魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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 多少の悶着はあったが、無事全ての選手が決まり、達也もエンジニアとして参加することになった。

 

 こうなれば、部活動に参加していない選手達も、放課後はかなりの時間まで学校で練習である。それは、幹比古と練習したりあずさを待つ以外は即帰宅するいつきとて、例外ではなかった。

 

「あー、服部先輩に勝てないー!」

 

 練習期間も折り返し地点を過ぎたという頃。

 

 校内に設けられた練習用水路にて、練習を終えたいつきは、プールサイドに倒れこんで叫んだ。

 

 小学校・中学校と不登校で、ほぼ全ての時間を魔法に費やし、その中でも移動・加速系には特に力を入れてきた。元々のあずさ譲りの才能もあってその腕は同級生たちでは相手にならず、先輩たちに混ざって練習させられている。

 

 今日の内容は、範蔵に相手役をしてもらっての、競り合いの練習だ。至近距離で横に並んだ時に、外側から抜き去るのが目標だ。

 

 直情型に見えて戦略がしっかりしている範蔵は、反則ギリギリを見極めてしっかり妨害を仕掛け、いつきに好きにさせなかった。結果、範蔵はある程度手加減したというのに、コースを2周する間、一度も抜かせなかったのである。

 

「俺としては、もっと楽な練習になるつもりだったんだけどな、いつき……」

 

 ゴールしてすぐボードを降りたいつきに対し、四半周ほどクールダウンのために軽く走った範蔵が戻ってきて、いつきを引っ張って起こしながらため息を吐く。後輩相手に手加減したという割には、真夏の炎天下での運動であることを差し置いても、汗がびっしょりだし、疲労の色が濃い。

 

 ちなみに、どっちも「中条」で呼ぶのは紛らわしいということで、範蔵はいつきを下の名前で呼んでいる。ここで親友で付き合いの長いあずさではなくこう見えて一応男子のいつきを名前呼びにするところに、彼の性格が現れていると言えるだろう。

 

「もう、服部君に勝とうなんていくらなんでも無茶だよ。そこまで言うと服部君に失礼でしょ?」

 

 そんな範蔵の様子に気づかず、あずさは戻ってきたいつきの汗を拭いて、スポーツドリンクを飲ませてあげながら窘める。

 

 いつきがバトル・ボードとクラウド・ボールの選手になるにあたって、あずさは当然のように彼の担当エンジニアになった。つまり新人戦男子のこの競技全員の担当と言うことである。

 

 あずさのエンジニアの腕は好評だ。

 

 エンジニアは参謀の面も兼ねている。あずさはその広くて深い魔法知識から、本人が今持っている適性と手札に合った魔法を引っ張り出してきて、選手に提案しているのだ。いつきは今までずっとあずさと話し合ってきていたので完成されており劇的な変化はなかったが、それ以外の選手は、明らかに成績が伸びてきている。あずさ本人の見た目と性格と実績からアドバイスもすんなり受け入れてもらえるのも、プラスに働いていた。その貢献は、本戦男子のエンジニアを担当する上級生の木下も両手を上げて降参する程である。

 

「中条先輩、こっちも見てもらっていいですか?」

 

「次、僕もお願いします」

 

 いつき以外の二人の新人戦バトル・ボード代表があずさを呼ぶ。

 

「あ、はーい。じゃあいっくん、しっかり水分補給するんだよ?」

 

 あずさはそう言い残して、いつきのふわふわの髪を一撫でして微笑みかけると、彼らの方へトテトテと駆け出す。

 

「中条先輩の調整すごいッスね!」

 

「今までも全然違いますよ!」

 

 あずさにCADを調整してもらいながら、興奮した様子で二人が褒める。混ざり気なしの賞賛を浴びせられ、あずさは頬を赤らめて照れていた。

 

「そりゃあ、あずさお姉ちゃんの憧れは、トーラス・シルバーだからねえ」

 

「そういえばそうだったな」

 

 その様子を見ていたいつきが、何の気なしに独り言をつぶやく。それに反応したのが、そばで休憩していた範蔵だった。

 

 あずさは魔法理論に深く興味があり、そしてデバイスオタクな面もある。近年の魔工師で突出して優れていると言われるトーラス・シルバーには特に憧れが強くて、「シルバー様」と呼んでいるのだ。いつきはもちろん、この校内でいつき以外で唯一あずさがため口で話せる相手・範蔵も当然知っている。

 

 トーラス・シルバーは、ループ・キャストを筆頭とした新技術・新魔法が目立つが、その神髄は、起動式の効率だ。それはほぼ芸術の域であり、魔法行使における負担・時間が大幅に減り、一度体験したらもう他には戻れないとまで言われている。

 

 範蔵にはまだよく分からないが、あずさ曰く、「起動式に無駄がない」らしい。多少起動式が違くても大体魔法の行使ができるが、トーラス・シルバーが作った起動式は、最小のコストで最大のパフォーマンスを発揮する。彼女もそれを模範として、精神干渉系魔法やパラサイトの研究にいそしむ傍ら、エンジニアとしての腕も磨いていた。

 

 そんなことを話しているうちに、あずさの鮮やかな手腕であっという間に調整が終わる。CADを返す時のあずさは、優し気な笑顔を浮かべている。それを見て二人の男子は頬を赤らめ、片方が興奮に任せて口を開いた。

 

「そ、それでその、中条先輩。このあと、お時間ありますか? 最近のお礼もしたいですし、よろしければお食事でも一緒に――」

 

「元気なこった」

 

 要はナンパだ。あれだけ元気ならこのあともう少ししごいてやっても大丈夫か。

 

 そんな呑気なことを考えていた範蔵の横で――いつきが激しく立ち上がって叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、こらー! あずさお姉ちゃんに手を出そうとするなー!」

 

 

 

 

 

 

 

 え、マジ?

 

 素でそんな言葉が出そうになるも、それを越える驚きで言葉が出ない範蔵をしり目に、いつきは魔法を使った高速移動で駆け出し、あずさと男子の間に割って入り、子犬のように威嚇する。そのあまりにも突然の行動に、ナンパしていた男子はポカンとしていた。

 

「も、もー、いっくんてば、別にそういうのじゃないってー。でも、ありがとね、守ってくれて」

 

 きっと、ナンパした彼と同じ表情を、範蔵もしているだろう。

 

 唯一穏やかな顔をしてるのはあずさだ。嬉しそうに笑っていつきを後ろから優しく抱きしめ、頭を優しくなでる。その頬は、恥ずかしさからか、はたまた考えたくない別の感情からか、明らかに染まっている。

 

(い、いつき……)

 

 範蔵は頭を抱える。

 

 親友と、その弟でありそれなりに可愛がっている後輩の関係が、心配になってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(見た目で誤魔化せているが、高校生でそれはいくらなんでもキツすぎるぞ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の心配は、果たして二人に届くだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校内練習における、各競技の練習相手は様々だ。だがどこの学校もその対応には苦慮し、各校なりに工夫を凝らしている。

 

 その中でも特に手間がかかるのは、アイス・ピラーズ・ブレイクと、モノリス・コードである。

 

 大きな氷の柱を作ってはきれいに並べて、練習では即ぶっ壊す。当然こんな実戦さながらの練習をできるわけがないので、これを行う回数は少なく、大体は砂で作った雑な山などで対応する。

 

 そしてモノリス・コードは、3対3な上にかなり「実戦」に近い競技だ。フィールドも市街地、平原など多岐にわたる。練習場所は各校、九校戦を繰り返す中で確保しており、選手は遠征せざるを得ない。また、対戦相手の確保も一苦労だ。何せポイントが高い分、校内の精鋭が集まるのである。新人戦代表は先輩という練習相手がいるが、本戦代表となる二・三年生は、OBや国防軍・警察や引退したプロ選手など、外部から招いたコーチのような相手に激しい戦いを繰り広げることになる。

 

 そういうわけで、今日は本戦代表の三人は、引退したプロ選手との練習試合のために、市街地フィールド用の練習場へと遠征している。一方新人戦代表は昨日平原フィールドのために遠征したばかりであり、予算の限りもあるため、人口山林にて、森林フィールドの練習を行っていた。

 

 だが、本戦代表の先輩がいないのに、誰が対戦相手になるのか。

 

 例えば、本戦代表にあぶれた新人戦代表経験者。だがそちらも一年生のころからの精鋭と言うことであり、それ以外の競技の代表になっていて、中々都合がつかない。今日も二人までは都合がついたが、あと一人が揃わなかった。

 

「そんな守備じゃ、モノリス割られちゃうよ!」

 

 ――そこで白羽の矢が立ったのが、新人戦で二つの競技の代表ながらも、練習場所が限られる都合で今日は暇になっていた、いつきである。

 

 小学一年生のころから、山林を高速移動で駆けまわっていた。獣や天狗もかくやというほどに、三次元的高速移動で、一年生の精鋭であるはずの代表を圧倒している。

 

 いつきがせっかく参加するということで、今日は高速移動が得意な選手を相手とした、ダブルチームでのモノリス防衛訓練だ。最高目標・モノリスを割られない、最低目標・二人とも倒されない。

 

「くそ、待て!」

 

「猿かお前は!」

 

 練習している二人は、森崎と、いつきの代わりに選ばれた清田だ。五十嵐は逆に、一人で相手ディフェンス二人を出し抜く訓練を、先輩二人相手にやらされて涙目になっているところである。

 

 森崎はなんとか飛び回るいつきを追って攻撃することができているが、清田は遅れてきょろきょろ見回すだけだ。実質守備に参加できているのは一人。当然、こんな状態では――

 

 

「ほーら、隙ができた」

 

 

 ――いつきにも余裕が生まれ、モノリスが割られてしまう。

 

「さ、ここからどうする?」

 

 二人の顔に焦りが生まれる。ここから攻撃をかわしつつじっくりコードを入力されたらお終いだ。

 

「こうなったら!」

 

 清田が意を決してCADを操作した。追いつけないならば追いつけないなりに、出来ることはある。いつきが飛び乗るのに便利そうな太めの木の枝のいくつかに、障壁魔法を展開する。これで、移動を妨害しようということだ。ランダムな複数箇所に実用レベルの障壁魔法を展開できるこのスキルが認められて、この競技の代表へと選ばれたのである。

 

 だが、それは無駄な努力だった。ある程度制限できたとはいえ、周囲の木々は無数である。彼一人の力では、数多ある道のいくつかを防ぐことしかできていなかった。

 

 しかも、その障壁魔法の行使のために少し集中したせいで――完全に、いつきを見失う。

 

「危ない!」

 

 森崎が清田に飛び込んで押し倒す。そしてその頭上すれすれを、いくつもの小石が高速で通り過ぎていった。ヘルメット越しとはいえ、当たったらただでは済まないだろう。

 

「え、今の反応できるの?」

 

 いつきの困惑した声が一瞬聞こえるが、そこにはもういつきがいない。

 

「ボディガード舐めるな!」

 

 森崎が反応できたのは、ボディガード業で有名な森崎家の長男として鍛えられ、高校一年生にしてそれなりのキャリアがある――中学生のころにこんな危険な仕事をするのは当然違法も違法だがお目こぼしいただいている――彼は、外部からの攻撃への反応速度がすさまじいのだ。

 

 

 

 

「なあ、やっぱり中条弟を選手にしたほうがいいんじゃないか?」

 

 二人が中々反撃できず、いつきから一方的に嫌がらせみたいな攻撃を受ける。そんな状況が延々と続く練習の様子を備え付けのカメラで見ながら、摩利は、戦略データをまとめている鈴音に、ため息をつきながら、愚痴めいた提案をした。

 

 いつきの腕前は見事そのものだ。その一方で、代表側は、二人がかりだというのに手をこまねいている。森崎は合格点だが、清田は魔法の腕は及第点としてもそれ以外の部分が完全に落第点である。

 

「仕方ないでしょう。司波君ですら説得に失敗したんですから」

 

 作戦担当のリーダーである鈴音としても、いつきがモノリス・コードの代表にならないのは惜しい。だが本人の希望が結局一番なのだから、しょうがないこととするしかない。

 

 それに、いつきは、バトル・ボードでもクラウド・ボールでも、すでに圧倒的な腕を見せている。魔法力は当然として、未経験のはずだがその動きは洗練されている。素の身体能力以外は本戦でもポイントを持って帰ってくるのは確実というレベルだ。同級生では辛うじてほのかが相手になるぐらいで、後は全部先輩たちに混ざってスパルタ練習させられている。正直戦力として今一つなこの二競技で活躍してくれるなら、モノリス・コードから抜けても、十分釣り合いが取れている。

 

「学力も高くて要領が良く、我儘な部分も大きいけど、人当たりが良い。魔法力も抜群で、戦闘もしっかりこなし、精神力もある。こんなやつが、部活にも風紀委員にも生徒会にも所属していないなんて……」

 

「司波君と司波さんの二人だってとんでもない逸材じゃないですか。この二人以上を求めるなんて、贅沢しすぎて太りますよ?」

 

「そういう意味の贅沢で太るわけがないだろ!」

 

 こんな無駄話が繰り広げられている間に、盤面が動いた。

 

 必死に食らいついていた森崎は、ついに攻撃のヒットを許してしまう。そこからギアが上がった土石流のような波状攻撃に二人は晒され、動き回って踏み荒らされた地面に倒れ伏すことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつきは選手だが、当然の権利のようにエンジニア用のバスに乗ってあずさと仲良くバス旅をした。結果、突然近くの車が爆発してバスに吹っ飛んでくるという大事件にも一切関与せず、会場へと到着することとなった。

 

「ねーねー、あのぐちゃぐちゃになった魔法式吹っ飛ばしたのって、司波君でしょ?」

 

「ちょっ」

 

 いつきがそんなことを大声で話しかけてきたものだから、達也は焦る。自分の魔法は何かと特殊だ。非常事態は仕方ないにしても、露骨にバラして――どうせトラブル続きなので割とすぐにバレる羽目になるが――周囲を混乱させるのは避けたい。

 

 だが幸運にも、大勢高校生が入り乱れるここでは、いつきの声もかき消された。傍にいた深雪以外は誰一人反応してない。

 

「…………忘れてた、秘密にしておいてくれ」

 

 そういえば、あの説得の時に、『術式解体(グラム・デモリッション)』をうっかり見せてしまっている。とっさの事なので使ってしまったのを、今更ながらに後悔した。

 

「ふーん、司波君も訳アリなんだ。大変そうだね」

 

「お前が羨ましいよ」

 

 見た目パワーで自由奔放しても許されるのだから、「可愛い」は得である。

 

 そんな達也の内心を読み取った深雪は、脳内で可愛い男の娘になった達也を想像してしまい、人様に見せられない顔をし始める。当然、妹の名誉のために、達也は自分の背中に隠して、姉の手伝いをしにいくと去っていったいつきの背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

(司波君『も』?)

 

 

 

 

 

 そんな細かな言い回しまで気にしてしまうのは――自分が彼を、気にしすぎているからだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前夜祭もつつがなく終わり、もうすぐ深夜になろうかと言う頃。

 

 達也は妙に緊張した気配を感じ取り、それが侵入者のものであると気づく。

 

精霊の眼(エレメンタル・サイト)』でイデアにアクセス。視界にとらわれない情報を得る。そこで得られたのは――幹比古が雷撃魔法を発動し、賊に何もさせることなく気絶させる様子だった。

 

「見事なものだな」

 

 賊を即席で縛り上げてる幹比古と、一緒にいたいつき。そこに声をかけるが、二人は急に振り向いて臨戦態勢を取った。

 

「ん? ああ、すまん、後ろから話しかける形になったな」

 

「心臓に悪いからやめてくれ。突発的な戦闘直後だよ?」

 

 幹比古はへなへなと力が抜けて、地面にへたり込む。その姿は普通の高校生のようで、プロであろう犯罪者を一瞬で三人まとめて何もさせず気絶させた猛者と同一人物とは思えなかった。

 

「司波君は何でここに? 見えたの?」

 

「気配を感じ取ってな」

 

「幹比古君もそうだけど、気配って……」

 

 いつきの反応からして、どうやら二人も夜に一緒にほっつき歩いていて、幹比古が気づいて参戦した、と言うところだろう。

 

「いやーそれにしてもすごいね幹比古君。一切オーバーアタックなしでぴったり気絶。相手の銃撃も間に合ってなかったし」

 

「そうだな。素晴らしい腕だ」

 

 お世辞ではない。雷撃魔法は、その性質上手加減が難しい。相手の体質や体調や装備や当たり所に大きく影響を受けるし、そもそも人を確実に気絶させるほど強力な改変は大変だ。大抵、気絶するには足りないか、力を入れすぎてオーバーアタックになる。

 

「はは、いつきが気を引いてくれなかったら、撃たれてただろうけどね」

 

 だが、幹比古は納得していない様子だ。確かに古式魔法は銃に比べたら圧倒的に速度で劣る。今の幹比古一人でこれを成し遂げたのは不自然である。

 

 達也はさりげなく再度『精霊の眼』で「視る」。すると、小さいながら、魔法の痕跡があった。

 

「なるほど、中条が音を出して陽動していたのか」

 

「そういうことさ。いつきがいなかったら、今頃僕はハチの巣だっただろうね」

 

「うーん、それでもこれだけできれば十分だと思うんだけどなー」

 

 無駄話をしている間に、賊の拘束が終わった。

 

「さて、じゃあこいつらは……警察にでも預けておく?」

 

 小さな体で大人三人をいつきがまとめて担ぐ。魔法で軽量化しているのだろう。

 

「いや、俺に伝手がある。任せてくれ」

 

「具体的になんの伝手だい?」

 

 幹比古が怪訝な目を向けてきた。確かに、達也の立ち居振る舞いからにじみ出る「怪しさ」は、そばで見ている彼からすると相当なものだろう。そして、この国防軍の演習場と言う日本最強ともいえる場所に侵入できるほどの腕を持つ犯罪者を、十分に処理する伝手があると宣うのだ。客観的に見て、とても怪しい。

 

「…………ここは警察権じゃなくて、国防軍の管轄だ。俺はこう見えて、知り合いが軍にいてな。昔世話になった人の父親なんだが、その人がちょうどここで働いてるんだよ」

 

「うそくさー」

 

 達也自身もいつきの言うことに同意である。もはや途中から、自分でも嘘を貫く意味が見いだせなかった。

 

「よし、じゃあ分かった。幹比古、お前のスランプの原因には当たりがつく。俺は魔法から起動式を読み取る生まれつきの体質みたいなのがあって、それに目をつけられて風紀委員にさせられたんだ。お前のスランプを解消するには、その起動式をどうすればいいか、俺は知っている。どうだ、これを教えるのと引き換えに、ここは引いてくれないか?」

 

 なんで俺はこんなことをやっているのだろう。

 

 我ながらお人よしだな。

 

 そんな冗談を自分に向けないとやっていられなくなってくる。

 

 だがそれはさておき、これは達也の善意もある。幹比古のあの様子は、相当スランプを引きずっているようだ。いつきという親友がいながら、「自分一人だったら」なんてことを考えてしまっている。恐らく、元々悲観的で慎重な性格だったが、それがスランプのせいで悪化しているのだ。

 

 いつきの言う通り、幹比古の腕は十分だ。魔法の威力調整もさることながら、スランプだというのに、いつきがほんの少し気を引いただけで、賊に何もさせずに、しっかり発動の遅い古式魔法を間に合わせた。4月ごろの彼だったら恐らく間に合っていない。いつきとの特訓の成果が出ている、ということだろう。

 

 だからこれはお節介ではなく、スランプから抜け出すのを少し早くするだけの話だ。もうすでに抜け出しかかっているが、その最後の一押しをしているに過ぎない。

 

「いつき、達也の言ってることは本当かい?」

 

「起動式がわかるから風紀委員にスカウトされたのは本当だよ。あずさお姉ちゃんが言ってた」

 

 あずさが言っていたというだけで無条件に「本当」と断言している。呆れたシスコンぶりだ。

 

 そんなシスコンが、幹比古に向けていた目を、達也に向ける。

 

「分かった。とりあえず信じるよ。もう眠いし、あずさお姉ちゃんも待ってるし。幹比古君のスランプも抜け出せるなら、それでいいや。ただ、七草先輩と十文字先輩には報告しておくから、変なことになってたらバレるからね?」

 

「変なことにはならないさ。そこだけは信じてくれ、俺は味方だよ」

 

 少なくとも、確認する役割を背負わされる真由美と克人が国防軍の深い所に触れる羽目になって後悔するだろうぐらいには。

 

 そんな達也の内心を知ってか知らずか、いつきは賊を雑に地面に放り投げると、幹比古と一緒にホテルへと帰っていった。

 

「くく、可愛い顔してあの少年は中々交渉上手だな」

 

「…………我儘なだけですよ、多分」

 

「若人は我儘なぐらいがちょうどいい」

 

 ずっと気配を消して様子を見ていた「伝手」――独立魔装大隊の風間が姿を現し、賊を回収しながら他愛のないやり取りをする。

 

(中条じゃないが、俺も早く寝たくなってきたな)

 

 自身は戦っていないのに、なんだか疲れた。

 

 達也は後処理を風間に任せ、一人部屋へと帰ることにした。




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