魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

70 / 96
9-3

 七草家の救助ヘリの集合場所は、野辺山東側の裾野からさらに北東側の沿岸だ。埋め立て地により複雑で小さな湾がいくつか形成されているが、その中でも広い湾の岸である。

 

「海沿い? ゲリラは別として、本格的な兵士は海から揚陸艦で来てるんですよね? 危なくないですか?」

 

 いざ出陣という直前に説明した真由美に、いつきが疑問を投げかける。

 

「それもそうなんだけど、あのあたりは埋め立て地で入り組んでるわよね? だから敵もあのあたりには上陸しにくいのよ。歩兵だけならボートで入り込めるけど、兵器もあるとなると小回りも利かないのでしょうね。実際に敵の陣容も薄いし。逆に最初の候補地だった野辺山のあたりとかは、山岳ゲリラがもう展開されてるとの情報もあって、少し不安なのよね」

 

「へー、なるほど」

 

 いつきの疑問にも、真由美の説明にも、この場にいる全員が納得した。こうなればもう方針は決まった。その集合場所を目指すのみである。

 

 発表者控室を出て最初に接敵した相手は、会場を制圧するべく乗り込んできていた敵兵士だ。町中に潜んでいたゲリラが蜂起した、が第一報だったはずだが、最優先目標なこともあり、装備も本格的である。

 

「敵は対魔法師用ハイパワーライフルを装備しています! 障壁魔法は効かないと思ってください!」

 

「りょーかい」

 

 真由美たちを念頭に置いた幹比古の警告に返事をしたのはいつきだ。破壊されて生まれた数多の瓦礫を魔法で操作して、的確に敵兵士の急所に当てていく。ものの数秒でプロの兵士を四人、あっという間に無力化した。

 

 他も負けていない。真由美は即座に得意のドライアイスの弾丸を放つ魔法で、深雪は冷凍魔法で、鈴音は多種の魔法で、エリカ・レオ・摩利・桐原は敵グループに飛び込んで、次々と制圧していく。そしてその制圧をサポートするのが、幹比古の古式魔法だ。仕掛けるタイミングを見計らって、まるで話し合っていたかのようにぴったりのタイミングで的に妨害魔法を仕掛け、攻撃を通しやすくする。

 

 そして幹比古と同じ役割を担っているのがほのかと雫とあずさだ。ほのかは光魔法で目くらましや幻影によって、雫は音による陽動で、あずさは多種の小さな魔法を連発して、敵を妨害する。紗耶香はまだ戦力になる場面ではないので、周辺の警戒を担当している。剣道で鍛えた警戒心と気配察知能力は、背中を任せるに足る信頼を置かれていた。

 

 このような具合に、高校生の集団でしかも半分が一年生、半数弱が二科生という状況ではあるが、その全員が猛者である。「しっかりと訓練を積んだ戦闘魔法師は非魔法師部隊の一個中隊に匹敵する」とすら言われるが、それに近い魔法師がこれだけの人数あつまっているとなれば、非魔法師には厳しいだろう。

 

 そうして会場内の制圧を終えて外に出ると、そこでも戦いが繰り広げられていた。拮抗しているかやや押されている、という程度だったが、いつき達の参戦で一気に天秤が傾き、こちらもすぐに終わる。

 

 そして進んでいくと現れたのが――直立戦車だ。巨大な杭を地面に打ち込んでいるところである。確かその真下は、避難しようとしていた地下シェルターだったはずだ。

 

「あれは止めないとまずい! 幹比古君とあずさお姉ちゃん任せた!」

 

「え、ちょ!?」

 

 巨大な振動がここまで伝わってきた。きっと地下では酷いことになっているだろう。そして追撃を許せば、さらなる惨劇が繰り広げられる。

 

 いつきが手首のCADを操作して魔法を行使する。すると高さ5メートルもある鉄の塊が急に横に吹っ飛び、もう一体の直立戦車に激突し、とてつもない音をたてながらもつれあるように倒れる。

 

 そしてそれと同時にエリカたち剣士が飛び出し、一瞬で切り刻んで、巨大兵器をあっという間に無力化した。

 

「無茶言わないでよ、もう……」

 

 幹比古の気持ちも代弁して、あずさが弟を恨めし気に睨む。

 

 あの状況では直立戦車を無力化するのが正解ではあるが、その方法は、当然地面に加わる衝撃を抑えたものでなければならない。いつきの方法は効率的だが、衝撃を抑えるという上では、今頃地下で奮闘しているであろう花音の『地雷原』と並んで、これ以上ないほどに不適切である。

 

 そんな大事故の可能性を抑え込んだのが、幹比古とあずさだ。いつきの意図を察して、即座に地面の衝撃を和らがれるありとあらゆる魔法を使った。少し遅れて察知した深雪・雫・ほのかの振動系を得意とする三人も協力した。これによって、巨大兵器の高速衝突による衝撃は、ほぼゼロとなったのである。

 

「いつき君って、前々から思ってたけど、見た目に反して結構パワーファイターよね」

 

「ええ、しかもやることがえげつないです」

 

 やることがなかった真由美と鈴音が声を潜めながら、可愛い顔してとんでもないことをしてのけたいつきに、改めて「とんでもない奴」の評価を下す。

 

 今までも相当我儘だったが、これは花音やエリカ並のじゃじゃ馬である可能性がある。そもそもテロリストが侵入してきた瞬間に一人で全て無力化したあたり、かなり早い段階でこんな状況になると予想していたのかもしれない。そして真由美らの許可もなく、あずさに『梓弓』を使わせたのもそうだ。行動は全て効率的で正しいが、普通の人間なら躊躇するような障壁を、なんら気にしない。ある意味で「狂っている」とすら言えるだろう。姉とは大違いだ。

 

「く、こいつら、全然しゃべらないな」

 

 倒れた直立戦車を切り刻んで無力化した剣士たちは、操縦者を引きずり出して捕縛し、尋問にかけた。エリカの血の気が多いのもあって、小突く程度ではあるが暴力も振るう半ば拷問めいたものだったし、摩利の香水自白剤も使ったが、頑として吐かない。そこらのゲリラと違ってあの兵器を任されるだけはあるようだ。

 

「どうする、あずさお姉ちゃん?」

 

「えっと、そうは言ってられないかもだけど…………あまり良くない、かな?」

 

「私も中条さんに賛成です」

 

 その横では、いつきがまたも不穏なことを言っている。もう『梓弓』を公開してしまった以上、このメンバー相手に隠す意味もないということだろう。つまりは「精神干渉系魔法で無理やり聞き出すか」ということだ。心優しいあずさと、強い倫理観と鋭い見通しを持つ鈴音が、それぞれそれを否定した。確かに有効だろうが、あずさやいつきが禁忌を犯すほどの情報を、この操縦者が持っているとは思えなかった。

 

 これと似たような会話――摩利が拷問しようとした――もすぐそばで繰り広げられたが、結局このまま適当に近くにいた警察に引き渡して、さっさと集合場所を目指すことにした。幹比古たちの魔法によって地下に死者が一人も出なかったことが、皮肉にも操縦者たちにプラスに働いたのだろう。

 

 その後の戦いも危なげなかった。

 

 正規軍に比べたら練度は低いだろうが、相手はこれでもこの戦場で暴れている以上、「プロ」であろう。またその武装も本格的であり、直立戦車のような巨大兵器こそ数は少ないが、装甲車や戦車のような大型兵器は揃っている。

 

 だというのに、いつき達一行の進行は止まらない。それぞれに不得手こそあれど、全員がすでに得意分野の面では戦闘魔法師として上位の実力を持っている。相手兵士は武装こそ優れているが魔法師の数が少ないこともあって、学生魔法師相手すら、なすすべなくなってしまうのだ。

 

 

 

 

 

 では――本格的な魔法を用いた兵士たちならば?

 

 

 

 

 

「――来た!」

 

 戦闘にはサポート程度しか参加せず、古式魔法師として敵魔法師の正体を掴もうとしたり、遠方や死角の警戒を担当していた幹比古が、閉じていた目を開いて叫ぶ。

 

 遠方に飛ばしていた探知の糸に、巨大な気配が引っかかった。それからすぐに高速でこちらに襲い掛かってきたのは、先ほどと同じ直立戦車でありながら――やたらとフレキシブルかつシームレス、つまり「動物的」に滑らかに動くものだった。

 

「いよいよ巨大ロボットね!」

 

「訳分かんねえなもう!」

 

 エリカとレオが混乱を言葉にして叫びながら飛び出す。人間的な動きをする人型巨大ロボットは、130年前からアニメなどで有名だが、いまだ実現のめどはたっていない。それが、研究室や実験ではなく、「実戦」で投入されていることに、疑問を覚えるのは無理のないことだった。

 

 二人の反応速度は素晴らしく、またその移動速度も卓越していた。

 

 だが、二人よりも速く動いた者が一人いる。

 

「あとは任せたよいっくん!」

 

「ありがとう、あずさお姉ちゃん!」

 

 あずさが叫ぶ。その視線の先には、エリカやレオよりいつの間にかだいぶ先行している小さな男の子・いつきの背中がある。

 

 迫りくるいつき達に反応して、巨大ロボットが、上半身をグリンッと動かし、その両手に構えた悍ましい兵器を振り上げ「ようとする」。だがほんの少し上に動き出しただけで不自然に静止してしまった。

 

 当然、不思議なその動きはただの隙となる。いつきはその巨大ロボットが構えようとしていた兵器に移動系魔法をかけて無理やり動かし、ロボットの胴体にぶち当てて「自爆」させる。その巨体に見合った装甲を誇るが、同じく巨体相応の兵器で攻撃を食らえば、当然ただでは済まない。

 

 しかも、ぐらついてバランスを崩したところで、もう片方の兵器も無理やり動かして攻撃する。人間的な動きをする巨大ロボットは、自分を殴り続ける、奇妙な姿をさらす羽目になった。

 

「えげつないわねー」

 

「やろうと思えば、あれ、オレたちの体でもやられるんだよな……」

 

 もはや放っておいても機能停止になりそうなロボットに多少同情しながら、エリカは何トンものギロチンに匹敵する斬撃を、レオは「世界一の切れ味」を誇る刃を、同時に振り下ろす。これがトドメとなって、巨大ロボットは完全に沈黙した。

 

「未知の魔法技術を用いた先端巨大兵器が、武器しか持たない高校一年生三人に成すすべなく鎮圧された……フェイクニュースかなんかですかね?」

 

「末恐ろしいことですね」

 

 その様子をただ見ているだけだった鈴音と桐原は戦慄する。果たして自分たちが一年生だったころ、あれだけのことができただろうか。

 

「う、うう……」

 

「おい、大丈夫か?」

 

 そしてそんな戦闘の様子を見て、仲間だというのに心の深い傷が開いた者もいる。紗耶香は脚の力が抜けてフラフラとへたり込み、頭を抱え始めた。恋人である桐原は、すぐに駆け寄って抱き寄せる。

 

「……中条弟か?」

 

「は、はい……」

 

 気づかわし気な摩利の問いに、紗耶香は弱弱しくうなずく。

 

 4月のブランシュ事件。校内侵入チームという精鋭グループとして最前線でテロリストに協力した紗耶香は、最前線で暴れまわったいつきと交戦した。その戦いは一方的そのもので、戦闘時間は5分にも満たず、いつきは傷一つつかないで、紗耶香は剣士の命である手がぐちゃぐちゃになる複雑骨折を筆頭に、手ひどく叩きのめされた。

 

 自分が悪いことは分かっている。それでもあの初対面以来、いつきがトラウマになってしまったのだ。この「戦争」からの脱出劇で、一番働いているのも彼である。その姿を見て、フラッシュバックしてしまったのだ。

 

「えっと……大丈夫ですか?」

 

 あずさが眉をハの字にして、困惑と悲しみが混ざった表情で、紗耶香に声をかける。いつきと瓜二つな彼女だが、不思議とあずさを見てもいつきのことはフラッシュバックしない。性格があまりにも違うので、立ち居振る舞いや表情や放つオーラが、だいぶ違うからだろう。

 

「こんなタイミングで、こんなこと聞くのも厄介なのは分かってるんだけどよ……中条弟、あそこまでやらなくてもよかったんじゃねえか、って、今でも思っちまうんだ」

 

「だ、大丈夫……わ、私が悪いんだから……」

 

「今は非常事態だ。連携を乱すような言動と思考は慎め」

 

 そんなあずさに、桐原は渋面を浮かべながら、つい、いつきを攻め立てる言葉を並べてしまう。紗耶香と摩利がそれを止めようとしたことで、冷静になって「わりい」と顔を逸らし黙り込んでしまったが、そのせいで余計に、気まずい空気になった。

 

「あー、そのことですが」

 

 一足先に巨大ロボットの調査から戻ってきた幹比古が、ちょうどよく話題に合流してきた。彼もまた、あの時いつきに協力していた当事者である。そしてその表情は、どちらかと言えば、紗耶香に同情的だった。

 

「僕も、あそこまでやらなくても、って思って、後から聞いたんですよ。で、その時の答え、タイミングとして良いかはわかりませんが、いま伝えておきます」

 

 古式魔法師は現代魔法師以上に「性格が悪い」傾向があるが、幹比古はやはり人の好い性格で、どうにもはっきりしない様子だ。あの時いつきに協力した親友であり「正義」の側でありながら、一方で紗耶香に気を遣っているし、いつきの過剰攻撃には思うことがあったのかもしれない。

 

「一つ。『あずさお姉ちゃんを怖がらせた奴に、基本容赦は無用でしょ』だそうです」

 

「も、もう、いっくんったら」

 

「ここでその反応できます?」

 

 いつきがそんなことを言っていたと知り、あずさが顔を赤らめて照れる。この状況でそんな反応をするあずさに、鈴音が心の底からヒいてしまった。

 

「二つ。これはよく聞いてほしいんですけど……『いくらボクが強いと言っても、壬生先輩相手に手加減したら負けるかもしれないじゃん。あっちが強すぎるのが悪いの』、だそうです。まあ……プラスにとらえれば、少しは気が楽になると思いますよ?」

 

 幹比古から伝えられた言葉に、紗耶香と桐原は目を丸くする。その言葉をどうとらえるか考えあぐねているうちに、いつき達が戻ってきた。

 

「あれ、どうしたんですか?」

 

「あ、いや、大丈夫だよ、エリカちゃん」

 

 へたり込んでいる紗耶香の傍に桐原がしゃがんでいる。何かあったとしか思えないだろう。エリカが心配そうに問いかけてきた。

 

 それで呆然とした状態から戻った紗耶香は、慌てて立ち上がり、元気であることを示すために、大げさなポーズをとって見せる。彼女らしくないその行動はおそらく今後エリカからからかいの種にされるだろうが、いつの間にか紗耶香の顔色は戻っており、もう心配なさそうに見えるのは確かだった。

 

 そしていつきも戻ってきたということで、先ほどまでの話を完全に打ち切るべく、話を聞いていたあずさたちは、それぞれ別の話に無理やり持っていく。特に、幹比古が、敵が大陸系魔法師であるとほぼ断定した、というのは大きかった。

 

 そしてこのグループとは別、深雪、雫、ほのか、真由美、寿和のチームもまた、人間らしい動きをする直立戦車を仕留めていたという連絡も入ってくる。この巨大最新兵器が一体ではなく、複数体いる。もはやこれは、本格的な侵略戦争以外の何物でもないことが、改めて実感させられた。

 

 そうして、鈴音や真由美やあずさや幹比古といったこのグループの「頭脳」が会議をしている中。

 

 休憩を兼ねて、身を隠せる場所で一旦とどまっていた他のメンバーは、思い思いの休息をとっていた。

 

「ねえ、中条君」

 

「んー、なあ……なんですか?」

 

 そんな中、紗耶香は、どこかまだぎこちないながらも、穏やかな笑みを浮かべて、地面に座って壁に身体を預けてぼんやりしていたいつきに、かがんで目線を合わせて話しかける。いつきは一瞬「なあに?」と言いかけ、相手が先輩であると気づいて、何事もなかったかのように敬語に切り替える。

 

「……ひとつ、謝らなきゃいけないことがあってさ」

 

「なんかありましたっけ?」

 

 嫌味や謙遜や誤魔化しではなく、本当に何があったか分からなさそうな様子だ。きっと、彼にとって、「あの時」のことは、「あの瞬間」こそ重要だったろうが、もう過ぎ去った「どうでもいいこと」なのだろう。

 

 それでも、けじめはつけなければならない。

 

「4月にさ、私、自分勝手なコンプレックスと逆恨みで、テロリストに協力なんかしちゃって……中条君も、傷つけようとしちゃったから」

 

「あー、ありましたね、そんなこと」

 

 いつきはようやく合点がいったようだ。そしてそれを思い出したからと言って、少なくとも表面上は、紗耶香への何かしらの悪感情がぶり返してきている様子もない。

 

「だから……ごめんなさい。中条君たちを傷つけようとして、お姉さんの中条さんにも怖い思いをさせて、迷惑もかけて……」

 

 目線を合わせてかがんでいたのから一転、背筋を伸ばすやいなや、すぐに、深々と腰を折って頭を下げる。

 

 背中に視線が集まってくるのを感じる。恋人の桐原と、気にかけてくれた摩利と、いつの間にか会議から戻ってきていたあずさと真由美。その視線のどれもが、痛さを感じない、気づかわし気で優し気で心配している雰囲気だ。

 

 ああ、こんなにも思ってくれている人たちに、迷惑をかけてしまった。改めて、自分の過ちに気づく。

 

 

 

 ――この謝罪は、やり残していたものの一つだ。

 

 

 

 律義な彼女は、しっかりと周囲への謝罪も済ませている。会長の真由美や風紀委員の摩利、世話になった達也や桐原やエリカたちなど。当然その中には、あずさも含まれている。

 

 だが、ただ一人――いつきにだけは、まだ頭を下げていなかった。苦手意識と、ふつふつとおこがましくも湧き上がる「そこまでしなくても」という鬱屈した思いと、トラウマ。それが、彼と接触することを避けさせていた。

 

「………………まあ、別にいいですけど……今それ言います?」

 

「あ、あはは、だ、だよねー……」

 

 そして返ってきた言葉は、困惑。確かに、こんな時にするものではない。その自覚は誰よりもあるので、紗耶香も顔を赤らめて笑って誤魔化すほかない。

 

 ただ、今この場でけじめをつけておかなければならないのは、彼女の中では決定事項だ。ここから先も彼は最前線で戦うだろう。自分は彼に守られる立場だ。ここで謝らなければ、あまりにも、いつきに対して申し訳ない。

 

 紗耶香はそうして照れ笑いを浮かべたまま頭を上げ、いつきの隣にゆっくりと腰を下ろす。彼は困惑こそしたが――こんな自分を、許してくれた。

 

 いつの間にか、彼への苦手意識やトラウマは、もうない。これほど近くにいても、恐怖や悲しみや怒りを感じなくなった。

 

「ねえ、あの時の私さ、強かった?」

 

「本気出さないとかなり危なかったですよ。アジトにいた主戦力連中よりもはるかに厄介です。幹比古君もあの時はスランプだったし。まあ、九校戦でいっぱい成長した今なら負ける気しませんけどね!」

 

「あはは、まあ、それもそうかあ」

 

 ――この評価はつまり、いつきもまた、自分のことを認めてくれていた一人と言うことなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「数多すぎ! 七草先輩! ガセ情報掴まされたんじゃないんですか!?」

 

「安心なさい! 集合地点付近は先遣隊によると未だ敵は少ないわよ! もう少しの辛抱!」

 

 休憩を終えて、また戦場へと駆け出す。集合場所まであと半分ほどの距離だが、ここに来て、主戦場の一つとぶつかってしまった。

 

 人間的な動きをするものこそいないがそこかしこで立体戦車が暴れまわり、重厚な装甲車が進軍し、人に向けるには過剰威力すぎる戦車が砲火を放つ。ゲリラたちは装備の質も本人の質も有象無象だが、今ここにいる相手の大部分を成す主力と思われる敵兵は練度も高く、その数もあって、かなりの脅威であった。

 

 魔法による高速機動で飛び回って広い範囲をカバーするいつきが、不満げに叫ぶ。そしてたまたま傍にいた真由美も、ドライアイスの弾丸で敵を窒息気絶させながら、つられて叫ぶように反論した。

 

 いつき達一行は当然強大な戦力だが、こうなってくると相手からの反撃にも追いつけないこともある。

 

「いっくん危ない!」

 

 物陰に隠れていた敵魔法師が、炎をまとう虎の式神を一瞬で生成して放つ。背後から放たれたそれを、いつきは躱しきることができない。彼得意の対物障壁も、実体を持たないこの式神には意味がない。

 

 そんないつきを見守りサポートしていたあずさが叫びながら動き出す。明確な「押しのける」意志を以て放たれた強いプシオンの波動が、実体を持たない式神を吹き飛ばした。

 

「ありがとうお姉ちゃん!」

 

 いつきは助けてくれた姉にお礼を言いながら、逃げ出そうとするその魔法師に反撃を加える。プシオンで作り出した針を、その魔法師の「魂」とも言える精神体に突き刺し、さらに魔法を重ねる。

 

「うわあああ!!!」

 

 するとその魔法師は突然、恐怖にかられた叫び声をあげて、そのまま失神した。そしてそれと同時に、あずさも同じ方法で深雪の背後から襲い掛かろうとした敵兵士を二人失神させる。

 

「なっ、今のは!?」

 

「説明は後です! ごめんなさい!」

 

 助けてもらったというのに、深雪の顔には驚愕が浮かんでいる。こうなることが分かっていたあずさは、今は流石に非常事態と言うことで、説明を後回しにさせてもらいながら、今度は幹比古と戦っている相手に妨害を仕掛けて援護を始めた。

 

 なるべく隠しておきたかったが、仕方のないことだ。

 

 精神干渉系魔法は、効果の弱い子供の遊びみたいなものでも強く禁止されるし、当然、『梓弓』のような不特定多数を洗脳するようなものは厳しく制限される。

 

 そして『梓弓』は多数を洗脳するとはいえトランス状態にとどまるのに対し、今使っているものは、大勢に効果を及ぼすわけではないが、明確に「人を傷つける」魔法だ。性質こそ違えど、「人を傷つける精神干渉系魔法」というのは、『梓弓』に近い忌避感を抱かれることもあるだろう。

 

 だが、今は非常事態である。「一番得意な魔法」を隠したままではいられない。

 

 ――この魔法は、中学生のころに、いつきから教わった魔法だ。

 

 いつの間にか彼は、知的好奇心からの研究が、「戦うため」の準備に変わっていた。当時の認識で言う「お化け」――今はパラサイトという分類を知った、未知の存在との戦い。実際にあるかどうかすらも分からないそれのために、いつきは、「害を成す精神干渉系魔法」を開発していたのだ。

 

 プシオンで作った針をパラサイトに突き刺し、本能的な恐怖心を増大させる魔法を使う。これによって、恐怖による強いショック症状を起こさせる。対パラサイトを想定した魔法ではあるが、こうして人間にも有効に作用する。

 

「いっくん、出力は低めにね!」

 

「分かってるって!」

 

 いつきもまた、移動・加速系のみならず、この魔法を使用して敵を無力化していく。強いショックによる失神は、倒れ方や状況次第ではあるが、物理的な攻撃を加えるのに比べて、「確実な無力化」と「確実な不殺」を可能とする。

 

 そして逆に言えば――出力を強めれば、いともたやすく「ショック死」させることもできるだろう。

 

 いくら戦場とはいえ、その罪を弟に背負わせるわけにはいかない。そして弟が悲しまないためにも、彼女自身も背負うわけにもいかない。

 

 この非常事態だ。殺してしまっても許されるのが普通である。実際、エリカ・レオ・桐原のような威力の強い攻撃が主体の剣士たちは、すでに何人か殺めているが、気にしている様子はないし、真由美も全く気にしていない。

 

 だが、この魔法は別だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「精神干渉系魔法が得意な」「子供が」「自分で開発した精神干渉系魔法で」「人を殺した」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これだけの要素が重なれば、この後、一体どう扱われるだろうか。いつきの身に何が起きるのか、あずさの身に何か起きた時にいつきがどう思うのか。想像するだけで恐ろしい。

 

 非常事態なので得意な魔法は解禁する。だけど不殺。

 

 これが、あずさの強い意向で二人で定めた、この戦場での方針であった。

 

 きっと、深雪は、今頃あずさといつきに恐怖心を抱いているかもしれない。心穏やかでないのは確かだ。

 

 だけど、どうかこの場は、許してほしい。

 

 そう心の中で強く謝罪しながら、あずさは、弟のために、戦場で気を張って、戦い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そんな、あの魔法は!?)

 

 あずさの予想通り、深雪はその魔法が連発されているのを見て、内心で酷く取り乱していた。

 

 しかしながら、理由は全くの見当外れだ。人がコールドスリープになる程の冷凍魔法をぶっ放し、さらに人間を冒涜的な肉の彫像に変える悍ましい精神干渉系魔法の使い手である深雪だ。「この程度」はどうってことない。

 

 だが、その魔法の中身が問題だった。

 

 この魔法の存在を人に見せるのはここが初めてだ。両親にすら伝えておらず、知っているのは、あるかどうかも分からないパラサイトとの戦いの準備に協力してくれている幹比古のみ。

 

 しかし深雪は、この魔法を「知っている」。

 

 

 

 

 

 

 針を突き刺し、恐怖心を増幅させて強いショックを与える――――これは、日本最凶の一族・四葉家でも最強の実行部隊である黒羽家が使う秘術『毒蜂』だ。

 

 

 

 

 

 

 精神干渉系魔法にしては珍しく、比較的誰でも使える汎用的な魔法だ。体に残る痕跡は針を突き刺した小さな傷跡のみであり、その死因は後から見たら心臓発作にしか見えない、「暗殺」にこれ以上ないほど優れた魔法である。

 

 なぜこの魔法を、中条君と中条先輩が?

 

 深雪は、あずさが想像しているのとは全く違う意味で、酷く混乱していた。

 

 だがそれでも、その魔法は淀むことがない。ほとんどその場から動かず静謐なたたずまいだというのに、高速で駆けまわるいつき以上の範囲を、深雪の魔法が覆い、戦場を支配する。

 

(事が全部終わったら――とりあえず、お兄様にすぐご相談しなくては!)

 

 この戦場以上の緊急事態だ。本来なら本家に直接相談するレベルである。だが、本家は何をしでかすか分からない。罪のない二人が傷つけられるのみならず、殺されることすらあるだろう。だからこそ――二人のためにも、頼りになる兄へと、早く相談しなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場を駆け抜け、いつき達はついに集合場所についた。降下地点の確保のために七草家の手勢がすでにそこにおり、また地下シェルターに逃げ損ねた一般人も集まっている。

 

「来るのは大型ヘリです。これだけの人数なら……三台分ぐらいで余裕だから、乗りそびれるなんてことはないから、安心してください」

 

 情報通り、この辺りは不気味なほどに静かだ。戦火から解放され、みな一様に安堵の表情を浮かべている。そして、わずかに残った不安も、真由美が全体に向けた力強い言葉で解消され、ついに人々に笑顔が浮かび始めた。

 

「よかったねえ、いっくん」

 

「ほんと、疲れちゃった。あずさお姉ちゃんは怪我はない?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 疲労の色も濃いが、あずさの顔に、ついに穏やかな笑みが現れた。心優しく穏やかで気弱な彼女だ。この地獄は、下手すれば一般人も含めて、ここにいる誰よりも辛かっただろう。それでも、弟を守るために、ここまで頑張ってきた。

 

 周囲を警戒しつつもしばらく待っていると、一つ目のヘリがようやく到着した。大量の蝗の軍勢が空を覆い尽くす妨害もあって一時はパニックにもなったが、突然現れた謎の魔法師がそれを消しとばし、さらに最新装備に身を包んだ国防軍がヘリの護衛もしてくれることになった。

 

 一つ目のヘリには、一般人の多くが乗り込んだ。

 

「みんなごめんなさいね。あと少しで次が来るから」

 

 いつき達は子供とはいえ、魔法師であり、ここまで「戦ってきた」人間だ。扱いはもはや子供ではなく、「戦える人間」である。それゆえに、救助の優先順位は低い。先に一般人たちが乗り込み、「戦える」いつき達は、後回しにされた。

 

 そして二つ目のヘリに乗り込めるかと思いきや、そちらはやや小型だ。どうやら、敵の目的が魔法協会支部である可能性に行きつき、真由美を代表としたメンバーがそちらに乗り込んで、ベイヒルズタワーへと向かうらしい。

 

「あーちゃんたちも来る?」

 

「勘弁してくださいよ! ボクらはさっさとずらかります」

 

 真由美の問いかけに、あずさは強く首を振って否定し、いつきも大声で拒否した。いつきはともかく、あずさは実際に精神的に限界だ。

 

 エリカ、レオ、桐原、紗耶香、摩利、深雪といった、まだまだ戦える、または負う責任が大きい立場の生徒は真由美に同行することになった。一方で、いつき、あずさ、ほのか、雫、美月のような、ほぼ一般人または好戦的ではない性格のメンバーはここに残り、最後のヘリを待つ。幹比古はまだ戦えるが、念のためここに残り、いつき達の護衛を務め、一緒に避難することになった。

 

「ふう、やっと、って感じだね」

 

「全くだよ。お父さんとお母さん、心配してるなあ」

 

 幹比古はまだ戦えるとはいえ、エリカたちに比べたら穏やかな性格だ。やはり突然の「戦争」は堪えたみたいで、かなり疲れている。いつきもまた同じで、疲れもあってすっかり気を抜いて、携帯端末をいじくりまわしてきた。相手の破壊工作で電波がイマイチだが何とかつながり、鬼のように届いていた安否確認のメッセージに返信をしている。

 

 そうして待っている間に、ついに三つ目のヘリが来た。

 

「あ、来たよ! ここ、ここでーす!」

 

 あずさが真っ先に見つけて指さし、小さな体を目いっぱいに広げて、笑顔で手を振る。見た目通りではあるが、静かな方である彼女にしては珍しく、かなりはしゃいでいる。それだけ、この戦場から解放されるのが嬉しいのだろう。いつきとほのかと幹比古も同じく解放感からか一緒になってはしゃいで手を振っているし、物静かな雫も、彼女にしては珍しく、明るい笑みが浮かんでいた。

 

 ヘリの運転手も、こちらを安心させるためか、満面の笑みを浮かべて手を振り返してくれる。それを見てあずさたちは、さらに千切れんばかりに手を強く振り返して歓迎し――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――突然周囲に爆音が鳴り響くと同時に、そのヘリが突然吹き飛ばされて、大破した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 あずさといつきとほのかは、突然の信じられない光景に、唖然とバラバラに破壊されたヘリが「あった場所」を見上げて固まっている。

 

「危ない!」

 

「早く!」

 

 だが、危機感の強い幹比古と雫は、いち早く動き出した。固まってしまった三人を物陰へと引っ張り込む。直後、三人が立っていた地面のコンクリートが轟音とともに破壊される。

 

「な、なん、な、何?」

 

「落ち着くんだいつき! 落ち着け!」

 

 パニックで眼をぐるぐるさせて口をパクパクさせてるいつきに、幹比古が強めにビンタをする。慌てていたので加減も出来ていなかったし、焦っていたので往復で二発目もやってしまった。

 

「に、二度もぶった! お父さんにもぶたれたことないのに!」

 

「じゃあせっかくだし、無事に帰っていくらでもぶってもらえ!」

 

 思考停止していたいつきも、なんとかいつもの調子にもどった。自分でも状況が呑み込めていない幹比古は、訳も分からず魔法を乱打して未知の危機を退けようとする。だがそれは効果がなく、隠れていた障害物が破壊される。雫はほのかを引っ張り、幹比古は美月を抱いて、いつきは未だ固まっているあずさを抱えて、一瞬でその場を逃げ出す。先ほどまでいた場所は、跡形もなく破壊されていた。

 

「あずさお姉ちゃん! あずさお姉ちゃん!」

 

「い、あ、な、なに? なに、が、あ?」

 

「くっ、ごめんねお姉ちゃん!」

 

 茫然自失とするあずさに必死に声をかけるが届かない。いつきは歯噛みしながらあずさの胸に手の平を当て、魔法を使う。すると、あずさの体が一瞬強くビクッと跳ねて――その焦点が合わなかった目に、正気の光が宿る。

 

 効果としては『梓弓』と真逆であり、近くもある。何かしらの原因で思考が停止した対象を正気に戻す、メジャーな精神干渉系魔法だ。呆然とした状態から引き戻すという点は『梓弓』と真逆で、一方でパニックにも効くという点では『梓弓』にそっくり。

 

 そんな魔法を受けて思考が戻ったあずさは、未だ状況が呑み込めていないながらも、半ば本能的に自分で動いて避難できるようになった。

 

「救助用のヘリが吹っ飛ばされた! 海から攻撃を飛ばしてきてるんだ!」

 

「海から!? 入り組んでて、こんな威力をぶっ放せるほどの兵器が入り込めないんじゃなかったの!?」

 

「知らないよ! 現に見ちゃったんだから!」

 

 一番状況を把握できていたのは、こうした危機的状況でも生き残れるように鍛えられてきた幹比古だった。いつきの反論は論理的ではあるが、しかしながら、実際に今、そのあり得ないことが起こっている。

 

「映像映します!」

 

 雫によって正気に戻ったほのかが、光の反射を操作して完全に身を隠しながらも敵を視覚で捉え、その姿を幻影魔法で目の前に浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海にいつの間にか現れていたのは、巨大な機械モンスターだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう表現するしかない。

 

 見上げるほどの巨体は全てが武骨な鋼鉄で出来ている。その体は山形で、海坊主のような印象を抱かせることもあろう。しかしながら、全くそうは見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何せ――――機械で出来た触手を六本、その体から生やしてうねらせている。

 

 

 

 

 

 

 その触手の先端は攻撃の時に開き、中から銃口が現れ、圧縮された水を超高速で放つ。あのとてつもない破壊の正体はこれだ。海水をくみ上げて利用しているのだろう。つまり、海に浮かぶあのロボットにとって、あのコンクリートを容易く吹き飛ばす攻撃の「弾薬」は、無限にあるということである。

 

「そうか、そういうことか!」

 

 その幻影魔法で作られた姿を見ながら、いつきが歯噛みする。

 

「ボクたちは誘い込まれていたんだ! このあたりに敵が少なかったのは、あれが待ち構えるここに誘導するためだよ! 多分小回りの利く小型潜水艦で少しずつあれの部品を運んで、水中で組み立てていたんだ!」

 

 破壊音と怒号と悲鳴が飛び交う。いつきたち以外にも、一つ目のヘリに乗り切れなかった一般人も十数人いた。彼らが逃げ惑う声だ。訓練を積んでいるわけでもなければ魔法を使えるわけでもない彼らは、果たして逃げ切れるのだろうか。いや、そんな心配をしている余裕すらない。今は自分たちの身すら怪しい。

 

 そんな、先ほどまでとは比べ物にならない地獄の中で、いつきは吐き出すように、頭の中で組みあがった推理を叫ぶ。

 

「一つ目のヘリには組み立てるのが間に合わなかったけど、三つ目には間に合った! ここにまんまと集まったボクらを、あれで皆殺しにするつもりだ!」

 

 いつきはそう叫びながら、精神干渉系魔法をそのロボットに行使する。中にパイロットがいれば、これで洗脳され、動きを止めるはずだ。しかしながら、なんら変化はなく、激しい破壊をまき散らし続ける。

 

「遠隔操作だって!?」

 

 幹比古は目を見開く。あの触手の動きは、機械に出せるものではない。あの激しい動きをした巨大ロボットと同じく、魔法的な操作も行われているだろう。だがそれは、中に魔法師パイロットがいてようやく成り立つものだ。だが、いつきの魔法が効いていないとなると――中にパイロットはおらず、完全遠隔操作と言うことになる。

 

「に、逃げましょうよ! う、海から離れれば……」

 

「ダメ。このあたりは開けているから、障害物で隠れきることはできないです」

 

 あずさの言葉に、雫が顔を青くしながら首を振る。

 

 大型ヘリが降りるために、ある程度開けた場所を選ぶ必要があった。そしてここは埋め立て地の海岸沿いと言うことで、海が眺められる景観のためにも、建物は少ない。これも含めて、敵の計画通りと言うことだ。

 

 今自分たちがこうして話していられるのは、その数少ない障害物に守られているからだ。それにあのロボットが、逃げ遅れた人々を狙うのに夢中になっているから、というのもある。彼らを身代わりに、束の間の命を繋いでいるに過ぎない。

 

 つまりあと少しすれば――障害物を片っ端から壊され、自分たちがあぶり出され、超高速のウォーターガンであのヘリのようにバラバラに「破壊」される。

 

 逃げるのは不可能。ここで救助を待つのもダメ。

 

 ならば、どうするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ――――ここで、あれを倒すしかないね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 震えた声で、いつきが、言いたくなかった結論を絞り出す。

 

 そう、残された道は、もはやこれしかない。

 

 無限の弾丸で破壊をまき散らす巨大な鉄の塊相手に、障害物が少ないここで、このメンバーで打ち勝つしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベイヒルズタワー周辺でほぼ同時に始まった、世界最高峰の白兵魔法師・呂との戦い。

 

 それと同等か、ともすればそれ以上に厳しい戦いに、いつき達は、身を投じざるを得なくなった。




ご感想、誤字報告等、お気軽にどうぞ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。