魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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「やった! やった! 優勝だよ! すごいよいっくん!」

 

 観客も対戦相手の黒井も唖然とする中、ゴールしてすぐにボードから降りたいつきに、関係者エリアから飛び出したあずさは飛びついて抱き着く。それをいつきは当たり前のように受け入れて、二人は抱き合いながら喜び跳ねまわった。

 

 最後の最後で訳の分からない光景を見せつけられた。何が起きたのか、いつきとあずさ、そして少し遅れて達也以外は、何もわかっていない。

 

 だが、とにかく。

 

 この名勝負が、ついに決着したのだ。

 

 未だ訳が分からなくても、少しずつ混乱から正気に戻った観客たちが、輝かしい勝者に歓声を送る。それはまた別の観客の歓声を呼び――いつしか、スタート前と同じほどの、勝者をたたえる声援が響き渡っていた。

 

「あははは! いつき! 何が起きたのか分からんが、おぬしはすごい! あっぱれじゃ!」

 

 そして、唖然としていた沓子も、喜びと感動が一気にあふれ出してきて、あずさと同じようにいつきに飛びついて抱き着く。沓子は未だボディスーツのままだし、そもそも敵方なので、大変奇妙な光景なのだが、喜びに満ち溢れるあずさといつきは気にすることなく、三人で跳ねまわった。

 

 そんな、小さな女の子三人――実際一人は少年だが――がくっついて喜んでいる様は、明るく幸福感に溢れている。優勝者インタビューを担当するカメラマンは、その姿を、会場の巨大モニターに、そして日本中のテレビに、世界中のネット中継に届ける。

 

 そのカメラに気づいたいつきが、跳ねまわるのを止める。そしてそれに少し遅れて、あずさと沓子も空気を読んで、一旦いつきを解放した。

 

 そしていつきはカメラの真正面に立つと――これまでにないポーズをしっかりと決めて、勝鬨を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっへん、見たか! これがボクの実力だー!」

 

 

 

 

 

 

 

 今年一番をさらに更新する大歓声が、九校戦の会場に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え? これを解説しなきゃいけないのか?

 

 さしもの彼ですら鼓膜が破れそうなほどの歓声が響き渡る中、達也は一瞬、絶望していた。

 

 その正体もあって、彼は魔法に突出して詳しい。また全体を客観的・俯瞰的かつ冷静に見て即座に深く分析する力を持ち、それでいて分かりやすくまとまった説明をする力がある。このお友達グループにおいて、彼はすっかり解説役となっていた。なお実況役は騒がしいレオとエリカである。

 

 今は、幹比古を中心として、深雪を含めた全員が、立ち上がって夢中になっていつきを讃える声を惜しみなく届けている。だがこれが終われば――今のめちゃくちゃなレースを、解説させられるに違いなかった。

 

(よし、中条に任せるか)

 

 解説できないことはないが、非常識的過ぎて頭痛の種が多すぎる。その犯人に、すべてを丸投げする決断をした。

 

 そんなわけで、レースが終わってしばらく。達也は幹比古に頼んでいつきをこちらに呼んでもらうことにした。いつき自身はあまりこのお友達グループと関わりはないが、幹比古は親友だし、エリカとも付き合いがあるし、深雪と雫とほのかはクラスメイトだ。気まずくなることもないだろう。

 

 そういうわけでいつきは、姉のあずさを伴って、集合場所としていたティーラウンジに姿を現した。いつきは半数があまり関わりがない二科生という状況にも予想通り怯んだ様子はないが、一人だけ上級生で完全に異物となっているあずさは、この集まりを見た瞬間からとても気まずそうだった。

 

 いつきもそれは気にしているようで、幹比古と自分であずさを挟む形にして座る。あずさは露骨にホッとした顔をした。弟の親友なだけあって、どうやら幹比古ともかかわりがある様子である。

 

 優勝おめでとう、すごかったね、などの通り一遍の賛辞が飛び交い、いつきを歓迎した。いつきもそれを天使の笑顔を浮かべながらすべて受け入れつつ、「お祝い」と称して達也が奢った甘ったるそうなやたらとトッピングがついたドリンク――当然ここで普段提供されているものではなくお祭りに際して招いたカフェチェーンのものだ――を勝利の美酒とばかりに楽しんでいる。

 

「最後の方は特にすごかったな。あれは何をやったんだ?」

 

 そんな賛辞の中に、達也はあらかじめ準備していた言葉をさりげなく混ぜる。

 

「あー、あれね。あのゲームって抜かしにくいから基本先行有利なんだけど、後続は後続で好き放題妨害できるからさ、不利な状況になったら使おうと思って、いろいろ準備してたんだよね」

 

 計画通り。達也は内心で口角を吊り上げる。こうすれば、アレを全部彼が説明してくれる流れになろう。

 

「あの、発光魔法とか、渦を出す魔法も?」

 

 質問を挟んだのはほのかだ。発光魔法は当然として、あの渦にも、沓子との激戦が強い思い出として残っているため、どうしても気になるのだろう。

 

 それに、一高同士の対決に備えて、あの初見殺し発光魔法を、彼女はいつき含むチームメイトたちにすら秘密にしていた。あずさが同じ担当なので、いつきにダダ甘なこともあって漏らしたかとも考えたが、彼女はそのあたりは信頼できるため、そこも気になっていた。

 

「そ。光井さんに先に使われちゃったけど、妨害手段として用意していたやつだよ。まあ、渦は沓子ちゃんのを真似して後から作ったんだけどね。前に進めない魔法は、黒井君にはあまり意味なさそうだし使わなかったけど」

 

(((沓子ちゃん????)))

 

 奇妙なワードが挟まれた気がした。

 

 いつきは人の名前を呼ぶとき、男は苗字に君付け、女は苗字にさん付けだ。下の名前で呼ぶのは親友の幹比古とあだ名を自ら提案したレオ、それと同じく高校で再会してから「ミキだけじゃなんだし」と下の名前で呼ぶよう頼んだエリカのみだ。そのエリカですら、「エリカさん」である。

 

 そう考えると、先ほどの沓子がいつきに抱き着いていた光景も、なんだか受け取る意味が違ってくる。沓子の人となりを知るほのかからすれば、彼女が学校や性別の垣根を気にしなさそうなのはわかる。なにせ尻を触ってくるぐらいだ。

 

 だが、あそこに飛び込んで一緒に優勝を喜んだり、いつきの呼び方がこうなっているのを考えると…………高校生らしく、すぐに「そっち方面」に結びつけたくなってしまった。ましてや沓子の人となりを知らないほのか以外は、言わずもがなである。

 

「へ、へえ。でも、四十九院選手のは古式魔法でしたが、中条君が使ったのは現代魔法ですよね?」

 

 主にエリカとレオと雫が「そっち方面」へ話を逸らそうとする気配を察知した深雪が、兄の手助けをするべく、あくまでも魔法解説を続けさせようとする。

 

「そうだね。沓子ちゃんのやつの方が絶対強いんだけど、渦を起こす魔法は移動・加速系だとメジャーだし、そっちで我慢した感じ」

 

 渦魔法自体は、現代魔法として元から存在している。名前もそのまま『渦潮』だ。確かに曲線・円形・螺旋型の移動・加速系魔法を練習する上では最適な魔法であり、その系統ではメジャーだろう。ただし、当然その動きは複雑であり、二年生で習うようなレベルではあるのだが。

 

「古式魔法だと比較的楽なんだけどね」

 

 ここで幹比古のフォローが入る。

 

 彼の言う通り、古式魔法では「渦を起こす」と言った具合に直接効果を及ぼす。「水を一定の円形に動かして渦のように動かす」という四角四面の定義をしなければならない現代魔法に比べたら、楽と言えば楽なのだろう。ただしそれは、修行を要する古式魔法を使えたら、の話ではあるが。

 

「じゃあ、二周目のループで使ったあの魔法はなんだ?」

 

「普通に、下る流れを加速させる簡単な魔法だよ?」

 

「深雪はあれ、出来る?」

 

「レース中にやるとなったら厳しいかと」

 

 いつきの言葉に、即座に雫と深雪が反応する。

 

 確かに、あれは元々ある水の流れを加速させる、とてもメジャーな魔法だ。ただし不定形な流体である液体を、一定の形のまま加速させるという点では、元々動いている固体を加速させる基本中の基本に比べたらはるかに難しく複雑なのは確かだ。

 

 それに、聞きたいことは魔法の種類ではなく、あの大規模な行使だ。干渉力は当然として、あのそれなりに長いループの最初から最後まで、きっちり綺麗にコースに沿って流れを作るのは、主に座標の面で莫大な演算が必要だろう。深雪が「厳しい」というのは、そういうことだ。

 

「結局、加速魔法だから、干渉力的には、結構骨だけど問題ないよ。一見演算も大変そうだけど、バトル・ボードのコースはきっちり細かい数字まで公開されて、最初から形を知ってるわけだし、座標も起動式に最初から入力しておけばオッケーだからね」

 

「そ、そんなもんなのか?」

 

 レオが混乱の声を上げる。彼とてこう見えて魔法理論で落ちこぼれなわけではないが、それでも今一つ理解不能だ。当然、達也に助けを求める視線を投げかけてきた。

 

「理論上は、確かに可能だな。コースの形が完全に最初から分かってるなら、起動式に最初から座標を登録しておけば、あの広範囲で流体をループ状に加速させる、なんて複雑な演算も必要ない。ただ……競技以外で役に立つとは、思えないけどな」

 

 完全に形が分かっている。そんな場面で魔法を行使することが、果たして実戦でどれほどあるだろうか。それこそ、バトル・ボード以外では使い道がないだろう。

 

「こういう型破りなのは、いっくんは得意ですから」

 

 気まずくて口を一切開かず、ちびちびジュースを飲みながら、視線をきょろきょろさせたり頷いたり曖昧に愛想笑いするだけだったあずさが、ようやく口をはさんだ。

 

「じゃあ、クラウド・ボールのあれも、全部いつきが考えたってこと?」

 

 エリカの疑問はもっともだ。七草真由美によって開拓された「型」ではあるが、難しすぎて真似できない。それを真似して、さらにそこから自分に合わせて作戦を調整するのは、それがすでに型破りとしか言いようがない。

 

「いや、あれはボクとあずさお姉ちゃんが半分だよ」

 

(中条先輩も十分型破りだな)

 

 達也の内心で下された評価を、あずさは知るまい。

 

「それで、そんな型破りだから、あのカーブができたってことですか?」

 

 ほのかが質問する声には、若干の怯えが入っていた。バトル・ボードを経験した彼女だからこそ、あれの異常さがよくわかる。

 

「そうそう。多少プールサイドに接触しても失格にならないし、それの延長で少し乗り上げるぐらいでも失格にならないんだ。だから、水よりも摩擦が強くて内側にあるプールサイドに乗り上げて、外側に膨らむ力と反対方向の摩擦力だけ強化したんだよ」

 

 そうすれば、外側に膨らむ力が大幅に減り、結果、プールサイドとの接触面を軸としてレールにハマったような軌道で、インベタのさらにインを突くことができる。

 

「…………よくそんなこと、思いついたな」

 

「達也さんが言うんだから相当」

 

 雫が挟んだ言葉は的確だ。あらゆる魔法の知識があり、それを状況に応じて活かす力もあって、なんなら自分で魔法を作ってしまう。そんな彼ですら思いつかないのだから、この作戦の異常さが際立つというものだ。

 

「あそこに乗り上げれば一番内側通れるじゃんって思いついたのはボクだけど、魔法を考えたのはあずさお姉ちゃんだよ」

 

「その……今は全然違う研究をしていますけど、初めて論文コンペで見て、感動した発表が摩擦力に関するものだったので……それで少しだけ、知っていただけですよ?」

 

 いつきに水を向けられ注目され、元々小さいあずさはさらに身を縮ませて、目を逸らしもじもじとしながら真相を語る。

 

「それは、摩擦力の操作によって乗り物を効率化させる、というやつですか?」

 

「はい」

 

 その話だけで、達也は即座に色々と気づき、驚きと呆れが混ざった顔になる。一方でいつきとあずさと達也以外は訳が分かっていないようで、彼に説明を求める雰囲気が出来上がっていた。

 

「2089年の論文コンペで発表された論文だな。魔法で摩擦力を操作して、加速やブレーキをより効率化させる、という内容で、それに適した魔法や具体的な運用方法にまで触れた、魔法の技術応用の本格的な出来になっている。今では当たり前に普及しているが、当時はまだ試行錯誤段階で、それを高校生がいきなり発明したものだから、界隈では結構有名なんだ」

 

 当時からその実現可能性と新しさが混在した出来により評価が高かったが、それをベースに試してみたらすでに完成度が高く一気に技術が普及したことで、後からさらに再評価された、という逸話もある。

 

「……中条先輩は、小学六年生であの論文コンペを見て、内容を見て理解して、自分で色々考えるぐらいになっていた、ということですか?」

 

「えっと、その、まあ……はい。お勉強は好きだったので」

 

 達也が驚きあきれていた理由が、ようやく全員分かった。

 

 論文コンペはその催しの性質からハードルが高く感じられ、また実際に難しい最先端の魔法理論・技術が集まる。今高校生であるここに集まったメンバーも、大半はついていけないだろう。

 

 そんな催しに小学生にして見に行こうとして、しかも理解して、自前で色々研究するぐらいのレベルだったと言う。二年生の理論筆記首席がいかに異常な存在であるか、見せつけられた形だ。――それより異常な生い立ちとスキルと実績を持つ一年生理論筆記首席もここにいるのだが。

 

「そういうわけで、あれはまあ、種明かしをすれば、ただの摩擦力操作魔法なんだよ。別にそんな変わったことはしてないかな」

 

「魔法だけで見ればな……」

 

 水上レースなのにプールサイドに乗り上げてルール違反スレスレ、究極のインベタを走ろうという発想がそもそもおかしいのだ。いつきとあずさ以外の総意を、達也がため息をつきながら代弁した。

 

「あ、そういえば」

 

 そんな中、急に幹比古が声を上げて、隣のあずさに視線を向ける。

 

「中条先輩、九校戦でずっとフル稼働ですけど、論文は書けてるんですか?」

 

「あ、はい。お家でいっくんも手伝ってくれたし、吉田君も分かりやすく教えてくれたので、もうすぐ完成しますよ。夏休み明けが提出期限だから、九校戦が終わったぐらいに、吉田君にもチェックしていただいていいですか?」

 

「もちろんですよ」

 

「チョッとミキ、それ初耳なんだけど」

 

 その会話に、エリカが横槍を入れる。

 

 幹比古が達也のお友達グループに入ったのは7月頭のことだ。エリカは幹比古の幼馴染でありクラスメイトにもなったのでそれなりに絡んだが、達也たちの方と関わることが多かった。幹比古がいつきとよくつるんでいたのは知っていたが、まさかあずさの論文まで手伝っていたなんて。

 

「あれ、言ってなかったっけ?」

 

 当の幹比古はこの調子だ。自分のやっていることが少し異常であることに、気づいていないのだろう。

 

「ミキが中条先輩の論文になんのアドバイスできるっていうのよ」

 

「エリカに喧嘩売られると買い控えせざるを得ないから押し売りはやめてほしいんだけど」

 

 エリカの言い様は、幹比古がこめかみに青筋を浮かべていることからわかる通り散々だ。「喧嘩」となったら間違いなくエリカは最強なので、買うわけにいかない幹比古の悲哀の人生が読み取れる。

 

 だが、そこまで露骨な言い方にはならないが、達也と深雪もエリカに同意だ。あずさはデバイスオタクな側面もある、ゴリゴリの現代魔法師であり、二年生理論主席になる程の知能もある。古式魔法師でまだ一年生の幹比古が手伝えることが、果たしてあるのだろうか。

 

「中条先輩、まさか、古式魔法の論文を書いていらっしゃるんですか?」

 

 そんな疑問の末に思いついた回答がこれだ。幹比古がアドバイスできるとなれば、古式魔法しかない。逆に、これに関してならば、幹比古以上に詳しい存在は、教員含めて一高内にそうそういないだろう。

 

「はい。すごくお世話になっていますよ。……そういえば、司波君は書かないんですか? きっとすごいものができると思いますけど……」

 

「いえ、自分は色々忙しくて」

 

 目を輝かせたあずさの質問に、達也は言葉を濁しながらも否定する。ただでさえ九校戦エンジニアという予定外の仕事が入ったのだ。軍での仕事もあるし、トーラス・シルバーとしてやることもある。興味がないこともないが、とてもではないが、やろうとは思えなかった。

 

「一年生でも、そういうのって出せるんですか?」

 

 ここで少し興味が湧いたらしい雫が、質問を挟む。確かに、こういった理論的な部分は、才能が物を言う実技以上に、学年・経験の壁が大きい面もあるかもしれない。

 

「はい、出せますよ。一高では例はありませんが、他校では一年生でも代表になったこともあったそうです。私も一応去年も出していますよ。……九位でしたけど」

 

「先輩たちに混ざって九位取った人の反応じゃないッスよ、それ」

 

 あずさは「残念な結果」としてとらえているようだが、レオの感覚としては、大活躍そのものだ。今世紀前半までと違い、高校は大学の役割・機能・要素をある程度担って高度化している。つまり魔法科高校生は、高校生にしてすでに魔法研究者の卵と言える。そんな中で先輩に混ざって一桁順位なら、大健闘どころか、偉業とすら言えよう。

 

 ――こんな具合で、競技の時と同じぐらい、いつきとあずさの異常性を見せつけられることとなった。




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