魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

75 / 96
11ー2

 横浜での戦争が終わり、しばらく魔法科高校は臨時休校となった。

 

 魔法師は多かれ少なかれ、「暴力」と関係が深い。国防軍や警察のような合法的に認められた機関の他、マフィアや工作員などの非合法も含め、それらが魔法師が一番活躍する場である。

 

 故に子供たちと言えど、多かれ少なかれ、あのような事態には、非魔法師にくらべたらある程度の耐性はある。それでも、突然起きた大規模な悪意と破壊に直面した少年少女たちは心身ともに大きく傷つき、学校側も色々対応をする必要があったのも相まって、休校になったのだ。

 

 では――そんな「暴力」の世界になんら触れることがない家庭環境だった魔法師の子供は、果たしてどうだろうか。

 

 

 

「う、ううう……」

 

 

 

 真夜中。ベッドの中であずさは唸る。かなり寒くなってきたとはいえ、布団と、隣で寝ているいつきのおかげで温かく、寝苦しくはない。ただ、目を閉じれば、ありとあらゆる地獄が瞼の裏に再生され、なんとか意識を落とせば夢の中でむき出しの惨劇が繰り広げられる。

 

 これでも、当日の夜に比べたらかなり良くなった方だった。あの夜は、目を閉じるだけで過呼吸と涙が止まらず、一晩中、家族によるサポートを要したのである。

 

 それから三日経った今夜もまだ、トラウマは続いている。だが、心臓が少し痛くなって眠気が吹き飛ぶだけで、暴れ出したり呼吸が荒くなったりすることはない。それでも、罪なき少女が負うにはあまりにも辛いが、家族の献身的なサポートと時間が、彼女を癒しつつあった。

 

 そうして少し呻いたあずさは、いつも通り同じベッドで、いつも通り可愛らしい安らかな顔ですやすや寝ている弟・いつきを見て、ホッ、と胸をなでおろす。

 

 蘇った惨劇は、全てが二度と見たくないものだった。

 

 逃げ惑う人々が放水により破壊されていく姿。

 

 国防軍の兵士が血と肉の雨になる光景。

 

 そして何よりも最悪なのが――いつきの目前に迫る死。

 

 よりによって、たった今思い出したのがそれだった。

 

 あの時、自分は、結局いつきを守るために何もできなかった。

 

 大好きないっくんが、死んじゃう。

 

 それを初めて目の前で突きつけられ、彼女は絶望と恐怖に浸されたのだ。

 

 安らかな顔で寝ている。生きている。弟が、いっくんが、生きている。

 

 それを改めて確認して、ようやく動悸が少しだけ収まる。

 

「いっくん……」

 

 また寝転び、弟に強く抱き着く。同じベッドで寝ていたうえで、さらに抱き着いたことで、よりその高めの体温が、彼女の小さな体中に染みわたる。いつの間にか、激しかった動悸は完全に収まり、脳を締めつけるような頭痛は消え、眠気が強くなってくる。

 

「おやすみ、いっくん……」

 

 もっと強くなって、今度こそ、可愛いいっくんを守れるように。

 

 あずさはぼんやりとした頭でもそう決心して、今度こそ、穏やかな眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打って変わって、再開した学校は穏やかなものであった。変わったイベントと言えば、生徒の心の傷をいやすために生徒会が企画したハロウィンパーティぐらいだ。

 

 ちなみにいつきの仮装は女子制服、あずさの仮装は男子制服だった。二人が会場に現れた時、「なんで二人とも仮装していないんだ」と出会う人全員から言われ、ほぼ全員を騙せたことに二人して喜んだものである。あの達也ですら騙されたのだ。唯一騙されなかったのは幹比古だけである。

 

 そして論文コンペも終わり、生徒会新体制も落ち着いてきたので、あずさにも暇が増えてきた。そこで、吉田家での対パラサイトを想定した研究や訓練も、今までの倍以上の頻度で行われるようになった。

 

「中条先輩、ずっと気合入っていますね」

 

 いつきに比べて、研究方面では熱心だったが、戦闘方面では熱心でなかったあずさ。だが、論文コンペ以来、彼女もまた戦闘訓練で気持ちが入り始めた。元々スタミナも運動神経もないが、息を荒くして珠のような汗をかきながら一生懸命に食らいつこうとする。

 

「ちょっと、色々、考えることが、ありましたから……」

 

 疲れと息切れで声に元気はない。だが、まだまだやる気と覇気は十分だ。

 

 その気持ちが、幹比古には痛いほどわかる。

 

 

 

 ――――結局あの場では、二人とも、驚くほど無力だった。

 

 

 

 いや、実際の所、二人ともいなければ、身内からも何人も死人が出ていたはず。二人とも大活躍はしていた。

 

 だが、ヘキサ相手にやったことはただの時間稼ぎ。MVPは沓子で、いつきもまた最前線で奮闘しながらリーダーシップを発揮して全体を引っ張り、そして時間稼ぎの役目もほのかの幻影が圧倒的だった。

 

 もし、沓子が偶然来なかったら。全員死んでいただろう。

 

 それゆえに、強い無力感を、二人とも感じていた。だからこそ、パラサイトと実際に戦うかはさておき、こうして戦闘系の訓練に、より身が入るのだ。

 

「あ、神託だ」

 

 そんな決意を固めている二人と裏腹に、いつきは全く別方面で大きな変化があった。

 

 今まで携帯端末でのメッセージのやり取りにそこまで積極的にはなかったが、沓子からの連絡にはいち早く反応するようになった。その副産物としてメッセージ確認の頻度も高まり、二人からの連絡もスムーズになっているのは余談である。

 

 そう、彼の言う「神託」とは、沓子からのメッセージだ。当然、その呼び名と違って、中身は遠距離の友達同士の軽いものである。だが、あの時に絶望から救われた彼は、沓子をすっかり「神」としてあがめるようになったのだ。ちなみにあずさとほのかも、彼ほどではないにしろ、沓子に感謝と畏敬を抱いている。

 

「いつき、そっちは順調なの?」

 

「もうばっちし」

 

「神託」への返事を終えたころを見計らって、魔法研究をしていた彼に声をかける。

 

 ここまでの研究と訓練で、パラサイトの「倒し方」は見出した。

 

 幹比古はこれまで通り古式魔法で。そしていつきとあずさは、プシオンの針を突き刺しその恐怖を増大させる――幹比古が『毒蜂』と偶然にも名付けた――魔法を中心とした精神干渉系魔法だ。

 

 今研究しているものはいくつかある。

 

 一つは、憑りついたパラサイトの見つけ方。一応吉田家で「道占い」の術式を筆頭としていくつかあるが、確実性と所要時間に課題を残す。

 

 二つ目は、遊離したパラサイトの見つけ方。精霊と同じく目視できるものではない。美月の「眼」なら見えるかもしれないが、三人にそのようなスキルはないので、何かしらの方法を手に入れなければならない。現在の候補は、いつきとあずさによる、プシオンの波動でのセンサーだ。

 

 そして三つ目が、パラサイトの封印方法。退治の仕方は手に入れたが、もし生け捕りに出来たら、今後の研究にとても役立つ。幸い、吉田家には封印術式が伝わっているため、それの検証と強化が主な内容だ。

 

 今いつきが手をつけているのは、封印方法について。数百年単位で長らく使われていない古式魔法ベースなので、現代魔法師のいつきには苦しい作業だ。しかしながら、彼は、まるで「答えを知っている」かのようにスイスイ進めている。古式魔法師である幹比古ですら舌を巻くレベルだ。たまに覗きに来る父が、いつきを吉田家に取り込もうと最近はやたら上等なお茶菓子を用意するレベルである。

 

 ――こうして、戦争が終わっても、三人の探求は止まるどころか、それぞれが各々の思いを胸に、よりスピードアップしている。

 

 普通に考えれば、一生パラサイトと遭遇することはないだろう。後世に残せば役に立つときが来るかもしれないが、三人が生きているうちにはほとんど役に立つまい。

 

 ただ――一人だけ、その内心に、近いうちに「その時」が来ると確信を持っている者がいる。

 

 それが行動に現れ、残りの二人も知らず知らずのうちに影響され、この無駄なはずの研究は、よりレベルアップしていっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハロウィンパーティの後の仕事も終えて、いよいよ生徒会が落ち着いてきた。

 

 そして仕事が減ってきた生徒会活動の途中、手伝いとして現れた達也が、深雪とともに、あずさを人気のない空き教室へと呼び出す。そしてその教室には、クラスメイトとして深雪からあらかじめ知らされていたいつきが、すでに手のひらで小さな魔法の練習をしながら待っていた。

 

「え、えっと、そのう、それで、どのようなご用事で……?」

 

「ここで話すわけにはいかない」と生徒会室で言われ、要件を知らされることなく呼び出されたのだ。正直、達也も深雪も、苦手意識はないが、ちょっと、いや、だいぶ怖い。あずさはいつきの裾をつまみながら、青い顔で上目遣いで用件を聞いてくる。

 

「お手数おかけして申し訳ございません。実は、先日の横浜で、あなた方が使った魔法について、お尋ねしたいことがありまして」

 

 これであずさもいつきも合点がいく。それと同時に、どうしても気まずくなる。

 

 魔法師同士、お互いの術式について聞きだすのはだいぶマナー違反だ。それを達也が知らないはずもない。ましてや、その魔法は、精神干渉系魔法である。

 

「まず、ご勝手ながら、調べさせていただきました。まず中条は、すでに精神干渉系魔法の使い手であったことは知っていました。それと中条先輩ですが……あの群衆のパニックを鎮める魔法、『梓弓』は、固有魔法だそうですね?」

 

「…………あのう、あの魔法、うちの研究所で一番の機密だったはずですけど……?」

 

「技術力については散々知ってるけど、ここまで調べられたら怖いなあ。司波君、何者?」

 

 いつきが九校戦においてこっそり『アテンション』を使っていたことは、達也しか知らない。あずさは、いつきについて知っている件については、「九校戦でCADを見てもらった時に知ったんだろう」ぐらいで納得しているが、『梓弓』の名前とそれが固有魔法であることまで調べられたのは、さすがに恐怖を感じた。

 

 いつきも言っているが、一体二人は、何者なのだろうか。

 

 そんな二人の疑問を達也は黙殺し、本題へと入る。

 

「お二人がこの系統の使い手なのは別にいいでしょう。ただ、戦闘の中で使っていた、恐怖心を増大させショックで気絶させる魔法。深雪から聞いたのですが、あれがどうしても気になりましてね」

 

「……『毒蜂』のことですか?」

 

「「――ッ!?」」

 

 あずさが何気なく出した名前に、達也と深雪が身じろぐ。達也は鋼の心で抑え込んだが、深雪は激しく動揺してしまった。

 

 まさか、その名前まで?

 

 まさか――――二人は黒羽家と関わりがあるか、その情報を盗んだのか?

 

 警戒度が一気に上がり、部屋の空気が冷え込み、緊張感が増す。事情を知らないあずさはそれにうろたえて怯え、いつきの後ろに隠れて涙目になってしまった。

 

「…………そのような名前なんですね。それで、あの魔法は、どういう経緯で?」

 

 平静を装いながら、達也は質問を重ねる。あずさの反応から、自分たちが動揺を表に出してしまったと気づいた。だがこれはデリケートな問題だ。できる限り、誤魔化しておきたい。

 

「あーあれね。ほら、言った通り、ボクらは精神干渉系魔法の使い手だからさ。得意な魔法で、攻撃魔法の一つは持っておきたいじゃん? でもこの系統って属人的なものが多くて、インデックスに乗ってるのも、使えないか、微妙なものばっかでさ」

 

「確かにそうだな」

 

「だから、中学生の時にボクが作ったんだよね。まあ使う機会もないと思ってたんだけど」

 

 達也と深雪は判断に困る。

 

 恐ろしい偶然と言えばそれまでだ。

 

 珍しいことに、『毒蜂』は、この系統の中では、属人的ではなく、ある程度適性さえあれば誰でも使える。精神干渉系魔法の生まれながらの達人である二人が研究して、この随分遠回りな攻撃手段にたどり着くのも、絶対にありえないとは言い切れない。

 

 だが、いつきの説明には、嘘が混ざっている。人が嘘をついているかどうかを見抜く技術は当然身に着けているのだ。そして厄介なことに、嘘が混ざっているのは分かるが、説明のほとんどは真実であり、どこが嘘なのかが分からない。

 

 ただ、黒羽家とのつながりを示す根拠――術式のみならず、名前まで被っているのは、いったい何なのか。

 

「名前は、中条がつけたのか?」

 

「ううん。正直いまいちな魔法だから放っておいたんだけど、幹比古君との研究途中にチョッと見せる機会があってね。それで幹比古君が、名前がないと分かりづらいって言って、なんのひねりもないそのまんまな名前を付けてくれたんだ」

 

 今のにも嘘が混ざっている。

 

 だが、不思議なことに、それを聞いていたあずさの様子は、「そこに嘘がある」ことを示していない。とても分かりやすく「今のはすべてが真実」と伝わってくる。

 

 奇妙だ。いつきとあずさの間に、情報の非対称性があるのだ。何でも共有していそうな二人なのに、深いところで、いつきは何かを隠している。

 

「ああ、幹比古君との研究内容については聞かないでよ? 司波君は来年の論文コンペであずさお姉ちゃんのライバルだからね」

 

 そしてもう少し深掘りしようとしたところで、もっともらしい理由で釘を刺された。これでは、達也たちから、何も問い詰めることはできない。

 

「…………そうか。いや、それならいいんだ。二人なら悪用することもないだろうしな」

 

 結局、たっぷり迷い、達也は諦めることにした。

 

 表面上、どこにも矛盾はないし、筋は通っている。嘘が混ざっているというのはあくまで達也のスキルがあるからこその話であり、明確な根拠を示せるわけでもない。そしてそもそも、達也も深雪も表向きは一般人なのだから、これ以上問い詰める権利も正当性もない。

 

「すまなかったな。いかんせん魔法の性質が性質だから、色々と悪用があったら問題だと思ったんだ。血なまぐさい話になるけど……あれの出力を上げて、魔法の痕跡さえ残さなければ、何も怪しくない『心臓発作の遺体』が出来上がるから」

 

「ああ、そんな使い方あったんだ」

 

「い、いっくん? 何嬉しそうに感心してるの?」

 

「中条君? 冗談でもその反応はお姉さんが心臓発作を起こしそうですよ?」

 

 黒羽家云々は隠し、「本来の使い方」を思いついてしまったからどうしても気になった、という言い訳を並べる。そしてその言い訳をいつきはすっかり信じ、そして達也が示した究極の悪用法に感心した。あずさと深雪が慌ててフォローに入る。

 

「んー、わかった。とんでもない使い道がありそうだし、なるべく秘密にしとくよ。ま、どっちにしてもあまり人に話すような魔法じゃないからね」

 

「ああ、そうしてくれ。中条先輩はともかく、お前はその辺のわきが甘いからな」

 

 こうして、いつきの誤魔化しと達也の誤魔化し、双方の努力によって、この場は一旦収められた。

 

 後日、達也は、幹比古に情報の裏どりをする。結果、名付け親が本当に彼であることが確認され、達也はひとまず胸をなでおろすことができたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10月30日に大亜細亜連合の艦隊が消滅した仮称『グレート・ボム』。核兵器が疑われたがその反応は確認できなかった。当然各国が阿鼻叫喚となってその真相を突き止めようとして、第二次世界大戦以前以来、未だ世界のリーダーとしてトップに君臨するアメリカだけが、かろうじて「質量をエネルギーに変換した」と突き止めた。

 

 とはいえその方法自体は分かっておらず、焦った技術者たちによって、マイクロ・ブラックホール実験が敢行された。

 

 そんな大荒れのUSNAが世界のリーダーたるゆえんの一つが、強大な軍事力だ。その中核を担う魔法師部隊・スターズの隊長であり、戦略級魔法師アンジー・シリウスの正体でもある金髪碧眼の美少女・リーナは、12月頭ごろ、暖房の効いた穏やかな室内で、穏やかならざる活動をしていた。

 

 目の前に並んでいるのは、「調査対象」のプロフィール。交換留学生としてUSNAの手先が日本に送り込まれ、『グレート・ボム』について調査することになっているのだ。

 

 リーナは最大戦力であり諜報は全くの専門外でありながら、その交換留学生の一人として選ばれていた。

 

 潜入先は第一高校。日本の魔法科高校の中でもその立地から一番の人気校であり、そして学校対抗戦においてとびぬけて成績が良いらしい。彼女としては祖父の故郷である近畿のあたりが――日本観光にぴったりな古都がある点も含め――良かったのだが、そんな贅沢は当然通じるわけがなかった。

 

(子供が戦略級魔法師、か)

 

 魔法科高校に潜入する、という作戦は、彼女としては反対だった。プロが集う研究機関ならまだしも、所詮高校生の集まりに、あの既存のあらゆる戦略級魔法を凌駕すると目される『グレート・ボム』が成し遂げられるとは思わない。彼女自身という例があるから、絶対にないとは言えないし、だからこそ上層部も潜入先として選んだのだろうが、はっきり言って確率としては低いだろう。コストパフォーマンスが悪い。

 

 そんな気乗りしないミッションだが、生真面目な彼女は、事前資料にしっかりと目を通していた。

 

「シナミ・ミユキ、ジュウモジ・カツト、ナナクサ・マユミ……このあたりが有力候補ね」

 

 日本語もそこそこ堪能なリーナは、潜入先で困らないように、今の段階で日本語の練習をしている。名前の発音はややぎこちないが、それ以外は日本人になんら劣らない。ただし漢字の読み方が一部間違ってはいたが。

 

 今あげた三人は、粒ぞろいの第一高校の中でも、特に干渉力に優れている。あれだけ大規模な爆発となると、魔法式構築速度などの指標はすべて無視して、干渉力一点で絞ったほうが良い。

 

 その点で言えば、第三高校に潜入する同胞は大変だろう。「海上で起きた大爆発」となれば、当然、一条家の長男・将輝が最有力候補だ。そしてあの横浜事変に投入された謎の巨大兵器を一撃で破壊したことで候補に躍り出た沓子も、第三高校である。

 

 そんなことを考えながら、有力人物リストをパラパラとめくっていく。市原鈴音、司波達也、五十里啓、中条あずさと言った優秀な技術者も複数人擁しているみたいで、こちらは「開発者」候補として要注意人物にされている。これはこれで、やはりカーディナル・ジョージを擁する第三高校は調査が大変そうだ。

 

「ん、ちょっと、ミステイクがあるじゃない」

 

 そうして資料をどんどん読み進めて行って、途中で手を止め、口をとがらせて文句を言い、苛立ちを露にする。

 

 全く。『グレート・ボム』以来、どこもかしこも大慌てなせいで、仕事が雑だ。

 

 先ほど中条あずさという小さくて可愛らしい気弱そうな女の子が写真付きで紹介されていたが、別の資料に同じ写真が使われている。見るに、彼女の弟で名字が同じだから、間違えたのだろう。全くもってたるんでいる。

 

「…………ん?」

 

 だが、違和感を覚えて、先ほどのあずさの写真と見比べる。

 

 同一人物にしか見えない。だが、制服の雰囲気が少し違う。間違っている写真と思われる方は、どうにも男子の制服だ。そして、その違和感をベースに細部を見てみれば、違う写真であることがわかった。あずさの写真の方は穏やかでどこかぎこちなく照れたような控え目な笑みなのに対し、間違っていると思われた写真の方は、明るく元気そうだ。

 

 何かあるかもしれない、と思って資料を読んでいくと、納得がいった。

 

『二年生・中条あずさの実弟で、身長・体型・顔つき・髪型・声など全てがそっくり』と注記されている。

 

 つまり、この写真は、正真正銘、あずさの弟――中条いつきの写真だ。

 

「なにこの男」

 

 勘違いによって生まれたストレスは、原因が解消されても残り続け、全てが、写真の中で天使のほほえみを浮かべる男の子へと向けられる。

 

 身長は男子の中では圧倒的に小さく、それどころか女子と混ざっても、姉と並んで最下位。身体能力もやはりそれほど高くないらしく、体重や体脂肪率のデータ――USNAの諜報部はそこまで調べられるほど優秀なので写真の取り違えなどを起こすはずもない――を見ても、男らしさの欠片もない。

 

 高校生にもなって、完全に、小さな女の子のそれだ。

 

 ――はっきり言って、リーナの嫌いなタイプである。

 

「女々しいワね、全く」

 

 第三次世界大戦をはさんだことで人心は荒んだ。ジェンダー観も、今世紀が始まって20年ほど経った頃に比べて厳しくなっている。その価値観に則れば、いつきは「男らしくない」の究極系だ。高校一年生にして戦略級魔法師として軍人のトップに立つ彼女は、人種的に体格が良い人物が集まる国の軍隊にいるだけあって、「男らしい」人間に囲まれて育ってきた。そして彼らはみな、多かれ少なかれ自分に厳しく、自己研鑽に励んできていた、精強な軍人だった。

 

 それと比べれば、この少年なんぞ、なんとちっぽけなことか。ほとんど登校することはなかったが、ジュニアハイスクールでも、軟派なヘラヘラした男が随分と言い寄ってきたものだ。あれをさらに軟派にしたのが、この中条いつきなのだろう。

 

 なんだか資料を読むだけで苛立ちが増してきた。さっさと読み飛ばし、机の上に放り投げ、次の資料に目を通す。

 

 ――こんな具合に、本人がいないところで、リーナにとってのいつきの印象は、最悪に近いものになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正月。今まで初詣は近所の小さな神社で済ませていた中条家だが、今年はいつきの強い意向で、四十九院本家が管理する有名神社に初詣に来た。

 

 横浜事変で助けられて以来、いつきはすっかり沓子を信仰し、「神」のごとく崇め奉っている。最近はある程度収まったが、11月の半ばまでは毎日第三高校の方向への礼拝――宗教が違いすぎる――を欠かさなかったほどだ。効率主義の塊みたいな少年が急に一人の少女に信仰を見出し奇行をしまくる姿は両親を酷く心配させたが、一方で、いつきにとっての初めての挫折と危機から救ってくれた沓子への感謝も強く、何か注意するようなことはなかった。

 

 そういうわけで、正月早々わざわざ真冬の中、北陸某所まで家族旅行となった。当然雪は深く、東京生まれ東京育ちの中条家にとって厳しい環境だ。珍しいことに、雪が積もっているだけで降っていないのは幸いだった。

 

「おー、いつき! 待っておったぞ!」

 

 そうして初詣客が多い神社に足を踏み入れるや否や、がやがやとした群衆の声に負けない、はつらつとした声が響き渡る。

 

「あ、沓子ちゃん大明神!」

 

 それを聞いたいつきも、先ほどまで寒い寒いと文句を言っていたのに、パッと顔を輝かせて、声がしたほうに目を向ける。

 

 そしてそんないつきに飛び込んで抱き着いたのが、いつもの制服ではなく、巫女服に身を包んだ沓子だ。四十九院家の娘ゆえ当然この神社の代表的な巫女の一人で、初詣なので大忙しなのだが、この時のために滅茶苦茶に我儘を言って、暇を貰ったのである。

 

「わっ、綺麗!」

 

 あずさが感嘆の声を上げる。

 

「こんな寒い中気取った格好は無理」と言っていつきは普段着にしているもこもこの厚着だが、あずさはばっちり可愛らしく晴れ着で決めている。仲良くしてくれた人たちに写真を送ったところ、深雪やほのかや五十里や範蔵はきっちり褒めてくれたが、真由美と鈴音からは示しを合わせたように「七五三?」と返事が来たのは余談だ。

 

 そんなあずさの華やかな格好からすれば、沓子の巫女服はスタンダードだ。だがその着こなしは、普段から着ているがゆえに沓子にこれ以上ないほど馴染んでいるし、その一方で艶やかな長い青髪と光り輝くような元気のよい笑顔とのギャップもあり、アニメの衣装のような華やかさも感じる。同じく大人っぽい晴れ着で決めている母親のカナも、「まあ可愛い」と思わず声に出してしまっていた。

 

「いやはや、あの夏以来、この時をどれほど待ち望んだか。あんな状況で会うのは喜べんかったし、実質九校戦以来じゃな!」

 

 いつきの両手を両手でつかみ、ぴょこぴょこと跳ねて全身で喜びを表現しながら、至近距離で目を合わせて、まくしたてるように話す。頬が紅潮してるのは、この寒さだけが原因ではないだろう。

 

「ボクも、沓子ちゃん大御神にお会いできるのを待ち望んでおりました! 大変光栄の極みでございます!」

 

 そんな沓子に対し、くりくりとした大きな瞳に畏敬と崇拝と狂信の光をたずさえ、跪くように頭を深々と下げる。それを受けた沓子も、これが彼なりのジョークであると思い込み、また好感度自体は悪くないと思って、カラカラと快活に笑う。

 

 そうしてようやく本意の再会を喜んだ後、沓子は中条家の両親にも目を向け、挨拶を交わす。二人としても、娘・息子の命の恩人だ。好意的な反応をしてくれたのもあり、自然と頬が緩み、対応も心から丁寧になる。それはそれとして彼女が息子に抱く感情が気になる所ではあるが、まあ悪い娘ではなさそうだし悪い感情を抱いていないのは確かなので、温かく見守ることにした。

 

 

 

 そして、そんな沓子の様子を、遠くからさりげなく見守っている少女が二人。

 

「あれ、どう思う?」

 

「微妙」

 

 本人が気づいていない親友の恋の行方が気になって仕方ない、愛梨と栞である。当然二人とも沓子の神社に初詣に来ていたのだが、いつきが来ると知って、こうして群衆にまぎれてこそこそと様子を見ていたのだ。

 

 大親友・沓子の恋人としての品定めの意味合いもある。実力は将輝ほどではないがほぼ満点。男らしさは皆無だが、そこはまあ個人の好みである。家柄は、失礼ながら調べさせてもらったところ、両親ともこれといった出自のない第一世代魔法師であり、百家の中でも特に伝統ある四十九院家の相手としては相応しくない。だが彼の両親はその人格から周囲に慕われ、深いとは言えないが広い付き合いがあり、またその子供たちも第一高校で主席を争っている。こうしてみれば、下手な百家や百家支流その他名前だけはある家柄よりも、よほど良いと言えよう。

 

 総合的に見て、中々悪くない――愛梨談――逸材だ。

 

 しかしながら、どうにもいつきサイドからの感情は、沓子は気づいていないが……かなり脈は遠そうである。

 

「普通、沓子にあそこまですり寄られたら、男の子ってオチそうなものだけど……」

 

 栞はあきれ顔だ。同じことを愛梨も考えているようで、同じような表情をしている。

 

 いつきから沓子に抱く感情は、かなりプラスのものだ。九校戦で出会ってすぐに仲良くなったのだから、相性も良いのだろう。

 

 だがしかしながら――恋愛と言う意味なら、あいにくながらプラスではない。

 

 

 

 

 

 いつきが沓子に抱く感情は、恋心めいたものは一切なく、狂信と畏敬である。

 

 

 

 

 

 ある意味、恋愛から、最も遠い感情だ。

 

「脈無し、ね」

 

 愛梨の断言。

 

 二人は新年早々、初めて恋を知った親友が失恋した時にかける言葉を、それぞれこっそり考える羽目になった。

 

 

 

「そうじゃいつき! おぬしにぷれぜんとがある!」

 

 そんな二人の視線の先、テンションが上がりに上がって、またそれ以外の理由もあって、さらに頬を赤らめながら、巫女服のたもとに手を突っ込む。満場一致で一部の言葉のイントネーションが気になったが、誰も指摘はしなかった。

 

 沓子はお互いの息がかかりそうな距離まで近づき、その小さな手を取って、袂から取り出したものを握らせる。

 

 それは、落ち着いた色合いながらも気品と華やかさを兼ね備えたデザインの、お守りであった。

 

「わしがいつきのために作ったのじゃ! まだまだわしも未熟じゃが、今までで最高の出来だぞ!」

 

 目を爛々と輝かせ、両手の握りこぶしをぶんぶん振りながら力説する。

 

 それが耳に入っているかいないかが分からない呆けた表情で握らされたお守りを目を丸くしながら眺めていたいつきは――数秒後、満面の笑みを花開かせた。

 

「ありがとうございます! 肌身離さず持ち歩き、家宝にいたします!!!」

 

 今にも感涙し跪きそうないつき。

 

 やっぱり脈はなさそうだ。

 

 愛梨と栞は、これからこの神社に祈る新年最初のお願いを、「親友が失恋で傷つきませんように」に決定した。

 

 ――恋が成就しますように、なんて無茶なお願いをしては、神様が可哀想である。




原作一巻にて達也があずさの魔法を知る描写があるらしいですが、ちょうど一巻だけ紛失してるので失念していまして、本作では梓弓の存在を知らなかったことになってます
まあゲームの乱数が暴れたってことでここは一つ許してくださいなんでもしますから
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。