魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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 4月に起きた、ブランシュによる第一高校へのテロ事件。この顛末――特にアジト突入――は秘密裏に処理された。一方で、校内で起きたことについては、人の口には戸が立てられないもので、ある程度噂になっている。

 

 例えば、風紀委員や三年生が中心となって、講堂などの避難を速やかに完了させ、テロリストによる被害を食い止めた。

 

 例えば、エリカとレオが校庭で派手な立ち回りを見せていた。

 

 彼らは校内のヒーローとして、表立って、またはひそやかに、名を上げ、注目の生徒となっていく。例えば戦闘で目立った活躍を見せた克人と摩利と範蔵、速やかな避難を成し遂げるリーダーシップを発揮した真由美とあずさは、元々あった名声がさらに上がることになる。

 

 だが、彼女たちよりも、より注目を浴びる存在がいた。

 

 その存在はと言うと……

 

「お姉ちゃんお姉ちゃん、ちょっとそのアイス一口ちょーだい」

 

「いいよー。はい、アーン」

 

 ……注目を浴びながら、食堂で、瓜二つの姉に新発売のアイスを食べさせてもらっていた。

 

「おいしーい?」

 

「んー、おいしー」

 

 小学生の姉弟ならばほほえましく、また二人とも見た目が非常に幼いため、そのようにも見えよう。だが実際、二人は立派な高校生であり、べたべたとしすぎである。ただし、二人は見た目が幼いため、まだギリギリ「ほほえましい」が先行する。校内で有名なブラコン・シスコン兄妹である司波兄妹への目線は厳しい。達也たちの方がよっぽど節度ある態度をしているのに、二人の成績の差だとか、二人の見た目が普通の高校生かそれ以上、ということもあって、色々と心地よくない視線を向けられているのである。

 

 だが、そんなブラコン・シスコン事情など知ったことなく、食堂で堂々と、この姉弟は仲良く食べさせ合っていた。今度はいつきが注文した別の新作アイスをあずさに食べさせてあげている。間接キスなど気にしない。あまりにも近すぎる関係だった。

 

 

 

 

(だとしたらじゃあ、その傍にいる僕は何なんだ……)

 

 

 

 

 恐ろしいことに、これは二人きりではない。普通に幹比古が同席していてこれである。二人に向けられた目線のうちのいくつかは、彼への同情的なものへと変わりつつあるのが、救いなようで悲しかった。ちなみにここまで語った内容は、おおむね幹比古自身が現実逃避の中で回想したものと同じである。

 

 

 4月の事件で一番有名になったのは、この小さな女の子のような男の娘・中条いつきだ。図書館が本命であることにいち早く気付いて、侵入者の主力部隊をほぼ単独で鎮圧。校内において一番の成果を、新入生が叩き出したのだ。幹比古はそのサポートとして小さくない役割を果たしはしたが、二科生であるがゆえに、役に立ったとは周囲から見なされていない。そしてそれは、幹比古本人すら、同じ考えであった。いつきの暴れっぷりを見たら、自分はその腰ぎんちゃく、としか思えないのである。とはいえ、今この瞬間彼が抱いている悲しみは、周囲からの目線の辛さであって、自分が未だスランプから抜け出せないことではないのだが。

 

 そんな、新作アイスが発売される程度に気温が上がってきた5月の中頃。いつきが散々痛めつけた紗耶香も無事退院し、学校にようやく平穏が戻ってきたころである。

 

(高校って、普通はこうだよなあ)

 

 入学早々洗脳された生徒が学生運動をして、テロリストを呼び込んで、自分たちはそれと戦い本陣にまで突撃する。アニメでもここまでやらないだろうことが、最初の一か月で起きた。だが、今は嘘みたいに、平穏な高校生活が送れているのである。親友とその姉のブラコン・シスコンぶりと、エリカが相変わらず「ミキ」と呼ぶ以外は、入学前に想像していたよりも、平和で楽し気なハイスクール・ライフであった。

 

「そういえば幹比古君、この前の話の続きなんだけどさ」

 

「話題の落差がきつすぎるし、人目がありすぎる。放課後にしよう?」

 

 そんな中、いきなりいつきが、話題転換を図ってきた。幹比古は呆れ果てながら、放課後のカフェで改めて集まる約束をして、一旦この場をお開きとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後のカフェ。昼間の食堂に比べたら、はるかに人目が少ない。忘れかけているが、この話題は、古式魔法師の一族の秘密に関わるのだ。大っぴらに話すことではないのである。

 

「で、前回は、パラサイトがなぜわざわざこの世の生物に憑りつくのか、っていう話でしたね」

 

 いつきが話したがっていたのは、パラサイトについて。いつきとあずさの二人は、古式魔法師の先達ともいえる幹比古から、時折こうして講義を受けていた。

 

 前回の講義は、古式魔法師間の仮説の一つを説明した。

 

 パラサイト自体は物質的な存在ではなく、正体不明だが、魔法的・霊的な存在である。それでも、何らかのエネルギー補給は必要である。しかし、物質的なものからエネルギーを得るには、物質を介して摂取するしかなく、ゆえにこの世の動物に憑りついて自分の都合の良いように作り替えたうえで人を襲い、「精気」と呼ばれる霊的なエネルギーを奪っている。これが人食い鬼や吸血鬼の正体である。

 

 このような内容であった。あくまでも仮説ではあるが、過去の事例からすると、中々的を射ている説明であり、古式魔法界では最有力となっている見解である。

 

「今回はどんな話をしましょうか?」

 

 言葉遣いはあくまでも先輩であるあずさに合わせて敬語。最初は先輩かつ才女である彼女に自分ごときが説明するなんて、と遠慮する気持ちもあったが、あずさが純粋な子供のように目を輝かせて夢中で聞いてくれるので、その遠慮は今やすっかりなくなっていた。

 

「そうだなあ。まずは、ちょっとそろそろ、ボクたちの話をしようかな」

 

「……そうだね、そろそろ話さなきゃいけないもんね」

 

 返ってきた言葉は予想外のものだが、ここ数か月、幹比古が心の中で待ち望んでいたものだった。いつきの言葉を受けて、あずさも、真剣な面持ちになる。

 

「まず話の前段階なんだけど」

 

「うん」

 

 いつきが話をもったいぶるのは珍しいが、それだけ、深刻な内容なのだろう。いつきのトーンはいつも通りだが、幹比古は様子見ともいえる前段階すら、聞き逃さない覚悟になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず、ボクとお姉ちゃんは精神干渉系魔法の使い手なんだ。それでね――」

 

「はいストップ。一旦整理させて?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがいきなり放たれた説明で、幹比古の脳は即座にオーバーヒートした。

 

 正直、前段階だからと油断していた。

 

 短い言葉に詰まった重要な情報に、頭の中が混乱する。

 

「せ、精神干渉系って、あの?」

 

「うん」

 

 幹比古は顔を青ざめさせる。

 

 精神干渉系魔法は、人の精神に踏み込んで操作するという性質上、禁忌とされている魔法だ。通常の魔法に比べて規制がはるかに厳しく、またその使い手であるというだけで爪弾き者にされる。実際、研究に貢献し成果を出したというのに、精神干渉系魔法だったというだけで数字落ち(エクストラ)にされた、という日本魔法界の黒歴史は、現在進行形で存在している。

 

 二人は、その使い手。

 

 きっと、血筋なのだろう。この魔法は、系統魔法や古式魔法以上に、使えるか否かが生まれつきの適性に左右される。それゆえに魔法師界でマイノリティであり、だからこそ、平然と排除された歴史があるのだろう。

 

 今目の前に座る、瓜二つの可愛らしい姉弟。だが二人は、その小さな身に、禁忌の魔法を抱えているのだ。

 

「その……色々大変だったんじゃないですか?」

 

「お父さんとお母さんはどっちも第一世代魔法師で、どっちもこの系統に強い適性があったから、結構苦労したみたいだね。ボクはまあ、全く別の理由で不登校だったから関係ないかな」

 

「私は、その系統の固有魔法も持ってて、効果が効果だから、すごく厳しく制限されていますね」

 

 いつきはあっけらかんとしているが、ご両親の苦労を思うと、気が休まらない。あずさも、軽く話してはいるが、「この系統の強力な固有魔法を持っている」という特大の情報が追加されて、その重荷は幹比古の想像を絶していた。

 

 そして同時に、あることを思い出す。

 

 いつきは、こんな話題を、あんなに注目を浴びてる食堂でしようとしていたのだ。

 

(前々から思ってたけど、いつきは周囲を気にしなさすぎるな)

 

 中条先輩か僕が傍についていないとだめかもしれない。

 

 そんな親友に対するものとは思えない辛辣な評価を下しながら、この「前段階」の確認を終わらせ、次を促す。

 

「で、精神干渉系魔法って、まだ全然その仕組み分からないじゃん? エイドスとか系統魔法は物質的な現象の話でしかないし、脳神経細胞がどうたら、っていうのも、ボクら使い手の感覚だとしっくりこないんだ。正直、使ってはいるんだけど、仕組み不明なんだな、っていうのが研究の始まりだったんだよね」

 

 甘い果物ジュースをストローでちまちま吸いながら、いつきはとうとうと語る。

 

「プシオンがどうのこうの、っていう話は聞いたことあるけど?」

 

「サイオンじゃなくてプシオンが鍵なのはボクらの感覚でも同じなんだ。でも、なんか直接干渉する魔法でも、系統魔法で干渉する物質的現象のエイドスとはまた別のものに干渉している気がしてさ」

 

「そこで、私たちが思いついたのが、精神的な現象のイデアとエイドスが、まだ見つかってないだけで、どこかにあるのではないか、という仮説なんです」

 

「なるほど……」

 

 考えたこともなかった。だが言われてみれば、理屈は通っている。幹比古は門外漢だが、二人が使い手であると信じれば、二人の言う「感覚」を信用するのが、今のところ幹比古に可能な一番の思考の入り口だ。

 

「それで、仮に精神に関する情報のイデアとエイドスがあるなら、その世界の精霊……独立情報体もいるはず、という考えにたどり着きました。私といっくんが、古式魔法や精霊に興味を持ったのは、これがきっかけなんです」

 

「ははあ、なるほど、そういうことでしたか」

 

 現代魔法師が精霊の話を聞きたがる。その理由が、ここでついに全て明かされた。それにしても、興味がある事へのいつきのフットワークの軽さはすさまじい。先日のテロ事件でも、いつきは「あずさを守る」という意志の下、かなり積極的に介入していた。柔軟な思考を持っているが、その行動原理は、頑固と言えよう。

 

「独立情報体……僕たちでは精霊だとか神霊だとか呼んでいますが、それの核がプシオンである、というのは確認されている確かなことです。そうなれば、精神に関する情報を司るイデアがあって、そこに『精神の精霊』がいるとしたら、ほぼ全部がプシオンでできているかもしれませんね」

 

 幹比古の研究における思考は近代的・現代的・科学的なものに近いが、それでも、完全な実証・証明は求めないという点では、古式魔法師らしかった。

 

「それで、私が高校に入ってから、周りの古式魔法師の方に聞いて回ったんですけど……精霊には、なんだか、意志のようなものがある、って感じることが多いらしくて」

 

「ああ、それは僕も感じますね。というか、それこそ巨大な精霊に干渉されたとき、漠然とではありますが、『神意』としか表しようがない、膨大な何かに触れた、という確信はあります」

 

「やっぱりそうなんだ」

 

 いつきが少し上ずった声で相槌を打つ。現代魔法師の考え出した理屈である「独立情報体」だとしたら、そこに意志があるとはあり得ない。だが実際「精霊」に触れる魔法師の多くは、それらが、人間や哺乳類ほどではないにしろ、本能に近い思考や自我や感情を持っている、と感じているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね、これらの話をつなげて、ボクらがたどり着いた可能性が――古式魔法師の言う化け物って、『悪意を持った精神版エイドスの精霊』なんじゃないかな、って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――っ!?」

 

 ガタッ! と静かなカフェに、椅子が鳴る音が響く。幹比古が思わず激しく立ち上がった音だ。幸い客は少なく、人目に触れることはない。

 

 幹比古は、逸る気持ちを、キンキンに冷えた水を飲むことで何とか抑えながら椅子に座り直し、深呼吸をする。

 

「そんなこと、考えたこともなかったっ……!」

 

 幹比古の顔は、興奮に満ち溢れていた。

 

 化け物の体系的に近い分類は、古式魔法師界がひとまず成し遂げた。

 

 だが、肝心のその正体については、全く分からなかったのだ。色々な仮説こそ出ているが、そのどれもが信憑性すら感じない。

 

 だが、今、二人が話してくれた、二人の仮説。

 

 これならば、色々なことのつじつまが合う。

 

 例えば、なぜパラサイトは魔法師から見ても不可視なのか。未だ観測できないが存在する可能性が高い「精神のイデア」の存在であるとすれば説明がつく。

 

 例えば、パラサイトの「食事」。精神版イデアから物質世界に何らかの理由で迷い込み、仕方なく物質に憑りついて、物質を介して「精気」を吸収する。この精気は、現代魔法で言うところのプシオンだ。精神版イデアに住む情報生命体ならば、プシオンが「餌」であるのは、自然な理屈である。

 

「そうかもしれない。いや、今はそうとしか考えられないっ……! 二人の言う通りかもしれないっ!」

 

 古式魔法師だけの理屈ではたどり着けなかった。

 

 現代魔法師だけの理屈でも当然たどり着けない。

 

 両者が協力しただけでもまだ無理だろう。

 

 現代魔法の理屈を理解する古式魔法師と、現代魔法師界の周縁に追いやられがちなマイノリティである精神干渉系魔法の使い手でかつ深い知性と思考力を持つ魔法師。この両者が出会って初めて、ここにたどり着ける。

 

 幹比古は、いきなり降ってきたような新発見と、それをもたらしたすさまじい運命に、打ち震える。

 

「……いつき、中条先輩」

 

 しばし悩み、水を飲んで渇いた口を潤し、頭を冷やす。

 

 彼の中では、もう結論は決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「今度、うちに来ませんか?」

 

 

 

 

 

 

 古式魔法師の悲願が、この二人によって果たされる。

 

 予感を越えた確信が、幹比古の心に満ち溢れていた。




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