魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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「申し訳ありません、シルヴィア」

 

 戻ってきたリーナは、二人きりになるやいなや、しょんぼりとした様子で頭を下げる。だがその顔は、ここを飛び立った時よりも晴れやかだ。

 

「……もう、やってしまったものは仕方ありませんよ」

 

 正直、これからのことを思うと、頭が痛くなってくる。

 

 調査対象に正体が知られ、吸血鬼とリーナの関係性も暴かれた。しかもこれは明らかに、リーナ自身の落ち度である。酷な話ではあるが、いくら子供とはいえ、軍人である以上、常に冷静・冷酷でなければならない。

 

「ただ、とりあえず、最悪は回避したと言えます」

 

 とにかく今は、プラスにものを考えよう。どこかすっきりしたのか憑き物が落ちたような顔の上官(ともだち)の頬をつねってやりたい気持ちはあるが、この異常事態への対処を考えるには、プラスを考えなければやってられなかった。

 

「一つ。私たちの真の目的は、イツキたちに暴かれていません」

 

『そっかあ。シールズさんだったんだね! じゃあアメリカから交換留学で来たのも、日本に潜んでる吸血鬼をこっそり倒すためだったんだ!』

 

『え、ええ、そういうことよ』

 

『そうなんだあ。日本まで来てくれてありがとね!』

 

 リーナが落ち着いて、あの吸血鬼たちが、突然裏切り脱走したかつての同胞たちだったことを話した。今思えば考えなし極まりない「お悩み相談」めいたものだったが、いつきはそこから思考が進み、間に飛躍が挟んで、こう解釈してくれたのだ。吸血鬼事件は単なる偶然で、本来はスパイだったのだが、勝手に勘違いしてくれたのなら儲けものである。なお、あずさたち三人からは思い切り怪しむ目線で見られていたことは付記しておく。

 

「二つ。これでようやく、我が仲間たちが脱走した理由がわかりました」

 

 自分たちの意志で一斉に反旗を翻したのではなく、あくまでも、パラサイト――デーモンによる乗っ取りが原因だ。もはや憑りつかれたら手遅れであるというのは悲報だが、信頼し合った仲間に裏切られた、というわけではないのが安心だ。そしてこれは、軍紀的な面でも実は問題がなかったことを示している。とはいえ、いきなり十何体ものデーモンが現れたということでもあるので、悪い新情報とセットでもあるのだが。

 

「三つ。実力的にも最低限整っているうえに知識もある、現地の協力者を得られました」

 

 敵地における行動の戦術の一つとして、欲望や恐怖や友愛や善意などありとあらゆる手段を使って、現地住民の協力を取り付ける、というものがある。あずさたちはともかくとして、リーダー格であるいつきは、リーナにとても協力的だ。しかもいつきがペラペラと話してくれたことによると、一応口約束ではあるが警察から手出しされないようにもなっているらしい。これで、今後の活動がしやすくなる。

 

「四つ。しかも、私たちのことは秘密にしてくれる、ということにとりあえずなっています」

 

『こうなったら、ワタシたちは一蓮托生よ』

 

『……そうきたかあ』

 

 対話の末、気持ちを取り戻し生来の負けん気が蘇ったリーナの言葉と、認めざるを得ない立場故に強く文句を言えない幹比古の反応が、互いの関係を決定づけた。

 

 これにより、リーナといつき達は「仲間」となった。故に、「密告する」などの裏切り行為は許されなくなるし、その瞬間に、これまで以上に対立する関係になることになってしまったのだ。リーナがUSNA軍であった、ということは、あの四人の口から流されることはないだろう。

 

 つまり。

 

 スパイであることはあちら視点では確定ではなく、さらに情報・戦闘両方の面で戦力になる現地住人が協力者となり、しかもこちらの秘密を向こうは守ってくれる。

 

 それなりのリスクは抱えている危険な状況ではあるが、実は中々悪くない状況でもあった。

 

「本部と相談したところ、引き続き、少佐には、デーモンへの対処をしていただきます。それにあたって、イツキ・ナカジョウを中心とする協力者たちと一緒に行動し、より効率の良い作戦を期待しています」

 

「了解。……イツキと、イツキたちと、必ずやこの任務を成し遂げて見せます」

 

 かなり立派な返事だが、正直不安だ。

 

 今夜吸血鬼と接敵するまでに比べたら表情は明るいが、一方で目に宿る光と頬に浮かぶ紅潮が、別の意味で彼女が今「不安定」であることを示している。

 

(あれだけ嫌っていたのに……リーナ、まさか……)

 

 自覚されても困るので、口に出すのはやめておこう。

 

 

 

 

 

(現地の協力者を「利用する」側なのに、こちらが入れ込んで、いったいどうするんですか!?)

 

 

 

 

 

 

 

 魂の叫びは、当然、言葉として表出されることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、いつきは甘いんだから……」

 

 あのやり取りの後、幹比古たちもまた、それぞれの寝床へと戻っていた。

 

 幹比古は物理的・魔法的共に厳重になっている金庫を開け、パラサイトを封印した箱を入れ、扉を閉めてパスワードを変えさらに複雑な形のカギを閉める。

 

 複製が不可能なほどに精密な鍵、英数字何十文字の家庭用としては不便すぎるパスワード、ある程度の魔法を跳ねのける刻印魔法、魔法が発動された場合警報を発するサイオンセンサー。魔法師の一族はそれぞれ「秘密」を抱えているのでこうした厳重な金庫を持っているものだが、吉田家が持つこれは、こう見えてまだ緩い方だ。十師族とかだと、当主の生体認証が複数箇所必要だったりする、などの噂もある。

 

「これで二体、か……」

 

 パラサイトなんて滅多に現れない。一体と想定するのが普通だ。

 

 しかしながら実際は複数犯であることも予想できた。そして今日、二体目を捕まえた。

 

 これでさすがにあともう少し……そう思っていたのが間違いだった。

 

 赤髪の鬼――その正体のリーナが、うなだれながらぽつぽつ語ったことによると、なんと脱走者は19人もいたらしい。そのうちの二体となると、気が遠くなるような話だ。一応二人はリーナがアメリカで処刑したが、もう別の誰かに憑りついているからノーカウントだろう。

 

「さすがに19体全員が日本に来てる、ってことはないと信じたいんだけどな……」

 

 それほど大人数の魔法師が短期間の間に密入国できるなら、もうこの国はとっくに滅んでいる。

 

 だが、最悪は考えなければならない。想像よりもはるかに、長い戦いになりそうだ。

 

 ――そしてその戦いに、心強い仲間が加わった。

 

 アンジェリーナ・クドウ・シールズ。幹比古たち四人でも敵うか分からない圧倒的な力を持つ魔法師が、いつきの説得――いつきセラピーは姉以外にも有効だったようだ――により、協力してくれることになった。

 

 いわく、彼女はUSNA軍に所属する魔法師の一人で、日本に忍び込んだ吸血鬼を追って、交換留学しに来たらしい。留学初日がレオがうっかり漏らした「スパイってことか?」は、半分正解だったようだ。

 

「これは思ったよりも大きな勢力が動いているっぽいな……」

 

 言っていることが正しいにせよ嘘が混ざっているにせよ、この交換留学は当然、政府公認だ。また、魔法師関連と言うことで、十師族も認めていることだろう。絶対に、裏で何かしらの密約があった。

 

 だが、そうなると。リーナの主張と矛盾する。

 

 吸血鬼が日本に潜伏していることを、交換留学が決まったころ――少なくとも11月には、政府も十師族も知っていなければおかしい。それなのに、こうしてむざむざ活動されているのは、とても知っていたとは思えない。

 

 つまり、吸血鬼事件は、偶然にせよ裏に必然があるにせよ、リーナ達や日本政府、十師族からしても急なことだったのでは……と、容易に推測出来た。

 

「うん、やっぱいつきは甘い」

 

 小さな親友に対し、独り言で辛口評価を下す。

 

 いつきの頭脳なら、この程度の矛盾、とっくに気づいているはずだ。

 

 だというのに、向こうから何かを言い出す前に、「吸血鬼を倒すために留学を装って入国した」と好意的な予想を口にし、相手がそれに乗っかり、そしてそれを認めたのだ。甘いと言わずして何と言おう。姉と命の恩人の沓子以外の女にさほど興味がないと思ったら、結局彼も、美人に弱いのかもしれない。

 

「ふー、いいお湯だった」

 

「やっぱ広いお風呂はいいね、いっくん」

 

 そうこうしている間に、帰ってきてすぐ先に風呂に入ってもらったいつきとあずさが、湯上りホカホカの上機嫌で、向こうから歩いてくるところだった。二人の手には、牛乳が入ったコップがある。

 

 ちなみにこの牛乳は吉田家のものではなく、二人が周辺のスーパーを探し回って買ったものだ。普通のものよりもお高く、味はさほど変わらないが、栄養価――特にカルシウム――が比較的高いらしい。昔から愛飲しているそうだ。その涙ぐましい努力はあいにくながら御覧の通り無駄になっているが。

 

「あ、幹比古君、お先頂きましたね」

 

「はい、喜んでいただけたようで何よりです」

 

 吉田家に何度も来るにあたって、名字で呼ぶのも不便なので、あずさも彼のことを下の名前で呼ぶようになった。学年も性別も違うのに、一人の少年を介して、随分親しくなったものである。

 

「幹比古君も一緒に入ればよかったのに」

 

「あはは、僕はパラサイトをしまう仕事もあるし、お風呂は一人でゆっくりつかりたいタイプだからね」

 

 いつきの言葉に、やや震えてしまった声で返す。前半はともかく、後半は嘘だ。別に気にならないタイプである。

 

 強いて言えば、「一緒に入るのがいつき」だから気になるのだ。男だということは分かっているし、今更気兼ねなどしない親友同士なのだが――見た目があまりにもあずさなので、裸はためらわれるのである。見るという意味でも、見られるという意味でも。

 

 九校戦で、いつきだけ男子と同じ部屋にならず特例であずさと同室だったという。この措置を取った生徒会と教員に、今更ながら拍手を送りたいところだ。

 

「……それでさ、いつき、本当に良かったの?」

 

 だが、そんな和やかな会話を打ち切り、幹比古は眼を鋭くして、親友に問いかける。

 

 リーナはかなり怪しい。吸血鬼に乗っ取られたのが仲間で、苦しみながらも彼らを討伐する任務を背負っている。これは、あの様子からして流石に本当だろう。だが、やはり、こちらに隠していることも相当多い。

 

 そんな幹比古の問いに、いつきはコテンと可愛らしく小首をかしげる。

 

「え、お風呂? うん、すっごく」

 

「あーごめんごめん僕が悪かった。うん、お風呂はまあ、確かに広いといいよね」

 

 達也やレオやエリカなど、きな臭い話をする相手は察しの良い仲間ばかりだったので、つい言葉が足りなくなってしまった。今の相手は、若干天然が入っているいつきだ。しっかり話した方が良い。

 

「僕が言いたいのは、シールズさんの件だよ。もう気づいてると思うけど、明らかに現状と矛盾している」

 

「それは……私もそう思うよ、いっくん。シールズさんのことは信じてあげたいけど……」

 

 やはりあずさも幹比古と同意見らしい。いつきも言っていることが分かったのか、その顔から、穏やかな笑みは消え、真剣な表情になる。

 

「うん、ボクも分かってる。だけど……シールズさんは、やっぱいい人だと思うんだ。一人でああやって戦うのは辛いと思うし」

 

 どうやら、分かっていて、彼女を認めているらしい。その動機は、珍しいことに、姉と幹比古以外の他者に寄り添ったものだ。

 

「それに、あそこで追及したところで、じゃあどうするのって話なんだよね。物別れになるのは、ボクたちとしては痛いし。シールズさんは、憑りついた状態の吸血鬼相手ならダントツで強いし、アメリカのバックアップもあるんだったら、メリットも大きいと思うんだ。あと、敵対しちゃったら最後、ボクたち全員、丸焦げにされるし」

 

 最後に付け加えた言葉は冗談めかしているが、あながちジョークとも言い切れない。我儘なところあれど、基本問題発言のない「良い子」なのだが、たまに口が悪い所もある。姉を見習ってほしいものだ。

 

「そうか……わかった、確かにそうだね」

 

「いっくんがそう言うなら、きっとそれが正しいもんね」

 

 幹比古に続いて認めたあずさは、そう言って、いつきを抱き寄せ、頬を少し赤らめながら、いつくしむような顔で頭を優しく撫でる。

 

 本当に、良い子に育ってくれた。

 

 賢くて、すぐに判断が出来て、リーナのような相手にも優しい。魔法科高校に入学して、魔法だけでなく、心も成長してくれたようだ。

 

 吸血鬼との戦いは、怖いし不安だ。そこに、大きな陰謀や、いつ牙を剥くか分からないとてつもなく強い協力者も現れた。これからどうなるのか、全く分からない。

 

 それでも、あずさは、おびえながらも、戦い続ける。

 

 いつきのために。大好きないつきを、守るために。

 

「いっくん……これからも頑張ろうね」

 

「うん、そうだね!」

 

 湯上りの体温と匂いで、お互いが包まれる。見た目と同じくほぼ変わらないが、お互いだけが、そのほんの少しの違いが分かる。

 

 昨日も今日も、いつきは危険な目に遭った。

 

 それでも、彼の強さと優しさが、彼のみならず、あずさや幹比古やレオを、そしてリーナを救った。

 

 不安や恐怖は消えない。

 

 それでも――頼りになる、大好きな弟がいるから、あずさは、また戦えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――なお、あずさがいつきを抱き寄せた段階で、いつもの流れになると察した幹比古は、逃げるように風呂へと向かってとっくにいなくなっていた。




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