魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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 週明けの1月16日。一高内では未だリーナの話題が尽きないが、一方で、さらにセンセーショナルでセンシティブな話題が、彼女と拮抗していた。

 

「吸血鬼、ですか……」

 

 授業が始まる前の朝。いつもならクラスで雑談に興じているところだが、幹比古は、カフェラウンジで少し遅めの朝食を囲みながら、いつきとあずさと深刻な顔で話し合っていた。

 

 曰く、血液の約一割を抜かれた変死体が複数見つかっているという。まさしく、吸血鬼と呼ぶにふさわしい猟奇事件だ。

 

 詳しいことはニュースではわかっていない。ただ、血液を抜けるような外傷がない、という不思議な点は、大々的に取り上げられていた。

 

「これもう、ボクたちとしては確定なんだけど……幹比古君の意見を聞きたいんだ」

 

 対面のいつきとあずさは、いつになく真剣そうだ。論文を書いていた時の比ではない。遭遇するわけがないと思っていた危機が、杞憂にしかならないはずの悪魔が、現れた。

 

「僕も……僕も、パラサイトだと思う」

 

 皮肉な偶然だ。

 

 妖怪退治は古式魔法師の使命だ。だからこそ、そうそう現れないと知っていても、そのために修行をしてきている。そして、親友とその姉は、現代魔法師だというのに、その妖怪に強い警戒心を抱き、彼に助けを求めてきた。それに協力し、ある程度の目途が立ってきている。

 

 その矢先にこれ。運命か、はたまた、巨大な神霊という意味ではない、造物主的な「神」に仕組まれたとしか思えない。

 

 そう、この三人は、無駄になるに決まっているパラサイト対策を、この一年を通じて積み重ねているのだ。故に、この事件を聞いただけで、これがそのパラサイトの手口だと分かる。

 

 朝のニュースでこれを見た瞬間、いつきとあずさは確信した。だからこうして、朝から呼び出されたのだ。

 

「すでに被害者は出てる。多分、動けるのはボクたちしかいないよね?」

 

 幹比古はためらいながらも確信をもって、あずさは明らかにおびえた様子で震えながら、ゆっくりと頷く。

 

 そう、すでに死者が何人も出ている。きっとこれからも被害は拡大するだろう。何せ、それこそが彼らの「食事」なのだから。

 

「すぐに……すぐに動かなきゃいけない」

 

 高校生が三人。いくらその対策を積んでいたとはいえ、正体不明の怪物相手に、ニュースを知って即日で動くのは、焦りすぎと言わざるを得ない。だが、そう断言するいつきに、焦った様子は見られない。きっと、パラサイトが現れたらすぐに動くと、ずっと決めていたのだろう。

 

 パラサイトは、恐らく上質な「餌」として、魔法師を狙っている。彼らを構成するプシオンとサイオンは、圧倒的に魔法師が多いからだ。

 

「そうするしか、そうするしか…………ないよね」

 

 あずさの顔は青い。体も震えている。いつきの裾をつまむどころか、体を引き寄せ、腕に縋り付くような形だ。

 

 だが、それでも、その目は決意の光に満ちている。恐怖。怯え。それは戦場に立つにはふさわしくないが……うまくひっくり返れば、逆に、全員が生き残るために大きく役に立つ。

 

 いつきはともかく、この気弱な先輩のことは、ずっと心配だった。

 

 今も心配だ。

 

 だが――危険な戦いで、背中を預けるに足ると、幹比古は自信をもって判断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからの準備は迅速だった。

 

 あずさといつきは、今まで夜中に外を出歩くことがほぼ無かった。性格上そういった遊びをしないというのもあるし、魔法師一家にしては珍しく両親は優しいながらも過保護気味だからだ。今時は普通の高校生が日付をまたぐような時間まで遊ぶのも珍しくはないし、あずさといつきはそこらの不審者相手なら目をつむっても撃退できる実力だが、その見た目の幼さから庇護欲をそそり、両親の心配をあおるのだろう。

 

 だが、当然、吸血鬼は人目の少ない夜中に活動するに決まっている。これでは、二人とも、有効な手立てが取れない。

 

「あまりあちらに御迷惑をかけちゃだめよ?」

 

「全く、いきなりだからびっくりするだろう……」

 

「えへへ、ごめんごめん」

 

 放課後の夕方、困り顔の両親に見送られ、いつきとあずさは大きな荷物を持って、家を出た。向かう先は、幹比古の家だ。

 

 そう、中条家の両親の目から離れれば、「夜遊び」は可能だ。つまり、吉田家にお泊りすればよい。

 

 そういうわけで、朝の話し合いが終わってすぐ、いつきは両親に連絡し、「吉田家でお泊り勉強合宿することになった。期間は未定」という主旨の、半分大嘘の説明を送り付け、許可を得た。両親はてんやわんやで、先方への迷惑が云々とか礼儀がどうとかで、ちょっと上等な菓子折りまで持たされた。しょっちゅう行っている家だが、無期限のお泊りとなると別なのだろう。

 

「えーっと……ようこそ、っていうべきなのかな?」

 

 そしてそんな二人を迎え入れる幹比古も、やや困り顔だった。

 

 繰り返すが、吉田家にはすでに何度も訪れており、勝手知ったる、という状態だ。だがお泊りとなると幹比古たちの側もまた特別である。どれほど長くなるか分からないが、期間次第では、ここは二人の仮住まいではなく、「家」になることすらあるのだ。

 

「まあ、こんなこと言うのもなんですが……自分の家だと思って、ゆっくり自由に過ごしてください」

 

 そうして、今まで使うことがなかった客人用の部屋へと案内される。

 

「男性用トイレはここ、女性用はここ。お風呂も二つあって、男性用がこっちで、女性用がこちらです」

 

 その部屋には吉田家内のマップが備え付けられており、幹比古が一つ一つ生活に必要な場所を丁寧に説明する。

 

 吉田家自体は男所帯だが、住み込みの弟子は女性が多い。住み込みが複数人いるということは、宿泊のために必要な設備もちゃんと整っている。幹比古の友達二人を受け入れたところでどうってことはない、というおあつらえ向きだからこそ、このお泊りが成り立ったのである。

 

 ちなみに余談だが、中条家の両親は、いつきとあずさの「異常な日常」が露見することを一番恐れていた。あずさもいつきも、高校生で異性姉弟だというのに、未だにお風呂もお布団も一緒なのである。しかも二人ともそれを当たり前と考えているから、平然と吉田家でも同じことをするだろう。

 

 つまり、お泊りするほど仲良くしていただいているお友達に、変態ということが露見してしまいかねないのである。結局、風呂は完全に男女別なのでそれは杞憂だったのだが、カナと学人はしばらく心配で眠れないだろう。

 

 そんな具合に、これからほぼ毎晩、正体不明の化け物と戦うことになるというのに、初めてのお泊りと言うことで、どこか浮ついた気分になっている。幹比古もあずさもやりにくそうだ。

 

 そしてただ一人いつきだけは、浮ついているわけでも、気負っているわけでもなく、いつも通りの様子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浮ついた気持ちも、真夜中に吉田家を出発すれば、真冬の夜の冷えた空気も相まって、すっかり引き締まった。

 

 捜索の軸は吉田家に伝わる道占いだ。ただし研究により洗練され、幾分か手順がカットされて速くなっている。

 

「大丈夫、大丈夫……」

 

 あずさの幹比古への信頼は厚い。それゆえに、彼が何か困ったり迷ったりした様子もなく分かれ道の度に道占いをしている姿を見て、「目標が確実に近づいている」と確信してしまう。故に、不安は次第に恐怖へと変わっていった。

 

 血を抜かれて死ぬ。血を通じて精気を抜かれて死ぬ。果たして、どんな死にざまなのだろうか。どれだけ苦しいのだろうか。

 

 自分が、幹比古が、そして何よりも弟が、そうなってしまうかもしれない。

 

「大丈夫だよ、あずさお姉ちゃん、ボクたちがついてるから」

 

 いつきの一歩後ろで震えている姉を隣に並ばせ、抱き寄せる。可愛らしいデザインのおそろいの防寒着でお互いにもこもこと膨らんでいるが、それでも体温が伝わってきた。あずさは恐怖からか、この寒さによるもの以上に冷たいし、肌がやや蒼白になっている。だからこそ――あずさの体と心に、いつきの高い体温が染み渡った。

 

 ああ、いつもこうだ。

 

 お姉ちゃんとして、弟を守りたいのに。

 

 自分の心の弱さゆえに不安になって、弟に慰めてもらう。

 

 そうするといつの間にか、不安が消えているのだ。

 

 小学二年生の時から、ずっと変わらない。

 

(――そう、そうだ)

 

 心地よい体温に包まれながら、あずさは気づく。

 

(私と、いっくんは――あの時から、ずっと、変わっていない)

 

 いつきが不登校を決めた時。あの時にあずさが感情を爆発させ、いつきに慰められて以来。

 

 ずっと、その時の関係が続いていた。

 

 学校に行っている間は別々だが、家ではいつも一緒で。一緒に勉強したり、話したり、遊んだり。お風呂も寝る時もいつも一緒。いつきには助けられてばかり。今年度に入ってからは魔法面で幹比古も加わるようになったぐらいで、それ以外は何も変わらない。

 

 穏やかで、温かくて、ゆるやかで、幼い、心地よい関係。いつきもまた、心地よいと思ってくれているのだろう。だからこそ、この関係が続いている。

 

(そっか、やっぱり、私……)

 

 あずさも弟の背中に腕を回し、強く抱きしめる。

 

 穏やかな鼓動が、優しい体温が、より伝わってくる。

 

(――いっくんのことが、大好きなんだ)

 

 ずっと、これからも、こうしていつきと過ごしていたい。

 

 ならば――何年も取り組んできた、これから戦うべき「敵」から、いつきを守らなければいけない。

 

 今度こそ。あの横浜の時みたいにならないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幹比古は勝手に「いつきカウンセリング」と頭の中で呼んでいる。要は、不安になったあずさをいつきが慰める、というお決まりの流れだ。

 

(占いに集中できないんだけどなあ……)

 

 人がそれなりに真剣に儀式をしているというのに、後ろで姉弟にいちゃつかれてはたまったものではない。だが、これできっと、あずさの心は決まるだろう。そうなれば百人力だ。何せ彼女は繊細な魔法コントロールが持ち味で、それはプシオンも同じ。目に見えないパラサイトを感知し、退治するには、これ以上ない人材だ。

 

 そうして、また何回か分かれ道で占いをした先。

 

「――シッ、静かに」

 

 幹比古は片腕を横に伸ばし、後ろの二人を制止する。そして曲がり角の先を、ゆっくりと覗く。

 

 その先は、一見、いたって普通の道。だが幹比古が視線を頼りにひっそりと精霊を飛ばし、街頭では照らしきれない暗闇の向こう側まで「眼」を広げた時。

 

「――怪しい」

 

 一人たたずむ影を見つけた。

 

 ロングコートとハットと白手袋で全身を覆っている、紳士風の男。厚着であること以外は、人気のない真冬の夜にはふさわしくない。だがそれ以上に、怪しい要素がある。

 

「のっぺりした仮面をつけてる。仮に吸血鬼じゃなくても、思いっきり不審者だね」

 

 幹比古の声に混ざる闘志が濃くなる。

 

「それはまた、随分わかりやすい格好だね」

 

 口から出るのは冗談だが、いつきの声にも緊張が宿る。あずさは緊張から何も言葉が出ないが、CADをそっと構え、いつでも臨戦態勢だ。

 

「周囲に人影は無し。ゆっくりと歩いている」

 

「じゃあさっそく、やっちゃおうか」

 

 いつきの言葉に二人とも頷き――その言葉とは裏腹に踵を返して、来た道を一旦戻る。

 

 逃げたわけではない。ここから『視覚同調』を頼りに回り道して、ある程度の距離まで詰める作戦だ。時代が進むにつれて区画はより合理化・画一化が進んでいるため、回り道はいくらでもある。

 

 そうして、相手の視界から外れながらゆっくり近づき、目視できるぐらいの距離まで詰めると――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――用意していた魔法を発動し、仮面の怪人に、黒いこぶし大の球が襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ、くっ!」

 

 魔法の気配に気づいたころにはもう遅い。怪人の周囲に、色のついた催涙ガスが広がる。

 

 そしてそれに身を隠しながらいつきと幹比古は接近し、怪人を無力化するべくさらに攻撃を重ねた。

 

「なんだお前らは!?」

 

 催涙ガスによって目視も呼吸もままならない、苦しそうな声で、怪人が叫ぶ。男に見えたが、声の感じからして女性のようにも思える。だがそれは思考の端に置いておき、「声」というヒントを与えることなく、二人は一方的に攻撃を加える。

 

 だが、手ごたえはない。幹比古得意の雷撃魔法と、いつき得意の移動魔法。そのどちらもが、異常な速さで行使された魔法によって軌道を逸らされた。

 

(やっぱり、超能力者化してる!)

 

 幹比古は歯噛みする。想定していた中では悪い方のパターンだ。

 

 仮に魔法師にとり憑いた場合、精神情報のイデアから現れたパラサイトは、その体を通じて魔法が使えるのは確定だ。そして、いつきは、過去の文献から「道具なしで魔法が使えるかもしれない」という仮説にたどり着いた。根拠は希薄だが、論文でもないのだし、警戒するに越したことはない。そのおかげで、普通なら必殺であろう今の攻撃が防がれても、さほど驚きはせず、とっくに次の準備はできている。

 

 催涙ガスで視界を遮り、魔法で気絶させる。もし相手がパラサイトではない、つまりただの人間だった場合、即座に逃げだせば罪に問われない方法だ。いつきの悪知恵での考案である。

 

 だが、怪人は、CADではありえない速度で魔法によって抵抗してきた。仮に吸血鬼でないとしても、真夜中に一人で魔法師が仮面をつけて歩いているのだから、こちらから仕掛けようともあとからいくらでも言い訳がつく。

 

 つまり――ここからは、殺してしまっても、最悪構わないということが分かった。

 

『理想は拉致監禁なんだけどね』

 

 作戦会議で放ったいつきの恐ろしい一言。

 

 確かに、人の形をしたものを殺さないで済み、なおかつパラサイトが自由に離脱できないとすればその憑りつかれた人間の体に閉じ込めておくことができる。だが、その想定は甘い。過去の記録を見るに、自由に離脱できると考えておく方が良いだろう。

 

(中条先輩はあくまでもパラサイト本体へのトドメ! 吸血鬼は僕たちがやらなければいけない!)

 

 あの先輩に、「人殺し」は無理だ。たとえもう元の人間の心身は死んだも同然だとしても、理屈ではなく本能が受けつけない。幹比古とて、横浜でなるべく不殺で戦ってきた身として、抵抗はある。だがそれでは、「人殺し」の責任をすべていつきに押し付けてしまうことになりかねない。そんな「甘え」を、自分に許すわけにはいかなかった。

 

(出力最大!)

 

 あずさが気流を操作し、色付き催涙ガスをまた濃くしたうえで吸血鬼にまとわりつかせる。そこを狙って、いつきはゴミ捨て場に転がっている鋭利な針金を急所に向かって、幹比古は感電死するほどの出力で『雷童子』を放つ。

 

 だがそれでも、吸血鬼は耐えきった。やはりCADを介さないで魔法を使える超能力者は、速さが段違いだ。事象改変内容を感じてからでも、対抗魔法が間に合ってしまう。針金も雷撃も、あらぬ方向に軌道が曲げられる。

 

「ボクたちの攻撃を二回も曲げた――軌道屈折が得意そうだよ!」

 

「最悪のパターンだね!」

 

 物理的接触を媒介にして精気を吸う可能性も当然考えていた。なにせ被害者には目立った外傷がなかったという。吸血鬼のイメージのような「噛む」ではなく、単に触れただけで吸われる可能性は十分にある。それゆえに、遠距離攻撃の軌道を曲げる術式を相手が明らかに多用する――つまり得意という事実は、幹比古たちにとって悲報だ。

 

 そんな会話をしている間に反撃が来る。吸血鬼は高速移動魔法で幹比古に迫り、白い手袋で覆われた大きな拳を振るう。そのスピードはプロボクサーを越える、人体の限界を超越したものだが、幹比古はかろうじて魔法を絡めての回避に成功した。いつきのスピードはこれ以上だ。慣れたものである。

 

「それ!」

 

 そしていつきの掛け声と同時、吸血鬼の体が「歪んだ」。両腕がいきなりあらぬ方向に延び、関節の可動域とは逆方向に捻じられる。吸血鬼はしばらくそれに翻弄されたが、自分の体という究極のホームの有利を活かして、干渉力で跳ねのけた。

 

 だが幹比古の至近距離でその隙をさらしたのは大きい。懐から扇形にまとめられた金属製の札を取り出し、その一枚を吸血鬼に突き刺し、サイオンを流し込む。

 

 途端に鉄の札は激しい電光を発する。幹比古は同時に自身を電気から守る魔法を使いながら離脱した。

 

「ごっ、ががが!」

 

 突き刺した鉄の札から流れ続けるスタンガン並みの電気に吸血鬼は悶え苦しむ。だが札の刺さりが甘かったのか、暴れ悶えたことによって抜けて、電流から逃れられた。

 

(やっぱ針にしないとだめか!)

 

 電流の呪印を刻んだ、サイオンと電気の両方をよく流す、吉田家とあずさの技術を組み合わせた特性の呪具だった。普通の人間ならあれでノックアウト確定だが、吸血鬼はもはや人間の限界を超えているらしい。刺さりにくさ・抜けやすさについては元から懸念していたが、針に実用的な刻印を刻むのは難しく、断念したのだ。

 

「ふーっ、ふーっ、何が目的だ? スターズでも警察でもない。見たところ日本人の子供だ」

 

「……?」

 

 吸血鬼の言葉が理解できない。言っていること自体は分かるが、警察はともかく、なぜそこで「スターズ」という言葉が出てくるかわからなかった。

 

「何? もしかしてアメリカ人?」

 

 だがいつきは何か勘づくことがあったらしい。吸血鬼の言葉に質問を重ねる。

 

 そして幹比古もようやくわかった。スターズとは、かの有名な、USNA軍の魔法師部隊だ。つまりこの吸血鬼は、米軍に追われるだけの覚えがあるらしい。

 

 一体パラサイトと米軍に何の関係が? 吸血鬼によるただの攪乱の可能性を視野に入れ、警戒をしながら、情報を吐き出すのを待つ。

 

「それも知らないで? 目的が分からない……この国の子供は大人しいと聞いていたが」

 

 そして吸血鬼の方も混乱している様子だ。

 

 警察に追われる理由があるのは当然として、どういうつながりか分からないがスターズにも追われているらしい。そんな吸血鬼から見て、確かに日本人の子供に襲われるのは不自然だろう。しかも、不良による強盗にも見えない。

 

 向こうが教える理由がないように、こちらも教える理由はない。相手のことを知れないのは少し惜しいが、ここは戦闘再開するべきだろう。長引けば、人目につく可能性がある。それに相手はこちらに触れただけで精気を吸える可能性が高いのに対し、こちらは軌道屈折で遠距離攻撃を「跳ね返される」心配すらしなければならない。長期戦は不利に他ならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――は!? なんで幹比古たちが!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな思考は、聞きなれた声によって中断される。

 

 声が聞こえたのは、幹比古の背後から。あまりの事態に、戦闘中だというのに、つい振り返ってしまった。

 

「レオ!?」

 

 そこに立っていたのは、彫りが深いハンサムな顔が特徴的な、親友のレオだ。

 

「幹比古君!」

 

 隙をさらした彼に、吸血鬼の拳が襲い掛かる。

 

 幹比古は自らの油断を呪った。

 

 この一撃で自分が死ぬかもしれない。その覚悟をした時――拳が、目の前で止まる。

 

「集中して! あとレオ君も参戦よろしく! 触れられたら血を抜かれてアウトだと思って!」

 

 いつきの障壁魔法に守られたのだ。幹比古は命を助けてくれた親友に感謝しながら高速離脱し、レオの隣に並ぶ。

 

「多分、あいつは吸血鬼だよ。仮にそうじゃないとしても、仮面をつけた強い魔法師だ。手加減は無用!」

 

「それよりもお前らがなんで戦ってるか知りたいだけどよぉ……今は話してる場合じゃなさそうだな」

 

 幹比古たちを守るため、いつきがインファイトを仕掛けている。高速移動で攻撃をかわしながら相手の周囲を回り、周囲に落ちているものを飛ばして牽制している。だがそれらはすべて、やはり軌道を逸らされていた。

 

「CADなしで魔法を使ってくる。特技は多分あの軌道屈折だ。見ての通り、反射までしてくる」

 

「最悪じゃねえか、どうするんだ?」

 

 レオは得物を持っている様子がない。相手に触れられたら終わりだが、殴る蹴る以外の戦いはできないだろう。

 

「一応手は準備してあるんだけど……レオに命を張ってもらう必要がありそうだね」

 

「分かった。任せろ」

 

 そう言って、レオはコートを脱ぎながら飛び出して、参戦する。そのコートは不自然な形で固まったままレオによって激しく振るわれ、吸血鬼の側頭部をしたたかに打ち付けた。硬化魔法で即席の武器にしたらしい。その威力はすさまじく、あの電撃にすら耐えた怪人をよろめかせる。

 

「今だ、あずさお姉ちゃん!」

 

 ここがチャンス。いつきが叫んだ。

 

「任せて!」

 

 隠れてサポートに徹していたあずさは返事とともに、ずっと準備しておいた魔法を一気に発動する。

 

 一つ目。吸血鬼の足を滑らせる魔法。

 

 二つ目。滑った不安定な状態で衣服を固めて動けなくする魔法。

 

 三つ目。そのまま倒れた後も地面に押さえつける加重魔法。

 

 一つ一つは簡単な魔法だが、それらが、彼女の精緻な時間差行使により、吸血鬼に抵抗を許さず、冷たいコンクリートに釘付けにした。あとはいつきが、高速移動魔法で全身を潰して、吸血鬼退治の第一段階が終了。

 

 幹比古が「その次」に備えて、術式の準備を始める。

 

 これで終わりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――だが突然、激しい閃光がきらめき、吸血鬼を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「なっ――――!?」」」

 

 予想外。幹比古とレオとあずさは固まる。

 

 そんな中いつきだけは高速移動魔法を使い、レオを掴んで引きずりながら退避する。

 

 いったい何が?

 

 どうやって?

 

 これは?

 

 三人の頭に、疑問ばかりが浮かび、正常な思考力を奪う。真夜中に突然強い光が現れたのに、目を見開いたまま固まってしまうほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん! 幹比古君! しっかり!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、いつきの怒声で、二人の意識は無理やり引き戻された。

 

「え、えっと! ――――光らせますね!」

 

 強い閃光は一瞬で収まった。まだ目がチカチカするが、あずさは半ば反射に任せて、活性化させたプシオンの波動を放つ。

 

 それは普通の魔法師にも見える、不思議な光の波である。あずさから、黒焦げになった吸血鬼周辺に向かって放たれたその光は――――空中のとある場所で、不自然に、まるでそこに「障害物がある」かのように歪んでいる。

 

「それ!」

 

 幹比古はそこを狙って、準備していた術式を発動した。

 

 それは、「器」から放たれ遊離するパラサイトを封印する古式魔法。元々吉田家に伝わっていたを術式を、この半年強かけて少しずつ改善したものだ。

 

 幹比古が投げた四つの折り紙が、冷たい風が吹く中だというのに真っすぐとプシオンの「歪み」に向かい、その鋭い動きのまま不自然な軌道で曲がり、「歪み」を囲む。

 

 四つの折り紙を結べばぴったり正方形。しかも、それぞれの位置も、ぴったり東西南北となっている。

 

 四神を模した折り紙の式神は相互に力を増幅し合い、それに囲まれている歪み――パラサイトの活力を奪う。

 

「そーれ!」

 

 そしていつきが、懐から厚紙を取り出しながら飛び出す。それは折りたたまれた形状記憶厚紙であり、縛っていたヒモを緩めると自動で箱の形になる。そしてその箱を、式神に囲まれたパラサイトに被せ――――力任せに蓋をして、閉じ込めた。

 

 いつきはそのまま箱を手で押さえつけながらプシオンで覆いつつ、先ほどのヒモでぐるぐる巻きにする。この厚紙もヒモも、封印用の刻印が施された特別製だ。従来のものは持ち運びに不便だったが、これならば折りたたんだ状態ならばかさばらない。術式で直接封印するほうが便利だが、こうして封印用の道具を使えば、古式魔法師でなくとも最後の一手を打てるのが魅力である。

 

「「――――――ふうー…………」」

 

 あずさと幹比古は、いつきがヒモを結び終わるまで、じっと息をつめて見つめていた。

 

 そして、それが終わったことでついに緊張から解き放たれ、深いため息をついて、膝から崩れ落ちる。

 

 終わった。

 

 これで、吸血鬼を倒し、その原因である未知の化け物の活動を停止させた。それどころか、封印、つまり生け捕りにしたのだ。これで、パラサイトの研究が一気に進歩するだろう。

 

 その大きな達成感と疲労感に満たされ、あずさといつきは、笑顔を浮かべ、お互いをたたえ合おうとする。だが、いつきの顔は――――まだ険しい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこの赤髪の人!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつきが振り返り指さしたのは、レオが現れた方向とは反対側の道。

 

 いつきの鋭い声に、幹比古とあずさに緊張感が戻り、慌ててCADを構える。

 

 そこにいたのは――――血のような赤髪と禍々しい黒い覆面が特徴的な……「鬼」とでも形容すべき何かだった。

 

「まさか増援!?」

 

 先ほどの怪人とはまた違った恐ろしい何か。幹比古は焦る。吸血鬼が複数犯の可能性は一応考慮に入れていたが、まさかこんなすぐに現れるなんて。

 

 こちらの臨戦態勢を待つまでもなく、あちらはとっくにこちらといつでも戦える準備が出来ているらしい。こちらに拳銃を向けている。

 

「い、いっくん……」

 

 その銃口が向いている先は――一番近くにいる、いつきだ。

 

 あずさが心配と恐怖で、声を詰まらせながら、弟の名前を呼ぶしかない。

 

 そしてそのいつきは、険しい顔のまま――――ゆっくりと、両手を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けてくれてありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それと同時に――口から飛び出たのは、お礼の言葉。

 

「「「――?」」」

 

 幹比古たち三人は、臨戦態勢を解除しないでいつつも、訳が分からず混乱する。

 

 いつきはすぐに両手を上げて戦意がないことを示し――お礼を口にした。

 

「さっきの雷、あれは、赤髪の君だよね? 吸血鬼が目的? 警察の特殊部隊?」

 

 そして思い出したのは、いつきの言った、先ほどの強烈な雷光。

 

 速度に劣る代わりに威力が魅力の古式魔法を操り、かつ『雷童子』が得意な幹比古ですら、あんな火力は到底出せない。

 

 あれをやったのが――まさか、この赤髪の鬼?

 

 愕然とする。

 

 いつきと自分とあずさとレオ。生半可なプロ魔法師に負けない戦力だ。だが、あれほどの電撃魔法を扱える相手となると――彼我のパワーの差が、絶大すぎる。あれを一撃、自分たちを狙って放たれれば、一瞬で全員が、あのパラサイトの「器」となった哀れな犠牲者のようになるだろう。

 

 四人から視線を注がれる鬼は、いつきの問いに答えない。ただ、険しく引き結ばれた口の端が、下方向に歪んだ。

 

 

 

 

 

『………………その死体をこちらに引き渡し、このことを口外するな。命だけは助けてやる』

 

 

 

 

 

 そして放たれたのは、要求と脅迫。その声は明らかに変声機によって加工されている、ガサガサで、男とも女とも判別がつかない、不気味なものだ。

 

 しばしの沈黙。

 

 明確に「死」を引き合いに出された脅迫と命令に、場の緊張感が最高潮に達する。

 

 その正体は何なのか。全く分からない。ただ、吸血鬼を狙う何者かであり、そして自分たちの仲間ではないどころか、下手すれば今にも殺し合う「敵」であることだけは分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ん、わかった。その死体は譲るよ。……大事に弔ってあげてね? 多分、この人も被害者だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしていつきは少し考えた末、鬼の要求を呑んだ。呑まざるを得ないだろう。あれほどの力を見せつけられ、銃口を向けられてるのだから。

 

 彼の出した返事は、当たり前のものだ。

 

 だが、なぜか赤髪の鬼は、少し驚いた様子を見せた。そしてすぐに、こちらに銃を向けたまま、歩いてくる。

 

 いつきも、赤髪から目線を切り――警戒を解いたということを示したいのだろう――足元に転がる黒焦げの死体を優しく抱きかかえ、ゆっくりと、赤髪に差し出す。鬼はまたもどこか驚いた様子だったが――拳銃を降ろし、いつきから、自身が焼き焦がした惨殺死体を、まるでいたわるように優しく受け取る。

 

 するとそのまま魔法を発動し――高速で駆け出し、去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「多分、ボクたちは君の仲間だ! ボクたちは、なんでこれが起きたのか、結構知ってる! だから――――君の力を、いつか貸してよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その背中に浴びせたいつきの叫びを、あの鬼は、果たして聞いていただろうか。




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