魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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 時は少しさかのぼって、9月の頭。

 

 論文コンペの発表者を決めるための職員会議が開かれていた。

 

 今年の担当教諭は、若手でありながら優秀である廿楽が任されることになった。実際の所半分押し付けられるような形なのだが、それが分かっていてなお、快く引き受けたのである。

 

「いやー、今年は特にすごいのが集まりましたねえ」

 

 職員たちが持つ端末には、提出された論文の中で「十分な質がある」と査読が通ったもののリストが映し出されている。例年高校生離れしたレベルだったが、今年は特にハイレベルだ。

 

 一番目を引くのは、三年生理論一位の実績もある鈴音の、「重力制御魔法式熱核融合炉の技術的可能性」だ。

 

 先日トーラス・シルバーによって解決された汎用型飛行魔法が記憶に新しい加重系魔法の三大難問。その一つである。これが解決されれば、軍事利用以外の魔法師の地位向上と世界を覆うエネルギー問題解決が視野に入る。

 

 また、風紀委員三年生の関本が提出した論文も素晴らしい。これだけで大学の卒業論文はおろか、修士論文にすらも耐えうる質である。かなり基礎理論に寄っているため横浜で開催される今年においては不利なのが気になるが、論文単体のレベルなら、社会的影響力も含め、鈴音のものと遜色がない。

 

 また二年生からもハイレベルな論文が出された。

 

 技術者・研究者を輩出する百家・五十里家の秀才である五十里啓が提出した論文は、お家芸の刻印魔法についてだ。非常に画期的な技術であり、実現可能性も高く、数年後に大幅に評価が上がったかの摩擦力操作魔法の論文に匹敵する出来上がりだった。

 

 そして異色の研究ということで目を引くのが、あずさの論文だ。第一高校創設以来の大人しい優等生だが、その内容は、教員たちをしり込みさせるのに十分なものであった。

 

「ははは、それにしても、お化けが本当にいるなんて、誰が信じられます?」

 

 あずさの論文について議論が始まるや否や、廿楽は愉快そうに笑う

 

「『パラサイトの存在と精神情報のイデアの可能性』、タイトルを見た時、ひっくり返りそうになりましたよ」

 

 魔法史の授業を担当する古式魔法師の教員・蘆屋が、困ったような笑顔を浮かべながら、どうしたものかとこめかみを揉む。

 

 あずさの論文は、二つの禁忌に触れていた。

 

 一つは、精神干渉系魔法。言わずもがな、禁忌の魔法である。あずさが精神干渉系魔法に優れ、また深い興味を持っているということは、教員の中でも研究畑のメンバーには周知の事実となっている。何せ去年もその魔法をテーマにした論文を一年生にして提出し、高い評価を得ているからだ。

 

 そしてもう一つが、パラサイトの存在。現代魔法師の間では存在が証明されていないため「いない」ものとして扱うが、とっくに古式魔法師の間ではその存在は自明であった。廿楽ですら当初混乱したため、この蘆屋が解説に苦労したものである。そしてこのパラサイトの存在は、世の混乱を招きかねないため、古式魔法師の間だけの秘密でもあった。

 

 奔放なところがある真由美や若干恐ろしい気配がある深雪と違って、あずさは一切悪い評価を聞かない。そんな彼女が出す論文が、こんな内容だなんて、誰が想像つくだろうか。

 

「それで、蘆屋先生から見て、この内容はどうなんですか?」

 

 一人の教員が質問してくる。廿楽も含め、あずさの論文については、評価を決めあぐねていた。

 

 内容的には、論理に何ら穴は無く、十分な説得力がある。また二つの禁忌に触れているとはいえ、悪用に繋がるようなこともなさそうだ。

 

 ただ、その性質上研究が進みにくい精神干渉系魔法と、そもそも存在しないものとされていた「お化け」、この二つをテーマとして深いところまで論じているため、現代魔法師たちからすれば「お手上げ」と言うほかないのである。

 

 しかも、そんな研究が進まない魔法と、未知の存在であるパラサイトは、テーマではあるがあくまでも前段。

 

 その二つを組み合わせて――真のテーマである、「精神情報のイデア」へと話は進んでいくのである。

 

 つまり、前段二つだけでも相当ハードな内容なのに、さらにそこから新たな「未知」へと広げているのだ。

 

 これで根拠の薄い内容ならば査読段階で突っぱねて「面白い読み物だったよ」とでも皮肉をぶつけておけばそれでお終いだが、あいにくながら、ここにいる全員が、読んだ時に「納得させられた」。きっと、フェルマーの最終定理やABC予想の論文を査読した学者たちも、同じ気持ちだっただろう。

 

「えーっと、そうですね……」

 

 この場では唯一の古式魔法師研究者である蘆屋も、どうしたものかと考えあぐねていた。そもそも専門は魔法史、つまり歴史学である。当然、魔法師として、魔法学や魔法工学も本職に負けているつもりはないが、彼もまた、困っている側の一人だった。

 

「まず、内容の説得力や再現性はとても高いと思います。発表の際の実演についてどうするのか見当もつきませんが、中条さんのことですから、何か案はあるのでしょう」

 

 とりあえず、と蘆屋が絞り出した言葉に、全員が頷く。それに関しては、全員が同意するところであった。

 

「テーマ自体は、それこそ加重系魔法の三大難問に取り組んだ市原さん以上に突飛です。精神干渉系魔法について高校生が発表することについての賛否もあるかもしれません。ただこれは、学術的に非常に価値が高い発見・研究で、その質も含め、市原さんや関本さんに負けていません」

 

 三年生の中でもトップの秀才に引けを取らない。

 

 二年生であるあずさの評価としては特大級のものだが、それに異論を唱えようという者は、ここにはいなかった。

 

 蘆屋はその勢いのまま口を開こうとする。

 

 だが、かすれて、声が出なかった。

 

 今から自分が言うことは、果たして、正しいことなのだろうか。

 

 教員としての、研究者としての、一人の魔法師としての。

 

 様々な良心が、彼を呵責する。

 

 だが、仕方ない。

 

 蘆屋は深呼吸をして、改めて決心する。

 

 たとえどんな反対があろうと、この学校や学会、魔法師界から追放されようとも、これだけは絶対に言おうと決めて、ここに来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ただ、ただ……パラサイトの存在を周知すると、世間に大きな混乱が起こります。研究者や教員としてではなく――一人の古式魔法師として、この論文を公開することに、強く反対せざるを得ません」

 

 

 

 

 

 

 

 蘆屋の悲壮な覚悟に反して、その言葉はすんなりと受け入れられた。

 

 教員の誰しもが、廿楽ですらも、彼に同意したのだ。

 

 こうして、質的には甲乙つけがたいものの横浜会場の年であることを考慮して鈴音が代表発表者として選ばれ、あずさの論文は、特別待遇としてオフライン化されたデータの奥底へと隠すように収録されることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして生徒会選挙も終わって新生徒会が発足する頃へと時間が飛ぶ。

 

 真由美の本気の交渉が実を結び、五十里が生徒会長に単独立候補し、無事ほぼ満票で信任された。真由美の予想によると、不信任票を入れたのは、美人の彼女・花音がいることへのやっかみだろうとのことである。

 

 そして五十里によって生徒会役員も「組閣」された。副会長は深雪、会計があずさ、書記がほのかだ。年度が替わった後は、ここに、風紀委員の事務を一手に引き受けている達也も加わることが予定されている。

 

 そんなある日、達也は廿楽に呼び出されて、彼の研究室を訪ねた。

 

 そこにいたのは、呼び出した廿楽と、鈴音とあずさ。話によると、発表補佐のあずさと平河のうち、平河が精神的に不調だということで、急遽彼に白羽の矢が立ったのだ。そしてある程度の問答の末、達也はそれを引き受けた。

 

「へー、すごいことだね」

 

 そんな話をアイネ・ブリーゼで聞いた幹比古は、感心し通しだった。他メンバーも、論文コンペへの理解度によって温度差はあれど感心していたし、深雪もまた、とても嬉しそうだ。

 

「そういえば、中条先輩は補佐に選ばれてたんだね。惜しいところで代表にはなれなかったけど、とりあえず良かったかな」

 

「そういえばアンタ、一緒に何やらやってたわね。中条先輩の論文が古式魔法がどうとかで」

 

「そんな感じ」

 

「ほう、じゃあ、仮に中条先輩が代表だったら、補佐は幹比古と中条だったかもな」

 

「…………それは考えなかったな」

 

 達也の何気ない指摘に、幹比古が顔を青ざめさせる。

 

 九校戦の代理選手に次いで、目立つ立ち位置になるかもしれなかったことに、今更気づいたらしい。

 

「もしそうなったとしたら、二年生が代表で一年生二人が補佐か。中々荒れそうだな」

 

 達也の中のあずさのイメージは、「穏やかな優等生のブラコン」から変わりつつある。真由美たち相手に真正面から立ち向かったあの気迫は、ただの「大人しい良い子」には出せないだろう。無難に補佐の片方は鈴音に頼んだ可能性もあるが、あずさなら、本当にいつきと幹比古を選んでもおかしくないだろう。

 

 彼女の出した論文が誰しもの想像を絶するほどの「ヤンチャ」さで教員たちの頭を悩ませていたことを知る由もない達也は、そんなことをぼんやりと考えながら、友人たちとの楽しい時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 論文コンペの準備が少しずつ本格化してきたころ。

 

 魔法師関連は何かと「トラブル」が多い。軍事的な価値が強く、また生まれながらに演算領域を持つ者しか魔法を扱えない。いわば「特別な暴力を持つマイノリティ」という極めて特殊な立ち位置だ。

 

 それゆえに、政治、思想、軍事、諜報、陰謀……ありとあらゆるきな臭いことに、魔法師は巻き込まれがちである。九校戦を取り巻くマフィアたちの陰謀が良い例だ。

 

 当然この論文コンペも、そうしたトラブルと無縁と言うわけではない。九校戦は未来の戦力が集まる場であり、論文コンペは最新魔法技術が集まる場である。これを狙って、過去何度も、子供たちが大変な目に遭っているのだ。

 

 だからといって中止にするのは魔法協会のメンツが立たないし、暴力に学問が屈したことになる。そういうわけで、半ば意地もあって、いくつかの仕組みが出来上がった。

 

 例えば、会場警備隊制度。本格的な役割はプロである警察・国防軍が担うが、すでにいっぱしの戦力である魔法科高校の精鋭たちもまた、会場およびその周辺を警備する。

 

 例えば、護衛制度。最新技術と優れた知能が一人分の体に詰まっているのが、発表者とその補佐だ。当然一番狙われやすいため、選ばれた精鋭がそれぞれ一人ずつ、警護につくことになっている。

 

 発表者である鈴音には、先代風紀委員長であり最強戦力の一角でもある摩利が。

 

 護衛が必要とは思えないが、名目上つけなければならないので、一年生最強である深雪が。

 

 そしてあずさには、現風紀委員長の花音がつくことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………で、可愛い弟くんと、愛しい妹ちゃんとデートごっこができて満足でちゅか?」

 

 

 

 

 

 

 

 花音が額に青筋を浮かべながら、ついに我慢できなくなって、渾身の皮肉をぶちかます。

 

「別にそんなつもりはございませんが」

 

「全く、不思議なことをおっしゃるものですね」

 

「えっと、その、そういうつもりでは……」

 

「まあまあ一人増えようが二人増えようが変わらないじゃないですか」

 

 そしてそれをぶつけられた側は、それぞれ四者四様の答えを返す。達也はすっとぼけて、深雪はそんな兄にべったりくっついて一緒に資料を眺めながら不思議そうに、あずさは困ったように苦笑いして、いつきは姉の両肩を通す形で後ろから両腕を回しながらお気楽そうに。

 

 最初から花音は主張し続けた。達也に護衛は必要ない。だが達也と深雪は「決まりですので」とすっとぼけて常に一緒にいて、隙あらばイチャイチャしている。

 

 そしてもっとむかつくのが、あずさといつきだ。

 

『ボクもお姉ちゃんを守るよ!』

 

 初日にいきなり現れた彼はそう胸を張って宣言して、花音という護衛がいながら、姉にくっついて回っている。あずさも特に気にせず、こうしてべったりくっついてニコニコ笑いながら仕事に取り組む始末だ。

 

「まあ、これで二人が満足してるならそれで十分ですよ。仕事の邪魔にもなりませんし」

 

「どっちも使えるやつだし、護衛が多いに越したことはないだろ?」

 

「ぐぬぬぬぬ」

 

 一番の発言権を持つ発表者・鈴音と、尊敬する先輩・摩利に諭され、花音は悔しそうに顔をゆがめて唸る。

 

「あー、じゃあもういいもん! 大大大好きなごきょうだいでどうぞごゆっくり! あたしは啓の護衛するもんねー!」

 

 そして不満が爆発した花音は、そう一方的にまくしたてると、「うわーん! 啓ー!」とわざとらしく叫びながら去っていった。

 

「あー、まあいいか」

 

 憧れの先輩・摩利が微妙に冷たいのも仕方あるまい。

 

 何せあずさと達也がそもそもそれぞれ真逆のベクトルだが強者である。それに一年生最強の二人が護衛するなら、花音は五十里を護衛している方が、全体のためになるかもしれない。

 

「あ、あの、千代田さん、大丈夫なんですかね……?」

 

 鈴音・達也・深雪・いつきは摩利並に反応が薄かったが、心優しいあずさだけは、困ったような、申し訳なさそうな、うろたえた様子で、鈴音の顔を覗き込む。

 

 

 

 

「いいんですよ。五分後には、五十里君の護衛になれた喜びで天にも昇る気持ちでしょう」

 

 

 

 

 そのぴったり五分後、「あの二人がイチャイチャして敵わないんで避難してきました」と五十里を護衛していた辰巳が現れたので、あずさも安心して仕事に取り掛かれるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学生警備隊の総隊長を務める克人は、当然自分自身で我が校から選ばれた警備隊員を訓練することもある。

 

 警備隊総勢十名。それに加えてゲストとして、モノリス・コードでの活躍で眼をつけられた幹比古といつきも呼ばれていた。

 

 学内の精鋭12人に対して、克人は一人。だが彼の圧倒的実力とプレッシャーは、12人にまとまった連携を取らせることはせず、一人、また一人と手加減された魔法によって無力化されていく。

 

 そして最後に残ったのは、ゲストであるはずのいつきと幹比古のみとなった。克人の放つ圧力に負けず、慎重に立ち回り続けた結果だ。

 

 一年生ゆえの臆病、とは誰からも見られることはないだろう。何せ先にやられていった仲間たちは、全員破れかぶれの特攻未満で返り討ちにあったにすぎない。一方二人は囮や攻撃を断続的に繰り返し、一回の特攻で散っていった他メンバーよりもはるかに克人を苦しめていた。

 

「ちょっと十文字先輩! いくらなんでも『ファランクス』は無しでしょう!?」

 

 幹比古は、攻撃をかわし、木々で視線を遮りつつ反撃を加える。だがその一瞬で繰り出された多種の攻撃は、全て紡ぎ出され続ける数多の障壁魔法によって退けられる。

 

『鉄壁』の異名を誇る十師族・十文字家の実質当主である克人の、強力無比な『ファランクス』だ。

 

「ボクたち一応テロリスト役ですけど、そんなん使われたら訓練になりませんって!」

 

 得意の移動・加速系魔法で高速移動しながら雨霰のごとく攻撃するいつきは、モノリス・コードの時以上に感情をあらわにして叫んでいる。この系統は障壁魔法の基本中の基本であり、当然すべて跳ねのけられる。

 

 圧倒的な干渉力で、多種の壁を幾重にも展開して、全ての攻撃を防ぐ。そしてこれはそのまま強力な攻撃にも転用することが可能だ。それゆえの十師族、『鉄壁』、三巨頭、学生警備隊総隊長なのだ。

 

「喜べ。お前たちを認めた証だ」

 

「「喜べません!」」

 

 二人からは強く否定され、それと同時に力のこもった攻撃が飛んでくる。一応だいぶ手加減しているつもりである表層の障壁を突破されたので慌てて新しく一段階強めの障壁を展開して対処。

 

 それを見た二人は「これも防がれるのか」と渋面を作ると、一瞬だけ互いに目を合わせ、途端に乱雑な攻撃を残して別々の方向へと走って離れていく。二人ともこの人工森林の中だというのにあっという間に距離が離れていくし、むしろ木々や藪を上手に使って隠れながら逃げている。

 

(古式魔法師と、山遊びしてきた魔法師、か)

 

 モノリス・コードの観戦中にあずさから説明されたのを思い出す。それならば、この状況で、克人が追いかけられないほどのスピードで離脱できるのも頷ける。幹比古は修行で、いつきは遊びで、山の中は慣れっこなのだ。

 

 さて、こうなるとどちらを追いかけるべきか。一瞬迷って、幹比古が逃げていった方へとゆっくり歩みを進める。

 

 恐らくここから二人は「テロリスト役」らしく山岳ゲリラを仕掛けるつもりなのだろうが、そうなると隠密性に優れる古式魔法師の方が厄介だろう。ならば「準備」を済まされる前に、優先して狙った方が良い。

 

(それにしても、素晴らしい手際だったな)

 

 とても手加減しているとはいえ、使うつもりがなかった『ファランクス』を使わされた。「喜べ」といったのは軽口ではなく本心だ。二人は克人相手だというのにしっかりと「戦い」を成立させたのである。

 

 そして正面から戦うのが無理だと悟れば、即座にゲリラ戦術に移行した。あのほんの少し目を合わせた間に、二人の中で一瞬で意思疎通ができたのだ。

 

(あれで一年生とはな)

 

 やはり、今年の一年生もまた素晴らしい。特に幹比古の成長具合は目覚ましく、すでに一科生の中でも上位の魔法力だろう。二年生になるころには、転科できるかもしれない。

 

 そんな、圧倒的強者ゆえの「余裕」から生まれた思考。

 

 普通それは、「油断」とは呼ばれない。格の違い故に、なんら悪いことの原因にならないからだ。

 

 

 

 

 

 だが、この瞬間ばかりは――――「油断」をしていたと言わざるを得ない。

 

 

 

 

 突然、ぴったり東西南北が頂点になる正方形が克人の足元を覆い、途端に大きな魔法の気配が現れる。地面に干渉する魔法と咄嗟に判断した克人は移動系の障壁魔法で展開した。

 

 その判断は正解だった。急激に地面をへこませさらに土をかぶせて埋める『土遁陥穽』だ。克人の身には土一粒すら触れることはない。

 

 しかし、それで十分だ。逃げる過程で設置した精霊による隠密性特化の『土遁陥穽』。とっさに防がれるのも想定の内。真の狙いは、克人の周囲で土を巻き起こして、視界を遮る事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途端、克人の意識が揺らぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ぐっ!?)

 

 幹比古の魔法の影響で地面は不安定。それもあって、急に起きた酷い眩暈は、足元をふらつかせるのに十分だった。強烈な意志力でかろうじて踏みとどまるが、まるで目の奥がうずくような激しい頭痛まで起こり、いよいよ膝をつく。

 

 達也が服部相手に仕掛けた『幻衝(ファントム・ブロウ)』の類かと思い、無系統魔法すらもはじき返す『ファランクス』を再度展開する。だがそれでも一向に眩暈と頭痛は収まらない。

 

(このままでは――!)

 

 体に染みついている『ファランクス』だから展開できているが、もともと演算量の大きい魔法だ。この状態ではいつまで維持できるか分からない。

 

 いったいどうやって。今までと違ってそれなりに「本気」で出しているはずなのに手加減していたこれまでと同程度のレベルでしかない今の『ファランクス』に多種多量の攻撃が加えられているのを感じながら、この眩暈と頭痛の正体を探る。

 

『ファランクス』で防げていないということは、『共鳴』などではない。外部からの魔法ではない。

 

 だとすれば――

 

 

 

 

 

 

「直接干渉する魔法だな!」

 

 

 

 

 

 

 ――克人は滲む視界だというのに正確にコードを入力し、自身の『情報強化』をさらに強める。途端に、眩暈と頭痛は収まった。まだ残滓のせいで体調は万全ではないが、これぐらいならば十分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――結果、追い詰めたかに見えたが、二人はこのまま抵抗虚しく、克人に無力化されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、精神干渉系魔法か」

 

 参加者全体での反省会が終わった後、「ゲスト参加してくれた二人とは特別な話がある」と言い訳をして、いつきと幹比古を残らせた。そこであの眩暈と頭痛の正体を問い、いつきの精神干渉系魔法であることが分かった。

 

 それならば納得だ。「そんな魔法」は流石に想定外だったため、プシオンを防ぐ壁は展開していなかったし、自身の強化もおざなりだった。そんな克人の「穴」を見破り、決められる隙を伺っていたのだろう。

 

「文句は言わないでくださいね、ボクらはテロリスト役なんですから。そもそも『ファランクス』を訓練ごときで使う方が反則ですよ?」

 

 魔法にかけられる制限は厳しい。こと精神干渉系魔法は、その性質上どのようなものでも禁忌扱いされる。あらゆる競技で固く禁止され、日常の中でも程度に差はあれどルールに縛られ、当然実戦を想定した訓練でも「それをありとする」と事前に協議が無ければ使わないのが最低限のマナーだ。

 

 だというのにいつきは当然許可なく使用し、さらにこうして後になっても悪いとは全く思っておらず、小さな体を精いっぱい反らして腰に手を当てて胸を張っている。あずさと同じ見た目でこうした姿を見るのは新鮮だ。彼女は、克人の前だと常に怯えて縮こまっている。

 

「別にそれは俺も構わない。『ファランクス』を先に使ったのもこちらだからな」

 

 それこそ別に「『ファランクス』を使わない」なんて事前の取り決めはないが、これを使ったら訓練にならないため、彼自身縛っていたし、警備隊側も言われずともそのつもりで挑んだ。

 

「ただ、あまり気軽に人前で使わないことだな」

 

「はーい」

 

 これで話は終わり。そのまま克人に背を向けていつきは歩き出し、ここに残されている間ずっとワタワタしていた幹比古は慌ててお辞儀を残していつきを追う。

 

 面白くて頼りになる素晴らしい後輩だ。あの春のブランシュ事件以来、その印象は強くなるばかり。

 

 だからこそ。

 

 彼の奔放さが心配だった。

 

 今回の精神干渉系魔法しかり、彼は目的のために手段を選ばない節がある。あずさのいう「効率主義者的な面」は、興味がある事には徹底的に打ち込みそれ以外は排除する、という傾向以外にも、このような部分でも出ている。だからこそ、ブランシュ事件に迷わず参加するし、自分が参加したい競技は譲らないし、急に会議に乗り込んで代理に参加できるし、何か琴線に触れたのか誘えばこの訓練にも迷わず参加してくれたし、ためらうことなく精神干渉系魔法を使うのだ。

 

 こんなことをしていてはいつか、どこかで痛い目を見るかもしれない。それで彼の可能性が潰れてしまうのが心配だった。

 

 今回は周到にも幹比古が土を巻き起こしたうえで行使したため、当事者三人以外には精神干渉系魔法を使ったとは気づかれていないだろう。だが、今後も上手くいくとは限らない。

 

「中条や服部が気にかけるわけだな」

 

 二人が去っていった出口をぼんやりと眺めながら、少しずれた感想を、ぽつりとつぶやいた。




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