無職転生異譚 トラックマン・ブルース   作:kyosim

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前回のあらすじ:キノコ思念体のフォーマット(初期化)を手伝うことになったよ。


第六話:姉妹杖

『引き受けてくれてありがとう、エメリオ、ティアナ。

それでは、あなたたちの信ずる神に誓ってください。第一の工程を始めたならば、第四の工程までを必ず完遂すると。』

 

神、か。俺はこれといった宗教に入っているわけではないんだよな。

ベリル領では一応土着の信仰があり、ミリス教会のある街もあるのだが。

 

神といえば、以前から少し不思議に思っていたことがある。

各種族の言語はすべて獣()語や魔()語などのように、神と名がつけられている。

これに対して人間語だけは神と付かないのだ。

歴史書には太古の六神として人神(ジンシン)の名前があるというのに、だ。

何か意味があるのか、吟遊詩人さんやローラにも聞いてみたが、彼女らにも理由は解らないそうだ。

 

この世界に転生させてくれたのがその神様だとしたら、祈りの一つも捧げてやってもいいのだがな。

とりあえず、いるかどうかもわからないその神様を指名してお茶を濁すか。

 

「わかりました、では。

我エメリオ・ベリリオンは、我が父アイザック・ベリリオンと、我ら()()()()()に誓います。

第一から第四の工程のすべてを、我エメリオ・ベリリオンの名のもとに完遂することを。」

 

「――では私からも。聖ミリスに誓います。

私、()()()()()()・ティアナ・トゥック・アスファロスの名のもとに、エメリオ・ベリリオンを助け、第一から第四の工程のすべてを完遂せしめます。」

 

ん? ティアナさんの名前が、俺の知らない名前を含んでいたな。

普段は名乗らない名前というのが、あるのだろうか?

あとティアナさんミリス教徒なのか。

 

『「ありがとう。ではまず、エメリオ・ベリリオンに我らの命名権を授けます。」

「同意する」「同意するよ」「同意します」「同意だ」「同意する」「同意しよう」「どっちでもいいよ」「同意する」』

 

キノコの思念たちが同意を表明していく。しばらくすると俺の体が淡く光った。

これで、俺には命名権が与えられたのだろう。

まずは、4つの思念に名前を付ける。

 

「えー、では。第一の工程について説明してくれた思念の方に名付けます。

あなたの名前は、『グルゥ』です。」

 

俺がそう宣言すると、巨大キノコのカサから光球が一つ現れ、反応が返ってきた。

『命名をお受けする。我はこれから、グルゥだ。』

 

そうして、俺は第二、第三、第四の工程を俺に説明してくれた思念に、次々と名前を与えていった。

そのたびにカサからは光球が生まれ、名乗り上げていった。

 

『命名をありがとう。僕はこれから、ウィークボースだ。』

『命名を頂戴しました。私はこれから、フォトです。』

『命名を拝する。私はこれから、グラヴィットだ。』

 

よし。4つの思念に名づけを終了した。次は、複製だ。

たった今命名をした思念の一つ、フォトが続ける。

 

『「ありがとう、エメリオ。では次に、命名者エメリオに我らの複製権を授けます。」

「同意する」「同意するよ」「同意します」「同意だ」「同意する」「同意しよう」「どっちでもいいかな」「同意する」』

 

再び俺の体が光に包まれる。今度は複製権が与えられたらしい。

命名した4つの思念から生まれた光球が、輪を描くように空中をゆっくりと旋回し、地中から地表を突き破って直径10cmほどの大きさの魔石を空中に浮かび上がらせた。

 

『ではエメリオ。この魔石に魔力を供給してください。

その魔石には、複製のための容量と、複製に必要な魔法陣が内蔵してあります。

魔法陣が指定する複製対象は、すでにイノセントに設定してありますので、あなたは魔力を籠めるだけです。』

 

俺は言われた通り、その魔石に魔力を籠めた。

ぐん、と勢いよく魔力を吸われる感覚がある。思わずふらついて、ティアナさんが心配そうに俺の方を見るが、俺はうなずいて問題ないことを示す。

 

『――よし、これでイノセントの複製は完了した。複製したイノセントは魔石の中で圧縮され、我々に存亡の危機が訪れるまで眠りにつくだろう。』

『よせばいいのにね。』

 

思念の1つ、グルゥが説明をしてくれた。

イノセントの本体はなにやらぼやいている。こいつは本当に思考回路が読めず、不気味極まりない。

 

『「ではエメリオ、次に君には僕たちの防護壁の解除コードを譲渡するよ。」

「同意する」「同意するよ」「同意します」「同意だ」「同意する」「同意しよう」「どっちでもいいね」「同意する」――』

 

今度は長い時間がかかった。たしか、1024分の1023の思念の同意が必要だったな。

ほとんど全ての思念が同意を表明しないといけないのだろう。

数分を待って、ようやく俺の体が淡く光った。

 

『エメリオ、今度は言葉に魔力を込めて宣言をせよ。グルゥ、ウィークボース、フォト、グラヴィットを保護し、その他の思念の保護を解除することを。』

 

グラヴィットが説明をしてくれた。

俺は、念のために確認をする。

 

「いいんですね? その、4つの思念以外の方々は。」

『「もちろん」「いうまでもない」「解放の時だ」「望むところだ」「それでいいんだ」「よくないよ」「もちろんかまわない」』

 

やはりイノセントは反対しているが、まあ仕方ないだろう。1024分の1023の大多数による多数決だ。民主的に行こう。

 

「――では、宣言します。防護壁は、グルゥ、ウィークボース、フォト、グラヴィットを保護し、その他の思念の保護を解除せよ。」

 

ゾワリ、と魔力の風が吹き抜けたように感じた。

巨大キノコの本体の燐光は元の青色から赤色に変わり、警戒を示しているようにも見える。

命名を受けた4つの思念の光球は、青い光に包まれたままだ。

 

『よし。僕たち4つの思念には問題なく防壁が形成されてるし、他の思念の防壁も解除されたよ。』

『ではティアナ。削除を始めてください。』

 

「ティアナさん。準備ができたようです。削除を、呪術の発動をお願いします。」

「……。わかりました。エメリオは、できれば耳を塞いでいてください。

実のところ、私はこの呪術を別の用途に使うため詠唱を改良していたのですが、今から唱えるのはその原典。紛れもなく(いにしえ)の、冒涜的な呪術そのものです。

あなたは聞かない方がいいでしょう。」

「わかりました。お気をつけてください、ティアナさん。」

「……ありがとう、エメリオ。」

 

ティアナさんが懐から、彼女がいつも持ち歩いている一冊の本を取り出す。

おそらくそこに詠唱が記載されているのだろう。

俺は言われた通り手で耳を塞ぎ、手に魔力を籠めて音が一切聞こえないようにした。

 

ティアナさんはハーフアップにした髪を解き、靴を脱いで、はだしで地面をふみしめた。

こんな時になんだが、髪を下ろしてはだしで立つ彼女の姿は、すこし艶めかしかった。

 

「……では、行きます。」

 

彼女は本の中ほどのページを開き、詠唱を始めた。

 

それは、長い長い、詠唱だった。

彼女が口を動かすたびに、寒々とした刺すような魔力の奔流が森の中を満たしていく。

耳を閉じて音が一切聞こえないようにしているのにもかかわらず、その禍々しい魔力が俺の体を通り抜けるたびに、言いしれない恐怖と絶望を感じる。

 

それでも俺は、彼女から目をそらさずしっかりと立っていた。

彼女との約束だ。怖がらず、最後まで見守るのだ。

 

詠唱と魔力の奔流はなおも続いている。

その奔流にあおられて、ティアナさんのローブの裾がたまに少しめくれあがっている。

ティアナさんはベリル領で過ごす夏の間でも、一切肌が出ない服を着て過ごしていた。

つまり、地面にふみしめた小さな足と、ローブの裾からちらりと覗く柔らかそうなふくらはぎは、本邦初公開である。

これは眼福だ。ちゃんと見守ろう。

 

ひときわ黒々とした魔力がキノコの姿を包んだ時だ。

彼女はその呪文の結びを唱え終えたのか、その本を閉じた。

魔力を使い果たしたらしく、彼女ははだしのままその場にへたり込んでしまった。

 

「ティアナさん! 大丈夫ですか!?」

「ええ、エメリオ。なんとか、成功しました。ごめんなさい、怖かったでしょう?」

 

疲れ果てた様子で、それでも彼女はうっすら俺に向けて微笑んでいる。

 

「いいえ、ティアナさん。何も怖いことなんかありませんでしたよ。

――いや、正直に言うと、ちょっとカッコよかったと思ってます。」

「ふふ、エメリオは変わり者ですね。でも、ありがとう。

そう言ってもらえると嬉しいです。」

 

髪を乱してぐったりとしながら俺の方に微笑みかける姿は、官能的といってもいい。

思わず生唾を飲み込んでから、彼女を助け起こした。

 

 

『おお、おお! ついに、我らは統合を果たしたのだな!』

『これでようやく私たちは、豊富なリソースを分け合うことができます。』

『圧倒的な量のリソースだ。今まで私たちの思考には靄がかかり、目には覆いをされていたかのようだ。』

『僕たちはこれで、さらなる進歩を遂げることができるでしょう。』

 

ティアナさんが呪術の詠唱を終え、大多数の思念は消滅したようだ。

その結果、リソースとやらを4つの思念でシェアできるようになったらしい。

俺が名づけた4つの思念――グルゥ、ウィークボース、フォト、グラヴィット――はとても喜んでいる。

 

呪術による魔力の奔流が晴れると、巨大キノコは姿を消していた。

 

「あの、キノコが消えましたけど、大丈夫なのでしょうか?」

『問題ありません。すぐに復元できます。そもそも私たちの担子器果(きのこ)は思念を増生させるための拠点にすぎませんので、しばらくは必要ないでしょう。』

「あ、そうですか……。」

 

『さて、では第4の工程だ。今度も宣言するだけでよい。命名権、複製権及び、防護壁の解除コードを放棄する、と。』

 

まあこれについては必要な工程だろう。彼らからしたら、特に防護壁の解除コードは生命線だ。

俺に生殺与奪の権を握られていては、心穏やかに進歩とやらをしていくことができないのだろう。

 

「わかりました。我エメリオ・ベリリオンは、命名権、複製権、防護壁の解除コードを放棄します。」

 

ふっ、と俺の体を取り巻いていた光が掻き消えた。

もはや俺とこのキノコ思念体たちをつなぐものはなくなった。

 

これで、最初に頼まれた第1から第4の工程を完遂したことになる。

 

 

『ありがとう。エメリオ、ティアナ。あなたたちは私たちを、破滅の運命から救ってくれました。』

『献身は報償をもって報いられる。君たちの望むものを、言ってくれ。』

 

ついにクエスト報酬の受け渡し(リザルト)タイムがやってきた。

報酬は選択制らしいが、彼らが用意できる最上級品が魅力的すぎるので実質これ一択といっていいな。

 

「僕は、魔石と杖をお願いします。」

「私も、同じものを。最上級の魔石と杖を所望します。」

 

『よかろう。今用意する。』

 

グラヴィットがそういうと、4つの思念の光球は再び輪を描くようにゆっくり回転し始めた。

地面からは、先ほどイノセントを複製したものと同じぐらいの大きさの魔石が二つ浮き上がってきた。

その魔石が一つずつ、俺とティアナさんの手元に飛んできて、手に収まった。

 

「すごい……。大きい……。」

 

ティアナさんも目を瞠るほどの、極大の魔石だ。

その魔石は満月を思わせるような真球で、あらゆる光を吸い込む黒曜石のような漆黒に見えたかと思えば、虹色の煌めきがその内部で渦巻くのが見える。

間違いない、これは最高レアリティ(SSR)だな。色も虹色だし。

とにかく月並みな表現しかできないが、ものすごい魔力を感じる。

 

さらに、ボソリ、と唐突に空から木の幹のようなものが降ってきて、樹冠を突き破った。

思わず空へ目を向けると、巨大な鳥のような生き物が直上から飛び去っていくところが見えた。

あの鳥も、このキノコたちと共生している生き物なのだろうか。

 

空から降ってきた木の幹は、その勢いで地面に突き刺さっている。

その木の幹からは言い様のない凄みというべきか、魔力のようなものが漂い出してくるのを感じる。

これは間違いなく杖として最上級の素材だろう。

ただ、木の幹のままでは杖として太すぎるだろうし、一本しかない。

 

『その木の幹は、僕たちの友人である闇の森の長老の、体の一部です。

僕たちがこの人界に移り住むとき、僕たちは胞子で、長老は種子でした。幼馴染、というんですかね。

今回は友人のよしみで、こころよく杖素材を提供してくれました。』

 

「えーと、体の一部を提供って、その長老さんは大丈夫なんですか?」

『無論だ。長老の大きさからすると、その木の幹など毛の一本に過ぎぬ。

ああ、だからといって、杖としての質が劣るわけではない故、あしからぬよう。』

 

どうやら大丈夫らしい。どんだけデカいんだろうか、長老。

 

『その木の幹は、そのままでは杖としては使いづらいでしょう。

そこからは2本の杖が削り出せるはずですから、君たちの街の杖職人に頼むといい。』

 

なるほど、提供されるのは素材だけで、杖加工は自前というわけか。

というか、キノコたちの同期ということは、その長老も樹齢一万年か。とんでもないな。

ティアナさんは目を輝かせてその木の幹の先を撫でている。

 

『それでは、森の入り口までお送りしましょう。こちらへ。』

 

そういって、4つの思念の光球は俺たちの前を飛び始めた。

俺は魔石を服のポケットに、木の幹を肩に担いでそのあとを追う。

往路と同じく30分ほど歩いたところで、森の入り口が見えた。

 

森の入り口に広がる平野は、傾き始めた日に照らされて黄金色(こがねいろ)に輝いて見える。

薄暗い森の寒々しい影からその夕日のもとに出ると、体の芯まで温めてくれるような安心感を覚えた。

 

『エメリオ、ティアナ。重ねて、この度はありがとう。

今日この日より、闇の森は君たちの友人だ。何か困ったことがあれば、言うといい。できる限りで助けになろう。』

「……ありがとうございます。機会があれば、また来ます。」

 

クエスト称号『闇の森の友』を入手、ってところか。

なんにせよ人(?)助けは気分がいいな。

そうして俺たちはキノコ思念体たちと闇の森に別れを告げ、屋敷への帰路に着いたのだった。

 

 

その帰路でのことだ。

 

「エメリオ。……呪術のことですが。」

 

ティアナさんが俺にそう話しかけてきた。

彼女が『()()の呪』と呼んだあのおぞましい呪術を、彼女は何のために、どうやって、習得したのか。

もちろん興味がないわけではない。

しかし、人には一つや二つ、秘密にしておかなければならないことなどあるだろう。

 

例えば俺が前世のアパートの本棚に残してきた、あんなDVDやこんな単行本など。

俺が死んだあと、俺の両親はあのアパートの整理をしてくれたのだろうか。そんなことを考えると身もだえして死にたくなる。いや、もう死んでたか。

親不孝者で、すまん。

 

なんにせよ俺は、ティアナさんからその秘密を聞き出すつもりはない。

ティアナさんにそう伝えると、彼女はまた、考え込んでしまった。

どうやらその秘密を俺に言うか迷っているようにも見える。

しばらくして、ティアナさんは再び口を開いた。

 

「……エメリオ。あと半年もしたら、あなたは聖級魔術を習得するでしょう。

そうしたら家庭教師の契約は完了ですので、私はラノアに戻るつもりです。

そのとき、あなたにはお願いしたいことがあります。

もちろん、『()()()の呪』に関わることですので、断っていただいても構いません。」

 

それを断るなんて、とんでもない。

別に弱みを握れるとかそんなことを考えているわけではないんだ。

単純に、このひたむきで誠実なハーフエルフの少女のことを、俺は応援したいだけだ。

 

「引き受けますよ。ティアナさんのお願いだったらなんでも。」

「……あなたは、もう少し人を疑うことを覚えたほうがいいですね。

でもありがとうございます。その時になったら、よろしくお願いします。」

 

 

その日の晩に、杖素材と魔石を父に見せ、事情を話した。

この街の杖職人に材料持ち込みで杖製造をお願いしていいかどうかを聞くために。

 

父は領主として長年職人街の視察をしてきたため、木材の良し悪しの目利きができるようだ。

その父の目からも見ても、闇の森の長老の一部だという材料は、見たこともない逸品であるとか。

 

闇の森の(ヌシ)を助けて認められたのであれば、もはや自分の判断は不要だ、と父は言った。

そして、ティアナさんの杖製造を父が自らお願いしてくれるということになった。

 

翌日、父は俺とティアナさんを連れて杖職人のもとを訪れた。

杖職人さんは、以前に門前払いをしたティアナさんが領主と共に現れたのを見て、かなり驚いて恐縮していた。

ティアナさんは、気にしておらず当然の対応だった、と杖職人をフォローしており、父さんもそれにうなずいていたので安心した様子だ。

 

しかし、父が担いできた長老の木の幹と、俺たちが差し出した魔石を見て杖職人さんは再び腰を抜かしそうに驚いていた。

俺とティアナさんが闇の森の主(キノコ思念体たち)を助けて、謝礼にそれらを受け取ったことを話すと、口を開いたまま固まってしまった。

たっぷり数分をかけて思考を再起動させた杖職人さんは、父、俺、ティアナにそれぞれ握手をして、杖製造を引き受けてくれた。

 

「若旦那、いやエメリオ様と、ティアナ殿。わたしはご先祖様たちの代から杖製造を受け継いで、師父たちの業前に劣らぬよう研鑽を積んでまいりました。

杖製造の業に果てはありません。しかしこれ程の材料で杖を造れる機会は、わたしの代ではもう2度とないでしょう。まさしく一世一代の大仕事。これを任せてくださり感謝の念に堪えません。

師父たちの業を今こそ超え、最高の杖を完成させる所存でございます。

 

つきましては、6か月の製造期間を頂戴したい。

まずは端材から木の特性を学びます。

次に、木の特性に合った意匠(デザイン)を選定します。これは後日お二人にご照覧いただきますので、その時に気に入ったものをお選びいただければと存じます。

意匠が決まりましたら、木の特性に合う刀を選び、これを以て2本の長杖(スタッフ)を削り出します。

削り出したものを磨き上げ、仕上げの塗材を塗り込みまして、魔石をはめ込みましたら完成でございます。

 

これらの工程に6か月。長い時間になりますが、ご容赦いただきたく。」

 

俺とティアナさんは目を合わせた。その期間は、俺の聖級魔術習得にかかる期間としてティアナさんが見積もった期間と同じぐらいだ。

俺たちは目を合わせながら少し笑った。

もちろん、杖職人さんにはその条件で問題ないことを伝えた。

 

 

その時はついにやってきた。

俺は誕生日を経て一つ歳をとり、8歳となった。

闇の森での出来事から半年、ティアナさんがベリル領を訪れてから丁度一年ほどが経った初夏のことだ。

 

杖職人さんが完成した杖を持って、領主屋敷までやってきてくれた。

 

屋敷の応接室には父と、俺とティアナさんが集まった。

杖職人さんは杖の包みを取り去り、完成した杖を俺たちに見せてくれた。

 

「おお……!」

「わあ……。」

「ううむ……。」

 

俺たち3人は三様に驚きの声を上げた。

見事な出来だった。

同じ意匠の二本の杖が、輝かんばかりに完全に磨き上げられてそこにあった。

 

同じ意匠ではあるものの、杖職人さんは俺とティアナさんのそれぞれの魔力や体格に合わせて、微調整をしてくれたらしい。

杖職人さんは、俺たちにそれぞれの杖を手渡してくれた。

 

杖は1メートルを少し越える程度で、俺が構えたときに、杖の先端に取り付けられた魔石がちょうど俺の目の前に来るぐらいの長さだった。

手に握った途端に、俺の腕が杖の分だけ伸びたような感覚があった。

それほどにこの杖は俺の魔力によく馴染む。

 

そして、杖に滲み出た魔力は先端の魔石に注ぎ込まれ、そこで循環しながら増幅されていく。

この魔石は、籠めた魔力の数倍にも魔術の威力を高めてくれるだろう。

軽く握っただけでそれがわかる。

 

「エメリオ様、ティアナ殿。これは紛れもなく私の魂を籠めた一品です。

これらは同じ杖素材、同じ魔石を用いた『姉妹杖』でございます。

差し支えなければ、同じ銘を与えてやろうと思いますが、ご希望はございますか?」

 

この世界では刀剣に銘があるのと同様、上質な杖にも銘を付けることが通例になっているらしい。

俺は先日そのことを父から聞いて、いい名前がないか考えていた。

 

「エメリオ、良ければこの杖、あなたが名前を付けてあげてください。」

「ティアナさん。いいんですか? 俺はとんでもない名前をつけるかもしれませんよ。」

 

例えば、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング杖と名付けたら、彼女はどんな反応をするだろうか。わりと気になる。

 

「ふふ、大丈夫ですよ、エメリオ。私はあなたのことを信じていますから。」

 

うっ、信用のまなざしが重たい。

仕方ない。俺がじっくりと考えた銘を付けることにしよう。

 

「では名付けます。この杖の名前は、『無垢なる魔鐘(イノセント・ベル)』です。どうでしょう?」

 

「あ……。イノセント、の名前を付けるんですね。いいんじゃないでしょうか。」

ティアナさんはうなずいている。しっくりきたようで、何よりだ。

 

そう。俺はキノコ思念体のオリジナルだという、イノセントのことをあれから考えていた。

イノセントは、なぜ狂ってしまったのだろうか。

おそらくだが、イノセントにとって思念たちは自分の子供にも等しい存在だったのではないか。

効率化のためと割り切って、無駄と断じた思念たちを無数に削除し続けていたが、いつしかそのことに自ら気づいてしまった。

我が子を消し続けたことに絶望して、そしてこれ以上犠牲を出さないようにするため削除に反対するようになった、と。

 

考えすぎかもしれない。

いずれにせよイノセントは消し去られ、コピーもキノコ思念体たちのもとで眠りについた。

実際のところはもう、知りようがないのだが。

 

だが、キノコ思念体たちの、自らの生への執着のために自らの生をも蔑ろにするという、自己矛盾の結果生まれたイノセントという存在は、俺にとって一つの教訓になった。

俺は、魔術のために魔術を学んではならない。剣術のために剣術を学んではならない。

 

誰かを幸せにするため、自分が幸せになるため、その手段として魔術と剣術を鍛えなければならない。

その戒めとしても、俺は今後一生使うであろう杖にこの名前を付けたい。

 

無垢なる魔鐘(イノセント・ベル)……。良い名ですな。私の一世一代の大仕事の成果としてふさわしき、いや過分なほどの名前を賜りました。

ありがとうございます。エメリオ様、ティアナ殿。

手入れなどは、できればまた私めにまかしてください。

ティアナ殿の活動拠点のラノアでしたらば、信頼できる知り合いの職人がおりますので、紹介状をお渡しします。」

 

杖職人さんは深く腰を折って礼をすると、父に挨拶をして屋敷を辞した。

 

 

俺とティアナさんは、渡されたばかりの杖――無垢なる魔鐘(イノセント・ベル)――を手に、いつもの魔術練習の平原へとやってきた。

この一年で、俺は4元素の上級魔術をほぼすべて習得した。ティアナさんから教わるのは、ついに風聖級魔術を残すだけだ。

 

ティアナさんは平原にたどり着くと、話し始めた。

 

「エメリオ、この一年間、あなたはよく学びました。ついにあなたには最後の魔術、風聖級魔術を伝授しましょう。

けれどその前に、お礼をいわせてください。

あなたのおかげで、私は無詠唱をほぼ習得しかかっています。あと数年の研鑽で、私は少なくとも初級魔術を無詠唱で発動させることができるようになるでしょう。

そのお礼として、あなたには私の研究成果を差し上げる約束でした。

 

これがそのお礼。私の10年をかけた研究成果です。」

 

そういって、ティアナさんは俺に一冊の本を手渡してくれた。

そこには彼女が10年をかけて調べ上げたという呪術の数々が記載されていた。

 

どのページにもティアナさんの注釈が書き添えられ、発動原理や効果の変更方法などが考察されている。

彼女の持つ本とは表紙の色が違うので、これは写本だろう。

 

いくつかの呪術については、ティアナさんが改良を加えた独自の詠唱が、元の術とは別に掲載されていた。

ティアナさんは俺にその本を手渡すと、くるりと俺に背を向けた。

 

「エメリオ。闇の森で私が誓いを上げるとき、私が名乗った名前を憶えていますか?」

「! はい。あのときティアナさんは確か、()()()()()()と。」

「そうです。アストラエアは私の父がつけた、私の長耳族(エルフ)としての名前です。」

「では、ティアナという名前は……。」

「ええ。母がつけてくれた、小人族(ホビット)としての名前です。

なぜ私が長耳族としての名前を名乗らなくなったか――」

 

こころなしか彼女の耳の先が赤く染まっているように見える。

 

「――エメリオ、私の恥ずかしい昔話を聞いてくださいますか?」

 

俺がもちろん、と答えると、ティアナさんは俺に背を向けたまま話し始めた。

 

彼女の話は、生まれてから故郷の大森林を去り、魔法大学に身を寄せるまでの経緯だ。

俺は最初から最後まで口を挟まず、黙って聞いていた。

 

闇の森での出来事から半年の間、彼女の誠実さと裏腹なあの呪術のおぞましさ、その釣り合わなさに違和感を覚え続けていた。しかしようやくその理由がわかった。

 

まさか『()()』ではなく、『()()()』だとは思わなかったが。

痛恨の脳内変換ミスである。

 

つまり彼女が呪術を手に入れたのは脱毛のためだという。

俺はそのことを馬鹿にする気は、毛頭ない。毛だけに。

むしろ、ずっと感じていた違和感が氷解して、とても腑に落ちた。

今となっては、そんな人間臭い彼女のことがより一層好きになった。

 

ティアナさんがこのベリル領に来るまでのことを話し終えたとき、彼女は俺の方を振り返った。

彼女は、とてもスッキリしたような表情を浮かべていた。

 

「エメリオ、私の真名と秘密を知った男性は、あなただけです。

そんな方には責任をとって、手伝ってほしいことがあります。」

 

ティアナさんのまなざしが俺の目を射る。心臓がドキリと跳ね上がるのを感じた。

 

「お渡しした呪術書には、私が改良した『毛枯れの呪』の詠唱を載せてあります。

その呪術を副作用なく発動させるためには、最上級の杖と、高度な無詠唱の技術が必要です。

この度、私は片方を手に入れましたが、もう片方はあと数年かかってしまいます。

 

ああ、けれど、ここには全てお持ちの方がいるようですね?」

 

なるほど、そういうわけか。

俺が無詠唱魔術を教えるといった時に、報酬として研究成果を要求したのは彼女にとって偶然だろう。

しかし、こういう形で逃げられない要求をしてくるとは、彼女はこう見えてなかなか、したたかじゃないか。

 

断る理由は、もちろん、ない。

 

「ティアナさん。僕でよければ、喜んで引き受けます。」

「エメリオ。変なことをお願いして、その、ごめんなさい。でもあなたになら任せられると思ったの。」

「ティアナさん、いいんです。これぐらいのことで、ティアナさんから教わった魔術の恩を返せるのなら安いものです。」

 

俺は本を開いて、ティアナさんが改良した『毛枯れの呪』の詠唱のページを開いた。

改良した『毛枯れの呪』の詠唱は、三段階だ。

一段目には序文詠唱、二段目には無詠唱での効果範囲指定、三段目に発動詠唱だ。

高度な無詠唱技術が必要というのは、この二段階目のことだろう。

 

俺は注釈に書いてあるように、靴と靴下をぬいで、はだしで地面に立った。

 

「ティアナさん、準備はいいですか?」

「……少し待ってください。」

 

ティアナさんはそういうと、靴とローブを脱ぎ――

 

――次いでベストを脱ぎ、シャツを脱ぎ、腰ひもを外し、スカートを脱いだ。

 

いまや彼女が身にまとっているのは下着と、その上の薄い生地でできたチュニックだけだ。

夕日が照らす彼女の地肌から反射する光が、その薄いチュニックを透かして彼女の肌の色と体つきの輪郭を浮かび上がらせている。

 

その姿を見て、俺は自分の心臓が早鐘を打つのを感じる。

あ、無垢なる魔鐘ってそういう……。どっどど、DTちゃうわ!

だめだ。とにかく自分の頭が混乱しているのだけがわかる。

 

「エメリオ、お願いします。」

 

彼女の耳はもはや隠せない程に真っ赤で、声も少し震えている。

 

これは、医療行為だ。そうだ。何も慌てることはない。

うろたえるな。

 

俺は目をつむり、生前の5tトラックの運転席を思い出した。

深呼吸をする。クラッチペダル、シフトレバー。

300kmの旅路だ。

 

カチリ、と意識が切り替わるのを感じる。

いくぞ――

 

 

脱毛の施術は、無事終わった。

実のところ、『無事終わった』かどうかを俺の目で確認したわけではない。

三段目の詠唱を終えた後に、ティアナさんが自分の目で確認したところ、『無事終わっていた』らしい。

俺はその間後ろを向いて目を閉じ、耳を塞いでいた。

 

 

ティアナさんが服を着てから、微妙な空気の中、風聖級魔術の伝授が行われた。

何度か詠唱を噛みながら、ティアナさんは何もいない平原のど真ん中にその魔術、颶風(バイオレントストーム)を放った。

平原にまばらに生えた木々を根こそぎ剥ぎ取りながら、地面を上空へと巻き上げていく。

範囲も広くものすごい威力だ。

 

俺はその詠唱をなぞって復唱し、颶風の発動に成功した。

何よりも、無垢なる魔鐘の存在が大きい。この杖があるだけで魔力制御がとても楽になった。

威力も申し分ない。

 

「エメリオ、風聖級魔術の習得、おめでとう。今日からあなたは、風聖級魔術師です。

今度わたしも、魔法大学の友人(ロキシー)に手紙で自慢しておきます。」

「あはは、ティアナさん。これも全て、ティアナさんのおかげですよ。胸を張って自慢してください。」

 

 

ついにその日が来てしまった。

ティアナさんがラノア魔法大学へ帰る日が。

 

「皆さん。一年間の短い間でしたが、家族のように接していただき、幸福な毎日を過ごすことができました。

実のところ、おかげさまで私は人生の目標を達成してしまいました。」

 

「あら、ティアナさん。それは素晴らしいわ、おめでとう。」

 

母さんがティアナを称える言葉をかけた。

ティアナさんは頷いてありがとうございます、と返すと、さらに続けた。

 

「これからは、今までに手に入れた知見を活かして人を幸せにするため、さらに魔術を磨こうと思います。

そのための、素晴らしい杖も手に入れることができました。」

 

「うむ。大いなる力には、大いなる責任が伴う。ティアナ殿にはその溢れる力を、この世の良きもののために使ってほしい。」

 

父さんがティアナさんに説教じみた声をかける。

ティアナさんは頷いて、努めます、と返している。

そして、兄のウォルターの方に向いて、言った。

 

「ウォルターさん。この一年でお教えしたラノア王国史は、近代史を少し触れたにすぎません。

歴史を深く知る者は、未来をも知る力を得るといいます。

良い騎士というのは、単に戦いに強いものを指すものではありません。

戦いをするかどうかまでを含めて未来を見通し、領地の発展につなげることができる者のことを言います。

あなたの父上は、そういう騎士でしょう?

騎士学校へ入ってからも歴史への興味を持ち続け、さらに研鑽に励んでください。」

 

「はい、ティアナさん。一年間ありがとうございました。

これで王国に住む未来の同窓たちに、田舎者と馬鹿にされなくて済みます。」

 

ウォルターは冗談めかしてティアナさんに感謝を伝えている。

ティアナさんは笑みを浮かべてうなずいた。

最後に俺の方を向いて、言った。

 

「そして、エメリオ。一年で聖級魔術を習得するとは、はっきり言って驚きです。わたしが聖級魔術を習得したのはもっと大人になってからでしたから。

聖級魔術と、無詠唱魔術、そして比類のない杖を手にしたあなたは、強大な力を手にしたといっていいでしょう。

先ほど、あなたの父上がおっしゃった言葉を憶えていますか?」

「はい。『大いなる力には、大いなる責任が伴う』、ですね。」

「その通りです。けれど、あなたはまだ成人しておらず子どもですから、全ての責任を負えるわけではありません。成人するまでは、あなたの父上と母上の言うことをよく聞いて、その言葉の意味をよく理解してください。

あなたはすでに良心を身につけています。けれど、長い人生を生きる中ではその良心が揺らぐこともあるでしょう。

でも、その時には思い出してください。あなたの持つ杖には()()()()()ということを。」

 

「……! わかりました、ティアナさん。ティアナさんのことは、決して忘れません。」

 

ティアナさんはまたにこりと微笑んで、俺の頭を優しく撫でた。

名残惜しそうに俺たち家族の方を見まわして、それでも最後には小さく、では、とつぶやいて俺たちに背を向けた。




第一章はこれにて完結です。お付き合い頂きありがとうございました。
次話は短めの閑話です。
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