(2/26)一部改稿しました。
今日は俺の5歳の誕生日だ。
今日の日付は甲龍歴411年の、前世の暦でいうところの10月頃だ。
秋も深まり、ここ北方大地は寒さが増しつつある。
今夜は俺の誕生日を祝して、パーティが開かれるそうだ。その準備のため、屋敷の使用人の方々は忙しそうに駆け回っている。
おっと、申し訳ない。自己紹介がまだだった。
俺はエメリオ・ベリリオン。
まず、中央大陸は北方大地、魔法三大国よりさらに東に、小国の連なる森林地帯がある。
それらの小国のうちの一つ、騎士領のベリル領がある。
そして、ベリル領を治める
俺、エメリオはその次男である。
つまり、ここは世界の北の果てのさらに奥地。
俺の家は、田舎の中の田舎を治める一代貴族の末席である騎士家。ついでにいうと俺はその次男なので、もはやただの庶民である。
それでもレンガ造りのわが屋敷は二階建てで、流し屋根と暖炉の煙突を完備したここらでは一番の豪邸である。
屋敷でパーティの準備のため忙しく走り回ってくれている使用人は4人だ。
使用人といっても、父や母とも気軽に世間話をする仲であり、ほとんど家族みたいなものだ。ちなみに平時は、もちまわりで3人が出勤して1人が休みをとるシフト制である。
今日はパーティなので総動員で働いてくれている、ということだ。ありがとうございます。
さて、自己紹介で一番大事なことを告白しよう。
俺の中身は、前世から数えて今年39歳のおっさんだ。
そう、俺は前世でトラックを運転中に心臓発作で逝き、何の因果かこの世界に転生したのだ。
転生トラックってのは、本当にあるんだなあ。
しかし真面目な話、俺が死んだときに俺のトラックの進路上にいた学生たちのことを思うと居ても立っても居られない時期があった。
生まれて数年は、心に突き刺さる罪悪感に苛まれ続けた。
轢いてしまったのか、避けてくれただろうか……。
延々と頭に渦巻き続ける思考。
俺は泣きも笑いもしない子どもになってしまった。
そんな俺を救ってくれたのは、両親であり、兄だった。
彼らは陰鬱な俺を咎めることもせず、ただ愛してくれていた。
もし俺に転生した意味があるのなら、轢いてしまったかもしれない彼らへの償いは、まさしくその一つだろう。
理想的には避けてくれていて、今も前の世界で楽しく生きていてくれていればどれだけ良いか。
もし轢いてしまっていたとして彼らが俺と同じ世界に転生していれば、直接謝る機会があるのだが……。
彼らへの償いのためにも、俺はこの人生を本気で生きることを決意した。
〜
俺の転生したこの世界は、剣アリ魔法アリ、ダンジョンアリ冒険者アリのファンタジー世界だ。
使用人のうちの一人(若い女性だ)はミルデッド族という兎の獣人だったりする。彼女の祖先の、寒さが好きな
彼女はスラリとした長い脚に雪のように白い髪、透き通るような肌を持つ美人さんである。
その見た目から、俺は頭の中で彼女を雪兎さんと呼んでいる。
俺は、彼女のピンと立ったうさ耳のことを生まれてしばらくは
もっと言えば、父親の趣味だと思っていた。誤解がとけたのは2歳ぐらいになって言葉が理解できるようになってからだ。
ごめんパパン。お気に入りのメイドにうさ耳をつけて喜ぶ変態貴族だと思ってたよ。そして誤解で本当によかった。
この世界には獣族のほかにも、色んな種族がいるらしい。俺の家族は、人間族だそうだ。せっかくの転生なのだから他の種族にもなってみたかったが、こればっかりは仕方ない。
~
その日俺は、父親に呼び出されて屋敷の中庭に出ていた。
時刻は昼食を済ませてしばらくした昼下がりであり、秋とはいえど日差しにつつまれて暖かい。
「エメリオ。改めて、5歳の誕生日おめでとう。」
父は訓練用の木剣を準備しながら、あらたまった感じで俺に声をかける。
その場には兄もいた。日頃、兄と父が中庭で訓練をしているのを俺は知っていた。
つまりは、5歳からは俺も騎士の訓練を受ける、ということだろう。
「ありがとうございます、父さん。」
「うむ。さて、今日からお前にも騎士の訓練を施す。
我が家では5歳から剣を握る訓練をする。
12歳で騎士学校に入学し、15歳で成人になる頃には
従騎士となってからは、実戦を積み、騎士として心身が充実の至りとなれば、晴れて騎士の叙任を願い出ることとなる。
これは、言うは易いが、長く厳しい道のりだ。」
父は、普段の柔和な雰囲気からかわって、少しピリっとしたような態度で話を続ける。
俺や兄の持つような子ども用の木剣と比べてやや大振りの、重量感のある黒檀でできた木剣を携えた父親は、がっしりとした体格もあいまってとても強そうに見える。
「はい、父さん。」
俺はできた子どもらしく、はきはきと返事を入れる。
「お前の兄のウォルターは、先んじて修行を始めている。お前たちがもう少し大きくなったら、剣を競わせることもあるかもしれん。切磋琢磨せよ。」
「分かりました、父さん。」
俺が答えるとともに、兄のウォルターも返事をする。
「はい、アイザック卿。よろしく頼む、エメリオ。」
兄がこういうと、父も思い出したように俺に向かって言った。
「そうだ、エメリオ。剣や騎士修行のさなかでは、私のことはアイザック卿、あるいは単に卿と呼ぶように。」
「はい、わかりました、アイザック卿。」
なぜだかわからないが、騎士としての心構えだろうか。理由が少し気にもなったが、こういうのは伝統なので、特に深い意味もないだろう。
「よし。では修行を始める。剣を持って私の後ろをついてきなさい。」
そういうと、父は唐突に走り始めた。
兄はいつも通りと言わんばかりにすっと後ろを走り始め、俺は少し出遅れた。
「遅れるな、エメリオ。アイザック卿の走り方をよく見て、真似をしながら走るんだ。」
慌てて走り始めた俺に対して、ウォルターが声をかけてくれる。
3歳年上で8歳のウォルターはいいお兄ちゃんだ。少し兄貴風を吹かせすぎるところもあるが、俺のことをよく見てくれている。積極的に言葉も教えてくれたし、使用人の方たちとの接し方も教えてくれた。感謝しかない。
アイザック卿は大人としてはかなりゆっくりとしたペースで、屋敷から市街へ降りる馬車道を駆け下っていく。
屋敷は小高い山の中腹にあり、市街へはなだらかに曲がるスロープである馬車道と、屋敷の裏手につながる階段道のどちらかを通ることになる。
馬車道を駆け下りながら、アイザック卿は通りがかりの領民に大きな声で挨拶をしている。
領民たちは慣れたように挨拶を返す。その目に映るのは領主であるアイザック卿への尊敬であり、顔に浮かべるのは親しみの表情であった。
兄ウォルターと俺も、アイザック卿と同じように挨拶を振りまきながら走る。
馬車道を下り終えると、木工所の立ち並ぶ工場街だ。
ベリル領は森林地帯を治めており、主な外貨獲得の手段は豊富な森林資源から産出する木材の輸出だ。
ベリル産の木材はラノア王国をはじめとする魔法三大国が多く輸入しており、その品質が高いことで定評がある。
ちなみに、父の騎士叙任はラノア国王によるものだ。要するにベリル領は、有り体に言ってしまえばラノア王国の属国だ。
ベリル領の木材輸出の産業は俺の曾祖父の代からであり、ラノア王国が今の王朝となってからは安定して貿易が成り立っている。
この貿易のおかげで、ベリル領はある程度の自治が認められている。ラノア王国としては手間のかかる林業を自国で管轄するよりは、外部業者である騎士に一任したほうが楽なのだろう。
生真面目な父アイザック卿は、ベリル産の木材の信用を維持するために工場街の近くに今の屋敷を建て、頻繁に視察を行っている。
職人たちとも挨拶を交わし、なおも走り続ける。
この時点で俺はかなりへばっていた。中身は39歳でも体は5歳であり、体力は年齢なりだ。
「こらエメリオ、足を止めるな。お前の後ろにはターミネートボアがついてきていると思え!」
兄のウォルターから叱責がとぶ。ターミネートボアはD級を超えるやばい魔獣であり、狙われたら5歳の俺の命はない。
ちなみにターミネートボアと出くわしたら背を向けて逃げてはいけない。
目線を合わせたまま少しづつ後ずさりし、そして間合いを見計らって眉間に剣を突き立てるのがいいらしい。これは父の言葉だ。
途中までは前世でクマと出くわしたときの対処法と同じだが、結局剣をぶちこむあたり異世界って感じがする。
「は、はっ、はい。兄さん。」
別に想像上のターミネートボアを恐れたわけではないが、兄の言う通りピッチを上げて何とか食らいつく。久しぶりの体育会系のノリだ。
そんな様子を後ろ目に見ながら、アイザック卿は口元に笑みを浮かべている。
しばらく走り、工場街を抜けて、冒険者ギルドの練兵場にやってきた。
「よし、ここで一旦休憩をとる。しばらく休憩したら、ここで素振りをし、また走って屋敷へ帰るぞ。素振りは、ウォルターは200回、エメリオは50回だ。」
~
冒険者ギルドは、どの街にもある。
どの街にも、というのは誇張ではなく、本当に世界中のどの街にも、冒険者ギルドの看板は掲げられているらしい。この世界で最も大きい組織といっても過言ではないだろう。
その業務は主に、登録をした冒険者への職業斡旋、パーティやクラン結成の仲介、魔獣討伐の斡旋及び魔獣素材の買い取りなど。
細かい業務では、両替などの貨幣管理や、冒険者への貸付や為替振り出しなどの銀行業を取り扱う支店もある。
ベリル領では、秋から冬の入りにかけて冒険者が減っていく。
北方大地の冬は厳しい。ほとんどの冒険者は、これぐらいの時期から少しずつ、南へ旅立っていく。
中には一定数、ベリル領に定住する冒険者がいる。
定住の冒険者は冬場、屋根の雪下ろしや街道の雪かきなどで非常に重宝される。
北方大地において冒険者は貴重な働き手であり、領主としても丁重に扱うべき客人なのだ、と父は言っていた。雪下ろしや雪かきの依頼は、領主ベリリオンの名前で出される。
報酬の踏み倒しがない信用のある依頼なので、定住してくれる冒険者が一定数いるのだ。
アイザック卿は、受付のおねえさん(巨乳)に練兵場を借りることを告げ、すでに練兵場で訓練していた冒険者たちに挨拶をした。
「ウォルターはいつも通りせよ。エメリオはここに立て。」
「はい、アイザック卿。」
ウォルターは早速素振りを開始した。
木剣を握って上段から下段へ鋭く振り下ろす姿は、8歳にしてすでに堂に入っている。
俺は父の言う通り、開けた場所に立つ。
「では、エメリオ。まずはお前の思うように木剣を振ってみよ。それを10回だ。」
俺は、5歳の体には少々大きい木剣を構え、兄がやるように上から下へ振ってみた。
前世の中学校でテニス部だった俺は、グリップの握り方やスナップの利かしが、ラケット先端のスイングスピードにとって非常に重要であることを知っている。
木剣のグリップを端からつかみ、小指から人差し指へと順に力を籠め、最後に親指でグリップを締め上げる。右手は左手から指二本ほど開いて上を握り、左手よりも軽く握り込んだ。
ゆっくりと振り上げ、呼吸を整えてから、フッ、と息を吐いてまっすぐに振り下ろす。
それを10回、繰り返してみた。
俺が10回振り終える間に、兄は30回は振っていた。兄の剣筋にはブレがなく、振り下ろすごとにヒュン、ヒュンと小気味良い風切り音がたつ。
それに対して、俺の素振りはやや鈍重で、風切り音らしい音もたたない。また、振り下ろしたときに木剣の勢いに負け、何度か前のめりに態勢を崩した。
「やめ。よかろう。エメリオよ、まずは握りだが……これは初めてにしては中々、良い。
まだ木剣の握りはお前には太いだろうが、成長すれば完璧な握りになるだろう。筋はよいな。」
「ありがとうございます。父さ……、あ、いや、アイザック卿。」
褒められて素直にうれしい。やはりラケット競技のグリッピングは剣の道に通じるものがあるな。
「しかし、振りはだめだ。足の位置が悪いな。木剣を振り下ろす勢いを殺さず、それでいて木剣が地面に達せぬところで静止させる。これには身体の軸となる足の運びが重要だ。」
「なるほど。」
「うむ、ではエメリオよ、私の素振りをみよ。私の体重と木剣の重みが、上段から下段、そして足から大地へと、どのように流れるか注視せよ。」
アイザック卿はそういって俺の木剣よりも大振りな木剣を上段に構え、気合をたぎらせる。
俺は思わず、ごくりと生唾を飲んだ。俺はアイザック卿の構えを横から見ているのだが、思わず彼の前に誰もいないか確認した。
前に誰かいたら危ない。直感的にそう思った。
フッ、とアイザック卿が息を吐くと、その時には剣は振り下ろされていた。
膝の高さでとめられた剣の先からは、彼の発した気合のようなものが滲み出て地面に衝突し、衝突点から同心円状の輪になって広がっているように見える。
続いてアイザック卿は足から腰、腰から背中、背中から腕へと順に力を流し、1秒もかからずにもとの上段の構えに戻った。そして、また振り下ろす。
構える。振り下ろす。構える。振り下ろす。
俺はぽかんと口を開けてみていた。兄の素振りとも格が違うし、この練兵場にいる冒険者は誰も歯が立たないだろう。
気づけば兄もアイザック卿の素振りを凝視し、冒険者たちもまた、離れた位置からみな見ていた。
「さすが領主さま、いや北聖アイザック卿……。剣先が見えねえ。」
冒険者たちがつぶやくのが聞こえる。
あっという間に10本の素振りを終え、アイザック卿が俺に向き直る。
「今のが手本だ。見て、何か気づいたことはあるか?」
剣を振るところは何も見えなかった。速すぎて、振り上げた剣はいつの間にか振り下ろされている。それが10回続いただけだった。
俺はとりあえず、思ったことを正直に伝えた。
「速すぎてあんまり見えませんでした。でも、剣先から何か出ていたようにみえました。」
アイザック卿は表情を崩して、目元とほうれい線の皺を深くし笑顔で答える。
「よくぞ見た。剣士は闘気を纏う。闘気を手に纏うのは中級だ。闘気を身体全体に纏うのは上級だ。そして、剣を自らの一部とし、剣先まで闘気をめぐらせ、剣の一振りを己の魂の一振りとするのが剣道の
「つまり、僕が見たのは、アイザック卿の闘気ですか?」
「いかにも。たとえば、ウォルターの素振りを見よ。」
素振りを再開していたウォルターの方に目をやる。
よくよくみると、上段に構えてから振り下ろすまでの間に、気合のようなもの、すなわち闘気が、脈動しているように見えた。
「見えるか。身体の動きに合わせて、まだ闘気が少しぶれておる。手から全身へ、闘気を纏う範囲が広がっておるが、まだ足りておらんのだ。水瓶に水を半分ほど入れて、振ってみるところを想像せよ。水は水瓶の中で激しく揺さぶられるだろう。しかし、水瓶の中身が満たされておれば揺さぶれることもない。まずは、闘気で身体全体を満たすのだ。水瓶を満たすようにな。」
確かに、兄の闘気がぶれており、アイザック卿の闘気はぶれていないのは分かった。
分かったが……。
「どうすれば、アイザック卿のようにその……闘気、を纏えますか?」
「コツのようなものはあるにはある。だが、近道はない。とにかく手本をよく見て、自らも振るのだ。さすればいずれ闘気は心身に満ち、剣理を修めるとともに闘気をも修めるだろう。ようは修行あるのみだ。」
なるほどね、筋トレのようなものだろう。筋肉の付きやすい方法はあるが、筋トレをせずに筋肉をつける方法はない。
そしてコツに頼って身に着けた闘気は、ただの「魅せ筋」ならぬ「魅せ闘気」で、実戦では役に立たないのだろう。
「わかりました、アイザック卿。修行に励みます。」
アイザック卿は二コリとほほえみ、大きくうなずいた。
「では残りの40本素振りせよ。1本1本を無駄にするなよ。」
彼は俺にそういうと、ウォルターに向き直り、細かい指導をし始めた。
俺も素振りを再開した。その日は、当たり前ではあるが闘気の「と」の字の気配もなく訓練は終わった。
帰り道のランニングは階段道だった。往路と素振りの疲労もあって、最後は走れず歩いていたが、父と兄は何も言わず上で待っていてくれた。
~
ちょうど日が沈むころに屋敷に戻った。
使用人の一人が用意してくれた濡れタオルで修行の汗をぬぐう。ちなみにその使用人(中年男性)は、人間語を話せない。彼は闘神語の話者で、ここよりも遥か東のビヘイリル王国から流れてきた旅人だそうだ。
兄と一緒に、闘神語をすこし教えてもらっている。濡れタオルのお礼にありがとう、と俺が彼に伝えた言葉は、闘神語だ。
『食堂に行ってみて。パーティの準備ができてるよ』
彼は俺にそう言った。すべて聞き取れたわけではないが、「食堂」という部分と「パーティ」という部分は聞き取れた。俺はもう一度彼にありがとうと伝えると、食堂に向かった。
食堂に入ると、豪華な食事が並んでいた。
北方大地のごちそうは、山の幸だ。
イノシシ肉のハム、シカのソーセージ、キジの香草焼き。
中でもパンはライ麦で、ふっくらと焼き上げられている。
前世基準で見ても間違いなくごちそうである。
日頃はジャガイモに似た芋料理が主体の質素な食生活なので、俺のテンションはマックスである。そもそも普段の料理ですら、前世のカップラーメン生活よりは恵まれているのだ。
厨房では母さんと兎獣人の雪兎さんがさらに料理をつくっている。今つくっているのは……まさか。
「はーい、揚げ芋ですよ~。いやあ豪華ですねえ、よかったですねえエメリオさん。」
雪兎さんが俺の前に揚げ芋を出してくれる。
北方大地では、というかこの世界では油は貴重品だ。植物油の生産流通が確立されていないので、手に入る油は動物油だ。
うちでは、母か父がたまに森に入ってイノシシなどの獣や魔獣を仕留めてくる。その油をとっておいて、ここぞの時に使うのだ。
ところで、母の名はアルタールという。
母は、剣こそ使わないものの弓と罠を使って、素晴らしく巧みに獣を捕えるそうだ。
母はベリル領の隣領から嫁いできたのだが、その隣領というのがかなり戦闘民族というか。いわゆる「狩猟と略奪を生業とする」遊牧民族で、母も例にもれず乗馬と狩りを仕込まれたやり手である。
ちなみに兄のウォルターという名前はアスラ王国風だが、俺のエメリオという名前は母の地元風だそうだ。名付け親は母の父、つまり俺のじいちゃんである。
俺のじいちゃんもバリバリの武闘派なんだとか。
「ありがとう、とてもおいしそうです。」
めっちゃ笑顔で感謝を伝えると、雪兎さんと母さんはにっこりと微笑んだ。
「今日はみーんなエメリオのために用意したのよ。今日からあなたも修行でしょう。いっぱい食べて、これから頑張って頂戴ね。」
と母は言った。
「はい! 頑張ります! 父さんにも握りがいいって、褒められました!」
俺は年相応らしく答えた。5歳の年相応がどれくらいかよくわからないが、前世のいとこの子どもを思い出して振舞うことにしている。母親の精神衛生上も、息子が落ち着き払って社会につかれたおっさんみたいなムーブをしていたらよくないだろう。
そうしていたら父と兄も食堂に集まってきて、誕生パーティが始まった。
一通り祝辞が述べられた後、まずは腹ごしらえ、とばかりに皆ひたすら食べる。
父は武人らしく、健啖である。父はあまりテーブルマナーを気にしない。気持ちよく食べ、気持ちよく飲み、気持ちよく喋る。父があまり気にしないので、要するに我が家では行儀はあまり気にされない。食べ物の取り合いをしなければ怒られることはまずない。
兄もよく食べる。8歳の小さな身体のどこにおさまっているのか、と思うほどよく食べる。今日の修行でもよく運動したので、健康的には違いない。見ていて気分のいい食べっぷりだ。
母もよく食べる。母が厨房に立つときは、味見と称してちょくちょく何かしら頬張っているのだが、食卓でも父や兄に負けず劣らずよく食べている。
特に今日は、朝から狩りに出ていたらしい。罠にはイノシシ一匹しかかかっていなかったので、仕方なく弓でキジをとってきたらしい。それでお腹がすいたのだ、と。ちなみに狩りにはよく雪兎さんがついていっている。雪兎さんの耳は獲物の位置を正確に捉えるのだそうだ。
俺もよく食べた。特に4歳ころから食べる量が増えてきて、5歳となった今日ではかなり食べれるようになった。
なにより今日のごちそうは格別であった。
普段の料理は、内陸ゆえに塩が貴重なため塩気が少ないのが玉に疵ではあるが、今日のは岩塩を奮発したのだろう。ジビエの深い味わいに塩味が鮮烈な彩りを施している。
ちなみに、雪兎さんを含む使用人さんたちも、隣の部屋で同じ料理を食べている。うちの食堂のテーブルは、8人が座るには少し狭いのだ。
~
みんなが満腹となって、一息ついたころ、父が口を開く。
「エメリオ、昼も言ったが、今日からはお前も修行だ。辛いこともあるだろう。だが、家族はお前の味方だ。何があろうとな。それを忘れないでほしい。」
父は優しい口調で伝えると、隣室から包みを持ってきた。
包みからは俺が喉から手が出るほど欲しがっていた、リュート(弦楽器の一種)が出てきた。
「5歳の誕生日に、これをお前に贈ろう。お前にはいずれ騎士となり、兄と支えあってこの領地を発展させてほしい。しかし、お前がやりたいと思うことを我慢する必要はない。エメリオよ、伸びやかに生きよ」
父はそういうと、リュートを俺に手渡す。弦は緩やかに張られており、このままでは音が出ない。
「ありがとうございます。父さん。母さん。大切にします。」
そうだ。俺は歌が好きだ。音楽が好きだ。
前世では歌を仕事にすることはかなわなかったが、それでも一生歌い続けるのだと、歌があれば俺は一生幸せに生きていけるのだと、心の支えにしていたものだ。
転生しても、それは同じだ。本気で生きていくのであれば、俺の人生に音楽は欠かせない。
「ウォルターにも感謝せよ。お前が歌を好いて、冒険者ギルドに訪れる吟遊詩人のところによく歌を聞きに行っていたことを、私たちに教えてくれたのだ。」
父はそういって、ウォルターに微笑みかける。
「ありがとう、兄さん!」
俺は作り物ではない笑顔で、兄を見つめる。
「ああ、エメリオ。またお前の歌を聞かせてくれ。お前は詩人の才能があるぞ。」
ウォルターはそういって俺の頭を撫でる。
この兄はあまりにもよくできた兄だ。
前世では兄弟もおらず一人っ子だったので、人生というのは探り探りの行き当たりばったりだった。
それゆえに俺の前世は、うまくいかないことが多かった。
社会の仕組みは分からず、身体は弱く、ちょっとした失敗でふてくされて人生を棒に振ってしまった。
それに対して兄のウォルターは、暗く沈む俺をあちこちに連れて行ってくれた。彼の後ろをついて走っているだけで、色んな人と仲良くなり、この世界の仕組みを知り、吟遊詩人の歌を学ぶことさえできた。
吟遊詩人の歌は、俺が前を向くことができたきっかけとも言える。
ウォルターには感謝しても仕切れない。
その後、雪兎さんがリュートの弦の張り方と調律を教えてくれた。雪兎さんは楽器ができるわけではないが、耳がよく、種族柄、絶対音感があるようだ。
日中ランニングで通りがかった工場街の、楽器工場で職人さんに手入れや調律を教わってきてくれたらしい。
俺は暖かい最高の家族にもう一度、深く礼を伝えた。
~
パーティがお開きになり、俺はもらったばかりのリュートを早速弾いてみていた。
弦は、前世のアクリル弦や金属弦とも違う、植物のツルと動物の内臓の筋繊維をより合わせて作る弦である。単一素材の弦のシャープな音こそ出ないが、素朴でやわらかい音が鳴る。
また本体の木材の質が良く、サウンドホールの造りがいいのか、素朴ながら朗々とした音が鳴る。
これはいい楽器だ。よく手入れして長く使おう。
俺は弦を緩め、そろそろ寝ようかと楽器をケースにしまった。
その時、屋敷正面の扉のドアノッカーが鳴り響いた。
5歳の俺がそろそろ眠くなる時間なので、時刻は20時ぐらいか?
普段こんな時間に来客があることはない。なにか非常事態だろうか。
俺は部屋を出た。俺の部屋は2階で、階段の上から玄関ホールがうかがえる。そっと覗くと、使用人さんの1人が来客と向き合っていた。
その来客は暗い銀白色のコートを纏っており、気さくな感じで使用人さんに話かけている。俺は耳をそばだてた。
「すまないな、こんな遅くに。私はローラだ。アイザックに取り次いでくれるかな? ああ、遅い時間なので、今日は泊めていただければ、会うのは明日でも構わない。」
その来客は、ローラと名乗った。
声からしても名前からしても、なんと女性だ。
彼女は銀色の金属で補強された長柄の棍棒のようなものを手に握っていた。
この世界は女性も普通に戦士になるし、下手な男よりも強い。
しかし、それでも一般的な社会通念としては、女性はあまり夜中に出歩くものではないとされている。
使用人さんは、女性を寝室の一つに通した。父とその女性の面会は明日になったようだ。
誰だろう。父を呼び捨てにしていたし、父の昔の恋人とかだろうか。
明日はひょっとしたら、修羅場が見れるかもしれない。
この最高の家庭が壊れるのは本意ではないので、少し不安を覚えながら、俺は部屋に戻った。
ベリリオン家概説
父:アイザック(北聖剣士。領主)
母:アルタール(弓使い。目と耳がめっちゃ鋭い)
兄:ウォルター(3つ上。いいお兄ちゃん)
自分:エメリオ(中身39歳)
名前がア行縛りになっていることに気づいたのは、1章を書き終えてからのことであった……。