魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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 補佐の達也とその護衛である深雪。

 

 同じく補佐のあずさと護衛役を奪ったいつき。

 

 両者は同じ立場であるはずだが、論文コンペまでの間、その平穏具合ははっきり分かれた。

 

 達也は、逆恨みめいた感情を持った平河に憎まれ、関本からは催眠ガスで攻撃され、その他大亜細亜連合が絡んだもろもろの陰謀に巻き込まれた。勾玉のレリックを渡されて保管する羽目になったのもその原因の一つだろう。そういうわけで、達也と深雪は、非常にスリリングな日々を過ごす羽目になった。

 

 一方、あずさといつきの方にはそんなことは一切起きなかった。

 

 達也がトラブルに巻き込まれた。ならこちらもより一層気をつけよう。

 

 これを繰り返しただけであり、あずさはなんら有形無形の暴力にさらされることなく、平穏無事に論文コンペを迎えたのである。

 

「司波君ってさ、トラブルに巻き込まれるタイプでしょ」

 

「信じたくない」

 

 昨日までに起こった様々な出来事によって、鋼の肉体はびくともしていないが、精神的には流石に少し疲れた。

 

 発表直前の控室、自分の作業が終わり、デモ機と向かい合って最終調整をしているあずさをぼんやり眺めていた達也は、いつきにそう話しかけられ、シンプルな言葉で心の底からの返事をした。

 

「確かにそうかもしれませんね」

 

「深雪まで……」

 

 そして同じく傍に控えていた深雪も、いつきに同調した。正直言ってこの二週間は、「波乱に満ちた」としか言いようがない。あずさたちと比べるとそれがより引き立つ。我が兄ながら、巻き込まれ体質だと言わざるを得ない。

 

 深雪が言うからには、もはや間違いなくそうなのだろう。達也は抗議しようと思ったが、言葉を途中で止めて、深い深いため息を吐き出すことで、認めたことを表わした。

 

 それを言うなら中条だって。そう反論しようと思ったが、論文コンペ抜きにしても達也の方が圧倒的に色々巻き込まれてきた。いつきもかなりのものだが、達也はもはや比べ物にならないのである。

 

「それでさー、司波君とか七草先輩とかは、なんか大亜連合のスパイみたいなのと戦ったんだよね? 今日が大本番なわけだけど、安全面は大丈夫なの?」

 

 トラブルの内容は、機密事項やプライバシーにかかわるものは秘匿しつつも、当然いつき達にも共有してきた。世界最強白兵魔法師の一人・呂剛虎が現れて、なんとか捕縛した、ということももちろん伝えた。

 

「大丈夫だと信じたいな。十文字先輩率いる警備隊もいるし、国防軍や警察や警備会社も集まって正規の警備隊も結成してるからな」

 

「たかが高校生のイベントなのに、なんて言えないよねえ」

 

 たかが子供、たかが高校生。

 

 実際その通りなのだが、魔法師となると、一般市民でありながらすでに軍属に近い存在として扱われる。魔法師の卵たちは、「未来の強力な兵器」なのだ。

 

(頼むから、これ以上何も起きてくれるなよ)

 

 なんだか叶いそうにないと自分でも思いながら、それでも、達也は内心で、全く信じていない神に祈ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あずさお姉ちゃん、すごかったよ!」

 

「ありがとう、いっくん!」

 

 発表が終わり、緊張から解き放たれたあずさは、笑顔で迎えてくれた弟に飛びつくように抱き着く。

 

 彼女自身は発表者ではないが、補佐として舞台上で重要な役割のいくつかを任されていた。また当然発表内容のそこかしこに、達也とあずさのアドバイスによってブラッシュアップされた箇所もある。そうして生み出された鈴音による素晴らしい発表は、会場に集まった知識人たちを感動させ、唸らせ、万雷の拍手を以て讃えられたのであった。

 

「……ふう、長かったような、短かったような」

 

 一番最後に舞台から袖に戻ってきた鈴音は、観客の視線から遮られるや否や、壁に身体を預けて、ズルズルと座り込んだ。その表情は相変わらず怜悧だが、緊張の残滓と解放によって、笑みと不安が綯い交ぜになっており、またスポットライトの影響もあって、玉のような汗が浮いていた。

 

「「お疲れさまでした」」

 

「……はい、お疲れさまでした」

 

 達也とあずさが声を揃え、自分たちのリーダーを讃える。鈴音も少し息を整えてから改めて立ち上がり、またいつものすまし顔に戻って、今まで助けてくれた後輩たちを讃えた。

 

 残りは後片付けのみ。もう仕事はお終いだ。

 

 先ほどまでの緊張から一転、あずさは浮かれ気分になる。今までの発表は緊張のせいで何も聞けなかったが、今からは別である。しかもこの直後は、かのカーディナル・ジョージの発表だ。楽しみで仕方ない。

 

 この後、発表者グループ三人は「お疲れ」であるということでお手伝いスタッフに残りは任せて、それぞれ思い思いの観客席に向かった。達也と深雪はいつものメンバーと、あずさといつきは二人で並んで、だ。

 

 そうして、着々と舞台上で準備が進む三高の発表を今か今かと待っていた時――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――突然、会場の外から轟音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ!? 何!?」

 

 あずさは立ち上がり、周囲を見回す。周りの人間も一斉に同じような反応をしていた。

 

「なんだろ、花火だといいんだけど」

 

 あずさの隣のいつきは落ち着いて席に座ったままそんなことを言っているが、声に実感がこもっていない。彼自身、自分が言ったことを全く信じていないのだろう。その証拠に、いつも天使の笑顔を浮かべているのに、今はそれは鳴りを潜め、鋭い目つきでホールにいくつか設置されている入り口を睨み、CADを構えている。

 

 謎の音はその一発に留まらなかった。爆発音や破裂音、何かが砕ける音。それらが立て続けに鳴り響き、そしてどんどん近づいてくる。

 

 そして、会場のざわめきがさらにヒートアップしてきたころに――各所にあるドアが、一斉に勢いよく開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それと同時に、あずさの横で、小さな影が動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあっ!」

 

 一番近い扉から駆け込んだ来た剣呑な装備の男たちは、ホールの照明が暗くされているのも相まってその姿が捉えられないほどの速度で襲い掛かってきた小さな影に、一瞬で制圧される。ある者は吹き飛ばされ、ある者は地面に押さえつけられる。そして少し遅れて、それ以外の扉から飛び込んできた者たちも、悲鳴を上げて一瞬で無力化された。

 

「で、君たちは誰? ここはお勉強の場所だけど」

 

 一斉に魔法で運ばれ、一か所に山積みにされる男たち。彼らは皆、まるで軍隊のような装備をしていて、その傍らには、おもちゃとは到底思えない本格的な色彩と威圧感を放つライフルが何丁も転がっていた。

 

「見事な手際だな」

 

 山積みの男たちと、それを成し遂げた小さな男の子・いつき。その異様な光景についていけず誰もが遠巻きに黙って見ているだけの中、達也は平然とした様子でそこに近づき、いつきを賞賛する。

 

「こいつら、今まで襲ってきた奴と同じかな?」

 

「断定はできないが、そんなことする勢力がいくつもあって欲しくはないから、そうだと願いたいところだな。テロリストだろう」

 

「やっぱりそうかあ」

 

 内容のわりにどこか呑気な雰囲気が漂う会話が為されている間に、深雪たちが達也の下に集まる。

 

「俺はちょっと考えていることがあるから、ここを離れて別行動する予定だ。お前も来るか?」

 

「いや、一旦遠慮しとくよ。あずさお姉ちゃんが心配だし……お姉ちゃん、やることあるだろうし」

 

「……まあ、それなら別にいいが」

 

 達也は何か聞き出したそうだったが、状況的にそんな余裕もないため、そう言い残して、深雪たちを伴って会場を離れていく。そして達也たちの姿が見えなくなった直後――またそこら中から、爆発音と破壊音と銃声が鳴り響き始めた。

 

 

 

 ――瞬間、理性が弾ける。

 

 

 

 人々はパニックになり、そこかしこで怒号と悲鳴が爆発した。まだ走り出したり暴れ出したりするような者はいないが時間の問題だ。高度な学問を究める場が一転、原始的な恐怖とパニックのるつぼになる。

 

(どう、なん、なんで――?)

 

 そんな中で、気弱で心優しい性格のあずさもまた、静かにパニックに陥っていた。叫んだりはしないが、ただ唖然と立ち尽くし、全身が硬直して震える。

 

 何が起きているのか分からない。

 

 ただ、この論文コンペはもはや成立せず――巨大な危険と悪意が自分たちを殺そうとしていることが、急速に実感しはじめた。

 

 怒号が、悲鳴が、破壊音が、銃声が。

 

 あずさの頭と耳を揺るがし、脳と心をかき乱す。

 

(い、いや、いやっ!)

 

 それに耐えかね、あずさはしゃがみこんで耳を塞いでうずくまる。脚は動かない。それでも、せめて心だけでも、この場から逃げ出すために、視覚と聴覚をシャットアウトする。

 

 だが、それでも不安をあおる爆音は貫通してくる。視界を遮ったがゆえに音に余計に敏感になり、それでいて何も見えない不安が襲い掛かり、そして思考も皮肉なことに明瞭になってくる。

 

 身体は震え、歯はガチガチと鳴り、激しい寒さと暑さを同時に感じ、頭からは血の気が引くと同時にカッと沸騰するような痛みもして、ギュッと閉じた目からは涙がこぼれだしてくる。

 

 

 

 

 

(だ、れ……かっ、誰かっ!)

 

 

 

 

 爆音とパニックは激しくなるばかり。それと同じように、そして真逆に、あずさもパニックが悪化し、全く自分で動けなくなる。

 

 誰か助けて。

 

 自分では何をすればよいのか分からなくなった今、彼女はただのか弱い幼子にまで戻ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――大丈夫? あずさお姉ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなあまりにも騒々しい混沌のるつぼの中で、落ち着いた声が、妙にあずさの耳に響いた。

 

 それと同時、両耳を覆っていた手に、ぬくもりが伝わる。

 

「いっくん!?」

 

 ばっ、と顔を上げる。それと同時に、目をつむっていたのと、いつの間にか明るくなっていた照明のせいで、急に景色が明るくなって一瞬ぼやけるが、すぐに誰よりも見慣れた顔に焦点が合う。自分にとてもそっくりな、可愛い弟。

 

 しゃがみこんだあずさに目線を合わせるように、いつきもしゃがんで、彼女の両手に両手を添えている。その顔には心配そうな色が浮かんでいるが、不安やパニックはない。

 

「こうなったら、まあパニックになっちゃうよね」

 

 こんな中だというのに、いつきは冷静だった。落ち着いた穏やかな声音で、あずさに語り掛ける。

 

「仕方のないことだと思うよ。ボクも少し違ったら間違いなく暴れてたし」

 

 あずさの両手の震えが収まり始めると、その小さな手を離して、そっと抱きしめてくれる。

 

 

 

 

 

 

「怖かったよね。もう大丈夫だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――う、ううっ!」

 

 全身にぬくもりが伝わる。ぽかんとしていたあずさは、それで堰が決壊し、勢いよくその胸に顔をうずめ、声を上げて泣き始めた。いつきはそれを受け入れ、ふわふわとした髪を優しくゆっくりと撫でる。

 

 今まで、何度もこうしてくれた。

 

 怖くなった時、不安だった時。いつもいつきが、あずさの拠り所になってくれる。

 

 数十秒、あずさは泣き続けた。見た目通りの、小さな女の子になって。

 

 だが、その数十秒が過ぎて、泣き声が止むと……あずさは自ら、いつきの胸から顔を離す。

 

「さ、お姉ちゃん。今度はお姉ちゃんが頑張る番だよ」

 

「――うん!」

 

 やることは、ようやく分かった。

 

 いや、実は、最初から分かっていた。

 

 周囲がパニックになってから。いや、いつきが動き出してから。さらに前だ。会場にテロリストが入ってきたときから。いや、それも違う。――初めての爆音が鳴り響いた、あの時から。

 

 この限られた空間での、いきなりの惨事。そのあとに何が起きるかと言えば、取り返しのつかない群衆の大パニックに決まっている。それは間違いなく、被害をより拡大させるだろう。多くの人間が命を落とす。

 

 

 

 

 

 

 それを止めるための手段を――――自分だけの力を、あずさは持っている。

 

 

 

 

 

 

 

 人の心に踏み込んで無理やり操作する、おぞましい、禁忌の魔法。

 

 自分だけの、自分が一番得意とする魔法は、そのようなものだった。そして得意だからこそ、その恐ろしさを一番よく分かっている。

 

 元々の性格も相まって、彼女は、その禁忌を人一倍強く守っていた。

 

 そして、今ここで、自分にしかできないこととして求められてるのは――――その禁忌を破る事だった。

 

 限られた研究室で規模を極限まで抑えて使う時ですら、緊張してしまうほど、自分で自分を縛り続けてきた。それを――今ここで、誰の許可もなく、自分の意志と責任で、破らなければいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無許可で、禁忌を破って、多くの人々を洗脳する禁忌を犯すか。

 

 自分ならば救えたのに放っておいて、多くの人々を死なせるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさが真に恐怖していたのは、自分だけに迫られていた、二者択一だった。

 

 だが、大丈夫。

 

 大好きで、可愛くて、賢くて、かっこいい、世界で一番の弟が、認めてくれたのだ。

 

 ここで動かなければ――「お姉ちゃん」の名が廃るではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時、誰しもがパニックになっていた。

 

 だがもし、小さくてひ弱でちっぽけな彼女に注目していた者がいたら、一つの幻覚を見ていたかもしれない。

 

 実際は、小学生低学年のころに撮った彼女と弟のツーショットが収められたロケットペンダントを使って、魔法を使ったに過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、彼女が作り出した、プシオンの波動――――『梓弓』の弦の音は、心の「魔」を祓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の体に不釣り合いな光の弓を天に向かって引き絞り、弦を解放する。

 

 そんな――――「魔法」めいた幻覚を見ていたのは、あずさになんとか声をかけようとしていた真由美と、その傍にいたいつきだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさの仕事はこれだけでは終わらない。

 

『梓弓』によって落ち着いた群衆に向かって真由美が方針を示している間に、発表補佐の責任として、あずさは弟と鈴音を伴って、発表者控室へと向かっていた。

 

「おや、司波君ですか。考えることは同じですね」

 

「ええ、手伝ってくださると助かります。自分は他校のものを消しておきますので」

 

 同じタイミングでそこへ現れたのは、一度離れたはずの達也たちのグループだ。何かしらの方法で状況把握して、相手の狙いが魔法技術の可能性であることに気づいて、ここに向かってきたらしい。

 

「それで、さっきの大きな魔法は?」

 

「えっと、その……」

 

「聞かないのがマナーですよ」

 

 一通り消去し終わった後、達也があずさに問いかける。おおむね分かってはいるが、あれほど大規模な効果を及ぼす精神干渉系魔法は、彼としては中々放っておけない。弟とは逆のベクトルで、「四葉」としても気になる。あずさは答えあぐねたが、それに助け舟を出したのが鈴音だった。この場の彼女自身を除いて未だ知ることではないが、鈴音もまた、精神を操る魔法に特に敏感な一人だった。

 

「そ、それで、もう仕事は終わったので、早くシェルター避難に合流しましょうよ!」

 

 達也が即座に頭を下げたものの、この非常事態だというのに仲間内で微妙に冷えてしまった空気を払うべく、あずさが声を少し張りながら提案する。こういう時は確実かつ素早い避難が重要なのだ。これは不本意にも、4月のブランシュ事件で身についた教訓である。

 

 だが、全員が微妙な顔をする。そしてそれは、弟であるいつきもまた同じだった。

 

「えーっと、あずさお姉ちゃん……多分、地下への合流は、やめた方が良いと思うよ」

 

「え、なんで?」

 

 臆病なあずさに、一見安全なシェルターに避難するべきではない、というのをどう説明したものか。達也が考え込んで答えに詰まる中、いつきが代わりに答えてくれた。

 

「まず、地下シェルターはテロリストたちも優先して狙うと思うから、今からは逆に危険かも。それにシェルター内には先に避難した人がいると思うし、その人たちは、疑心暗鬼で、扉を開けるのを渋ると思うんだ。だから入り口で立ち往生するし、そこを狙われるかもしれない」

 

 あずさの顔が真っ青になり、足から力が抜けてふらつく。即座にいつきが飛びついて受け止め、小さな体で姉を支える。

 

「そ、そんな、じゃ、じゃあ、どうすれば……」

 

 目の前が真っ暗になる。こんな「戦争」も同然の状況で、シェルターに避難するのが危険。この会場は当然最優先目標になっていて、どこかに逃げないと危険だろう。では、どこにどうやって?

 

「七草先輩、なんかありませんか?」

 

「あるにはあるわよ。七草家で地上脱出用のヘリを急ピッチで準備しているわ」

 

「おお、太っ腹!」

 

「レディに向かってそれは悪口じゃないかしら? 乗せないわよ?」

 

 いつきの歓声に、真由美が場を和ませる意味も込めて冗談半分――本気が半分という意味である――で脅かす。

 

「そ、その、へ、ヘリコプターは、ここに来てくださるんですか!?」

 

 シェルターで戦いが過ぎ去るのを待つよりも早くこの地獄から脱出できる。それも信頼できる七草先輩の家のヘリで。あずさの顔がパッと輝く。

 

「いえ、ここには来ないわ。間違いなく敵が優先して狙っているもの」

 

 真由美がそう言った直後。達也が急にCADを抜いて引き金を引く。またその直後に、今までに比べてひときわ大きい爆音が、天井から鳴り響いた。

 

「ヒッ!」

 

「落ち着いて、あずさお姉ちゃん」

 

 あずさが頭を抱えてうずくまる。そんな姉を、いつきは慌てて抱きしめ、背中を撫でて落ち着かせようとする。

 

「チョッと、今の何!?」

 

「巨大トラックが突っ込んできたから迎撃した。あと大量のミサイルが飛んできてたが……巨大な障壁魔法で防げたみたいだな」

 

 エリカの叫びに、達也が衝撃の事実を告げる。それから数十秒後、克人が軍人たちを伴って現れ、何やら達也を絡めて色々会話をしている。

 

「あずさお姉ちゃん、今の状況はこんな感じなんだ。シェルターはダメ、ここにいてもダメ。なら……戦場になってるけど、地上を移動してヘリと合流するのが一番安全だと思う」

 

「そ、そんな……」

 

 あずさはいつきに縋り付いてめそめそと泣く。今も外からは、銃声や爆発音が絶え間なく鳴り響いている。きっと分厚い壁を越えた先では、この音から伝わる情報を越えた、本物の「戦争」が広がっているのだろう。

 

 そんな中を高校生だけで突っ切って、いつ来るか分からないヘリに合流しなければならない。

 

「大丈夫、司波君や十文字先輩……なんか一番頼りになる二人が消えたけど、一応渡辺先輩や七草先輩や司波さんみたいなすごい人もいるわけだし」

 

「一応ってなんだ一応って」

 

「まああの二人に比べたら格落ちよねえ」

 

「甘んじて受け入れましょう」

 

 いつきの肩越しに怖い三人が青筋を浮かべているが、あずさはそれでも戦場の不安ばかりが気になって気づいていない。なおも覚悟が決まらず、いつきに縋り付いてグスグスと泣いている。

 

「それに…………大丈夫だよ。あずさお姉ちゃんは、どんなことがあっても、ボクが守るんだから」

 

 あーあ、始まった。

 

 周囲に呆れ果てた弛緩した空気が満ちる。特に幹比古あたりは親友と言うこともあってかなり見てきたので食傷気味だ。

 

 どうせこれであずさが言いくるめられるのだろう。

 

 誰もがそう思っていたが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――それじゃ、ダメだもんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そうはならなかった。

 

 あずさが顔を上げ、口元をキッと引き結び、大きな目からボロボロと涙を流しながら、いつきの顔を睨むように見上げる。

 

 それを見ていた誰もが、いつきすらも驚いた顔で固まる中、あずさは雪崩のように、心の内を叫ぶ。

 

「それじゃあ、またいっくんが危ないでしょ!? 私が無事だったって、いっくんが、いなきゃ、意味が――」

 

 あずさはそこで言葉を詰まらせ、再び胸に縋り付いて泣き始める。

 

「また」、という言葉にピンと来たのは、真由美と幹比古だ。真由美は直接その場にいて、幹比古は後に恥ずかしそうな二人から聞いて、それぞれ、ブランシュ事件の後の生徒会室での出来事を知っている。

 

 校内にテロリストが侵入して破壊活動をした。その最前線に、入学したての弟が突っ込んだ。それどころか、テロリストの本拠地にまで乗り込んだのだ。

 

 そんな弟の行動を聞いて、ただでさえテロリストの侵入という大事件で揺れ動いていたあずさは、酷い不安に襲われ続けていた。弟が無事に帰ってきたと報告を受けても、そして実際に弟と対面しても、それは晴れることはなかった。

 

 不安だった。

 

 いつきになんか起きていないか。怪我しなかったか。嫌な思いはしなかったか。――――死ななかったか。

 

 ずっとそばで見てきた。だから分かる。

 

 いつきは――生き急いでいるとしか、言いようがない。

 

 常に何かの目標に向かって、それ以外にはわき目も振らない。自分の身の危険すら顧みない。その証拠が、ブランシュ事件であり、先ほど彼が見せた決断力・行動力であり――――あの中学三・二年生だったころの会話だ。

 

 いつか、いつきは、自分の手が届かないところで死んでしまうのではないか。

 

 そんなどうしようもない不安が、常にあずさの中で蠢いているのだ。

 

「…………ごめん、あずさお姉ちゃん」

 

 姉の心の叫びを聞いたいつきは、しばしぽかんとしていたが、顔をゆがめ、姉を強く抱きしめる。

 

「ずっと、心配してくれてたんだね。ごめん、でも、ありがとう……」

 

 大好きな弟に包まれながら、あずさは首を縦に振る。

 

 今の自分は、弟を困らせている。その自覚はある。だがそれでも――いつきの危険が、どうしても、受け入れられない。

 

 自分が危険だから。自分が責任を負うから。そんな不安は些細なものだ。

 

 いつきが傷ついてしまう――――それだけは、どうしても、我慢できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあさ、あずさお姉ちゃん。また、約束しよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弟の突然の言葉。

 

 一瞬、あずさはその意味が分からなかったが、すぐに理解した。

 

 もう、その続きは分かっている。

 

 そう、これは彼の言う通り、「また」約束をするにすぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボクは、あずさお姉ちゃんを、何が何でも守る」

 

「私が、私が――――いっくんを、守ってあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学生の時の夜に交わした約束。4月に一度、どこまでもあずさに有利な形で、そして一番不安な形で、反故にされた約束。

 

 それが再び、今この戦場で、固く結びなおされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人を放っておいて先に行かなかった他のメンバーたちは、褒められてしかるべきであろう。




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