昨日投稿した前編を見てない方はそちらからどうぞ
案の定、今年の論文コンペもロクな目に合わない。
何やら暗躍する周公瑾なる人物やら、九島家の秘蔵っ子・光宣やら、結局血なまぐさい話ばかりが出てきた。
どちらもとにかく厄ネタだ。周公瑾はパラサイト事件の黒幕説もあるらしいし、四葉最高戦力の一角である黒羽家当主・貢を退けるほどの腕を持つ。九島家も九校戦でのパラサイドールの件もあって、何やら企んでいるとしか思えない。
そしてそう、パラサイトと黒羽である。
――どちらも、黒羽蘭と関わりの深い話だ。
四葉家総動員で、これらの話は蘭に秘密にしている。知られたら最後、パラサイトと、仲は良くないが家族の話だ。あの蘭は絶対暴走する。ついでに亜夜子と文弥にも秘密だ。昔は嫌いだったくせに今はお姉さま大好きっ子の二人は、絶対蘭にべらべら喋る。
(貢さんも可哀想にな)
達也からして、黒羽貢は色々あって決して好ましくない人物だ。だが、絶対蘭が原因であろうストレスでずっと体調を崩していて、その不調もあってか大事な仕事で返り討ちに遭って失敗している。災難と言うほかない。
そんなあれこれと頭を悩ませる出来事も多いが――今日は、不本意ながら、楽しみにしていた日だ。
論文コンペ会場下見に向かう前日。蘭が異常な速さで剣術を身に着け、エリカも認めざるを得ないほどの腕になったらしい。今日はその腕を改めて確かめる、いわば「試験」の日である。
そしてなんと、この試験を、達也たちは見学を許された。
「蘭お姉さまったら、僕たちにも何も話さないんですもん」
「最近エリカさんと仲が良いと思ったら、そういうことでしたのね」
蘭関係で達也と四葉の悩みの種である文弥と亜夜子は、そんなことなどつゆ知らず、年齢のわりに幼い顔の頬を膨らませている。蘭と同じくお人形のように神秘的な美しさ・可愛らしさがある二人がそんな表情を浮かべる様は一般人が見たらメロメロになりそうだが、あいにくながら、この見学御一行はすっかり慣れていた。
達也、深雪、幹比古、亜夜子、文弥、美月、レオ、ほのか、雫。いつものお友達グループである。
「蘭もすごいことするよなあ。わざわざエリカに教わろうとするなんて」
幹比古もまたレオたちと同じく達也よりも前に知ったグループだ。古式魔法師は伝統的な刀剣術も修めることが求められるため、家が近かったこともあって千葉家とつながりがある。幹比古とエリカが幼馴染なのはそういう訳なのだ。
そして、幹比古は千葉家の厳しさを知っている。当然相手によってある程度わきまえているとはいえ、基本的にスパルタもスパルタだ。幹比古も幼いころから何度悲鳴を上げたか分からない。その話を知らないはずもないのに、蘭はエリカに志願した。重ね重ね周囲が疑い100%で確認したとおり、それだけ本気ということなのだ。
「文弥君と亜夜子ちゃんも知らなかったんだ……」
美月はこのことに首をひねる。彼女には知る由もなさそうだが、大事な「何か」が迫っているのは間違いなくて、そのために蘭は二刀流を求めた。そんな
「蘭お姉さまは、その、大切なことを話さないことがよくありますので……」
申し訳なさそうな亜夜子の弁明に、車内の全員がウンウンと深く頷く。幼いころから関わりがある達也たちはもちろん、高校からの付き合いのパラサイト事件やら九校戦やらで蘭のこの悪癖に苦労させられた。
そんな風に蘭の異常行動の疑問と陰口で盛り上がっているうちに、千葉家の道場に着いた。
「…………ずいぶん集まってるな」
達也は慣れているレオと幹比古の先導でそこに踏み入り、道場を見渡し、声を漏らした。
なんと、道場の中には、多くの人がいた。その全員が、立ち居振る舞いや雰囲気が「できる」人物だと感じさせられる。その静謐なオーラ、鍛えられた肉体、無駄のない所作は、全員が達人のそれだ。
「二刀流だから物珍しいんだろうね」
緊張している美月・ほのか・雫を慣れた様子で空いているところに座るよう手招きしながら、幹比古は苦笑する。千葉家に関わる剣士たちは、こんなところで修行しているだけあって、剣術に魂をささげている者が多い。そんな彼らにとって、千葉家最速の剣士であるエリカの同級生にして弟子の小さな女の子が二刀流を振るうというのは、どうしても気になるのだろう。
「いや、それだけじゃねえぜ」
全員が座ったのを確認してから、レオが周りの剣士たちに劣らない鋭い目つきで笑いながら、もったいぶって説明する。
「蘭はここ3週間ぐらいですっかり有名人なんだ」
「あの、蘭さんが何か粗相を……?」
深雪が真っ先に心配で食いつく。実は今日、お招きいただいた手土産の他にも、何かあった時のためにお詫びの菓子折りもこっそり用意してきている。それほどに達也と深雪は蘭を信用していない。
「いやそうじゃない。蘭の動き、ありゃやべえ。前々から思っちゃいたが、
レオの瞳が、
「へえ、そうなのか。まあ伊達に高速魔法師やってないわけだ」
達也はそれに察していないふりして、当たり障りのない返事をした。レオは信頼できるから最悪教えても良いかもしれないが、「ここで」何かを言うわけにはいかない。
四人とも気づいている。この道場にいる剣士たちが、とても自然に見せかけて――今の会話に聞き耳を立てていたことを。そういう「気配」を察知するのは、四人とも慣れっこなのだ。ここに集まった者たち全員が、蘭を「ただものではない」と勘づいている。何なら、今日それを見定めに来た者もいるだろう。
「ほう、お前らも来たのか、仲の良いことだな」
そんな注目を集めたからだろうか、達也たちに気づいた知り合いが声をかけてきた。ハスキーな女性の声が聞こえるや否や、達也と深雪はとっさに立ち上がって背筋を伸ばし腰を折る。
「「お久しぶりです、渡辺先輩」」
その女性は渡辺摩利。去年まで第一高校に通っていた、元風紀委員長の先輩だ。風紀委員だった達也と、生徒会室でよく一緒にいた深雪は特にお世話になったものだ。
「相変わらずいい反応だな」
摩利は苦笑する。まるで先輩が現れた軍人のような反応だ。
そんな摩利はたった一年だというのに、だいぶ雰囲気が変わったように見えた。元々――少しおちゃめでヒートアップしやすい性格に反して――その見た目と声から大人びて見えたが、より大人っぽくなったように見える。高校から防衛大学校に進学し、色々なことが変わったのだろう。
生徒会・風紀委員関連で摩利と蘭とは縁があるが、そこまで深いものではない。だが蘭の実力は当然知っている。彼女もまた剣士であり、蘭の評判を聞いて気になって見に来たというわけだ。摩利が来た方を見ると、彼女の恋人であり千葉家の優れた剣士でもある
彼女の付き添いだし千葉家ということで見にきた……というわけでもないだろう。海外の軍隊からも剣術指南役としてお呼びがかかる程の剣士ですら、蘭に注目している。
(みんな、
これだけのそうそうたる者たちが注目しているのだ。あのインターネットミームキッズ――略してインムキッズ――がバカなことをしでかさないか、余計に心配になってきた。
「お、蘭すごいじゃない。観客がいっぱいよ」
そんな道場に、今日の主役の一人が現れた。
そのいで立ちは、道場に相応しくないラフさだ。袴などではなく、いつも通りのスポーティな運動着である。その赤髪は鮮やかで、ともすればあまりにも場違いな華美さがあるが、しかし今ここにいる誰もが、彼女――エリカのことを不届きものとは思わないだろう。
「んふふ、いけめんとびしょうじょがいっぱい」
そしてそれに続いて入ってきたのが、本当の主役だ。そのお人形のような顔には可愛らしい笑みが浮かんでいるが、変声機を用いた合成ボイスで、いつも通り妙なことを呟いている。これで「緊張していないみたいで安心した」なんて思うほど、達也は優しくはない。「あのバカ、しょっぱなからやりやがった」である。カバンの中に保険として入れたお詫びの菓子折りが、途端に頼りなく思えた。
そんな蘭のいで立ちも、どうやら一応正式な試験だというのに、いつも通りの上下真っ黒の簡素な運動着だった。
周りの注目や反応はどうあれ、あくまでも蘭とエリカは、これが「友達同士の個人的な指導」というスタンスらしい。これだけの人を前にしてもなお考えを曲げないのは、実に二人らしかった。
集まった中には相応の格がある者もいるはずだが、もうエリカも蘭も彼らをいないものとして扱っている。これといった挨拶もなく、二人は「道場そのもの」にのみ一礼をして、当たり前のように二人で向かい合って真ん中に立った。
「さて、どこまでできるようになったか、腕を見てあげるわ」
「よろしくおねがいします、ししょう!」
蘭の合成ボイスさえ除けば、傍から見れば微笑ましい女子高生同士のふざけ合いだ。
だがしかし、二人の持つ「それ」が、ただの冗談やお遊戯ではないことをひしひしと感じさせる。
「……そっか、そういえば、剣術の試験でしたね」
文弥が今更なことをさも驚いたように呟いた。
だが無理もない。
二人の立ち居振る舞いがあまりにも――「自然過ぎた」のだ。
そのせいで、現れた時からずっと、二人が腰に模造刀を佩いていたことに気づかなかった。道場で向かい合う、という立ち位置になって、初めてそれが意識されたのだ。
そんな二人は、もはやお互いしか目に入っていない。周囲のことを気にせず、自然体のまま、試験が始まる。
「まずは刀を抜いてから構えるまでを見るわよ。好きなタイミングで抜きなさい」
「はい」
その声が聞こえた瞬間、もう蘭は二つの刀を構えていた。
「なっ!?」
「見えなかったぞ!?」
ザワッ……と道場の空気が変わる。
「え、今のって……?」
「手品……?」
雫とほのかも目を丸くしていた。
エリカと蘭が開始の合図となる会話をしていた。そこまではわかった。だが気づいたら、もう蘭は二本の刀を抜いて構えていた。
(これは……)
腕組みしながら達也は内心で唸る。深雪や黒羽妹弟、レオも幹比古、修次を筆頭とする周囲の特に強そうな剣士も、同じような反応だ。
剣に慣れていない雫やほのか、またはまだ修行不足と言えなくもない半数の剣士たちは、あまりの驚きに声を漏らしている。だが、達也たちはそれを彼女たちよりも受け入れるのが速かった。一応、このようなタイミングで声を出してしまうのはマナー違反であり、そうした「自制」ができるぐらいには、なんとか冷静さを保てたのだ。
たとえ模造刀であろうと、鞘から刀を抜くという動作は、およそ日常的に似たようなものすら行わない。練習をしなければ、素手で持つ竹刀で行うものですらぎこちないものになるだろう。
だが蘭は、たった三週間の修行で、すでに達人の領域に足を踏み入れていた。きっとエリカと一緒に、何度も何度も繰り返し稽古をしたのだろう。長年修業した剣士のような、一切無駄のない素早い動きで、一瞬にして刀を抜き、構えたのだ。
「あの構えも完成されている。二刀流なのに隙が無い」
マナー違反も承知で、あくまでも友達の試験を見学に来たカジュアルな高校生、という立場に甘え、深雪たちに分かりやすいように、独り言の体で解説を呟く。
二刀流は単純に短刀が一本増えているわけだが、それぞれを片手で構えるせいでやはり脳のリソースは分散されるし、それぞれで出来ることも少なくなる。だというのに、蘭の構えには、どこから攻め入っても対応されると確信してしまうほどに隙が無い。達也とて、あそこに切りかかるとなると、何かしらの崩しや作戦を要するだろう。それだけ千葉家に伝わりエリカが伝授した構えが素晴らしいということだが、それをここまで完成させている蘭は、やはりとてつもない剣士の才能があるようだ。
その後も、エリカの掛け声――それぞれの構えの名前を叫んでいるのだろう――に合わせて、即座に蘭が様々な構えを披露する。その一つ一つもやはり完成度が高く、興奮した観客たちがそのたびに声を上げる。流石にマナー違反の連続で修次が怒り始めるか……というとそうでもなく、彼すらも、声は出していないが、蘭をじっと見ている。それはその隣の摩利も同様で、恋人同士で並んでいるというのに、蘭から目を離せない。
そんな演武を見ているうちに、今度は刀を振るう型の試験へと移った。
「そっか、まだ構えだけなんだった」
幹比古が呟く。
そう、すでにかなり見ごたえがあったが、まだ刀を振るってすらいない。ここからが本番だ。
そこからも、圧巻の演武は続いた。蘭はその細腕で、かなりの重さのはずの模造刀をまるで木の枝のように軽々と振るう。その一太刀一太刀は鋭く、まるで本物の刀かと錯覚させるようなプレッシャーがある。正面で見ているエリカにはその圧力が一番伝わるだろうが、腕組みをして、瞬きをせずじっと蘭を見定めている。
蘭一人の型が終わると、今度はエリカが腰の模造刀を抜いた。
「……さすがだな」
蘭のを見た後でも、全く見劣りしない。いや、それどころか、より際立ってエリカの「強さ」の深淵に触れた。蘭以上に自然で、蘭以上に素早く、エリカは刀を構えている。その切っ先を向けられている蘭は、楽しそうににやりと笑った。蘭の方が先に構えていたはずなのに、今エリカが「本気」だったら、間違いなく彼女は切られていた。それを分かっているのだろう。
「ヤアッ!」
エリカが掛け声を上げて切りかかる。その出の速さは、光に敏感で視力の良い美月やほのかで辛うじて見えた程度だ。だが蘭はそれに反応してみせ、短刀を掲げてしっかり受け止め、右手の長刀を振るってエリカの胴で寸止めする。
二人はまた離れて構え直し、今度はエリカは右胴を狙うが、蘭が長刀で受け止め、エリカの眼前に短刀を突きつける。
これらの動きは咄嗟のものではない。どこを攻撃してどのように対応するか、事前に型の決まった、いわば「台本通り」だ。しかし二人の動きは刃のように鋭く、動き出すたびにこれが本当の果し合いのように錯覚させられる。
(見たことないものもあるな)
そんなやり取りが幾度か為されるのを見ているうちに、目が慣れてきた達也は、違和感に気づいた。
達也は特務軍人であるし、四葉であらゆる「殺し」の訓練を受けている。こうした武道の知識も本職真っ青だ。二刀流の型も実は知っていたが、しかし見覚えがないのもちらほらある。エリカは「千葉家でもほとんど経験ないから型稽古」なんて言っていたが、とんでもない謙遜だ。やはり『剣の魔法師』たる千葉家、独自の型を開発している。そしてそれすらも授けられ、しかも完成度高くこなしている蘭のすさまじさを、改めて思い知らされた。
(コイツのことだ。ただの型稽古で終わるわけがない。きっとこれから自分流に落とし込んでアレンジするんだろう)
蘭の戦いに本格的に刃物が加わる。手が付けられない高速機動魔法師が出来上がりつつあるのだ。『
そんな、つい血なまぐさいマイナス思考に陥っているうちに、ついに試験が終わる。
「ありがとうございました」
双方刀を鞘に納め、頭を下げる。変声機を使わない、鈴の鳴るような地声でのあいさつだ。蘭の涼しげな顔には、幾筋もの汗が流れていた。彼女ですら、かなりの神経と体力を使ったのだろう。
「文句なしね、合格よ」
エリカはもったいぶって溜めることもなく、弟子に合格を告げた。蘭も分かっていたのか、喜色を表には出さない。二人の間では、もうこれが「当たり前」のことだった。
それと同時、周囲から歓声と拍手が上がる。あくまでも内内での試験に対してそれは大げさであり、やはりマナー違反のようにも感じられる。だがそんな野暮なことは考えず、ただ見事な演武を剣士たちは心から讃えていた。あの修次や摩利もまた、声こそ出さないが、うっすら笑みを浮かべて拍手していた。美月もほのかも雫も、惜しみない拍手を送っている。
「蘭お姉さま、すごい……」
「私たちも、もっと励まないといけませんね」
文弥と亜夜子は、より高みに上った姉を尊敬し、そしてまた追いつこうとする。大好きな姉だからこそ、ただ守られるだけではない。横に立ち、肩を並べて、一緒に歩きたい。二人は改めて靴紐を結び直し、前を突き進む蘭を走って追いかけるのだろう。
「…………見せつけられたな」
「全くだね」
蘭よりも剣術のキャリアが長いレオと幹比古もまた、闘志に火がついたようだ。家に帰った二人は間違いなく、鍛え上げた肉体で素振りに打ち込むだろう。
「…………あの子は、いったい、どこに向かうのでしょう」
「アイツのことは、俺には分からないさ」
そして深雪と達也は頭を抱えていた。元々全くできていないと言えばそうだが、より蘭はコントロール不可能になってしまった。四葉も、当主の真夜は頭を悩ませ、貢は胃を痛めているに違いない。
「さて、ここからは個人的な話よ」
そんなお祝いムードの中、エリカが自然に発した言葉は、賑やかな道場に不思議と響き渡る。途端、シン、と緊張感のある静寂が、再び道場を支配した。
もう終わったはずなのに、エリカと蘭は、まだお互いに向き合ったままだった。一体、なぜ。
蘭は穏やかに微笑むだけだ。突然のエリカの言葉に、驚いていない。まるで、それが来るのを最初から分かっていたかのように。
「アンタはすごいわね。千葉家に養子に来ない? 可愛い妹ちゃんと弟君ごと大歓迎よ」
エリカのジョークに、一瞬達也のほんのわずかに残った感情がどんちゃん騒ぎのカーニバルパーティーを開いてどうぞどうぞとお土産付きで千葉家に厄介ばら……譲っていたが、一応大事な戦力だからと冷静になって感謝祭は閉幕した。それはさておき。
「そんなアンタにお願いがある」
スッ、と、エリカの目からいつもの元気な明るさが消え、白刃のごとき冷たい光が宿り、蘭を射貫く。
「魔法剣術で、アタシと戦いなさい」
(なんか青春してるな……)
道場中から歓声が上がる中、あれほど見たかった最速同士の戦いを見れることになった達也は、あまりにも漫画みたいな展開に、一周まわって冷静になっていた。
☆
10月31日・水曜日。
去年横浜で急に巻き込まれた戦争による心の傷を癒す目的で急遽開催されたハロウィンパーティーが、生徒たちに好評だったため、今年も開催される運びとなった。新生徒会は論文コンペで誰も彼も大忙しだったが、「主催」としては初めての大仕事である。
「去年と違って今年はじっくりネタ考える暇あってよかったぜ」
「羨ましい限りだ」
ウキウキのレオはドイツ伝統の狼男・ヴェアヴォルフの気合の入った仮装をしている。元々体格がよく顔の彫りも深いため、よく似合っていた。
一方、一旦自分の仕事を終えてパーティーを楽しむことにした達也はというと、安っぽい作りの吸血鬼仮装だった。新生徒会メンバーなので当然企画段階からあれこれコスプレのネタを考えられたはずだが、色々忙しくて準備の暇がなく、慌てて驚安の殿堂を名乗るディスカウントストアに買いに走ったのだ。おかげさまで今も頭の中には呼び込み用スピーカー器具の流す音楽が鳴り響いている。
そう、とてつもなく忙しかった。
生徒会メンバーになるのは既定路線だから問題ない。その少し前から実験段階に入った新魔法の開発は自分のペースで出来るからそれもまだよい。それに加えて論文コンペのサポートメンバーに選ばれるまでも、まだなんとかならないこともない。
だが、周公瑾やら九島やらが絡んだ陰謀や鉄火場については、なんとなく「結局こうなると思ってた」という感じではあるが、とてつもなく大変だった。しかも戦力的に頼りになるし協力的な黒羽家の三人も、事情が事情だから頼れないと来た。必然、いつもお友達グループで傍にいる黒羽三姉弟に察せられないようにしながら裏であれこれ動く羽目になった。
そしてこちらの苦労も知らずに、古式魔法師からの襲撃を二回受けた。あの場にいたのが深雪・水波だけで本当に良かった。さらにさらに、この話に真由美まで加わっていて、名倉死亡事件に周公瑾が絡んでいることも分かってしまい、その頼みを受け入れざるを得ないと来たもんだ。
というわけで、蘭の二刀流試験を見届けた翌日、なんやかんやで京都に向かって周公瑾暗躍の調査をする羽目までなってしまった。何が悲しくてその一週間後に行く京都に事前に行かなければならないのか。
「お兄様、今はパーティーですよ、楽しみましょう」
「あ、ああ、そうだったな。ちょっと、気分転換に炭酸でも取ってくるよ」
この一か月の波乱を思い出しているうちに、表情がどんどん厳しいものになっていたらしい。察した深雪が慰めてくれる。
しかし深雪の表情も決して明るいものではなく、その笑顔は疲れ切っている。周囲は「主催として大変だもんな」程度にしか思っていないが、こちとら本当に大変だったのだ。ちなみに深雪の仮装は達也のを犠牲にした分しっかり気合が入っており、誰もが目を奪われていく完璧で究極の乙姫様になっていた。
「…………は~」
炭酸ジュースを一気飲みして気分が変わるかというとそうでもない。むしろ頭がすっきりしたせいで、逆に色々思い出してしまった。すっかりマイナス思考の無限ループである。
この達也・深雪・水波だけでの京都旅行は、さすがに黒羽――特に文弥――に怪しまれた。会場の下見と言うなら今年代表の五十里も一緒だろう。そこで亜夜子が情報を集め、周公瑾関連のあれこれを知ることになる。そして蘭たち三人はすぐに父親の貢に詰め寄り、ストレスで胃腸が弱っている貢はすぐに事情を吐いた。きっと、そのあとトイレで本当に胃の中身も吐いたのだろうが、それはさておき。
達也たちの拒否も聞かず、「じゃあわたしたちで、かってにりょこうする!」と言い出した蘭をリーダーに、三姉弟も京都に来てしまった。水波は心労でせっかくの駅弁が喉を通っていなかった。
そしてそこからの三人の活躍はすさまじい。勝手についてくる三人と一緒に、ものの見事に食いついてきた多人数の古式魔法師に襲われる羽目になったのだが、達也たちがなにかする間もなく、黒羽三姉弟で全員を叩きのめし、リーダー格を精神干渉系魔法アソートパックでごうも……尋問。周公瑾の潜伏場所を聞きだすや否や三人は速攻で向かう。
達也たちは冷や汗を滝のように流しながら追いかける羽目になった。そして追いかけた先で見事に周公瑾を発見し、交戦。こんな早くに戦うことになると思っていなかったのか、周公瑾のいかにも胡散臭そうなハンサムスマイルは崩れに崩れた。あちらの準備も整っておらず、こちらは達也・深雪・水波・蘭・亜夜子・文弥の6人が揃っている。特に蘭の活躍が目覚ましく、速攻で周公瑾の無力化・捕縛に成功した。ちなみにこの時、蘭は刀剣はもちろんナイフすら使わなかった。隠し持っていた様子もなく、エリカとの修行は、あくまでも手段の一つを増やすため、というわけだったらしい。
(結局、あいつは何が目的だったんだろうな)
達也としては、論文コンペのためにもう一度京都に行くときにコンペと並行して片づけるつもりだったが、黒羽三姉弟の暴走のせいでやたらと話がスムーズに進んだ。捕らえられた周公瑾は、身柄を引き継いだ四葉の手のものが少し気を緩めた隙に自害したため、何も情報を得られていない。これだけ苦労したあげく、得られたのは、貢の敵討ちを果たしたという三姉弟の満足と、周公瑾に加えて失態を犯して責任を取らされた四葉の下っ端の死体だけだ。
「やっ、達也君楽しんでる?」
「おう、おかげさまでな」
波乱に満ちた一か月を思い出しながらまた深雪たちと合流して話していると、着替えに手間取ったらしいエリカが会場に姿を現す。みんな深雪に見とれていたが、エリカも加わるといよいよ華やかだ。
「どうよ、中々イケてると思わない?」
「ええ、とても可愛いわ、エリカ」
髪色と同じ鮮やかな赤い毛並みの猫耳カチューシャをつけ、顔に髭を筆頭としたメイクを施し、正体不明の技術でしなやかに動く尻尾までつけている。服装はチャイナドレスだ。何やら属性を盛りすぎている気もするが、立派な猫娘である。元々釣り目だし身のこなしも身軽なので、達也から見ても良く似合う。
「ごきげんよう、先輩方」
「達也兄さまも、深雪さんも、楽しいパーティーをありがとうございます」
続いて現れたのは、これまた男女両方の目を惹く黒羽姉弟だ。
亜夜子は身長が低く可愛らしい魅力がある一方で、振舞が大人っぽくて顔つきも西洋人形のようなミステリアスもある。文弥は亜夜子ほど神秘的ではないが、この歳でもなお声変わりをせず体格も良くならず顔つきが可愛い男の娘だ。どちらも非常に人気がある。
「あらあら、憧れのお兄様とお揃いね」
「まあ、妬けちゃいますね」
「も、もう、からかわないでください」
エリカと深雪に可愛がられてやや頬を赤く染めてる亜夜子は、偶然にも達也と被った吸血鬼の仮装だ。ただしレースのふんだんにあしらわれたゴシックロリータは非常に上質で、達也の驚安物とは比べ物にならない。それにしてもやたらと着慣れていて様になっている。九校戦のミラージ・バットの衣装も様になっていた。それはそうだろう、普段から「仕事」の時に来ているのだから。流石に幾人もの血と死が染みついたいつものではなくより豪華なものを新調しているが、それでも、達也は正直気が気でなかった。こんな大勢の前で「殺し」の衣装を持ってくるなんて、大胆過ぎる。
「へえ、文弥君が和風だなんて意外だなあ」
「これはこれで似合うもんだ」
「えへへ、ありがとうございます」
一方、幹比古とレオに褒められてうれしそうに笑っている文弥は、これまたコテコテのいかにも定番な忍者のコスプレだった。子供が旅行先で仮装しているような可愛らしさがある一方で、その身のこなしは本物の忍者も真っ青だろう。事実、戦う時の文弥は、忍者よりも厄介かもしれない。九校戦のモノリス・コードの映像を見た九重八雲が「弟子に来てくれないかなあ」なんて半ば本気のトーンで言っていたのを思い出す。
「意外だね、二人とも揃えてくると思ってた」
そして達也たちの気持ちを代弁する形になったのは、美術部内でじゃんけんに負けて全く似合わないアマゾネスのコスプレをさせられている美月だ。意外にも、亜夜子と文弥のコスプレは、好きな色である黒を基調としたものである、という以外は互いに関係のないものだ。双子だから色々コンセプトを揃えやすいだろうし、特に蘭は――常識がないくせに――こういうところでの「様式美」を人一倍追求する。ともすれば、三人で揃えよう、と二人を誘うことすらあっただろう。
「あはは、実際にありましたよ。最初は『三人でふんどし一丁で腕組みしよう!』とか本気のトーンで言われました」
文弥のそれを聞いた途端、達也以外が顔を赤らめる。達也だけは急に頭痛がして、手に持っていた冷たいグラスをこっそり頭に当てる。
黒羽三姉弟は校内で有名人であり、三人とも綺麗な黒髪で服装も黒を好むことから、「黒羽三羽烏」などと呼ばれている。蘭はそこから連想したのだろう。
「いや、そりゃ駄目だろうな」
「ですよねえ。できるとしたら僕ぐらいですよ」
「多分文弥君も駄目だと思うけど……」
少しずれたことを言っている文弥への、美月の小声でのツッコミは鋭い。彼のふんどし一丁は下手な女子よりもアブないことになりかねないだろう。男子更衣室でそれとなく避けられているのは、文弥以外には周知の事実だ。
「あとは金髪に染めて双子の看守とか、金髪と水色に染めて吸血鬼姉妹とか、悪戯好きの双子悪魔なるものとか、いろいろ言われましたわ」
蘭のことは大好きだがそれはそれとして姉の奇行にはしっかり呆れる常識人の亜夜子の言葉に、達也は呆れるしかない。多分蘭は弟と妹に「おい囚人!」と激しく罵られたり「人間とは不思議なものです」と冷徹に皮肉を言われたいし、妹弟をロリと捉えているし、割と今後の学園生活にも引きずることになるこの仮装をただの面白コスプレ大会だと勘違いしているのだろう。
結局こういう場でも、蘭の話題で持ちきりだ。彼女一人だけ常識外れで、とにかく自由過ぎる。あのどこまでも走っていく落ち着きのない脚に、足枷でも嵌めてやりたい気分だ。
「そういえば、その蘭を見かけないな」
ここまで話に挙がってようやく気付く。このいかにも彼女が好きそうで悪目立ちしそうなパーティーで、一向に姿を見かけない。
「確かにそう」
「どんなコスプレしてくるんだろう……ふ、ふんどしとかじゃなければいいけど」
キョンシーのいで立ちの雫の言葉に、雫に無理やり着せられたやたら露出の高い妖精のコスプレをしたほのかが頬を赤らめながら続く。
「不安だ……」
「不安ですね……」
去年の蘭は、ハロウィンの定番のジャック・オー・ランタンを頭に被ったうえで、まさかの全身黒タイツで、くねくねと奇妙なダンスを踊っていた。なんたらに反省を促すだのなんだの言っていたが、反省するべきはお前だ、と言いたくなった。何せ馬鹿みたいにスベっていた。
「しば……美月さんは蘭から何か聞いてないの?」
「う、うん」
「私たちも何もうかがっておりませんね……」
何やら初々しい甘酸っぱい空気が一瞬発生していたのはさておき、幹比古と美月と亜夜子の会話も気になる。美月は去年も今年もミラージ・バットで蘭の衣装を担当しており、コスプレの類では最も信頼されている一人だろう。そしてとても可愛がっていて同居までしている亜夜子と文弥も知らないらしい。あの口の軽い能天気な蘭が、ここまで隠し通すとは。余計不安になってきた。鉄の胃袋だろうといたわるべきだ、と達也は暖かいスープを手に取り、自分を落ち着けるようにゆっくりと飲む。
「おい、黒羽さんが来るってよ!」
「うそ! 見に行かなきゃ!」
噂をすれば影。ついに黒羽蘭が姿を現す。
「お、ついに来たわね。あのおバカ娘、いったいどんなの着てくるのかしら」
意外にもこういうお祭りごとが好きではないエリカも、会場の熱に当てられて面白半分でワクワクしている。達也たちお友達グループは、不安と期待がないまぜになった気持ちで、入り口に視線を集めた。
「あなたの持ってきたなけなしの春が、満開まであと一押しをするってものよ」
ざわつく会場に、鈴の鳴るような可憐な声がよく響き渡る。ここ半年と少しで、安っぽい合成ボイスと半々で聞き覚えがある、蘭の声だ。何かの決めゼリフらしい。
真っ黒なおかっぱ頭を銀髪に染め、対照的な黒いレースのリボンがひらりと動く。その服は白いシャツの上から緑を基調としたジャケットを羽織り、下半身もそれに合わせたデザインの緑のミニスカートだ。胸元には頭につけているのと同じ黒いレースのリボンがお洒落なワンポイントになっている。そんな緑のジャケットとミニスカートには、人魂を模した白い模様がついていた。彼女の周囲にも白い人魂が浮いている。移動・加速系魔法で小道具を操っているのだろう。
「あなたはここで斬られておしまいなのよ」
そして何よりも特徴的なのが――その両腰に佩かれた、桜のワンポイントが施された日本刀と、シンプルな短刀だ。
蘭はあまりにも自然に、目にも止まらぬ速さでその二振りの刀を抜き、誰しもが息を飲む美しい構えを披露し、凛とした声を出す。
「妖怪が鍛えたこの白楼剣に……斬れぬものなど、あんまりない!」
魔法科高校に、半人半霊の剣士が現れた。
「あ~ゲームのキャラだったかあ」
「私たちに吸血鬼姉妹を薦めてたのはそういうことだったのね」
そのあまりにも完成度が高いコスプレに会場が湧きたつ中、納得したように文弥と亜夜子が頷く。なるほど、同じゲームのキャラクターというわけだ。
言われてみれば、蘭の髪型はこのキャラそっくりだし、ほっそりとして小さい体型も似ている。達也としてはインム――インターネットミームの略称であり特定のジャンルを指すわけでは決してない――の調査の過程で見ることになった、ゲームのクリアの速さを競うRTAという遊び方の解説動画で左下にいる生首饅頭を先に連想するが、あれはそれの元ネタのキャラだ。
気分をよくした蘭がその二刀流を振るうたび、会場に歓声が爆発する。その動きは鋭くかつ流麗であり、「魅せる」だけでなく、それが稽古と修行を積んだ、れっきとした「型」であることが一目でわかる。さらに移動・加速系魔法を併用した魔法剣術まで披露すると、完全に会場の空気を支配し始める。ちなみに剣術部・剣道部は唖然としていたし、桐原と壬生はカップル揃ってショックで崩れ落ちていた。
「そう来たか……」
似合っているし、元ネタが通じなくとも可愛くて完成度が高いので人目を惹く。その衣装も気合を入れて作ったようで、コスプレ特有の安っぽいぺらぺらしたものではない。どこまでも去年とは大違いだ。
達也は思わず感心した。蘭の突飛な発想と妙なやる気がぴったりハマれば、こうも人を惹きつけるようになるわけだ。
「ふうん、へえ~…………あっそう」
瞬間、お友達グループは急いでその場を離れた。責任感の強い達也だけが、この場に残される。深雪すらも達也を申し訳なさそうに振り返りながらも、身代わりとして置いていった。
隣には、鬼がいた。
いや、猫娘なのだが。その放つ怒気は、猫を通り越して虎や獅子、いや、もはや全く関係ない。不動明王や金剛力士像のような――荒ぶる神だ。
「アタシに二刀流を教わったのは、そういう
エリカは声を荒げていない。腕組みで仁王立ちをしてはいるが、顔は笑っている。だが、あいにくながら、蘭を睨みつける目は笑っていないし、笑みを作っている口元は牙をのぞかせて唸って威嚇しているように見える。余談だが、笑顔は元々威嚇の顔だったらしい。
「は、はは、いやはや、ま、まさか、俺たちの目を欺いてまでおふざけするなんてな」
達也はなんとか笑ってごまかしながら、エリカのご機嫌を取ろうとする。このままではまずい。生徒会イベントが、蘭の虐殺グランギニョルになってしまう。
だが、エリカの気持ちも分かる。はらわたが煮えくり返ってマグマになりそうなほどだろう。
千葉家に生まれ、剣に寄り添い、刀に捧げた人生だ。刀剣とは、エリカの最も頼れる武器であり、相棒であり、アイデンティティである。そんな「エリカの剣」を分かっていて、蘭は愚弄したのだ。こんなコスプレ大会で使うために、わざわざエリカに頼んだのである。
そして蘭に本気だと騙され、エリカはまんまとその術を授けた。蘭の才能と太刀筋にほれ込み、誇れる弟子のように思っていたのは、あの試験から強く伝わってくる。そして剣士として、ライバル心と友情も感じた。そんな感情の高ぶりから最後に挑んだあの掟破りの魔法剣術の戦いは、エリカの剣士としてのある種の集大成のようにすら見えた、素晴らしい戦いだった。お互いに高速で動き剣を振るい、最後はお互いの首に同時に寸止めをした、引き分け。
しかし、蘭は、あくまでも「遊び」だった。神聖な道場とエリカの人生にまんまと入り込み、遊び道具とおもちゃを貰っていった。エリカの怒りも分かる。
みんなが、「本気」「真面目」だと信じてしまった。だが、実態は、達也の言う通り、コスプレで使うための「おふざけ」だったわけだ。
「アハハ、もう、達也君ったら、何言ってるのよ」
だがエリカは妙に平坦な口調で笑い、達也を否定した。一体どういうことか。ご機嫌取りのために言葉を紡ぎ続けなければならない達也は、訳が分からず、思わず固まってしまった。
「いーい、達也君? アイツはねえ……このハロウィンパーティーのコスプレに対してね……」
達也は頭を抱えた。ああ、ダメだ、止められそうもない。
もうわかってしまう。エリカの中にエネルギーが満ち溢れ、発散の瞬間を迎えようとしている。エリカのこの穏やかさは――爆発の前の、助走だ。
達也は、そっ、と、この場を離れる。
「心の底から、『本気』で、『真面目』で――――――『真剣』だったのよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
エリカが叫びながら駆け出す。魔法も使っていないはずなのに、千葉家の必殺剣『陸津波』を思わせる速さだった。
この数秒後、蘭はいつぞやの脅しの通りに顔がピカソなるまで殴られ、それと同時に、最速で千葉家から破門された。
Twitterではちょくちょく話しているが、蘭の見た目脳内イメージは、服も髪も瞳も真っ黒でリボンと刀のない妖夢。手術前の笑顔はゆっくり妖夢(biim兄貴)そのもの。青いオーラは出てない。
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年末年始に中条いつき編も投稿予定です