり知らぬところで危険な実験が行われ。

 

 それのせいで異界からデーモンが現れて同胞が乗っ取られ。

 

 そうと知らずに苦しみあえぎながら同胞を何回も殺す羽目になり。

 

 そんな中で異国にスパイとして送り込まれ。

 

 敗北知らずだった中で、明らかに実力で勝る相手と出会い。

 

 皮肉にもその高校生生活が、人生で一番ともいえるほどに楽しくて。

 

 一方で同じくこの国に入り込んでいた対吸血鬼作戦では成果を出せず、学生魔法師に先を越され。

 

 訳が分からないうちに展開は急速に進み、知らないうちに吸血鬼の多くが集まったのを察して総力戦を仕掛けてみたら。

 

 それを分かっていたであろう学生魔法師たちに横やりを入れられ。

 

 そしてこうして這いつくばっている。

 

 

 

 

 

 もはや、アンジェリーナ・クドウ・シールズとしても、アンジー・シリウスとしても、優秀な魔法師としても、軍人としても、女としても、一人の人間としても、プライドはズタズタだった。

 

「ちくしょう……ちくしょう……」

 

「……ふん」

 

 顔を伏せて嗚咽と呪詛を漏らすリーナを見て、もう一人監視として残った剣士・エリカが、鼻息を一つ吐くと、構えていた剣を収める。

 

 リーナの心が折れたのは明らか。それを見て抜刀し続けるほどに、エリカは冷酷になり切れていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、蘭さん!?」

 

「どうしたの!?」

 

 そんな愁嘆場を切り裂くように、間抜けな声が響き渡る。

 

 そこに現れたのは、ゴシック・ロリータに身を包んだ、黒羽蘭だ。その姿に一切の乱れはなく、とても向こうで戦闘をしていたとは思えない。リーナもそれに驚かされるが、彼女よりも、深雪とエリカのほうが、より驚いていた。

 

 なにせ達也を連れて行った亜夜子は、大泣きしながら、「お姉さまが!」と訴えていたのである。蘭の身に何かが起きたと考えるほうが自然だ。

 

 達也が離れてからさほど時間は立っていない。戦場はそこそこ離れるようにこちらが立ちまわってので、移動時間も魔法込みとはいえそれなりにかかるはず。

 

 そんな場に、当の蘭が、単身で現れた理由が、全く理解できなかったのだ。

 

 

 

 

 何はともあれ、チャンス到来。

 

 少しずつ体力を回復させていたリーナ達は、こっそりと撤退の準備をする。三人が強すぎるのが、逆に仇になった。ほとんど重傷を負わせずに無力化などという甘いことをしたせいで、屈強な軍人たちはこの短時間で逃げられるほどになっていたのだ。

 

 ざまあみろ。

 

 何やら目的は達成したみたいだが、捕虜になんかなってたまるものか。

 

 アイコンタクトと同時に、魔法を行使しようとした、その瞬間――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっかいかけるだけで、そくたいさんとは、とんだこしぬけのあつまりじゃのう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――蘭が、明らかにリーナ達に向けて、口を開いた。

 

「――なんですって!?」

 

「乗らないでくださいシリウス少佐!」

 

 部下たちが止めるが、リーナはせっかくのチャンスをふいにして立ち止まって振り返り、蘭を睨みつける。その蘭の顔には、奇妙な笑顔が浮かんでいた。

 

「かませはかませ、それもしかたねえか……。あんじー・しりうすはしょせん、いまのじだいの……」

 

 場の空気が凍る。

 

 深雪とエリカですらそれを止めようとするが、蘭は構わず、その続きを紡いだ。

 

 

 

 

「はいぼくしゃじゃけえ」

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……敗北者……っ!? 取り消しなさい、今の言葉!」

 

「とりけせだと? だんじて、とりけすつもりはない」

 

 世界最強の魔法師に睨みつけられているというのに、蘭の表情と声に揺るぎはない。それは彼女が生まれつき持つ障害によるものだが、それでも、蘭とリーナの間にある精神的な「格」の違いを表わしているように思えた。

 

「なんにちもの、にほんせんにゅう。なにもさぐれず、きゅうけつきはたおせず。しまいにゃあ、そうりょくせんもじゃまされて、がくせいさんにんに、ぼこぼこにされる。じつにくうきょじゃ、ありゃせんか?」

 

「蘭さん、言いすぎです。それ以上言ったら、私が許しません」

 

 真冬の真夜中。厚着をしても、戦闘をしても、肌を刺すように寒い。

 

 だが、その寒さが、急激に増した。リーナ以上に、深雪が怒っているのだ。

 

 深雪はリーナに同情的であった。やったことは許せない。それでも、自分と似た境遇を、いや、それ以上に、敬愛する兄に似た境遇を、リーナに感じていたのである。そんな彼女を愚弄することは、断じて許されない。自分自身も同じような境遇でありながら、自分勝手を貫いて破壊した蘭にだけは、言わせてはならなかった。

 

「み、みゆきちゃん? ぷるぷる、ぼく、わるいまほうしじゃないよ。えっと、じゃ、じゃあ、これだけはつたえておきましょう」

 

 深雪には蘭も逆らえないらしい。冷や汗を流しながら深雪をなだめつつ、リーナ達に、向き直る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゅうけつきも、ぱらさいとも、わたしたちが、たおしました。あなたたちが、にほんにきたもくてきは、わたしたちにほんに、めいわくかけないよう、ひっしでかいけつしにきた、ということにしてあげます。もうのこっても、むだなので、さっさとおくにに、かえりなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナは愕然とした。

 

 今度こそ完全に心が折れ、膝から崩れ落ちる。

 

 目の前が真っ暗になる。

 

 自分たちが解決のめどどころか、デーモンがどのようなものであるかすら、まだほとんど分かっていない段階なのに。

 

 日本の学生魔法師たちは、それらを、完全に排除して見せた、と言うのだ。

 

 虚言だと退けることはできる。だが、蘭のその傷一つない姿は、「勝利」の説得力を、際立たせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや! もういや! いやあああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナの慟哭が、厳冬の真夜中の日本に、虚しく響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局見逃されて仲間の下に帰ったリーナ達は、そのことをすぐさま報告。

 

 蘭の言う通りにすればスパイや軍人による不法入国・戦闘という侵略行為同然の悪行が見逃され、最悪の国際問題に発展することはない。USNA本国は即座に全員帰国を決断・命令し、すぐに飛行機で飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 ――ずっと泣きじゃくるリーナを本国ですぐメンタルケアをしなければならない、というバランス大佐の親心めいた采配が、即時帰国に影響していることは、リーナ以外の全員が分かっていたが、誰も口には出せなかった。

 

 

 

 

 

 そして同時刻・下北沢では、これを巻き起こした蘭が、叩き起こしてしまった亜夜子と文弥に平謝りしてご機嫌取りする姿が見られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理不尽ってあるものだな」

 

 かなりの余力を残しての戦いとなった翌朝、達也は学校をさぼり、顛末についての報告書を作成していた。

 

 提出先は四葉。パラサイトをすべて倒したと速報を出した後、吸血鬼事件について正式に任命されたのは蘭であるにもかかわらず、なぜか達也も報告書の提出を義務付けられた。蘭の作る報告書は分かりにくく、達也の作る報告書は分かりやすい。達也本人はあずかり知らぬことだが、本家が彼の報告書を求めるのは当たり前のことであった。

 

 同じくさぼってくれた隣の妹に愚痴を吐きながらも、その手の動きはよどみない。どちらにせよ自分なりの報告書を提出させられるのは分かっていたので、事前にある程度纏めていたのだ。

 

「すみません、私もお手伝いできれば良かったのですが……」

 

「隣にいて、美味しい紅茶を淹れてくれるだけで十分だよ」

 

 結局のところ深雪は、未だに今回の件について整理ができていない。蘭、達也、幹比古の三人が主導して、あれよあれよという間に結末を迎えたからだ。

 

「今回の吸血鬼事件の発端は、USNAで間違いないだろう。何かしらの事情であちら側にパラサイトが現れて、またなんでかは知らないが、それが日本に渡ってきたんだ」

 

 向こうでも吸血鬼事件が起きていたとなると、パラサイトに日本に来る理由はないはずだ。向こうで活動すればそれで十分なはずである。となると、パラサイトを、日本内部の誰かしらが誘ったことになるのだが……その謎は、まだ全く解明できていない。この点が謎であることも、報告書にはしっかり記しておく。

 

「そして吸血鬼が日本で活動を始めた。活動内容は、魔法師を襲って精気を奪うこと。この物質世界では物質越しにしか精気を奪えないから、物質界との媒介として人間に憑りつくしかなかったんだろう」

 

「古式魔法師界でも、このことは分からなかったでしょうね」

 

「ああ、わざわざ人間に憑りつく理由が、ようやく解明されたってところだな」

 

 幹比古は戦闘でかなり弱っており、今は恐らく千葉家の息がかかった病院で夢の中にいるはずだ。体調が回復すれば吉田家にこのことを報告するだろう。スランプだった神童が力を取り戻し、古式魔法師たちの仮想敵である化け物の生態の一端を掴んだ。きっと大手柄扱いされるに違いない。

 

「ここで吸血鬼事件を捜査していた勢力がいくつか現れる。運の悪いことに隊員たちが憑依されたUSNA軍のスターズ、七草家と十文字家、警察。警察にはレオが偶然協力する形になって……そのレオが襲われて、第四勢力であるエリカと幹比古と蘭のチームが現れたわけだ」

 

「アメリカは、最初から吸血鬼が目的で日本に?」

 

「いや、おそらく当初の俺たちの予想通り、交換留学に見せかけたスパイだろう。これは確定的ではないが……捜査対象は、おそらく『マテリアル・バースト』だ。だが、その日本にたまたまスターズ隊員を乗っ取ったパラサイトも来ていて、緊急でそちらへの対応を優先した、ってところだろうな」

 

 そうなると、リーナの立場は実に哀れだ。

 

 あの若さで軍人としての人生を強いられ、慣れない異国に来たと思えば乗っ取られた同胞を殺す任務を訳も分からないうちにやらされて、その果てに蘭たちに邪魔をされ、自分たちではどうしようもなかったパラサイトを蘭たちが全部退治した。深雪から、蘭とリーナのやり取りを聞いている。もしかしたら彼女は、もう立ち直れないかもしれない。

 

「ここで一番最初に大きく動いたのが、まさかの一番出遅れていた第四勢力だ。幹比古が優れた古式魔法師で、知識も探知も戦闘も対パラサイトに向いていたし、蘭は元々ある程度正体は掴んでいた、そして黒羽家の三人を動かせる。それでいて、それぞれが家を背負っているがあくまでも個人的な動きだからフットワークも軽い」

 

 特に幹比古と蘭、そして自分では気づいていないが、達也の存在も大きかった。この三人が集まったことで早い段階で吸血鬼の正体を掴めたのである。

 

「動き出した初日に、吸血鬼を倒したどころか、不可視のはずでまだ存在すら認知されていないはずのパラサイトを倒せた。これは、USNAも、そしてパラサイトも黙ってはいないだろうな」

 

 一方、警察と七草・十文字グループは、その情報すらつかめることなく、すでに事が終わってしまっている。今日の報告を聞いた彼らを思うと、なんだか哀れであった。

 

「そして二日目には計算外の美月の件もあって、急展開。三日目でパラサイト、スターズ、俺たちの三勢力が総力戦になって、あの結末だ」

 

 本来ならば、もう少しゆっくりとした展開になっていたのではないだろうか。達也も深雪も深くかかわるつもりはなかったし、どの勢力もパラサイトがどのような存在であるのかに気づくのに時間もかかっただろう。

 

 では、ここまで展開を速めてしまったのは誰なのか。

 

 それは、元からある程度その存在を認知していて、その存在を恐れて焦るように動きだし、そのせいで美月を動員させてしまい、またそれらを踏まえたうえで最終的に自分の力で事件を解決してしまえる能力を持った人間。

 

 

 

 

 

 ――黒羽蘭だ。

 

 

 

 

 

 

「今回の中心人物は、間違いなく蘭だろう。あいつが珍しく吸血鬼事件に全力で首を突っ込んだから、ここまでの急展開になったんだ」

 

「どこまでが、あの子の計画通りだったのでしょうか」

 

 深雪が気になるのはその点だ。

 

 蘭は小学一年生になると同時に、魔法訓練と、精神干渉系魔法の研究に、妄執的に打ち込み始めた。

 

 特に打ち込んだ移動・加速系は、少ない系統で実戦的な能力を得るのに最適である。そして、一度触れられたら終わりとなるパラサイトの触手を避けるのにも効果的。

 

 精神干渉系魔法も、貢の報告によると、固有魔法を見つけたり、また見つけてからはそれを磨くのに熱心だったらしい。その固有魔法『プシオンコピー』が、パラサイトに対する最後の一手になった。

 

 これらを合わせると……打ち込んだ内容が、蘭が珍しく必死になって立ち向かったパラサイトに対して有効な手立てであった、と言わざるを得ない。これを偶然で片づけるには、あまりにも出来すぎだ。

 

 きっと本人は、「いどう・かそくけいは、こうりつがいちばんいいから」「こゆうまほうって、つよいらしいし、なんかかっこいいじゃん?」と説明するだろう。そしてそれは、十分に理屈が通っている。少なくとも、パラサイトが現れることを見越していた、などという未来予知説に比べたら、百人のうち百人が、蘭の理屈を信じるに違いない。

 

 精神干渉系魔法の研究を通して偶然パラサイトの存在に思い当り、敵意があった場合のその脅威の可能性にも行きつき、それが原因と思われる事件が起こったからあわてて首を突っ込んだ。偶然としては出来すぎだが、これが一番あり得るストーリーである。

 

「さあ、それは本人に聞いてみないと分からないな。とりあえず蘭も作らされるはずの報告書を読んでから、決めればいいさ」

 

 不思議な親戚だ。

 

 自分勝手で、生き急いでいて、おふざけが多い。これらはきっと、蘭の表面的な部分ではなく、パーソナリティそのものだ。

 

 だが、達也と深雪の秘密を幼くして知っていたことに始まり、彼女の行動のほぼ全てがこのパラサイト事件に収束していくような展開を見せている。何を考えているのか、何を知っているのか、どこまでが計画だったのか。彼女について、分からないことだらけだった。

 

「ただまあ、そうだな。一つだけ分かることがあるとすれば」

 

 深雪との会話中も、達也の手は止まっていない。あっという間に、お手本のように整った報告書が出来上がっていく。

 

 そして最後の一文字を打ち終え、間違いがないか確認を終え、画面から目を離し、天井を仰ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「多分、俺たちに敵意はないし、今のところ仲間、なんだろうな」

 

「……そうでしょうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兄妹(ふたり)の顔には、呆れたような、疲れたような、それでも明るい笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの激闘は、幹比古に大きな影響を及ぼした。

 

 幸い命に別状はなかったし後遺症も残らなかったが、パラサイトによるプシオン波の影響で幽体が酷いことになっていた。レオと同じ病院に即担ぎ込まれて、個室で家族たちによる幽体回復の儀式を受けなければ、2か月は寝込む羽目になっていただろう。

 

 だが絶対安静と継続的な儀式のおかげで、週明けとなる23日には学校に行けるようになっていた。肉体的なダメージがなかったのが幸いである。

 

 パラサイトの正体を掴み、その本体との激戦をその身で経験した幹比古の報告は、吉田家にとって、古式魔法界にとって、大変価値のあるものだった。厳しい父親から面と向かって真っすぐと褒められたのは、いつ以来だっただろうか。久しぶりに感じる学校の昼休み、いつものメンバーと昼食を取りながら、そのことを思い出して、胸が温かくなっていた。

 

「吉田君、本当に大丈夫なんですか?」

 

「うん、もう平気だよ。なんなら、もう一回戦えるぐらいにはね」

 

 隣に座る美月が顔を覗き込んできて、今朝からずっと心配してくれている。もう対応は慣れたもので、ちょっとしたブラックジョークも混ぜられるぐらいだ。

 

 あの夜。美月を守り通すために、幹比古は死力を尽くして戦った。その影響か、互いに自覚は無いが、二人の間の距離は大きく縮まっている。あまりにも「それっぽい」ので、気づいている周囲は、それを口に出してからかうことすらできない。ここからは、本人たちにゆっくり気付いてほしい。そんな周囲の生ぬるい視線にも、二人は気づかなかった。

 

「ほんとあらためて、みなさんには、かんしゃです」

 

 ようやく全員、このいつもの場所に集まれた。

 

 蘭は改めて、いつも通りの無表情といつも通りの安っぽい平坦な機械ボイスでそう言いながら、頭を下げる。すでに彼女との付き合いに慣れ始めた全員が、心の底から感謝しているのだと、察することができた。

 

「なんだか、私だけ仲間外れなような……」

 

「あんなのは二度と御免だよ。参加しなくて正解さ」

 

「ちがいない」

 

「巻き込んだ蘭さんがそれを言いますか?」

 

 雫は未だに交換留学でいない。ここに集まったメンバーで、吸血鬼事件に関わらなかったのは、ほのかだけだ。深雪からメッセージで事の顛末をあの翌日に聞いて、驚くことしかできなかった。

 

「カーッ、あと少し遅かったらオレも参加できたのになー!」

 

 レオは悔しがり、頭を掻きむしりながら叫ぶ。なんとか一撃は加えたが、彼は吸血鬼一人にやられ、戦線離脱している間にすべてが終わった。仲間たちが死闘を制したと言うのに自分はベッドの上と言うのは、なんだか悲しかった。

 

「いえいえ、れおくんのおかげで、そうきかいけつ、できたんですよ。えむ・ぶい・ぴー!」

 

「確かにその面はあるだろうな」

 

 蘭のフォローに、達也が乗っかる。そもそもレオが偶然情報を掴み、そしていきなり吸血鬼に遭遇しなければ、解決は大幅に遅れ、被害はもっと広がっていただろう。MVPかどうかはさておき、幹比古の道占いや、USNA軍のサイオンレーダーもなしに、初っ端から遭遇した彼の存在が大きいのは確かだ。しかもそんな状況から、リーナの横やりのおかげとはいえ生還し、証言まで残してくれた。十分な働きである。少なくとも、今朝に校門の前で待ち伏せして「私たちがいない間にずいぶん暴れたみたいね」なんて恨み言をぶつけてきた真由美と、深々と頭を下げて潔く礼を述べてきて余計に真由美の株を下げた克人に比べたら、活躍したと言えよう。

 

 こうした、ここに集まった子供たちとその妹弟のおかげで、吸血鬼事件は解決した。四葉が介入した政治取引でもあったのだろうが、日曜日にはその解決もニュースになっていた。

 

 USNA軍がマイクロブラックホール生成実験を、危険性を知りながら強行。そのせいで未確認生命体がこの世界に迷い込んできて、USNA国民に憑りつき、理由は不明だが日本に潜入して吸血鬼事件を起こした。あの大規模な交換留学は、世間の混乱を招かないように日本とUSNAが相談の上で偽装したもので、両国が協力して吸血鬼事件に対応し、無事解決した。

 

 かなり事実が捻じ曲げられているが、真実の部分を話してしまっては、日本とUSNAの国際戦争に発展しかねない。このような形にして、裏でUSNAから日本がいくらか利益を供与してもらう、と言う形が、両者にとって一番丸いのである。

 

「蘭さんは、すっかり英雄ですね」

 

「いえい」

 

 美月が、幹比古と反対側の隣にいる蘭に笑顔を向ける。それに対し、蘭は無表情のままピースサインを作った。

 

 そう、学生のプライバシーを考慮して表沙汰にはなっていないが、魔法師界隈では、蘭が吸血鬼事件を解決した立役者である、ということになっている。その中身はだいぶ歪んでいて、USNAと協力したことになっている。ただ、パラサイトの正体にいち早く気付いて行動し、仲間と協力して、その身の犠牲も顧みずに大きな脅威を高校生の身で退治したのは事実。蘭は、名実ともに、多少世間に伝わった情報は歪んでいるが、間違いなく英雄であった。

 

 

 

 

「…………でもさ、蘭」

 

 

 

 

 美月を挟んで、幹比古が、真剣な表情で、声を低くして、話しかける。

 

 その深刻な雰囲気を感じ取って、和やかな雰囲気は一瞬で霧散し、全員が黙り込んだ。

 

「もう、あんな、自分を捨てるような真似は、やめてくれ。僕らは何だって協力するから…………自分のことを、大事にしてくれ」

 

 幹比古の脳裏に浮かぶのは、自分たちの危機を見て、蘭がナイフで自分の頸を切り裂く光景。戦闘と言う激しい運動の末にそんなことをすれば、噴水のように血が噴き出す。

 

 ああしないと、どちらにせよ全員が死んでいて、パラサイトが生き残ってもっと被害が広がったのは分かる。達也に助けてもらえる算段があって、即死しないギリギリを突いていたのも分かる。

 

 それでも、もうあんなのは、見たくはなかった。

 

「そうです! 蘭さんが死んじゃったら、何の意味もないんですよ!」

 

 美月も、蘭の両手を、その柔らかな両手で取って包み、顔を近づけて叫ぶ。その分厚い眼鏡の奥の、この事件解決のカギとなった目には、あの夜の時ほどではないにしろ、涙が浮かんでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私たちにとっても、蘭さんは、大事な友達なんですから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 美月と幹比古の脳裏に浮かぶのは、自らの頸を切り裂いて血を噴き出し、自らの血だまりの中に倒れる蘭の姿だけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だいじなだいじな、ともだちと、いもうとと、おとうとに、なにしてくれとんじゃごらああああああ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 蘭があそこまで感情をあらわにして叫ぶのを、見たことがなかった。

 

 いつも無表情で、いつも御ふざけをしていて、飄々とすごいことをやってのける、色々助けてくれるけど、自分勝手な女の子。

 

 だが、この吸血鬼事件で、彼女が焦る姿を、彼女が弱弱しくショックを受ける姿を、そして彼女が激情を露に姿を、初めて見た。

 

 美月と幹比古は、「だいじなだいじな、ともだち」と、彼女に思われていた。

 

 声にも表情にも感情が出ず、自分勝手な彼女が、怒り狂って叫び、自らの命を引き換えにして守る程に。

 

「…………ありがとう」

 

 数秒の沈黙。その末に、蘭が、短い言葉を漏らした。

 

 そしてその直後に――あの、心の中の普通や常識がかき乱されて本能的な恐怖を覚える、でも慣れると愛嬌がある笑みを浮かべて、思い切り美月に飛びつく。

 

 その勢いに負けた美月が幹比古に倒れ込み、結果として蘭が、二人に抱き着くような形になった。

 

 

 

 

 

 

「もちろん、わたしたちは、ずっともだぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、そうだ。

 

 ずっと、蘭と、友達でいたい。

 

 だからこそ、この危なっかしい女の子と、ずっと一緒にいなければ。

 

 

 

 

 

 

 二人を見上げる蘭の笑顔を見つめながら、二人は、こうして、固い決意を結んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、蘭のやつはどこまでも……」

 

 2096年4月1日。

 

 黒羽貢は、新たな年度が始まる日だというのに、暗い顔をして、自室で手につかない仕事を放置して、ぼんやりとしていた。

 

 今まで散々苦労をかけさせられた。表情筋と声帯の障害は仕方ない。だが、小学1年生になるや否や訓練と研究に打ち込んで家族とのコミュニケーションをシャットアウトし、そうかと思えば四葉の集まりで達也と深雪の核心に迫る形で突っつき、仕組まれた暗殺は見事に回避をして見せ、中学に上がってからは少しはましになったかと思えば第一高校に進学すると我儘を言い出す。入学してからも、四葉の許容範囲ギリギリのレベルまで達也・深雪と交流し続けた。

 

 その揚げ句、1月には急に吸血鬼事件に首を突っ込み、貢を通すことなく亜夜子と文弥に直接増援を要請した。二人とも蘭を心の底から慕っている。何が何でも貢を説得して向かおうとするのを、間違いなく分かっていたのだろう。

 

 そして四葉の管轄ではない東京の事件だというのに、いきなりとんでもない成果を上げ、四葉もまだ情報を追い切れていなくて具体的な命令が出せていない間に、次々と急展開を巻き起こして、パラサイト全てを倒し、潜入していたUSNA軍の心を折って追い払った。

 

『パラサイト、ねえ。興味あったのだけど……残念だったわ』

 

 事件の後処理が落ち着いた後の真夜の言葉で、胃に開いた穴がより大きくなった。

 

 真夜はおそらく、蘭と達也からパラサイトの正体の仮説を聞いた時に、何か利用方法を思いついたのだろう。もう少し時間があれば、封印なりなんなりで生け捕りを命令していたかもしれない。だがそれが追い付く間もなく、高校で出会った友達とも協力して、全部倒してしまった。真夜の声音こそ柔らかだったが、あの無表情は、おそらくかなり怒っていたと思われる。

 

 未知の存在であったはずのパラサイトの正体を暴き、ほぼ倒すのが不可能な異次元・不可視の敵をかなり早期に倒して被害を食い止めた。しかも暴いた正体と言うのが、未だ観測できていない、精神に関する独立情報体であるという。精神干渉系魔法で「四葉」を戴く四葉家にとって、蘭のその活躍は、当主として持ち上げられてもおかしくないほどだ。もし蘭がもう少し今までトラブルを起こしていなかったら、文弥ではなく蘭を未来の黒羽家当主にするよう働きかけがあったかも知れない。

 

 そんなことがあって、貢の精神は荒れ果てていた。

 

 そこに追い打ちが襲い掛かってきたのは、2月の頭の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お父様、お願いがございます』

 

『僕たちも、第一高校を受験します!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 亜夜子と文弥が、志願変更期限ぎりぎりになって、こんなことを言いだしたのだ。

 

 黒羽家の、そして四葉家の未来の中核である二人こそは、地元の第四高校に進学するべきだ。蘭が第一高校に進学できたのは、彼女がすでに中核から外れていたから、ということもあった。この二人は蘭と違って地雷を抱えているわけではないが、また別の理由で許すわけにはいかない。

 

 貢は断った。

 

 だが二人も、頑として譲らなかった。

 

『ご報告した通り、お姉さまは、自分の犠牲を顧みないことがあります』

 

『確かに四葉の一族として、それは重要な資質でしょう。ですが、お姉さまのは、その度を超えているんです!』

 

 知っている。

 

 パラサイト相手にあまりにも時期尚早すぎる総力戦を挑むことになり、戦線が崩壊して全員が死にかけた時、蘭が自らを犠牲にした『プシオンコピー』を利用して、仲間たちを救った。話によると、この作戦は、パラサイトと戦うとなった時に、最初から作戦の一つとして入れていたらしい。達也の『再成』があるとはいえ、一歩間違えたら「死」である。

 

 

 

 

 

『お姉さまを放っては置けません! お傍で、私たちが見守る必要があります!』

 

『ですから、どうか! お父様だって、お姉さまには生きてほしいでしょう!?』

 

 

 

 

 

 

 痛いところを突かれた。

 

 別に死んでほしいとまではもはや思っていないが、生きてくれることを強く願ってもいない。

 

 それどころか、過去には、自らの長女であり、愛する妻が残した彼女を、殺そうとまでした。

 

 あの時の後悔と恐怖は、未だに貢を蝕んでいる。

 

 この二人は、その事を知らない。蘭も、二人に言ったりはしていない。言えば、きっとこの二人は蘭の味方をして、彼女と敵対的関係ともいえる貢と達也に立ち向かってくれるだろうに、何を思ってか、伝えていないのだ。

 

『そんなに……そこまで……そこまで、蘭を追いかけたいのか?』

 

『『はい!』』

 

 二人は即答した。興奮していた二人は、おそらく、蘭を追いかけて第一高校に行きたいのか、ぐらいの表面的な意味でしかとらえていなかっただろう。

 

 だが、貢の言葉には、別の意味もあった。

 

 二人は蘭を嫌っていたはず。だが初めてのミッションをきっかけに、一気にその距離が縮まった。

 

 

 

 その末に、蘭が第一高校に行きたいと知るや、貢の説得に回った。

 

 貢の反対を押し切って、蘭の呼び出しに応じた。

 

 そして今度は、蘭を追いかけて、貢をまた説得に来ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――二人はひたすらに姉を追いかけて、まるで蘭がたどった道のように、貢に逆らっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 可愛い娘と息子が自分の手から離れ、長女を追いかけていく。

 

 従順だったはずなのに、長女の人生を追うように、父親に逆らう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――まるで、亜夜子と文弥が、蘭になってしまったかのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このことに気づいた貢はその瞬間に心が折れ、絞り出すように、「もういい」と言うのが精いっぱいであった。急な志願変更を四葉に伝えた時、真夜が口先だけは「もっと当主の威厳を持て」と注意してきたが、微妙に同情していたのが逆につらかった。

 

 貢を中心とした黒羽家の秩序は、この時に、いや、もしかしたらずっと昔から、蘭によって破壊されたのだ。

 

「…………っ、はあ……」

 

 酷く胃が痛む。

 

 良い医者にも診てもらい、良い薬を処方され、魔法による生理的治療も受けた。ストレスからくるものなので、精神のスペシャリストである四葉の手を借りての治療も受けている。だがそれでも、回復する気配が一向にない。

 

 痛み止めの頓服薬を飲みながら、貢は察する。

 

 自分の胃の崩壊と、黒羽家の秩序の崩壊は、実にそっくりではないか。

 

「は、ははは、全く、愉快ではないか」

 

 いつの間にやら、自分が子供たちに依存しているみたいになっている。

 

 傍から見たら、子離れできない、情けない父親だ。

 

「……なあ、お前が遺した子供たちは、立派に育ったぞ」

 

 普段はめったに見ない、机の中に隠した、もうこの世にいない妻の写真。

 

 完全な恋愛結婚だったわけではない。政略結婚と表現するのもはばかられる、策謀と欲望が入り乱れた婚姻だった。

 

 それでも――彼女のことを、確かに愛していたのだ。

 

「もう亜夜子と文弥も高校生だ。蘭も上級生。どうなる事かと思ったが、三人とも仲もいい」

 

 未だに胃は激しく痛む。

 

 だが、今貢の顔に浮かんでいるのは、穏やかな笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに鳴り響く、通知音。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おっと」

 

 我に戻った貢は、写真をまた引き出しにしまって、コンピュータに届いたビデオ通話を承認する。

 

 そうか、もうそんな時間だったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

『『こんにちは、お父様!』』

 

 

 

 

 

 

 

「おお、何度見てもよく似合っているなあ」

 

 通話をかけてきたのは、自分の手を離れ、東京の第一高校で入学式を終えた、亜夜子と文弥だ。二人とも魔法科高校の制服に身を包んでいる。二人とも顔立ちも声も幼いが、いつの間にやら身長は低めながらも伸びていて、こうして制服を着れば、立派な高校生だ。

 

 そして画面をほぼ占領する二人の後ろから、ひょっこりと顔を出し、口を開いた者もいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はーい、パパ上! お元気?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――鈴の鳴るような可愛らしい声で、満面の笑みを浮かべて手を振る、黒羽蘭だ。

 

「ああ、元気だとも」

 

 嘘だ。だがここでは、元気な父親を演じなければいけない。

 

 なんだかずいぶん印象が変わった長女と、可愛い双子の娘・息子との通話だ。せっかくの入学式だし、暗い話はしてはいけないのである。

 

 

 

 ――吸血鬼事件が解決してからしばらく。

 

 魔法師界隈で知る人ぞ知る英雄となった蘭は、その事件の解決を機に、なんだか常に焦ったような雰囲気が少しずつ薄れていった。家での実験や自主練習もどんどん頻度が減り、放課後にどこかに遊びに行ったり、適当な部活動に誘われたら体験入部して暴れたり、美術部にいるという親友の所に遊びに行ってとんでもない絵を描いて絶句させたりと、思い切り余暇を楽しむようになったのだ。

 

 こうなってくると、貢を筆頭に事情を知る四葉関係者は「今までの行動はすべてパラサイトの出現を予期していたからでは?」という疑いを向けるし、またこれは蘭との交流がほぼ無い上に四葉の中でも愚鈍な少数派だが、未だ不明の国内にいる吸血鬼の内通者でマッチポンプで名声を上げようとした、と疑う者もいるほどだ。

 

 だが、何にせよ、蘭の行動が前向きになったのは良いことだし、彼女は表向きのみならず、四葉にとっても――真夜がパラサイトを生け捕りにしようとしていたと知るもの以外にとっては――精神現象に関する独立情報体を現代魔法師の視点で発見したのみならずそれによる災害を抑え込んだという偉業を達成した才女である。しばらく監視すべし、という方針は変わらず、また監視が少し厳しくなったのも確かだが、その変化はおおむね歓迎された。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、そんな中でも大きな変化が――蘭がついに、障害を治療する手術を受けると決めたことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 今まで誰も言いださなかった。言いづらいことこの上ないし、仮に勧めたとしても「じかんのむだだから、やだぴょーん」とか返事が来るのがオチである。だが、余裕ができた姿を見た亜夜子と文弥が思い切って提案してみたところ「あー、それもいいですねえ」と二つ返事で了承し、手術を受けたのだった。

 

 現代の技術は素晴らしく、魔法による治療も併用したこともあって、美しい顔に傷一つ残すことなく、手術を終えた。本人も最初は違和感があったらしいが、「これもこれで我ながら可愛いー!」と笑顔でスラスラ喋る自分を見て喜んでいた。「これはこれで」と言うことは前の自分もどうやら気に入っていたらしいのはなんだか引っかかったが、もう終わったことである。

 

『ねえ、お父様』

 

 そんなことを考えながら、亜夜子や文弥と話していると、ふと、声音を変えて、蘭が話しかけてきた。

 

「なんだね?」

 

 冷静で威厳がありつつも余裕のある父親を演じながら、娘に応える。一つ上だというのに亜夜子や文弥に身長もすっかり抜かされ、ほっそりとしていて華奢すぎる印象も抜けないが、二人に囲まれて慕われているその様は、まさしく姉そのものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第一高校に入れてくれて、本当にありがとうございました!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………可愛い娘の言うことだ、かなえてあげるのが、親と言うものだろう?」

 

 人の気も知らないで、と文句が出そうになる。それを必死にこらえて、心の底から楽しそうな娘の前で、理想的な親を演じた。だがその顔には自然と、苦笑が漏れ出ている。

 

(――なあ、そうだろう?)

 

 そして、ビデオ通話の死角になる所に置いておいた、愛する妻の写真に、そっと、笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美月ちゃーん、これどうするんだっけ?」

 

「えーっと、それはね」

 

 2096年4月半ば。入学式と部活動勧誘期間の激動が過ぎ、去年に比べたらかなり落ち着いた生活になっている。

 

 そんな穏やかな第一高校――生徒会と風紀委員は七草の双子と新入生代表のやんちゃ少年に手を焼いているがここには関係ない――の美術室で、蘭と美月は、他の部員たちに混ざって、協力して立体美術を完成させようとしていた。

 

 蘭は今まで魔法ばかりに打ち込んできたらしく、美術はからっきしだった。それはそれはもう、幼稚園生の紙遊びの方がマシなレベルである。だが、何回も美月目当てで遊びに来るうちに少しずつ上達してきて、クラスの中でもうまい方の小学生低学年程度までには成長してきた。

 

 ――黒羽蘭は、いろんな部活に体験入部した末、この4月から、美術部に正式に入部した。

 

 運動系の部活では大活躍して見せたのだが、最初から美術部に決めていたのである。他部活は、誘われたからせっかくだし体験してみるか、という冷やかし程度の意味でしかない。

 

 

 

 

 

 

「あはは、やっぱ楽しいなあ」

 

 

 

 

 

 

 隣で指導する美月の苦労も知らず、蘭は不器用な手つきで粘土の形を整えながら笑う。

 

 心の底から、楽しかった。

 

 ――黒羽家が、嫌いだったわけではない。亜夜子と文弥はずっと可愛いし、最初は余裕のなさからかまってあげられなかったが、ずっと大事な妹と弟だ。

 

 だが、それでも、窮屈さを感じていた。

 

 四葉家は、そして父親までもが、自分を殺そうとした。平然と蘭をこの世の闇へと堕とすミッションへ送り込んだ。死にそうになったことも二回ある。

 

 そこに追い打ちをかけるように、ある日、未だ人間がその姿を捉えられていない化け物の可能性に思い至り、いつそれが現れてもいいようにと、必死に魔法の訓練と開発に打ち込んで「生き急ぐ」ことしかできなくなった。第一高校に進学したのも、日本国内ならば東京でパラサイトが活躍する可能性が一番高いと思ったからだ。

 

 進学してからも、少しずつ楽しいことが増えていったし、大切な友達もできたが、それでも、焦りは増すばかり。

 

 だが、この冬に、ついにパラサイトを倒した時。

 

 彼女を縛っていた鎖が、全て外れた。

 

 まるで天のお告げのように知ってしまった使命を終えた蘭は、まさしく、自由になっていたのである。

 

 自分勝手と言われることが多かった。確かに、そういう面は大きい。

 

 だが、結局のところ、実際は、自分を追い立てる「使命」に「走らされていただけ」で、全然勝手に振舞ってなんかいない。

 

 でも、今は違う。

 

 

 

 

 

 

 今度こそ蘭は、自分の道を、それこそ自分勝手に、走れるようになったのだ。

 

 

 

 

 

 

「よし、多分できた!」

 

「う、うん、いいと思うよ!」

 

 ついに形が出来上がる。後はこれに着色すれば、自分の担当である、「自由」を表現する部分は完成だ。

 

 出来上がったものは、思うままにひた走り、駆け回れる、運動靴。

 

 その形は歪で、活発やさ未来への希望を表わす新品ではなく、使い古してくたびれたものになっている。美術的に言えば、お手本とは言えないだろう。これが今の蘭の限界だった。指導してくれた美月の困ったような笑顔が、その証である。

 

 だが、それでもいい。

 

 

 

 

 

 

 今まで散々「走らされて」くたびれた靴で、今度は自分の意志で「走れる」。

 

 

 

 

 

 これこそが、蘭にとっての、最大の自由なのだから。




これにて第1章・黒羽家苦労ばかりチャート編、完結です!
しかしまだ終わりません!

次回からは、第2章、中条家仲上々チャート編がスタートします!

どうぞ最後までお読みください!!!
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