魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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 中学校に進学してから一年が経つ。小学校が地元だったのに対し、中学校は家から少し離れた私立だったため当初は緊張していたものだが、今やすっかり慣れた。

 

「ねーねー、中条さん。スピード・シューティングの練習付き合ってくれない? 新入生にかっこいいトコ見せたいからさ」

 

 帰りのホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴る中、のんびりと立ち上がったあずさに、同級生の快活そうな女子が声をかけてくる。去年も同じクラスだった女の子で、誰にでも分け隔てなく明るく接することができる、人気者だ。

 

 彼女は魔法系の部活がそれなりに盛んに活動していることに魅力を感じてここに進学してきた。腕前も中々のもので、スピード・シューティングに限定すればあずさと良い勝負ができるほどである。

 

 

 

 ――そう、未経験のあずさと比べて、「良い勝負」と表現せざるを得ないほどの腕だ。

 

 

 

 彼女が下手なわけではない。突出した才能は無いが、これ目当てでこの名門私立中学に進学したぐらいだから、その熱意はかなりのものである。そしてその熱意は実力へとつながり、人口自体が少ないので小規模なものにならざるを得ないが、大会でもそこそこ勝っている。

 

 異常なのは、あずさの方であった。

 

 魔法の適性としては、精神干渉系魔法であり、禁止されているため競技では使い物にならない。また系統魔法も十分に優れた才能を持っているが、一番の取柄は細やかな行使であり、干渉力とスピードがメインとなる競技への適性とは逆方向である。

 

 だがそれでも、その才能と積み重ねてきた経験による実力は、中学生レベルをすでに超えている。それこそ、ほぼ未経験でかつ適性がない魔法競技で、それなりの腕を持つ経験者を相手に余裕をもって勝ち越せるほどに、だ。

 

 こんな具合で、この中学校内でもなお、あずさの魔法力は突出していた。それでいて魔法系競技の部活には所属していないため、一年生前半は、彼女への勧誘がひっきりなしに訪れた。しかし何回も断っているうちに無理を言うわけにもいかないということで、こうして練習相手や助っ人のお誘いばかりになったのであった。

 

 その程度ならば、あずさとしては喜んで引き受ける。生来の彼女のやさしさから、勧誘を断り続けることに心を痛めていて、そしてそうした人助けを楽しむことができる。そんなあずさの実力と人格は、本人が目立ちたがらないので大っぴらに噂にはならないが、学校中にすっかり知れ渡っていた。

 

 だが――

 

「うーん、ごめんなさい、今日は予定があって……明日ならいいですよ?」

 

 ――部活動に参加しないのと同じ理由で、今日は助けになることができない。あずさは心底申し訳なさそうな、断られた少女以上に悲しそうな顔で、頭を下げる。

 

「あー! もう、無理言ってるのはこっちだから、気にしないで! 明日付き合ってくれるだけでも最高だもん!」

 

 慌てた少女が、あずさを抱きしめてその頭を撫でる。その性格の通り、彼女はこうしたスキンシップが非常に多い。見た目も魔法師らしく可愛らしいので、このお嬢様学校に通う女の子たちにとって、彼女の抱き着きはある種の楽しみになっていた。

 

「うーん髪の毛ふわふわ~。ねー、これってどんなことやってるのー?」

 

「え、うーん、特に変わったことはしてないと思うんですが……」

 

 撫でられるがまま、あずさはいつも通りの声で答える。最初のうちは急なスキンシップにびっくりして慌てこそしたが、2・3回も経験すればすっかり慣れたものであった。だが、その「慣れ」によって特に動揺しなくなったのは、あずさただ一人である。

 

「弟君も中条さんにそっくりなんだよねー。いーなー、中条さんは弟君のこんな髪を撫で放題ってわけ?」

 

「あ、あははは、まあそんな感じ、ですね」

 

 あずさは曖昧に笑う。研究機関から貸与された『梓弓』専用CADとなっているロケットペンダントには、今話題に上がった弟・いつきの写真が入っている。以前彼女に、その写真を見せたことがあったのだ。

 

 そう、あずさが彼女の抱き着きにさほど動揺しない理由。それは、今しがた話題に上がったように弟に抱き着いて撫でるのが日常だというのもそうだが――あずさもまた、弟から抱き着かれて撫でられることも多いのである。

 

 

 

 

 

 何せ、毎日のように、同じベッドで仲良くくっついて寝ているのだから。

 

 

 

 

(髪の毛かあ……)

 

 年頃の女の子らしく、いくらお嬢様校とはいえ、いやお嬢様校だからこそ、オシャレの話に敏感な子は多い。あずさ自身は特に何か気にしているわけではないが――この子が気になるというのなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

(今日帰ったら、いっくんに聞いてみようかな)

 

 

 

 

 

 

 

 毎日一緒にお風呂に入って髪の毛を洗ってくれているいつきに、コツでも聞いておけば、友達も喜んでくれるだろう。

 

 そんなことを内心で考えながら、解放されたあずさは、真っすぐと研究所へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねーねー、お姉ちゃん」

 

「んー、なーにー?」

 

 その日の夜。一緒にお風呂に入って、仲良く遊んで、なんとなく眠たくなってきたので二人でベッドに入った。

 

 その直後、いつきが、図らずしも昼間の同級生と同じ声の掛け方をしてくる。やや瞼が重いあずさは、リラックスしきっていることもあって、気の抜けた返事をした。

 

「そういえばさ、精霊って知ってる?」

 

「うん、知ってるよ。独立情報体、だよね?」

 

 従来より「精霊」と呼ばれていたものが、実際に存在するらしい。世界にある様々なモノ・現象に関する情報がイデア上にあるわけだが、その情報だけが元々あったモノ・現象から遊離して、プシオンを核とした「情報だけ」の存在になったもの。それが精霊であり、独立情報体だ。古式魔法の一種で精霊魔法と呼ばれるものは、その独立情報体に方向性などを定義することで、その独立情報体がもともといた現象を再現する、という仕組みのようである。

 

「ちょっと興味があってさ。お姉ちゃん、なんか知ってる?」

 

「えー、私もそれは良く分からないかも……」

 

 彼女もいつきも、バリバリの現代魔法師である。独立情報体とその仕組みは知っているが、古式魔法界隈の秘密主義も相まって、二人が得られる情報は少ない。仮に得られたとしても、知識欲を満たす以外には、二人の役にも立たないだろう。なにせ古式魔法は現代魔法に比べて、習得に要する「修行」の期間が長いのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしさ、精神に関する独立情報体があるなら、なんか仕組みとかわかるかなって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――!? 確かにそうかも!」

 

 だが、いつきが発したその言葉が、そんな常識を覆す。

 

 あずさは一瞬で眼が冴えて、体を起こして、寝転んでこちらを見上げるいつきの可愛らしい顔をジッと見ながら、興奮してまくしたてる。

 

「精神干渉系魔法は、プシオンに干渉してるのはわかるけど、物質的エイドスしか観測されていない今は、結局仕組みが分かっていないんだもんね!」

 

 その強力さと暗い魅力故に、精神に関する魔法は古くは研究されてきた。日本「最恐」の魔法師集団と畏怖される十師族が一角・四葉家も、精神干渉系魔法を研究する悪名高き第四研究所の出身だ。その非人道的さゆえに精神干渉系魔法は禁忌とされ、第四研究所の魔法師を中心に数々の一族が数字落ち(エクストラ)とされ差別されてきたという日本魔法史の汚点もある。

 

 そんな歴史を持つゆえに、精神干渉系魔法については分かっていないことが多い。

 

 物質的な情報に関しては、イデアとエイドスとサイオンと言う形で観測されている。

 

 だが精神に関しては、プシオンという粒子の存在と、精神に干渉することが実際に確認されている精神干渉系魔法ぐらいしか判明しておらず、「精神のイデア」や「精神のエイドス」と呼ばれるものは未だ観測されていない。

 

 その意味不明さから、「精神は脳神経の電気信号の一種でしかなく、精神干渉系魔法はその電気信号に直接的にせよ間接的にせよ干渉しているにすぎない」という、物質的な考え方が学説の一つとしてそれなりに受け入れられているほどだ。

 

 あずさもいつきも精神干渉系魔法のスペシャリストととも言え、その知的好奇心は当然、自分の得意魔法に一番向いている。そして天才的頭脳を持つあずさといつきを以てしても、学問を積み重ねた先人たちと同じところで止まってしまっているのが現状であった。

 

 極論を言ってしまえば、「仕組みがよく分からないけど精神を操作する魔法を使っている」という、二重で恐ろしい状態なのである。この系統の使用が忌避されるのは、そんな「訳の分からなさ」もあるのかもしれない。

 

 

 だが、もし仮に、精神に関する独立情報体があるとすれば。

 

 

 少なくとも、精神のエイドスがある、ということの間接的な証明になるのではないか。つまり研究にある程度の道筋が立ち、仕組みも連鎖して分かるのではないか。

 

 そんな希望が見えてきたのだ。

 

「早速今度、研究所の人に聞いてみる!」

 

「うん! ボクも、お父さんとお母さんに聞いて、古式魔法師と会える場所を作って、聞いてみようかな」

 

 瓜二つの幼い双子の少年少女が、クリクリっとした大きな瞳を輝かせて、見つめ合って頷く。

 

 

 

 

 

 

(やっぱり、いっくんとお話しするの、楽しい!)

 

 

 

 

 もういい時間だ。流石に消灯して目をつむらなければならない。

 

 だがあずさは、心が弾んで、興奮して寝付けそうになかった。

 

 そして、そんな興奮を与えてくれた、可愛くて愛おしい弟に抱き着き、そのふわふわな髪を、優しくなでてあげるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この会に参加するのも久しぶりだな)

 

 とある大きな寺が所有する、数十人規模でのパーティが出来そうな広場。そこには大きなテーブルが各所に並べられ、華やかな料理がそこに乗せられている。

 

 魔法師はマイノリティであり、そして相互に秘密主義的な側面がある。魔法師同士の初交流が魔法科高校、というのも珍しくなかった。

 

 そこで、中学生以下の魔法師間の交流を行おうという風潮が数年前に持ち上がり、善意であったり欲であったり利権狙いであったりと様々な理由で主催者が名乗り出て、各所で、こうした中学生魔法師の交流会が行われているのであった。

 

 ここに集まるのは、古式魔法師の家が多い。彼の隣で料理を見繕っている千葉エリカのように現代魔法師もいるが、それこそ家同士のつながりがある千葉家のような、古式魔法師とかかわりの深い魔法師ばかりである。

 

「ねーミキ、あんた注目されてない?」

 

「幹比古だ。……まあ、僕も有名になったもんだね」

 

 実際の所、見目麗しい上に百家の娘であるエリカと集める視線は半々と言ったところだが、それを考慮してもなお、幹比古は周囲から注目されていた。

 

 理由は察しがつく。自分ではさほどそうとは思っていないが、どうやら「神童」などと呼ばれているらしく、界隈では有名らしい。確かに7歳年上の兄とすでに遜色ない実力と実績を付けつつあるのだから、才能はおそらくある方なのだろう。

 

 とはいえ、ここまで注目されるとは思っていなかった。確かにこの会にしばらく参加しない間に、吉田家の儀式である「星降ろしの儀」で「神」とまではいかないが、そこそこ大きな神霊を降ろすことができた。その実績を親がどこかに話して広まったのだろう。秘密主義の世界ではあるが、一方で界隈が狭くて関係が密な分、情報の広まりが早いのだ。

 

(だったらそれこそ交流会なんて必要ないんだろうけど)

 

 現代魔法師ならともかく、古式魔法師はこんな具合で意外と同年代の交流もないことはないので、本来別にこの会に参加する理由はない。それでも参加するのは、吉田家がその実力を認知されている一方で、伝統的古式魔法からはほぼ「異端」「邪教」扱いなのが理由だろう。子供の家から交流を広げておいて、少しずつその認識を薄める狙いでもあるのかもしれない。

 

(大人って大変だなあ)

 

 きっと、吉田家よりもはるかにしがらみの多い百家出身のエリカは、違うことを思うのだろう。だが今の幹比古にとっては、そういう認識でしかなかった。

 

 

 

 

「ねーねー、君が吉田君?」

 

 

 

 

 そんなことを考えながらぼんやりとエリカが持ってきた料理――中々美味しいのでかろうじて参加するモチベーションになっている――をつまんでいると、ついに幹比古に声をかける者が現れた。

 

 声の高さからして、おそらく女の子。割と馴れ馴れしい性格なのだろうか。

 

 エリカとかかわりがあるし、吉田家の弟子には女性が多いのだが、おそらく生来の性格で異性に対して初心な彼は、少し緊張しながら振り返る。

 

 

「……え、えっと?」

 

 

 だが、振り返った先に、誰もいなかった。

 

 そしてほんの一瞬固まって、想像よりもはるかに低い位置にそのふわふわの頭頂部が見えて、視線を下げる。

 

「えっと、そうだけど……君は、誰かの妹さん?」

 

 幹比古とて中学一年生であるため十分幼いが、話しかけてきた女の子は、さらに小さい。クリクリっとした大きな眼が特徴的な、可愛らしい顔つきの童顔だ。エリカにも負けない美少女がいきなり現れて、幹比古はなおさらドギマギしてしまう。

 

 この会は同学年で、というコンセプトだから、この小学生の女の子は、参加者誰かの妹と言うことになるだろう。それにしたって、年上が集まるこの会だというのに、随分と物怖じしていない。

 

「あー、やっぱそうなるよねえ。ボク、こう見えても中一だよ。あと、男の子」

 

「冗談は顔だけにしなさいよ全くぅ」

 

 少女の言うことが信じられなかったエリカは、面白い子がいると楽しんで、ふわふわの髪をぐりぐりと撫でてやる。

 

「ちょっとエリカ、あまり年下の子をいじめないでよ。ただでさえ怖がられるんだから」

 

「どういう意味よ!」

 

「そういうとこ」

 

「あはは、仲がいいんだねえ、吉田君と千葉さんは」

 

「……アタシ、名乗った覚えはないんだけど?」

 

 幹比古とエリカの漫才を見て笑った少女の言葉に、エリカは違和感を覚える。

 

 確かに幹比古から「エリカ」とは呼ばれたが、「千葉」であるとは言っていないはずだ。

 

 途端に、このちっちゃくて可愛らしい女の子への警戒心が上がる。まさか魔法師社会特有の権力闘争でスレたガキなのか?

 

「ボクはもうこの会に6回参加してるからさ。『神童』吉田君の噂も聞いてるし、仲が良い女の子が千葉エリカさんだっていうのも、聞いたことあるんだ」

 

 そういって少女は、ポケットからカードを取り出す。この会の参加証だ。

 

 

 

 

 

 

 中条いつき・12歳

 

 誕生日・3月24日、男

 

 

 

 

 

 

 

「「一つも嘘じゃない!?」」

 

 それこそ「嘘だー」とでも言いたい出来事に、二人は遭遇したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつきは現代魔法師であり、古式魔法師と関わりも深くない家の出身だが、それなりに顔が広い両親に頼み込んで、4月からこの会に毎月参加しているらしい。

 

「ふーん、言っちゃあ何だけど、現代魔法師が来て楽しいかしら?」

 

 エリカとしては退屈だ。何やら古臭い言葉でごちゃごちゃ大人たちが黒い腹の底が透けて見えるような話をしているし、子供たちも同級生の友達というよりかはライバル意識に近い。交流会という割には、雰囲気がピりついているのだ。それでも古式魔法師である幹比古は話が通じるようで退屈はしていないが、エリカとしては付き合いで来ているに過ぎない。

 

「うん、楽しいよ。精霊魔法についてたくさんお話聞けるし」

 

「へえ、それが目的で参加してる、ってところかな?」

 

「そういうこと」

 

 幹比古は無意識に顎を撫でながら、年下の女の子にしか見えない、同級生の男の子の顔を見つめる。

 

 どうやら、精霊について興味があるらしい。現代魔法師と言うからには、おそらく「独立情報体」と捉えて、何か考えているのだろう。

 

「今までで、吉田君の噂はよく聞いてるんだ。精霊魔法の名門で、『神童』って呼ばれてるって。だから一度お話してみたかったんだよね」

 

「すっかり有名人じゃない」

 

「参ったな、そこまでの者でもないと思うんだけど」

 

 幹比古の言葉は、謙遜半分本音半分だ。

 

 積み重ねた努力と実績によって「自信」こそついてきているが、それがまだ「自慢」「誇り」にまではなっていない。これもまた、彼の性格であった。

 

「うん、分かった。僕が知ってる範囲でなら、精霊について教えてあげるよ」

 

「ありがとー!」

 

 いつきが浮かべた満面の笑顔は、少女性と少年っぽさが混ざった、不思議なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘でしょ……?」

 

 エリカとしてはやや退屈な幹比古の講義が終わったころに始まった、交流会のレクリエーションである、ちょっとした魔法競技。今回の種目は、広場に作られた直線50メートルほどのコースに所狭しと並べられた障害物を乗り越える、ハードな障害物競走だった。ただし魔法の使用は認められているし、一つ一つの障害物はいわば運動会の定番なので、実質的には少しハードでしかないだろう。

 

 中学一年生ならこんなものか、という程度の内容だ。千葉家でも吉田家でも、これよりもっと厳しい修行を課せられている。自然の山中という悪路に、考えた人間の底意地の悪さが光るトラップ。それに比べたら、まさしく子供の遊びだ。

 

 しかしながら、そこそこ盛り上がっている。エリカからすればレベルが低い競技だが、ここに集まるさほど飛びぬけて名家と言うわけではない家の中学一年生にとっては、そこそこの試練と言うわけだ。

 

 そんな退屈に退屈を重ねたレクリエーションだが、いざ幹比古と、今しがた仲良くなったいつきの勝負が始まると、エリカは目を奪われた。

 

 幹比古は強いし、この手のものは慣れている。さらには体格面も、幹比古とてどちらかと言えば華奢な方だが、小学生の女の子にしか見えないいつきに比べたら雲泥の差だ。

 

 しかしながらどうだろう。

 

 いつきの勝ちであった。

 

 幹比古もこれまでの「ボンクラ」に比べたら圧倒的に速い。だがいつきはそれよりもさらに速かった。

 

 魔法の行使はスマートで、適切なタイミングで適切な強さでぴったり改変し、動きによどみがない。CADの操作もスムーズで、まるで何もせず走っているかのような、「体に染みついた」自然な動きだった。

 

「いやあ、あの子は相変わらず素晴らしいですなあ」

 

「そうですねえ。うちの子も悪くはないはずなんですけど」

 

 周囲の大人たちが、いつきを見て感心している。誰もが、「神童」吉田幹比古を見ていなかった。

 

 そういえば、あのいつきという子は、ここずっと参加していたらしい。そしてその度に、レクリエーションであの魔法の腕を披露していたのだろう。

 

「……何者よ、あの子」

 

 ゴール地点で膝に手を突いて息切れをする幹比古と、穏やかそうな両親にピースサインを向けているいつき。敗者と勝者の姿の差は明白だ。

 

 エリカの目に、まるで剣士同士の死合の時のような光が宿る。

 

 いつきの魔法一つ一つ自体は見事なものだが、幹比古も負けてはいなかった。だが体さばきとCAD操作の淀みなさは――白兵魔法戦闘の達人である、兄たちと同レベルだ。

 

 白兵戦闘は常に武器を振りかざし続ける都合上、動きの中でいかに淀みなくスムーズにCADを操作するかが重要な要素の一つである。基本的に武装一体型CADを使ってその問題を解決しているとはいえ、汎用型CADを用いた白兵戦闘も修行する千葉家で鍛えられたエリカは、そのあたりを見定める目を、すでにしっかり持っていた。

 

「ふー、完敗だったな」

 

 大した運動ではないはずなのに、幹比古の息は切れ、夏の盛りは過ぎたというのにうっすら汗をかいている。

 

 最終的なゴールの差は、大きく開いていたわけではない。

 

 だが、実際に走った幹比古も、そばで見ていたエリカも、この勝負は「完敗」と捉えた。

 

 なにせ、幹比古が勝っていたのは、体格と筋力による身体能力しかない。それ以外の全てで、つまり魔法的要素では、負けていたのだ。これを完敗と言わずして、なんと言おうか。

 

「いやー、いい勝負だったね、幹比古君」

 

 そんな共通認識が出来ているところに、そんなことを言いながら、汗一つかいていないいつきが、可愛らしい笑顔を浮かべて戻ってくる。先ほどの講義を通して、二人は下の名前で呼び合う仲になっていた。とはいえ仲が良くなったからと言うよりかは、幹比古が名字で呼ばれるのを嫌っただけだが。

 

「……ねえ、いつき」

 

「ん、なあに?」

 

 テーブルに並ぶドリンクを飲み干しながら、幹比古が、レース前とは全然違う低い声で、いつきに問いかける。

 

「……来月も、この会には参加する?」

 

「うん、多分」

 

「そっか…………」

 

 幹比古は、これまで浮かべていたどこかぎこちない人当たりの良い笑みとは違う、獰猛な笑みを浮かべて、いつきに、「宣戦布告」をした。

 

 

 

 

「僕も来月までに鍛え上げてくるから、また勝負しよう!」

 

 

 

 

「うん、いいよ!」

 

 そんな返事をしたいつきの顔に浮かぶ笑顔も、どこか挑戦的な、「男の子っぽい」笑みだった。

 

 

 

 

 

 

(あーあ、なるほど、やっぱり二人とも、オトコノコってわけね)

 

 この後、これに触発されて、いつき以上のタイムを叩き出して幹比古の挑戦心に水を差すことになるエリカは、それを見て、嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っていうことがあってねー」

 

「へー、仲が良いお友達、できたんだね」

 

 11月。交流会で二人と会うのも三回目となった日の夜、髪を優しい手つきで洗ってくれているいつきから幹比古たちの話を聞いたあずさは、泡やお湯が目に入らないように頭を下げつつ、嬉しそうに笑った。

 

 精霊について知るために、古式魔法師の交流会に参加する。

 

 最初聞いた時はびっくりした。

 

 何せいつきは小学一年生の序盤からずっと不登校であり、友達もいない。もっぱら遊び相手はあずさだし、あずさがいないときは近所の山で一人で駆けまわったり魔法を使ったりして遊んでいる。

 

 正直、彼が馴染めるのか、不安であった。社会性を養う場が今までなかったのである。

 

 だが、それは無用な心配だったようだ。実際いつきは仲良く話す友達もできたみたいだし、両親もさほど心配した様子はない。そういえば、論文コンペなどで一緒にお出かけした時も、受付スタッフなどには愛想よく振舞っていた。いつきが良い子なのは疑いようはなかったが、同年代との交流も十分できるらしい。

 

「精霊についても色々聞いてみて、面白いことも聞けたよ」

 

「え、何々?」

 

 あずさが研究所で聞いてくる件は不発に終わった。

 

 精神干渉系魔法を研究していると言っても、魔法の仕組みなどの基礎理論の部分ではなく、どう社会の中で利用できるかと言う応用研究が中心の研究所だったからだ。確かに、群衆のパニックを収めるのに使う魔法である『梓弓』に強い関心があるということは、応用の方向性であることは不思議ではない。

 

 だがいつきは、何やら面白い話を聞けたようだった。

 

「精霊……独立情報体は、結局のところただの『情報』っていう話だったよね?」

 

「うん」

 

「でも、精霊(SB)魔法を使う人たちからすると、それはちょっと違うかもしれないんだって。証明できるわけでもないし感覚的な部分だけど、なんだか、精霊が感情みたいなものを持っているように思えるとかなんとか」

 

「へえ」

 

 現代魔法の観点からすると、話半分に聞いておく程度の内容だ。その発生からして、独立情報体が意思を持つことなど、絶対にありえない。独立情報体を「精霊」と捉える古臭い神秘主義、として唾棄する研究者もいるだろう。

 

 だが、思考がかなり現代魔法師であるあずさにとっても、この話は興味深い。

 

 何せ独立情報体は、ただ情報が独立して遊離しているだけだというのに、「プシオンを核としている」のだ。

 

 プシオンについては分かっていないことが多い。サイオンが物質情報に関わる情報世界の素粒子ということで、同じ次元に属するプシオンは精神に関わる素粒子である、という仮説こそあるが、まだ未確定だ。

 

 だが、この説は、あずさとしては信憑性が高い。

 

 なにせ、情動に干渉する彼女の『梓弓』は、プシオンの波動によって情動を操作する魔法だからだ。

 

 魔法は本来、サイオンによる魔法式で起こすものである。『サイオン粒子塊射出』や『共鳴』などもサイオンによるもの。

 

 だが『梓弓』は起動式を読み込み魔法式にするプロセスでサイオンこそ使うが、そこから先は全てプシオンによる干渉だ。当然、効果対象となる群衆に、サイオンによる影響は与えていない。プシオンが情動に関わる情報粒子である、という仮説を、あずさは信じている。

 

 

 それに基づくならば、そんなプシオンがなぜか核になっている精霊に、人間ほど高度ではないにしろ、意志のようなものがあってもおかしくはない。

 

 

「もしそうだとしたらさあ、物質的な肉体がないだけで、精霊って、もう生き物みたいなものだよね」

 

「ふふ、そうかも」

 

 泡を流すシャワー越しでも、いつきの声は良く聞こえてくる。あずさは女の命とも言われる髪を全て弟に委ねながら、声に出して笑った。

 

 生き物――生物の定義にはいろいろあるが、それもやはり、物質的な生物について定義したに過ぎない。エイドスやそれに似た次元の世界にいる存在ならば、何かしらの意志を持っているとすれば、もはやその世界の生物と言っても過言ではないかもしれない。

 

「なんだか、絵本の世界みたいだね」

 

 タオルで髪を優しく拭いてもらったあずさは、いつきと椅子を交代しながら、へにゃりと気の抜けた笑みを浮かべた。

 

 魔法は、もはやフィクションでもメルヘンでもない。

 

 だがその研究がこうして進んだことで、未だフィクションやメルヘンやファンタジーの話扱いされている、この世のものならぬ生物がいるかもしれない、と言うところに行きついた。これではまるで、本当に精霊や妖精さんであるかのようだ。

 

「でもさ、もしこれが本当だとしたら、結構怖いよねー」

 

「え?」

 

 あずさに髪をゆだねるいつきは、先ほどのあずさと同じ体勢でシャワーを浴びさせて貰いながら、ぼそりと呟いた。

 

 その意味が分からず、思わず疑問の声を上げてしまう。

 

 それを受けていつきは、続きを話し始めた。

 

「だってさ。もし、精霊に感情があって、そこからさらに知能があって、ボクたち物質界の生き物みたいに、他の生き物を食べようとか、縄張り争いしようとか、そういう気持ちがあったらさ。ボクたちは、見えない相手から、一方的に食べられちゃってたわけだから」

 

「た、確かに……」

 

 いつきの髪の毛を洗う手を止めて、あずさは顔を青くする。

 

 もしそうだったとしたら、人類はきっと、とっくに滅んでいただろう。

 

「それでね、それに関して、幹比古君から面白い話を聞いたんだけど」

 

「う、うん」

 

 あずさは慌ててまた手を動かす。怖い想像が働いてしまったので、それを紛らわせるには、大事な弟の髪を洗うしか、今この場ではできない。

 

「なんだか正体が分からないお化けみたいなのが、実際にいるんだってさ」

 

「え、ちょ、えええ???」

 

 お風呂場に、あずさの素っ頓狂な声が反響する。

 

「お、おば、お化け?」

 

「うん」

 

 思わず手を止めて、顔を下げているいつきの顔を覗き込む。いつきの表情はさほど動揺している様子はない。一方、いつきから見えるあずさの顔は、そっくりだというのに、さぞかし動揺に満ちているだろう。

 

「古式魔法師の世界では当たり前の話らしいんだけど、そういうのは普段は見えないけど、なんだか突然現れて、人を食べたり血を吸ったり呪ったり――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、怖い話で意地悪するんだったら、冷たい水かけるよっ!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それが一番怖いから許して、お姉ちゃん」

 

 あずさはこの年になっても、かつてオカルトと言われていた魔法の世界にどっぷりはまっていても、こうした怪談は、大の苦手なままであった。

 

 この日の夜、あずさは震えながら、怖がらせた張本人であるいつきに抱き着いて、眠れない夜を過ごした。




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