魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

72 / 96
10ー2

 数少ない障害物に隠れていられる時間は少ない。こうしている間にも、周囲に犠牲は増え続けている。

 

 いつきは酷いパニックになっていたが、一度落ち着いてからは冷静だった。自分勝手気味な性格がここでは良い方向に働き、断言口調で一方的に伝えられた作戦は、どうしてよいかわからないあずさたちの、ひとまずの道しるべになる。

 

「光井さんに命預けるからね! 死んだら祟るよ!」

 

「怖いのは苦手なんだからやめてください!」

 

 いつきが単身飛び出すと同時、ほのかは全力で大量の幻影をばら撒く。いつきにそっくりなダミーが二つ、あらかじめおとり用に登録しておいた誰でもない一般人を三つ、そしていつき本人を隠すさりげない影。

 

 これによってまんまとタコのようなロボット――いつきによって暫定的に「ヘキサ」と名付けられた――はダミーに向かって放水する。その間に、いつきが周囲の手ごろな瓦礫を魔法でぶつけつつ高速で駆けまわった。魔法の気配を察知してある程度いつきの方向を狙うこともあったが、やはりダミーのせいで定まらない。いつきの移動速度もさることながら、ほのかの腕が光る形だ。

 

「幻影が効いています! 知覚手段は視覚だけだと思います!」

 

「よかった、それならまだやりようがあるね」

 

 これで音や熱や生体反応、またはサイオンを感知できるようだったら、打つ手なしも同然だった。だが相手が視覚に頼るならば、幹比古とほのかならば色々と妨害手段がある。

 

「頑張る」

 

「う、後ろは任せてください!」

 

 想定していたフェーズに進む。雫は後方から『フォノン・メーザー』を中心とした遠距離魔法で、あの武器となる触手の破壊を目指す。あずさは、非戦闘員も同然である美月と、作戦の要であり戦闘能力低めのほのかを、全力で守る役目だ。

 

「柴田さんは無理しないでね。じゃあ行ってくる!」

 

 幹比古もまたいつきと同じように障害物を飛び出す。いつきほどではないにしろ、激しい戦闘が得意な彼もまた、前線組だ。

 

 そして幹比古に念押しされた美月は、分厚い眼鏡をはずして、ヘキサを中心とした周囲を、苦しそうにしながらも凝視している。あれが遠隔操作となると、間違いなく古式魔法も併用している。術者が近くにいるなら、そのプシオンの流れなどがヒントになるかもしれないのだ。

 

「さあ、いっくよー!」

 

 いつきが大きな魔法を行使する。撒き散らされた破壊によって、周囲には大小の瓦礫がある。その中には、人を押しつぶして酷く血が付いたものまであり、今日味わった中でも最悪の「地獄」を想起させる。

 

 そしてその瓦礫を、なんらためらうことなく、いつきは砲弾として放つ。縦横に人の身長程もある巨大な瓦礫が高速で放たれれば、分厚い装甲の戦車すらもひとたまりもないだろう。

 

 だが、その大きな的とはいえ高速移動している物体に、ヘキサは正確に狙いをつけ、強烈な放水で撃ち落とした。あれほど重いものをあれだけの速度で放っているのに、撃ち落とせるほどの放水の威力。すでに一般人が犠牲になっているのを見てはいるが、改めて、あれが人に当たればバラバラになってしまうことを実感させられた。

 

「っ! まだまだ!」

 

 一瞬歯噛みしたいつきは、また同じ魔法を、今度は同時に複数使う。すると三つの巨大な瓦礫が、それぞれ違う方向から、ヘキサに襲い掛かった。

 

「援護するよ!」

 

 ついに幻影を乗り越えいつきの姿を捉えたヘキサは、自分に向かってくる砲弾を意に介さず、いつきを正確に狙う。巨大な魔法を行使した彼は、そこから魔法での離脱が不可能になっていた。

 

 だが幹比古をそれを予想して動き出しており、間一髪でいつきを抱きかかえて回収する。そして巨大な瓦礫の全てが、ヘキサの体へ激突した。あの立体戦車すらもよろめかせる攻撃だ。きっとひとたまりもないはず――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――だが表面がほんの少しへこんでいる程度で、ヘキサは未だ堂々とそこに存在し、放水を連射していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うそでしょ……」

 

 抱えているいつきが唖然とする。あれはここにいるメンバーが出せる中での、物理的な最大火力だ。それがほぼ効かないとなると――もはや、どうしてよいのか分からない。

 

「きゃあっ!」

 

「あずさお姉ちゃん!?」

 

 戦場に、女の子たちの絹を裂くような悲鳴が響き渡る。ついに四人が隠れていた場所を狙われ始め、あずさは悲鳴を上げながらも、見事な魔法の腕でほのかと美月を伴って回避した。雫もまた、自分自身の力で離脱に成功している。そして周囲の景色がほのかによって歪められ、一時的に全員の姿を隠した。幹比古もそれに協力して幻影をばら撒き、束の間の安全を確保する。その間に、幻だらけの戦場の中でも、感知魔法でなんとか障害物を見つけたあずさが、美月と一緒にそこへとなだれ込んだ。

 

 そして、全ての幻影が消える。広範囲に魔法をばら撒いたせいで、それを長い時間維持することはできない。突然正しい景色にもどった中で見えたのは、全身を包む黒いスーツに身をまとい、特殊なロングライフルを携え、空を飛び回る三人の兵士。先ほど達也と一緒に現れた、国防軍だ。

 

「援護します! 今のうちに避難を!」

 

 あの三人が引きつけてくれるらしい。ライフルを構え、三人とも斉射する。魔法の気配からして、貫通力を大幅に増強したライフルだ。あれならば、ヘキサを傷つけることができるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――だが雨霰と放たれた弾丸は、全てその装甲にはじかれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ――」

 

 いつき達と同じく、国防軍兵士たちも動揺したらしい。そしてほんの一瞬固まった隙に、反撃の放水が放たれ、空中でその体がバラバラに砕け散る。

 

「ぐ、くそ! 大黒特尉をよ――」

 

「こちらチャーリー! 至急えんご――」

 

 そして狙いを付けられまいと不規則な軌道で飛び回っていた二人も、横薙ぎに放たれた放水でまとめて砕け散る。

 

「そんな……」

 

 戦場に、人間の血と肉の雨が降り注ぐ。だが、その悍ましい雨を降らせた張本人であるヘキサは、なんら気に留めることもなく、なおも破壊をまき散らす。降り注いだ血と肉の雨は、高速で放出された海水により吹き飛ばされ、洗い流されていく。

 

 いつきの目から光が消える。

 

「止まるないつき! 戦え!」

 

 そんないつきの背中を叩いて励ましながら、彼自身もどうすればよいか分からないというのに、幹比古は歯を食いしばって戦い続ける。障害物の裏で呆然としている姉と同じように立ち尽くすいつきと違って、その目にはまだ、絶望は宿っていない。

 

「貫通力強化ライフルでも傷一つつけられない。破壊力がある司波さんたちは全員魔法協会周辺。一条君と司波君は連絡が取れない。誰もここには来れない……」

 

 なんとか動き出したものの、いつきの動きは明らかに先ほどまでと違って緩慢だ。その口から紡ぎ出される淡々とした「事実」は、彼自身を、そして聞こえている幹比古の心を、絶望で塗りつぶす。

 

「今すぐ来れないならどうした! 100年でも200年でも持ちこたえて見せろ!」

 

 感情に任せて攻撃魔法を乱射する。狙いは、本体よりも脆いであろう触手だ。だが本体に比べて自由に動く上に細いそれに、ほとんどはかすりもしないし、当たりそうなものも撃ち落とされる。ならば直接干渉する魔法はどうかと言えば、これもまた効かない。操作のみならず、魔法的な防御も施されているようだ。貫通力強化ライフルがあまり効果が無かったのもこれが理由かもしれない。

 

「くっ、狙いがつけられない!」

 

 雫が珍しく声を荒げる。彼女が九校戦以来最も得意な魔法の一つとなった『フォノン・メーザー』は、その性質上、ある程度の時間照射しなければ効果は出ない。動き回る触手とは相性が悪く、また本体は分厚い装甲と魔法的防御のせいで意味をなさない。触手の付け根も試したが、本体と同じだった。

 

「こ、これなら!」

 

 いつきの声に張りが戻った。まだ震えてはいるが、何か思いついたらしい。

 

 攻撃は先ほどまでと同じ、巨大な瓦礫砲弾だ。ただ、狙いは本体ではなく触手である。

 

 だが、これも雫同様、効果は出ない。触手の真ん中に当たった場合はたわむことで力を吸収してダメージを回避され、付け根を狙っている場合は優先的に放水で撃ち落とされる。

 

 そして相手からの攻撃は衰えることなく激甚だ。いつき達を脅威と見なしたのか、はたまたもういつきたち以外の「的」を殺しつくしたからか、最初に比べて明らかに攻撃が集中するようになった。幻影魔法の力でなんとか回避しきれているが、ほのかの魔法力も限界だ。この範囲にしっかり効果がある幻影を何度も作り出すとなると、彼女でも厳しい。すでに顔色は悪くなり、脚も震えている。

 

「きゃああ!」

 

「あっ、ぐっ――!」

 

 障害物を邪魔と見なしたようで、隠れて居そうな場所だけを狙うのではなく、手当たり次第にすべてのものを壊し始めた。当然、あずさたちの被害も甚大だ。

 

 ほのかと雫が自分自身でそこそこ動けること、美月が意外にも反射神経よく急所を守ったり受け身を取っていること、何よりも、すでに心も体も限界だというのにプロ魔法師顔負けの魔法技巧で奮闘するあずさの力で、なんとか大怪我はしていない。だが、放水の直撃を避けたとしても、衝撃波や飛び散る石片までは全部を防ぐことはできず、全員そこかしこに怪我を、丈夫な制服も酷く汚れ傷ついている。特に美月は石片が当たったのか、眼鏡がひび割れ歪んでしまっている。おそらくあの眼鏡が無ければ目に直撃していただろう、間一髪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………もう、だめ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい戦場に、いつきの静かな呟きが、不思議とよく響く。

 

 彼らしくない、小さくて、弱気で、力のない言葉。

 

 全ての可能性を考え、その全てが否定され、絶望に浸された、今最も口に出してはいけない禁句。

 

 気を張って奮闘していたあずさも、その言葉に流されるように、脚の力が抜ける。同じように美月とほのかを、へなへなとへたり込んだ。幹比古も雫も同じ。必死に目をそらしていただけで――賢すぎるがゆえに、もう数十秒もしないうちに自分たちが全員バラバラ死体にされることが分かってしまう。

 

 そして呟いた張本人・いつきもまた、すっかりだらしなくなった惰性のような集中力も闘争心もない高速移動の途中で、破壊によって不安定になった地面に足を取られ、そのスピード故に激しく倒れこむ。

 

 そしてそんないつきに、ヘキサは、心なしか、大チャンスとばかりに張り切った様子で銃口を向けた。

 

「いつき!」

 

 先ほどと違って今から飛び込んでも間に合わない。

 

 このメンバーの主力が、恩人が、親友が。

 

 目の前で蹂躙される。

 

 それを、幹比古は見ているしかできない。

 

 

 

 そして虚ろな暗闇を閉じ込めた銃口から、くみ上げた海水を圧縮したものが、超高速で放たれ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――いつきを破壊する直前に、ねじ曲がって、地面を激しくえぐり取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水が大量に動いとる気配がするから何かと思えば」

 

 全員が唖然とする。

 

 それ自体はなにも感情のないただの冷たい兵器でありながら、操縦者も唖然としているのか、ヘキサも固まる。

 

「何やら、奇怪な化け物が現れとるみたいじゃなあ。大蛸か海坊主かわからんが」

 

 足音は軽い。その足音から予想できる通りに、現れた少女は、いつきやあずさほどではないがとても小柄だ。

 

 まず目につくのは、束ねられた、腰すらも越えるほどに長い、濃くて鮮やかな青色の髪の毛。そして目はあずさ以上に大きくクリッとしていて、絶望によって光の消えたいつき達と違い、爛々と輝いている。だが、その目は、鋭く細められて、ヘキサを睨んでいる。

 

「こりゃあ、不届きな物の怪は、調伏して成敗するしかあるまいて」

 

 六つの触手全てが、その少女に牙を剥く。一本だけでも人間や建物を破壊する放水が、同時に六本、彼女に放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃないと、『水の申し子』の名が泣くじゃろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがそれらはすべて捻じ曲げられ、遠く離れた場所に着弾し、爆音とともに意味もなく的外れな破壊にしかならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうじゃろう、いつき?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしていつきの隣に歩いて立った彼女――四十九院沓子は、唖然と見上げるいつきと目線を合わせるためにしゃがんで至近距離で目を合わせ、光り輝くような天真爛漫な笑みを浮かべた。




ご感想、誤字報告等、お気軽にどうぞ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。