魔法科高校の劣等生・来訪者編クリアRTA   作:まみむ衛門

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思いついたので投稿します


おま〇けのコーナー(黒羽蘭③)

 時は九校戦練習期間にさかのぼる。

 

 九校戦の採用競技は、こちらのことなど全く気にせず、お上の都合の良いようにできている。例年ならば、運動能力よりかは魔法力の比重が強い競技を。そして今年に至っては、去年の横浜事変の影響で、露骨に軍事的な競技が新たに採用された。

 

 指定の水路をボートを操作して走り抜けながら的を撃つ。

 

 巨大な氷柱がお互いに十二本並んでそれをぶっ壊し合う。

 

 防具と盾を用意してぶつけ合う。

 

 ホログラムを空中に投射し、生身で高く跳ねてそれを叩き、生身で着地する。

 

 広大な森林に罠をたっぷり用意してそこを駆け抜ける。

 

 そのどれもが、およそ高校単独で用意し得るものではない。一般的な部活動において広い設備が必要とされる野球が可愛く見える。ごく特殊な学校しか採用していない弓道や乗馬、果てはフィギュアスケートなどのようなハードルの高い非魔法競技すら凌駕するだろう。

 

 そんな中でも特に準備が大変なのが、モノリス・コードである。

 

 まずステージが五種類もある。しかも、森林、渓谷、平原、岩場と、てんでバラバラの自然環境のが四つと、さらに廃ビルが複数並ぶ市街地ステージが加わる。どれか一つ用意するだけでも大変だが、あいにくながらステージは当日にランダムで決まるため、全ての練習環境を整える必要がある。

 

 また、ランダム英数字512文字が刻まれた巨大な電子機構つきモノリスを用意し、それをそれぞれのステージに配置するという作業もある。技術の発達や魔法の助けがあるとはいえ、非常に大変な作業だ。

 

 そして競技である以上、当然練習試合も必要である。明らかにえこひいきでポイントも高いため、男子の精鋭が選ばれる。その練習相手なんか、当然校内で用意できるはずもない。OB・OG、引退プロ、社会人や大学生のチームなど、そこら中に九校がオファーを出しまくる。相手方も九校戦経験者が多く、またスカウトやコネ作りの目的もあって、とても協力的だ。

 

 だが当然、一か月の練習期間の内、噛み合わない日も存在する。

 

 そうした日に合わせて休養日になるわけだが……。

 

「はあ、なるほど。先方が急病だ、と」

 

 各方面との調整を担当するあずさ――当人は口下手で人見知り気味だがちっちゃくて可愛いので半分本意半分不本意ながら交渉がとても上手くいく――から連絡を受け、モノリス・コード本戦代表かつこの競技全体のリーダーである範蔵は、そう呟いて頭を掻いた。

 

 困ったことになった。

 

 本戦代表の練習相手は特に問題ないが、新人戦の相手をしてくれるはずのOBたちが急病で協力できなくなってしまったのだ。新人戦代表たちも忙しい身であり、急に今日は休みというわけにもいかない。

 

「じゃあ見学とか、三チームで交代しながらやるとか?」

 

 三七上が即座に代案を示してくれる。

 

 自分たちの練習に一年生を合流させようというわけだ。たまにやっている方法であり、先輩たちとの練習は一年生たちに良い刺激となる。

 

「そうしたいのはやまやまなんだけどなあ」

 

 範蔵もそれは思いついた。だが、ここで問題になるのが、モノリス・コードのステージがやたらと豊富であることだ。

 

 今日本戦代表は渓谷ステージの演習のために遠出することになっている。

 

 そして間の悪いことに、昨日まではそこで一年生たちが練習していた。つまり、それ以外のステージを見越した練習は進んでいないというわけだ。

 

「んー、裏山の人工林は手軽に使えるから、そこで森林ステージの基礎演習とかにするしかないかなあ」

 

 五十里が無難な案を示してくれるが、当人も中性的な顔を渋くゆがめている。もう練習も後半だ。今までたくさん積んだ基礎演習をやるのは、いくら基礎が大事とはいえ、もったいないのも確かである。

 

 とはいえ相手がいない以上、どちらにせよそうするしかない。何もしないで時間が過ぎるよりはマシなのは確かだ。範蔵は五十里の案を採用し、全体の調整も兼ねているあずさに報告しようと端末を手に取る。

 

「あ、あの!」

 

 だが、そこで、控え目な声が遮った。

 

 今まで特に何も言わなかった、この場で唯一の二年生で、スランプで二科生だったものの今年度から一科生に「昇格」し、その実力からモノリス・コードの代表に選ばれた、吉田幹比古だ。

 

「新人戦の練習相手なら、僕にアテがあります」

 

「え、ほんと?」

 

 五十里がパッと笑顔に――女性はもちろん男性もオちそうなほどに綺麗だがこの場にそのような趣味の男はいない――なる。だが範蔵は首を傾げた。

 

「そのアテってのは誰だ? レベル次第だな」

 

 今年の一年生男子はすさまじく強い。うち一人は例年並みかやや劣るぐらいだが、二人はすでにとてつもない実力を発揮している。

 

 一人は七宝琢磨。二十八家に名を連ねる七宝家の子で、その中でも特に魔法戦闘の才能があり、若干冷静さには欠けるが闘争心が強く、モノリス・コード向きだ。あの七草真由美の妹である「七草の双子」二人を相手に、判定負け気味とはいえ引き分けに持ち込んでいる。最高のコンビネーションを発揮する泉美と香澄を相手にして戦いになるのだから、恐ろしいものだ。

 

 もう一人は黒羽文弥だ。入学試験はあまり振るわず双子の姉ともども一科生の真ん中より少し上程度だったが、入学後は最初から頭角を現し、中間試験では全ての項目でトップ5に名を連ねている。可愛い見た目のわりに一年生風紀委員の中で一番の武闘派で、検挙数は――蘭のセクハラを止めた件数が大幅なポイントとなって――七宝を抜いてトップだ。入学試験の成績からは考えられない実力だが、本人曰く、亜夜子ともども「偶然体調不良」だったらしい。蘭もそういえばそんな感じだった。黒羽家は入学試験では運が悪いのかもしれない。

 

 この二人は、一年生のころの範蔵を間違いなく超えている。その才能や実力はもちろんの事、「戦闘の成熟具合」とでもいうべき「戦いへの慣れ」もある。臨時代表ながらあの一条を打ち破った達也・幹比古・レオはもちろん、一年生のころの克人に迫る実力だろう。

 

 そんなメンバーに対して練習になる相手など、どこにいるのだろうか。そんなのがいたらとっくに声をかけているか、ほかに先を越されている。

 

「確か、今日はミラージ・バットが定休日でしたね」

 

「うん、そうだけど……」

 

 幹比古が唐突にこんな質問をした意図が見えず、五十里は困惑しながらも答える。

 

 

 

 

 

 

 

「だったら、弟の晴れ舞台に協力してもらいましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま参上いたしました、一年C組の黒羽亜夜子と申します。以後お見知りおきを」

 

「17歳、学生です」

 

 そうして幹比古から連絡を受けて現れたのは、優雅な笑みと仕草で挨拶をする亜夜子と、当たり前のことを言っているだけゆえに意味不明すぎる自己紹介をする蘭、つまり黒羽姉妹だ。二人ともとても可愛らしくもどこか大人びた美しさもある絶世の美少女だ。しかし、片方はとても優雅だがそこはかとなく胡散臭く、もう片方は品性を疑う振舞である。どんな教育をしているのだろうか。

 

 現れたのは、まさかの女の子二人である。モノリス・コードはその性質上男子のみの競技だ。その練習相手が、この二人。

 

「確認するが、これは真面目な話だぞ」

 

「いたって大真面目ですよ。……蘭本人以外は」

 

「元気しとおや!」などと奇策で気さくな挨拶を範蔵たちにかます蘭のことは放っておくとして、幹比古のこの選出は大真面目だ。

 

「二人のモノリス・コードへの適性は、胸を張って『ある』と言えます。女子が出られるとしたら、蘭は僕を押しのけて代表になれるでしょうし、黒羽さんも一年生代表に間違いなくなれます」

 

「みきひこくん、わたしよりも、はるむねが、ありますからね」

 

「そもそも私たちはミラージ・バット希望なので女子が出られたとしてもモノリスの代表にはなりませんが……。あと、亜夜子で構いませんよ、幹比古さん?」

 

 身長はあずさよりわずかに上だが胸はあずさ以上にぺったんこな蘭の妄言も、亜夜子の相変わらず人を食ったような言葉も無視する。蘭みたいな気安さの権化はまだしも、亜夜子のような女の子を下の名前で呼ぶ度胸は彼にはない。なにせ深雪相手もまだ「司波さん」だ。

 

「そういえば、去年の演習はすごかったもんね」

 

 そこで幹比古に助け舟を出したのは三七上だ。そう言って語り出したのは、去年の論文コンペに際して行われた、会場警備隊の特別演習だ。

 

 乱入した蘭はそのまま幹比古の証言によって特別ゲストとして認められ、あの克人を相手に幹比古共々最後まで粘った。ただ逃げ回るだけではなく、反撃もしっかりと行い、克人をして「厄介」と言わしめた実力を持つ。録画された映像を見たことあるが、確かにあの「戦闘力」はかなりのものだろう。

 

「なるほど、二年生の方の黒羽さんについてはわかった。だが、一年生の黒羽さんは?」

 

 克人、三七上、幹比古のお墨付きなら問題ない。だが、亜夜子は未知数だ。確かに実技も筆記もその成績は文弥並であり、ミラージ・バットでも一年生では相手にならず本戦代表に混じって練習している。それでも、戦闘要素の強いモノリス・コードは話が別だ。

 

「すいません、ちょっと僕、急に体調が悪くなって」

 

「まーまーふみやくん、けびょうはよくないぞ」

 

 そんな中、突如、当人たちだというのに蚊帳の外で話が進められていた新人戦代表の一人・文弥がこの場を離れようとして、姉の蘭にしかしまわりこまれた。蘭は仮病と言っているが、文弥の顔は青い。本当に体調不良を疑うほどだ。

 

「うふふ、そんな嫌われたら寂しいじゃない?」

 

 いつの間にか文弥包囲網に加わった亜夜子が、おしとやかで穏やかなのにゾッとしてしまいそうな笑みを浮かべる。囲まれた文弥はガタガタと震えながら、それでも腹をくくった。

 

「…………亜夜子姉さまは、僕並みかそれ以上に強いです」

 

 なんとかそう言いきって、頭を抱えてうずくまりだした。事情を知らない範蔵や七宝たちは困り顔だが、幹比古と蘭と亜夜子は苦笑気味である。

 

「ぱらさいとたちとの、まよなかだいらんこ……だいらんとうぱーちーで、あやこちゃんも、めんばーでしたよ?」

 

「なんか途中変なのが挟まってイマイチ集中できなかったが、気のせいということにしておいてやろう」

 

 範蔵が青筋を浮かべてる。多少穏やかになったとはいえ、まだまだ気性は荒く気が短い方だ。いい加減蘭の度が過ぎた御ふざけに耐えられなくなってきている。

 

 だがそれはともかくとして。

 

 蘭の言う「だいらんとうぱーちー」とはすなわち、吸血鬼の集団、世界最強の魔法師部隊・スターズとの三つ巴の戦いを繰り広げたという話に聞いただけでもすさまじい激戦のことを言っているのだろう。亜夜子も文弥も中学生にしてそのメンバーであったことは公開されている情報だ。

 

「なるほど、そういうことか。なら、もう俺からは何も言うまい」

 

 これほどの「証拠」が揃ったならば、範蔵としてはもう異存はない。二人は練習相手として相応しい「強者」だ。それにそろそろ遠征への出発時間も迫っている。あとは、練習する当人たちが納得するかである。

 

「……逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ」

 

「そ、その、お二人にお相手していただけるなんて光栄です!」

 

 目から光が消える文弥、二人の本性を知らず顔を赤らめている三人目の代表・百井は、もう納得している。

 

 だが果たして、跳ねっかえりの強い七宝はどうだろうか。

 

「ふん、上等だ。黒羽姉とは決着をつけたかったところなんでな」

 

 腕を組んで鼻息荒く、やる気満々だ。そういえば、「七草の双子」とは引き分け、文弥ともモノリス・コードのオーディションで戦いその実力を確かめてある。一年生のトップ5、通称「キセキの世代」の中で、彼が直接対決していないのは亜夜子だけだ。

 

 こうして当人たちが了承したとなれば決まりだ。範蔵たちは後輩を蘭と亜夜子に任せ、渓谷ステージの練習へと旅立つ。

 

 

 

 

 

 

(後輩たちに悪いことしちゃったかな)

 

 

 

 

 

 

 そのバスの中で幹比古は、練習相手を用意してあげたというのに、ほんの少しの「罪悪感」を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やる気満々の七宝の希望虚しく、亜夜子は百井とマンツーマンでの練習となった。ディフェンス役の彼が、単独で攻めてきた相手に、単独でどうモノリスを守り切るか、というものである。

 

『それでは百井君、お手柔らかにお願いいたしますわ』

 

『はい、よろこんで!』

 

 元から亜夜子に憧れている節があり、しばしば文弥に紹介するよう頼んでいた彼は至極嬉しそうであったが……森林という光が届きにくく視界の悪い環境で亜夜子の相手を一人でするなんか、文弥は死んでもごめんだ。三十分後には、亜夜子への恋心が恐怖心へと変わるだろう。百井に向ける笑みが一瞬孕んだ嗜虐的な光は、しばらく文弥の夢に出そうだ。

 

 そして遊撃の文弥とオフェンスの七宝はというと、相手陣地に攻めている途中に相手オフェンスと偶発的遭遇した場合の対応の練習だ。移動・加速系は、高速移動、砲撃・射撃魔法、障壁魔法と攻守ともに便利であり、その使い手が「エース」であるオフェンスになる可能性は十分になる。仮想敵オフェンスとして、蘭は最適であった。

 

「ほらいくどー」

 

 モノリス周辺と違って木々が密集した地帯で、蘭が奇妙な声真似をしながら襲い掛かってくる。文弥と七宝はそれに対して一年生とは思えない反応速度・魔法で対応するが、どちらも蘭に紙一重で避けられ、接近を許してしまう。

 

 そうして蘭は二人に指先を向け、空気を固めた弾丸を発射する。普段の蘭はあまり使わないが、モノリス・コードにおけるメジャー魔法であり、あくまでもこれが「練習」であることが分かる。

 

「チッ!」

 

「危ないなあ」

 

 固まっていた七宝と文弥は二手に分かれて木の裏に隠れ、そこから反転してあえて少しタイミングをずらしながら挟み込むように反撃魔法を行使する。七宝はやや独断専行の気があるが、文弥はそれに上手に合わせ、練習を通してそれなりのコンビネーションが成り立つようになっていた。

 

「Foo、きもちぃ~」

 

 文弥が放った電撃を羽虫を払うように手で叩き落とし、七宝が仕掛けた二酸化炭素の塊は「Foo」と言った時の吐息で吹き飛ばす。常人にこんな芸当ができるわけがない。電子の移動を操作する膜を手に作ってはたき落とし、吐息を加速させて突風にする、というマルチ・キャストによる芸当だ。

 

 そしてその突風は地面に当たって木の葉を巻き上げ、それが二人の視界を潰す。蘭はその間に高速移動で離脱し、木々の闇へと消えた。

 

「くそ、どこだ!?」

 

「こっちだ!」

 

 七宝は見失ったが、文弥は蘭をギリギリ追えていた。七宝の背後から襲い掛かる土の塊を文弥は障壁魔法で防いであげながら、「土の塊が飛んできたのとは別の方向」を指さす。そこにはこの場に相応しくない可愛らしい笑みを浮かべた少女がいて、細い細い木の枝の上に立ってこちらを見下ろしていた。

 

「しっぽうくん、いまのはふみやくんがいなかったら、あぶなかったねえ」

 

 蘭を見失った、背後から迫る土の塊に気づけなかった、仮に気づいたとしても「土の塊という陽動」に引っかかって蘭がいる場所を判断できなかった。

 

 この一瞬の間に七宝は「三回死んだ」。

 

 蘭がいつの間にか放っていた濃密な「死」の気配に、七宝の背中を寒気が駆け抜ける。

 

 吸血鬼事件のことは知っている。十師族、それに次ぐ十八家の面子が丸つぶれで、特に関東を守護する「十」と「七」はやられっぱなしな上で何もできなかった。

 

 その解決の立役者が、この黒羽蘭だ。その死闘を乗り越えた彼女は、戦場を経験した者のみが持つ血なまぐさい気配を持っている。そのことを、七宝は改めて実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、蘭が七宝と文弥の相手をしているんですか」

 

 生徒会室であずさから話を聞いた達也は、ちょうど手が空いたのもあって、裏山人工林の各所に設置されているカメラに生徒会権限でアクセスする。

 

 まず最初に目についたのは、亜夜子に翻弄されいじめられて顔を青くしている百井だ。彼女と森林で一対一なんぞ、達也ですらやりたくない。『極致拡散』は見せていないようだが、範囲を絞ったただの『拡散』だけで亜夜子の姿が捉えられず、一方的にジャブみたいな攻撃を加えられて、まるで生殺しだ。モノリスも開かれているし、しかもこの様子を見るに、開かれてから時間がそれなりに立っているだろう。本番だったら、もう「敗北」だ。

 

 さて、それでは本題の、文弥と七宝の様子だ。

 

『俺に合わせろとか言ってらんねえ! 黒羽、好き勝手にやれ!』

 

『分かった!』

 

 ちょうど白熱しているところのようだ。七宝が指示を飛ばすと同時、文弥が先ほどまでとは明らかに違う動きで蘭に迫り、一人で二方向から魔法を仕掛けて挟み撃ちをする。攻撃的な七宝に合わせていた時には見せなかった、激しい攻めだ。

 

「本領発揮ですか」

 

 後ろからのぞき込んできた可愛い妹・深雪が呟く。

 

 文弥は七宝ほど自己主張が強くなければ九校戦へのやる気があるわけでもないので、我の強い七宝に合わせていた。七宝自身がとても強いのと文弥の熟練もあってそれは中々のコンビネーションになっていたが、一方で、文弥の「本気」を引き出すことができていない。

 

 それを察していた七宝が、これでは蘭に勝てないと見て、自身という枷から文弥を解き放った。

 

 黒羽家の次期当主で、幼くして闇の最前線で戦ってきた「ヤミ」が、その本気を発揮する。

 

『さあさ、おねえちゃんを、つかまえてごらんなさい』

 

 だがそれでも蘭には追いつけない。最低限の障壁魔法と高速移動を駆使して、文弥の苛烈な攻めと時折差し込まれる七宝の不意打ちにすべて対応する。そして身体を傾けて揺らしたと思ったら急加速からの急旋回をして、文弥の後ろに回り込んだ。

 

『ふー』

 

『ひぃん!』

 

 そしてその耳元にそっとと息を吹きかけた。文弥は一瞬で顔を赤くして情けない声を漏らし、へなへなと体から力が抜ける。

 

『あふぅん』

 

 さらにそれを見て唖然と固まった七宝の後ろに回り込んで、その尻をぬるりと撫でる。意外と可愛らしい喘ぎ声が、達也の端末から洩れた。

 

「ちょ、ほのか、そういう動画を見ているわけではないからな!」

 

「わ、わかってます、わかってますから!」

 

 驚いたほのかが顔を赤くしてこちらを見つめる。この一瞬聞こえた声だけならば、達也がメス堕ちホモビを見ているようにも感じるだろう。

 

 クソ、蘭め、画面越しでも人の神経を逆なでしやがる。

 

 達也は彼にしては珍しく、そして蘭がらみに限っては珍しくなく、イライラしながら戦況を見守る。この女をボコボコにしてやれ、と、達也は弟分とやんちゃな後輩に心の中でエールを送った。

 

『ざぁこ♡ざぁこ♡練習してない小さな合法ロリ一人に男二人がかりでメスイキさせられて恥ずかしぃ~♡』

 

『くそ、待ちやがれ!』

 

『退却ー!』

 

 無駄に甲高い裏声を作って――やわらかじゃないくせに――そう叫びながら離脱する蘭を七宝がまだ顔を赤らめながら追いかけるが無意味だ。そのまま蘭は猿もびっくりな速度で木に登り、二人の攻撃が届かない高度にたどり着くと、二人を見下ろし、どこからか取り出したスケッチブックを見せつける。

 

【バカ】

 

「くそ~」

 

 七宝がそれを見上げ、怒りに打ち震えながら悪態をつく。文弥も姉の奇行にいい加減いらついてきたようで、眉毛がひくついている。

 

 そしてついに「キレた」七宝は、全身からサイオンを噴出させ、巨大な魔法を構築する。

 

 周辺の木の葉が一斉に巻き上げられて渦巻き、巨大な竜巻となる。

 

『こうなったら徹底的に相手してやる! これは俺も巻き込むが、どっちが耐えられるか勝負だ!』

 

 レギュレーションギリギリの大規模魔法。蘭はその性質上範囲攻撃に弱い。慌ててスケッチブックに何かを書き、七宝にそれを見せる。

 

【トモダチ】

 

『いまさら遅い! 覚悟しろよ!』

 

 媚が効かないと察した蘭はスケッチブックとペンを放り投げて、高速移動術式と、両てのひら・両足の裏に加重系魔法の膜を張り、四つん這いになって木々を飛び回る。てのひら・足の裏が触れた箇所に重力を無視して「着地」できる魔法だろう。

 

 それにしても、全身黒ファッションで小さい蘭が、四つん這いで高速移動しているのを見ると……。

 

「まるでゴキブリだな」

 

「いくらなんでもそれは酷くないですか?」

 

 達也が思わずつぶやくと、ほのかが流石に少し幻滅した様子で達也を詰った。だがあいにくながら、深雪も、そしてほのかすらも、若干同意するところがないでもない。いかんせんこの二人も蘭に豊満な胸を揉まれる性被害に遭っているのである。

 

 七宝の自爆上等の大規模魔法は蘭を執拗に追いかけ回す。その規模相応に大味で狙いも大雑把だが、これだけの広範囲ならばそれはデメリットになり得ない。

 

「それにしても、この量の木の葉をこれほど一気に操れるとは。さすが七宝家だな」

 

 現代魔法は、多くのものを同時に操作する、という改変が苦手だ。魔法式を操作対象一つ一つにかけなければならず、莫大な魔法力と演算が必要となる。

 

 だがそこに革命をもたらしたのが、旧第七研究所だ。「群体制御」という技術を開発し、一般的な魔法でも多数のものを同時に操作できるようになったのである。七宝家はその一角だ。

 

「七」といえば十師族最大勢力の七草家が有名だが、ここは元々第三研究所出身の「三枝(さえぐさ)」であり、のちに第七研究所に移籍された。親和性のある両研究所の成果を重ね合わせ、また政治闘争も上手だったこともあって「七」のトップにいるが、こと群体制御のみならば、七宝家に軍配が上がる。

 

 その嫡男の七宝琢磨は当然その技術を正しく継承しており、一年生にして三年生顔負けの群体制御をこなす。こうした「普通の魔法」が苦手な達也はもちろん、得意魔法の性質上群体制御を多用する範蔵すらも、学ぶべきところが多い。ヤンチャしていたので先輩で囲んで「叩いた」面もあるが、彼もまた、尊敬すべき立派な後輩である。

 

『ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい! 待って! 助けて! 待って下さい! お願いします! アアアアアアア!!!』

 

 蘭が迫真の命乞いをしながら逃げ惑う。とはいえ、この程度、森林の中という条件もあって、彼女ならば逃げ切るのは容易なはずだ。

 

 では、なぜこうなっているのか。

 

 その答えは、よく映像を見てようやくわかる。

 

 蘭は木々も利用して立体的に逃げ回っているが、時折急ブレーキして、逃げにくい方向に自ら飛び込んでいくようなそぶりがある。そのせいで永遠に「射程圏外」に出られない。

 

 なぜこんなことをしているのかというと――「させられている」のだ。

 

「文弥はなんでもできるな」

 

 達也は思わず賞賛する。つい先ほど「七宝に合わせる」制限から解放されて自由に動いていたはずが、七宝が全力を出したのを受けて、いつの間にかまたサポートに戻ったのだ。蘭の逃げ道を的確に潰しているのである。

 

 独断専行気味な蘭と組むこともあれば、隠密力はあれど決定力がやや不安な亜夜子と組むこともあるし、下っ端を率いることもある。その全てが命がけの裏稼業であり、サポート、主力、リーダー、その全てをハイレベルにこなすことが、文弥には求められているのだ。それが出来なければ、社会の闇の中で彼はとっくに死んでいる。

 

 そんな悍ましい生い立ちが、深雪に並ぶ実力者である蘭を、一年生二人で追い詰めるにいたったのだ。ほぼ同じ生い立ちの蘭が独断専行ばかりで自分勝手なのは隅に置いておくものとする。

 

 蘭も文弥に読まれないようにあえて変則的な逃げ道を選んではいるが、それも無意味。文弥としてはちょっとした足止めに引っかかってくれれば勝ちなので、魔法一つに割くリソースは少なく、いくつもの道に妨害を仕掛けられるからだ。

 

 蘭の表情豊かになった顔にも焦りが見える。パラサイトとの決戦の時も、もしかしたら内心はこのような顔だったのかもしれない。

 

 

 

『……すまない』

 

 

 

 だが、蘭の不利は長く続かなかった。

 

 大規模魔法を行使し続けた七宝は、疲れ切った様子でそう呟き、膝をつく。それと同時に木の葉を巻き上げ操作していた突風が消え、木の葉は無秩序に散らばる。

 

 魔法力切れもあるし、自身も巻き込むような形で突風を起こしていたから細かな傷を負っている。自爆上等の大技だ。当然長くは続かない。

 

『くっ、こうなったら! 七宝君、サポートお願い!』

 

 だが文弥は諦めていない。先ほど見せた「本気」を再び解放し、まるで闇の仕事をしている時のような苛烈な魔法と俊敏な動きで蘭に攻撃する。その威力全てがレギュレーション違反ギリギリだ。そしてそこに、今まで程のレベルではないものの、一年生としては十分な七宝の魔法がところどころでカバーする。

 

「意外といいコンビになりそうだな」

 

 文弥はその生い立ちからどこか達観しているところがあるし、生来から亜夜子や蘭に比べて落ち着いた性格だ。激しい性格の七宝とはソリが合わなさそうだが、こうしてみると、中々悪くない組み合わせに見えた。

 

 そんな二人の健闘虚しく、七宝が本調子でなくなったのもあって、一瞬に隙をついた蘭からの集中反撃を防ぎきれずにダウン。文弥一人では敵うはずもなく、そのまま蘭に全身を移動固定魔法で固められ、全身触りたい放題の状態になった。

 

『お前のことが好きだったんだよ!』

 

『お姉さま、まずいですよ!』

 

 このままではあの性欲モンスターが実の弟を手籠めにしてしまいかねない。

 

 なぜか文弥は顔を青くするのではなく赤くしてるし、なぜだか諦めたのとはまた違う様子で身をゆだねようとしているが、これ以上はやりすぎだ。

 

 

「演習終了だ!」

 

 

 人工林に備え付けられたスピーカーを通して達也が指示を出し、同時にカメラ映像と『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』を駆使して文弥にかけられた魔法式を『術式解散(グラム・ディスパーション)』する。

 

 これで文弥は自由に動けるようになり、そそくさと蘭から離れ、自分の身を抱きしめる。そもそもが男の娘なだけあって、男も女も「そそる」姿だ。事実、気になって一緒に見ていたあずさと泉美の顔は真っ赤である。

 

『ちぇ、いいとこだったのにー』

 

『……ありがとうございます、達也兄さま』

 

 心底残念そうな蘭と、不思議と少し残念そうな文弥。達也は頭を抱えてしまう。黒羽家は一体これからどうなってしまうのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、モノリス・コード新人戦代表の三人は、黒羽姉妹によって酷い目にあわされた。しかしながらこの経験は三人の大きなレベルアップを促し、本番において全ての試合を圧勝で終わらせる快挙を成し遂げることとなる。

 

 その代償としてこの三人は多大なる苦労を負い、個人差はあれど変な性癖に目覚めてしまった。またこんな訓練をさせてきた先輩方にブチギレ、翌日には本戦メンバーの練習相手に無理やり二人をあてがった。

 

「いやあ、僕が選手じゃなくて良かったよ」

 

 担当エンジニアとしてその本戦メンバーの訓練を見守っていた五十里は朗らかに笑いながら、蘭によって変な喘ぎ声を晒す羽目になった本戦メンバーに同情した。




蘭はどちらかと言えば巨乳の方が好きなので、美月、ほのか、深雪、達也、レオあたりはよく揉まれそうになる

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