魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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「ああ、クソ!」

 

 自分が情けなくて、酷く苛立つ。

 

 受験から家に帰ってきて早々、部屋を閉め切って、叫びながら、適当なものに八つ当たりする。だがそれでストレスは収まるわけもなく、物は壊れるし、より情けなくなるしで、何の役にも立たなかった。

 

 幹比古は8月以来、酷いスランプに陥っていた。

 

 きっかけは、吉田家の伝統行事「星降ろしの儀」だ。

 

 7つ年上の兄が「風神」と呼ばれる、大気の移動の情報を司る巨大な神霊を降ろした。

 

 それに対抗した幹比古は、その日の自分がこれまでにないコンディションだったこともあって、水の流れを司る「龍神」を降ろすことに成功した。

 

 だが幹比古の身ではそれに耐えられず、大自然の膨大な現象に関する情報を持つ精霊から干渉を受けてしまった。

 

 その事故以来、魔法の感覚が徹底的に狂い、スランプになったのである。

 

 そこに、「神童」と呼ばれた、溢れる才能とたゆまぬ努力により、実績と名声を重ね続けた少年の面影はない。

 

 ただ闇雲に、何かから逃げるように、大した効果もない辛くて時間がかかるだけの修行に打ち込むだけの、愚かな子供でしかなかった。

 

 そんな状態でも時間は過ぎ、魔法科高校の入試を迎えてしまった。

 

 結果は散々。実技は全受験者の中でも下から数えた方が間違いなく早い。そんな精神状態で受けた筆記試験も、いつもに比べたらボロボロだ。もしかしたら、合格すら怪しいだろう。

 

 自分が嫌になる。

 

 無茶をして、スランプになって、そこから抜け出そうとしても全然だめで、上位入学できると思っていた試験もボロボロで、こうして癇癪を起している。あまりにも情けなさすぎた。

 

 無気力な日々でも染みついた習慣で上げるのを忘れていなかった布団を敷いて、倒れこむ。ダランと全身の力を抜いて、明かりをつけていない暗い部屋の天井を、ぼんやりと眺めた。

 

(……あの時は、楽しかったのに)

 

 思い出すのは、中学一年生のころ。

 

 さほど気乗りしない交流会で、初めて自分を明確に超える同年代のライバルに出会った。

 

 見た目は小学生半ばの女の子みたいで。だけど確かに同級生の男の子だった。

 

 その実力は一流そのもので、神童たる幹比古に、明確に差をつけていた。

 

 そして現代魔法師だというのに精霊に関する造詣も深いようで、一応秘密扱いである妖魔の類の話までしてしまった。

 

 初めて会ったあの日に敗北し、リベンジを誓ってからの日々。日ごろの修行により力が入って、メキメキと自分が成長していくのが実感できた。だが、一か月経って会ういつきもそれ以上に成長していて、また負かされ、リベンジを誓う。

 

 そんなことを数回やっているうちにいつきがいつの間にやら参加しなくなって、連絡先もそういえば交換していなかったためそこで縁が切れた気分になり、もう交流会には行っていない。あの数か月間は、夢の様だった。

 

 そんなことを考えていると、いつの間にか、天井がぼやけていた。

 

 知らないうちに、涙を流してしまっていたらしい。

 

「…………ひどいもんだな」

 

 目を輝かせて幹比古の話を聞き、魔法の腕も手放しでほめてくれた。

 

 だが、彼が今の幹比古を見て、果たしてどう思うのだろうか。

 

 何の事情があったか知らないが、急にあの交流会に来なくなったように、彼を見限るのだろうか。

 

「…………」

 

 会いたくない。もう一度、いつきに会うのが怖い。

 

 いつきは間違いなく、魔法科高校に合格するだろう。

 

 もし学校で再会したら。どうなるのか。

 

 いっそ、自分が不合格であったら楽だ。

 

 はたまた、いつきが他の学校だったなら、会うこともないだろう。どこに住んでいるのかは知らないが、遠くに住んでいてほしい。

 

「…………ああ、そうか」

 

 そこまで考えて、ついに、幹比古は気づいた。

 

 自分は、いつきの連絡先も、住所も、出自も、趣味も、何も知らない。

 

 精霊について語るついでに、妖魔についてや自分の身の上話なんかも、うっかり話し過ぎたことがある。

 

 だがそういえば、いつき自身の話は、ほとんど聞かなかった。

 

 彼は天真爛漫に見えて、可愛らしい見た目も相まって、聞き上手なのだろう。

 

 こうして心を占めるようになったいつきとの仲は、実は、その程度のものでしかなかったのかもしれない。

 

 

 いや、違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ自分が、その程度の価値しかない、ということだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリカから鬼のように来ている着信に気づかず、負の感情のスパイラルに陥った幹比古は、そのまま泣きつかれるように不貞寝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「合格、おめでと~!!!」」」

 

 去年のお返しとばかりに、柄にもなく去年よりも派手なクラッカーを用意して、いつきの合格を祝う。

 

「ありがとう!」

 

 いつきも嬉しそうに、輝かんばかりの笑顔を浮かべている。一生懸命準備した甲斐があるというものだ。

 

 そうして和やかに一家だんらんのパーティが進行する。良い気分になった四人は箸が進み、食卓の上の料理がどんどん減っていく。ダイニングには、笑顔が絶えなかった。

 

「ねね、そういえば、順位はどうだったの?」

 

 そんな中で、タイミングを見計らったあずさが、身を乗り出して、いつきの結果を催促する。去年と同じく、一科生合格とは聞いていたが、順位はいつきが特に伝えなかったのだ。自分の順位に頓着しないところは、あずさと同じらしい。

 

「あー、それね、はいこれ」

 

 

 

 中条いつき 

 

 以上の者を、2095年度国立魔法大学付属第一高校・一科の合格者とする。

 

 

 筆記・2位

 

 実技・2位

 

 総合・2位

 

 

 

 

 

 

 

「え? 2位?」

 

 あずさはその結果を見て、目を丸くした。

 

 その資料に続く、入試の点数表を見る。実技も筆記も、去年両方一位だった自分より高い。当たり前だ、可愛くてかっこよくて賢くて頼りになる、自慢の弟なのだから。それなのに、どちらも二位だという。

 

「う、嘘? いっくんで、二位なの?」

 

 カナと学人も、声には出さないが、少し驚いている。去年のあずさで一位を予想していたのだ。それよりも出来が良いいつきの一位も、当然予想していたはず。だが蓋を開けてみれば、あずさよりも点数が高いのに、どちらも二位なのだ。

 

「まあ、名門校だしね。受験生の中に宇宙人が混ざっていてもおかしくないと思うよ」

 

 一方、当の本人であるいつきは、なんら悔しがったり驚いたり動揺したりする様子はない。そう言われればそうだとしか言えない当たり前のことを、さらりと言って、ケロッとしている。

 

「ていうか、去年あずさお姉ちゃんに負けた服部先輩とかも、そう思ってたんじゃない?」

 

「そ、そういえばそうかも」

 

 あずさは昔から、同級生や下級生に対しても敬語だ。だいぶ仲良くなってもそれは変わらない。だが、同じ生徒会メンバーで同い年である範蔵には気を許しているようで、唯一敬語なしで話せる。性格的にはだいぶ違うし、範蔵の苛烈で実力主義・一科生主義的なところはどうかとも思っているが、どこか気が合うところがあるのだろう。

 

 そんな範蔵の話は当然家でもよく出てきていて、いつきたちも知っている同級生だ。今や彼はあずさを抜いて、実技堂々一位に君臨している。曰く彼は入試のころは実技2位・理論3位だったようで、理論はともかく実技で自分を負かす相手がいるとは微塵も思っていなかったらしい。

 

「上には上がいるってことだねー、あはは」

 

 そういっていつきは朗らかに笑って、また料理を口に運び始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3月初旬。もうすぐこの学年が終わるという頃とはいえ、生徒会の仕事は平常運転だ。いや、新入生を迎え入れるにあたり、仕事がやや増えている向きすらある。

 

「うわー、今回の新入生、レベル高いわねー」

 

 そんな生徒会室で、会長である真由美は、最高級のプライバシーとも言える入試の得点・順位名簿を堂々と広げて、驚嘆の声を漏らしていた。

 

「さしずめ俺たちは谷間の世代、ってところですか?」

 

「服部はまだ荒れてるのか? ハゲるぞ?」

 

 背筋をシャンと伸ばして端末に向かい、キーボードをよどみなく操作する範蔵。だがその手さばきとは裏腹に、表情には明らかな不満がある。それを、生徒会役員でもないのにここに入り浸っている風紀委員長の摩利がからかうように咎めた。

 

 ただ、範蔵の気持ちも分からなくはない。

 

 現二年生には、十師族直系の出身である真由美と克人の二人がいて、理論も実技も圧倒的だった。摩利自身もその二人と並んで「三巨頭」などと数えられているが、負けない点もあるとはいえ、総合力では一歩劣るだろう。そしてそんな三人を、理論の面では、平然と仕事している鈴音が凌駕している。今の二年生は、類まれなほどに粒揃いであった。

 

 そして次の新入生はまたすさまじい。まず総合一位の司波深雪。名簿に映る顔写真だけで、女の摩利ですら目を奪われたのだ。この証明写真、とにかく写真写りが悪くて主に女子の間で評判が悪く、摩利も苦い経験がある。これでもまともに可愛かったのは真由美ぐらいだ。だがこの深雪と言う少女は、絶世・傾国・理想という最高級の表現すら物足りないほどに、証明写真ですら美しくて可愛らしい。

 

 その魔法技能は、入試の範囲では到底測りきれず、堂々の満点。筆記テストも、今年は難化傾向だったというのに、全ての科目で高得点を叩き出して3位になっている。

 

 それと、この深雪の兄らしい司波達也という、妹に比べたらだいぶ冴えなく眼の光が薄いがそこそこハンサムでがっちりした少年は、実技こそ不合格者含め最下位クラスだが、筆記試験は圧倒的に一位だった。しかも、魔法科高校を名乗るだけあってとんでもなく難しい魔法理論・魔法工学においては、まさかの満点。この筆記試験のアドバンテージを以て、ひどすぎる実技を乗り越え二科生での入学を果たした。

 

 そして実技・筆記の両方で2位となったのが、範蔵の隣で困った顔をしている小さな女の子にそっくりな弟・中条いつきである。シルバーコレクターめいた成績だが、彼もまたすさまじいスコアを叩き出している。何せ、去年の主席であるあずさを、両方の面で越えているからだ。だというのに、両方2位。

 

 こんな二つの学年にはさまれていては、「谷間」なんて自虐が漏れ出てもおかしくはないだろう。

 

「谷間と言えば中条さん。身長もさることながら、お胸の方も、この一年間、全然成長なさいませんでしたね?」

 

「ちょっとリンちゃん、それはひどすぎるセクハラよ」

 

「ふうきいいんだー、たいほするー」

 

「きゃー」

 

「帰っていいですか???」

 

 そしてあずさが一番被害を負う形で二年生の先輩方がふざけ始めて、唐突なキツめのセクハラにあずさは動揺して言葉が出ず赤面し、範蔵は苛立ちをあらわにする。

 

「失礼する。……楽しそうに仕事をしているようで何よりだな」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

 そんな惨状に現れたのは、巌のような二年生、三巨頭が一人、部活連会頭の、十文字克人だ。こんなところにいきなり現れて、その見た目でこんなことを言われたものだから、真由美は背筋を正して裏返った声で返事をしてしまう。ただし、克人のこれは皮肉ではなく、ただ楽しそうで何よりという感想を言ったに過ぎないのだが。

 

「これは……今年の入学者か。ふむ……今年もまた、素晴らしい後輩たちが入ってくれるようだな」

 

 これもまた、克人はただ感想を言ったに過ぎない。

 

 だが、この言い方に救われたのが、少し拗ねていた範蔵だ。

 

 彼は「今年もまた」と言った。つまり、自分たち一年生も、「素晴らしい後輩たち」と見てくれているということだ。範蔵はこっそりと、克人に対する尊敬を深める。

 

「ほう、中条の弟も今回入ってくるのか。実技も筆記も素晴らしいな。もうどの部活に入るのか決めてるのか?」

 

「チョッと十文字君、聞き捨てならないわね。あーちゃんの弟でこんなかわいくて魔法の腕も良くて賢い子なのよ。生徒会が貰うに決まってるでしょ!」

 

「バカ言え。これほどの実力者で、特に一番需要が高い移動・加速系が得意なんだ。だいぶ軟弱な体だが、風紀委員にこそふさわしいだろう?」

 

「どうなのあーちゃん!?」

 

「どうなんだ中条!?」

 

「ふ、ふえええええ!?!?」

 

 唐突に始まった三巨頭による弟の争奪戦。当然、真由美と摩利から水を向けられる形で、あずさも巻き込まれた。

 

「いや、部活動はその二つと兼ねることができるから問題はないが……」

 

 事の発端だというのに、克人は至極もっともなことを言って困惑している。

 

 そして当然、真由美と摩利も完全に本気で争っているわけではなく、冗談半分だ。あずさをからかいたいだけである。

 

 ただ、半分は本気なのも確かだ。これほどの存在である。総合一位の深雪は確定として、いつきもまた、自分たちの所に欲しい逸材だ。

 

「え、えーっと、そのう……」

 

 むろん、純朴なあずさはこれを本気の争いと勘違いして、どうしたものかと怯えて縮み、涙目で視線が右往左往している。

 

 それが数秒続いて、鈴音がそろそろ助け舟を出そうかと思った時、あずさが、ようやく口を開いた。

 

「そ、その、確かにいっくんは、すっごく可愛いし、賢いし、強いし、頼りになるんですけど……」

 

「ブラコンのお惚気は聞き飽きた」

 

「聞きたいのは結論だけよ」

 

「え、酷くないですか?」

 

 面倒から逃げるために傍観を決め込んだ範蔵と鈴音は、両方に共感した。二人の言いざまは実に酷いが、一方で、あずさがこの一年、事あるごとに弟について自覚なく自慢しまくっていたのは確かであり、実際範蔵も鈴音も聞き飽きている。

 

「も、もう…………その私も、いっくんが生徒会や部活動で楽しんでくれるのはうれしいですけど…………きっと、いっくんは、その全部に入りません」

 

「……そのこころは?」

 

 あずさの言い方は遠慮がちだが、それでいて、確信の籠った、芯の通った言い方だ。真由美はただならぬものを感じて、その真意を問う。

 

「いっくんは……いっぱい私と遊んでくれたりしますけど、なんていうか……効率主義者、みたいなところがあるんです。何かやりたいことがあったら、迷わず突っ走って……逆にそれ以外のことは、なるべく排除しようとするんです。小学校に入ってすぐぐらいから、学校の勉強が全く必要ないぐらいにすっごくお利口で……以来、中学校も含めて、ずっと不登校なんです」

 

「そ、それは……」

 

 誰も言葉が出せなかった。

 

 小学一年生の最初のほうだけ通って、あとは今までずっと不登校。初めて聞いた。彼女の自慢の弟が、そのような生い立ちだったなんて。

 

「もう入学してすぐぐらいから、小学校の内容は全部、いつの間にか理解していて……学校に行く意味がないからって、すぐに不登校を、いっくん自身が選びました。それで空いた時間は、ずっと魔法の研究や練習に打ち込んで……」

 

 私と遊んでくれていたのが、不思議なぐらいに。

 

 あずさがか細く、蚊の鳴くような声でつづけた言葉は、静まり返った生徒会室に、妙に響いた。

 

「だから、多分……いっくんがやりたいこととリンクしない限り、いっくんにとっては、生徒会も、部活動も、風紀委員も、全部『無駄』『邪魔』になってしまうんです」

 

 あずさの使った表現は、彼女らしくないほどに強い。

 

 それゆえに、彼女から見たいつきのパーソナリティが、よく伝わってきた。

 

 ――あずさも、いつきのそんな姿に、不安を覚えないわけではない。

 

 結局、あのやり取りでお互いのことは理解できた。しかしそれでも、今のいつきが一途に、ひたすら、正体の分からない「ナニカ」との遭遇に備えて、自分を鍛えていることが不安なのは変わらない。

 

 ただ自分が決めたことに一目散で、それ以外はすべて排除する。そんな、あまりにも効率主義で――あまりにも「生き急いでいる」姿。

 

 いつきは、あずさにとって一番の安らぎであるが、一方でそんな姿に、強い不安を抱え続けている。

 

 二人の関係は、とても仲の良い姉弟である一方で、どこか歪んでしまっていた。

 

「…………そうなのね」

 

 気まずい、長い沈黙。

 

 それを破ったのは、やわらかな笑顔を浮かべた、真由美だった。

 

 その顔には、先ほどまでの御ふざけが一切ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、あーちゃんの可愛い弟君が、この高校で、何かゆっくりと楽しめるものを、見つけられるといいわね」

 

 

 

 

 

 

 

「――――はい!」

 

 不安から一転、あずさは、真由美の言葉に、涙目になって感激し、強い返事をする。

 

 他の面々もまた、克人も含め、真由美を改めて、心の底から尊敬した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういえば、その直前まで、とんでもなく酷い悪乗りで御ふざけをしまくっていた主犯が真由美であったことに一同が気づくのは、もう仕事が終わって帰る時間になるころだった。




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