魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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(タイトルや投稿順のガバじゃ)ないです


12ー2

 そんな、どうして、なぜ。

 

 リーナの心は酷く乱れていた。

 

 異国での潜入ミッションと、そこで出会った、競える同級生や奇妙な調査対象たち。良くも悪くも、リーナの心は動かされた。

 

 そして、今朝になって、日米を騒がせる「吸血鬼」が、スターズから脱走した「元」同胞たちであったことが判明した。

 

 この時点で、すでに荒れ狂っていたと言っても過言ではない。

 

 日本に潜入ミッションに来たと思ったら、脱走した同胞たちも日本で活動?

 

 一体、どんな偶然だろうか。

 

 そして今夜、調査は一旦優先順位が下げられ、元同胞たちの処刑に駆り出された。

 

 だが同胞たちは超能力に覚醒し、以前までと比べ物にならないほどに強くなり、スターダスト級の部下とともに一度接触したものの逃走された。だが固有サイオンを追いかける最新鋭のレーダーにより、また追いつくことができたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそこで、吸血鬼は、いつきたちと戦っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

(どういうこと、どういうことなの!?)

 

 予想外、想定外、常識外。似たような言葉が脳を駆け巡る。

 

 何が起きているのか、全く分からなかった。

 

 パニックのあまり、体中から汗が吹き出し、心臓は痛いほど早鐘を打ち、呼吸は乱れ、意識はもうろうとなってくる。本当の自分を覆い隠す鬼の「仮装」も維持できなくなり、一瞬、天使の姿が現れる。

 

(っ、違う、違う!)

 

 それでようやく少し冷静になったリーナは、慌てて「仮装」を被りなおす。幸いあちらは戦闘に夢中で、こちらは壁に隠れて様子をうかがっていただけだ。見られたということはないだろう。

 

 今、自分は何をするべきか。状況を伝えてオペレーターに指示を仰ぐか?

 

 いや、事態は急を要する。達也の友達の一人・レオまで現れて参戦し、いよいよチャールズ・サリバン――デーモス・セカンドが苦しくなりそうだ。

 

 その予想は正しく、レオの一撃でよろめき、そこに、いつきも幹比古も使った様子がないのに、芸術的なまでに精緻な魔法式がいくつも現れ、サリバンを拘束した。

 

 そしていつきが、威力の高い魔法を準備して――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――っ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを見て、我慢できず飛び出し、魔法を行使する。

 

 最悪のパターンは、このまま見過ごして、あれがサリバンであることをいつきたち日本人に知られることだ。大スキャンダルになりかねないし、秘密裏に処刑するという自身のミッションの失敗も意味する。

 

 だから、せめて。

 

 とっさに使った魔法は、リーナが得意とする電撃だ。皮肉にもそれは、同じ系統の魔法を得意とする幹比古に、圧倒的な格の違いを見せつける。

 

 激しい雷はサリバンを包み、その全身を炭化させた。スピード、威力、精密性、効果発動までの隠密性、全てが、「シリウス」にふさわしい、最上級の魔法。

 

 それがいきなり現れ、幹比古たちは混乱していた。だがいつきが一喝すると、レオ以外が動き出す。

 

 なぜかいきなりリーナでも見えるほどの強いプシオンの波動が少し離れたところから放たれ――そこに誰か隠れてサポートしていたのだ――、幹比古が何やら儀式を発動し、いつきが空中に飛び出して奇妙な文様が書かれた箱で空中を包み閉じ込めた。

 

 意味不明。一体、あれは何をやったのだろうか。全く見当がつかない。

 

 だが、とりあえず、自分にはもう一仕事がある。

 

 

 

 

 

 

 ――そうしてリーナはクラスメイト達に銃口と命令と脅迫を向け、無残な姿になったかつての同胞の亡骸を受け取った。

 

 

 

 

 

 人間が焼け焦げた、本能的に吐き気を催す臭いに包まれる。全ての本能と理性が拒絶し、死体を放り捨てたくなる。

 

 だが、それは許されない。

 

 死体の回収は、せめてもの使命。

 

 それに、裏切り者と言えど、仲間だったのは確かだ。大事にしたい。

 

 そして、何よりも――こうして殺したのは自分だ。それから目を逸らし逃げることは、許されるわけがないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大事に弔ってあげてね? 多分、この人も被害者だから』

 

 

 

 

 

 

 

 女々しくて、チビで、軟派で、男らしくない、中条いつき。

 

 亡骸を引き渡されたときの言葉が、一瞬で脳内をぐるぐると駆け回る。

 

 どういうことか。彼は一体、何を知っているのか。

 

 今すぐ問い詰めたい。だが、人目に付きかねないから、すぐ離脱しなければならない。

 

 真冬の夜の極寒のせいか、目と鼻の奥がツンと痛くなってくる。帰ったら、ホットハニーミルクで温まって、ゆっくり風呂に入り、温かい布団ですぐ休むべきだ。それこそが、体調管理が基本である、軍人の定めだろう。

 

 そんな、願望なのか、理性なのか、何を考えているのか分からない自分に言い聞かせるように、この後のことを考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「多分、ボクたちは君の仲間だ! ボクたちは、なんでこれが起きたのか、結構知ってる! だから――――君の力を、いつか貸してよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうだいぶ遠くから聞こえてくる声は、彼女にしっかり届いていた。

 

 ――いますぐ逃げだし帰りたくて仕方ない彼女が、動揺して、数秒、脚が止まったほどに、耳にも、心にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤髪の鬼が去った後、今度こそ緊張から解き放たれた三人は、脚の力が抜けて崩れ落ちた。

 

 

「はー、レオ君ありがと、助かったよ」

 

「俺なんもしてねえ気もするけどな……」

 

 そんな中、唯一平然と立っているいつきは、いつも通りの天使の笑みを浮かべながら、レオに頭を下げた。だがレオとしては、急に現れて幹比古の邪魔をし、一撃を入れたには入れたがあの赤鬼に全部持っていかれたから意味ない、ぐらいの自己評価だった。

 

 とりあえず、いつまでもここにいてはいけない。いつきの提案で、近くの24時間営業ファミレスに入り、ドリンクを注文する。いつきとあずさの見た目のせいで店員から怪訝な眼で見られたが、幹比古が吉田家と連絡して保護者の許可をもらっていることを証明したことで、入店を許された。

 

「それで、一体何が起きてんだ?」

 

「僕も同じ気持ちだよ」

 

 なぜ、幹比古たちが戦っていたのか。

 

 なぜ、レオがこんなところで。

 

 お互いの事情が全く分からない。それゆえに、まずは情報交換をすることになった。と言っても、店員や客に聞かれないように、表向きは端末を弄りながらの雑談をし、その端末のメッセージ機能で真の会話をしているのだが。

 

『夜の散歩中に、エリカの兄貴たちに偶然会って、吸血鬼事件を調査してる警察から調査手伝いの依頼を受けた』

 

『古式魔法師と研究者として、吸血鬼事件の元凶について偶然研究していたから、退治しようと思って』

 

 おおむね交換した情報はこんな感じだ。そしてお互いに「無茶をするなあ」と内心で相手に呆れた。

 

 そして時が経ち。

 

「それでよ、結局元凶って何なんだよ」

 

 保護者の許可を半分捏造したとはいえ、深夜のファミレスで高校生がたむろはまずい。昨夜は早々に切り上げ、翌朝、頼りになるアドバイザーとして達也も加えて、人のいない空き教室で密談を再開した。

 

「まあ、簡単に言えばお化けだね。パラノーマル・パラサイト。略してパラサイトって言って……現代魔法の尺度ではまだ発見されてないけど、古式魔法師の間では常識みたいだね。人や動物に憑りついて、人間を襲うんだ」

 

 いつきの説明に、達也とレオは耳を疑った。

 

 化け物の類が実際に存在して、しかもまるで創作物や伝承のごとく人に憑りつき、人を襲うという。あまりにも突拍子もないことなので、いつきの冗談かと思って幹比古の顔を見るが、いたって真剣な表情だ。

 

「じゃあ、なんだ? あの吸血鬼ってのは、化け物に憑りつかれた人間ってことか?」

 

「そういうこと」

 

 レオが頭を抱える。一体なんなんだ、それは。

 

「まあ考えてみてほしいんだけどさ。この世の動物で未だに新種が日々発見されてるわけだし、じゃあ物質以外の生物的なものだって、新種が発見されても不思議じゃないでしょ?」

 

「何をバカなことを言ってるんだ? 仮にそのパラノーマル・パラサイトとやらが実在するとして、それの類なんて今まで確認されてないだろう?」

 

 いつきの言い方に、達也は眉を顰める。未だに、これが彼の悪ふざけなのではないのかと疑っているのだ。

 

「いるじゃん。精霊がさ」

 

「――っ!? そうか、そういうことか」

 

 だが、いつきの回答で、ついに納得する。

 

 そう。あれを生物とするのは現代魔法の尺度ではありえないが、物質的な存在ではない、いわば魔法的存在がいるということは、確かにそうである。

 

「精霊は、感情とか情動とかを司る非物質粒子のプシオンを核にしているわけでしょ? 意識とか感情とか自我とか本能とか、そういうのを持っててもおかしくないよね? パラサイトもその同類で、ボクたちの仮説だと、精神現象のイデアにいる精霊みたいなもの、と捉えてるんだけど」

 

「なるほど、それでか」

 

 達也の声が、一段低くなる。先ほどまではさほど真面目な話になるとは思ってなかったが、こうなれば、本腰を入れて考えざるを得ない。

 

「じゃあ、中条と中条先輩は、精神干渉系魔法の研究をしてて、精神イデアの精霊の仮説に行きつき、そこに化け物の存在だけを正体不明だが認知していた古式魔法師の幹比古が加わって、三人で研究を進めてた、ってところだな?」

 

「ちょっと達也、そこまで言い当てられるとさすがに怖いんだけど?」

 

 言葉のわりに、幹比古の声音は冗談めかしたものだし、顔にも苦笑が浮かんでいる。これが出会ったばかりだったら本当に怖がっただろうが、すっかり達也の洞察力に慣れてしまっていた。

 

「お察しの通り、吸血鬼事件のニュースを聞いて、僕たちは元から『原因』を知ってたから、それを叩きに行った、ってわけさ」

 

「俺が言うのもなんだが……高校生だけでずいぶん無茶をするな」

 

 かなり危険だし無謀だ。達也ほどではないが、幹比古たちは平和に過ごすことを許される立場と年齢なのに、自ら鉄火場に飛び込んでいくなんて、どうかしている。とはいえ、4月のブランシュ事件と横浜の戦争を経験した彼らには、それは今更であるという話でもあるが。

 

「で、レオはエリカのお兄さん……寿和さんに夜遊び中に偶然出会って、調査を依頼されたんだよね?」

 

「おう、そんな感じだ。えーっと、あー……昨夜は吸血鬼と戦闘したことだけ話した。『色々秘密があるから本人に了承を得てから詳細を話す』って伝えてるんだけど、どこまで話していいんだ?」

 

 幹比古といつきは苦笑した。

 

 全部いきなり話してもいいのに、わざわざ許可を取ってから、とするところに、彼の人の好さを感じる。とはいえ、こんな言い方をしてしまっては、とてつもない秘密があると告白しているようなものなので、あまり意味はないが。

 

「どこまでなんでしょうか……真夜中に出歩いて危険なことをしている、というのを、お父さんとお母さんには伝えないでほしいのは確かですけど……」

 

「ボクらの握ってる情報、多分吸血鬼の関係者の中で一番進んでるから、それを取引材料にして、邪魔しないように言えればいいかな」

 

 あずさの考えていることは可愛らしいものだが、いつきはこの天使の顔で平然と図太いことを言いだす。相変わらず似ているのは見た目と声だけだな、と、いつきと関わるのが久しぶりなレオは改めて実感した。

 

「そういえば警察と言えばよ。昨日現れた、あの赤い髪の(こえ)えやつ、あれ、なんだったんだろうな?」

 

「赤髪で怖い奴? レオにとってそんな奴、エリカ以外にいるのか?」

 

「あいつも相当だが、ありゃ格が違うな」

 

 本人不在の中、噂話がされる。ちょうど登校してきたエリカが教室でくしゃみを連発していたのは、冬の寒さのせいだろう。

 

 その謎の赤髪の鬼について、幹比古が詳しく説明する。達也は特に、いつき以外が予兆に気づかないほどのスピードと隠密性なのに、人間を一瞬で黒焦げにするほどの雷を落とす大規模改変魔法を使える、という点が気になった。

 

「そんなこと、調子がいい時の深雪でようやく、というレベルだぞ。雷撃と冷凍では魔法式投射から効果が出るまでの時間が違うとはいえ……」

 

 人間の全身を一瞬で破壊せしめる程度なら、深雪なら可能だ。だが、近くにいたいつきとレオが巻き込まれない――電気や衝撃が散らばらない保護領域魔法もセットなのだろう――精緻さも兼ね備えるとなると、調子がいい時、つまりは達也の「枷」を解いている時の深雪で、出来るかどうかだ。

 

「じゃあ、あの赤髪は、司波さんより強い……ってこと?」

 

「そういうことになる。高校生レベルでないことは確かだな。尺度は違うが……一条や普段の深雪以上……七草先輩でも厳しい……十文字先輩クラスだな」

 

 劣等生扱いの達也が実際の戦争で無双するように、「強さ」の尺度は様々だ。だが、もし幹比古の言っていることが本当なら、高校生どころかプロ魔法師の中でもかなりの上澄みレベルと言えるだろう。

 

 そんな存在が出張ってくるということは、つまり。

 

 

 

「――――それで、今後は、どうするつもりなんだ?」

 

 

 

 この件は、吸血鬼以外にも、そんな魔法師を動かすほどの勢力が関わっている、ということに他ならない。

 

 達也の声に、一段と真剣みが増す。その眉間には深く皺が刻まれ、いつき達を鋭い眼光で射貫く。

 

 もはや三人が関わる理由がないほどに、この件は危険だ。

 

 話を聞くに、その赤髪は、敵ではなさそうだが、友好的と言うわけでもない。対立すれば最後、待ち受けるのは「死」だ。

 

 幹比古とあずさの顔に、大粒の汗が浮かぶ。表情も体もこわばり、息すらも止まっているようだ。

 

 二人とも、これから先、どれだけの危険があるのか、ということをしっかり分かっているのだろう。

 

 それは、いつもの笑みが浮かんでいないいつきも同じで……だが、彼だけは、迷わず口を開いた。

 

「ボクは、このまま動き続けるよ。パラサイトは危険だからね。ボクたちじゃないと、あれは止められないし」

 

「確かにそうだが……」

 

 相変わらず、決めたことには一直線だ。我儘とも評されるこの頑固さは、達也としても嫌いではないが、九校戦の時と言い、説得に回る側としては辛い限りである。

 

 そう、今この吸血鬼事件を根本的に解決できるのは、いつき達しかいない。

 

 いくら吸血鬼を倒しても、パラサイトは不可視となって遊離し、別の魔法師に憑りついて永遠に活動を再開するだろう。

 

 その正体にたどり着き、探知と封印が可能で、また昨夜実際に封印してみせたこの三人だけしか、パラサイトを倒せない。

 

 警察も、国防軍も。もしかしたら四葉含む十師族すら。今の彼らには、及ばないかもしれないのだ。

 

「それに…………あの赤髪の人は、多分、ボクたちの仲間になってくれると思う。あの遺体を受け取るときの手つきとか、すごく丁寧だった。あの電撃もボクたちを巻き込まないようにしてくれてたし……見た目と立場が怖いだけで、多分、すごく優しい人だよ」

 

 銃口を向けられて脅されたのに、そこまで言えるのか。

 

 幹比古も達也もレオも、そしてあずさすらも、驚いて、いつきの顔を見る。その表情は真剣そのものだ。あの赤髪に銃口を向けられながらも、四人の中で唯一真正面から向き合った彼の言葉は、妙に説得力がある。

 

「パラサイトに憑りつかれていたあの人は……あの赤髪の人にとって、大切な人だったんだと思う。だから、きっと……ボクたちは、分かり合えると思うんだ」

 

 いつきの絞り出すような、必死に訴えかけるような言葉。

 

 あずさが思わず目頭を押さえる。

 

 自分勝手なところがある一方で……こうして、人を思えるのが、自慢の弟なのだ。そのことが誇らしいし、だからこそ、彼のお手伝いをしたい。

 

「まあ、そういうならこれ以上は止めないが……あまり、危ないことはするなよ?」

 

 こうまで言われては、達也もこの程度に留めるほかない。

 

 それなりに自分の意見を通すことには慣れているつもりだが……いつきには、どうにも勝てそうにはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時間が戻って、リーナが仲間の下へ帰投した直後。

 

 USNA軍は、彼女からもたらされた情報に、大慌てしていた。

 

「第一高校のクラスメイトたちが、デーモス・セカンドと交戦!?」

 

「少佐の姿は見られたんですか!?」

 

 日本に潜入調査をしに来たと思ったら、脱走した同胞たちもなぜか日本にいて吸血鬼事件を起こし、そしてその元同胞と新たなクラスメイトたちが交戦していた。一体、何が起きているのだろうか。

 

 分からないことだらけ。だが、とにもかくにも、最低限のことは成し遂げた。

 

 理由はいまだ不明だが、デーモス・セカンドの「処刑」には成功した。そして遺体も調べられる前に回収したし、アンジー・シリウスの「仮装」をしていたこともあり、吸血鬼がアメリカ人であることもリーナの正体も、バレてはいない。しっかりと仕事はこなしたと言えよう。

 

「それで、その……」

 

「なんですか、少佐。少しでも、今は情報が欲しいです」

 

 真冬の夜で冷え切ったわりに激しい運動と動揺で汗だくだった身体は入浴で癒され、心ここにあらずな様子を見てハニーホットミルクも用意してくれた。疲れ切っている彼女に気を遣って、あまり根掘り葉掘り聞くようなこともされていない。

 

 だがそれでも、心身共に疲弊しているが、眠る気にはなれない。

 

 ――いつきの言葉が、頭の中を未だにぐるぐると回っている。

 

「イツキは……イツキは、なぜこうなったのか、知っているそうです」

 

「イツキ……クラスメイトの、イツキ・ナカジョウですね?」

 

 壊れたロボットのようにぎこちなく、首を縦に振る。

 

「イツキに言われました……『なんでこれが起きたのか、結構知ってる』、と……」

 

「我らUSNA軍ですら未だつかめていないのに、少佐の前で失礼ですが、たかだか高校生が知っているとは思えませんが……」

 

 シルヴィアは困り顔だ。リーナが嘘をついたり勘違いをしていたりするようには見えない。ならば、実際に言われたのだろう。だが、彼女の言う通り、いつきがこの突拍子もない事件の原因を知っているとは、到底考えられない。

 

「でも、イツキたちは……デーモス・セカンドをワタシが処断したあと、あんな状況だというのに、何か、不思議な儀式を優先して行っていました」

 

「儀式、ですか?」

 

 リーナが乱入し、回収するまでのあらましは聞いている。かなり想定外の事態だったが、よくアドリブでここまで成し遂げてくれた、と、幼いリーダーに改めて敬服したものである。

 

 それだけに、突然巨大な電撃が吸血鬼に襲い掛かったというのに、その原因よりも、「儀式」を優先した、というのは、確かにとても不自然なのだ。

 

「プシオンの強い波動を流したと思ったら、ミキ……ミキヒコ・ヨシダが使い魔の魔法陣を空中に展開して、そこにイツキが変な箱を持って飛び込んで、何かを閉じ込めたような……」

 

「確かにそれは……」

 

 奇妙だ。

 

 彼女の言う通り、何か不可視の存在を、その箱に封印したようである。

 

 そう、まるで――チャールズ・サリバンに憑りついていた「悪魔」を封印したかのような。

 

「ワタシは……ワタシは、なんで、フレディたちが、ああなってしまったのか……知りたいです……」

 

「少佐……」

 

 なんと声をかけてよいか分からない。

 

 軍人として見るなら、リーナを否定するべきだろう。今の彼女は、ひどく動揺し、勝手に見出した都合の良い希望のような何かを求めてしまっている。もしその先が絶望だったとしたら……彼女の心は折れてしまうかもしれない。これ以上、いつきの言うことに深入りさせるわけにはいかない。

 

 だが一方で、軍人だからこそ、「分かる」と決して口には出せないほどに、分かってしまう。

 

 苦楽を共にした仲間・戦友が、突然裏切った。そしてそれを、自らが殺さなければならない。彼女が背負った責任と役割、そして十字架は、あまりにも重すぎる。

 

 だからこそ、この奇妙な出来事の連続に、何か理由をつけたい。訳も分からないまま、ただただ急に人が変わったように離反した仲間たちを処刑しなければならない、今の状況は、シルヴィアが想像もつかないほどに、リーナの心を蝕んでいるだろう。

 

 理由が、絶望しかないものだったら。

 

 このまま理由も分からず処刑し続けたら。

 

 どちらにせよ、リーナの心は、酷く傷ついてしまうだろう。

 

「……少佐、もう、今日は寝ましょう。寝不足でしょうし、お疲れの状態では、悪いことしか考えられません」

 

「そう……そうですね」

 

 半分ほどしか減っていない、すっかり冷めたハニーミルク。それを不躾にも放置して、うがいもせずにベッドにフラフラと向かう。普段の彼女なら絶対にしないようなことだが、シルヴィアには全く不思議に映らなかった。

 

「よろしかったら睡眠薬をどうぞ。効果は弱いですが、何もないよりかは……」

 

 軍人は常に危険と死が付きまとう。それでいて、睡眠は取れるときに取らなければならない。精神がすり減るような体験をして眠れなくなった時のために、睡眠薬をたまたま持ち歩いていた。とはいえ、傷病軍人病院で貰うようなものではなく、市販のものだ。疲れとホットミルクの効果と合わせれば、少しは眠れるだろう。

 

「どうぞ、良い夢を」

 

 本当なら友達として、リーナの傍にいてあげたい。

 

 だが、彼女自身もどうしてよいかわからず、親身になろうとしながらも軍隊の上下関係として振舞ってしまう。

 

 それでも――彼女のやさしさは、リーナの心を少しだが解きほぐし……数分もすると、安らかに寝息を立て始めた。




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