魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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「おとうさま、らんです」

 

 割と無遠慮なノックのあとに聞こえてきた声に、貢は思わず肩を跳ねあがらせた。今まで自分から一切話しかけてくることがなかった不気味な長女が部屋を訪ねてくるなんて、全く想定していなかったからだ。

 

 今すぐにでも逃げ出したかったが、それも不自然なので、震える声を必死に押さえて中に入るよう促す。

 

「それで、なんの用かね?」

 

 半分ぐらい、外部の人間に接するときの威圧的な態度が出てしまっている自分に嫌気がさす。自分の娘だというのに。

 

 そんな娘は、気にしている様子もなく、一切端正な顔を動かさないまま、相変わらずの安っぽい合成読み上げソフトのような不気味な声で口を開く。

 

「おとうさま、いま、くろばから、しめいしている、とうしゅこうほは、だれですか?」

 

 瞬間、意識が遠のきそうになった。修羅場をいくつも乗り越えていなければ、多分失神していただろう。

 

 この娘は、一切情報をシャットアウトしていたはずだ。なにせ自分から全く聞きに来ないのだ。だから、本人が望むならと言い訳がましくして、四葉に関わる情報は、彼女を仲間外れにして、亜夜子と文弥にだけ教えていた。使用人たちにも余計なことは話さないよう厳命していたし、その厳命がなくても不気味がって話しかけないはずだ。また、やはり以前の達也と深雪の魔法について知っていそうな素振りも気になっていたため、情報制限には細心の注意を払っていたはずだ。

 

「……どこでそれを知った?」

 

「かぜのうわさ」

 

 いつも棒読みだし、いつも無表情だから、その様子からは、百戦錬磨の貢と言えど嘘か真かは判別できない。ただ、風の噂で聞くはずがないので、間違いなく嘘であるという判断はすぐにつく。これは騙そうとしているというよりも、これまでのぞんざいな対応と同じで、適当な口から出まかせだ。

 

 追及するべきなのだろう。しかし、突然の訪問に動揺していた彼は、ついそれを避けてしまう。

 

「そうか……長女の君には黙ってて悪かったが、総合的に判断して、次期当主候補は、黒羽家からは文弥を出すつもりだ」

 

 本来なら、蘭を出すのが筋だ。実力的に見ても、早くから自主訓練を積んでいただけあって、今のところ蘭の方が圧倒的に上回っている。しかし、こんな娘を、たとえ冗談でも当主候補にするわけにはいかない。それでも、半強制的でもよいから、一言伝えておくべきだったのは確かだ。

 

「じゃあ、わたしは、ぜったい、ない?」

 

「ああ、すまないけどね」

 

 答えた瞬間、貢は全身が総毛立ち、恐れおののいた。

 

 蘭の顔には、あの、間抜けで奇妙な笑顔が浮かんでいた。あの生首饅頭なら違和感ないが、スラリとした手足と胴体がついていてお人形のような端正な顔立ちでこの笑顔は、あまりにも、精神の常識的な部分をぐちゃぐちゃに乱してくるような違和感と不気味さがある。

 

「そう。じゃあ、あとひとつ、おねがい」

 

「……なんだ?」

 

「わたしの、こゆうまほうが、だいたいわかったから、いつでも、じんたいじっけん、できるよう、おねがい」

 

 気絶しなかったのは、奇跡と言っても良かった。

 

 この娘が加速・移動系魔法以外に、精神干渉系魔法にも執着しているのは知っている。なにせ自室にこもって、ずっと、色々な精神干渉系魔法を試し続けているのだから。ごく小規模で、行使対象もいないいわば魔法の空打ちだが、魔法による改変への感受性が高い者が揃っているため、この家では周知の事実だ。なぜここまで「憑りつかれたように」執着しているのかは定かではないが、ただ一つ、あの入学式の日になって急に、自分の魔法データを理解しだして、精神干渉系魔法に高い適性があることを自覚しだしたのがきっかけなのは確かだ。

 

 しかし、それでも。

 

 

 

 

 なぜ――――「固有魔法がある」とわかっていた?

 

 

 

 

 四葉の血筋は、精神干渉系魔法か、はたまた特異な魔法、どちらかに高い適性を持って生まれてくる。そして前者の場合、固有の魔法を覚えるパターンがほとんどだ。

 

 これは四葉の中では常識ではあるのだが、しかしながら、先ほどの当主の件と同じように、蘭が知る余地はないようにしていたはずだ。

 

 そしてここで、貢の優れた思考力が、一つの恐ろしい予想を立ててしまった。

 

 もしかして、あの自室の研究は、固有魔法を探していたのでは?

 

 つまり――小学校に入学した段階で、そのことを知っていたのでは?

 

 貢の心を、恐怖が支配する。

 

 亜夜子と文弥には、小学一年生の早い段階でこのことを教えて、自分の適性を見出すことを指示していた。亜夜子はこれといって系統ごとの特徴はないが、干渉可能領域の圧倒的な広さがウリで、今はそれの活かし方を模索している。文弥は精神干渉系魔法に高い適性を示し、今は固有魔法を探っているところだ。

 

 しかし、蘭は、何も教えていないのに、勝手に見つけ出してしまった。

 

 しかも恐ろしいことに――人体実験を、当たり前のことだと、すでに考えてしまっている。比較的ドライで冷酷さがすでに身についている亜夜子と文弥ですらまだその段階には至っていないのに、だ。

 

「そうか……おめでとう。ちなみに、適性魔法はなんだね? それに合わせた準備をしておこう」

 

「きょうめい」

 

 意外過ぎて椅子から転げ落ちるところだった。

 

 ジョークとしか思えない。こんな共感性の欠片もないし、相手に共感される要素もない娘の適性が、よもや共鳴だなんて。

 

 しかし、嘘を吐く理由はここではないはずだ。これ以上問答していると鬱病になりそうなので、とりあえずすんなり受け入れて了承する。すると娘は礼も言わずに部屋を去り、地下訓練施設に向かっていった。

 

「……とりあえず、報告しなければ」

 

 ドアを閉め、鍵を閉め、防音障壁を張って、本家に秘密回線で電話をかける。あの蘭は、異常だ。もはや自分の手に余る。

 

 ――その相談の結果、本家からの命令内容に安堵してしまった彼は、親失格で、非人道的で、しかしやはり人間的であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が生まれてしばらく、彼が持つ世界を破壊しかねない力は、四葉を混乱に陥れた。結局、四葉が持つあらゆる方法をもってしてなんとか一時的な解決にこぎ着けたが、一族全体として、達也の扱いには困り果てていた。貢は達也の扱いに関しては、当初は「この場で殺すべき」と進言するほどの過激派だった。

 

 しかしながら、今日は、その達也に救われることとなっている。

 

 先日本家から命令されたのは、訓練に乗じて蘭を殺すというものだ。同級生同士の訓練として蘭を油断させ、達也が「うっかり」殺してしまう。そういう手順である。

 

 蘭は、こんなのでも、実の娘だ。意図的に殺すというのは忍びない。しかしながら、蘭が生まれて以来心を乱され続けている貢は、「本家の命令だから仕方ない」と自分に言い聞かせながら、これを承諾した。

 

 所詮は引きこもりの子供。この訓練が穴だらけで危険だらけだというのに気づかず、事故に見せかけた危険行為で死ぬことになるのだろう。

 

 

 

「そのまえに、るーるをかくにん、したいのですが」

 

 

 

 そうして、いつもの不気味で平坦な声でそう言われて、貢はいよいよ気絶しかけた。

 

 そして彼女の口から飛び出てきた多量の提案は、この訓練から意図的に排除していた、安全策の数々だった。やはりどこからか知っていたようで、達也の『分解』禁止まで提案してくる。

 

 その言葉は達也も聞こえていたようで、小さく顔をゆがめている。ファーストコンタクトのあの会話から容易に察していただろうが、今確信に変わったのだろう。

 

「な、なあ。確かに、言われてみると今回の訓練は、ルールが少し危険だったな。蘭の言うことはもっともだ。でも、殺傷性ランクDまでって言うのはやりすぎじゃないかね? 一般的な子供が行う魔法競技でも、Cランクまでは許されていることが多いよ?」

 

 せめて、達也が少しでも蘭を殺しやすいように。実の娘を殺されやすくするために騙すという悪行に胸を痛めつつ、貢はそう提案する。

 

「そうですか。では、じょうけんがあります」

 

「なんだね?」

 

 所詮子供。提示してくる条件はたかが知れているはずだ。貢はこの期に及んで現実逃避気味に自分に言い訳しながら、その条件を聞こうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いまからおとうさまを、くだものないふで、めったざしにします。おとうさまは、いっさいていこうしては、いけません。それでおとうさまが、しななければ、そのるーるで、たたかいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数多くの修羅場をくぐってきた貢の背筋に、これまでほとんどないほどの怖気が走る。

 

 なんだ、「コレ」は。

 

 貢は純粋に恐怖した。蘭の表情からは窺いきれないが、間違いなく、本気でそう言っていると確信できてしまう。

 

 殺傷性ランクCは、確かに、果物ナイフ程度だと言われている。小型で耐久性もなく大して鋭くもないナイフ、ということだ。大怪我の確率は相応にあるが、よほど当たりどころが悪くない限り死ぬことはない。

 

 しかしながら、それに無抵抗でめった刺しにされるとなれば、間違いなく死ぬ。

 

「しーらんくは、それほどのまほうです。わたしは、しにたくないので、おとうさまのみをもって、あんぜんをしょうめいしてください」

 

 様子に迷いはない。これで貢が折れると、確信しているのだろう。

 

「……わかった。確かに、Cランクも危険だな。Dランクまで、というルールにしよう」

 

「ものわかりがいいひとはすきですよ。ほれちゃいそうだぜ」

 

 親に向かってなんて口のきき方だ。

 

 貢は不思議と、そう思うことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あのあまりにも不気味なファーストコンタクトは、達也の頭から離れなかった。

 

 貢ですら本気で彼女がどこからその情報を手に入れたのか分からないらしい。達也としても皆目見当がつかないが、一つ言えることは、何かしらの方法で、あの不気味な同輩――黒羽蘭は、達也と深雪の力を知ったのだ。

 

 それが確信に変わったのは、「さりげなく殺すように」と吐き気すら通り越すような邪悪な命令を受けて挑んだ、茶番のような訓練の時だ。

 

 蘭は間違いなく、今自分が殺されそうになっている、ということを分かっていた。あのルール変更は、裏を何も知らない子供がいたって常識的な判断で提案した、というものには見えない。

 

 そしてその提案の中に、わざわざ彼女が知るはずのない達也の『分解』を名指しして禁止する項目があった。このせいで、達也は安易に『分解』で止めを刺せなくなってしまった。もし行使しても殺しきれなかったら、ルール違反となってさりげなく訓練の中で殺すというのが不可能になってしまうからだ。

 

 結局、貢が脅し同然の反論に丸め込まれて、小学生魔法師が遊びで行う戦闘ごっこのようなルールでの訓練となってしまった。片方が初の実戦訓練ともなればこれぐらいは当たり前だが、「四葉」という単位で見るとあまりにも温い。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその戦いの結末は――一生記憶の底に蓋をしてしまっておきたいものとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 帰りの車の中、助手席で黙って俯いて座っている達也の脳裏からは、自分のズボンとパンツに手を伸ばして飛び込んでくる、人間が浮かべるにはあまりにも不気味な笑顔の少女が離れなかった。


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