志摩さんと一緒に現れたのは"新城 肇"一佐。
今は退職して隠居しているから、"元"一佐か……
陸上自衛隊で教育期間を終えたばかりの俺が配属された時の上官である。
「し、志摩さん?こちらの御仁とはお知り合いで?」
緊張のあまり変な言い回しになってしまう。
「知り合いもなにも私のおじいちゃんですよ。」
「へぇ……?」
彼女の言葉に俺の時間がピタリと止まった。
「千代さんはおじいちゃんと知り合いなんですか?」
「あ、えっと…… あー」
緊張から上手く舌が回らない。
その様子を見かねた新城さんが口を開く。
「千代、しっかりしないか。リン、彼は昔私が育てた隊員の一人だ。」
「え!そうだったの?」
「そうだよ。千代もいい加減に話してやらないか。」
「ハッ!志摩さん、自分はキミのおじいさんに鍛えられたんだよ。」
「あの時はまだ前期教育が終わって配属されたばかり、ヨチヨチ歩きのひよっ子だったがな……」
「まあー そりゃそうですけど、あれから10年以上経ってますし、それに自分もありとあらゆるMOSを取得して最終的には一佐の右腕までになりましたよ。」
「ほぅ。言ってくれるじゃないか……」
自衛隊談義に花を咲かせていると、志摩さんが俺の服の裾をチョンチョンと引く。
「あの千代さん…… そろそろ行かないと、みんなとの待ち合わせに遅れてしまいます。」
彼女に言われて時間を確認すると、出発予定の時間を少し回っていた。
「本当だ。」
「ならば老いぼれはそろそろ退散しようじゃないか。リン。一緒に走れておじいちゃんは幸せだったよ。」
「なんか照れるな……」
「伊豆は広いが、気をつけて走るんだよ。」
「うん。おじいちゃんも気をつけてね。」
「千代も孫のリンを頼んだぞ。」
「ハッ!この命に賭けて、お守り致します!」
新城一佐はバイクで走り去っていった。
「行っちゃたね……」
「私たちも行きましょう。」
「っとその前に志摩さん、これ……」
俺は桜さんとなでしこさんから貰ったお守りの一つを志摩さんに渡した。
「これは?」
「交通安全のお守り。各務原さんからだよ。」
「ったく、なでしこめ……////」
互いのインカムをリンクさせる。
「志摩さん聞こえる?」
「はい。大丈夫です。」
リンクを確認できた俺は、ロクダボに股がりエンジンをかけた。
「では、先に出ます。」
「了解。」
志摩さんを先頭に俺たちは一路伊豆を目指す。
暦の上ではもう3月だが、山梨はまだ寒い。
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休憩を挟みつつ、俺と志摩さんは2時間ちょっとかけて静岡県に入った。
『おー!戻って来たぞー!静岡けーん!』
イヤホン越しに志摩さんの元気な声が聞こえる。
駿河湾を左手に眺め、海岸線の道をひた走った。
「朝日に照らされて綺麗だね。海……」
『そうですね。』
「そういえば志摩さんって、原付にスクリーン着けたんだね?」
『おじいちゃんが新品を持って来てくれたんです。』
あの人昔は鬼みたいに怖かったのに、孫ができて優しくなったんだな……俺も歳を取るわけだ。
「良かったじゃないか。それで?どう?スクリーンの使い心地は?」
『さいこーでーす!』
前を走る志摩さんの声から分かるように、ビーノに装備されたスクリーンは機能を遺憾なく発揮されてるようだ。
『千代さーん、右見て下さいよー』
本栖と書かれた白いナンバーを追いかけて小さな橋を渡っていると不意に志摩さんが右側を指差す。
脇見にならないように気をつけながら、右に意識を向けてみた。
「富士山じゃないか……」
低い建物の向こう、雲ひとつない青空の下で雪化粧でめかしこんだ立派な富士山が、俺たちを見守るようにたたずんでいた。
『山梨で見るのとまた違う感じですね。富士山……』
「そうだね。あっちの富士山も綺麗だけど、こっちの富士山も味が味があって好きだなー」
『そうですねー』
春とはいえ、まだまだ寒い。
空気が澄んでいるためか、富士山もくっきりと綺麗に見えるんだろう。
暖かい頃に何度か走ったことがあるが、見えかたが違うように思えた。
きっと写真で撮ってもこの素晴らしさは残せないんだろうか……?
冷たい風を浴びて潮の匂いをかぎながら、俺はスロットルを少し回す。
ロクダボが軽く加速した。
まるで自分が風と一つになったような一体感だった。
車や電車では絶対に味わえない、バイクに乗っている人だけのご褒美だと言っても過言ではない。
「志摩さん。晴れてよかったね♪」
『ええ。ホントーに良かったです。』
イヤホン越しに聞こえる志摩さんの声も心なしかうわずっている。
でもそんなの当たり前だ。
見たことない景色、走ったことない道、知らない匂い……目に耳に肌にと次つぎと飛び込んでくる未知の感覚が、心と体を否応なしに踊らせていく。
この先には何があるのか?どんなものが待っているのか?それを考えるだけで、自然に己の心が体が勝手にバイクを進めさせた。
それが旅なのだ!
「志摩さーん、今回の伊豆キャンプの目的を教えて下さーい!」
『りょーかいでーす。我々は本日から2泊3日で伊豆のジオスポットを巡り、キャンプでは地のモノを使った料理を喰らい尽くしまーす。気合いを入れて下さいね。』
「おおー!」
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山梨を脱出して3時間……
我々は1つ目のスポット"大瀬崎"に到着した。
ここは海流に運ばれた土砂や岩が溜まってできた細長い陸地(砂嘴)である。
「うーん。疲れたー!」
背伸びをする志摩さん。
「お疲れさまだったね。」
「千代さんこそ、お疲れ様です。」
「ここのスポットの注目ポイントはどこなの?」
「ここの先に神社があって、そこ敷地内にビャクシン樹林と言われる場所があるんですよ。」
俺たちはみやげ屋、マリンショップなど建ち並ぶ参道を抜けて、神社の前まで歩いてきた。
一人100円という格安の参拝料を払い、俺たちはいざ境内へ……
「おおー 荒ぶっとる。」
色白の極太な幹に生い茂る緑の葉っぱ、荒ぶる自然を眺めながら、俺たちは伊豆の旅の第一歩を踏み出していた。
「志摩さん。とりあえず記念に写真撮っとこうか?」
「はい。」
ビャクシンを背景に志摩さんを撮ろうとする。
「千代さんも一緒に撮りましょうよ。」
「え……」
ということで、志摩さんと肩を寄せ合って仲良くツーショット。
「良し。ちゃんと撮れてるなと思ったけど、千代さん表情が固いですよ。」
「そうかな?」
「緊張してます?」
「ソンナコトナイヨーー」
それから何枚か写真を撮り、満足した俺たちは、格安だが払った参拝料100円を無駄にしないためにもビャクシン樹林をくまなく歩き回ることにした。
奥には空から見ると、まるでドーナツのように真ん中に神池と言われる大きな池があった。
その池を取り囲むように広がった樹林の中を二人で歩いていく。
「朝だから人が少なくて良かったですね?」
「そうだね。出発が気持ち遅れてしまったけど、運が良かったよ。」
山梨じゃまず見ることができない光景に、二人して感嘆の声をあげる。
神池には色とりどりの鯉が泳いでおり、志摩さんは餌をやったり楽しんでいた。
いつもクールな彼女も年相応な女の子なんだなと、つくづく思う。
何だろう?この感じは……
これが娘のいるお父さんの気持ちなのか?
「千代さん、みんなとの合流までまだ時間があるから、別のジオスポに移動しましょう。」
志摩さんは俺の手を引く。
「はいはい……」
俺たちはバイクを止めていた場所まで戻って来た。
その時互いのスマホがそれぞれ鳴る。
「斉藤さんからだ。車組も伊豆入ったみたいだね。」
「なでしこ、目、バッキバキじゃねーか!」
斉藤さんから送られてきたLINEには、伊豆に入ったというメッセージと爆睡する各務原さん(アプリで落書き)が添付されていた。
「さあ、こちらも先に進もう。」
「下田までは50キロありますが、その前に竜宮窟によります。」
「りょーかいです!隊長!」
「隊長って。からかわないで下さいよー」
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『ふっ、ちょろい峠だぜ……』
そう言いながら志摩さんは、峠の急なコーナーで大きく原付をバンクさせ、最小限の減速でコーナーを曲がっていく。
大瀬崎を後にした俺と志摩さんは、みんなとの待ち合わせ場所である下田を目指して峠道をひた走っていた。
勾配の激しい伊豆は、道が地形に沿って出来ており、あまりよろしくない路面状況も合わさって、なかなかスリリングだ。
急な上り坂に下り坂、S字コーナーやヘヤピンカーブが続く峠道を二人で攻略走っていく。
下りの……特に見通しのきかない急な左カーブ、バイク乗りにとって一番危ないコーナーに差し掛かり、志摩さんの減速に合わせて俺はアクセルをオフにし、リアブレーキをかけつつ荷重を抜いて立て直した。
バンクさせつつ、スロットルを回してトラクションをかけ、コーナーを切り抜ける。
「志摩さん。良い腕してるね?」
前を走る彼女の腕前に俺は感心する。
原付特有の重心の高さとホイールベースの短さを逆手にとったコーナリング……
俺が原付に乗ったとしても、あそこまで上手く操ることはできないだろう。
『なんででしょう。どうすればコイツが曲がってくれるのか、なんとなく解ってきたんです。』
「そうなんだね。」
そんな時だった。
前方、反対車線に別のバイクが現れた。
「志摩さん、前からバイクが来てる。手を振って挨拶してあげて。」
『わ、分かりました。』
俺たちはすれ違う際に手を上げる。
すると相手もフッと手を上げて返してくれた。
『おー 返してくれた。今のって、まさか……』
「そうだよ。ライダー同士の挨拶、ヤエーだ。」
『感動です。私、原付だから今まですれ違っても、やる勇気が出なかった……』
「それはもったないよ。排気量は違えど同じバイクで旅やツーリングをしている者同士なんだから……」
『そ、そうですよね。次からは積極的にしていこうと思います。』
「その意気だよ。でもカーブとかバランスが崩れてしまうし、テンション上げすぎて危険なパフォーマンスは特に事故のモトになるからやっちゃダメだよ。」
『はい。』
荒れた道も峠道もなんのその。
インカムのおかげで、楽しく話ながら進んでいく。
途中、山の中にデカい海老の置き物があったりした。
どう見ても海老なのに、志摩さんは『ザリガニだと』と言って引き下がらなかった。
そして竜宮窟に到着。
バイクを駐車場に止めて、急な階段を下って行くと洞窟みたいなのに天井は崩れて大きな穴が開いており、上から陽光が射し込み、聞こえるのは波の音と幻想的な空間となっていた。
「ここ、竜宮窟は波の力で浸食されて出来た場所みたいですね。」
志摩さんがスマホの画面を見ながら、丁寧に解説してくれる。
「なるほど。これはあれだな?飛ばねぇ豚はただの豚だ……」
俺はちょっとハードボイルドな気分になった。
「何ですか?それ……」
訝しんだ目で志摩さんがコチラを見上げる。
「いや、知らないなら良いですぞー」
彼女をはぐらかすようにこの場所を後にした。
志摩さんが言うには、このまま車組と合流するそうだ。
待ち合わせ場所まであと20分ほどか……
気を抜かずに交通安全だ。
次回に続く。
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