魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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 いつきの不登校が完全に中条家の日常となり、気まずさもなくなるまで、さほど時間はかからなかった。

 

 相変わらずいつきは偏執的ともいえるほどに魔法に打ち込み、あずさも今まではお勉強が中心だったところを、自由時間のかなりの部分を魔法に費やすようになった。

 

 そうして、そんな日常が始まって、2年ほど経ったある日、あずさが「今まで聞いたことない魔法が使えた」と両親に報告をした。

 

 念のために、屋内ではなく開けた場所で、二人による徹底的な安全管理の下で、かなり規模を抑えて、それを実践してもらった。

 

 そうして発現したのは、清澄なプシオンの波動。その得意魔法故に、精神干渉系魔法に耐性が高い二人すらも、それに気を取られ、一瞬、トランス状態になってしまった。

 

 十数秒後に正気に戻った二人は、これが、国立魔法大学編纂・魔法大全・固有名称インデックス、略称インデックスに登録されていない魔法だと、すぐに判断した。精神干渉系魔法はその性質上、インデックスに載っている数は少ない。開発が忌避されており母数が少なく、また仮に開発できたとしても秘匿され、さらにそもそもこの系統を使える魔法師が少ない、という事情だ。故にこの系統に詳しい二人は、インデックスの範囲どころか、秘匿された魔法でもメジャーなものなら、全部おぼえている。そんな二人の記憶に、これに類する魔法はない。

 

 つまりこれは――

 

 

 

 

 

 

 

「固有魔法、かあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――娘が、より特別な魔法師であることを意味している。

 

 小学四年生。二年生の時点で高学年の範囲まで理解してしまったあずさは、今や中学生の内容を勉強している。クラスメイトと一緒にいるのが楽しいので特別学級にはなお移っていないが、その非凡な頭脳は日々進化し続けていた。

 

 それと同時に、魔法の腕も進化し続けている。学力と同じように、激しい魔法でなければ中学生レベルにまでこなせる。特に複雑で細やかな魔法は素晴らしい出来だ。干渉力の面では突出しておらず、競技などには向かないかもしれないが、将来が嘱望される魔法師である。

 

 そんな娘が、特別な魔法を持っていた。

 

 固有魔法。一部魔法師の間で勝手にそう呼ばれているそれは、ある一人しか使えない、ないしは生まれながらの適性があるごく少数しか使えない、非常に属人的な魔法のことを指す。戦略級魔法と呼ばれる、近年開発が激化している大規模破壊兵器並の効果を発揮する魔法のように、干渉力の規模が大きすぎるがゆえにごく一部しか使えない……という仕組みではない。その小規模なものですら、限られた一人しか使えない、真に特別な魔法だ。

 

 しかも、精神干渉系魔法である。

 

「すごいな、あずさ! これは、とっても特別な魔法だよ!」

 

 学人は笑顔を取り繕いながら、娘を褒めたたえる。内心には気づかれていないようで、素直に喜んでいた。

 

 禁忌とされる精神干渉系魔法に高い適性を持ち、固有魔法まで持っている。

 

 もはや、この、良い意味でも悪い意味でも莫大な可能性を秘めた娘は、自分たちだけではぐくんでよいものではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さんとお母さんはね、その特別な魔法に詳しい先生たちを知ってるの。その人たちに、いっぱい教えてもらいましょう?」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分に眠っていた可能性に気づいたあずさは、喜びから素直に頷いた。

 

 それを見て、カナと学人の胸が、罪悪感で痛くなる。

 

 これが娘にとってデメリットであるはずがない。彼女の今後のためにも、この社会のためにも、必要なことだ。必死で自分に言い聞かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日以来、あずさの研究所通いが始まった。

 

 最初のうちは月に一度程度だったが、すぐに研究者たちはその魔法の偉大さに気づき、積極的な協力を申し出る。

 

 これを以て、あずさのこの固有魔法には、心の魔を祓う清澄なる弓の音、ということで、『梓弓』と名付けられた。

 

 そしてそれとともに、専門家の下で、精神干渉系魔法に関する倫理観について、今まで以上の徹底的な教育を施されることとなった。あずさはそれを吸収し、元々持っていた正義感と自制心と道徳心もあって、模範的な魔法師となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――特別な魔法を見たこの日。

 

 ――二人は娘に、「首輪」をつける決断を、せざるを得なかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中条あずさの日常に研究所通いが加わったが、中条家の日常にそれ以外の変化はさほどない。

 

 いつきは、相変わらず、自室でリモート授業を聞き流しながら精神干渉系魔法の研究をして、まとまった時間が空いたら近くの山林を移動・加速系魔法で駆けまわって運動して、あずさと家にいるタイミングが被れば一緒に遊んだり話したり勉強したり魔法の練習をしたりして、時折家族のだんらんも楽しみ、あずさと一緒にお風呂入ったり寝たりしている。変化したことと言えば、あずさが研究所通いを始めた分一緒にいる時間が少し減ったのと、遊びの割合が減って魔法練習や研究の割合が増えたぐらいだ。

 

 不登校を始めてから半年ほど経った頃のある日、精神干渉系魔法の研究ばかりしていることに、その性質上不安を覚えたカナが問いかけたところ、こんな答えが返ってきた。

 

 

「前に見せてもらった紙で、得意魔法が、お姉ちゃんと同じ、精神干渉系? っていうのだったから。なんか、ボクだけの特別な魔法とかないかなーって」

 

 

 自分に特別な何かがあるかと思って色々試す。子供ならば通る道だし、カナにも学人にも覚えがある。幸い手元で家に入ってきた虫などに試す程度なので、危険性も少ない。二人は胸をなでおろした。

 

 とはいえ、それから二年後に、あずさが『梓弓』を見出したし、いつきは相変わらずその研究を続けているので、若干笑い事ではなくなってきているのだが。

 

 そんな魔法師一家としては破格に穏やかな日常が過ぎ、あずさの小学校卒業が迫ってきた10月。今まで家族から誘わない限りは自分からどこかに行きたいと言い出さなかったいつきが、急に、おねだりをしてきた。

 

「ねえねえ、ボク、論文コンペっていうの、見てみたい!」

 

「論文コンペかあ」

 

 学人はぼんやりと、学生時代の思い出を脳裏に浮かべる。

 

 あいにくながら代表にはあと一歩のところで届かず、研究内容的にも補佐にすら選ばれなかった。ただ、代表メンバーたちからはアドバイザーとしてよく頼られ、事実上の補佐扱いだったのだ。

 

 正式名称・全国高校生魔法学論文コンペティション。大学の機能をある程度高校が背負うようになって久しくなったころ、他学問分野では進んでいた、高校生による大々的な研究発表の場を、魔法学界でも設けようとして始まったイベントだ。学人たちが学生だった頃はまだ始まって数年だったが、最近ではすっかり、九校戦と並んで伝統行事となっている。

 

 各学校から選ばれたたった一人の代表のみが発表を行うため、その内容は必然的に高度となる。小学生どころか、同じ高校生たちですら理解できないこともあるだろう。

 

「いいんじゃないかしら」

 

「そうだな」

 

 だが、カナと学人はすぐに、家族で論文コンペを見に行くことにした。子供は二人とも小学生だが、その天才性は未だ衰えることなく、あらゆる学びを吸収し続けている。今やその魔法の腕も、魔法科高校の二科生ぐらいにはある。ならば、この論文コンペに参加する意義はあろう。

 

 研究室から帰ってきたあずさにこの話をしたところ、大変喜んでくれた。

 

 行き先は渋いが、そういえば久しぶりな気がする家族旅行だ。

 

 子供たちも将来あの舞台に立つかもしれない、という親バカ気味の期待を抱きつつ、見た目ではあまりにも場違いな子供二人がいても大丈夫なように、さっそく知り合いのコネを使って、入場券を融通してもらうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごかったね、いっくん!」

 

「うん!」

 

 論文コンペから帰ってきて。

 

 あずさといつきは、ずっと興奮しっぱなしだった。公共の乗り物はバスや電車から、技術がはるかに進歩して、少人数をプライベートに運ぶ個型電車(キャビネット)となった。当然家族水入らずの移動であり、帰りの移動でも、両親も交えて、各論文の概要が説明されているパンフレット片手に、色々語り合った。

 

 その興奮は家に帰ってきてからも収まらず、パンフレットを防水タブレットにダウンロードして、お風呂に持ち込み、いつきと色々語り合う。

 

 あずさが今回特に興味を示したのは、摩擦力の操作による乗り物の効率化だった。他発表に比べたら子供にもわかりやすく、また実現可能性が高くて、想像もしやすい。摩擦力自体は単純な力とは言えないので一概に「簡単」とは言えないわけだが、ともかく、そうしたこともあって、彼女は色々と想像を巡らせていた。

 

「例えば、船のブレーキは、水の上を浮いているわけだから、結構大変なんだけど……」

 

 湯船につかるいつきの目の前に風呂桶を浮かべ、少しだけ力を加えて滑らせる。

 

「ここに魔法の補助をつければ、今まで以上に安全になるんだよね」

 

 その風呂桶は、不自然なタイミングで止まる。あずさが使った、移動・加速系の、減速魔法によるものだ。

 

「うん。ただ、大きな船となるとその移動にかかるエネルギーは大きいから、減速魔法で止めようとすると、魔法師が大変なんだよね」

 

 いつきがうなずく。そのわずかな身じろぎが浴槽に波を起こし、静止していた風呂桶を揺らす。

 

 たった今風呂桶にやった程度ならば、今まさしく止まった通り、子供でもできる。

 

 だが大型船舶ともなると、その移動のエネルギーはすさまじく、また魔法によるブレーキが必要となると速度はそれなりに出ているだろう。一つの対象へ起こせる魔法は原則同時に一つまでなので、一人の魔法師が単一の減速魔法で、その莫大なエネルギーを抑えなければならないのである。並の魔法師では当然無理だ。

 

「でも、船に減速魔法をかけながら、他の魔法師が船と水の間の摩擦力に干渉して強くすれば……」

 

 いつきは先ほどあずさがやったよりも強く押す。その速度は当然先ほどに比べて速く、すぐに浴槽の端に届きかねない。

 

 だが、あずさが先ほどよりも弱い減速魔法を、いつきが風呂桶とお湯の間に発生した摩擦力を強化する魔法を、それぞれ使うことで、先ほど弱く押した風呂桶と同じように、ぴったりと止まった。

 

「「魔法師一人当たりの負担は少なくなる」」

 

 揃った声が、風呂場に反響する。いつきは五年生だというのに未だ声変わりする気配はなく、あずさと声がそっくりだ。また二人ともまだ成長期が来ていないのか、学年のわりにかなり小さい。あずさもいつきもそれは気にしていて、特にいつきは「伸びろ伸びろ」と念じながら、運動にジャンプを取り入れたりしている。未だに二人で浴槽に入っても窮屈に感じないぐらいしか、メリットはなかった。

 

 この技術は、どうやら現段階でも刻印魔法を用いれば実現可能らしい。今やったような緊急ブレーキ以外にも、普段から摩擦力の軽減・増強を取り入れれば、移動手段にかかるエネルギー資源はぐっと節約できるだろう。

 

 第三次世界大戦については二人とも勉強した。その理由の一つが、エネルギー資源不足だった。魔法は、新たなエネルギーとして、社会のコアな層から期待されているようである。

 

 そう、つまり。

 

 十代のお姉さん・お兄さんが、大人顔負けの研究をして、この社会を大きく変えるような発見・発明をしたということだ。

 

 魔法と言う技術と学問の虜になったあずさは、その姿に、強いあこがれを抱いた。

 

 

「いいなあ、すごいなあ」

 

 

 人前で話すのは未だに苦手だ。慣れたクラスメイトの前ですら、上手に喋れない。卒業式で卒業生代表スピーチの候補になっていると担任から聞いたが、強く辞退したいところである。

 

 だが、いつか。

 

 自分も、あんなふうに、魔法で社会をより良くするような研究と発表をしてみたい。

 

 その小さな体を洗う手はいつの間にか止まり、あずさはキラキラした笑顔を浮かべて、天井を見上げる。

 

 その目線には天井は映っておらず、今よりもきっと身長が伸びた自分が、立派な発表をして、観客たちから万雷の拍手をもらっている姿が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、論文コンペ、出てみたいの?」

 

「うん!」

 

 

 

 

 浴槽でくつろぐ弟の問いかけに、あずさは即答する。

 

 小さな体を泡だらけにしたまま、彼女は、顔を輝かせてフンスフンスと鼻息を荒くして、両腕を突きあげた。

 

「そっか、ボクも応援するよ」

 

 そんなあずさの姿を見て、いつきは、嬉しそうに微笑んだ。




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