魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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おま◯けのコーナー(中条いつき)

 日本国内に現れた大量猟奇殺人集団・吸血鬼の正体は、人間に憑りついた妖魔・パラサイトであった。

 

 その恐ろしくて悍ましい事件は、最終的にたった四人の高校生が解決してみせた。

 

 第一高校二年生主席、中条あずさ。

 

 精霊魔法の名門・吉田家の次男にして「神童」、吉田幹比古。

 

 模範生でありかつ飛びぬけた成績を持ち、その正体は世界最強の魔法師部隊の隊長にして十三使徒の一角である、アンジェリーナ・クドウ・シールズ。

 

 そして、第一高校一年生次席、中条いつき。

 

 発生当初は情報統制が敷かれ、ついに抑えきれなくなってからは大ニュースになった、化け物による大量殺人事件。それを、まだ正体が判明しないうちに魔法師の高校生四人がとても早期に解決してみせたのは、さらに大きなニュースとなって日本中を、そして世界中を駆け巡った。

 

 

 

 

 ――それとともに、一人の小さな、そして勇気ある男の子が背負うことになった障害も。

 

 

 

 

 この四人のリーダー格であった彼が、化け物による大量殺人を止めるのと引き換えに、両脚と左腕の自由を失った。その男の子の庇護欲をそそる小さく可愛らしい見た目と、いつも通りに浮かべる朗らかで明るい笑顔が、より一層、人々の悲嘆を誘った。

 

 悲劇のヒーロー。

 

 世間のいつきに対する認識は、おおむねそのような感じである。

 

 

 では、その当人は、どのような生活を送っているか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっくん、もうかゆいところはなーい?」

 

「うん、ありがとー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分と瓜二つのとても可愛い姉・あずさと、お互いに隠すべきところも隠さず、一緒にお風呂に入っていた。

 

 そうしてお風呂から上がると、あずさに多少助けられながらも、魔法でタオルや衣服を操作してとてもスムーズに着衣を済ませ、そのまま浮き上がって壁際の椅子に座ると、姉にドライヤーをかけてもらう。

 

 そうしてお風呂上がりの支度を整えたら、その椅子は敷かれた壁のレールに沿って移動し、二階の自室へと運ばれていく。そしてそのままごく短距離の魔法移動でベッドインした。

 

 

 

 悲劇のヒーローは、多少不便にはなったが、なんやかんやでさほど不自由ない生活を送っているのである。

 

 

 その要因はいくつかある。

 

 一つ目。社会や技術が発達して、21世紀が始まってから30年ぐらいまでのころでは考えられないほどに家庭用介護設備が進歩した。軽量、安全、安価、便利。今や老々介護すらも、さほど力を入れる仕事なく成り立つとすら言われている。

 

 二つ目。いつきが移動・加速系魔法の名手であり、加重系魔法も得意であること。達也に頼んで改造してもらった汎用飛行魔法の存在もあって、彼の身一つでもかなりのことができる。

 

 そして三つ目。

 

 各所からの支援があった。

 

 まず国・国防軍・警察・自治体・保険会社・数字付(ナンバーズ)など、国内のあらゆる機関からお見舞金や報奨金や保険金が中条家に渡された。その身を挺して人々を化け物から救ったヒーローだ。彼に支援することは当たり前であり、そして渡した側の評判にも関わる事であった。

 

 さらに第一高校を中心として様々なグループで「寄付」が募られた。いつきは九校戦で有名人であり、校内のみならず魔法に関わる各所で人気者である。そんな彼がこうなったとあっては、寄付金も集まろう。

 

 さらにさらに、USNA軍からも報奨金と見舞金が出された。その金額は、正規軍人がその身を挺して国や仲間を守って障害を負った時に支払うものに準ずる。国家を化け物から守り失敗の尻ぬぐいをしてくれたことへのお礼の他、ここで出さなければ世界の恥になるということがよく分かっていたのだろう。

 

 このように、中条家には大量の金が転がり込んできたのである。両親である学人とカナは目を回した。高給取りの二人の生涯収入を合わせてもゼロ三つぶんぐらい追いつかない金額だ。家を介護仕様にフルリフォームするどころか、介護機能つきの大豪邸を二つぐらい立てても遊んで暮らせるだけの金である。

 

 そして中条家の四人は、全員が善人であった。そんな金額は受け取れないと、そのほとんどを返還したのである。それでも、住んでいる一軒家を介護のためにフルリフォームして、いつきのために様々な投資や準備をしてさらに今後のためにかなりの金額を貯金できた。

 

 学人とカナは口をそろえて語る。

 

「この貯金は他者に保管してもらおう」

 

 二人は正当に手に入れてしまったあぶく銭の怖さを、よくわかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、介護事情を知らない世間からすればいつきの生活は不憫だし、また実際に健康生活に比べてかなり不便であることには変わりない。そうなると「美談」として語られるのが、家族、特に姉の献身的な介護だ。

 

 元々いつきと割と一緒にいる方だったが、あずさの手が空いている時はより一緒にいるようになり、いつきのお世話をしている。その例がお風呂だ。異性の姉弟ながら、あずさはいつきのお風呂を手伝っていると、周囲に知られているのである。

 

 では、具体的にどのような認識か。

 

 

 介護のために一緒に入るようになった。通常の介護のように、あずさは服を着て軽い手伝いをして、いつきも前を隠して大事なところは動く右手で自分で洗う。

 

 

 要は一般的な介護の姿である。このように思っている世間は、あずさを素晴らしい姉だとほめそやす。

 

 なお、実際どうかというと。

 

 まずいつきとあずさは、恐ろしいことに、以前から一緒に入っていた。そして以前と同じようにお互いに色々と隠していないし、裸でもわりかしスキンシップする。大事なところは流石に自分で洗う。そして一緒に浴槽に入ってじゃれたり雑談したりする。つまりほとんど以前と変わらず、「献身的な介護」と思われているのがあずさには不思議であった。ちなみに余談だが、同性の学人が介護をしないのは、見た目がほぼ同じなためいつきの裸もまたあずさにとっては見られるのが恥ずかしいからである。弟に自分が見られるのは平気なのは不思議だが、両親は突っ込むことができなかった。

 

 この変態姉弟生活が知られるのを、両親はずっと危惧していた。そしてお風呂の介護もしていると知られたときは心臓が止まりかけたが、世間の極めて常識的な「思い込み」のおかげで胸をなでおろすと同時に、罪悪感で心臓が締めつけられた。最近心労で鏡の自分が老けて見えるようになった、とは、学人とカナの談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて蚊帳の外で二人の子供が英雄になり、片方が重い障害を抱えてしまった、中条家の両親の苦労の話はこの程度にしておいて。

 

 ここで、今度はいつきの学校での生活を見てみよう。

 

「おはよ~」

 

 新入生を迎えて少し落ち着いてきた4月中頃。二つの意味での「ダブルセブン」が校内トラブルを起こしている中、それに全く関係ないいつきが、この度一科A組に「昇格」した幹比古に車椅子を押されながら、教室に姿を現した。

 

「おう、おはよう! 元気そうだな」

 

「いつききゅ……中条君おはよう!」

 

 するとすでに教室にいたクラスメイトが駆け寄ってきて、男女問わず声をかけられる。女子の一部に危ない様子のもいるのは余談だ。

 

「お二人とも、おはようございます」

 

「「おはよう」」

 

 席に着くと、そばの席である深雪がおしとやかで穏やかな笑顔を浮かべて優雅に挨拶をしてくれる。彼女はいつきのことを嫌いではないが、憧れや恋愛感情などは抱いておらず、その立ち居振る舞いは上品そのものである。ちなみに駆け寄ったクラスメイトも全員それなりに「良い育ち」をしているはずだが……沼は深いものだ。

 

「研究の方は捗っていますか?」

 

「うーん、イマイチってところかな」

 

 深雪の質問に幹比古が答える。元々対パラサイトのためのみならず、主にあずさの意向で、あずさ・いつき・幹比古は精神と魔法に関する研究を行ってきていた。吸血鬼・パラサイトとの戦いを通じて様々な経験や実例、そして生け捕りのパラサイトという特大の資料を手に入れたので、三人は事後処理が落ち着いてすぐに研究を再開したのだ。

 

 そしてその様子を、深雪と達也がやたらと気にするようになった。研究気質の達也と兄に影響されてか好奇心や向上心が強い深雪だ。こうなるのは当然かもしれない……とあずさたちは思っている。

 

「やっぱさー、ボクたちが古式魔法使えるようになるべきだと思うんだよね。幽体関連の」

 

「バカ言え。簡単なものとはいえいつきたちが『念仏體(ねんぶつたい)』とかを習得できた時点で奇跡みたいなもんなんだぞ。あの数日間だけじゃなく、あと一年は吉田家(うち)にお泊りして修行するぐらいの気持ちでいて貰わないと」

 

「だよねえ」

 

 自然と三人の研究内容は、いつきの幽体治療、および全身を自分の意志で動かせるようにする方法の模索になった。幽体関連は、これまでの研究や経験が強く活きる分野であり、そちらへの移行はスムーズなのだ。それでいて先行研究が少ない未開拓な領域であり、手探りな部分が多い。幽体の状態をチェックできるのが古式魔法師だけ、という点も、今の会話の通り、ネックであった。

 

「……それで、ですね。えーと、その研究に関してなのですが」

 

「うん、なになに?」

 

 そうしてしばらく会話をしていると、深雪が言い出しにくそうに、優雅な笑みの口の端をひくつかせながら、少し話題を変えてくる。

 

「その、実はパラサイトの保管方法が、少し不安でして。封印の方は信頼していますが、その、例えばセキュリティとか……」

 

「なるほどねえ」

 

 幹比古が腕を組んで虚空に視線を移して思案する。

 

「それについては大丈夫だと思うよ。場所は言えないけど、とんでもない金庫に入れてるし」

 

「そうですか……その、もし保管方法とか教えていただけたら、お兄様と一緒にもっと具体的なアドバイスもできるかも、とか思っているのですが」

 

「まあ念には念を入れた方が良いのは確かだねえ」

 

 そうしているうちに、いつきと深雪が会話を進めている。それで少し客観的な視線になった幹比古は、ある疑念を抱いた。

 

「司波さん、なんだかパラサイトについてよく気にするね」

 

「っ! え、ええ、どうしても、不安ですから……」

 

「さすがに精神情報体のお化けは司波君でも倒せなさそうだもんね。そういえば司波さんはアテがあるの?」

 

「……ええ、と、まあ、一応」

 

 いつきと幹比古には、深雪の『コキュートス』は見られていない。彼女が精神干渉系魔法を使えることすら知らないだろう。

 

 

 

 ……深雪はクラスメイトと違って沼にはまっていない。

 

 だが、別の沼でもがき苦しんでいるのは事実だ。

 

 

 

『どうしろっていうんだ』

 

 達也の吐き捨てるような愚痴が思い出される。

 

 いつき達が無茶をして国内のパラサイトは一部封印して保管し、他は全部討伐した。

 

 また封印パラサイトを一時的にリーナにレンタルして、USNAに残ったパラサイトもUSNA軍が「悪鬼滅殺」した。

 

 これにより、興味を示した四葉家が自由に手出しできるパラサイトが、ひとつ残らずいなくなってしまったのだ。

 

 そこで四葉本家から一高に通う二人に出された命令がこちら。

 

『三人から頑張って封印パラサイトについて色々聞きだして譲ってもらう。最低でも居場所や保管方法を聞き出して強奪できるようにする』

 

 無茶極まりない。高校生三人で吸血鬼事件を解決しようとするぐらい無茶だ。

 

 そういうわけで、深雪と達也は、こうしていつきたちから情報を抜き出そうと日々努力しているのである。その全てが警戒心ゆるゆるの中条姉弟を相手にしていてもなおさすがに空振りに終わっているし、良心も痛むしで、地獄のような境遇である。達也と深雪、二人で仲良く抱きしめ合い囁き合って時に一緒に寝ながら慰め合わなければ、こんなことに耐えられない。

 

 四葉。家。しがらみ。友情。良心。様々な泥が混ざった沼から、二人はしばらく抜け出せそうにない。

 

「おはようー」

 

「おはよう」

 

 そうして話しているうちに、新たなクラスメイトが登校してきた。控えめながらも穏やかで朗らかで人を和ませるようなほのか。小さくて可愛らしく冷静沈着で抑揚が少ない雫。深雪の親友だ。

 

「あ、おはよう、光井さん」

 

「おはよう、中条君」

 

 そうしてナチュラルにほのかはいつきの隣――本来は雫の席だ――に座り、ポケットから手のひらサイズの布を取り出す。そして同じものをいつきも取り出し、二つを机に並べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「今日も一日、わたくしたちをお守りください」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれに向かって、「お祈り」をした。

 

「「「…………」」」

 

 幹比古と深雪と雫の視線は冷たい。クラスメイトからも冷たい。

 

 だが二人は気にせず、頭を深々と下げたまま、「お祈り」に浸っている。

 

 

 このお守りは、古式魔法の名家・四十九院家の寵児、水の申し子こと沓子お手製だ。

 

 二人とも九校戦で沓子と親しくなり、横浜で命を助けられ、さらにいつきはもう一度真冬の夜に助けられた。

 

 そうした経験を共有する二人は、沓子に対して深い友情とともに、「信仰心」を抱いたのである。

 

 もともとクラスメイト兼お友達グループメンバーだったとはいえあまり関わりが無かった二人だが、「沓子」という「同じ神」を見出し、一緒に命を預けあい助け合い肩を並べて戦った戦友ということあって、一気に仲良くなった。

 

「「…………はあ」」

 

 幹比古と雫が重いため息を吐く。

 

 気持ちは分からないでもない。

 

 実際二人もあの地獄で沓子に助けられた。特に幹比古は、「神」を降ろした彼女への深い尊敬があるし、巨大パラサイトの莫大な邪気からいつきを守るという「奇跡」も目の前で見た。深い尊敬と感謝を抱いているのは確かだ。

 

 だが、さすがに「信仰」にはならないし、ましてやここまでの「狂信」にはならない。

 

「……ほのか、達也さんがいなかったら、三高に転校してたかも」

 

「ありえる」

 

 ほのかが達也にべたぼれなのは二人にとっては周知の事実――ほのかにとっては羞恥の事実――である。そしてほのかに刻まれた「エレメンツの遺伝子」が、達也への愛情と依存をより深めている。

 

 そんなほのかの「エレメンツの遺伝子」は、横浜での戦争以来、沓子に対してもビンビンに働いている。雫の言う通り、転校しかねなかった。一人の乙女を叶わぬ恋に落とした罪深い男・達也に、感謝しなければならない。

 

「今度中条君のお家に行って、『祭壇』へのお参りしていい?」

 

「うん、大歓迎だよ!」

 

 ちなみにいつきは元々部屋に設置していた簡易的な「神棚」を退院してから改造して、「祭壇」へと進化させた。新しいお守りはお風呂の時以外こうして肌身離さず持ち歩き、祭壇にはご神体として、パラサイトからいつきを守りその役割を終えた黒焦げのお守りが安置されている。そして毎日三度、器用に汎用飛行魔法を中心とした魔法を使って土下座の姿勢を取り、「礼拝」している。ちなみにその祭壇も、今のお守りも、しっかり金沢の方向に置いてあり、同時に沓子自身と四十九院家の神社方向への礼拝もできるようになっている。ここまでくると別の宗教だが。

 

 こんな具合に、あずさや幹比古とばかり一緒にいるように見えて、いつきはそれなりに交友関係を広げている。パラサイトとの戦いを終えてからは、心にゆとりができたのか、色々な人と遊ぶようにもなった。例えばこの前はあずさ不在で達也たちお友達グループとアイネ・ブリーゼでお茶をしたりもした。

 

 その中でも特に関係が深いのが、まさかのほのかである。言ってしまえば、「同じ沼の仲間」である。いつきとほのかもまた、沼に沈んで出られないでいた。――当人たちはもがくことなく嬉々として深く深くへと潜っていこうとしているが。

 

「……ほのかが男の子の家に遊びに行くって自分から言い出すなんてありえない」

 

「ああ、やっぱそう?」

 

 熱心にお祈りを続けている狂信者二人を見ながら雫が呟き、幹比古が同意する。ほのかは明らかにそういうタイプではないし、ずっと傍に居た雫はそれがよく分かっている。だが、今はこれだ。

 

 まさかのまさか。いつきと深い関係になっている女の子は、あずさを除けば、ほのかが一番と言えるのである。

 

 

 

 

 とはいえ、これが恋愛関係に発展することはあり得ないだろう。

 

 

 

 

 沓子からの神託(電子メッセージ)を二人で見て嬉々としているいつきとほのかを見て、幹比古たち三人は「確信」した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、どうすればいいのじゃー!!!」

 

 では、信者同士ではなく、その信仰対象()はどうか。

 

 当然、言うまでもなく、「脈ナシ」である。

 

 夏の気配が本格化してきたころの第三高校専科――第一高校で言うところの一科――の教室で、沓子は長い艶やかな青髪をわしゃわしゃとかきむしって叫ぶ。その様子を、親友の愛梨と栞が生温かい目で見守っていた。

 

「わしはそこまですごくないぞ! 大得意分野でだってほのかに負けるほどじゃぞ!?」

 

「あれはあれでエレメンツの想う力がどうのっていう理不尽があったからだと思うけど……」

 

 沓子の叫びに愛梨が反論する。エレメンツが「これと決めた人」のために強い力を発揮するというのは理屈とデータとして残っているが、あの時のほのかほどに「覚醒」するのは例がなかった。もし土壇場でエレメンツ全員がそれを発揮できるなら、尊敬する水尾先輩が深雪に惨敗することはなかった。アベレージの能力で言えば、沓子は水上なら間違いなくほのかに勝てるだろう。

 

 さて、では沓子がなぜこんなにも自虐的なのか。

 

 自分の弱さや未熟さを突きつけられる挫折を味わったのか。

 

 否。

 

 

 

 

 

 その逆だ。

 

 

 

 

 

 

 

『ボクたちの沓子ちゃん大権現様が今度東京においでくださるのですか!?』

 

 沓子が携帯端末で開く愛しいいつきからの、今度遊ぶ約束をした時のメッセージ。そこには、彼が彼女に抱く「信仰」がありありと現れている。

 

 いつきからの沓子に対する好感度は悪くない。それどころか、いつもべったりのお姉ちゃん(あずさ)を越えているかもしれない。だが残念ながら、恋愛的好感度という点では、それこそ血のつながりが濃い実姉(あずさお姉ちゃん)にすら劣るだろう。友情や親愛はあるが、それ以上に、沓子に二度も命を救われたことによる「狂信」が、いつきから向けられる感情に相応しい言葉である。

 

 当初はいつきなりの冗談だと思っていた。だが沓子のアプローチに対して一切揺るがずその姿勢を崩さない彼の様子を見て、沓子もついに気づいてしまった。彼から畏敬されていると。

 

 これでは恋愛関係に発展しようはずもない。天照大神にしろ聖母マリアにしろ古今東西の女神にしろ、「神格を持つ女性」は、決して俗人の男の恋愛対象にならない。それに似た存在は、「天使」「女神」という形容が美しい女性を指し示すように、または男性が女性に処女性と母性を求めるように、強い恋愛対象になりうる。だが、「神そのもの」と扱われてしまっては、別格の存在となってしまうのだ。

 

「わしは帝でもないのになんで『人間宣言』しなければならんのじゃ!? 不敬極まりないわ!」

 

「でも皇族の血は引いてるんでしょ?」

 

「白川伯王家だもんね」

 

「とっくに断絶しとるし宮家にもなっとらんし、そもそも血もとっくのとうに薄まっとるわ!!!」

 

 愛梨と栞の打てば響くようなジョークに、沓子が机をバンバンと叩いて反論する。ちっちゃなおててなのにその音はずいぶんな迫力だ。古式魔法の儀式で様々な楽器を演奏しているだけあって自然に良い音を出す方法を分かってるんだな、と二人はどうでもいいことを考える。

 

 こんな具合に、沓子の初恋は大きなハンデを背負うことになった。嫌われているよりもよほどたちが悪い。そして根拠のない信仰ではなく、沓子は実際に人々に敬われるほどのバックボーンがあり、そして二度も「奇跡」でいつきの命を救っている。この状況を覆すのは、長い時間が必要だ。

 

「中条君と言えば、そろそろ九校戦の季節ね」

 

 大親友の上手くいかなさそうな恋愛模様を見守るのは楽しいが。

 

 それはそれとして、もうそんな季節になっている。

 

「そういえばそうじゃな」

 

 もう6月も後半だ。そろそろ九校戦の正式通知が来るだろう。

 

「中条君にいいところ見せられるといいね」

 

「そうじゃな! ほのかとのリベンジもある!」

 

 沓子は先ほどまでご機嫌斜めだったのとは一転、天真爛漫な笑みを浮かべる。彼女の周りだけ、この梅雨明けの陽気に負けない光が漏れ出ているようにすら見える。

 

(ここで負けて中条君に同格に見られたい、と思わないところが沓子らしいわね)

 

 その様子を見て、愛梨は微笑む。冗談でもこういうことを言わないところが、沓子の好きなところだ。人との距離感が近すぎて尻や胸を遠慮なく触ってくるのは玉に瑕だが。

 

 そして沓子と同じように、愛梨と栞もリベンジに燃えている。九校戦が全て終わったあと、多少気まずいながらも、一高の当時一年女子を代表する三人との「裸(?)の付き合い」を通して友情を深めた。だがそれはそれとして、三人とも戦績はズタボロである。今年こそは、と意気込んで魔法の腕を磨いてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そんな三人の意志は、大幅な競技とルールの変更によって、完全にかなうことはなくなるのであった。




エリカは警察関係者、レオは途中まで一緒に参加してた、克人と真由美は責任持って動いてた十師族として、それぞれ吸血鬼事件をよりよく解決できる立場だった。それなのに自分の手から離れたところでいつきが大変なことになったので、とても気に病んでいる。ただしいつきがいつも通りなので、それを表に出さないように気を遣っている。

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