ただし女官の対応する時に便利なので優男ムーブも使う
(おい、あかさまな反応しすぎだろ)
猫猫は内心ため息をつきたくなった。憶測でものを言ってはいけない。かまをかけた時点で既に心得からはだいぶ外れている。
言い訳をさせてもらうなら、もし推測が外れていた場合、玲琳への釘刺しにするつもりだった。まあ、それも越権行為ではあるが。
にもかかわらず、どうやら当たりらしい反応。
(まじかよ)
猫猫は道術を信じていない。が、知識としてまったく把握していないわけではない。
薬の師である老医師から「そういうものがある」と聞かされていたからだ。
しかし信じてはいないので、どちらかというとかまかけが外れているほうが嬉しかった。
ともあれ、もし本当に目の前の人物が玲琳ではないとして、じゃあ誰なのか。
素直に考えれば、先の騒動の中心。
「朱慧月か。おおかた、玲琳さまへの寵愛を奪い取ろうとでも思ったんだろ」
呟けば、玲琳(?)は今更表情を取り繕って、
「いやですわ、猫猫ったら。わたくしの顔を見間違えるだなんて」
「では、『朱慧月さま』に確認を取ってもよろしいですね?」
「っ! お前、あまり失礼な事を言うならクビにするわよ!? 『今は』わたくしが主なのだから──っ」
言葉の途中ではっとした表情。
(いや、今更遅いだろ)
しかし、これで状況証拠は揃ったと言っていい。
朱慧月が玲琳に危害を加え、それ以降、玲琳の様子がおかしくなった。問いただせば動揺し、朱慧月との接触を防ごうとする。
姿に変わった様子はないし、朱慧月がこの宮に忍び込めたとは思えないので……事実関係だけで言えば、玲琳と朱慧月は精神だけが入れ替わっている、と考えられる。
大して働いてないのに解雇は少々外分が悪いが。猫猫は敢えて強気に笑って、
「やってみろよ。言っておくが、私の家は私の稼ぎがないとやっていけないほど貧しくない。……まあ、それはそれとして妓楼に放り込まれるかもしれないが」
「妓楼?」
玲琳──もとい朱慧月は不思議そうな表情を浮かべた後で納得したように頷いた。
「お前ね? 黄玲琳の女官になった漢軍師の娘っていうのは。……ああ、納得がいったわ。母親が薄汚い妓女だから、そんな乱暴な口の利き方ができるのね」
「玲琳さまならそんなこと百も承知のはずだが、認めるってことでいいんだな?」
やけになったか、彼女はにたりと笑って、
「ええ、そうよ! わたくしが道術で身体を入れ替えたの! つまりお前たちはわたくしに主の命を握られてるってわけ」
確かに、この状態で慧月を害せば主である玲琳の身体に害が及ぶ。
だが、
「お前がこのまま死ねば、玲琳さまは朱慧月として生き残る。というか、このまま行けば玲琳さまも処刑だろ」
正確には単なる処刑ではなく、なんとかの儀とかいう儀式で運と天意を問う。千、あるいは万に一つくらいは生き残る目があるかもしれないが、まあほぼ処刑だ。
玲琳が死ねば元に戻れなくなる。戻る気がないにしても、道術という怪しげな手段に全賭けはあまりにも後先を考えていない。
「わかってんのか? 玲琳さまの病弱な身体と一生付き合っていくことになるんだぞ?」
「はっ。ちょっと体調を崩しがちなくらいでしょ? 脅かしすぎよ」
(ああ、思ったよりバレてないのか)
玲琳は外面を取り繕うのが異様に上手いので、素直にそれを信じているのだろう。
「なら、これから思い知ればいい。ちなみに玲琳さまの薬を管理しているのは私だ。ご本人なら自分で調合までこなせるが、お前には無理だろ? 仲良くしておいたほうがいいんじゃないか?」
「む……っ」
慧月は目を細めて猫猫を睨みつけると、
「わかったわよ。あんたこそ、このことを他の奴にバラすんじゃないわよ!? そんなことしたら本気で追い出してやるから」
「ああ。その点においては利害が一致しているからな」
言ったところで簡単には信じないだろう。なにしろ筆頭女官である冬雪でさえ心配が先に立って違和感を覚えていない。
ひとまずは玲琳の身体を生かすことを優先する。それから、慧月の身体に入った玲琳を助ける方法を考える。
(ってもな。自分自身でさえ信じ切れてないものを、他人に訴えられるか?)
◇ ◇ ◇
雛女を殺しかけるという大罪を犯したとはいえ、朱慧月は雛女である。処断方法については皇太子である尭明が最終決定を下す。一介の中級女官に過ぎない猫猫が干渉することは不可能に近い。
慧月(中身)に自白させられれば話は別だが、説得にも脅しにも応じるとは思えない。
自発的に元の身体に戻ってもらうことは? ……否、結局のところ手札が足りない。
猫猫が悩みつつ薬やら食事やらの手配をしている間に、朱慧月の処遇が決まった。
後宮の掟に則り、獣尋の儀が執り行われる。獅子と同じ檻に入れられ、食われなければ命を免れるという、まどろっこしい処刑方法である。
それから、普段なら玲琳につきっきりになってもおかしくない冬雪が妙に大人しいと思えば──牢に入れられた慧月(玲琳)に会いに行っていた。帰ってきた彼女に尋ねれば、毒薬を渡して自害を勧めてきたという。
「あの女……あろうことかこの私を相手に玲琳様を騙ったのだ! あのふてぶてしい態度ときたら……!」
(だいぶ荒れてるな。まあ、無理もないが)
やはり冬雪の協力は得られそうにない。下手に刺激すればクビどころか斬り殺されかねない。
(参ったな、これは。取れる手立てがほとんどないぞ)
話を聞く限り玲琳は元気そうだ。気力が充実しているのであれば、あの雛女は自力でなんとかするかもしれない。少なくとも毒を飲んで死ぬようなことはあるまい。
毒。毒薬があの雛女の手に渡ったのであれば……他に可能性がありそうなのはあの薬か。
念のためにと準備を行っているうちに、件の獣尋の儀が行われる時間になった。
◇ ◇ ◇
(元気そうだな、玲琳さま。むしろ生き生きしてるんじゃないか?)
猫猫は玲琳の体調管理役という名目で儀式に同行を許された。
堂々とした態度で振る舞い、尭明に許しを請おうとするも……従姉妹を殺されかけた皇太子は聞く耳を持たず。
檻の前に立たされた彼女がじっと前を見据えたところで、
「一つだけ、よろしいでしょうか」
皆が固唾をのんで見守る中、声は思いのほか響いた。
尭明は猫猫を一瞥しただけで不愉快そうに眉をひそめ、
「黄麒宮の中級女官か。なんだ。酌量餌は先ほど募ったはずだが」
「酌量餌ではございません。たとえ罪を犯したとはいえ、獅子に食われるのはあまりに無惨。故に、自死の機会を与えてはいただけないかと」
「毒か」
薬包でくるんだ粉末を見て、壬氏が呟いた。
「玲琳さまからの許可はいただいております。どうか、ご許可を」
幸い、猫猫はそれなりに顔が整っている。美人の多い後宮では埋没してしまう程度の顔だが、『緑青館』の小姐たちからは「化粧映えのする顔」と太鼓判を押されている。よって、着飾っている状態であれば場違い感はかなり軽減できる。
助命の嘆願ではなかったことから尭明は表情を緩めた。なんとか了承をもらえそうだ──が。
「いいえ、そのような慈悲は不要でございます」
(玲琳さま!?)
微笑んで猫猫を見た慧月、もとい玲琳は、あなたの考えていることはお見通しですよ、とでも言いたげだった。別人の顔なのにそれを読み取れてしまうのがなんというかすごい。
(余計なお世話だったか。役に立つと思ったんだけどな、またたび)
「どうか儀式をお続けくださいませ、鷲官長様」
「……良いんだな?」
「ええ」
そうして玲琳は堂々と儀式に臨んだ。
結論から言うと、彼女は命を免れた。獅子は玲琳を襲おうとせず、尭明は壬氏に「獅子を剣で刺激しろ」と指示、怒った獅子は玲琳を狙うも……その矛先は、玲琳が袖に隠していたねずみの死体へと先に向かった。
ねずみの死因は、冬雪の渡した毒薬を食べてしまったことであり……人をもころっと殺す毒を丸のみしていたその身体は十分、獅子を死に至らしめる効果があった。
(作り方をぜひ教えて欲しい。冬雪さまは知っているだろうか)
「そこの女官」
儀式終了後、撤収しようとしたところで鷲官長──壬氏に声をかけられた。
「なんでしょうか、鷲官長」
「ああ。その毒は、もしかすると朱慧月ではなく獅子に食わせることが目的だったのか?」
後宮の警備担当という役割上、簡易的な武装をしている彼だが、にこりと微笑むと天女のような美しさを感じられる。聞いたところによれば、その美貌から女官たちにも大人気だとか。猫猫は、なんかうさんくさいなこの人、と思いつつ答えた。
「まさか。ただ……そうですね。毒草と間違えて、猫科の動物が好む植物を粉にして持ってきてしまったようです」
「ほう?」
壬氏の目が興味深げに輝くのを、猫猫は確かに見た。
彼は、これから死ぬ罪人らしくない慧月(玲琳)にも興味を示していたが……ひょっとすると女の趣味が悪いのかもしれない。
これからはなるべく近づかないようにしよう。
◇ ◇ ◇
獣尋の儀は無事に終わったものの、朱慧月の後見人である貴妃『朱雅媚』は自家の雛女に謹慎を命じたらしい。
傍付きの女官と共に、朱家の領域のはずれにある廃屋同然の建物で生活。
儀式の後、慧月(玲琳)を一人の女官が迎えに来ていたので、あれがきっと犠牲、生け贄、貧乏くじを引くことになったのだろう。
(宮から離れて人目も少ないってんならちょうどいいな)
「冬雪さま。朱慧月に軽い嫌がらせをしてきたいのですが、許可をいただけますでしょうか。植物の種と塩を持参すれば『どうせなら食べ物を持ってこい』と憤るに違いありません」
「いいでしょう、許可します」
お許しが出たのでありがたく支援物資を届けることにした。
袋に詰めた種の多くは食べられる種。作物を育てるのにも使えるが、そのまま食せば身体を動かす熱を多く供給してくれる。乾煎りして塩を振って食べるとけっこう美味い。
(まあ、もう少し良い物を持ってきたかったのは事実だけど)
玲琳は農作物の知識も豊富に持っている。それを料理する方法も、知識の上だけではあるがよく知っている。体力がもっとあれば心ゆくまで畑のお世話をしてみたいと言っているのを聞いたこともある。
あまり手助けをすると差し出がましいことになるかもしれない。
「っ、と?」
件のあばら家が近づいてきたところで、別方向からこちらに向かってくる人影に気づいた。
(あれは……玲琳さまを迎えに来ていた女官か)
異国の血が入っているのか、赤みがかった髪と琥珀色の瞳を持つ娘。体型もめりはりが効いていてなかなかに男好み。これは磨けば光る逸材だ。下級女官の衣を纏っているが、こんなところで雑用をしているくらいなら妓女になったほうが稼げるんじゃないか。
向こうもあばら家に向かうところらしい。
見ていたのがバレたのか、互いの距離が近づいて来ると声をかけられた。
「こんなところに、黄麒宮の女官がなんのご用でございますか?」
「はい。我が主に危害を加えた朱慧月さまに軽い嫌がらせをと」
手荷物を示すと、なんだか得体の知れないものを見るような目で見られた。
「どいつもこいつも。そんなに足の引っ張り合いがしたいのかよ。そのせいであたしはこんな目に遭わされて」
(なかなか口の悪い女官だな)
花街にいる時によく聞くような口調だ。わりと波長が合いそうで心が和む。
「朱慧月さまの傍付きを命じられたのですか?」
「……分不相応だってのはわかってるよ。どうせあんたも、あたしのこと『移民の踊り子の娘』だからって馬鹿にするんだろ」
それは、日常的に溜まった不満をつい漏らしてしまった結果のようだった。猫猫の淡々とした態度が、壁に向かって鞠を投げるような、一人言の延長のような素振りにちょうどよかったのかもしれない。
ただ、
「そのようなことはございません。娼婦の娘という意味では、私も同じでございますので」
「え?」
「私の母は身請けされた元妓女です。ところ変われば価値観も変わるもの。妓楼にでも行けば、あなたのような容姿はむしろ重宝されるかもしれませんよ」
「…………」
得体の知れないものを見る目がさらに強くなった。
「なあ、あんた、名前は?」
「猫猫と申します。そちらのお名前もお伺いしても?」
「……莉莉」
「莉莉さま。ああ、異国語で百合を意味する言葉ですね」
「!!」
莉莉の表情が心なしか柔らかくなった。二人はそのまま並ぶようにしてあばら家に到着し。
整然と並んだ『畑の数々』に思わず声を失った。