魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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7-3

 続いて、第二高校との市街地フィールドでの戦いとなる。

 

「スタート地点は相変わらずビル内部かー」

 

「なんとしても過失は認めない構えだな」

 

 試合開始直前の会議で、いつきの言葉に、達也が呆れながら言葉を漏らす。

 

「まあ、運営側も仕方ないんじゃない? 一高を妨害しようって勢力が内部にいるなんて思わないでしょ」

 

「たかが学生のお楽しみ会なんだけどね」

 

 いつきと幹比古もあきれ顔だ。一体、どんな事情で、一高を負けさせようというのか。

 

「お、おい、一体何の話をしてるんだ?」

 

 そんな会話についていけなかったレオは、語調を強めて問いかける。「妨害」という不穏なワードが、なぜここで出てくるのか。

 

「ああ、そういえばレオは知らないんだったな」

 

 そして達也が説明したのが、この九校戦で起きた数々のきな臭い出来事だ。

 

 一高選手団バスに車が炎上しながら突っ込んだ事件に始まり、開会式の夜に銃と爆弾を持った不審者が現れそれを幹比古といつきが通りすがりに捕まえたこと、摩利の事故が精霊魔法とCADへの改造によって意図的に起こされたこと、そして昨日のモノリス・コードの事件も恐らく何者かが意図的に起こしたこと。

 

「…………知らなかったぜ、そんなの」

 

「安心しろ。知ってるのはごく一部だけさ。ほとんどの選手は知らない。仲間外れじゃないさ」

 

「そっちを心配してるんじゃねえ!」

 

 暗い雰囲気で落ち込むレオを、達也がずれた言葉で励ます。打てば響く太鼓のようにレオは言い返すが、それですっかり暗い雰囲気が霧散した。

 

(達也もエリカ流のあしらい方を覚えてきたな)

 

 レオの人の好さと達也の悪知恵が光るやり取りだ。

 

 急場の代理軍団で、この試合直前の時間は、一分一秒が惜しいはず。しかし、四人はほぼ雑談で時間を費やした。

 

 理由は簡単。直前に慌てふためいても仕方ないし、それに達也によって考え出された作戦は、すでに伝わっている。逆にここは、リラックスをするのが一番だ。

 

「さて、そろそろ時間だな。まあ別に負けても仕方ないし、気楽にやってこい」

 

「こんな励まし方ってある?」

 

 達也のお見送りに、幹比古が代表して苦笑しながら答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先ほどのいつきによる電撃作戦と違い、一高は静かな立ち上がりを見せた。

 

 レオはモノリス前に陣取ってディフェンスの構え。一方幹比古といつきは何やら陣地で魔法をこねくり回した後、少しずつ陣地から離れて敵を探知している。

 

「中条は普通の探知魔法だな。よく出来ている。だが、吉田のはなんだ?」

 

 モニターを睨むように――顔つきがもともとそうなだけで本人の心情としてはいたって穏やかである――見つめる克人は、首をひねる。基本に忠実な優等生・あずさの弟らしく、いつきの探知方法はメジャーだ。一方で幹比古のものは見たことがない。

 

「吉田は古式魔法師で、特にSB魔法の使い手らしい。あたしたちが見たことないのも無理はないだろうな」

 

 克人はバリバリの現代魔法師で、摩利は古式要素を含むがそれほど詳しくはない。

 

「あれは人間の可聴域を越えた超音波の精霊を利用したものですね。遠くに精霊を飛ばしてから超音波を出して、それを知覚強化魔法で拾うんです」

 

 代わりに解説したのはあずさだ。一応ほんの少しエンジニアとしてお手伝いはしたし、また幹比古の下で古式魔法について弟と一緒に色々学んでいる。彼女が解説役になるのは必然だった。

 

「でも、それって非効率じゃない?」

 

 真由美の疑問はもっともだ。あずさもそれは予測していたようで、よどみなく説明を続ける。

 

「確かに二段階の魔法を使っていますし、時間もかかります。ですが、探知魔法のせいで相手に魔法の気配で見つかっては元も子もないので、このゆっくりとした立ち上がりだったら、時間がかかっても隠密性の高い方法を使うのがいいんです」

 

 現代の探知魔法は、相手との魔法的つながりができてしまって、多かれ少なかれ、相手に何かしらの気付きを与える。普通の魔法師なら何か違和感を覚える程度だが、勘の良い魔法師なら自分たちが探知されたことに気づくし、達人クラスだと魔法的なつながりから相手の位置を逆探知できる。その究極系が、達也の『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』だ。

 

 一方、幹比古のこれは、魔法によって起きた超音波を媒介とした探知なので魔法的つながりは起きない。かなりの慣れと修行が必要な上に時間がかかるが、離れた位置に精霊を送り込む形になるので、自分の位置もバレにくい。古式魔法師らしい、老獪な作戦だ。

 

「へー、なるほどねえ。あーちゃん、ずいぶん古式魔法に詳しくなったじゃない」

 

「えへへへ……吉田君によく教わっているので」

 

「そういえば論文がどうの、とかなんとか言ってたわね」

 

 九校戦期間中の生徒会中の雑談で、鈴音の論文コンペの話になり、その中であずさも校内コンペに参加するという話もした。ここであずさは、古式魔法が関わる内容だということを話していたのである。鈴音はライバルであるが、未発表の論文についてお互いに相談する程度の信頼関係は築けていた。

 

 そんなゆっくりとした立ち上がりだが、ついに動き始めた。

 

 ゆっくりと動いていた相手オフェンスが何かに気づいたように顔を上げると、真っすぐ一高モノリスがあるビルへと、少し早足で向かい始める。またほぼ同時に、いつきもビルを降りて、相手ビルへと一直線に向かい始めた。

 

 お互いに、探知に成功したのだ。

 

「探知勝負は五分五分といったところですね」

 

「ああ」

 

 範蔵と克人は険しい表情で戦局を見守る。

 

 探知成功後のお互いの遊撃は、どちらも自陣ビルに残っている。互いに防御中心の構えのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ!?」

 

 二高ディフェンスは、いきなり現れた露骨な魔法の気配に驚愕する。

 

『やられた、すぐに向かう! そっちは動かないでくれ!』

 

「了解!」

 

 入り口付近、つまり一階で潜伏し、相手が気づかず登ったところを挟み撃ちにしようとした遊撃が叫ぶ。

 

 それにしても、一高はなんて大胆な作戦を。

 

 

 

「モノリスの隣の部屋」に、いきなりいつきは飛び込んできた。

 

 

 

 市街地フィールドにおいては、魔法で飛び移って上階から大胆に攻めるか、一階から順にクリアしてこっそり攻めるか、という選択が取られる。

 

 だがいつきはその両方の性質を併せ持つ荒業に出た。

 

 

 

 

 

 二高モノリスがあるビルに歩いて接近したのち――割れた窓から直接魔法でモノリスがある階へと一気に登ったのだ。

 

 

 

 

 

 これ自体は作戦として全く検討されないわけではないが、あまり取られない。魔法で空中を飛んでいる間は無防備になるし、着地時も不安定なので相手がいる部屋に飛び込もうものならあっという間に狩られる。

 

 だがいつきは、それを敢行したのだ。

 

(くっ、運のいい奴らだな)

 

 もしこの窓際の隣の部屋ではなく、いつきが飛び込んだ部屋がモノリス設置場所だったら、どうしていたというのだ。絶対待機しているディフェンスにあえなく狩られるのがオチだろう。

 

 彼は知らない。二高の探知が「ビルの中層階」の特定に留まったのに対して、幹比古の探知は、部屋までも特定していたことを。そしてその精度を信頼して、絶対待ち構えられていないと確信していつきが一気に飛び込んできたことを。

 

(さあ、どこから現れる)

 

 この部屋への入り口は前後に二つ。どちらかの入り口に集中しようとすると、ど真ん中に鎮座するモノリスに阻まれて片方を見られない。市街地フィールドで屋内がモノリスになった場合の、数少ないデメリットであった。

 

 モノリスの横に立ち、両方の入り口が視界に入るようにする。ここで焦って探知魔法を使えば、魔法の気配でこの部屋にいるのがバレてしまう。相手は一つ一つ部屋をクリアしていくだろうが、それを待っている間に一階の増援が駆けつけてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、小さな魔法の気配を感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ!」

 

 焦って、そちらを振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――直後、爆音がビルの中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 小さな魔法の気配を感じて振り返った先。

 

 そこは、何の変哲もないはずのさびれた壁「だったところ」。

 

 その一か所に穴が開き、そこから、小さな小さな女の子が、天使のような笑みをうっすらと浮かべながら、この部屋へと入ってくる。感じた魔法の気配からは想像もできない大きな現象が、そこで起きていた。

 

(そんなのあり得るのかよ!)

 

 心の中で泣くように叫びながら、反射的に反撃魔法を使う。だがそれは、軽く身をよじったいつきに簡単に回避され、ついさきほど開いた穴の向こうへと攻撃が消えていく。その間に、いつきの周辺に転がる、数秒前まで壁だった大きな瓦礫が浮き上がり――猛然と、ディフェンスに襲い掛かった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――――死――――――!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の上半身程もある分厚い瓦礫がいくつも高速で襲い掛かる。当然、普通に食らえば、大けがではすまない。死ぬ確率も高いだろう。

 

 油断していた。殺傷性ランクCまでのレギュレーションが厳しく課されているこの競技ゆえに、「死」から守られていると錯覚していた。いや、それは、本来なら錯覚ではない。

 

 余りの恐怖に防御魔法の演算は乱れ、反射的に顔を逸らして両腕で守るしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――直後目の前で再び爆音がしたかと思うと、小石の雨がディフェンスへと降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああっ!」

 

 全身を刺す鋭い痛みに悲鳴を上げる。

 

 だがそのダメージそのものは、両腕で顔を覆う直前に見た光景に比べたら、はるかに小さい。大きな瓦礫が襲い掛かってきたはずが――彼に降り注いでいるのは、無数の細かな瓦礫の破片なのだから。

 

「怖かったでしょ?」

 

 すぐそばで、可愛らしい、無邪気な声が聞こえてくる。

 

 両腕で顔を庇い、さらに無数のコンクリート片に襲われた彼は、完全にいつきから目をそらしていた。その間に、高速で接近してきたのだ。

 

 今自分に起きた恐怖とダメージ。その直後に、可愛らしく無邪気な天使の声が、すぐそばで聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 ――全身に鳥肌が立った。

 

 

 

 

 

 

 

 そして軍用ヘルメット越しに頭に加えられた強い衝撃によって、ディフェンスの意識は飛び、恐怖から解放された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『相手ディフェンス無効化、精霊喚起もお終い。後は任せたよ、幹比古君』

 

「すごい手際だね、全く」

 

 不活性化させていつきに渡した精霊が、相手ディフェンスが横で倒れ伏す、中身をさらしたモノリスの傍で、活性化させられた。即座に幹比古はその精霊とリンクして、『視覚同調』を発動する。

 

 そうして幹比古の視界に映るのは、丸出しの相手モノリスのコードだ。そろそろ戦場になりそうな自陣モノリスから離れ、違う階の部屋の隅に隠れ、コードを入力していく。

 

『打ち間違えて入力しなおしが最悪だから、焦らずゆっくりでいいからね』

 

『いつきの言うことに半分同意! 幹比古が急ぐかいつきが急ぐかどっちかにしろ!!!』

 

 レオの必死の叫び声。相手オフェンスがついにモノリスにたどり着き交戦を始めたのだ。

 

 レオは統一基準的な視点では、魔法の腕は劣等生そのものだ。しかしながら、その身体能力とバトルセンス、そして体の頑丈さと根性は、プロ魔法師と比べてもすでに上位である。

 

 そんな彼は今、得意の硬化魔法で伸縮自在の武装一体型CAD『小通連』を達也から与えられ、この代理で戦うことになったモノリス・コードで初めて振るった。

 

 予想外の「飛ぶ剣」に相手オフェンスは動揺したが、すぐに対処する。屋外だと脅威だが、屋内では取り回しにくい。故に、即座に半径が広いほど刀身の速度が上がって火力が爆発的に上がると判断し、一瞬で接近する。

 

『そこはそこでオレのフィールドだよ!』

 

 レオが咆えた。剣の距離を縮め、普通の剣として白兵魔法戦闘を行う。『小通連』は持ち手から離れているため、理屈の上では、というよりも屁理屈の上では、「魔法で飛ばした攻撃」だ。身体を使った打撃などが禁止されているモノリス・コードでも、ルール違反にならない。

 

 そう、達也の想定を教わってこの展開は織り込み済み。距離を離した爆発的な火力を相手が嫌えば、今度こそ自分が得意な接近戦に持ち込める。しかもこちらは武器があって、相手は殴る蹴るができない。実は有利な状況だった。

 

 だが、それでも一筋縄ではいかない。相手は巧みにレオの攻撃に小規模障壁魔法を織り交ぜてガードしたうえで、至近距離から魔法で攻撃をしてくる。レオの攻撃手段も殴る蹴るは禁止され『小通連』だけなので、対処は容易いのだ。

 

『く、いつきは早く戻ってこい! 子供はさっさとお家に帰るんだよ!』

 

『急いでるけど、相手遊撃に絡まれてるから待ってー。別にソッチ連れてってもいいならすぐ行くけど』

 

「口げんかしてる暇あったら戦え!」

 

 ランダム英数字512文字を使い慣れてない小さなウェアラブルキーボードでミスなく入力するなんて、それだけで罰ゲームそのものだ。自室でのんびり慣れたパソコンで入力するとしても手間である。ましてや耳元でギャーギャー焦るようなことを叫びながらバカみたいな口喧嘩をされては、たまったものではない。

 

『じゃあ、あと30秒頑張って。幹比古君は焦らずにね』

 

『ちょ、いた、痛いって!』

 

 幹比古からは見えないが、耳に入ってくるいつものノリと変わらない悲鳴からは想像もできないほどに、レオが劣勢になり始めた。

 

(くそ、こりゃキツいぜ! やっぱオレは二科生なんだな!)

 

 レオは内心で弱音を吐く。

 

 相手オフェンスが、レオが『小通連』以外の普通の魔法で攻撃してこないことに気づいたのだ。気にするべきは『小通連』だけ。ならばと、攻撃の手をさらに激しくしたのである。「普通の魔法」が苦手であるという致命的な欠点が、ついに表面化した。

 

 相手が繰り出す一つ一つの魔法は、激しい接近戦の中で使われる程度のものなだけあって、威力は小さい。だがそれでも並の魔法師ならば苦しいレベルだ。レオは、持ち前の頑丈さと根性、そして得意の硬化魔法でなんとか耐えているに過ぎない。

 

 そしてさらに悪いことに、隙を見せたせいでモノリスが割られてしまった。レオは急いで硬化魔法で相対距離を固定し、開けられるのを防ぐ。

 

『そっちにチビが向かった!』

 

「『鍵』を打ち込んだのにモノリスが開かないぞ! さてはなんかやったな!?」

 

 代わりのディフェンスとなった遊撃からの連絡は、朗報と悲報が半々といった具合だ。

 

 こちらも攻めあぐねているが、遊撃が相手オフェンスのいつきと追いかけっこになっていたらしいので、コードは入力されてない。

 

 そのいつきが撤退したということは、先ほどの森林ステージでの高速移動を見るに、すぐ戻ってくるだろう。そうなれば数で負けるに違いない。

 

 守り切れたが、『鍵』を打ち込んだはずのモノリスが開かない状態で、自分も一時撤退を強いられる。状況としては苦しいが、まだ負けではない。

 

「じゃあね、ナイスガイ!」

 

「二度と来るな!」

 

 オフェンスは即座に撤退。直後、魔法による気配探知を気にしないで良くなったいつきが超高速で飛来して窓から入り込んできて戻ってくる。レオは二人で追撃しようか迷ったが、下の階へと降りていく足音が聞こえたので、安心して、一旦気をゆるめた。

 

「ただいま」

 

「おせーよ」

 

 友達と遊んで帰ってきた小学生のような笑顔のいつきと、ところどころにうっすら傷がついて息も切らして満身創痍のレオ。薄暗い廃ビルの中で、二人の様子は対照的だ。

 

「ごめんって。でも、レオ君ならあれぐらい耐えられたでしょ?」

 

「なんか知らんが耐えられたよ! なんか知らんがな!!!」

 

 コイツ、エリカと同じような性格だ!!!

 

 レオは確信する。反応が面白い上にどれだけいじくりまわしても引きずらないので、彼の扱いは常にこんな具合だ。エリカはもちろん、達也もまあまあからかってくる。幹比古と美月が恋しくなってきた。特に同じ弄られ役の幹比古が。

 

「信頼してるってことだよ。これがレオ君じゃなかったら、押っ取り刀で戻ってきてたんだから」

 

「そりゃどーも」

 

 レオは胡坐をかいて頬杖を突き、わざとらしく「ケッ」と言いながらそっぽを向く。それを見ていつきは、天使の笑みを浮かべて、声を上げて笑い始めた。

 

「あっはっは、許してよ。結果オーライだしいいじゃん。だって――」

 

 楽しそうに無邪気に笑ういつき。そしてふとその笑顔に、悪戯っぽい光が混ざった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――これで勝ったんだしね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合終了のブザーが鳴る。

 

 直後、レオといつきのインカムに、幹比古の疲れたような溜息が流れてきた。

 

「お疲れ、幹比古君」

 

『この入力だけは何回やっても慣れないや』

 

 一切戦闘していないのに、レオよりも大げさに疲れた声を出す幹比古。

 

 きっと、相手は今頃パニックになっているだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 全く気付かないうちにコード入力され、訳が分からないうちに敗北したのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝トーナメント、第一高校対第九高校との戦いは、渓谷ステージだ。

 

『こんなところまで演習場内に用意できるんだから、軍ってすごいよねえ』

 

『さすが日本最大の演習場って感じだな』

 

 薄い霧の中、仕事を終えたいつきと、仕事がないレオは、霧の中を警戒という体でお散歩しながら、雑談に興じていた。

 

 この戦いは、幹比古がただただ一方的に活躍するだけの試合だ。

 

 渓谷ステージ内にある水たまりをすべて利用して、ステージ全体を濃霧に包む。さらに、相手にはより濃くまとわりつき、自分たちにはより薄く済ませている。森林や市街地に比べたら障害物は少ないが、こんな濃霧の中では方向感覚は定まらず、相手は何もできていない。

 

『この試合も僕が入力するんだね……』

 

 幹比古から疲れきった愚痴がこぼれる。当然、この全域に幹比古の精霊魔法が効果を及ぼしているということは、その全てが『視覚同調』により幹比古の視野となる。

 

 試合開始速攻で霧を発生させ、それに紛れていつきがさっさと相手モノリスを割ってとんぼ返り。あとはのんびり幹比古が入力し終わるのを待つだけだった。幹比古の手つきも緩慢だ。呑気なものである。

 

「あいつら、会話が放送されるって知ってるのか……?」

 

 一高テントでは、範蔵が呆れ果てている。

 

 選手たちのインカムは、放送用の音声も拾えるようになっている。作戦行動に関わるもの、機密やプライバシーにかかわるもの、罵詈雑言など、放送されたらマズいものはAIが即座に判断し無音にするが、それ以外は、基本的にしっかり放送される。当然、この呑気な会話も、観衆に知られることとなった。

 

「いつき君と吉田君が仲良しなのは知ってたけど、西城君もすっかり仲良しね」

 

「ああ、西城は人が好いらしいからな」

 

 レオは山岳部に所属しており、二科生ながら期待の一年生だ。部活連会頭である克人の耳にも、彼の人となりや活躍は入ってきている。

 

「それにしても、さっきの試合はヒヤヒヤしたな」

 

 この試合はもう決まった。もう何も見るものはないので、摩利は先ほどの試合の振り返り解説をあずさに求める。

 

「先ほどの試合も吉田君の凄さが光る試合でしたね」

 

「びっくりなのはお前の弟だよ。相手を殺すかと思ったぞ」

 

 あずさの言うことにも同意だが、摩利の言葉に、テント内の全員が強く同意した。

 

 結果として反則にならなかったが、いつきが相手ディフェンスにやったことは、反則通り越して殺人未遂にすらなりかねないものだった。

 

「えっとその、司波君もいっくんもそのあたりの配慮はしてると思いますけど……」

 

 同意する部分もあるのか、あずさも困り顔だ。ルール違反になっていない以上は何をしてもいいのだろうが、達也の考えた作戦のえげつなさと、それを一切躊躇することなく笑顔で実行するいつきのヤンチャさは、あずさ自身も驚くところである。

 

 幹比古の探知が優れていて、階層だけでなく部屋まで特定。それを活かしていつきが隣の部屋の窓から乗り込む電撃突入作戦を決行した。ここまでは分かる。

 

 問題は、その隣の部屋から、廃ビルとはいえしっかりした壁をぶち破って、モノリスがある部屋に侵入したところからだ。

 

 まずこの壁をぶち破る魔法の威力は、当然レギュレーション違反だ。人間に行使すれば肉が吹き飛び体が切断される。『爆裂』が霞む残虐さだ。

 

「あれはあくまで行使対象は壁なので、レギュレーション違反にはなりません。使う前に探知魔法で壁際に相手がいないか明確にチェックもしているので、建物内に人がいるケースの『破城槌』のようなシチュエーションによるランク上昇も抑えられますよ」

 

「それはそうだが、そんな魔法を競技CADに入れているのが驚きだよ。まるで魔法ルール無用の氷柱倒しじゃないか」

 

 結果として有効だったしルール違反にもならず、さらに、もっとタチの悪い「次」へとつなぐことができたわけだが、この破天荒さにはほとほとあきれるばかりだ。

 

「次のあれはその……司波君じゃなくていっくんが考えたものです、はい」

 

 本人の代わりに、姉が針の筵となってしまった。

 

 無言の視線が突き刺さる中、沈黙に耐えかねて、あずさは説明を続ける。

 

「そ、その、あれもレギュレーション違反じゃないんですよ!? 大きな瓦礫をぶつけたわけじゃないので!」

 

「ぶつかったら相手はミンチだろうな」

 

 差し込まれた範蔵の言葉が痛い。あずさは一瞬怯むが、また沈黙が息苦しくて、説明――釈明・弁護・言い訳など好きな言葉に言い換えてもらって構わない――を重ねた。

 

「それでその、大きな瓦礫を飛ばすのは相手を怯えさせて行動を止めさせる効果があって……直前で大きな瓦礫同士をぶつけて小さな破片にしてそれを降り注がせる、という攻撃が確実に決まるんです。大きな瓦礫でいっくん自体が隠れる目隠し効果もあって、いっくんが得意の高速移動で、接近からの追撃もできるんですよ……」

 

 あずさの説明の通り、いつきのやったことは非常に「理」に適っていた。相手はいつきが思ったままの動きをして、一方的に、一瞬でノックダウンさせられたのである。

 

 あとは簡単。

 

 いつきは、幹比古に渡された精霊を喚起して設置し、相手遊撃を惹きつけて時間稼ぎ。幹比古は自陣ビルのモノリスがある階の一つ上の階で安全にコードを入力する。レオの役割が一番つらいが、本人の頑丈さとガッツ、そして『鍵』を打ち込まれても硬化魔法で時間稼ぎができるので、適任だ。

 

「理には適っているが、倫理は無視だな」

 

 克人の重い一言が全て。

 

 モノリス・コードはかなり魔法戦闘を意識した競技であり、お互いに疑似的な戦闘を行うため、他競技に比べて、スポーツマンシップの領域を越えた、「暴力を振るう者」としての倫理観が求められる。いつき達は急造の代理であり、当然それを教わったり養ったりする場がなかった。

 

 モノリス・コードの代表として三年間戦ってきた克人だからこそ、それを重くとらえている。

 

 だが一方で、他は別として、彼本人は、いつきや達也、そしてもちろんあずさを責めるつもりは全くない。何せ急な代理なのだから、「仕方ない」のである。

 

 その責任を背負うべきは、彼らに任せた自分、それと真由美なのだから。

 

『そういえばレオ君は彼女とかいるの?』

 

『いよいよ修学旅行の夜だな。今は――――』

 

 そんなことはつゆ知らず、いつきとレオの雑談は、いよいよ完全な「雑」になる。

 

『ふーん、今は、ねえ』

 

『何か言いたげだな。昔は――――――――そういうお前はどうなんだよ。――――――とかと――――じゃんか』

 

『――――――――よ。――――――――――――』

 

『あと10文字で入力終わるんだけどさ、この競技って仲間を背中から刺すのってありなんだっけ?』

 

 プライバシーにかかわると判断された青春の雑談は所々がAIに検閲され無音になる。霧で隠れていてその口元からリップシンキングすることもできない。

 

 ただ、その全てを聞いていた、完全ワンオペ作業をさせられていた幹比古がブチぎれていることだけは、観客全員が分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何か言いたげだな。昔は――――――――そういうお前はどうなんだよ。――――――とかと――――じゃんか』

 

『――――――――よ。――――――――――――』

 

「あああああああああ!!! こら!!! なんでそこが検閲なんじゃ!!! 聞かせい!!! 聞かせい!!!」

 

 三高テント。レオが抵抗としていつきの色恋話を聞こうとして、いつきもそれに何やら答えたが、その全てがAIによって無音に変えられて放送される。

 

 いつきに話が及んだ途端に、本人も気づかないうちにこれまで以上にモニターにかじりつき始めた沓子は、無音に終わった直後、モニターを掴んでガンガンと揺らしてわめき始める。

 

「確定だな」

 

「だね」

 

 今までの時点でほぼ確定だったが、これで三高テントの全員が、沓子がいつきに抱く感情に気づいた。なにせ、今のこの動作こそいつも通りコミカルで元気だが、その顔は紅潮しつつも、「彼に何か色恋が?」という不安が顕著に表れ、やや涙目にもなっているのだから。なおそれと時を同じくして、彼女にひっそり思いを寄せていた数人の男子も涙を拭いている。

 

 そうこうしているうちに、いつきとレオから出店の奢りを確約した幹比古が、キレ気味に最後の文字を入力し、一高の勝利が確定した。

 

 三高も先ほど決勝進出を決めている。

 

 つまり。

 

 

 

 

 

 決勝戦のカードが、一高VS三高で確定したのだ。

 

 

 

 

 

 

「一番いやな奴らが勝ち上がってきたな」

 

「この試合の九高を見てたら、あっちだったらどんなに楽だったか、って感じだね」

 

 将輝と真紅郎の顔に真剣みが増す。それを感じ取った三高テント全体も、空気が張り詰め始めた。

 

 もはや、相手はたかが代理と二科生などと侮ってはいない。なんなら、元々の代表であった森崎達以上に、警戒の対象となっていた。

 

「…………む、そうか」

 

 だいぶ遅れてようやく少し冷静になった沓子も、このカードでの決戦になることに気づいた。

 

 彼女は今まで、三高サイドだというのに、将輝たちの試合はさほど真面目に観戦せず、いつきばかり追いかけていた。そこには彼女なりの感情もあるほか、「一条たちならどうせ楽勝」という厚い信頼もある。応援していないわけではなかった。

 

 だが、彼女が属する三高と、「お気に入り」のいつきたちが、決勝戦で相まみえることとなった。

 

「わしは、どっちを応援すればいいんじゃ?」

 

「そこ迷うのかよ!」

 

 即座に響く将輝のツッコミ。沓子を責める内容ではあるが、そのあまりにも気持ちよすぎるツッコミのせいで、ある種「裏切り者」である沓子に向かう視線は、敵意ではなく呆れになっていた。

 

「沓子、よく考えてごらんなさい」

 

「おう」

 

 愛梨が、まるで子供を諭すように、沓子に話しかける。

 

「我らが三高の代表選手は何人?」

 

「三人じゃな?」

 

「貴方が一高を応援する理由は?」

 

「当然、いつきじゃ」

 

「つまり一人よね?」

 

「うむ」

 

「三対一で、三高の方が優先順位高くないかしら?」

 

「おお、確かにそうじゃの!!! 気張れよ! 一条! 吉祥寺! 五十川!」

 

「そこまで言わないと応援してくれないのか……」

 

 沓子の態度はもちろん、愛梨の説得論理も、将輝は全く以て不満だった。




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