魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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 原作最強主人公に勝利する二次創作オリ主RTA、はーじまーるよー!

 

 とっさのオリチャーにより、難易度ルナティックがデフォなお兄様に勝利を収めました。帰りの車の中で、さっそく勝利の成果をチェックしていきましょう。

 

 そのチェック方法は実に面倒です。このゲームはどこまでもリアルなので、以前お話しした通り、ステータスなどは全て隠されています。しかしながらやはりゲームのため、結局のところあらゆる出来事を、裏で数字によって管理しているわけです。それを、色々と実験して解析していくわけですね。

 

 その解析は、この帰りの車でできるものと、家に帰ってからでないと不可能なものがあります。少しでも時間を無駄にしないために、前者をチェックしていきましょう。

 

 チェック手順はすでに偉大な先駆者様によって、ひとまず確立されています。まずCADなしで簡単な魔法を全系統・系統外・無系統すべてで試し、次に手をできるだけ力を入れながら高速で開いたり閉じたりします。魔法の成長と、身体機能のチェックですね。

 

 さてさて、どんなものでしょうか、やっていきましょう。

 

 ……なるほど、移動系、加速系、無系統の伸びは悪くないですが、他系統や、肝心の精神干渉系は平均的なボーナス量より少なめです。伸びた三つは毎回戦術の軸として採用されるため、先駆者兄貴のデータでも非常に伸びが良いです。今回は戦闘時間が長かったので、その中でも特に平均より上ですね。ただ、全く使用していない他系統も通常はかなり美味しいのですが、今回はかなり下振れしました。恐らく、あのクソみたいな勝利が原因でしょう。

 

 

 次に身体機能です。自分の掌を見つめて動きを観察しながら、なるべく力を入れて高速でグーパーします。

 

 ……うーん、にしてもこのたおやかでちっちゃなおてて、こう、なんか、興奮しますね(ノンケ宣言)

 

 おっと、ぼーっとしてました。えーっと、体感では……まあ、平均程度だと思います。いかんせん、これといって定数化されているわけではないため、何個かある先駆者様の感想が頼りなんですよね。私はハジメテ(意味深)なので、実体験がないんです。

 

 まあいいでしょう。第一の関門を無事突破しました。達也アニキになんとしても勝ち、さらにそのボーナスでもある程度美味しいものを引かなければならないここは、ギリギリ及第点といったところです。ここから運要素やリセポイントはいくらでもありますので、そこで取り返していきましょう。

 

 さて、家についたら、今日は日課の加速魔法訓練はお休みにして、自室に引きこもります。あ、せっかくパパと久しぶりのお出かけで接触できたので、例の実験体の催促もしておきましょう。うーん、まさしくゲスの極み乙女ですね。こんなこと、やってええのん?(激うまギャグ)人としてするベッキーではないよ(二連発)て感じですが、まあ所詮ゲームのキャラなので(無慈悲)

 

 

 茶番はさておき、今日はもう何もしません。体感で言っても走者の精神的な意味でも、かなり疲労困憊です。先駆者様たちもこの日は休んでいますので、バチは当たらないでしょう。妥協って言ったそこのあなた、文句を言うということは、走るんですね? 歓迎します。

 

 はい当然見所無いので810倍速です。

 

 

 

 さて、原作の章タイトルである「来訪者編」の意味についてですね。

 

 これは異邦人であるリーナを筆頭とするUSNA軍人たちのことを主に指しているのですが、実はもう一つ、別のものも同時に指しています。

 

 それは、マイクロブラックホール生成・消滅実験によって異界から来訪してきた、パラサイトたちです。

 

 そう、「来訪者」というのは、この二者が揃ってこその「来訪者」なんですね。だから、どちらか片方しか現れない場合は、「来訪者編クリア」のトロフィーは獲得することができません。

 

 だから、この二者が現れるためには――どうして等速に戻す必要があるんですか?

 

 

 

 お、どうやらパパが第一次実験体を揃えてくれたようです。

 

 実験体は、世間では行方不明として扱われている若い男性二人ですね。とある宗教の熱心な信徒で、反魔法師テロを実行しようとしましたが、四葉に邪魔されて捕らえられてしまったようです。普段なら即殺処分なのですが、今回は私の実験のために生かしておいてくれたみたいですね。

 

 さてさて、精神干渉系魔法における「共鳴」は、取り扱いが面倒です。直接効果を起こせるわけではなく、起こしたい感情の「共鳴元」が必要なわけですからね。

 

 

 やり方は二種類あります。まず、自分でプシオン波を放ってそれと共鳴させる方法。一番確実で使いやすいです。

 

 もう一つが、対象Aのプシオン波をコピーして対象Bのエイドス内で振動させ、同じ感情を起こさせる方法。これは非常に使いにくいですが、一つ目の方法と違って本物の感情がベースなので、強い効果が出ます。

 

 

 うーん、とはいえ、この二人は今間違いなくほぼ同じ感情を抱いているので、後者を使うには下準備が必要です。

 

 仕方ないので、まずは前者の方法を試してみましょう。浴びせる波動パターンは、効果がどれほどなのかがわかりやすいように、今起きている感情と逆のものにします。幸福感でいきましょうか。感情ごとの周波数パターンは四葉家のデータベースにありますので、それをパクるだけです。うーん、さすが外道一家。どれほどの実験を重ねたのでしょう(特大ブーメラン)

 

 はい、顔が緩んで血色も良くなってきましたね。成功です。隣の人が急に幸せそうに笑いだしたから、もう一人が変態でも見るような眼で見ていますが、もうすぐお前もこうなるんだよ! 早速、今無理やり起こした感情をこれにも起こしましょう。起動式はすでに先駆者兄貴が準備済みで、この数日の空白の間にチャートに則って私が改善済みです。共鳴元のプシオン状態を検知する、それをコピーする、もう一人のエイドス内で振動させる。この三工程です。

 

 お、おんなじ間抜けな表情になりましたね。これも成功です。なるほど、どちらも使えるなら、ハズレの中でもなんとかなりそうです。この二人は非魔法師なので抵抗力皆無で、そのせいで成功しやすいというのもあるのですが、この蘭ちゃんの干渉力なら魔法師相手でも十分効くでしょう。

 

 おっと、効果を確かめている間に、最初に魔法をかけたほうが元よりさらに恐ろしげな顔をしていますね。魔法の効果が切れたのでしょう。直接感情を変化させる魔法なら、魔法をストップした時点で世界の修正力が働いてすぐに元に戻ります。しかし、『共鳴』は、起こしている現象はあくまでもプシオン波でしかなく、感情の変化はその影響にしかすぎません。だから、魔法をストップしても比較的効果が長続きするんですね。

 

 とりあえず、魔法は成功しましたね。

 

 

 

 

 ……しかし、実は、これは実験としては失敗です。

 

 黒羽家に生まれた蘭ちゃんは、精神干渉系適性が非常に高いはずです。そんな蘭ちゃんが特に適性がある魔法となったら、非魔法師相手に、この程度の効果しか出ない、なんてことはありません。先駆者兄貴や四葉家のデータの中には、この程度はありふれています。

 

 

 

 つまりですよ? 実は、『共鳴』は、蘭ちゃんが特に得意とする固有魔法の同種ではなかったということですね。デデドン!(絶望)

 

 さて、参りました。コオロギのプシオン周波数を同じにした時の結果の強さからして、この結果を導きだす改変内容が、蘭ちゃんの得意魔法なのは間違いありません。

 

 

 後、他の候補でいったら、共感増幅とかですね。試してみましょう。

 

 人間は少なからず共感力が備わっていますし、またそれ以外の動物も相互に情報をやり取りするために原始的な共感力のようなものを持ちます。対象Aと接するうちに、対象Bが共感して、対象Bのプシオンの中に、対象Aと同じ周波数が発生するので、それを増幅させることで同じプシオン状態にする、というやつです。

 

 早速試してみましょう……うーん、これも違う。効果は上々ですが、やはり固有魔法ほどではありません。

 

 次。プシオンチューニングです。対象Aの周波数を読み取り、それに合わせて対象Bの周波数を直接改変します。うーん、これも違う。

 

 参りましたねえ。これはしばらく時間がかかりそうです。では、また倍速しましょう。

 

 

 

 さてさて、こうして実験を繰り返している間に、そろそろ0章の終わりが近づいてきましたね。あまりの超倍速に視聴者の皆さんは分からないかと思いますが、実験は上手くいっていません。小学校高学年ぐらいから四葉家としての訓練が増えてくるため、中々時間が取れないのです。まあ蘭ちゃんはどうやら爪弾き者らしいので外部施設や合同訓練がない分だけ楽ではありますが。0章終わりまでに見つからないようでは、リセットすることになります。

 

 いやー、こまったなー、りせっとかあー、どうがとうこうしたいのになー(棒)

 

 ん、なんでとうそくにもどすひつようがあるんですか(棒)

 

 

 

 はい、小学校六年生、2091年の12月、ひっじょーにぎりぎりのタイミングで固有魔法を見つけました。まあ、動画になっているということは完走してるわけですから、当然ですよね。

 

 ご覧ください。もう何代目かもわからない実験体たち数人が、全く同じ表情で全く同じ大声を出しています。目力先輩の真似をさせているので、非常にうるさいですね。体を私が操っているのではありません。自分のプシオンによって自ら動いているのです。

 

 彼らのプシオンは、現在すべてが全く同じプシオンになっています。私の魔法によるものですね。

 

 この黒羽蘭ちゃんの固有魔法は――聞いて驚け! なんと、『プシオンコピー』です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対象Aのプシオン状態を読み取り、それを丸々対象Bのプシオンに投射し、全く同じ状態にする、という魔法です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みなさん、なんかこの仕組み、聞き覚えありませんか?

 

 そう、これ、なんと仕組みは、最強お兄様の固有魔法『再成』と同じなんです。あちらは物体の情報を司るサイオンエイドス体を丸々投射して元の状態に『再成』するというものです。この『プシオンコピー』は、それのプシオン版と言ったところでしょう。物体・肉体の情報を投射する『再成』と、精神・記憶の情報を投射する『プシオンコピー』。これはまるで……原作主人公と対になる運命を背負った二次創作オリ主みたいだあ(恍惚)

 

 まあ確かに血は繋がっているので不思議ではないですが、いやー、こんな都合の良い話ってあるんですね。ソフト起動初日でマボロシじまがでてさらに最初に出会ったのが色違いAC0HBDSV色違い図太いソーナノでした、ぐらいの確率ですよ(ポケモントレーナー特有のクソ長早口例え話)

 

 こんなの当然想定していないし、先駆者様やウィキのデータにもなかったので、発見が遅れました。あらゆる可能性を何年も試しては無駄だった時間が続いて、ちょっと頭が狂った状態で試した結果です。普通なら小学4~5年ぐらいで固有魔法が分かって、あとは0章終了までにそれを磨いたり改造したりする、という段階に入っているはずなのですが。

 

 さて、珍しいだけで有効性は今のところわからない恐らく世界初のこの魔法で、すっかり出遅れた中、ノーデータからスタートの開発は間に合うんでしょうか。

 

 0章後半である中学生編はいろいろやることが増えるので、そこまでには実用化できるぐらいのものにはしたいです。

 

 

 さて、ではまた早送りしましょう。

 

 はい、想定よりもかなり開発が遅れた状態で卒業しました。

 

 では中学生に――今回はここまで。ご視聴ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「小学校卒業」のトロフィーを獲得しました〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 憎らしい。

 

 一つ上の姉のような「ナニカ」に対して抱く感情は、あまりにも暗かった。

 

 物心ついた最初は、姉として接していた。顔は無表情かはたまた不気味で間抜けな笑顔、話す言葉は安っぽい棒読みな機械音声の様、それでも一応「姉」なので、聡明であった彼は、邪険にしないようにしていた。

 

 しかしながらある日を境に、抱く感情が憎しみへと変わっていった。

 

 姉が小学校に入学した日からずっと、一応気を使って話しかけても、「はいはい」「そうだね、ぷろていんだね」「はっきりわかんだね」「あっ、ふーん」などと、ふざけたぞんざいな対応をされるばかりになった。明らかにこちらのことなど眼中になく、邪魔としか思っていない。そのくせ時折こちらを見ては、何を考えているのか、あの不気味な笑顔を浮かべる。

 

 そしてまた別の変化もあった。不登校で訓練や家庭教師による勉強に明け暮れているのは自分たちも変わらないが、あの姉は、それをだれの指示ともなく自分で選んだのだ。しかも家庭教師の指導も拒否し、いつも部屋に籠って魔法の練習をしているか、訓練施設で一番厳しい訓練を毎日欠かさず狂ったようにやっているかだ。障害による不気味さも相まって、家族の中で明らかに、彼女は「異分子」となった。

 

 さらに悪化したのは、彼女が小学二年生になってすぐの、四葉の集まりだ。当時の二人には理解できなかったが、今なら分かる。姉は、どこからか手に入れた情報を、その当人たちに確認しにいったのだ。四葉が、世界が、ひっくり返りかねないそれを、これみよがしに口に出していた。それ以来、日に日に父・貢は心を病んでいくようになる。決して良いと手放しに言える父ではないが、それでもやはり父。その姿を見るのは辛く、そして姉への憎悪が増した。

 

 

 いや、彼はまだマシなのだろう。

 

 

 可愛らしい顔に憂鬱な表情を浮かべながら、悲鳴をバックに身が入らない実験を淡々とこなしつつ、文弥はため息を吐く。

 

 憎らしい一つ上の姉は、早い段階の自主的な実験が功を奏して、ようやく固有魔法を見つけたらしい。本人も焦っていたみたいで、一年ほど前からずっと無表情のまま機械ボイスで食事中に「おい、やべぇよやべぇよ」などとブツクサ言っていた。実際のところ、固有魔法を見出すのは、基礎を磨いてからでも遅くなく、焦る必要はない。何を考えているのか分からないが、それに乗せられて自分たちまで妙な焦りを抱える羽目になった。

 

「……こんなものかな」

 

 2092年の1月。気絶して泡を吹いた実験体を見下ろして、文弥は呟く。精神干渉系に適性があった彼もまた、実験の日々で自分の固有魔法を探そうとしていた。小学校に上がってすぐぐらいに、双子の姉と同時に、貢から言われたのだ。固有魔法を探すにはかなりの時間が必要であり、そんな早い段階から始めても、小学生のうちに見つかればかなり早い方だと言われている。噂に聞く深雪や達也などは、あまりにもスケールが違いすぎて、生まれてすぐにわかったそうだが。

 

 そんな中、文弥は、すでに方向性が固まりつつあった。もとより精神干渉系だと絞り込まれていたという幸運もある。どうやら「痛み」に関わる何かしらの様だ。精神的な魔法なのに痛覚、となるとなんだか話がおかしいようにも思えるが、それが魔法というものである。

 

 今回は、『毒蜂』をヒントに、物理的に与えた痛みによって発生するプシオンの揺らぎを増幅させることで「痛みに苦しむ」という精神状態を増大化させてみた。悪くはなかったが、効果としてはとびぬけてはいない。まだ研究が必要だろう。

 

 文弥は細い肩を回しながら実験室を出る。地下訓練場に併設されており、部屋に戻るためにはそこを通らなければならない。

 

 そしてそこで、ちょうど、柔らかい椅子に座ってコップを傾けている薄着の双子の姉・亜夜子と出くわした。

 

「……お姉さま、無理しすぎじゃない?」

 

「…………別に」

 

 プイ、と不機嫌そうに顔を逸らしながらも、一気に呷りたいだろうに、ドリンクサーバーのスポーツドリンクをお行儀よく少しずつ飲む。激しく肩で息をしていて、艶やかな黒髪は汗に濡れて額に張り付いている。自分が実験を始める前からかなり激しく訓練していたのに、戻ってきてもこの様子と言うことは、ずっと続けていたのだろう。運動用の薄着も汗でべったりとしている。

 

 方針がある程度見えてきた文弥に対し、亜夜子は今一つだ。全ての系統において高水準にまとまっている。系統魔法だけに絞れば、文弥ではまず勝てないだろう。しかしながら大きな偏りがなく、何が得意と言うものもない。干渉可能領域の広さ、という圧倒的な取柄は見えているが、系統は絞ることができていないため、単純計算で文弥の9倍の試行回数が必要となるだろう。

 

 亜夜子はここずっと不機嫌だ。姉がなぜかずっと焦っているせいで、知識では理解しているのに、心があちらに乗せられて、焦りを抱え続ける羽目になっている。方向性が固まってきている文弥ですらやや焦っているのだから、こう見えて意外と負けん気が強いこの姉は相当だろう。

 

 そしてそのせいで、より一つ上の姉への憎悪が募っている。

 

 半ば理不尽で、こちらが勝手に乗せられているだけなのだが、幼いころからの蓄積と、それでいて家族ゆえにそうそう離れられないという定めのせいで、亜夜子は相当の憎しみを抱いてしまっていた。しかもこんな状況の中、ついにその一つ上の姉が、一か月ほど前に固有魔法をほぼ確定したらしい。これのせいで亜夜子の焦りはさらに募り、ここ数日はすっかりオーバーワークになってしまっていた。

 

 前髪はべったりと額についているが、横の方はそうでもなく、むしろややぼさぼさになっている。これは、激しい運動をしたあとだから、というだけではない。恐らく、文弥が通るちょっと前まで、掻きむしっていたのだろう。それでも後から冷静になってこうして取り繕っているあたりは、生粋の「お嬢様」といったところだ。

 

 二人で並んで椅子に座り、しばらく無言の時間が続く。亜夜子はチビチビとドリンクを飲み、文弥も付き合いで水を少しずつ飲むだけ。生まれた時から一緒にいる姉弟とはいえ、お互いに、少しだけ気まずかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そしてその膠着は、最悪の形で破られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 文弥が来た方向から、ドアが開く音がする。いくつかある実験室の一つだ。文弥が実験していた時、また同時に、姉もまた実験していたのである。

 

 自分たちとそっくりな艶やかな黒髪、端正で整った可愛らしさと綺麗さが反則的に同居している人形のような冷たい無表情。外に出ないせいか肌は病的なほどに白く、それが神秘性をより増幅させている。文弥も亜夜子もかなりの美少年・美少女であり、よく似ている。

 

 文弥も亜夜子も、思わず息が止まった。少し息をする音を出しただけで、なにか厄介なことが起きそうに思えたのだ。

 

 噂をすれば影、とは言ったものだが、まさか口に出してもいないのに現れるとは思わなかった。黒羽家に影を落とすその存在は、味気ない部屋着のまま、すたすたと歩いてやってくる。

 

 どうせいつも通り、こちらには目もくれず、存在しないかのように無視して通り過ぎ、自室にこもるだろう。何せこちらから話しかけても面倒くさそうに対応するぐらいだ。自分から話しかけるなんて、まずありえない。

 

 しかし、その予想は外れた。その一つ上の姉――蘭は、通り過ぎて一階に上がる階段には向かわず、こちらに向かってきている。思わず心臓が跳ね上がるが、すぐに彼女の様子から、まだ今日は日課としている移動・加速系魔法の訓練をしていないことがわかり、いまからやるつもりなのだろうと勘づく。それは正解だったようで、やはりこちらには目もくれず、機械で設定を弄りはじめる。亜夜子の設定もかなりのオーバーワークだが、まるで普通の事のように表情にも出さずそれをさらに上げ、四葉の大人でも厳しく感じるような最高設定にする。

 

(あんな無茶をして……いや、違うか)

 

 文弥は彼女の心配などせず、ただただ呆れた。そしてすぐに思い直した。

 

 あの設定は、この姉にとっては普通なのだろう。ずっと移動・加速系ばかりを狂ったように磨いてきたのだ。その経験は、もうすぐ小学校を卒業するという程度なのに、大人にも匹敵するのである。

 

 その様子を、まだ緊張しながら、二人はじっと見ていた。

 

 そしてふと、そのガラス玉のような怜悧な瞳が、こちらに向く。

 

 

 

 ――目が合った。

 

 

 

 文弥の心臓は跳ね上がった。隣の姉も、間違いなく同じ気持ちだ。

 

 まるで蛇ににらまれたカエルのように、二人は動けなくなってしまった。

 

 ――大丈夫。今まで目が合ったことはいくらでもある。その時も、毎回すぐに目を逸らされて無視された。今回も同じだ。

 

 言い聞かせるように、必死に自分を落ち着かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、ふみやくんと、あやこちゃんじゃーん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この瞬間、ショック死しなかったのは奇跡と言っても過言ではない。恐らく一般家庭出身だったら、天に召されていただろう。

 

 いつもどころか人生を通して無視してきたのに、特に気まずいタイミングで話しかけてきた。それも滅茶苦茶馴れ馴れしく。それでいて声はいつも通り安っぽい平坦な機械ボイスだし、顔にも表情が浮かんでいない。

 

「さいきんちょうしはどう? じっけんとかは、はかどってます?」

 

 おかげさまでね、という皮肉すら返すことができず、息が止まったように黙る事しかできなかった。天変地異のような出来事が、最悪のタイミングで起きたのだ。気絶しないだけまだマシというレベルの話である。

 

「……べつに、あんたには関係ないでしょう」

 

 隣の姉がかろうじて絞り出した言葉は、大昔に喧嘩をした時ですら聞いたことがないほどに刺々しいものだった。亜夜子は基本的に物腰柔らかで穏やかな態度を崩さないし、それは実父の貢や実弟の文弥相手ですら変わらない。そんな姉の口から、「あんた」だなんて言葉が飛び出してきた。しかしながら、文弥はそれを不思議に感じなかった。

 

「そーでもないんだなー、それが。まあいいか」

 

 そして、その人形のような冷たい美貌に、にへら、と、間抜けな笑顔が浮かぶ。貢に一度だけ見せてもらったことがある。数十年前にインターネットで流行した、間抜け顔の生首饅頭のような笑顔だ。あちらには違和感を覚えないが、普通の人間の形をした冷たい美貌を持つ蘭がそうなると、あまりにも不気味で、異常で、刻み込まれた「正常」「常識」「普通」をかき乱し、吐き気を催させる。

 

「あやこちゃん、ひとつ、あどばいすを、あげましょう。かんしょうりょういきのひろさが、すんごいぶきになる、まほうがありますよ。それを、ためしてみては、いかがでしょう」

 

「余計なお世話です」

 

「かくさん。あれのはんいがひろいと、とんでもないこうかに、なります。では」

 

 一方的に答えを残して、そのまま訓練を開始する。固有魔法を見つけて少し余裕ができたようだが、それでもどこか焦って急いでいる様子には変わりがない。

 

 

 

 生き急いでいる。

 

 

 

 今一つぴったりと当てはまる言葉が思いつかないが、今の文弥は、蘭にそのような印象を抱いた。加速系・移動系の練習ばかりしているのも、その印象を増幅させる。

 

(うーん、格さん? 水戸黄門? 相変わらずわけわからないなあ)

 

 文弥は頭をひねりながら、蘭の言葉の意味を考える。棒読み機械音声でイントネーションも滅茶苦茶なので、今一つ意味が分かりかねた。

 

 隣の姉・亜夜子なら何か分かるだろうか。

 

 頭に疑問符を浮かべているだろうな、と苦笑しながら、そちらに視線を移す。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拡散……まさか、でも…………なるほど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、俯きながら目を見開いてブツブツ早口で呟いている姉がいた。


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