・毒実験はしてるけど両親その他が厳しいので腕は綺麗
・栄養状態が原作より良いので胸の発育がそこそこ良い
・陰謀にもちょっと興味がある
・『緑青館』の教育もちょっとだけ真面目に受けてた
・道術は信じてない
(厄介事の予感は当たっていたな)
恭しく跪き、頭を垂れながら猫猫は思った。
前にも訪れた黄玲琳の家。
前回は歓待され、のびのびと──自由過ぎる、と言われてしまうほど──楽しませてもらったのだが、あの時とは空気が違う。原因は玲琳の世話係である。黄家の人間は大らかな者が多い。それゆえ、張り詰めているとまではいかない。しかしながら、自分たちを差し置いて玲琳に仕える猫猫に対する「悪い子じゃないか見極めておかないと」といった気配を感じる。
玲琳が雛宮へ移るにあたり、世話係は「同行する者」「しない者」に分かれる。
血筋的に雛宮入りできないから。家側の戦力として望まれているから。古参と新人の人数比を考慮して……理由は様々だろうが、とにかく猫猫は、自分の新しい立場がどういうものかあらためて理解した。
「
「ええ。よく来てくださいました、猫猫さん」
一方、当の黄玲琳はというと、以前と同じ朗らかな態度だった。
美貌には一層磨きがかかっている。このまま花開けばさぞかし入れ食いだろう。また、いかにも保護欲をそそる華奢な容姿も変わっていない。
(けど、こっちはこっちで困る)
「どうか『猫猫』と呼び捨ててくださいませ。でないと私が叱られます」
「まあ。……わかりました。では、これからは猫猫と呼びますね」
主従の関係はきちんとしておかなければならない。これから猫猫は玲琳付きの女官となるのだ。礼儀作法くらいは弁えておかないと逆に面倒なことになる。
「猫猫には一足先に参内し、他の皆さんと共に黄麒宮を整えていただきます」
「承知しております」
今回、猫猫が玲琳の家へやってきたのは前準備のためだ。
雛宮が解禁され、妃教育の開始が決まったとはいえ、大切な
掃除ができたら家具、調度品などの運び入れ。庭の草むしりも必要かもしれない。何しろ雛宮への入内が許されるのは五家と縁のある女だけなのだ。
(想像しただけでも大変だな)
「本日より黄家付きの世話係としてお世話になります」
「ええ。短い間ですけれど、家のみんなとも仲良くしてくださいね」
「はい」
女官や世話係と一口に言っても、家や主人によって仕事内容は違う。
掃除のやり方や配膳のしかた、禁句、家独自のげん担ぎや使用人間での力関係などなど、事前に把握しておくべきことは多い。
「詳しいことはこの冬雪に聞いてくださいね」
「かしこまりました」
(見るからにきつそうな人だな)
冬雪に家を案内されながら、思う。こつこつと規則正しい足音も神経質そうな印象通り。
割り当てられた部屋は幸いにも十分なものだった。猫猫は質素な暮らしも経験があるし、どうせ一週間やそこらで移動してしまうのだから倉庫でも納屋でも問題はないが。
「冬雪さま。不躾ですが、今のうちに雛宮での役割分担についてお教えいただけないでしょうか。それから、持ち込める荷物の制限についても。それによって家に手配したいものもございますので」
「ああ。それならばもう決まっています」
どこか睨むような視線が猫猫を射抜いた。
「あなたには、玲琳様のお薬の管理を主に担当してもらいます」
「!!」
猫猫は大きく目を見開き、存在しない尻尾をぶんぶんと振った。
(冬雪さまはいい人かもしれない……!)
〇●〇
考えてみれば、猫猫が薬係に任命されるのはある意味当然である。
玲琳は身体が弱い。体調を崩すことも多いようだが、どんな病気にかかった、なにを食べて倒れたといった情報はあまり外部に漏らしたくない。玲琳当人が並外れた調薬技術の持ち主でもあるため下手な薬師は必要ない。女の医師や薬師は数が少なく、黄家の縁者となればさらに少ない。
国いちばんの医者に師事し、玲琳と意気投合するほどの知識を持つ猫猫ならばその条件を満たしている。
もちろん、薬の管理だけが仕事ではない。引っ越しの際は総出で掃除や荷解きをするし、平時でも手が足りない時はあれこれ手伝うことになるだろうが。
「嬉しそうですね、猫猫」
「それはもう。薬のことを考えている時間が一番の幸せですから」
玲琳の薬棚を一つ一つ確認し、その詳細を書き留めつつ答える。大仕事だが、この棚もいったん中身を全部出して丁寧に包み、雛宮に運び込むことになる。
「ところで、持ち物なのですが。本当に調薬道具を持ち込んでも良いのでしょうか?」
「あら、どうして?」
「いえ。薬師でもない者が道具を持ち込むのは悪意を疑われると、師から忠告されたもので」
すると玲琳は柔らかく微笑んで答えてくれた。
「大丈夫ですよ。だって、わたくしも持ち込みますから」
「ああ、そう言われてみれば」
宮の主が率先して持ち込んでいるのだから咎めようがない。仮に咎められたとしても「玲琳様の持ち物を許可を得て使わせていただいているのだ」とでも言えば黙らせられる。
「玲琳さま。私は冬雪さまより、薬の管理の他に玲琳さまの健康管理、および毒見役を命じられております」
「……そうですね。そうなりますよね?」
猫猫は幼い頃から様々な毒や薬を自分で試していた。父である羅漢は軍師であり、恨まれることもある立場のため、そちらの関連で『毒慣らし』も受けている。それはもう至福の時間で……と、それはさておき。
なお、痕が残るような毒は師からもきつく止められたため、身体に傷などはない。と、これもさておき。
玲琳はふう、と儚げに息を吐いて。
「仕方ありません。猫猫にだけは隠しごとはなしにしましょう。……でも、他のみなには内緒ですよ?」
猫猫は、これまで玲琳と親交は持っていても──その生活に深く関わることはなかった。
食生活。睡眠時間。衛生状態。なにより、彼女の体質について、きちんと知る機会はなかったのだ。
(ああ、これは)
ようやく認識した本当の「黄玲琳」は、想像以上に。
(そういうことかよ。胸糞悪い)
雛宮は次の妃たちを教育する場であると同時に、次期皇后を選定するための場である。
前回の雛宮にて最優秀を収めたのは玲琳の伯母。すなわち、黄家から出された雛女。もし今回、玲琳が皇帝の寵愛を得れば、二代続けて黄家が他の四家を退けることになる。そうなれば、五家の均衡は大きく傾く。
……病弱な黄玲琳が雛女に選ばれたのは、黄家が『勝利を得ないため』だ。
(こんな身体で子を産めるわけがないだろ。というか、それ以前に命がいつまでもつか)
病人自身が笑顔で体調を隠し、あまつさえ、自分が薬に精通することでぎりぎり命を繋ぎとめている。それは、薬屋を自負する猫猫にとってあまりにも腹立たしいことだった。
〇●〇
黄家に入り、そこでの生活に触れるようになってわかったが──玲琳とその周辺はあまりにも、一般的な常識から外れている。
玲琳が体調を崩したり、倒れたりするのは日常茶飯事。
世話係たちはこぞってそれを案じ、支えようとしている一方で、どこか本気で「この方は近いうちに死ぬかもしれない」とは思っていないように見える。
そして当の玲琳はといえば、体調を崩すと平時よりもさらに己を鍛えようとする。一番の側近である冬雪でさえ踊り、楽器、その他もろもろの準備を率先して行うのだから、
(おかしいんじゃないのか、こいつら)
猫猫ならば「この症状にはどの薬が一番いいか」と嬉々として薬を飲み、経過を詳しく記録する。弱っている時に体力を使ってどうする。
(ああでも、言っても聞かないんだろうな)
お人よしが多いらしい黄家の気風は温かく、遠い血縁はあれど外様である猫猫にも良くしてくれる。そんな場所であること自体は好ましい。
仕方ないので、自分にある知識を総動員して玲琳の生活環境を改善にかかった。
黄家の者たちももちろんよくやっていた。それでも、栄養のある食べ物や食べ合わせ、身体に負担のかかりにくい調理法、強い酒を使って消毒を行う方法など、意見できることは多くあった。
雛宮に持って行って植えるための種や苗なども用意した。薬の材料をある程度自己調達できるようにしておくのは重要だ。玲琳にも相談すると彼女も似たようなことを考えていたらしく、日当たりを考えるとここにこの草を、とか地図を見ながら話し合うのはとても有意義な時間だった。
〇●〇
黄麒宮への引っ越しにあたっては「良く働く」と同僚たちから褒められた。
ちなみに猫猫に与えられたのは中級女官の衣だ。漢の一族は黄家から見ると傍系だが、代々国の要職についている。特に父、羅漢の貢献は著しい。むしろ上級女官の衣を勧められたくらいだったが、恐れ多いと断った。
あまり偉くならないほうが動きやすいし気も楽である。
雛宮に出入りできるのは五家の血を引く女と、それから皇族、そして宦官のみ。
なんとも女くさい空間は、幼い頃から『緑青館』に出入りしていた猫猫としはむしろ落ち着く。
引っ越し作業と雛女の受け入れが終わってしまえば、主な仕事は調薬と薬の管理、毒見役。どうなることかと思っていたが、どれも得意分野だ。
(これで給金まで出るっていうんだからむしろ天国じゃないか?)
冬雪はたまに当たりがきつい時があるものの、それも玲琳を想ってのこと、大切な雛女のために完璧にしておかなければ気が済まないのだと気づいてからはそれほど気にならなくなった。それに、母である鳳仙もきついという意味で似たところがあるので慣れている。
(大変なのは玲琳さまだよな)
猫猫よりも若く、身体は弱く、皆からの期待は重いほどに大きい。好きなこと以外には興味の向かない猫猫と違い多方面に造詣が深く、稽古や鍛錬にも余念がない。薬屋としてはもっと休んでくれと言いたいが、それが玲琳の良さであることもわかる。
皇帝の寵愛を奪い合うこの雛宮は女たちの悪意渦巻く魔窟だ。
そんな中で、玲琳は他の四家の雛女たちと競い合い、結果を出さなくてはならない。そして成果を挙げれば挙げるほど周囲からの嫉妬や憎悪は強くなる。
期待されていない、どころか政治的には勝たないほうがいいのであれば手を抜いてもいいところではあるが。
脳筋と言ってもいいほど頑固で努力家なところのある玲琳は手を抜くことをせず。
彼女はうまくやった。うまくやり過ぎたと言ってもいいほどに。
だから、あんなことが起こったのかもしれない。
「忌々しい女、消えるがいいわ……!」
乞巧節の夜。
朱家の雛女である朱慧月により、玲琳は欄干から突き落とされ、危うく転落死させられかけた。
皇太子であり、玲琳の従兄弟でもある尭明の怒りはすさまじく、慧月はただちに捕縛、雛宮は騒然となった。
幸い、玲琳の命に別条はなかったものの、彼女は恐怖からかかなり動転した様子で。
「あのね、冬雪。心配をかけたくないと思って、あなたには伝えていなかったのだけれど……わたくし、毎日つけていた日記をなくしてしまったの。床には、上等な衣の赤い糸が落ちていたわ。慧月様はわたくしを恨んでいたのではないかしら……!」
(ん? この人、日記なんかつけていたか?)
あれだけあれこれ鍛錬しているのだからそんな暇はなかったんじゃないか。しかし玲琳の言うことはたいていなんでも受け入れてしまう冬雪は気づいた様子もなく「なんということを……!」と憤慨している。
(そもそも、なんで今になって言い出した? 玲琳様なら、むしろあの方を恨むなと言いそうなものだ)
朱慧月が玲琳を恨んでいたのは事実だろう。あの場での態度もそれを物語っている。だが、これでは逆に今回の件で慧月を始末してしまおうと画策しているかのようだ。
なんだか、人が変わってしまったかのようだ。
(いや、まさかな)
あれだけの体験をすれば動転するのは当たり前のこと。
だから、本当の意味で「人が変わってしまった」などと疑うのはおかしい。論理的でないことは信じない性質だ。この世には道術なるものが存在するらしい。それを使えば本当に人を変えてしまうことも可能かもしれないが、因果を証明できないものは考慮しない。
憶測でものを言ってはいけない。師の教えだ。
ともあれ。
「玲琳さま。薬の調合はいかがいたしましょう」
仕事はきちんとする。ついでに少しばかり判断材料を増やしてみることにした。口にする薬草の名前にあまり適切ではないものを混ぜてみたのだ。
するとどうだろう。玲琳は「あなたに任せるわ。ええと……」と、何かを思い出そうとするような仕草。
「猫猫です、玲琳さま」
「そう、猫猫。そうだったわ。それじゃあ、お願いね」
(ふむ)
あまり嬉しくないことに根拠が増えてしまった。
(仕方ない。もう少しかまをかけてみるか)
もし彼女が玲琳その人なら、ちょっとしたお遊びということで許してもらえるだろう。でも冬雪がいるところだと絶対怒られるので、彼女が退室した後で。
玲琳の華奢な肩に手を置き、目を見て、どすの利いた声で囁く。
「なあ、お前、玲琳さまじゃないだろ。誰だ?」
玲琳(?)はあからさまに「あ、これやべえ」という顔をした。