魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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5ー6

 大エースの一角である渡辺摩利を巻き込んだ、バトル・ボードでの事故。

 

 その事故は九校戦、特に一高に大きな衝撃をもたらした。

 

 一方でその中でも、冷静に対処し、これがただの事故ではないと見抜いた人物がいる。

 

 霊子放射光過敏症でプシオンが目視できる美月、精霊と古式魔法の専門家である幹比古、圧倒的な知識と技術を持つ達也、そして現代魔法師ながら精霊について調べ知見が深いあずさといつき。

 

 二年生が一人、一年生が四人でうち三人が二科生という、歪な構成だが、何はともあれ、彼・彼女らによって、事故の真の原因が解明された。

 

 

 一つは、水路にあらかじめ精霊が仕込まれ、それによって水面がへこまされたこと。

 

 もう一つが、オーバースピードで吹っ飛んだ七高選手のCADに細工がされていたこと。

 

 

「……僕、いる?」

 

 この五人が瞬く間に合議と解析によって、一番可能性の高い原因を割り出した。美月は保護眼鏡をかけていたので精霊を見たわけではないが、目視できるという経験があるうえに元々の頭脳もあり、スムーズに合議に貢献できた。

 

 そんな様子をポカンと見ているだけの五十里と花音と深雪。その三人を代表した五十里の呟きは、二人の同意も得ることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな混乱の中で始まった、九校戦四日目で、新人戦の一日目。

 

 スピード・シューティングの全てと、バトル・ボードの予選が行われる日だ。

 

 男子は森崎と五十嵐がなんとか勝ち上がったが、運の悪いことに予選圧倒的一位を突っ走った『カーディナル・ジョージ』こと吉祥寺真紅郎と決勝トーナメント一回戦から遭遇している。森崎は逆側だが、そちらもそちらで厳しいトーナメントだ。

 

 一方、達也が担当する雫、英美、滝川はというと、全員が順調に決勝トーナメントへと駒を進めた。予選のスコアからして、表彰台独占の可能性が高い。

 

 また予選第一レースのほのかも、目くらましの奇策で奪ったリードをそのまま詰められることなく、危なげなく予選を通過した。

 

 そして、対照的に男子予選最終レースはいつきだ。

 

 周囲は一年生と言えどがっちりしたスポーツマン。一方いつきだけが、見た目は小さな女の子だ。足首から手首までぴっちり覆うボディスーツなのでボディラインがよく見えるはずだが、それでも男か女か分からない。これを間近で見せられている対戦相手は、眼福で幸運と見るべきか、レースに集中できなくて不運と見るべきか、定かではない。

 

「まるで大人と子供だな」

 

 観客席で幹比古はため息をつきながらそう呟く。その呟きを聞いた達也たちは、一斉に同意して頷いた。

 

「うーん、中条君には結局練習の間、一度も勝てなかったなあ……」

 

 観客に手を振ってアピールして女子グループから悲鳴のような黄色い歓声を浴び、次いで傍で見ている姉・あずさにさらに手を大きく振る。その可愛らしい顔に浮かぶ天真爛漫な笑顔はまさしく「天使」と形容するほかないが、練習でボコボコにされ続けたほのかは、彼に苦手意識を抱きつつあった。

 

「男子と女子の差があるし、仕方ないんじゃない?」

 

「どーかしらね。アレを見て、『男子の体格』として扱っていいの?」

 

 雫の慰めは、エリカによって否定される。いつきの運動能力は、女子に混ざってもなお下の方だ。こう見えてそれなりに運動神経が良いほのかの方が、全体的に素の身体能力も高い。そうなると、魔法の腕で完敗している、ということの証だ。

 

「そろそろ始まるぞ」

 

 そんな雑談を、ほのかがより落ち込んでしまう前に、達也が無理やり断ち切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「沓子、男子の最終レースがそろそろ始まるよ」

 

「んー、そうか、最終レースぐらいは見るとするかのう」

 

 ちょうど同じころ。第三高校天幕では、ちょうど散歩から帰ってきた四十九院沓子に、敗北のショックからようやく少しだけ立ち直った十七夜栞が声をかけた。

 

 沓子はすでに女子予選を終え、ニコニコと楽しみながら、余裕で予選を突破した。相手は必死になっても追いつけていなかったが、沓子は「遊び」としか思ってない。水に関する古式魔法を得意とする百家・四十九院家の寵児で、「水の申し子」と言われるだけのことはあった。

 

 そんな彼女は一応男子の第一予選も見ていたのだが、つまらなくてすぐに飽き、それ以来見ていない。圧倒的優勝候補と目されている七高の男子が早々に独走となる展開だったが、沓子の目から見て、その男子は「つまらなく」見えたのだ。腕は下馬評通り素晴らしいが、スタンダードなため面白みはない。同じ女子の光井ほのかには激しく興味をそそられたが、それ以外は魅力を感じなかった。

 

 そうして、沓子と栞はモニターの前に仲良くくっついて並ぶ。

 

「おー、なんじゃこやつ、わしより小さい女子(おなご)がおるぞ!」

 

 大きな瞳を輝かせてモニターを指さして叫ぶ。こういう反応を真横でされるのは慣れてるので防音魔法で大声を防いだ栞は、彼女自身も抱く疑問を口にする。

 

「本当に不思議。トランスジェンダー、っていうのかな?」

 

 第三次世界大戦を中心とした世界情勢の悪化のせいで、期待されていたほど性的少数者への配慮がなされる社会ではない。だがそれでも21世紀初めの方に比べたらはるかに理解が広まっており、ごくたまにだが、トランスジェンダーの選手が身体的性別と違う側に出ることもある。だが、九校戦ではおそらく初だ。

 

「そうみえても、れっきとした男子みたいよ」

 

「おー愛梨! いいところにきたのう!」

 

 そこへちょうど天幕に現れたのが、親友でありリーダー格でもある、二十八家の娘・一色愛梨だ。その美貌と風格は、天幕に現れただけで、空気が一変するほどだ。とはいえ、沓子と栞は慣れているので気にならないのだが。

 

「そうなんだ。これで?」

 

「ええ。去年のスピード・シューティング新人戦女子で準優勝した方の弟、らしいわ」

 

 情報は全部吉祥寺君の受け売りだけどね、と愛梨は悪戯っぽく笑いながら付け加える。その姿は、年相応の少女に見えた。

 

「お、いよいよ始まるみたいじゃ!」

 

 フラッグが振られ、観客たちが静まり返る。ニコニコ笑って愛嬌良く手を振っていたいつきも、他の男子選手と違って立った姿勢のまま、口元をキュッと引き結んで構える。その姿は先ほどと違い、少年のように見える。沓子はその顔に、一瞬釘付けになった。

 

 ――そして運命のブザーが鳴り響き、最終レースが始まった。

 

 各選手スタートはばっちりだ。だがその中でも、一番弱そうな男の子・いつきが特に素晴らしいスタートを決め、一気に抜け出す。

 

「いいスタートじゃな」

 

「立ったままスタートしたから、姿勢制御も速いし加速もスムーズ」

 

「渡辺摩利と同じく、硬化魔法を使っているのでしょうね。教わったのかしら」

 

 見た目のせいでもともと注目が集まっていたこともあり、さらにスタートから抜け出したこともあって、すっかり三人はいつきを中心に観戦していた。

 

 スタート直後は若干曲がった道が続き、二つの直角カーブを乗り越えると、第一関門が待ち構えている。二連続のS字ヘアピンカーブだ。

 

 いつきはそこに余裕の一番乗りで到着し、すんなりとカーブを曲がる。若干外側に膨らんだが、それでもお釣りがくるほどに減速が少ない。魔法のコントロールが上手な証拠だ。

 

「おー、やるのう!」

 

 沓子が歓声を上げ、さらに目を輝かせて画面に食いつく。沓子ほどではないが、愛梨と栞も感心していた。

 

 この新人戦男女で一番このカーブで安定して内側を曲がれていたのはほのかだ。だが彼女は後ろと差が開いていたこともあってか、安全を重視してやや多めに減速をしていた。だがいつきは、それより少し膨らんだものの、彼女に比べたら圧倒的にスピードを落としていない。総合的に見れば、いつきのほうが上手いと言える。

 

「こんなの見せられるんじゃったら、わしももっと本気出せばよかったかのう」

 

 沓子はあまりにも余裕で完全に遊びだったため、この二人ほどS字カーブを上手に乗り越えられていない。

 

「火がついた?」

 

「水だけどね」

 

 ウキウキしている沓子を見て、栞と愛梨はにっこりしながら、そんな雑談を交わす。

 

 そんなことしている間にも、いつきはさらに差を広げつつ、クランク、落下、ループを危なげなく乗り越えていく。これもまたS字と同じで、ほのかに比べればやや粗削りだが、それ以上にスピードが速い。カメラも完全に独走するいつきばかりを追いかけ始め、たまに映る後続は、絶望の表情を晒すしかなかった。

 

 ――結局、いつきが三周目に入るころには、3・4位だった三高と六高の選手は周回遅れを食らう羽目になり、この競技で突出した成績を残す七高の選手も、半周の差をつけられて敗北する羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホップステップ大勝利ー! ブイブイ!」

 

 圧倒的な差をつけてゴールしたいつきは、ウイニングランとばかりにS字カーブの直前まで走り抜きながら観客に手を振り、ボードを降りて外側のプールサイドに足をつけると、勝者インタビューをするカメラの前で大きくジャンプをしつつ一回転、着地してからビシッとピースを決め、ニカッと満面の笑みを浮かべ、ウインクをする。

 

 そんな彼にそっくりな女の子が、飛びつくように抱き着いてきた。

 

「いっくん、すごいよ! 圧勝だったね!」

 

 彼の姉で担当エンジニアのあずさだ。インタビュアーも一瞬双子かと混乱したが、事前に情報を集めていて、一つ上の姉だということを思い出す。

 

「次も一着、取るもんね!」

 

 抱き着いて跳ねまわる姉を抱き返しながら、カメラ目線でまた天使のような弾ける笑みを浮かべる。これを直視したカメラマンとモニターの向こうの視聴者の大半は、これで完全にハートを打ち抜かれた。

 

「相変わらずファンサは一丁前だなあ」

 

 主に女子からのつんざくような声援が響き渡る中、観客席の幹比古は耳を塞ぎつつ苦笑いする。そんな彼も、当然、親友の活躍が、心の底から嬉しかった。

 

 そうしていつきは、興奮して喜ぶあずさを伴いながら、選手控室へと戻る道を進む。

 

 そしてその目の前に――青髪が特徴的な、小さな女の子が立ちはだかった。

 

「先のレースは見ておったぞ。見事じゃったのう♪」

 

 腰に手を当てて仁王立ちして、いつきもかくやと言うほどに満面の笑みを浮かべて、彼を褒めたたえる。その堂々とした態度は実際のサイズ以上に彼女を大きく見せたが、一方でにじみ出る無邪気さは、見た目の幼さをより強調させていた。

 

「えーっと……三高の、四十九院さん」

 

「ほー、そちらの姉君はわしのことを知っとったか! 嬉しいのう、多少頑張った甲斐もあったというものじゃ」

 

 人見知りなあずさが、いつきより先に口を開く。それは、沓子の人懐っこさが、いきなり馴れ馴れしく話しかけてくるという状況を補って余りあるほどに、あずさの緊張を解いたからだ。また、新人戦女子バトル・ボードのエンジニアもしている彼女は、要注意の相手として沓子に注目していたのも、反応の速さの理由だった。

 

「へー、君があずさお姉ちゃんが言ってた子かあ」

 

 ポカンとしていたいつきはその会話を聞いて、これまた人懐っこい笑みを浮かべる。

 

 そんな二人に、沓子は、いつの間にか至近距離まで詰めていた。

 

「もう一度言おう。先のレースは見事であった。実に面白かったぞ」

 

「うん、ありがとね」

 

 一瞬で気づかぬうちに沓子の顔が目の前にあって、あずさは怯み、思わず身を退いて、いつきの腕をがっちりつかむ。一方いつきはなんら反応することなく、笑みを浮かべたまま、人当たりの良い反応をした。

 

「予選は遊びすぎて、あまりいいところは見せられなかったからのう」

 

 そうなの? と、あずさは言葉にならない驚愕をする。

 

 水面に干渉して他校選手のバランスを徹底的に崩して何度も落水させ、さらに逆流で前に進ませない。そんな中でも沓子だけは、まるで地上をローラースケートで滑るようにスイスイと踊るように進んでいた。古式魔法の威力と隠密性がいかんなく発揮されていた一方で、弱点であるはずの遅さは微塵も感じない。いつきの伝手で幹比古の魔法を何度も見ている彼女だからこそわかる。圧倒的なレースだったはずだ。

 

「見事な試合を見せてくれたお礼じゃ。二日後、準決勝と決勝がある。そこで面白いものを見せてやろう。ぜひ見ててくれ♪」

 

 お互いの息がかかりあうほどの距離。それでも沓子は一切動揺することなく、そう宣言する。

 

 それに対していつきも、なんら怯まずに、言葉を返した。

 

「そっか、楽しみにしてるよ。ボクのは……まあ、見ても見なくてもいいかな?」

 

 その返事は、とても謙虚だ。だが、堂々としていて、自身に満ち溢れているように見える。

 

 あれですらまだ本気を出していないという沓子に対抗するような「本気」を、いつきも隠し持っているのだ。

 

「なははは! まさか、見ないなんてもったいないことはせんよ、いつき。そちのほのか共々、楽しみにしておるぞ! では元気での!」

 

「うん、四十九院さんも頑張ってね」

 

「沓子でいいぞー!」

 

 言うだけ言って走り去る沓子に、いつきも別れの挨拶をする。それに対して沓子は、振り返ってそう叫びながら、そのまま走り去っていった。

 

 

 

 

「……不思議な子だったね?」

 

「そうだね。じゃ、お姉ちゃん、いこっか」

 

 しばらくたちっぱなしで見送った後、二人は手を繋いで、また歩き始める。

 

 

 

 

 ――だが、あずさが握る力が、いつもよりも少しだけ強かったのは、いつきのみが知る事であった。




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