後半は千代さん大暴れです。
四月になって新学期が始まる。
俺の勤める本栖高校にもたくさんの新入生が入り、賑やかな学校用務員ライフが始まった。
今朝は通常出勤……
相棒のロクダボで学校に向かっていた。
「もう朝も寒くないし、本当にバイクの季節になったな……」
学校までもう少しかという所で、本栖高校の制服を着た二人の女子生徒が立ち往生しているのを見かける。
「あの制服は…… ウチの学校の生徒だったな……」
俺は安全を確認した上で相棒をUターンをさせると、その女子生徒たちのもとに向かった。
減速して近づいてクラクションを鳴らすと二人が気付き、こちらに視線を向ける。
「犬山……さん?」
なんと女子生徒の一人は犬山さんだった。
「あ、千代さーん。おはようございます。」
「おはよう。ところでどうしたの?」
「あ、えっとですね?この娘の自転車のタイヤがパンクしてしまったみたいでぇ……」
犬山さんから言われて確認してみると、前輪のタイヤから見事に空気が抜けてペッタンコになっている。
「何か踏んじゃったみたいで……」
「ありゃー 派手にやったね。」
「私も最近、ロードバイクに乗り始めて修理キットは持ってるんですけどね、この自転車と規格が合うか分からんくて困ってたんですよぉ……」
犬山さんの持つゴムチューブを借りた。
「確かに…… 自分も専門じゃないからなぁ…… 中途半端な修理で新入生に迷惑もかけらない。」
「このままじゃ、三人揃って遅刻してしまうなぁ……」
「どうしましょ~?」
俺は周囲を見渡すと、運良くちょうど近くに商店を見つけた。
「あそこのお店に理由を言って、少し預かって貰おう。その後自分が引き取りに来るよ。」
「大丈夫でしょうか?」
新入生の女の子が心配そうに俺を見る。
「大丈夫。自分が話を付けてくるから……」
俺は彼女を安心させるために頭を撫でてやった。
その後商店の人にお願いしてみると、快く承諾してくれ、そして学校へも一報を入れておいた。
「助かりました。ありがとうございます。」
「先輩にも迷惑かけてすいません。」
「困った時はお互い様やでぇー♪」
「犬山さんは先に行ってて良いよ。」
「じゃあ、この娘はどうするんですか?歩いて行くにはけっこう距離ありますよ?」
「ふふーん♪」
俺は相棒のロクダボのリアシートを指差す。
相棒のリアシートには予備のヘルメットと簡易プロテクターが一式乗っていた。
「あはは…… なるほど。」
「じゃ、気を付けて行くんだよー」
「はーい。」
犬山さんはロードバイクに股がるとこちらに手を振り、風のように颯爽と去って行った。
「速ーっ!」
「だねー さあ、キミは準備出来たかな?」
「は、はい!」
俺が先に股がり、それに続いて新入生の娘がリアシートに座る。
キーを回すとロクダボに電源が入った。
スタートボタンを押すとエンジンをかかる。
「おぉぉーー」
ニュートラルで何度か軽くスロットルを回し、回転数を煽る。
「じゃあ、良いかな?」
「はい。お願いします。」
女の子は俺の下腹あたりにギュッとしがみついた。
俺は細心の注意を払い、安全に心がけて学校に向けて相棒を走らせる。
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
学校には遅刻することなく到着した。
女の子がバイクから降りて、改めて俺に頭を下げる。
「ホントーに!ありがとうございました!」
「気にしないで。一緒にいてくれた生徒も言ってたじゃないか。困った時はお互い様って…… さあ、もうすぐ始業のチャイムが鳴るから、早く行きなさい。」
「はい。いってきます!」
女の子はヘルメットやプロテクターを俺に返すと、走って校内に向かっていった。
「廊下は走っちゃダメだぞー」
彼女を見送って、俺は相棒を止めるために駐輪場へと向かう。
途中で犬山さんと会った。
「あ、千代さん。」
「犬山さん、朝から大変だったね。」
「いえ、千代さんが通りかかってくれて良かったですわぁー」
「いやいや…… あの娘もキミ付いていてくれたから、助かったって言ってたよ。さすが先輩♪」
「もー 茶化さないでくださいよぉー」
「フフ……じゃあ学校頑張ってね。」
「千代さんこそ、お仕事頑張ってくださいねぇ」
犬山さんも校内へと入って行くのを見送る。
「さてと…… 俺は自転車を回収にいかんとな。」
その後、俺は自転車を回収して学校まで運んだ。
そして学校に常備されていた修理キットを使い、パンクの修理をした。
「こんな物か…… 修理したの良いけど、あの娘の名前とか聞いてなかったな…… どうしたものか。」
「千代さん、お困りのようですね?」
そこに立っていたのは教頭先生だった。
「お疲れ様です。」
俺は今朝あったことを教頭先生に話す。
カクカクシカジカ…… 鹿さんおいしいー
「なるほど。一年生の女子生徒ということしか分かってないと……」
「そうですね。」
「次の休み時間に私が校内放送を流しときますよ。」
「そうしてくれると助かります。」
「分かりました。では……」
教頭先生は俺の前から立ち去った。
二時間目と三時間目の間の休み時間……
約束してたとおり、校内放送が流れる。
放送が終わって、しばらくすると事務室の引き戸が開いて朝の女の子が顔を覗かせた。
「あ、こっちこっちー」
俺は彼女に向かって手を振る。
コチラに気づいた女子生徒が「失礼します」と一言いって入室、俺のもとへ歩いてきた。
「やあ。」
「お、お疲れ様です……」
「ごめんね。呼び出すような真似をして…… キミの名前を聞くのを忘れていたから。」
「平気ッス。私は一年2組、中津川メイです。」
「自分は野咲千代。みんなからは千代さんって、呼ばれてます。よろしくー」
「こ、こちらこそ……!」
「それで…… 一応の修理はしたけど、学校終わってからきちんと自転車屋さんとかに預けた方が良いと思うし、放課後学校が終わってから近所のお店に連れてってあげるよ。」
「良いんでしょうか?ご迷惑になりませんか?」
「いいよ。いいよー」
「ありがとうございます。」
「キミの自転車はそこの来賓用玄関に置かせて貰ってるからね。」
「あ、はい。」
「放課後、学校終わったらまたここに来ると良いよ。そしたら、お店まで乗っけて行ってあげるから。」
「分かりました。」
始業開始5分前の予鈴が鳴った。
「時間だね。授業がんばりなよ。」
「はい。失礼しました!」
中津川さんは自分の教室へと帰っていく。
そんな彼女を見ていると隣の席に座る同僚に声をかけられた。
「聞きましたよー? 朝、困ってたあの女子生徒を助けて上げたんですってぇ?」
「ええ、自転車のタイヤがパンクしてて……」
「また、千代さんのことを慕うファンが増えそうですね?」
「それって、どういう……?」
「かぁーッ!!? 自覚がない?それは罪ってもんですよ。千代さんはこの学校の生徒から絶大な人気がありますからね。それこそ先生以上に……」
まっさかーッ!と思ったが、よくよく野クルのメンバーを考えるとあながちウソでは無いのだろうか……
△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
次の日の放課後。
俺は大垣さんに呼び出され、野クルの部室にいた犬山さんやなでしこさんと話していた。
「この間のお花見キャンプ楽しかったよねぇー」
「まあ、色々あったけどなぁー」
「ジンギスカンも美味しかったよね。」
「ジビエ料理も大成功だったと思う。」
「千代さん……」「それはノーコメントで……」
「え?」
他にもなでしこさんがキャンプ用のイスを買いたいだとか雑談をしていると、部室の戸が勢い良く開き血相を変えた大垣さんが飛び込んできた。
「お前ら!大変だぞォォー!」
「どうしたの?アキちゃん……?」
「そんな血相を変えて……」
「勧誘ポスターを貼りに行ったんやなかったん?」
「貼りに行ったよ…… 確かに行った!そしたらよ……」
俺たちは掲載された各部活のポスターを見て驚く。
それはもう目ん玉飛び出るくらいに……
「ほとんどの部活がキャンプ推しになってやがるんだよォォォーーー!」
「うわぁーー」
「キャンプブームの波がこんなところにまで……」
「ちょっとまちぃ…… 囲碁将棋とキャンプって、ぜんぜん関係ないやん……」
「人気の部活にこんな事をやられたら、弱小サークルのウチらは手も足も出ぇへん。新入部員がみんな取られてしまうで……」
「どうしよう。千代さん……」
「うーむ…… 流行り乗ることは悪くはないけど、何も考えずにやると危険なこともあるし……」
「こうなったら、もう…… 【各部へ殴り込みに行くしかねぇだろうォォォーーッ!】」
「「おーーーッ!」」「お、おー」
「【皆の者!出陣じゃァァァーーッ!】」
色んな部活を回り大垣さんたちは懇願していく。
もちろん俺も説得を手伝った。
「たのもー!」
先陣を切って入ったのは、柔道部のいる道場。
ここも無意味なキャンプ推しをやっていた。
大垣さんたちは屈強な男子部員にビクビクしている。
「あれ?千代さん?どうかしました?」
顧問の先生と部員たちが俺たちもとに集まった。
「あの、今さっき部活の勧誘ポスターを見たんですがね?なぜ柔道部が今さらキャンプで新入部員を釣ろうとしているんでしょうか?」
「何でしょう?その言い方はちょっと癪に触りますね……?」
顧問が凄みを見せる。
しかし理不尽な自衛隊に16年勤め、心身共に鍛え上げた俺には屁でもない。
俺は落ち着いたトーンで柔道部を説き伏せた。
「いえいえ、別にやるなとは言ってませんよ。今までやって来なかったことをいきなりやるのは、いかがなものかと言っているんです。キャンプ道具を揃えるにもかなりの予算が掛かりますよ?」
お金の話になって柔道部は少し弱気になる。
ここぞとタイミングを見計らい勝負をかけた。
「彼女たちは部費には頼らず、自ら率先してバイトをして活動資金を集めているんですよ?アナタたち部員にはその覚悟があるのですか?」
形勢逆転した。
野クルは自腹を切っている旨を伝えると皆押し黙る。
「ええい!別に柔道部がキャンプを推してもいいだろう!」
顧問が声を張り上げた。
「ほう?あくまでもポスターは書き換えないと?」
「そうです!我が柔道部は書き換えは一切しません!」
「じゃあ、ポスターの書き換えを賭けて、自分と勝負しましょう。先生が勝てばそのまま掲載して構わないです。おとなしく引き下がります。」
「よろしい。その勝負受けて立ちましょう。」
と言うことで、俺は柔道部顧問の先生と勧誘ポスターを賭けて四分間一本勝負をすることに……
俺は部員から借りた柔道着を纏って準備運動をする。
「千代さん……」
なでしこさんが心配そうな顔をしていた。
「大丈夫。心配しないで……」
「千代さん、ケガだけはしんといてくださいよ……」
「ああ……」
「千代さん!ファイト!」
俺は三人にサムズアップで答えて、先生と向かい合って立つ。
正面に礼をして、互いに頭を下げて開始線に立った。
「始め!」
主審の部長が開始の合図を出す。
同時に俺は先生に組み付いた。
互いに足をかけ合い、激しく勝負の駆け引きをする。
一瞬の隙を突かれて、俺は先生に投げられそうになるがフン!と踏ん張り先生の攻勢を凌いだ。
何度か駆け引きをしていると先生の癖が分かってきたような気がする。
次は俺が攻勢を仕掛けた。
ちょっと挑発するように小外刈を何度か掛けてみる。
「お、おのれ…… なめやがって!」
焦った先生は勝負を仕掛けた。
これを待っていた…… 俺は先生の力任せの投げ技を受け流し、繰り出したのは必殺の【山嵐】!
先生はフワッと体が浮き上がり、そのまま畳に叩き付けられた。
バァァン!と音が響き、静寂が道場を支配する。
投げられた先生は唖然としていた。
「いい……一本!」
俺を応援していた三人から歓声が上がった。
「ま、負けたのか……?」
「俺の勝ちですね。約束守ってくださいね。」
「お、おう……」
約束を取り付けた俺は着替えて、野クルのメンバーと共に道場をあとにした。
「千代さん、強かったな……」
「そうッスね……」
「そうだ!あの人、元陸自の隊員だった……!」
「そりゃ、強いはずだ。」
俺たちはその後、キャンプとは関係ない部活は徹底的に【お願い(潰)して】回った。
それはもう道場破りと同じように……
次回に続く。
千代さんは近接格闘に関しては特級クラスです。
筆者の自分は銃剣道だけは筋が良いと褒められたことはあります。