初日からずいぶんな見ごたえであった。
女子ペアは一高の国東・明智ペアが優勝。そのボートさばきもさることながら、とくに射撃の腕が素晴らしい。二人の気が合うこともあって、黄金タッグといっても過言ではない。
また男子の方も、漕ぎ手として、去年いつきに新人戦バトル・ボード準決勝で負かされた七高選手が活躍し、初日のタイムレコードを打ち立てた。射手のほうもかなりの腕で三位のスコア。総合優勝をもぎ取った。
だが、いつきたちにとってのロアー・アンド・ガンナーの本番は二日目である。
「沓子ちゃん様がんばってくださーい!」
「私たちの水神様ー!」
女子ソロ部門。沓子の出番になると、三高サイドに負けないほどの黄色い声援が、いつきとほのかから飛び出す。
「完全に裏切りでしょ」
リーナの鋭いツッコミに、一緒に観戦しているいつもの達也お友達グループとあずさは同時にウンウンと頷いた。雫とリーナは今回が初対面だが、なんだか仲良くなれそうである。
二人の声援を受け取って千切れんばかりに手を振る沓子は、初回の演技を始める前からすでに観客を魅了する程の輝きと自信に満ち溢れている。去年のほのかとの激戦は見た者全員の記憶に焼き付いて離れないし、横浜に現れた機械仕掛けの化け物を吹っ飛ばした活躍も記憶に新しい。彼女に寄せられる期待は大きく、そしてその期待以上の実力を、彼女は持っている。
「仮に雫が出ていたとして、どうだ、勝てそうか?」
「達也さんのデバイスがあっても無理だと思う」
雫はアイス・ピラーズ・ブレイク女子ペアの代表だ。その適性や部活動経験からロアー・アンド・ガンナー女子ソロとどちらにするかギリギリまで揉めたが、水上移動の経験が少ないということで、アイス・ピラーズ・ブレイクに選ばれたのである。
射撃の腕では負けるつもりはない。これでも新人戦スピード・シューティングの女王としてのプライドがある。だが去年のほのかとのレースを見ていると、「想う力」のような奇跡でもない限り、水上では勝てそうにもない。
――そんな前評判の通り、沓子のレースは圧巻だった。
ボートさばきはもはや語るまでもない。昨日のボートに集中しているはずの国東を越えるスピードや操作で複雑なコースを走り抜けていく。その様はまるで海中を駆け抜ける魚の様だ。
それでいて、そんなボートさばきをしているというのに、射撃魔法もまたハイレベルである。彼女らしく狙いは大雑把だが、この高速移動と同時に行っているとは思えないほどに一撃一撃の攻撃範囲と威力が大きく、多少狙いが外れても的を確実に破壊している。高速移動しながらの攻撃となったら当然
「「神! 神! 神!」」
そんな素晴らしい演技を見せつけられたというのに、感涙しながら叫ぶ
☆
沓子と、去年いつきと激戦を繰り広げた黒井が、それぞれ優勝を決めた二日目が終わり、三日目。
次なる新競技であるシールド・ダウンと、新たに創設されたペア部門でさらなるド派手な戦いが期待できるアイス・ピラーズ・ブレイク。この日もまた見所であった。ここで一高は女子ペアが見事に優勝し、男子ペアも三位に入賞した。
そして四日目。
この九校戦で、最も注目を集める三人が一気に登場する、アイス・ピラーズ・ブレイクのソロ部門が始まる。
司波深雪。一条将輝。中条いつき。
この全員が、去年の九校戦で飛びぬけた結果を残し、そしてそれ以外の場面でも様々な実績を残している。深雪だけ――秘匿されてるがゆえに――九校戦外での実績はやや劣るが、去年見せつけた実力では将輝よりも上だ。
「イツキが格落ちに見えるって反則もいいところよ。一人ぐらいステイツに分けてほしいわ」
観客席でリーナが腕組みしながら、この世界情勢では少し笑いにくいジョークを口走る。こういうところはやはりアメリカンのようだ。
男女それぞれの一回戦がもうすぐ終了する。だがこの中途半端なタイミングで、準備のための長めのインターバルとなっている。将輝と深雪が速攻で相手の氷柱を全てぶっ壊すせいで製氷が追い付かず、裏方はさぞやてんてこ舞いだろう。
まず深雪は去年と同じく、そして去年よりもさらに激烈な威力となった『
また将輝も一切防御することなく開始直後に特化型CADを抜き、一瞬で相手氷柱全てを『爆裂』してみせた。
どちらも一方的だが、全ての攻撃を跳ねのけ見た目も絶望感がある深雪、一切何もする時間を与えず数秒で終わらせる理不尽の将輝、という点で違いがあり、種類の違う強さに観客は震えあがり盛り上がった。
そして、男子一回戦最後のカードで、観客人気ナンバーワンのいつきの試合が、目前に迫っていた。観客たちは今か今かと待ち望んでいる。製氷スタッフが可哀想になってくる場面だ。
そうして熱気の中しばらく待っていると、ようやく場内アナウンスが流れ、まもなく再開することが告げられ、観客のボルテージが上がっていく。そしてそれと同時に車椅子姿のいつきが会場に姿を現し、歓迎の歓声と戸惑いのどよめきが会場を満たした。
幾度となくテレビで流れたし、ここに集まるような観客には周知のことであるはず。だがそれでも、いつきの車椅子姿はその小さくて可愛らしい見た目もあって、あまりにも悲しく映る。
だがそんなことを気にせず、いつきは観客に手を振る。すると主に女性の歓声が爆発した。
「なあ、オレの見間違いじゃなかったらだけどよ、あれ、車椅子に座ってるのって中条先輩じゃねえのか?」
「奇遇ね。アタシもそう思ってるところよ」
レオとエリカが目頭を揉む。目の前の光景が信じられない。
同じ反応を、雫とほのかもしていた。
車椅子に座っているいつきと思しき人物は、魔法科高校共通の「女子制服」を着ていた。
「落ち着いて。予習は済ませてあるはずだよ」
「信じたくない……」
幹比古が取りなすが、周囲は困惑したままだ。特にエリカと雫とほのかと美月は大ダメージまで負っている。
あれはまぎれもなくいつきだ。
ただしアイス・ピラーズ・ブレイクの仮装大会の伝統にのっとって、「女装」している。その姿はまんま中条あずさだ。そして女性ほど美容に気を遣っていないのは間違いないのに、あずさ並に、つまりとてつもなく可愛い。日ごろ美容に気を遣っている年頃の乙女たちのハートに傷をつけるほどに。
ちなみに幹比古の言う「予習」とは、去年のハロウィンパーティだ。あずさといつきはお互いのサイズぴったりな制服を取り換えっこして、男装・女装で参加し、幹比古以外の全員の目を欺くことに成功した。そしてそのついでに、今のように、乙女心に傷をつけたのだ。
そのいつきは、専用の臨時エレベーターのようなものに乗って櫓を上っていく。日本が誇る十三使徒・五輪澪のように、身体に障害を抱えている魔法師は、非魔法師よりも割合が多い。運動能力があまり左右されないこの競技はそうした層でも楽しめるスポーツとして嗜まれており、身体障害者サポートの方法も認知されている。
「あんなちゃちなエレベーターで持ち上げられるのかって毎度冷や冷やするよ。これだけで氷柱が出来上がりそうだ」
このサポート設備は、当然この競技を練習した第一高校にもある。自分でバランスを取れる人間一人なら多少揺れて怖いで済むが、いくらいつきが小っちゃくて軽いとはいえ、車椅子の重さと不安定さを考えると、見るほうは心臓に悪い。ちなみに実際乗っているいつき曰く、「魔法で色々軽減したり支えたりしてるから意外と怖くないよ」らしい。
そうして女子制服のいつきが櫓に上りきり目立つ位置に来ると、唯一動かせる右手を振って観客の声援に応える。それだけでさらに歓声が爆発する。こうもアウェーでは、相手の六高の三年生はやりづらそうだ。
「それで、イツキはこれをどうやって戦うの? 武器も砲弾も持ち込めないし、イツキの得意魔法からは外れると思うけど?」
「それは見てのお楽しみだね」
「まあわしはなんとなく見当つくがの」
日本に来れていないリーナと他校の沓子はいつきの練習を見ていないので、作戦の基本すら知らない。知っている幹比古は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、試合本番まで結論を焦らす。リーナはそれに少し頬を膨らませるが、競技開始直前を告げるアナウンスが流れたので、文句を言うタイミングがなくなってしまった。
そして、審判の合図と同時に競技が開始し、サイオン光と魔法式がお互いの氷柱に煌く。
そして相手の氷柱の一本が急に吹っ飛び、周りの氷柱を巻きこんで倒れた。
ガリバリゴリパキ! と、大質量の氷が一気に割れる音が会場に鳴り響く。突然暴れ出した相手陣地の氷柱はその勢いを止めず、他の氷柱も破壊していく。そのペースは、防御魔法が最低限にしか施されていないはずのいつき陣地に比べて圧倒的である。
相手選手は対抗魔法を展開しようとするが間に合わない。
開始から13秒。いつきの勝利が決定した。
「これはわしも予想の斜め上じゃったなあ」
他観客たちと同じように唖然として言葉が出ないリーナの肩に手を置きながら、沓子も目を丸くしていた。
☆
順調に試合が消化されて決勝リーグとなった。
女子はすでに結果が出ていて、深雪の圧勝である。
そしていよいよ男子最後の試合。決勝リーグに残ったもう一人を相手にどちらもすでに勝っているため、この組み合わせが優勝決定戦だ。
「……予想通り、一番嫌な相手がきたな」
将輝は、櫓の下で腕組みしてスタンバイしながら、エンジニアである瓜二つの姉と楽しげに話してリラックスしている様子のいつきを睨む。
思い出されるのは、去年の九校戦、モノリス・コードの新人戦だ。
高校一年生だけのレベルならば、自分に適う存在はいないと思っていた。二十八家の一色愛梨ですら、将輝とは二回りほど実力差がある。これは慢心ではなく、客観的な評価だ。将輝と同格がいると考えるほうが逆張りのひねくれ者と言われても仕方のないほどに、その才覚は突出していた。実際のところ女子には彼に並ぶほどの実力を見せつけた想い人――この恋が叶うことはないだろう――の深雪がいたが、男子の方にはいなかった。アイス・ピラーズ・ブレイクも圧勝し、モノリス・コードも一試合目を全校が終えた段階で将輝に届く存在はいなかった。
だが、大きなトラブルの末に代理で現れた、女の子のような小さな男の子が、将輝に食らいついた。
あれほどの接戦、激戦は久しぶりだ。校内練習で先輩や卒業生やコーチと戦った時も将輝だけはそれなりに余裕をもって勝てていた。実質の一対一であれほどの戦いになったのは、中学生のころに軍事訓練めいた魔法組手を現役国防軍人とやらされた時ぐらいだ。
運動能力は間違いなくこちらが圧倒的に勝っていた。魔法の実力も、総合的に見たら将輝が上。だが、戦闘の立ち回りと、あの状況における魔法適性は、いつきの方が明らかに上だった。
「この競技で向き合うことになるなんて、思いもしなかったな」
去年将輝は勝った。だが気分的には、敗北に近い思いがあった。ゆえにそのあと、まるでリベンジかの如く燃えるように魔法の練習に打ち込んできた。間違いなく、次は、本戦のモノリス・コードに参戦してくる。あれだけの戦いを見せたのだ。誰もかれもが、いつきをこの点数の高い競技から外すことはしないだろう。
だがあれから、二つの予想外があった。
一つ。九校戦のルール変更。将輝は通常競技はアイス・ピラーズ・ブレイクのみに出ることになり、いつきとの対戦は叶いそうになかった。
二つ。吸血鬼事件。これにより、いつきは障害を負い、アイス・ピラーズ・ブレイクにしか出られなくなった。
この二つの原因が重なって、こうして戦うことになった。
これは運命だ。いや、もしかしたら、去年戦ったあれもまた、同じ運命だったのかもしれない。
去年トラブルで大怪我を負った一高生や、パラサイトとの戦いで障害を負ったいつきには申し訳ないが。
将輝はこの奇妙な「運命」に、感謝しているところもあった。
「将輝、落ち着いて。大丈夫、普通に今まで通りやれば勝てる」
親友で担当エンジニアの真紅郎が肩に手を置いて声をかけてくる。流石、将輝が入れ込み気味なのが分かったのだろう。
「結局中条選手がやってるのは、ただの移動・加速系魔法だ。相手陣地の氷柱を暴れさせて一気に倒す。そんなことができる出力と干渉力がある選手はめったにいないけど、例がないわけではない」
移動・加速系による攻撃と言えば、砲撃魔法が得意な、去年の新人戦女子モノリス・コードで活躍した明智英美が印象に残っている。自陣の氷柱を高速で吹っ飛ばして相手の氷柱を倒すという大胆すぎる戦術だ。移動・加速系が得意な彼もまたそれを使うというのが大方の予想であった。
だがいつきが今年採用したのは、それのさらに効率の良い方法で、自陣を消費することなく、相手陣地を破壊することができる。ただ相手陣地の氷柱にそこまで好き放題できるほどの干渉力がある高校生はさほど多くはなく、例は少ない。それはつまり、過去に例があるということだ。
それならば、その実力が例外そのものの将輝なら戦える。
「将輝の干渉力なら、落ち着いて何本かに集中すればあれを防げる。それに、そもそも一気に破壊しきればそれでオーケーだ」
いつきもこれまでかなりの速度で相手を一方的に破壊したが、それは将輝も同じ。そして将輝の方が、圧倒的に速い。ただ何も考えず、得意の『爆裂』で一瞬で壊しつくせばよい。
「ああ、そうだな」
将輝の返事に、その内容程の同意の感情は籠っていない。そして同じことを、真紅郎も思っていた。
間違いなく、まだ隠し玉はある。こちらの予想を超えた、とんでもない作戦を隠し持っている。
「だがそれでも……俺は必ず、中条に勝つ」
こちらの気も知らないで姉弟仲良くニコニコ笑いながら雑談しているいつきを睨み続けながら、将輝は静かに宣戦布告をした。
☆
ついに決勝戦が始まる。会場は今年一番の大盛り上がりだ。
なにせ、あの将輝といつきの大一番である。しかも二人の間には、去年のモノリス・コードの因縁もある。去年よりもエンターテイメント性と煽情性が増した場内アナウンスもこれでもかとその話を持ち出し、会場のボルテージを最高潮まで上げていた。
そんな二人が対面する櫓上の姿は、ある意味対照的で、ある意味ではそっくりだ。
腕を組み背筋を伸ばして堂々といつきを睨みつける将輝。そんな将輝に構わず、車いすに座ったまま可愛らしい笑顔で観客に手を振るいつき。
一方で二人の格好は、このコスプレ大会の趣もある競技においては逆に異質な、魔法科高校の制服だ。ただし、いつきは女装であるので、これも対照的とも言えるかもしれない。
「相変わらず中条は肝が太いな」
深雪の試合が全部終わったので、司波兄妹も観客席に戻ってきている。この状況だというのにファンサービスを自然体でやってのけるのは驚きだ。別方向で強心臓の達也も、思わず唸ってしまう。
「ミユキもあれぐらいやってあげたらよかったのに」
「私はそこまでできませんよ」
リーナの言葉に、深雪は苦笑いだ。いつき並の歓声を集めていた深雪は、しかしそれには応えず、静謐なたたずまいで目をつむっていたのみだ。その神秘性がなお観客を喜ばせたが、せめて試合後はお礼も込めて手を振るぐらいはしたほうが良かったかもしれない。
「して、おぬしはこの戦いをどう見る?」
「………………」
一高対三高の頂上決戦だというのに一高サイドである達也グループにさらりと紛れ込んでいる沓子から達也は質問を向けられる。達也は無言で幹比古を睨んで説明を求めたが、肩をすくめるだけで何の説明もしてくれなかった。諦めて何も考えず受け入れろ、ということだろう。
「…………一条の方が有利だな」
「ほうほう、その理由は?」
「スタート直後の瞬発力の違いだ。今までの試合は、二人とも防御を捨てて攻撃のみで秒殺している。この試合もお互いにそれを狙うとしたら、これまでのタイムが速い一条が勝るだろう」
将輝は去年から得意の『爆裂』を振り回すだけで勝ってきた。それは上級生とも戦うようになった今年も変わらない。あれを防げるのは、達也の見立てでは深雪と十文字克人ぐらいだ。圧倒的破壊力を持つ花音ですら、将輝には追いつけない。
いつきが今までと同じ手段を取るならば、勝てる見込みは薄いだろう。
「ふむ、一高には優れた軍師がいるようで羨ましいの」
「吉祥寺とかどうなんだ?」
「頭は負けてないとは思うが、おぬしよりかは口下手でな。気の利いた解説はしてくれん」
本人の知らないところで意外な一面を暴露された真紅郎の哀れはさておき。
そんな話をしている間に、両者の氷柱セットが終わり、いよいよ決勝戦の始まりだ。
「まあ、見てみればわかるよ」
将輝と戦うことになるのは予想済み。その対策には、当然、去年ボコボコにされたリベンジをいつきを通して果たしたい幹比古も協力している。
そんな幹比古の小さな呟きは、開始合図のブザーと観客のどよめきに隠された。
『やっぱりそれか!』
開始直後。
将輝はオリジナルデザインの拳銃型の特化型CADを抜いて『爆裂』を全ての氷柱に行使する。
だがそれとほぼ同時にいつきも魔法を完成させていた。
それは、今までのような攻撃魔法ではなく――将輝の攻撃を退ける、防御魔法であった。
「とりあえずはそうなるじゃろうな」
イデア上の様々な情報を改変して偽装する『
これによってイデア上の氷柱の座標は誤魔化され、直接干渉する『爆裂』は対象不明としてエラーを起こす。
「問題はここからよ」
リーナが厳しい声で呟く。
マイクが拾って会場に届けた将輝の叫びの通り、観客のほとんどと違って、彼らを深く知るほとんどはこの流れは予想していた。
なにせいつきは去年のモノリス・コードで『
将輝はよどみなく別の魔法を選ぶ。対象物ではなく、条件を満たした座標にある物体内部の液体を一瞬で発散させる『爆裂』の亜種だ。『叫喚地獄』のように温度を上げて蒸発させるものと違って一瞬で気化させるため、『爆裂』と同じ破壊力が保証される。ただし今の将輝では、『叫喚地獄』ほどの範囲は出せない欠点がある。だがこの瞬間は、これで十分だ。
『これも駄目か!』
だが、それもいつきの氷柱を破壊するには至らない。
代わりに、破壊とは別の異変が、いつき陣地の氷柱に起きていた。
「とんでもない手間だな」
達也は驚きを通り越して呆れる。
いつきの巨大な氷柱十二本全てが、陣地内をランダムに滑るように動いている。あれだけの質量でしかも不安定なものを一度に十二本ランダムに動かすなんて芸当、深雪や将輝ですらできるか分からない。
これによって氷柱は動き回るため、座標を対象とした『爆裂』も逃れられる。今まですべてを破壊しつくしてきた将輝の速攻は、何の成果も得られず終わってしまった。
こうなれば、その速攻を防ぎきったいつきが、今度は攻める番だ。
『一発逆転チャーンス!』
『させるか!』
櫓に設置されたマイクが二人の声を響かせる。
いつきは、自陣の氷柱の座標を誤魔化しながら動かし続けているせいで今までに比べたら速度の威力も格段に低い魔法を、将輝の氷柱に行使する。当然その程度は将輝にとってはどうとでもなく、特化型CADを即座にサスペンドして汎用型に切り替え、強力な『情報強化』で退けた。
こうして、開始直後の攻防は、お互いに成果の出ないまま終わった。
将輝はいつきの防御手段を攻略できず。
いつきはその防御手段に注力せざるを得ないせいで将輝の単純な守りすら破れない。
「こうなるとイツキが不利ね」
リーナが唸るように低い声で呟く。
将輝の防御は簡単な『情報強化』のみで、さほどの消費は無い。
一方でいつきは『仮装行列』と大質量十二本のランダム移動の継続を強いられる。改変難度、改変規模、複雑さ、その全てにおいて、並の魔法師ならば十秒続けば良い方だ。その消費は絶大である。
必然、現状の打開は、いつきの方が強いられる。
『これいーらない!』
いつきが動き出した。
なんと、今まで必死に守っていた氷柱のうち三本を、ものすごい勢いで将輝陣地に放ったのだ。やっていることは去年の明智と同じで、当初予想されていた砲撃魔法なわけだが、膠着状態でいきなりそんなことをしたものだから、会場が驚きに包まれる。
「なにあれ!? ずるいじゃん!!!」
観客席の一角、いつも元気な明智の騒がしい声が響き渡った。傍に居た十三束鋼と里美スバルになだめられる。
この砲撃魔法は、明智ができるもののレベルを超えていた。まずあの大質量を一気に三本も飛ばすのは無理だし、その威力は、元々ランダム移動で速度がゼロでなかったこともあって、彼女のアベレージを越えている。栞との戦いで最後の最後に見せた渾身の一撃には及ばないにしろ、彼女のアイデンティティをいとも簡単に超えて見せた。
『結局それかよ!』
将輝は叫びながらも対応する。三本の内一本は防ぎきれず、一気に三本も倒されてしまった。だが残り二本は減速魔法と障壁魔法の合わせ技で防ぎきる。命ともいえる自陣の氷柱を砲弾とした「自爆」に近い不意打ちは、結果として収支が同じになってしまった。
だが、氷柱が減ったのは悪いことばかりではない。
これによって『仮装行列』とランダム移動の手間が単純計算で四分の一減った。この攻撃自体が将輝にも有効であることも分かった。そして将輝サイドは、いつこの砲撃が飛んでくるかわからないため、『情報強化』だけで済ませて攻略法を考える、という呑気なことはできなくなってしまう。
『だったらこれで!』
魔法力でも、適性でも、こちらが有利なはず。ところがついに、不利に追い込まれた。やはり駆け引きや作戦ではこちらが負ける。この状況が長引くと、不利な駆け引きを延々と迫られかねない。
将輝は即断し、現状の打破を選ぶ。
展開する魔法は先ほどと同じ、領域版の『爆裂』だ。ただしそれはいつきの氷柱を狙った位置ではなく、陣地の境目の中心だ。そしてさらに自陣の氷柱を真ん中一か所に集中させて固める。
「ほう、考えたのう。去年栞が使ったやつじゃな」
モニターにアップで映されたいつきの顔からは笑顔が消え、驚きで表情をゆがめている。
氷柱をぶつけて破壊する作戦には、こちらの氷柱を一か所に固めて堅牢にする。沓子の言う通り、去年明智と戦った栞が土壇場で編み出した戦法だ。結果は急に出力を上げた明智の砲撃に破られたが、途中までは有利だったのは間違いない。さらに、いつきの出力上昇を警戒し、全力一直線に飛ばしたとしたら間違いなく通る軌道上には、通った氷柱が『爆裂』してしまういわば「地雷」的な魔法が設置されている。
いつきは負けじとその「地雷」を迂回して氷柱を一つ放つが、固まって堅牢になった氷柱は倒せず、残り九個しかない「砲弾」を無駄に壊すだけに終わった。そして恐ろしいことに、将輝は「地雷」をいつき陣地にも小規模ながら展開し始め、ランダム移動にも制限を加えようとする。
『これならどう?』
それでもいつきにはまだ手札があった。
通り道の「地雷」は別として、氷柱を固めるのはいつきたちだって去年見ている。その対策をしていないはずがない。
目の前で効果を及ぼしている移動・加速系に注目されがちであるが、いつきは加重系魔法も得意だ。何せ移動・加速系で高速移動する場合、慣性をどうにかしなければならず、その慣性中和魔法は加重系に分類される。
ゆえに、一か所に集中させ硬化魔法で相対距離を固定してくっつけた分『情報強化』を外した将輝の氷柱にも、加重系魔法は通せる。
『破城槌』。物体の任意の一面に全ての重力を集中させて自壊させる魔法だ。氷柱が一つに固まってくっついている以上、いつきほどの魔法の腕ならば「疑似的に一つの物体」として魔法行使することも可能。九本の巨大な氷柱の重さ全てが、その一面に集中し、九本すべてを一気に自壊させる。
『あっぶな!』
だが魔法の気配を察知した将輝がとっさにかけた『情報強化』に阻まれた。魔法行使速度の差が、ここの勝敗を決してしまった。
だが、悪い面ばかりではない。『情報強化』のために、いつき陣地に増やしつつあった「地雷」は減った。『破城槌』は上手くいったときの破壊力のわりに改変規模が小さいのが特徴だが、この氷柱九本分ともなればそれなりの規模があり、それを防ぐ『情報強化』もかなりのものでなければならない。将輝とてリソースの限界が来るのは無理のないことであった。
『これだったら!』
硬化魔法が外れた。攻撃の手も一瞬緩んだ。
真の狙いはこれ。
いつきは『破城槌』をなおもちらつかせながら、自陣の氷柱三本を「固めて」一本の巨大な砲弾にして、「地雷」を迂回して飛ばす。
『ああ! ――――』
おそらく「クソ」「なんてやつだ」あたりの悪態が漏れたのだろう、将輝の声はAIが無音にする。
だがそんな悪態が漏れるのも無理はない。
『情報強化』を緩めたら『破城槌』に一気に破壊される。代わりに硬化魔法を緩めたら、それを貫く超大質量砲弾を飛ばしてくる。将輝からすれば辛いことこの上ない。
この攻撃は功を奏し、三本の氷柱を犠牲に、一気に五本壊すことに成功した。
これで、いつきの氷柱は五本、将輝は四本。
「よし、いいぞ!」
「あの一条相手に残数有利を取ったぞ!」
「すごいわイツキ! そのまま一気にやっちゃいなさい!!!」
幹比古、沓子、リーナが色めき立つ。一高サイドはいつきの有利に大盛り上がりし、勝ちをほぼ確信していたはずの三高サイド――
(中条先輩の作戦だな)
周囲程ではないが、その激戦を見てらしくもなく少し興奮している達也は、エンジニア席で顔を真っ赤にしながら大声で応援しているあずさに目をやる。将輝すら窮地に追い込むこの作戦たちは、いつきだけが考えたものではないだろう。去年の九校戦と同じく、卓越した頭脳を持つあずさの案が多いはず。未知の化け物を討伐した小さな姉弟の戦い方は、あの将輝にも届きうるのだ。
(どうする!?)
将輝は焦る。
不利を長引かせるわけにはいかない。予想外の作戦と駆け引きの差を押し付けられ続けてしまう。打開しなければいけない。
だが、もう打開策がない。汎用CADには厳選した100の魔法が籠められているが、『仮装行列』、ランダム移動、そしてまだ見せていないが移動・加速系のオーソドックスな障壁魔法を組み合わせられたら、そのどれもが有効打になり得ない。直接干渉も外部からの攻撃も防ぐ。最も単純と言われる移動・加速系魔法の達人が『仮装行列』のような座標改変魔法を手に入れたら、もはや超広範囲魔法で一気に薙ぎ払うしかない。
しかし、そんな魔法、今の将輝には「まだ」使えない。
ここが水上ならば周囲の水を「爆薬」にして広範囲爆発を起こすことができる。だが、ここはあくまでも陸上。不可能だ。
ならばどうするか。
魔法演算だけでも焼ききれそうな脳を必死に回転させて、勝つための手段を考える。
血が沸騰したかのように頭が熱くなり、赤熱するような激しい頭痛が起き、視界が真っ赤に染まる。
去年のモノリス・コードですら経験しなかった、あの佐渡で何度も死の危機に敵を倒し続けた時のような感覚だ。
広範囲攻撃の方法。武器や道具は使えない。防御しながらできる。直接干渉は不可能。氷柱はランダムに移動し続ける。
(――――移動?)
瞬間、熱された火薬がついに爆発するかのように視界が開ける。
移動。そうだ。今いつきが見せているような物体移動以外にも、魔法師は様々なものを移動させることができる。
ヒントは、去年十文字克人が、アイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードで見せた、防御魔法であるはずの『ファランクス』を用いた攻撃方法。出場競技が同じであり圧倒的強者でありかつ十師族のライバルである克人の試合ビデオは、何度も見てきた。だからこそ、思いついた。
『「俺の勝ちだ!」』
将輝の渾身の叫びが、マイクとスピーカーを通したもののみならず、肉声すらも響き渡る。
それと同時、陣地境界線上に設置され続けていた「地雷」の領域が、急に横に大きく広がり――――
――――いつき陣地に「進軍」して、残った氷柱全てを一気に破壊してしまった。
☆
「あれは事前に考えていたやつ?」
試合後。
各々のインタビューを終えたいつきと将輝は、それぞれのエンジニアであるあずさと真紅郎と一緒に、インタビュアーから求められたので、公開感想戦を行うことになった。
開口一番、いつきが食い気味に問いかける。その語気は彼にしては珍しく荒いし、浮かぶ笑顔も口の端がひくついている。あずさですらほぼ見たことがない、いつきの「キレ気味」だ。
「いや、その場で思いついた」
「「そんなのあり?」」
「あ、あはは……」
いつきと真紅郎の声が重なる。あずさは苦笑いしているが、きっと同じ感想だろう。
どんな言葉で形容しても足りなく感じるほどの絶対強者の域だ。いつきは自力で右手を上げつつ、魔法で操作して左手も上げ、「バンザイ」の姿勢を取る。降参、ということだ。
その後の感想戦は、公開しても問題ない当たり障りのない範囲で和やかに進んだ。基本は試合をした二人がしゃべり、真紅郎とあずさは少し求められたときに口を挟む程度に過ぎない。
だからこそ、あずさは、別のことを考える余裕ができた。
高速移動と障壁魔法と座標改変の組み合わせ。
これは移動・加速系を突き詰め続けたいつきがたどり着いた、究極の防御だ。効率主義者な彼のことだ。きっと、この系統の魔法を集中して練習してきたのは、この考えがあったからだろう。
その最後のピースである座標改変は、幹比古とリーナという親友にして戦友との出会いで埋まった。
そんな色々な奇跡が重なったからこそ、パラサイトを倒し、将輝とも良い勝負を繰り広げることができたのだ。
――――そしてその二つの「戦い」は、どちらも同じ戦法に屈してしまった。
将輝による、爆発する領域を移動させることで座標改変もランダム移動も無視して全部破壊する魔法。
そしてパラサイトによる、全方位の邪気攻撃。
どちらも強力な広範囲攻撃だ。沓子のお守りのような「奇跡」がない限り、いつきはそれに対抗できない。
――――だからこそ、戦略級魔法が、意味を持つのだろう。
この時あずさは、目の前のハンサムでたくましい少年に、不吉な予感を抱いた。
一条将輝。きっと「世界」は、彼を放っておかない。
もしかしたら彼はこのまま成長すれば、広範囲を巻き込み、多くのものを破壊し、そして「大勢を殺す」――――戦略級魔法師になるのではないか。
優れた魔法師の予感は当たりやすい。
そんな話がある。
その話が事実かどうかはさておきとして、この時のあずさの予想は当たることとなる。
戦略級魔法を手に入れた将輝は、のちに新たな公認戦略級魔法師として、正体は隠せど、世界に名を轟かせる。
戦略級魔法師の誕生の予感。
そんな、あまりにも不吉な予感を、ついしてしまったせいで。
「それだけ、お前に勝つために色々対策して考えて来たってことだ。去年からずっと、お前のことを考えて魔法訓練してきたんだからな。この一年間、忘れたことなんてないさ」
「え、そんな……一条君、ボクのこと好きなの?」
「ちょ、そんな意味じゃ! こら、顔を赤らめるな!!!」
だからこそ、多くが見る放送の場で、ごく一部で嗜まれていた「ミキ×いつ」なるカップリングに追いつく「マサ×いつ」が誕生してしまった瞬間に立ち会っていたことに、あずさは気づいていなかった。
衝撃の瞬間の中継を見ていた幹比古「そこですぐそう思うなら中条先輩と四十九院さんとリーナの感情にも気づいてやれよ!!!」
ご感想、誤字報告等、お気軽にどうぞ
これにて一旦完結です
ここまで読んでくださりありがとうございました
新連載の『ポケットモンスター・ソード ホップに敗北RTA 水統一チャート』もクライマックスが近いです。ぜひそちらもお読みください