魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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おま◯けのコーナー(黒羽蘭②)

 一年生は三人のダブルセブン――この言葉はダブルミーニングなので三人でもダブルで合っている――が中心となって活躍し目立つと思われたし、事実そうなった。去年まで生徒会長までやって絶大な権力を誇っていた十師族・七草真由美の妹である香澄と泉美、二十八家・七宝家嫡流で入学試験主席の七宝琢磨。その影響力はプロフィールだけでも絶大で、そしてその実力は、事前に流れていた噂や予想を凌駕するものであった。事実三人とも、九校戦で優勝を持ち帰っている。

 

 ただ、今年の新入生の逸材は、それだけではなかった。

 

 一人は、七宝と一緒にモノリス・コードに出場して余裕の優勝を決めた黒羽文弥。入学試験の成績は30位ぐらいとそこそこ上の方程度であったが、入学後にメキメキと実力を伸ばした。風紀委員にも所属しており、一つ上の先輩である森崎と並んでよく働いている。委員長の花音はウキウキで、「二人合わせれば抜けてった司波君にも追いつけるわね!」と意気込んでいた。この二人を合わせてようやく追いつける程度の司波達也の苦労がしのばれるエピソードである。

 

 二人目は黒羽亜夜子。文弥の双子の姉であり、入学試験はやはり30位程度で、入学後に急成長して頭角を現した。身長が低めで可愛らしいながらもその顔は大人びた美しさも感じ、ふるまいも可愛らしさと優雅さが絶妙に合わさっていて、幼さと妖艶さの両方を醸しだしており、男性諸君はもちろん女子からの信頼も厚い。九校戦ではミラージ・バットに出場して優勝した。すでに女子グループの「女王」として君臨していて、勢力で言えば泉美と同等程度である。傍から見ている香澄曰く、「泉美ちゃんより計算して動いてる」とのこと。

 

 この二人は、良い意味でも悪い意味でも、もしかしたらあの司波兄妹以上に、去年から目立っていた黒羽蘭の妹弟だ。その出自もまた、話題性に事欠かない。

 

 そして三人目は桜井水波だ。障壁魔法の名手であり、単一系統に限定すれば入学直後にしてすでにかの十文字克人に並ぶほど、という驚きのデータが出ている。九校戦でも新競技のシールド・ダウンで優勝した。

 

 驚くことに、三人とも司波兄妹の親戚であるらしい。つまり蘭とも血縁関係だ。魔法師の才能は血統に左右されることが多く、それゆえにその遺伝子は厳重に管理され、男も女もさっさと健康な子供をたくさん作ることを求められる世の中になっているわけだが、その「血統」の説得力がこれ以上ないほどに示されている。

 

「あんたらのご先祖様っていったい何者よ」

 

「さあ。普通の一般魔法師だとは聞いているけどな」

 

「もしかしたら大昔に何か良い血統が入ったかもしれないですね」

 

 昼休みの食堂。エリカの魔法師としてはかなり踏み込んだ呆れ気味の質問に、達也と深雪は適当な嘘を答える。これで達也たちが数字付き(ナンバーズ)とかであったら納得だが、あいにくながら、変わったところがない普通の家系だった。

 

 なお皆さまご存知の通り、この六人は実際は全員四葉である。なんなら達也と深雪は現当主の甥・姪に当たるし、黒羽三姉弟も四葉分家の中でも特に影響力がある黒羽家当主の子であり、水波はその四葉が作った調整体魔法師である。十師族の中でも特に凶悪な一族の深い関係者だ。しかも深雪についてはさらに深い出生の秘密がある。とんでもない実力者集団になるのも、これを知ればエリカたちも納得するだろう。なお現段階だと、それを知ったら最後、四葉に物言わぬ体にされるだろうが。

 

 九校戦が終わり、達也と深雪にとっての「嫌な事件」となった地獄水着の海水浴もそろそろ思い出として消化できなくもないころになった、夏休み明けの第一高校。深雪の生徒会長就任はもはや既定路線で、生徒会内での話し合いにすらなっていない。実に穏やかだ。

 

「そういえば、ふみやくんとあやこちゃん、ほうかごちょいと、かいものよっていいですか?」

 

「構いませんわ。何を買うのです?」

 

「しんさくげーむ。もんはんの、おおがたでぃーえるしー」

 

「それダウンロードで良くないですか?」

 

「みせでかうから、あじがあるのよん」

 

 達也と一緒にエリカに怪しまれている黒羽三姉弟は、その横で何も気にせず呑気に話している。蘭は吸血鬼事件の解決以来日常生活に余裕が生まれ、美術部に入部したのみならず、家では妹弟とゲームをしたりして遊んでいたりもする。なお文弥と亜夜子はなんでも平均以上にこなせるタイプで、逆に蘭は何も考えず思うがままプレイするので、二人に惨敗し続けてハンデを貰っているか足を引っ張っているかのどちらかである。それでも文弥も亜夜子も楽しそうなのだから、つくづく仲の良いことだ。これで変な発言と無駄な変声機さえなければ完璧なのだが。

 

「そういえば蘭ちゃん、美術の課題ってどれぐらい進んでるの?」

 

「いまいちー。あしたてつだってよー、みづきちゃーん」

 

「はいはい」

 

 美月の質問に、わざとらしく泣きまねしながら抱き着いて頬ずりし、美月にすがる。これもいつもの光景だ。蘭は男女問わず抱き着いたり触ったりとスキンシップが激しい。妹弟である亜夜子と文弥、そして仲の良い美月と幹比古に対しては特に多い。なお達也のお友達グループメンバーに対しては全体的に多い。

 

「ちなみに魔法史学の重めの課題もあったと思うけど、それは?」

 

「ああー! 忘れてたー!」

 

 そして幹比古の心配も見事に的中した。蘭は頭を抱えて変声機を使わず妙にわざとらしいイントネーションで騒ぎだす。脳内に「神社」がよぎって気分が悪くなった達也以外は、またなんかの物まねだろうと冷たくスルーである。

 

「そっちもあした、てつだってー」

 

「はいはい」

 

 蘭は効率主義者だ。一年生のころは特にそうで、余裕の出てきた今も変わらない。だがそれ以上に、部活動や、妹弟や友達と遊ぶのが楽しくて、課題がおろそかになりがちであった。そしてそのお世話を毎度しているのもまた、大親友の幹比古と美月、それとはなはだ不本意な達也と深雪である。そういうわけで、蘭に抱き着かれて甘えられるのも、幹比古はすっかり慣れっことなってしまった。特に異性に弱い彼が、とびきりの美少女に抱き着かれてこれなのだから、こういうことがどれほどあったのかが察せられるだろう。

 

「そんなに切羽詰まってるなら、明日じゃなくて今日やればいいのに」

 

 雫の静かなド正論が突き刺さる。

 

「どっこい、きょうは、みづきちゃんも、みきひこくんも、よていありけり」

 

 だが蘭は気にした様子もなく、堂々と言い返す。つまりこれは、今日一人で進めるつもりはさらさらなくて、二人に頼るつもり満々ということだ。

 

「へえ」

 

「そうなんですか」

 

 何気ない蘭の言葉に、当の美月と幹比古が顔を赤らめているのに気づいたのは、平坦な相槌を打った文弥と亜夜子だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 画面の中では、村を古龍の脅威から救った英雄ハンター三姉弟が新天地へ旅立ちハイレベルな狩猟が始まろうとしている。

 

「蘭お姉さま……その、良いのですか? 幹比古先輩と美月先輩について」

 

 そんな中、そわそわした様子で口を開いたのは亜夜子だ。

 

 ちなみに、亜夜子も文弥もお友達グループに後輩ながらしばしばお邪魔していて、幹比古や美月には特にお世話になっており、下の名前で呼びあう仲になっている。

 

「んー? だいじょうぶ、ふたりともたすけてくれる」

 

「いや、まあ、それはそれでどうかと思うんですけど、それじゃなくて」

 

 蘭の課題頼る宣言に呆れながら、文弥は意図していた話題に持っていこうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「その……お姉さまは、幹比古先輩と、美月先輩のことが、好きなんです、よね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………うん、大好きですよ」

 

 発せられたのは、変声機を使ったものでも物まねでもない、蘭の本心。

 

 ゲーム画面はとっくに船旅のムービーが終わり、新天地で好きに操作ができるようになっている。それでも三人の手はコントローラーを握るだけで動かず、視線も意識も画面には向いていない。

 

 あの達也ですら気づいていないが、亜夜子も文弥も気づいていた。昔から傍にいたから当然だ。蘭が幹比古と美月を見る視線には、命を預け合った大親友に向けるもの以外の感情も含まれている。

 

 蘭は普段から近しい人には「大好き」と恥ずかしげもなく言うが。

 

 ――今言った「大好き」は、それとは意味が違う。

 

「とってもいい子なんですよ、二人とも。それであんなに仲良くできて……一緒に戦って。もう第一高校ではずっと一緒。好きにならないはずがないんですよね」

 

 一流職人が作ったお人形のように整った顔に人を魅了する笑みを浮かべながら、鈴の鳴るような可愛らしい声で、変声機を使ったものとは違う意味で抑揚なく平坦に言葉を紡ぐ。だが、その表情にも声にも、多くの感情が渦巻いているのが二人にはわかった。

 

「その、それで……良いのですか?」

 

 亜夜子の言う「良い」とは、今日入っていた幹比古と美月の「予定」のこと。

 

 

 

 ――今日この二人は、二人きりでお出かけに行く。

 

 

 

 まだ付き合っているわけでもないが、幹比古も美月も、自分が相手に対して抱いている感情にもう気づいてしまっている。

 

 いつから仲が良くなったのだろうか。達也たちとレッグボールで交流するまでは話すような間柄ではなかった。そこからSB魔法師と精霊が見える体質ということもあってそれ関連で話すこともあった。だがいつの間にか、お互いを頼って命を助け合う関係になった。

 

 吸血鬼事件は短く済んだが、その一瞬に濃密な経験が詰め込まれていた。また二人と共通の大親友の存在もあった。美月と幹比古の関係は、蘭がいなかったと想定した時に比べ、とても近いものになっていたのである。

 

 今日の二人の予定とは、付き合う前ながらも「その」関係を意識した、要するにデートである。

 

 そして奥手な二人の間を取り持ったのは、何を隠そう、この黒羽蘭だ。

 

 蘭が二人に抱く感情。そしてその間を取り持っていたことも。亜夜子と文弥は知っている。

 

「いいんですよ、これで。私は、二人のことが大好き。だからこそ、幸せになって欲しいんだ」

 

 浮かぶ笑顔はどこか寂しげだが、晴れやかでもある。もうこの感情に、蘭は自分の中で決着をつけていた。

 

 

 

 

 

 たとえそれが、自分にとっては、いわば「ダブル失恋」であろうとも。

 

 

 

 

 蘭は性別の垣根を気にせず、男女隔てなく接するしスキンシップも取る。

 

 そしてそれは恋愛観も変わらない。

 

「わたしは、ほもで、れずで、ばいで、のんけ」

 

 普段からこう公言してはばからないし、その明け透けっぷりと言い回しの訳の分からなさから周囲から呆れられているが、性別関係なく恋愛対象というのは確かだ。

 

 だからこそ、美月と幹比古に、初恋をした。

 

 そしてそれを自らの手で、失恋に変えたのだ。

 

 初恋の大親友たちを応援するために。

 

 ゲーム画面は一向に進まない。海沿いの爽やかな観測拠点は陽気な雰囲気を醸し出しているが、三人の間には、湿った気まずい空気が漂い、何も言い出せない沈黙が場を支配する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――それに、そもそも、ずっとおもってたんですよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その空気をぶち破ったのは蘭だ。

 

 また変声機を使って奇妙な安っぽい機械ボイスで大声を出す。突然のそれに、文弥と亜夜子は肩を跳ね上げ、くりくりとした大きな目を丸くして蘭を見る。

 

「ふたりとも、おくてもおくてだから、じれったいったらありゃしないんです!」

 

 大好きだからこそ。

 

 蘭は二人の恋を応援したい。

 

 だというのに当の二人はというと、いじいじ、いじいじ、とあの調子である。こうなっては蘭のモヤモヤは晴れない。

 

「もういっそ、いっきに、やることやっちゃえとすらおもってました!」

 

 そして突然の下品発現。すっかり場の空気は壊れたが、気まずさはもうない。文弥も亜夜子も、尊敬する姉ではあるが、一方で常に抱き続けてる「呆れ」が蘇ってきて、視線が白けている。話もどうでもよくなって、ゲームの中の二人の分身が蘭を置いて動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『だけー! だけー!』ってなんどいおうとしたか! わたし、『きぶり』なので!」

 

「「お姉さま、『気ぶり』は控えましょうね」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 これを読んでいる皆様は、このような場合、「ノスタル爺」とでも言う方が無難だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 画面の中では蘭の分身が、チュートリアルみたいなクエストだというのに、猫にキャンプへと運ばれている。

 

「そういえば、さっきのはなしに、もどしますけど」

 

「お姉さま、モンスターの動きだけじゃなくて場の空気も観察すると色々上手くいきますよ」

 

 亜夜子の強めのツッコミ――エリカの影響がみられる――も気にせず、蘭はいつも通りの暴走機関車っぷりで話を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「亜夜子ちゃん、達也兄くんとの関係は進んでますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みぎゃぷえっ!!!」

 

 亜夜子は奇声を上げながら盛大に操作ミスをして、チュートリアルみたいなクエストだというのに、姉に続いて二度目の体力ゼロに陥ってしまう。あと一回でクエスト失敗だ。

 

「い、い、いきなり、ななななんですか!?」

 

「いやー、そっちがきくなら、わたしもいいかなって」

 

 迫真の質問は変声機を切っていたのにまた機械ボイスに戻しながら、蘭がけらけらと愉快そうに笑う。

 

 そう、亜夜子は、達也に対して、尊敬する兄的存在「以上」の感情を抱いている。亜夜子が深雪と若干ひりついた関係なのは、親戚関係が微妙なだけではない。というか最近は、亜夜子が抱く個人的感情の方が理由として圧倒的に多いぐらいだ。

 

「そ、そのう、ですね。え、と、うー……」

 

 亜夜子はキャンプから動かずコントローラーから手を離してもじもじさせ、白磁のような頬を紅潮させて目線を逸らし、意味のない言葉を漏らし続ける。きっと彼女に憧れる男性が見たら卒倒するだろう。

 

「あやこちゃん、かーわーいーいー!!!」

 

「確かここに粉塵の素材あったよね」

 

 そして蘭はそんな亜夜子に思い切り抱き着いて頬ずりして困らせ、一人モンスターと相対する文弥は、自分一人で進めてしまわないよう攻撃は加えず、今日役に立たなさそうな二人のためにサポートアイテムを集める。接待プレイは下手くそな蘭の相手で慣れっこだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それと文弥くんも、達也お兄ちゃんの事大好きだよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピッ!」

 

 だがそんな文弥も突然の質問に動揺して操作ミスをしてせっかく上った崖から落ち、その落下地点にたまたま届いたモンスターの大技を食らってしまう。画面の中のハンターは跪いた。三回目の体力ゼロ。クエスト失敗だ。

 

「そ、そそ、そんな! そもそも男同士ですよ!?」

 

「えー、せいべつなんて、そんなの関係ねえ! でしょ?」

 

 顔を真っ赤にして反論する文弥だが、蘭は無駄にジェスチャー付きの物まねを挟む程余裕だ。

 

「じゃあ、そうぞうしてごらんなさい。たつやあにちゃまの、あのぶあついむないたに、やさしくだきしめられてるところを」

 

「…………」

 

 想像しまいとしていたが、文弥の顔がどんどん赤くなっていく。恐らく「兄貴分」以上の感情を抱いているのは確定だ。果たしてそれが蘭の言う通りのものかは定かではないが。

 

「んふふ、ふたりともかわいいねー?」

 

 クエスト失敗故にしょぼい報酬が並ぶ画面を放置して、オーバーヒートして停止した二人の妹弟を一気に抱きしめて満足げに笑う。

 

 

 

 

 

 こんなに可愛くて、気を遣ってくれて、優しい妹と弟がいるのだ。

 

 

 

 

 

 

 この失恋も、もう大丈夫に決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ちなみに、わたしのしつれんは、きにしなくていいですよ。まほうかこうこう、いけめんとびじょうじょばっかなので、どっちもいける、わたしにとっては、もうほぼ、はーれむものれんあいげーむ」

 

「「そのプラス思考を見習いたいです……」」

 

 結局この日は、ゲームもほとんど進むことなく、就寝の時間を迎え、三人仲良く一つのベッドで川の字になって寝たのであった。




蘭はみんなのことが大好き(色んな意味で)なので他者の恋は応援してる。ほのかと深雪と亜夜子(と文弥)の達也に向ける恋も応援してるし、もう「達也は全員抱けー!」て思ってる。そしてあわよくばそこに混ざって美少女とマッチョイケメンと男の娘をまとめて味わおうとしてる。

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