九校戦七日目で、新人戦四日目
この日は、花形競技のミラージ・バットとモノリス・コードの予選が行われる。それぞれ女子限定・男子限定の競技となっていて、片や見た目が華やかだから、片や実戦さながらの戦闘競技だから、どちらも大人気となっている。この競技に出るために魔法師を目指す、という少年少女も少なくはない。九校戦は、魔法師志望を増やすのに、確かな貢献をしていた。
そんな中でも、今年のミラージ・バットは、特に注目を集めた。新人戦女子で表彰台独占を二競技で果たした一高、そのどちらもを担当したエンジニア・司波達也が、この競技も担当するという情報が周知となっていたからである。
そして大エース・深雪が本戦にコンバートされて二人だけとなったほのかとスバルは、本人の実力と達也の調整したデバイスの力で、予選を圧勝した。
また例年に比べてやたら注目が薄い――ミラージ・バットに客を取られているのである――モノリス・コードも、順当に一高は予選第一試合を勝利した。森崎、五十嵐、清田は、いつきを除けば一年生男子のトップだ。女子に比べて見劣りすると一高幹部クラスから心配され、事実そこまで結果を出せていなかったが、彼らも立派な実力者である。
だが、そんな彼らに、膨れ上がった悪意が襲い掛かった。
度重なる市街戦でさびれた街を想定シチュエーションとして設置された訓練場・市街地フィールドで予選第二試合。スタート地点の廃ビルに三人が集まっていたところに、フライングと明らかなオーバーアタックの合わせ技で、三人は大怪我をすることになったのだ。
「どうなってるの?」
「三人は無事なんですか!?」
部屋で休んでいたいつきとあずさが一高天幕に駆け付ける。そこで待機していた鈴音が、二人に状況を説明した。
「市街地フィールドで、廃ビルに固まっていたところに、『破城槌』によるオーバーアタックを受けました」
よどみない操作によって、記録されていた証拠映像を見せられる。そのビルが崩れる瞬間、あずさは悲鳴を上げて目を逸らし、いつきに縋りついた。
「三日は絶対安静の重傷です。……魔法が無ければ重体、最悪の場合は即死だったでしょう」
魔法競技は、魔法という力によって、非魔法競技に比べ、起こる事の全てが大規模だ。だからこそ、アクシデントは大怪我になりやすい。国防軍が協力してるだけあって最新鋭の設備と精鋭の医療チームが備えられていて、即効性に優れる治癒魔法の達人もいる。
そうした事情もあって三人の治療は速やかに行われ、今は容態が安定しているらしい。
「競技の方はどうなってるんですか?」
「当校と反則を犯した四高を抜いて、とりあえず続行中です」
「じゃあ、このままだと失格に?」
「いえ、十文字君が大会運営と交渉中です。代理選手を立てることになるかもしれません」
命に別状はないと聞いて安心したあずさが腰を抜かして使い物にならないので、いつきが姉を支えながら、鈴音に質問を重ねる。そして最後に、もう一つ、質問を付け加えた。
「わかりました。それで――遮音障壁が展開されてますけど、あれは?」
いつきが指さしたのは、天幕の奥。そこには、完成度の高い遮音障壁が施されている。
「……その魔法が使われている時点で、訊くのは野暮だと思いますが?」
鈴音は少し眉を顰める。こんな状況で、奥にこんな魔法が展開されているのだ。絶対秘密の話をしているし、それをわざわざ尋ねる神経が、理解できなかった。
「まあそれもそうですね。あとで内容は聞かせてください」
鈴音のヒリついた雰囲気を察したかどうかはわからないが、いつきはすぐに身を退いて、姉を支えて励まし、部屋へと戻る。あずさは相当ショックを受けているらしい。いくら仲間とはいえほとんど関わりがないというのに、心優しいことだ。
「……姉弟って、似るのか、似ないのか」
鈴音は呟く。
あずさに比べて、いつきはクラスメイト含む同級生が大けがをさせられたというのに冷静だった。
そっくりだとずっと思っていたが……この九校戦で、すっかり、印象が変わってしまった。
☆
部屋で二人きりでいつきに励まされたあずさは、なんとか冷静さを取り戻した。そして、弟の提案で、気晴らしにミラージ・バット決勝を一緒に見に行くことになる。
決勝も、ほのかとスバルは圧倒的であった。二人の実力もさることながら、CADの性能差が明らかに表れている。達也の調整したCADは、二年生にして学校随一のエンジニアであるあずさのものを越えていた。
トーラス・シルバーを手本として、弟に助けられながら、精神干渉系魔法の研究の傍らエンジニアの腕も磨いてきた。本物には程遠いが、その技能の素晴らしさは、担当した全員から最高評価を得ている。
だが達也と比べたら、二段も三段も劣る。彼女の卓越した知識だからこそ、そのことがよくわかった。
まだモノリス・コードの事故の動揺は抜けきっていない。さらに、こうして達也の腕を見せつけられている。
「くそっ! まるでトーラス・シルバーじゃないか!」
そんなところに、こんな言葉が聞こえたら、あずさが大きく動揺するのは無理なかった。
(――っ!?)
どこからともなく流れてきた声を探して、勢いよく首を振って視線を巡らせる。だが、大勢人が集まっているため、誰が発した言葉なのかは分からない。
「ん? どうしたの、お姉ちゃん?」
「え、あ、えっと」
すぐ隣にいたいつきが心配そうに顔を覗き込んでくる。それであずさはわずかに正気に戻るが、まだパニックになっていた。
(司波君が、トーラス・シルバー?)
トーラス・シルバーの特徴とは何か。
圧倒的な開発力。新魔法が目立つが、特に優れた功績なのが、ループ・キャストの開発だ。
最先端の高性能デバイス。その性能は「未来を走っている」と言われるほど、同時期の競合他社製品を大きく上回る。お値段も相当だが、その性能からすれば格安といえるレベルだ。
そして――起動式の徹底的な効率化だ。
起動式に変数入力をして魔法式にする。つまり、起動式の大きさは魔法式にかかるリソースに大きな影響を及ぼす。小さければ小さいほど、消費が少なく、発動が速い。トーラス・シルバーの起動式は、その効率が、とにかく圧倒的なのだ。
――『
そのどちらも、トーラス・シルバーそのものではないか?
「あずさお姉ちゃん?」
言葉が出ないあずさの肩を掴んで、いつきが優しくゆする。それでようやくぐるぐる回る思考とパニックが収まった。
だが、また、別の思考が巡る。
――このことを、いっくんに話して、いいのかな?
あずさの中で、達也こそがトーラス・シルバーの正体であるというのは、ほぼ確信となっている。
だが、トーラス・シルバーの正体は極秘となっている。また、その存在はもはや現代の伝説であり、二科生の高校一年生がその人である、なんていうのは、あまりにもばかげた話だ。
さすがのいつきも信じてくれないし、呆れるかもしれない。
そんな不安が、あずさの中に湧き上がってきた。
「その、もしかして、もしかして……あり得ないことかもしれないんだけど……」
それでも、あずさは、意を決して、口を開く。
自分の中だけに留めておくのが苦しかった。誰かに共有してほしかった。そんな相手は、世界で一番信頼している、可愛い弟以外あり得ない。
「司波君が、トーラス・シルバーなんじゃないかな、って……」
「あ、そうかもね」
「…………え?」
意を決した言葉。
だが、いつきの返事は、あまりにもあっさりとしていた。
あずさは目を丸くして、自分にそっくりな弟の顔を見つめる。弟の顔には、何も動揺が浮かんでいない。
「だって、あずさお姉ちゃんを越えるエンジニアなんて、普通あり得ないよ。だったら司波君がトーラス・シルバーだっていうほうが納得いくもん。あずさお姉ちゃん越えが何人もいたら、世のCADエンジニアは逃げ出すだろうね」
さも当たり前のことのように、いつきは言葉を続ける。
高校一年生が、あのトーラス・シルバー。
そんな突拍子もない推測を平然と受け入れ、肯定した。
「まあだとしたら反則だよね。あずさお姉ちゃんと司波君が同じ高校でエンジニアやってるなんてさ」
今だ目を丸くして固まるだけのあずさの前で、いつきは、あははは、と朗らかに可愛らしく笑う。
「ふ、うふふふっ」
それに釣られて、あずさも笑う。
なんだか、悩んでいたのが、馬鹿らしくなってきた。
そうだ。達也がトーラス・シルバーだからといって、特に変わることはない。むしろすぐそばに憧れの「伝説」がいたのだから、悩んだりせず、喜んでもいいではないか。
「「あはははは!」」
そっくりな二人が、声を揃えて笑う。
周囲の誰しもが、妖精たちの踊りに夢中になる中、まるで二人だけの世界であるかのように、競技を一切気にせず、ただただ笑う。
――そうしている間に、ほのかとスバルが、ワンツーフィニッシュを決めた。
☆
「こんばんはー!」
「ちょっ、いっくん、いきなり失礼だって!」
新人戦ミラージ・バットが終わった直後。一高天幕の奥。
真由美、克人、摩利、鈴音、範蔵。それに花音や五十里や桐原もいる。あずさも用は分からないが呼び出された。
それにいつきもついてきたがったので断り切れず連れてきたものの、なんだか物々しい雰囲気を感じ取って天幕前でしり込みしたあずさよりも先に、堂々と入り込んだ。
「どっかで見たことある光景ね」
「四か月ぶりか。時間が経つのは早いものだな」
真由美と摩利は呆れる。そしておそらく、あの保健室にいた克人と桐原も同じ気持ちだろう。そしてあの時の顛末を知っている鈴音と範蔵もまた、同じ気持ちになっているに違いなかった。
「あれ? 中条君?」
「なんで弟君まで連れてきてるのよブラコン」
一方、あの4月の事件でのいつきのわがままっぷりを知らない五十里と花音は不思議がっている。花音にいたっては、甘やかしているあずさが自分から連れてきたと即座に決めつける様だ。
「なんか、重要そうな話し合いするみたいじゃないですか? どんな内容なんです?」
天真爛漫な笑みを浮かべ、真由美に近寄って話しかける。いきなり接近されて上目遣いでそんな顔を向けられた彼女は、おもわず身じろぎをしてしまった。
「いつもお前がやってる事だろう」
隣の摩利が呆れている。なるほど、相手からはこう見えるのか。真由美は今まで自分がやってきた交渉方法がいかに有効だったか、身をもって知らされる。
「ン、ンッ! …………いつき君、気持ちは分かるけど、貴方は部外者よ。お姉さんを助けたい気持ちは分かるけど、出ていきなさい」
気持ちを立て直すための咳払い。それをすませば、真由美はタフで威厳のあるボスとなる。穏やかながらも確かな睨みを利かせて、生意気な後輩を退けようとする。
「別にいいじゃないですか。多分、ボクは無関係じゃなくなりますよ」
「え、いっくん、何だか分かるの?」
先に集まっていたメンバーに少し遅れて集まったあずさだけ、この用件を知らない。だがいつきは、すでに察しているようだった。
「モノリス・コードの件ですよね?」
「………………正解よ」
「あ、なるほどー、いっくんすごい!」
悔しそうに認める真由美と、呑気なあずさ。いつもと逆の構図だ。可愛い弟がいるせいか、あずさに緊張感が今一つ感じられない。ここはひとつ諫めようか、と範蔵が動こうとしたところで、真由美は観念して、説明を始めた。
「十文字君の交渉が上手くいって、我が校は代理選手を立てることができるようになりました。今から、それについて会議をします」
「へえ、上手くいったんですね」
いつきが克人の顔を見上げる。それに対して、克人はただ頷いただけだった。
「だったら、この後の話は決まっていますよね?」
いつきの言葉に、あずさ以外の全員が頷いた。
そう、会議とは言ったが、もう一つは決定している。
圧倒的なエンジニア力と魔法知識を持ち、4月の件で戦闘能力は証明済み。急な事態にも対応できる胆力と機転と知能がある、司波達也は確定なのだ。
「――――ボクが代理で出場しますよ」
「ええ、いっくんが!?」
突然の提案に声が出たのは、あずさだけ。
すでに結論を共有していたほかメンバーは……驚きのあまり、声すらも出すことができなかった。
この展開予想してる人めっちゃ多そう(こなみ)