魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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今更ですが、二章はオリキャラが多く登場します


2ー3

 中条家の日常は、わずかな戸惑いの中で始まった。

 

 結果として、その具合は、両親が危惧した程度に収まったと言える。

 

 だがそれはあくまでも、二重の予想外があった結果であった。

 

 そうした事情はともかくとして、そんな日常が始まった直後は、家全体にうっすらと気まずい空気が漂うこととなった。

 

 いつきのそのあとの行動は、偏執的と言えるところもあった。

 

 登校の時間はないというのに、朝は素早く起きて、忙しい時間の朝食の配膳を手伝いつつ、余った時間は魔法の練習。

 

 監視されることのないリモート授業中も、まともに話を聞かずに小規模な魔法の練習。

 

 リモート授業から解放された時間帯は、出された課題を高速で終わらせるか、「近くで遊んでくる」といって家を出ていく。ご近所の噂によると、近くの野山で魔法を使って駆け回って遊んでいるらしい。

 

 そしてその「遊び」から帰ってくると、ちょうどあずさが学校から帰ってくるので、部屋で一緒に話したり遊んだりお勉強をしたりする。もはや学ぶことはないと思われたいつきだが、あずさにたまにお勉強の質問をするらしい。時折あずさにとってすら高度だが、一緒に頭をひねって考えたり、工夫して調べたりするのが楽しいと、彼女は喜んでいた。

 

 また家族の中でも、いつきはよく動いてくれる。あずさも大変お利口で、食器の片づけや配膳や洗濯を手伝ってくれているが、不登校を境に、いつきもやってくれるようになった。

 

 そして夜の自由時間は、家族で軽いゲームをして遊んだり、魔法について少しずつ話したりする。日によっては子供たちだけで遊んだりする日もある。姉弟仲がとてもよく、一緒にお風呂にも入っているし、せっかく家が広いからと一人部屋を与えたのに一緒に寝てもいる。

 

 総じて見ると、いつきは、家族をないがしろにせず、またあずさとは特に仲良しだ。これについては、なんら問題視していない。

 

 

 偏執的と感じるのは、いつきの、魔法に関する向上心だ。

 

 時間さえあれば手元で行える小規模な魔法を練習し、まとまった時間が取れると野山を駆け巡って移動・加速系の魔法の練習、カナや学人と話すときも魔法についての話にはよく食いつくし、それに影響されてさらに魔法に関心を示したあずさとは二人の天才性が発揮される形で年齢不相応の話が展開されることもある。

 

「まさか、ここまで魔法に関心があるなんてねえ」

 

 子供二人が仲良く寝静まったころ、居間で夫婦水入らずの穏やかな時間を過ごしながら、カナはのんびりとした口調で夫に話しかける。

 

「魔法の仕組みは難しいから、普通はとっつきにくいものなんだけどなあ」

 

 現代魔法黎明期のころまでは、魔法は人類の憧れ、ファンタジーの世界であった。

 

 だが今や、魔法が当たり前の世界だ。なんらファンタジーではなく、魔法に対するあこがれは子供を中心に未だに残ってはいるが、もはや「脚が速くてかっこいい」と同列程度の憧れしか持たれていないのが現状である。大人は逆に、生まれながらに使えるかどうかが決まるスキルということで嫉妬が先行する羨望の対象になるという、どこか倒錯的な社会でもあった。

 

 しかも、超能力は別として、現代魔法は、その仕組みが難しい。特別な機械・CADで起こしたい現象に対応する起動式を選びながらサイオンを流し、送られてきた起動式に魔法演算領域で変数入力して、対象のエイドスに投射して情報を書き換え現象を発生させる。直感的に分かりにくいし、目に見える効果を発揮させるには、物理・化学の知識理解が必要となる。大体の子供は算数が嫌いなわけで、そこでいきなり座標やら時間やら振幅やらなんやらの変数を入力、なんて手順を必要する魔法は、非常にとっつきにくいのだ。

 

 かつてのゲームやアニメのように、なんとなく祈って魔力を練って呪文を唱えて……で行使できればどんなに楽だろうか。人より優秀であるがゆえに実際他の魔法師のほとんどに比べたら苦労しなかったこの二人が、それでもその勉学が大変だったという思い出を持つのが、魔法の難しさを物語っているであろう。

 

 だが、いつきはそれに強い興味を示し、おそらくほぼ全部感覚的に変数入力をしているだけだろうが、そこそこ実用的に魔法を扱えている。あずさも呑み込みが早くて、いつきと魔法で遊んだりしているらしい。

 

「早い所、色々教えないとだめかしらね」

 

 カナは少し真面目なトーンで呟く。

 

 魔法はその性質上、いくらでも事故が起きうる。またその身とCADだけで様々な現象を起こせるため、法律上の規制も多いし、マナー・常識の面でも制限が大きい。

 

 愛する我が子のためにも、その興味関心を挫くようで悪いが、心を鬼にして、魔法を使う上で絶対に覚えておくべきルールなどをみっちりと教え込むべきだ。

 

 特に、そう――精神干渉系魔法は。

 

「もう少し待ってからでも良いと思っていたけどなあ……子供の成長は早いものだ」

 

 二人の考えていたタイミングは外れ、下の子・いつきの思わぬ天才性は、中条家全体へと影響を及ぼし、「加速」させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっくんはすごいなあ!」

 

 そんな話がされていた翌日の夕方。

 

 あずさの、心の底から喜んでいるような賞賛が、いつきの部屋に響く。

 

 おもちゃや本を床に並べて作った即席のコース上を、魔法でビー玉を転がしてレースする遊び。そのコースの複雑さも、そんな中で叩きだされたタイムも、あまりにも年齢不相応なものだ。だが、これはあずさといつきにとって、当たり前の光景であった。

 

 この遊びであずさはいつきに負け越しているし、つい先ほど負けたばかりだ。一つ上のお姉さんとしてそれは悔しいし、ともすれば、嫉妬したりもう遊ぶのが嫌になったりしそうなものである。だがあずさは、純粋に、ただただかわいい弟の凄さに驚いていた。

 

「あずさお姉ちゃんもすごいと思うけど」

 

 抱き着いて頭を撫でてくれるあずさに身体を預けて甘えながら、いつきも姉を褒める。

 

 確かにレースはいつきが勝ったし、スピードも彼の方がだいぶ上だ。だが、あずさは、この複雑なコースで、「ビー玉を一度もぶつけることなく」完走した。

 

 ループや坂道などのように本格的な立体構造こそ作れていないが、連続急カーブやジグザグ道など、すでに「競技」レベルの複雑さもあるコースとなっている。いつきはかなりガンガンぶつけてしまったが、あずさは、一度もぶつけることがなかったのだ。それも、慎重にやったわけではなく、いつきに追いつきそうなほどの速度を維持したままで。

 

 いや、実際に、性格上、あずさはいつきに比べたらかなり慎重にやっていただろう。だが、あずさ本人としてみると、特に慎重にやったわけではなく、「いつも通り」だ。あずさはこの年齢にして、かなりの魔法コントロール力を、すでに身に着けていた。

 

 このように二人は、すでに魔法で遊ぶ程度まで技能が向上している。CADが買い与えられているわけではないため、およそ実践的とは言い難いが、逆にそれでも遊びとして成立しているあたり、そのレベルが覗い知れよう。二人の知的好奇心は天才性によって後押しされ、同級生の魔法師たちのレベルをすっかり飛び越してしまっていた。

 

 そんな風に二人で仲良く遊んでいるところに、ドアがノックされる。

 

「ちょっと二人にお話があるんだけど、いーい?」

 

「んー? いーよー」

 

 穏やかなお母さんの声。二人が魔法について気になることがあったら、お父さんと一緒に何でも答えてくれる。高校や大学で魔法を勉強したすごい親だとはなんとなく知っていたが、どんどん魔法の楽しさに触れるにつれ、あずさは両親の凄さを改めて感じさせられていた。

 

 呑気な返事をあずさがすると同時に二人は立ち上がり、部屋を出ていく。カナに先導されて階段を下りて居間につくと、そこには父親の学人が座っていて、四人分のお茶とおやつが用意されていた。

 

(なんか大事なお話かな?)

 

 あずさは内心で首をひねる。いつも用意されているお菓子に比べて、やや高そうだ。誰かからお土産で貰ったから一緒に食べようか、という雰囲気でもない。だからといって、いつきが不登校を決めた時のような深刻さもなく、あずさには何を話したいのか、判然としなかった。

 

「遊んでいたところすまないね。少し話したいことがあってさ」

 

「まーそれはいいんだけど。で、どんなお話?」

 

 全員が席に着いて一息つくや否や学人が口を開くと、いつきが本題に入るようにせっつく。ちょうど不登校になり始めたあたりからか、いつきは効率主義に近い性格になってきていた。今にして思えば、入学早々に不登校を決断したのも、この性格だったからなのかもしれない。

 

「二人とも、最近よく魔法のお勉強をしているね?」

 

「うん、すっごく楽しいの!」

 

 あずさは元気よく答える。

 

 魔法は奥深い。絵本に出てくる「おまじない」のような何でもできる便利さには程遠いが、その数々の制限が、逆に知的好奇心を駆り立てる。あずさは、魔法という学問の虜になりつつあった。

 

「そうか。興味を持ってくれたみたいで、僕たちも嬉しいよ」

 

 そう言って学人は柔らかく笑う。しっかりとした大人の男だが、生来の穏やかな性格もあって、その笑い方はあずさによく似ている。

 

「ただ、前も話したと思うけど……魔法は、すっごく危ないものだから、気を付けて使うのよ?」

 

「うん、わかってるよ?」

 

 カナの言葉に、いつきは不思議そうにしながらも頷く。これまで魔法について何度も教わっているが、その度に口を酸っぱくして言われていた。だからこそまだCADは買い与えられていないし、使う魔法の種類についても細かく制限されている。特に発散系は水蒸気爆発が、振動系は失明や火傷が、放出系は感電が、それぞれ予測される事故としてあるため、使用を禁止されている。また移動・加速系も、その速度は制限されていた。子供に爆発物や火や電気を触らせず、自転車でスピードを出しすぎないようにする、というごく当たり前の教育の延長線上だ。

 

 そしてそんな制限を、二人は、その身一つで実行できるにもかかわらず、忠実に守っていた。

 

「ああ、二人とも本当にいい子ね」

 

 そうしてカナは二人の頭を撫でる。ほっそりとした、それでも自分たちより大きな手で撫でられるのも、あずさは大好きだった。目を細めて喜ぶ。

 

「それで、今日は、二人とも魔法がどんどん上手になっているから、改めてその危険性を教えようと思ってね」

 

 そうして学人がキッチンから持ってきたのが、いたって普通のリンゴだ。

 

「テレビとかで見たことあると思うけど、すっごく大きな男の人が、リンゴを握りつぶしているね? じゃあ、それをカナはできると思うかい?」

 

「え、できないよね?」

 

 あずさは即答する。カナは美人だが、近所のお母さんたちに比べたら細身で、言ってしまえば弱弱しい印象だ。あずさたちからすればそれでも大人なのでパワーは全然違うが、さすがにリンゴを潰す姿は想像できない。

 

「そう、普通はね」

 

 そう言ってカナは、なんでもないことのようにリンゴを手に取り――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――まるで豆腐にそうするようにすんなりと、いきなり指を突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、えええええ!?」

 

 あずさはのけぞって驚く。椅子が後ろに倒れそうになるのを、いつきがとっさに支えなかったら、盛大に倒れていただろう。

 

「これ、握りつぶす流れだったよね?」

 

 いつきはあずさに比べたら冷静だが、姉を支えながら困惑の表情を浮かべていた。そういえば、いつきがこんな表情するのは久しぶりだな、と学人は思いつつ、説明する。

 

「今のは、指先を固める硬化魔法、手の動きを速くしながらその慣性の中和もする加速・移動魔法、突き刺した時の衝撃を強める加重魔法、これらを組み合わせたものだ」

 

 リンゴを握りつぶすどころか、豆腐にするように指を突き刺す。見た目はだいぶ地味だが、想像をはるかに超えた現象を、二人の前で起こして見せた。

 

「こんな風に、魔法って、簡単に物を壊せるのよ。それこそ、私たちが魔法を本気で使ったら、それか暴走させちゃったら……この家を数分で破壊できちゃうほどなの」

 

「…………っ」

 

 あずさは、一瞬理解ができなかった。話のスケールが違いすぎる。

 

 だが、賢い彼女は、その言っている意味を理解し始めると同時に――背筋に、冷たいものが走った。

 

 やろうと思えばこの家を一瞬で破壊できるという両親に恐れおののいたのではない。

 

 両親が言いたいこと。その本質。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法は、簡単にものや人を、破壊できてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………うん、よくわかったよ」

 

 あずさが言葉を失う中、いつきはまだ冷静だったようで、神妙な顔をしているが、はっきりと返事をした。

 

 そんな可愛い弟の姿が頼りになるように見えてしまい、あずさは縋るように、隣の彼の手を握る。すかさず握り返された彼女は、伝わるぬくもりに安堵するが――すぐに、怖くなって放してしまう。

 

 脳裏に浮かぶのは、先ほどのリンゴ。

 

 握りつぶすことすら超えた、小さいながらも、確かな破壊。

 

 今、自分が魔法を暴走させてしまえば――いつきの小さな可愛い手すら、握りつぶしてしまう。

 

 生来臆病なこともあり、あずさは、今この時初めて――魔法の恐ろしさに、押しつぶされそうになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫だよ、お姉ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、その放したはずの手が追いかけられて、無理やり握られる。

 

 ぬくもりが伝わってくる。

 

 恐怖におののくあずさは力が入らず、それから逃げることはできない。

 

 そうして、どうしてよいか固まっているうちに、いつきの手のぬくもりが、だんだんと手に伝わってきて――いつの間にか、震えがどんどん収まってきていた。

 

「お父さんとお母さんは、今こうして、元気なんでしょ? だから、お姉ちゃんもボクも、きっと大丈夫」

 

 はっとして、弟の顔を見る。

 

 隣のいつきは、椅子から身を乗り出して、あずさの手を握りながら、いつも通り、朗らかに笑っていた。

 

「うん……うん、そうだよね!」

 

 それを見て、あずさも、元気を取り戻す。そして笑顔を浮かべ、その手を握り返した。

 

「そういうこと。魔法はね、使い方を間違えると危険だけど、上手に使えば、とってもすごいことができるの。面白いことだっていっぱいできるし、人を助けることだってできる」

 

「そうだ。だからこれからも、気を付けながら、いっぱい魔法で遊んでもいいんだぞ」

 

「「うん!」」

 

 可愛い子供たちが、そろって頷く。

 

 それを見て、カナと学人も、つられて笑って、頷いた。




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