無職転生異譚 トラックマン・ブルース   作:kyosim

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第四話:風韻の魔術師

ローラとの温泉合宿から2年が経ち、俺は7歳になった。

 

あれから、父と兄の指導を受けつつ剣術を磨いている。

闘気操作にもずいぶんと慣れた。

数日前には、ついに父のアイザック卿から北神流初級を認定された。

 

俺の初級認定と同時に、兄のウォルターは北神流中級を認定されている。

その時俺は兄と、魔術込みで全力の模擬試合を行った。

最初は魔術を交えてアウトレンジから攻める俺が優勢だったが、兄の巧みな盾遣いにじりじりと圧倒され、最後には猛烈なタックルで転倒させられて喉元に木剣を突き付けられ、敗北した。

 

闘気を籠めた兄の盾を俺の魔術では貫通できなかった。

俺が魔術を発動させるタイミングと狙いを獣じみた直感で察知して、盾に闘気を集中させ的確にガードするのだ。

攻めあぐねて近接戦(インファイト)となってからはあっという間だった。

 

兄の剣技の成長が目覚ましい一方、俺の魔術は伸び悩んでいるように感じる。

魔力総量は増えているのだが、ことに戦闘となると火力不足が否めない。

応用幅は広く、生活全般に大いに応用が利くのだが……。

 

教本には中級魔術までしか書いていなかった。

火力アップのためにも、そろそろ上級魔術の詠唱を手に入れたいところだ。

 

ちなみに兄は魔術を使わない。使えないともいえるが、この年齢で中級を認定される剣技があれば小手先の技術は必要ないだろう。

 

兄のウォルターは先日10歳の誕生日を迎えた。

父の話では、12歳になったらラノア王国の騎士学校に入り、3年間かけて騎士としての武芸百般を学ぶらしい。

騎士学校を卒業すれば従騎士(エスクワイア)となれる。従騎士は親が騎士であれば親元か、あるいは親の信頼する騎士のもとに預けられて従軍などを経験し、心身が成熟したころに王に忠誠を誓って、騎士の叙任を受けるのが一般的だそうだ。

父が騎士となったのは20歳のころらしいので、ウォルターもそれぐらいを目安に騎士叙任を目指すとのこと。

 

ちなみに、騎士になるためには騎士学校で修行を積む正規ルート以外に、裏ルートが存在する。

それは、剣術の三流派いずれかで王級以上の認定を受けることだそうだ。

 

騎士学校ルートでは歴史や儀礼などの座学も修めなければならないが、王級剣士ルートは強ければなれる。

ただし王級剣士ルートで騎士になっても、領地は与えられない。

有り体に言えば脳筋のアホに領地経営はさせられない、ということだ。

王級剣士で騎士になる場合は宮仕えとなり、王侯貴族の警護やその子弟の剣術指南を任されるらしい。

したがってウォルターの場合、仮に北王に達したとしても、やはり騎士学校ルートを選ぶのだとか。

 

俺の進路はまだ決まっていない。

もちろん兄と同じルートが最有力候補だ。

ラノアには魔法大学もあるので、魔術の練習も続けるのであればいい環境だ。

 

一方でアスラ王国の騎士学校では、音楽を含む芸術を学ぶことができるらしい。

異世界の宮廷芸術ともなると、知らずにはいられない程の興味がわいてくる。

アスラ王国とラノア王国は同盟関係だ。

そのため、アスラ王国で従騎士の資格をとれば、騎士修行後にはラノアの騎士叙任を受けられる。

つまり、俺の進路としてアスラ王国の騎士学校は、選択肢の一つとなる。

 

アスラ王国の騎士学校では、芸術は選択科目だ。

必然、選択しているやつらは芸術オタクであり、友人を作るにはうってつけというわけだ。

 

父はどちらでも好きな方を選べと言ってくれた。

学費はアスラ王国の騎士学校の方が圧倒的に高いだろうに。

俺の入学はまだまだ先なので、じっくりと考えて選ぼうと思っている。

 

 

俺が7歳のときの、初夏のことだ。

いつも通りの修行をこなした後、俺は街へ降りてきた。

リュートの弦を支えるナットと呼ばれるパーツの交換のため、楽器工房を訪ねるためだ。

ナットのような消耗部品は定期的に交換する必要がある。

 

その日俺は楽器工房に向かう最中に、その近くにある杖工房の前を通りがかった。

杖職人とはたまに挨拶を交わすぐらいの面識はある。

その日も軽い挨拶をしようと工房を見た。

 

すると、杖職人と、旅人風の人物が何やら言い争っている。

旅人は、深緑色の外套のフードを目深に被っており、ここからは顔はうかがえない。

しかしその体格は小さく、10代の少女のように見える。

体格こそ小さいものの、魔力は豊富に備えているようだ。魔術師だろうか。

 

俺は遠くの物陰から、二人の話をこっそり盗み聞きすることにした。

 

二人が話している方を見据えながら、喉と()に、魔力をにじませる。

二人の発している声に、喉から飛ばした魔力を這わせて波形を写し取る。

そうして跳ね返ってくる魔力を、次に耳で感知する。

 

これによって、俺は遠くのはなし声を聞き取ることができるようになった。

俺はこの技能を『地獄耳』と呼んでいる。

 

地獄耳からは、杖職人のおじさんの声(を写し取った魔力)が聞こえてくる。

『――から、金じゃあないんだって。

杖製造はベリルの主要産業で、中でも最高級品は貴族家に卸されるような逸品だ。

領主さまは信用できる商人にしか杖を売らないし、その商人も信用できる相手にしか売らない。

そういう契約になっているんだ。わかってくれ、お嬢さん。』

 

どうやら、杖を買いたいっていう旅人に対して説得しようとしているようだ。

しかも、一般流通しない最上級の杖を求めているらしい。

その旅人、お嬢さんと呼ばれた少女が答える。

 

『そんな……。でも、どうしても必要なんです。

それがないと私……。

あの、信用、ですよね。どうしたら、領主さまに信用してもらえるんでしょうか……?』

 

杖職人もここまで食い下がる客は初めてなのだろうか、少し苛ついている。

 

『はっきり言うが、一番大きいのは()()だ。

いいか、領主さまの仕事は簡単じゃない。

信用する、しないっていうのは長い目で見て決めるもんだ。

たとえば俺たちの杖がそこらの犯罪者の手に渡ったとしてみろ。

俺たちの杖が犯罪に使われるんだ。

そうすると、俺たちの杖は信用されなくなる。

俺たちは犯罪者に武器を売るような血の商人だと、世間は見るんだ。

そうならないためには、そんな悪人に杖を売らない商人を見極めないといけない。

商人を見極めるためには、その商人が何を買い、誰に売り、どんな理念で商売をしてきたかを見るしかない。

つまりは、()()だ。

そして最後は領主さまがそいつの人と為りをよく知って、それでようやく取引ができるんだ。

だからこそ、俺たち職人の一存で売る相手を決めていいもんじゃない。

お嬢さん。あんた自身が最上級の杖を手に入れるには、まだ実績が足りない。そうじゃないか?』

 

少女はショックを受けたように息を飲み、俯いてしまった。

 

『……わかりました。忙しいところすみませんでした。」

そういって、少女はトボトボと引きかえし、街の中心の方へと去っていった。

 

杖職人は苦いものを口に含んだような表情で少女を見送る。

不本意そうに鼻息をひとつついて、工房へと戻っていこうとしている。

俺はぱっと物陰から飛び出して、杖職人の方へ駆け寄っていった。

 

「あの、おじさん。今の人はどうしたんですか?」

 

杖職人は振り返って、俺に会釈をする。

「ああ、若旦那。どう、ということはないんですがね。

ありゃ、ラノアの魔術師だそうで。

聖級魔術師の自分がより上を目指すためには、杖が必要だとか。

でも、ご存じとは思いますが、素性の知れん奴には私らの杖は、売れんのですわ。」

 

俺はその言葉の一か所にピンと反応する。

 

「へえ、彼女はまだ若いみたいでしたけど、聖級を名乗ったんですか?」

「ええ、まあ。しかしそりゃ名乗るだけなら誰だって、ってやつですな。」

「そうですね……。引き止めてごめんなさい。ありがとう。」

「とんでもねえ、若旦那。領主(アイザック)さまによろしく伝えてくだされ。」

 

そういって杖職人は工房の奥へ戻っていった。

ラノアからの聖級魔術師。気になるな……。

 

俺の攻撃魔術は中級どまりだ。

教本には中級までしか記載されていない。

身近に魔術師がいないのもあり、上級以上の攻撃魔術は詠唱が手に入らないのだ。

 

この2年ほどは無詠唱の魔力操作を鍛えたおかげで、先ほどの地獄耳のような特殊な魔術は使えるようになった。

しかし、温泉小屋近くでの熊の魔物との戦闘を思い起こすと、強い攻撃魔術も習得しておきたい。

なんとか教えてもらえないか……。

 

俺は楽器工房でリュートのナットを受け取ると、足早に領主屋敷へ戻った。

 

 

俺は夕食の席で、領主であるところの父アイザック卿に相談した。

 

「というわけで、その魔術師は信用が足りないので杖を買えず困っているみたいです。

そして僕は、上級以上の魔術を習得したい。

父さんのお力で、僕に魔術を教える代わりに、杖の取引を許す、みたいないことはできないでしょうか。」

「うーむ。お前がみたその魔術師というのは、本当に聖級魔術を使えるように見えたのか?」

「実のところ、わかりません。魔力は豊富なようでした。」

 

ふーむ、といって父は考え込んでいる。

 

「例えば、なんですが。冒険者ギルドで僕の家庭教師の募集を出しませんか?

ベリル領主の名前で、本人が聖級以上であることを条件として。

冒険者ギルドに経歴詐称をするとこれから生き辛いはずだから、本当に聖級かどうかもわかると思います。」

 

「ああ、なるほどな。報酬としては、杖の取引を許す、とすればいいのか?」

 

「あ、いえ。そこまでする必要はないと思います。

僕にちゃんと聖級魔術を教えてくれたなら、その上で父さんが人格を見て、信用できるかどうかを判断すればいいのではないでしょうか。

その魔術師も、杖の販売を断られた翌日にそんな依頼が出ていれば、さすがに察すると思います。

これは話を聞いた領主さまが、自分が信用できる人物かどうかを試そうとしているのだ、と。」

 

「……よし、それでいいだろう。しばらく住み込みで、お前の魔術の教師をしてもらおう。

ラノア王国史がわかるようなら、ウォルターのためにラノア王国史を教えさせよう。騎士学校の予習になるからな。

ウォルターはそれでよいか?」

「はい、父さん。」

 

翌日の朝、父さんと俺は冒険者ギルドに赴いた。

受付のお姉さん(巨乳)に相談し、俺の魔術の教師を募集する依頼を張り出してもらった。

報酬は魔術教師の相場程度の額だが、領主の信用を得たいその魔術師はこの依頼に飛びつくことだろう。

 

 

その日の夕方、早速釣れた。

もはや入れ食いである。

 

屋敷の正面玄関ホールには昨日と同じ、深緑色の外套のフードを被った少女の姿があった。

手には冒険者ギルドの、依頼受託の書面を大事そうに握りしめている。

ホールでは雪兎さんが対応している。

 

少女はフードを脱いで、外套と受託書面を雪兎さんに渡した。

現れた少女の髪は、フードと同じ色の深緑を思わせる黒髪(ブルネット)だ。

胸の高さまで延びるその髪をハーフアップにしている。

何より特徴的なのは、その黒髪から彼女の顔の両脇に突き出す、尖った耳だ。

 

前世の日本では当たり前だった黒髪も、この世界ではあまり見ない。

尖った耳をみるところ、彼女は長耳族(エルフ)だろうか。

そうすると、彼女は見た目通りの年齢ではないかもしれない。

ローラのように400歳とまではいかないかもしれないが、父さんより年上ということはありえる。

 

少女の顔は均整の取れた美しい造形ではあるものの、小さい輪郭にやや太い垂れ眉、ふっくらとしたほっぺで、どちらかというと親しみやすそうな印象を受ける。

 

雪兎さんは彼女を1階の応接室へと通した。

この後父さんと採用面接があるだろう。俺は心の中で彼女を応援した。

 

 

しばらくすると、俺は雪兎さんから呼び出された。

どうやら父が応接室に俺を呼んでいるらしい。

これは、当事者を踏まえた最終面接だろうか。

どんなひとだろう。少しワクワクしながらおれは応接室の扉を開けた。

 

俺が入室すると、少女はすっと立ち上がって挨拶をしてくれた。

 

「こんにちは、若さま。私はティアナといいます。

この度は、あなたの魔術の家庭教師の募集を見てまいりました。

よろしくお願いします。」

 

そういって丁寧に腰を折っている。

俺も騎士式の答礼をした。

 

「これは、ご丁寧にありがとうございます。エメリオです。よろしくお願いします。」

 

父はうなずいて、俺に、彼女に対面する父の隣の座席に座るよう示した。

俺はその通りに腰掛ける。俺が座ったのを見て、父は口を開いた。

 

「ティアナ殿とは今すこし話をさせていただいた。

条件のことだが、冒険者ギルドでは彼女が聖級の魔術師であることを確認してくれたらしい。

二つ名は『風韻』、採取系の依頼の達成実績が高い、信頼できる冒険者だそうだ。

さらにこの10年ほどはラノア魔法大学で研究員(スカラー)をされているとか。

教師として付いていただけるのであればこれ以上ない方だと思うが、最後にお前にも確認しておこうと思ってな。

良いな? エメリオ。」

 

うお、思ったよりすごそうなひとだった。

聖級魔術が使える、魔術研究者の、美少女。三倍満だ、断る理由など何もない。

むしろこちらから七重の膝を八重に折ってお願いしないといけないところだ。

 

「ぜひ、ぜひお願いします。」

「うむ、よし。ではティアナ殿。よろしく頼む。

このエメリオは、多少の小間使いに使っていただいても、かまわぬのでな。

存分に呼びつけて、指導してやってくだされ。

ギルドの受託書面には私から受託成立の印を押して、後日ギルドに届けさせていただく。

滞在の間の便宜もあろうでしょうから、報酬は前払いしましょう。

ギルドに口座はお持ちかな?」

 

ティアナさんはほっとした様子で、再び頭を下げる。

「ありがとうございます。微力を尽くしますのでよろしくお願いします。

報酬の方もお気遣いいただきありがとうございます。

口座がありますので、後ほど割印をお渡しします。」

 

父はうなずいて、続ける。

「住まいや食事はこちらで用意させていただこうと思う。差支えなければこの屋敷に住んでいただくのでよろしいか?」

「ええ、ぜひお願いします。ここは少し街からも遠いですから……。」

 

とんとん拍子でティアナさんの雇用が決まった。

父さんとの会話を聞くかぎり、とても丁寧なひとだ。

すこし言葉少なな感じはあるものの、十分に社交的といえるだろう。

 

俺は好奇心を抑えられず、つい聞いてみた。

「ところで、その……。お気を悪くされたら申し訳ないのですが。

ティアナさんは、長耳族(エルフ)、なのですか?」

 

おそるおそる聞いてみた。

ティアナさんは当然の質問だ、というようにサラリと答えてくれた。

 

「ええ、半分は。」

「おお! その、半分というのは、お父さまかお母さまがエルフなんですか?」

「その通りです。私のフルネームはティアナ・トゥック・アスファロスといいます。

アスファロスがエルフである父の家名で、トゥックは私の母の家名です。

母は、小人族(ホビット)でした。」

 

おお、エルフとホビットのハーフとは。

前世のファンタジーでもありそうでなかった組合せだ。

俺は裂け谷(リヴンデル)のエルロンド卿とホビット荘(シャイア)のロージーを思い浮かべた。うーん、漂う犯罪臭。

 

「へえ! エルフと、ホビットがご両親なんですね。

あれ? あの、()()()、というのは……。」

 

俺は首筋に冷や汗が流れるのを感じる。父がちらりと俺に目線を向けている。

まずい。初対面なのに聞きすぎたか。

 

「母は故人です。」

 

やっぱりそうだったか。

 俺はすぐさま頭を下げた。

「すみません。気安く聞くことではありませんでした。謝罪します。」

 

ティアナさんは手と首を振って俺の謝罪を制止する。

「いえ、もうずいぶん前になりますから、お気になさらないでください。

しかも、寿命でしたからね。

前日までパイプ草と麦酒(ビール)で元気に騒いで、翌朝ぽっくりです。

典型的なホビット女性の一生で、うらやむひとも多いぐらいでしたよ。」

 

そういいつつも、ティアナさんは自分がやや饒舌になっているのに気付いているだろうか。

迂闊だった。

「ごめんなさいティアナさん。無神経でした。」

「いいえ、ですからお気になさらず。

あと、私のことはティアナか、ティーでいいですよ。」

 

なんと、許してくれる上に呼び捨てまでしていいと。

だが魔術を教えてくれる師匠に対して呼び捨てはさすがにできない。

 

「えっと、じゃあティアナ先生……。」

「なんで敬称が増えるんですか……。

それに、魔法大学ではただの研究員(スカラー)で、先生(プロフェッサー)ではありませんから。

彼らはいずれも偉大な魔術師なので、その呼び方は、ちょっとやめてほしいです……。

呼びづらいようなら、やっぱりティアナさんでいいですよ。」

「わかりました、ティアナさん。僕のことは単にエメリオと呼んでください。

父さんも言ってましたが、小間使いもやります!」

「ふふ、ありがとう、エメリオ。」

 

こうして俺は、ハーフリング(ちっちゃい)・ハーフエルフの美少女家庭教師との生活を手に入れた。

 

 

考えてみたら、母親が随分前に寿命で亡くなっているってことは、ティアナさんもかなり年上だな。

ホビットの寿命が100年で、彼女の母親が20歳の時にティアナさんを産んだとすると……。

えーと、魔法大学での10年を足すから……。

少なくとも90歳以上、実際には100歳くらいだろうか。

見た目は少女なのに。

 

「あの、なにか失礼なことを考えていませんか……?」

「あっ、とんでもありません。ティアナさん。えーっと、なんでしたっけ。」

「ですから、これからは午前中に剣の修行をして、午後からは魔術の勉強をしますよ、ということです。

それから、明日はとりあえずあなたの今の魔術がどの程度か見せていただきたいので、準備をお願いしますね。」

 

お、早速入学試験だな。

「わかりました、ティアナさんは驚く準備をしておいてください。」

「あら、自信あるんですね……。楽しみです。」

 

 

翌日。剣の修行が終わり、俺はティアナさんとともに街はずれの平野に来ていた。

上級以上の魔術は対象範囲が広く、街中ではどこで使っても危険がある。

この平野は街道からも遠く、万一にも誰かが巻き込まれることはないだろう。

 

「ではエメリオ。まずはあなたの魔術の実力を見たいので、適当な的……あの岩にでも最も得意な魔術を打ってみてください。」

「はい、ティアナさん。」

 

よしきた。

まずは俺の最も得意とする風の中級魔術、風砲弾(ウィンドブラスト)を見てもらおう。

といっても俺の風砲弾はただの風砲弾ではない。

俺はこの2年で、魔術をブレンドして威力を底上げする研究をした。熊の魔物にかち合っても逃げ切れるぐらいにはなるように。

その成果を今からお見せしよう。

 

俺は10mほど先の地面に落ちている大きめの岩石に手を向ける。

事前準備として、岩石に()()な不可聴域の音波をぶつける。

そして返ってくる反射音を魔力強化した耳で拾いながら、音波の微調整をして共振周波数を割り出す。

これは初級魔術である衝撃波(エアバースト)の応用だ。

 

共振が取れたら、中級魔術である真空波(ソニックウェーブ)を応用して俺の手とその岩石との間を結ぶように、筒状の高圧空間を形成する。

これは今から放つ風砲弾の衝撃力を外に逃がさないためだ。また、魔術の爆音から耳を保護する目的もある。

 

これで準備ができた。

あとは岩に向かって、高圧空間の筒の中を通すように共振周波数の波長をもつ風砲弾を放つだけだ。

 

「行きます。」

「え? あれ、詠唱は――」

 

ブウゥゥゥゥン……バッガァアン!

 

俺の手のひらと岩石の間を風砲弾が繋いだ瞬間、体にズシリと響くような重低音が鳴り響き、その一瞬あとには岩石が爆音を立ててバラバラに砕け散った。

 

パラパラ……と破片が地面に振りそそいでいる。

 

「え?」

 

ティアナさんはあっけに取られている。どうやら驚かせるのには成功したようだ。

 

俺の風砲弾は、前世のTV番組でプロのオペラ歌手が披露していた、声だけでワイングラスを割るというビックリ超人技を魔術で真似した技だ。

 

音というのは空気の振動、つまり波だ。そして、物質は固有の振動周波数をもつことが多い。

その固有の振動周波数、つまり共振周波数と同じ周波数の音波をぶつけると、物質はその音波の衝撃をもろに受ける。結果、声でワイングラスを割ることができるというわけだ。

 

ちなみに本来の風砲弾は衝撃波と同じ、放ったら放ったっきりの直流波だ。

これに対し俺が改良した風砲弾は交流波である。

なので、ティアナさんは今俺が出した魔術が何の魔術なのか、分からないかもしれない。

 

「あの、エメリオ。あなたは無詠唱魔術が使えるのですか?」

「はい。今のが僕の一番得意な攻撃魔術です。」

 

俺が素直に答えると、ティアナさんは難しそうな顔をしている。

そしていぶかしげにつぶやいた。

 

「無詠唱……。しかも中級、ですか。しかし今のは、上級風魔術の爆音衝撃波(ソニックブーム)だと思いましたが……。」

 

どうやら今のに似たソニックブームという上級魔術があるらしい。

 

「今のは風砲弾です。少なくとも俺はそのつもりで打ちました。」

「そうですか……。他に無詠唱に成功した魔術はありますか?」

「教本に書いていた中級まで、無詠唱で使えるようにしました。」

「……中級まで、全部?」

「あ、治癒魔術はだめです。それ以外は全部です。」

 

そんなやり取りを経て、ティアナさんは考え込んでしまった。

俺はしばらく待ってから、恐る恐る尋ねる。

 

「その、ティアナさん。僕は合格ですか?

上級魔術の詠唱は教えていただけそうでしょうか?」

「え? ええ。もちろんです。中級を無詠唱で習得しているならば、聖級まではすぐでしょう。

今日からは風の上級魔術を教えます。それが終わったら、他の属性の上級を。全ての上級を習得したら、風の聖級を教えます。」

 

なるほど。全属性上級を習得してから、聖級か。

俺は思ったことを質問してみた。

「風属性だけまず聖級を習得することはできないんですか?」

「ええ。聖級の魔術は、風属性に限らず上級までの魔術の複合的な知識が必要です。」

 

なるほど……。そうなると道のりは長そうだ。

俺がうなずいていると、ティアナさんはさらに続けた。

 

「それよりも、私があなたに魔術を教える傍ら、あなたの無詠唱魔術の技を、私に教えていただけませんか?

報酬はもちろん支払います。私の報酬分はすべてあなたに差し上げるのでもいいです。」

 

おお? なんだかすごいことを言い出した。

 

「ティアナさんは無詠唱は使えないんですか?」

「はい。私に限らずほとんどの魔術師は使えません。

少なくとも私は、魔法大学のごく一部の先生しか使い手を知りません。

ただ――」

 

ただ、なんだろうか?

 

「私の魔法大学の友人に、ロキシー・ミグルディアという水聖級魔術師がいるんです。今はシーローンという人間族の国に仕えているらしいですが……。

その彼女が2年前まで弟子として教えていた人間族の少年が、水聖級の無詠唱魔術師だそうです。

手紙でのことでしたので、てっきり師匠としての才能を自慢したいだけの大ボラだと思っていましたが、ひょっとすると……?」

 

なんと。俺よりはるかに魔術の才能のある奴がいるらしい。

しかも同じ人間族だそうだ。世界は広いな。

 

「なるほど……。えーと、僕のできる限りでお教えするのはもちろんかまいません。

ただ、お金の報酬はいらないので、魔法大学でのティアナさんの研究成果を教えてもらうことはできませんか?」

 

俺は少し欲張って研究成果をゆすってみた。

研究成果の権利が大学に帰属するものだとすると、ティアナさんの一存では教えられない。

これは意地が悪い提案だろうか?

 

「け、研究成果……。

――いいでしょう。お教えします。ただし、私が無詠唱での魔術発動に成功したらです。」

 

お! 教えてくれるらしい。

彼女の研究成果は何だろうか。楽しみだ。

 

「取引成立ですね! よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。エメリオ()()。」

「や、やめてくださいティアナさん。」

「ふふ、冗談です。では、今からは早速私から、風属性の上級をいくつか教えます。私が実演した後、詠唱を教えますので書きとってください。

それが終わったら、発動してみましょう。」

 

こうして、俺とティアナさんの魔術修行生活が始まった。

俺は上級と聖級の魔術を。ティアナさんは無詠唱の魔術を。

 




神(ロキシー)の気配がします。
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