魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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 7月の頭。今年度最初の試験が無事終了した。

 

 二年生は、実技主席が範蔵、次席があずさ。理論は、主席があずさ、次席が五十里。総合であずさが主席となった。

 

 そして一年生はと言うと、不思議なテスト結果が出ていた。

 

 実技主席は深雪、次席はいつき。これは入試の順位と変わらないからさほど不思議ではない。

 

 だがそれに続くのが、雫、森崎、ほのかである。多少ランダム性があるせいで逆に偏りが生じるとはいえ、ある程度クラス分けは入試成績が公平に分かれるようになっている。主席・次席を擁するA組は、それ以外の生徒の入試成績は飛びぬけてパッとするようなのはいないはずだ。

 

 だというのに、三位から五位まですら、A組の生徒が独占しているのである。つまり、クラスによって成長の偏りが著しいということだ。これにはさぞ教員も頭を抱えているだろう。

 

 そして理論の方も、悩みの種かもしれない。二科生のはずの達也が首席、幹比古が四位だ。魔法理論は、机上論の上では誰でも理解できることになっているが、結局魔法に関する話のため、実技に優れる魔法師の方が、理論も理解していることが多い。だが、こうして、達也がトップとなり、幹比古もトップクラスに入っている。クラスメイトの柴田美月も上位にランクインしている。これも不思議な事態だろう。

 

 ちなみに理論二位はいつき、三位は深雪で、入試と変わらない。そして総合主席の座は、実技で圧倒的女王として君臨する深雪が守った。

 

 そんな不可解な成績の中でも比較的手を付けやすいと言える達也の個人面談を終えた教員たちが彼のお友達にボコボコに叩かれたり、達也と幹比古がレッグボールの授業を通してそれなりに親しい交流を始めたりした週のある日。

 

「達也君、一年生男子の独自戦力リストとかない?」

 

「何言ってるんですかいきなり?」

 

 昼休み。恒例となった生徒会室でのランチタイムのために入室するや否や、真由美が達也に詰め寄った。

 

「この度の九校戦における新人戦の代表を調整しているのですが、少し難航していまして」

 

 真由美の肩越しに、お上品に箸を運ぶ鈴音が代わりに答えてくれる。食べながらなのに全く声が乱れない謎の特技が気になって仕方ないながらも、そこに突っ込むのは本題から外れるし、何より入り口で妹共々たむろしていては目立つということで、とりあえず中に入る。

 

「部活連の方と調整はなさったんですか? 確か、男子の部活動加入率はかなり高かったはずですし、そちらにある程度戦力データとかは揃ってるかと思いますが」

 

「十文字君に協力してもらったし、入試とこの前のテストの実技データもばっちりよ。今年は深雪さんを筆頭に、女子の戦力が充実しているわね」

 

「なるほど、それで、一方男子は、ということですか」

 

「ああ、そういうことだ。いや、十文字だとか服部だとか辰巳だとか桐原だとか沢木だとか三七上だとか五十里だとかが揃ってる二・三年生がぶっ飛んでるだけで、今年の一年坊たちもそれなりの粒ぞろいなんだが、どうしてもな」

 

 確かに先輩方に比べれば見劣りするだろう。特に克人と範蔵はもはや反則の領域だ。ただ、こう言ってる摩利も反則そのものであり、真由美共々三巨頭と範蔵は出禁でいいだろう、とすら思える。

 

「粒ぞろいなら、別に問題ないんじゃないですか? 森崎とか、五十嵐とか、有名どころもいるでしょう?」

 

「その二人は当然エース格としてオーダーしています。ポイント比率が高いモノリス・コードにも即内定を出しましたし、現に了承も頂いています」

 

 これで何が問題なのか全くわからない。達也も深雪も、ただただ困惑するしかなかった。

 

「問題は、戦力配分なのよ。モノリス・コードには精鋭を集めるとして、悩みはそれ以外の競技。なるべく強い子は一つの競技に固まって欲しくないんだけど……」

 

 そうして見せられたのが、有望戦力・内定リストだ。これだけのものが揃ってるなら独自の戦力リストなんてありもしないものを求めなくてもいいのに、と不満がよぎる。

 

「なるほど、これは確かに偏ってますね」

 

 モノリス・コードにはいくら偏っても良い。

 

 だが、それ以外の競技は、仲間でありながらも点数を奪い合うライバルになる。仲間内での競合は避けたいだろう。

 

 ところが、森崎と五十嵐が、なんと両方ともスピード・シューティングにエントリーすることになっているのだ。

 

 備考欄を見ると、これはこれで理に適っている。

 

 森崎は森崎家の特性上、魔法式構築速度に優れるし、反射神経も即座に照準を合わせる力も天下一品だ。深雪も彼には学ぶことが多いほどである。どちらかといえば射撃魔法の方が得意なため、スピード・シューティングに不向きと言えなくもないが、それを補うだけの適性があろう。

 

 また五十嵐は百家の次男であり、その実力は早くから注目されている。SSボード・バイアスロンの選手であり、ボードに乗った自己移動もそこそこできるが、何よりも的破壊が得意なようだ。

 

 この二人が被ってしまうのは仕方ないが、他男子も粒ぞろいである。ちょっと噛み合いが悪い部分はあるにはあるが、完璧な理想なんて求めても仕方ないので、これで妥協して他を埋めていけばいいのに。

 

 例えば、そう、最強と信じて疑わない妹に迫るだけの成績がある、男子一位の、あの男の娘とか。

 

「…………中条、保留リストに入っていますね?」

 

 達也は首をかしげる。

 

「ああ、中条君なら、こうなっても仕方ないかもしれませんね」

 

 同じリストを渡された深雪は苦笑気味だ。達也は訳が分からず、説明を求める。

 

「彼は、自分が興味ある事には突っ走るそうですが、一方でそれ以外は断固として無視するタイプだそうです。以前、生徒会の仕事中に、中条先輩がおっしゃっていました」

 

「なるほど、そういうことか」

 

 可愛らしい見た目と明るい態度のせいで校内が誤魔化されてるが、確かにいつきには、そういうエゴイスティックな部分があるのだろう。最近仲良くなったいつきの親友・幹比古が、苦笑まじりにそんなこと言っていたのを思い出す。多分、振り回されているのだろう。

 

 いつきは九校戦に興味がない、ということだ。それで断固として拒否をしているのだろう。やる気がない選手は他の希望者の手前選ぶわけにはいかない。だが諦めきれず、こうして保留リストに放り込んでいる。そんなところだろう。

 

「二人の理解で半分正解、半分外れよ」

 

「「……?」」

 

 だが、疲れた様子の真由美による返答は、いまひとつわかりにくい。兄妹が全く同じタイミングで首を傾げる。――そのシンクロぶりを見た鈴音が少し噴き出したが、当然無視だ。

 

「さて、では二人に質問をしてみよう。中条弟を入れるとしたら、どの競技にする?」

 

「まず、モノリス・コードは間違いないと思います」

 

「基礎的な魔法力はもちろん、戦闘能力もブランシュの一件で証明済み。この競技の得点比率が明らかに高いことを考慮すれば、選出しないのはありえません」

 

「さすが、優秀な後輩が二人いて嬉しいわ」

 

 真由美の口ぶりとは裏腹に、今にも「ケッ」とでも言いそうなやさぐれた表情をしている。

 

「当然、真っ先に声をかけたわ。その時の返答がこれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えー、ボク、バトル・ボードとクラウド・ボールがいいです!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぴったりのタイミングで鈴音が端末を操作すると、いつきの可愛らしい返事が再生された。

 

 何かしらの言質を取るために録音機を仕込んでいたことをまず咎めたかったが、本人にバレなければ問題ないということでスルーだ。

 

「バトル・ボードとクラウド・ボール、ですか」

 

 達也は思案する。さほど九校戦に詳しいわけではないが、深雪の助けになるかと思って、風紀委員室で話を聞いて以来、競技特性について少し調べてきた。

 

 九校戦は魔法能力の比率が高い競技が集まる。本人が全く動かないで高速または高威力の魔法を連発する、スピード・シューティングやアイス・ピラーズ・ブレイクが良い例だ。

 

 一方で、身体能力の比率が高い競技もある。超高速テニスといえるクラウド・ボールと、サーフィンの技能を必要とするバトル・ボードが、その筆頭だ。

 

 また、絶えず魔法で飛び回るミラージ・バットや、ルールの定められた実戦的な模擬戦競技であるモノリス・コードも、体力を必要とするだろう。

 

 魔法の要素が強い競技とは言っても、やはりスポーツなので、基本的に身体能力が必須の競技がほとんどである。

 

「中条君は、その…………運動があまり得意ではないようですが?」

 

 深雪がオブラートに何重も包んで、全員が思った懸念を、クラスメイトとして表明する。

 

 打てば響く太鼓のように絶好のタイミングで鈴音が映像を映し出す。一年A・B組合同の体育の授業だ。

 

 魔法の技術進歩もすさまじいが、魔法以外の技術はさらに進歩し、代替の効かない魔法師の仕事は、軍事・警察・消防・レスキュー、非合法なところでは暗殺や諜報などの、「鉄火場」ぐらいだ。故に魔法科高校に入る程に魔法に熱心で、しかも一科生で男子となれば、彼らの運動神経は同世代のスポーツマンと同等かそれ以上である。例えば五十里も、線の細いフェミニンな雰囲気だが、あの服の下は中々鍛え上げられた肉体をしているらしい。花音が風紀委員の中で堂々と自慢して、五十里が大恥をかいたあの事件は記憶に新しいところだ。

 

 そういうわけで、たとえ一年生であろうと、その体育の授業は、もはや部活動のそれと同じだけの迫力がある。二科生にも達也やレオや幹比古のような逸材はいるが、ほとんどは一科生に魔法のみならず運動能力も負けている。

 

 では、そんな中に、あの小さな女の子みたいな少年・いつきを放り込んだらどうなるだろうか。ちなみに先例として、あずさは二年生女子の体育で行われたレッグボールにおいて、必死に追いかけてもボールはまともに一度も触れず、唯一触ったと言えなくもないのは、何も考えずシュートに飛び込んで顔面セーブを決めたときぐらいだ。

 

「ブフッ」

 

 達也は思わず吹き出す。一科生男子はやはり長身かつ筋肉質な生徒が多い。その中で必死に走るいつきは、大人と子供そのもの。五十里のように隠された肉体があるわけでもなく、あの服の下はガリガリか可愛らしい丸みを帯びた肉体があることだろう。

 

 想像よりも、少なくとも無様な姉よりも、よく動けてはいる。立ち回りも基本通りで、そこそこ悪くはない。ただほとんどボールには触れない。ボールを追いかけても他の生徒に追い抜かれ、ディフェンスをしようとしても軽く躱されるか、軽くぶつかっただけであえなく弾き飛ばされる。しまいには、見苦しいことに、レフェリー役をたまたまやっていた森崎にわざと転んでアピールしているが、「ネイマールごっこがお上手でちゅね」と馬鹿にされて流されている。

 

「森崎ってこういうこと言うキャラだったんですか?」

 

「待て司波、そこに驚く気持ちは分かるが、本題はそこではない」

 

 彼の人となりをそれなりに知っている摩利が同意をしてくれたが、止めてくれた。あまりにも衝撃的な映像過ぎて、達也の理性が一瞬吹き飛んだのだ。

 

「今見てもらった通り、いつき君の身体能力は、魔法師男子としては下の下です」

 

「あの身長とあの体でこれだけ動けるのは褒めてやるべきだろうな。普通の高校に行けば平均少し下ぐらいか?」

 

「司波さん、オブラートに包んでおいて良かったですね。うっかり本音で『運動音痴』なんて言おうものなら、しばらくおもちゃにされてましたよ?」

 

 人をおもちゃにする筆頭が何を言うか。姦し三年生三人娘にツッコミを入れたい気持ちを抑えながら、深雪は永久凍土の笑みを浮かべて「ええ、お気遣いどうもありがとうございます」とだけ返した。あいにくながら抑えきれておらず部屋の空気は物理的に冷え切り、鈴音は「失礼」といって立ち上がりながら、冷房を切った。果たして何に対しての「失礼」だったのか。そこは追及するべきではないだろう。

 

「つまり、中条は、一番適性がありそうなうえにポイントが高い競技に出たがらず、あまり適性のない競技に出たがっている、と」

 

 なるほど、これは厄介だ。彼の性格を踏まえると、摩利や真由美と言った威圧感のある先輩が強めに説得したところで通じないだろう。

 

「十文字先輩は……ああ、それもダメそうですね」

 

 達也は言い切る前に止める。あの本気ですごんだ克人に対して、真正面から啖呵を切ってテロリスト殲滅作戦に飛び入り参加したのだ。あの見た目ならば、と、とても失礼なことを考えたが、それも無駄であろう。

 

「ちなみに、中条さん伝手に説得を頼む、または中条さんから切り崩しにかかろうとしたのですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

『その、ご、ごめんなさい! 私は、いっくんの好きな競技に、出させてあげたいんです!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「公私混同じゃないですか」

 

 深雪は呆れた。気持ちは分からなくもないが、あずさは生徒会役員という、いくら学生の間のお遊びみたいな制度と言えど、名目上は生徒全体の奉仕者でもある。それがこの態度ではいけない。

 

 全く、なんというブラコンなのでしょう。

 

 深雪はプンスカ怒る。

 

 なぜか真由美たち三人から絶対零度の目線を向けられてるのが気になるが。

 

「でも、これで折れる先輩方じゃないでしょう?」

 

 深雪が何か言ったら針の筵になる気配を察して、シスコンが代わりに切り込んだ。

 

 そう、あずさほど切り崩しやすい人間はいないだろうし、この三人がこれで諦めるとは思えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いっくんは、その……自分で選んだとはいえ、ずっと不登校で……お友達もいなくて、ずっと、ほとんど私たち家族の中だけで過ごしてました。それを全く気にしないで、興味のないことはずっと無視して……そんな、そんないっくんが、こうやって、普通の学校生活とか、運動とかに興味を持ってくれたんです! だから、どうか……いっくんの希望、かなえてあげてくれませんか!?』

 

 

 

 

 

 

 最後の方は、心に訴えかけるような、本能的な部分をくすぐる、必死の涙声。

 

「これを聞いて、これ以上説得しろって、達也君は言えるかしら」

 

「先輩方がそんなことしてたら、俺は風紀委員を辞めますし、深雪を生徒会から抜けさせますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんなやり取りがあったはずなのに、達也はなぜか「同級生のよしみだし、ワンチャンあるから行ってきなさい!」と言われ、放課後にいつきの下へと向かわされていた。

 

 納得いかない思いを抱えながら、達也は実技棟に向かう。ただでさえ部活動が活発な時期・時間帯で、さらに九校戦も近くて、屋外も屋内もその練習をする生徒たちでひしめいている。

 

 そんな中、部活でも九校戦でもない生徒のために唯一解放されている実技棟の隅っこに、いつきと幹比古はいた。生徒会に、実技室とCADの使用申請が届いていたので、ここにいるのは分かりきっていたことだった。

 

「さあ幹比古君、またペース上がってきてるよ。もっともっと」

 

「無茶言うな!」

 

 いつきは移動・加速系に関しては、深雪の成績をわずかながらでも上回る程のスペシャリストだ。特に高速移動と物体を浮遊させて攻撃する魔法は、基本中の基本でありかつ一番強い魔法ということで、かなり得意としている。

 

 ひらひらと、蝶ともトンボとも形容するべき高速移動で逃げ回るいつきを、幹比古は必死で追いかけている。

 

(あれが、幹比古が言っていた『鬼ごっこ』か)

 

 いつもはもっと広い部屋でやっているのだろうが、こんな時期なので、やや手狭だ。つまり幹比古にとって有利である。それでも、達也には、幹比古が追い付けるとは到底思えなかった。それほどに、いつきは余裕を残して、わざと紙一重で回避している。

 

 幹比古はスランプだと言っていたが、入学当初に比べたら、実技の成績は格段に向上していた。ああした特訓を続けて、少しずつ「感覚」を取り戻しているのだろう。後は根本的な原因を達也の腕でちょちょいと取り除いてやればいいだけに見えるが……そこまでお節介する程の仲には、まだなっていない。

 

 そんなことを考えながら、達也は呼び鈴を鳴らす。二人は一瞬で魔法を止めて、反応した。

 

「あれ? 司波君? 珍しいね、なんか用?」

 

 いつきが不思議そうに首をかしげる。幹比古が膝に手をついて肩で息しているのに対し、いつきの息切れは激しくない。わずかに頬が上気したいつきが首をかしげるその姿は、達也でなければ変な感情が湧いていたことだろう。アヤしい趣味を持つ女子限定で圧倒的人気一位(真由美談)を誇るだけはある。

 

「七草先輩から頼まれてな。やっぱり、お前にはモノリス・コードに出てほしい」

 

「ほらみろ、いつき。やっぱりその競技がベストなんだよ」

 

 真由美に説得された件は幹比古も知っていたし、適性の面でも生徒会と意見は一致しているらしい。思わぬ援軍の存在に、これはもしや、と達也はわずかに期待をする。

 

「えー、司波君、生徒会じゃなくて風紀委員でしょ? 司波さんにこき使われてるの?」

 

「深雪は別の仕事だよ」

 

 そもそもさっき七草先輩に頼まれてと言っただろうが、とは返さない。真由美が頼むなら、それこそ生徒会役員でありクラスメイトでもある深雪が来る場面だ。それでも達也一人が来たのは、「妹に頼まれて」、悪く言えば「こき使われて」と言われても、二人の関係についてさほど知らないであろう彼ならば仕方ないかもしれない。

 

 そんなことをごたごた話しながら、部屋の隅にある簡易ベンチに三人で腰を掛ける。スポーツのミーティングなどにも使えるように動かせるようになっていて、三人で向かい合う形になった。

 

「賢い中条なら分かってると思うが、モノリス・コードは得点が明らかに高い。ここに男子一位のお前を省くという手は、あり得ないんだ。テロ事件の時もそうだし、今のを見ても分かる。お前は、どこで磨いたのか知らないが、かなり『戦える』だろう?」

 

 そうして腰を落ち着けたところで、達也は踏み込む。

 

 学校に行ってるか行っていないか以外は、あずさといつきは同じ環境で育ったはずだ。だが、あずさは善良な小市民であるのに対して、いつきは、あのテロ事件の戦い方は明らかに「経験者」だ。判断に迷いがなく、その判断は冷静に正しいものが選ばれて、何よりも傷つけることに躊躇がない。

 

 幹比古の顔にも緊張が宿る。彼も、ずっと同じことを思っていたのだろう。

 

「そりゃまあ、人よりちょっと得意かもしれないけどさ……ボディガードの森崎君とか、射撃競技やってる五十嵐君に比べたら、素人も素人だよ?」

 

「その二人もしっかりモノリス・コード代表さ。そしてそこに埋まる最後のピースが、お前なんだ」

 

「十三束君とかいるじゃん。マジック・アーツの新人戦で優勝したらしいけど?」

 

「モノリス・コードは殴る蹴るは禁止だ。十三束は強者だが、スタイルが全然違う」

 

「へえ、そうなんだ」

 

 殴る蹴るが禁止、という部分に幹比古が反応する。スポーツについてそれなりに知っているが、細かくルールを把握する程の興味がなかったのだろう。

 

「それに、お前は運動があまり得意ではない。運動能力の比重が大きいバトル・ボードとクラウド・ボールは、どちらも適性があるとは言い難い。お前の魔法の腕ならそれでも優勝は見えているが、片方だけで我慢してくれないか?」

 

「えーやだー」

 

「いつき、達也には可愛く言っても無駄だと思うよ?」

 

「可愛い妹に毎日甘えられてるから?」

 

「そうそう」

 

「断じて違う」

 

 可愛い弟に毎日甘えられてダダ甘ブラコンなあずさとは違うのだ。達也は胸を張って否定する。

 

「それに、今年の新人戦のスケジュールは過酷だぞ。一日目がバトル・ボード予選、二日目がクラウド・ボール全部、三日目がバトル・ボードの準決勝と決勝だ。三日連続で炎天下の競技をしなければならない。特に二日目なんか最悪だ。それなら、最後の方にやるから時間が空くモノリス・コードの方が、スタミナにも不安のある中条にはちょうどいいだろう?」

 

 達也は徹底的に理屈で追い詰める。感情的な説得は成功するとは思えないし苦手だ。ならば、いつきの優れた学力から分かる理性に訴えかけた方が成功率が高いと見た。

 

「……へえ、ボクに、適性が無いっていうんだ?」

 

 直後、達也はCADを抜いて、『術式解体(グラム・デモリッション)』を連発した。

 

「え、ちょ、何々!?」

 

 急にCADを抜いて魔法を使った達也に、幹比古が驚いて思わず臨戦態勢まで取っている。両者の顔を交互に見て困惑していた。いや、あの様子だと、いつきの剣呑な様子も見抜いているだろう。

 

「……許可されていない魔法の使用は禁止されているが? 俺が風紀委員と知っての狼藉か?」

 

「ここは実技棟で、ボクらは許可されてるよ。『戦場』に踏み込んだのは司波君でしょ?」

 

「いつき、君、まさか?」

 

「ああ、魔法で攻撃しようとした」

 

 達也は説明する。部屋の隅に積まれた荷物や備品に一気に魔法をかけ、達也にけしかけようとしたことを。

 

 幹比古はすっかり呆れ、いつきを冷たい目で見ながら、窘める。

 

「確かに達也の態度もいけないけど、さすがにそれは一線を越えてるよ、いつき」

 

「あはは、ごめんごめん。悔しくなっちゃって」

 

「そうだな、俺もすまなかった」

 

 いつきに謝られて、達也が何もしないのでは、それはそれで分が悪い。今ので、自分が間違ったことを言っていたことが分かった。

 

「CADなしで、あれだけの数に、恐ろしく速い魔法行使。俺でなければ見逃していただろうな」

 

「確かに達也の反応速度は尋常じゃなかったね」

 

 幹比古が達也にジト目を向ける。どうやら、自分の正体が気になるらしい。実際知ってしまったが最後、四葉に消されかねないので、彼のためにも知られるつもりはないのだが。

 

「全部が高速移動魔法だ。クラウド・ボールであれをやれば、新人戦レベルならかなりいけるだろう。本戦でも戦えるかもな?」

 

 そう、今いつきが見せようとした魔法は、クラウド・ボールにおける基本にして理想の戦術、大量のボールを一気に相手コートへと落とす、ということに使える。しかも、CADなしだというのに、その速度が尋常ではなかった。試合中にあれを連発すれば、相手の心を折る事すらできるかもしれない。

 

「それに……さっきの鬼ごっこは見せてもらった。想像以上に、中条は自己加速術式が得意なようだな。バトル・ボードにぴったりだ」

 

 波のない水路でサーフボードに乗ってレース。その移動方法は当然魔法だ。自己加速術式が基本中の基本である。

 

「そういうこと。どう、分かってくれる?」

 

 先ほど一瞬見せた獰猛さが鳴りを潜め、また可愛らしい天使の笑みになる。あずさと違って、だいぶ裏があり、図太い性格のようだ。

 

「だが、だからこそ……その高速移動と、浮遊魔法による攻撃力は、モノリス・コードで武器になる。お前は、モノリス・コードの選手になるべきだ」

 

 正直あまりやる気はなかった。だがいつの間にか達也は、本気で説得するようになっていた。

 

 断られ続けている意地もある。生徒会に貢献して間接的に深雪の評価を上げたい狙いもある。

 

 ただそれ以上に、達也は、いつきの本当の実力を垣間見て、モノリス・コードへの強い適性をこれ以上ないほど感じたのだ。彼の論理的思考能力が、「モノリス・コード以外あり得ない」と叫んでいるのである。

 

「……そう。まあ褒めてもらっているのは嬉しいよ。だけど、ボクはバトル・ボードとクラウド・ボールに出たいんだ。ぶっちゃけ、この二つ、戦力としてはイマイチじゃない?」

 

「……それは、まあ…………俺が言うのもなんだけどな」

 

 女子には深雪・雫・ほのかという三本柱だけでなく、明智、里美といった、本来なら学年トップになるようなレベルの生徒がいる。だが男子は、いつき、森崎、五十嵐以外は、今一つパッとしない印象だった。スピード・シューティングはまだしも、それ以外の三つの個人競技は、良い結果が出るビジョンがあまり浮かばない。

 

「それなら、森崎君と五十嵐君が集まって十分なモノリスより、バトル・ボードとクラウド・ボールに僕が出た方が、結果的にポイント高いと思うんだ」

 

「……」

 

 達也は言葉に詰まる。

 

 その通りだ。いつきの実力なら優勝は見えているし、よほどの組み合わせでない限り、または相手に一条将輝クラスが当たらない限り、ポイントは持って帰ってくるだろう。

 

 それならば、モノリス・コードに出すよりも、層が薄いこの二つに出てもらった方が良いのではないか。

 

「さて、司波君。これで両方の主張に理屈が通ることがわかったね。なら、あとは……感情面で決めるしかないと思うんだけど?」

 

「散々理屈で詰めて、最後にそれか……」

 

 達也は少し疲れた顔で、ため息を吐く。

 

 完全に言い負かされた。ショックを受けるほどではないが、少しだけ落ち込んでしまう。

 

 こうなってしまえば……本人の希望を優先するほかないだろう。

 

「そういうわけで司波君、七草先輩によろしくね?」

 

「ああ、わかった」

 

 ベンチから立ち上がり、達也はここを去ろうとする。自分の負けだが、これはそもそも最初からあきらめていたことだし、仕方がない。

 

 そうして、ドアに手をかけた時――

 

「ああそうだ、司波君」

 

 ――その背中に、いつきから声をかけられる。

 

「なんだ?」

 

 声のトーンはいつもと変わらない。だが、少しばかり、雰囲気が違う気がした。

 

 振り返った先にいるいつきも、様子は変わらない。可愛らしい顔に、明るいほほえみを浮かべている。

 

「モノリス・コードに適性があるって言ってくれたのは、嬉しかったよ。ありがとう。今回は別として……なんかあったら、声をかけてよ。協力できるかもしれないからね」

 

 いつきはそう言って――誰しもが見惚れるような、満面の笑みを浮かべた。

 

 達也はそれを受けて、少し固まる。決して見惚れたわけではない。

 

 ただ――自分に興味のないことはすべて無視するいつきが、こんなことをいうのが、少し意外だっただけだ。

 

(不登校児が、学校生活で社会性を得つつある、か)

 

 あずさの願いは、もう叶い始めているのかもしれない。

 

「ああ、なんかあったらよろしく頼む」

 

 お世辞程度だが、達也はそう言い残して、今度こそ、この場を去った。




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