魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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10-3、1-B

「いつきに会えるかのう」

 

 しばらく直接会っていなかった想い人――ただし自覚はない――に会えると一日千秋の思いで楽しみにしていた論文コンペだが、いざ会場につくと、不安が先行した。このホールは広大な上に客席はまあまあ密度が高く、そして満員になっており、照明もかなり暗くされている。この中から、あの小さな男の子を見つけるのは、至難の業と言わざるを得ない。

 

 こうなったら、連絡を取って待ち合わせでもしようか。そう思ってすっかり慣れ親しんだメッセージアプリを操作しようとする。

 

「中条君なら、どうやら発表補佐のお姉さんの護衛をしているみたいよ」

 

 そんな沓子に、栞が声をかける。そうして彼女が端末で見せてきたのは、真紅郎からのメッセージだった。

 

 カーディナル・ジョージたる真紅郎は、一年生にして代表発表者だ。よって、発表者専用の控室にいる。どうやらそこで、姉に付き従ういつきを見かけたらしい。

 

「むー、仕事中で、関係者以外立ち入り禁止か」

 

 沓子は頬を膨らませる。これでは、しばらく会えそうもない。

 

 やはりこうなったら、連絡して待ち合わせでもして、横浜観光でもしよう。横浜に来るのは初めてなので楽しみだ。あちらは生粋の東京人なので慣れ親しんでいるかもしれないが、そこはご愛敬だ。

 

 そのような趣旨のメッセージをいつきに送る。一刻も早く会いたいが、何はともあれ、これで今日会えるのは確定なのだ。それならば、立派な同級生・真紅郎の晴れ舞台でも見ようではないか。

 

 

 

 

 ――――そして、そんな沓子の楽しみは、理不尽な暴力によって叩き潰された。

 

 

 

 

 会場の外で爆音が鳴り響き、テロリストたちが飛び込んでくる。そしてそれとほぼ同時に、客席から飛び出す小さな影。

 

「い、いつき?」

 

「……競技以外でも無茶するタイプなんだ」

 

 武装したプロの大人を相手に、小さな男の子が単身で、何もさせずに叩きのめした。その神速のごとき戦いは、九校戦の時よりもさらに鋭く、そして容赦がなくなっている。あれはあくまでも、「競技」という枠内での本気だったということがわからされた。それはそれとして、無茶は無茶なので、栞はとても呆れた。

 

 ようやくいつきの姿を見ることができたが、久しぶりの再会……とは行きそうにない。

 

「これは、避難すべきかの?」

 

「だと思う。私たちだけ先に避難してもいいけど……集団行動の方が安全そうね」

 

 三高は「尚武」の校風だ。恐らく、地下シェルターでの避難ではなく、戦場となっているであろう地上を突き進んで、ここまで来るのに使ったバスでの脱出を選ぶだろう。それなら人数確認で手間取らせて全員の避難が遅れるよりは、多少我慢をして、集団で動いた方が良い。何よりも、会場警備隊として働く将輝と愛梨が合流してくれるのが心強い。

 

 そして二人はパニックになっていたわけではないが、会場に満ちた狂騒は、いつきの姉・あずさが巨大な魔法で一瞬にして収めて見せた。大人しそうな雰囲気だが、とんでもない手札を隠し持っていたものだ。

 

 その後、予想通り、三高は全員で地上ルートからバスにもどり、横浜を脱出することに決定した。警備隊メンバーであった愛梨と将輝も合流し、盤石の体勢。あずさのおかげで早めに会場でまとまった行動ができるようになったおかげで、まだ戦況が本格化しておらず、容易に駐車場までたどり着くことができた。

 

 だが、タイヤに破壊工作が為されていて、予備タイヤへの交換を余儀なくされた。よって、防衛戦が始まる。

 

「賊め、大人しくなさい!」

 

 愛梨の魔法が光る。『神経電流攪乱(ナーブ・インパルス・ジャミング)』は対象の神経に干渉する魔法だ。これによって、敵はなすすべもなく倒れ、無力化される。一色家が二十八家として名を馳せるのは、この魔法によるところが大きい。戦場において、一方的に相手を確実に「殺すことなく」無力化できるのである。倒れる際の怪我は大体の場合発生するが、中には無傷で無力化された敵もいる。本人の苛烈なプライドと違って、彼女の戦い方は「不殺」の極みだ。

 

「失せろ!」

 

 一方、そのライバルともいえる将輝の攻撃は、あまりにも残酷だ。

 

 敵の血液は一瞬にして気化し、身体が内部から爆ぜて、赤血球が飛び散る。この世で最も冒涜的な鮮血の花が咲く。一瞬にして敵を『爆裂』して殺す。戦場において慈悲はなく、無惨にもグロテスクな死にざまを晒すしかない。

 

「もっと手加減なさい! 生徒たちまで顔真っ青よ!」

 

「無理なもんは無理!」

 

 愛梨が将輝を注意する。敵に慈悲をかけてやる必要はない。だが、同胞が続々殺されその次に自分に「銃口」が向くかもしれないという敵ほどではないにしろ、この光景を見ざるを得ない他生徒まで、吐きそうな顔になっている。いや、実際何人かは嘔吐していた。そのせいで戦意を喪失し動けなくなっている仲間までいるし、タイヤ交換の手も遅れている。

 

「ふーむ、確かにあれは辛かろうな」

 

「……沓子はよく平気だね」

 

 一年生ながらすでに主戦力である沓子と栞もまた、防衛戦の戦列に加わっていた。とはいえほとんど将輝と愛梨が叩きのめしてしまうので、サポートに過ぎない。やることも実はあまりなく、余裕がある。それゆえに、敵のあまりにもむごたらしい死にざまを見て、何かを考える余裕が出来てしまっているのだが。

 

 沓子は仲間に理解を示してはいるが、顔色はさほど悪くない。一方栞は、色々と辛い境遇ではあるが、こうもグロテスクなものは初めてであり、元々あまりよくない血色が、さらに悪くなっている。

 

「わしとて思うところはないでもない。だが、こんな状況じゃからな。割り切るしかなかろうて」

 

 その割り切るのが難しいからこうなっているのだが。

 

 栞はもはや言い返す元気もない。だが、決して将輝の生み出した地獄から目を逸らそうとはしなかった。あの悍ましい光景は、自分たちを守るために作り出されているのだ。魔法師は、結局、「暴力」を期待される存在である。恩人であり大親友である愛梨に報いるために、活躍できる「戦場」にいつか立つことになるだろう。そこから、決して目をそらしてはいけない。

 

「おぬしも難儀な性格(たち)じゃ。ま、そこがいいところでもあるんじゃがな」

 

 背中にかけられる親友の言葉に、栞の心は、わずかではあるが、しっかりと慰められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脱出の準備が整った。だがそこで将輝だけはここに残り、戦場へと駆け出して行った。十師族としての使命。それを守ろうとしているのだろう。

 

 愛梨もついていこうとしたが、将輝に止められた。彼女とて十八家として十師族に準ずる使命がある。だがそれゆえに、将輝と並ぶ三高の代表格として、みんなと一緒にいなければならない。

 

「……あの馬鹿」

 

 荒れ果てた道路をなんとか進むバスの中。愛梨は、彼女らしくもなく、座席の上でお行儀悪く体育座りをして、俯いている。

 

 結局、彼一人が、責任を背負い込んだようなものだ。普段は直情型のくせに、こんな時だけ言い負かしてくる。

 

 いや、負かされたのではない。自分が勝手に負けたのだ。

 

 

 ――自分も行く、と言った時、手も、声も、脚も、全てが震えているのを、自覚していた。

 

 

 間違いなく、将輝にも気づかれていただろう。それもあって、戦場から「逃げる」ように勧められたのだ。そしてそれに言い訳するように、仕方なく受け入れたふりをして、こうして呑気に椅子に座って、安全な場所に運ばれようとしている。

 

 同じ第一研究所を出自とする二十八家だ。だが、あちらは最前線で活躍し名声を博する名門十師族で、こちらは師補十八家であることが圧倒的に多い。その違いを、まざまざと見せつけられた形だ。

 

 悔しい。

 

 浮かんでくるのは、ここで逃げるしかない、自分への悔しさ。そして、将輝への競争心や嫉妬心や対抗心、つまり彼への悔しさが少しも湧いてこないことが、余計に自分の弱さとして、自らをさいなむ。

 

 両隣に座る親友が心配そうに見てくれているのがわかる。これ以上迷惑はかけられない。だが、今ここで気丈に振舞うほどの元気は、もはや彼女に残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――なんじゃ、これは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

「………………なに?」

 

 だから、突然沓子が発した奇妙な言葉への反応も、栞より遅れた。

 

 様子を見ると、いつも爛々と輝いている瞳に光はなく、どこか遠くに意識を飛ばしているかのように、虚空を見つめている。その顔には、困惑と驚きが満ちていた。

 

「水が……海が……騒いでおる」

 

「…………どういうこと?」

 

 沓子は時折変なことを言いだす。だが、この様子の時は――何か重大なことが起きていると、相場が決まっている。神道の名門・四十九院家から生まれ、その才能は一族の中でも飛びぬけている。呼び方はいろいろあるが、彼女の「直感」と、そのさらに深いものである「神懸かり」は、信頼に値するものだ。

 

 沓子本人も良く分かっていないが、一族の説によると、魔法的感受性のみならず、水に関する精霊から伝わる「情報」――神託と表わすこともある――も、彼女は受け取りやすい体質かもしれないらしい。四十九院家、およびその前身の白川伯王家で、才能があった魔法師は、程度に差はあれど、この傾向があったと記録が残っている。

 

 愛梨と栞の質問を無視して、沓子はしばらく空中を見つめたままでいると――突然シートベルトを外して席から立ち、将輝がいない分空いた座席の窓から外へと飛び出す。

 

「「ちょ、沓子!?」」

 

「四十九院さん!?」

 

「ど、どうした!?」

 

 突然の奇行に、バスの中が騒然となる。ちょうど道路状況が良くなってスピードを出せるようになってきたころだった。故にバスから飛び降りた沓子の姿は、見る見る遠くなっていく。このスピードから飛び降りたというのに魔法を使ったから無傷の様子ではあるが、その行いは、この戦場に残るという意味で、とても危険である。

 

「もう、いったい何なの……」

 

 突然の戦争に巻き込まれ、色々と重なって心が折れていたところに、親友が奇行を起こして一人戦場に残った。

 

 愛梨の心は、一気に沓子への心配と不安に塗りつぶされ――いつの間にか、自分の弱さを考える暇を、完全になくしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうした経緯があって、沓子はここに現れた。とはいえ説明している場合でもないので、当然、いつき達は知る由もない。

 

「なるほど、精霊たちが騒いでおったのは、あの大蛸のせい、ってわけじゃな」

 

 沓子の参戦により、戦局は、絶望から、五分に近い不利へと戻った。

 

 いつきの移動・加速系魔法の干渉力ですら追いつかなかったが、水の申し子である沓子は、圧倒的な干渉力があり、この超高速の放水すらも捻じ曲げることができる。

 

 これにより、希望が見えてきた。今までと違い、格段に粘れるようになったのである。

 

「沓子ちゃん感謝! 最高! 謝謝! ボクらのヒーロー!」

 

 あれほど元気がなかったいつきは、現金なもので、希望が見えた途端に急に活気づいて、沓子をひたすら讃えながら、また当初のように暴れまわって、なんとか攻略法を見つけようとしている。あずさたちも、いつきほどではないにしろ、再び戦う気力が戻ってきた。

 

「えっと、四十九院さん、ちなみになんですけど! あれを破壊する方法とか知っていますか!」

 

 沓子に守られることでいつき達のサポートができるようになったあずさは、高速で状況が変化する戦場に必死に食らいつきながら、一応質問する。流石に無理だろうが、「無理」を明確に言葉で確認しておくことが重要だ。

 

 当然、誰も期待していない。あれを破壊できるのは、本当にごく一部の、飛びぬけた例外しかいないだろう。真由美や範蔵ですら無理そうなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出来んこともないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ええええええええ!!!』

 

 全員が同時に、驚き九割歓喜一割の叫び声を上げる。あの雫ですら、沓子が耳を塞ぐほどの大声を出した。

 

「じゃが、三分は時間を貰うことになろうな。あれを破壊するのは流石に相当骨じゃ。しかもその間、わしは何もできないし、無防備になるぞ?」

 

「さ、三分かあ」

 

 幹比古は困惑する。普通に考えたら短い時間だが、カップ麺を待っている時間と考えると体感長く感じる。ましてや今の相手は、沓子なしでは先ほどまで数十秒耐えるのすら厳しかった。そして一瞬で主戦力となった沓子が完全に無防備になるとなれば、それよりもはるかに長く感じる時間である。

 

「やるしかないでしょ! 沓子ちゃんよろしく!」

 

 しかし、いつきは即断即決で、沓子に託した。

 

「ここから三分耐えれば勝ちなら、全員でトップギア出せばいけるはず! 任せたよ、沓子ちゃん!」

 

 沓子の傍に降り立ち、疲れ切った様子ではあるが、満面の笑みを向けて、彼女に全幅の信頼を預ける。

 

 それを受けて沓子は、あの九校戦の時以来の、胸の高鳴りを感じた。

 

 カッ、と顔が熱くなって赤らみ、心臓が早鐘を打つ。

 

 

 

 いつきが、自分を信じて、すべてを託してくれた。

 

 

 

 

 

「おう、任せるのじゃ!!!」

 

 

 

 

 

 沓子は思い切り大声で、すぐに戦うべく飛び立ったいつきの背中に、その想いを受け取ったと宣言する。

 

 こうなったら、何が何でも応えなければなるまい。

 

 沓子は物陰に隠れると、高鳴る鼓動を抑え、静かに目を閉じて、深呼吸をする。

 

 感情が高ぶる。だが、頭はあくまでも冷静。これ以上ないほどに条件が整っている。

 

 一度、二度、三度の深呼吸。そして沓子は、魔法を使うために、CADではなく――――懐から、上品な装飾が施された扇子を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、ここにいる全員が、戦場から、音がなくなったように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 破裂音、爆音、銃声、怒号、悲鳴、機械音、爆裂音、破壊音。

 

 戦場に満ちるありとあらゆる悲劇と惨禍の音が、消える。

 

 いや、それは錯覚だ。今この瞬間も、戦争は続いている。

 

 ではなぜ、激しい戦いのさなかであるあずさたちが、そう感じたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沓子を中心に、死と破壊に満たされた空間が、みるみるうちに清浄な空間となっていく。

 

 なんら物理的に変わることはない。惨劇の爪痕は残ったままだ。瓦礫も血も死体も肉片も、そこら中に散らばっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それなのに――扇子を広げ、目を閉じて、いつもの元気な様子が鳴りを潜め、優美に舞う沓子が、ここを「聖域」に変えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あれは、巫女舞!)

 

 古式魔法勉強中のあずさは気づかなかったが、幹比古はすぐに気付いた。古式魔法で大きな改変を起こすとき、あえて現代魔法の理屈で説明するなら、魔法を練り上げる、複雑な式を演算する、精神的に好調にする、などの理由で、普段に比べたら格段に時間がかかる「儀式」を行うことがある。「舞」は、その典型だ。

 

 あれだけの巨大な兵器だ。やはり、大きな魔法が必要なのだろう。

 

 幹比古はありったけの魔法力を振り絞って魔法を乱打しながら、沓子の意図を理解する。

 

 いつきもまた、顔を輝かせながら、ヘキサにぴったりと張り付いて、直接触手を掴み無理やり捻じ曲げて軌道を逸らさせるという荒業で食らいつく。

 

 ほのかもあらん限りの幻影魔法をばら撒く。

 

 あずさもあらゆる妨害を行使しつつ、いつきが振り回されて弾き飛ばされそうになったらその背中を押すように魔法で受け止めサポートする。

 

 雫は、自分の体の負担も考えず、出力を最大にして『フォノン・メーザー』をたった一つの触手に狙いを定めて集中させ、温度上昇による不具合を狙っている。

 

 そして何もできないはずの美月ですら、歯を食いしばって、貧弱な投石や魔法で、蟻の一噛みにすらならなくてもなんとかしようと必死でもがいていた。

 

「さあ、頼むよ!」

 

 幹比古もとっておきの魔法を行使する。九校戦でも使った濃霧の魔法だ。ヘキサと同じく、海水という無限の材料がある。その濃霧は広がることなく、すべてがヘキサにまとわりつき、相手の視界を奪う。これまではこちらからも見えなくなるリスクがあって使えなかったが、三分間に全力を注ぐなら、ここが使いどころだ。

 

 さらに、雷撃魔法を、付け根を狙って重ねる。水分がまとわりつき、幾分か電気が通りやすくなっている。隙間に入り込んで何かしらの不具合を起こせれば御の字だ。

 

 だがヘキサとて負けていない。触手を激しく動かしていつきをはたき落とすと、沓子に狙いを定めて二つ、そして他を狙って四つ、必殺の放水を行う。

 

「させるか!」

 

「させない!」

 

 だが、歯をむき出しにしたいつきと、息を荒げながらも歯を食いしばるあずさが食らいつく。沓子に向かう二つの攻撃が、あずさの展開した『減速領域』を通ってわずかに減速され、そしてそのあといつきが全力の移動系魔法で捻じ曲げる。あずさのサポートにより、ほんの少し足りなかったいつきの干渉力でも、捻じ曲げられるようになった。

 

 そしてそれ以外の攻撃は、幹比古がいつき顔負けの瓦礫移動魔法で一瞬だけ相殺する。稼げたのは1秒にも満たないが、これだけ稼げれば、このメンバーなら回避が間に合うと踏んだのだ。これでなんとか間に合ったのは、ほのかと幹比古によって狙いがつけにくくなったのと、雫の攻撃がようやく奏功して触手の一本がわずかに不具合を起こしていたからであり、かなりきわどい偶然だったのだが、そんなのは気にしない。

 

 残り何分だ。いや、時計を見る暇すらない。

 

 確認したい誘惑に負けそうになりながら、幹比古はなおもヘキサを睨んで戦い続ける。もはや脳神経や筋肉が焼ききれそうなほどに身体・思考両方が限界だが、それを根性で乗り越える。

 

 そしてまた、ヘキサが放水してきた。それを幹比古は辛うじて回避するが――その破壊力が、先ほどまでより段違いに増している。飛び散った瓦礫が、幹比古の全身を傷つけた。

 

(な、んで!?)

 

 まさか、今までは全開出力ではなかったのか!? そんな絶望的な推測が急速に浮かび上がる。

 

「まさか、海水に砂を混ぜた!?」

 

 だがすぐに、いつきの驚愕の叫び声のおかげで答えにたどり着いた。

 

 なるほど、それで質量と粘度を上げて威力を増大させたのか。きっと、これは普通の使い方ではない。生命線である配管が詰まる事故が起きかねないからだ。向こうの操縦者も、こちらが何かしていると焦ってきたのだろう。

 

 こちらにとっては、もはや絶望的ですらある。あれを連発されれば、二十秒すら耐えきれないだろう。敵の判断は、適切極まりない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくも、わしの大事ないつきを、殺そうとしてくれたな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ただし、判断が遅すぎた。

 

 怒りに満ちた低い声で、唸るように沓子は呟く。

 

 この言葉は機械であるヘキサには通じないし、操縦者にも聞こえてないだろう。これはあくまでも、彼女自身が、感情のままに吐き出した言葉だ。

 

 いつの間にか巫女舞は止まっている。ピシャッ、と鋭い音を立てて扇子を閉じ、その先端を、ヘキサに向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間――――――――莫大なプシオンとサイオンが、海上で暴れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これ、は――――!?)

 

 幹比古は思わず気圧され、倒れそうになるのを何とかこらえながら、その様を目に焼き付けようとする。

 

 あまりにも、あまりにも巨大な、「情報」の塊。

 

 自然界に存在する「情報」そのものである精霊。

 

 その中でも、人知が及ばないほどに巨大なものは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――――神!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――と呼ばれているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――黄泉の底で、久遠の時を苦しめ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、巨大な鉄の塊である、今までほぼダメージを与えられなかったヘキサが、一瞬にしてバラバラに吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地獄が、ようやく終結した。

 

 幹比古は未だ胸の動悸が収まらなかった。

 

 激しい戦いをした直後だから。死の危険をずっと感じていたから。

 

 それもある。

 

 だが、それ以上に――目の前に「降ろされた」神に、いたく感動し、興奮していた。

 

海神(わだつみ)! まさか、降ろせる人間がいるなんて!)

 

 間違いない。あれは、地球の表面の約七割を覆う大海原の情報を司る、海神だ。吉田家では、大気の流れを司る風神、水の流れを司る龍神とともに、雨ごいのために特に重要視されている「神」である。

 

 その海神の力で、内部に取り込まれた海水を使って破壊したのだろう。一条家の『爆裂』のような一瞬の気化膨張爆発、海水を高速で暴れさせた質量による破壊、急激な水温上昇・低下を一瞬で繰り返して脆くさせるのも重ねていたに違いない。海水を使ったありとあらゆる攻撃が、大規模に、あの一瞬で行われた。

 

 いったいどれだけの神力――現代魔法の価値観で言えば情報量――が、彼女の降ろした海神に宿っていたのだろうか。

 

 そんな、人知をはるかに超えた「神」が顕現した様を見て、幹比古は感動に包まれていた。

 

「うわああああああん!!! 四十九院さん! ありがとうううう!!!」

 

「死んじゃうかと思った! 死んじゃうかと思った!!! 恩人! 命の恩人だようううう!!」

 

「大好き! 沓子ちゃん大好き! ボクらの神様! 女神様!!! 沓子ちゃん大御神!!!」

 

 そして緊張から解放されたほのか、あずさ、いつきは、大泣きしながら、神を降ろした疲労でへたり込む沓子に抱き着いて、心の底から感謝を伝えていた。

 

「だ、大好きだなんて、は、はは、照れるのう」

 

 その大げさなリアクションに、疲労感もあっていつもの元気さがなくなっていたせいで戸惑っていた沓子は、いつきの言葉に急に顔を真っ赤にして、もじもじしだす。先ほどまで、大海原を司る神を儀式によって降ろした巫女が、今は一人の純情な乙女になっていた。

 

 

 

 ――ヘキサと戦っていた時間は、実は15分にも満たない。

 

 

 

 

 だがこの15分の間に、横浜全体で、戦局が大きく動いた。

 

 

 

 不利になっていた地域では克人が加わったことで一気に押しかえして大勝利をおさめ。

 

 将輝も中華街に逃げ込んだ敵兵士を捉え。

 

 ベイヒルズタワー周辺に現れた呂とその直属の精鋭部隊は真由美たちが倒し。

 

 魔法協会支部への侵入者は深雪が排除した。

 

 

 

 これによって、ヘリコプターが突如現れた巨大兵器により撃墜され、逃げ遅れが出ているという報告が通っていたこともあり、速やかに国防軍の装甲車が現れ、幹比古たちを保護した。

 

「感謝ッ……! 圧倒的、感謝ッ……!」

 

 その車内。

 

 あずさとほのかは落ち着いたが、いつきはよほど感動したのか、未だ沓子の腕に顔をうずめ、ひたすらありとあらゆる賛辞を口にしている。

 

 沓子は未だ顔が真っ赤だが少しは慣れてきたみたいで、話が出来そうだ。幹比古は即座に、先ほどの魔法について尋ねる。

 

「うむ、ご明察。海原の情報を司る神霊・海神(わだつみ)じゃ。といってもいくつか種類がいるうちの、中津綿津見神命(なかつわたつみのかみのみこと)しか降ろせぬ。他二柱も、ましてや海の全てを司ると言われている大綿津見神命(おおわたつみのかみのみこと)や素戔嗚命などは全くじゃな」

 

 繰り返しになるが、四十九院家は神道の名門・白川伯王家がルーツとなっている。「その名前の通り水に関する古式魔法を得意とする」と言われているが、当然、元々苗字と得意な魔法に特に関係性はなかった。幹比古の吉田家とは関係がない、正真正銘の神道の名門・吉田家に勢力争いで負けた後、差別化の一環で、「苗字に合わせた取柄」を見出そうとした、今でいうところのブランディング戦略の結果である。

 

 そういうわけで、「苗字の通り水が得意」である一方で、「苗字は川なのに海も得意」という、なんだか少し奇妙な一族が、四十九院家だ。

 

 その中でも沓子は飛びぬけた才能を持って生まれ、その一つの証が、高校一年生にして、整った儀式場でもないのに、三分の「短い」儀式で海神の一柱を降ろせるという力である。海沿いであったという最高の地の利はあったとはいえ、それ以外の条件は普段の儀式に比べたら劣悪そのものだ。儀式用の正装でもなければ、儀式場を整えられているわけでもなく、それどころか周囲には「死の穢れ」が満ちていて、心の準備も出来ていたわけでもない。こんな条件で「神」を降ろせる彼女は、まさしく、「水の申し子」であった。

 

 そんな話をしているうちに、安全な場所についた。高度な学問を楽しむ場、および横浜旅行のつもりが、随分ととんでもないことになってしまった。せっかく集まったのだから、一緒に遊んだりはたまたお疲れ様会でも……というわけには当然いかず、まっすぐ家に帰らされ、そして沓子は愛梨と栞にめちゃくちゃ叱られて萎れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――彼らが今日起きる二つの大爆発について知るのは、翌日の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「突然の悪夢をのりこえて」のトロフィーを獲得しました〉

 

 

 

 

 

 

 うおおおおおおおおおお勝ったあああああああ破壊したああああああああああああ!!!!!

 

 え、まじで? あれ破壊できるの沓子ちゃん!? すげえええ!!!

 

 神! 神! 我らの神! RTAの女神! 沓子ちゃん大御神!!!

 

 なんか知らないんですけど、未知の新兵器が現れて「今回も駄目だったよ」と思ってたら、沓子ちゃんが現れて、全部かっさらってくれました。最高!!! 最高!!!

 

 のちに分かったことですが、あの新兵器は、過去にデータがある新兵器・通称「エヴァンゲリオン」の亜種みたいです。人口生体筋肉・神経が中に張り巡らされた疑似的な生物めいた何かなので古式魔法での柔軟な操作がしやすく、それを鋼鉄の装甲で覆っています。

 

 そしてこの世界の沓子ちゃんは、巨大な精霊、吉田家で言うところの「神」を、海に関するものなら降ろせるそうで、それを使って超大規模魔法であのクソ蛸をぶっ壊しました。

 

 あー、神。最高、最上、RTA史上……。これから沓子ちゃんのことを毎日あがめましょう。RTAの女神です。

 

 あ、ちなみに先ほど手に入ったトロフィーは、横浜騒乱編にたまに現れる新兵器と戦い、勝利した時にもらえるやつです。こんなんRTAだとただのゴミなんですけどね。

 

 さて、ではお家に帰ったら、あずさお姉ちゃんをねぎらい、戦争のトラウマを癒してあげたりして過ごしましょう。これで好感度爆上げって寸法です。

 

 そして翌朝には――――大亜細亜連合で準備されていた大艦隊が、謎の爆発によりすべて消滅したというニュースが流れました。

 

 よし、これで来訪者編に入るのも確実ですね。

 

 

 今回はここまで。ご視聴、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈システムメッセージ・「横浜騒乱編クリア」のトロフィーを獲得しました〉




次回からいよいよ来訪者編です

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